幼馴染と、姉の喧嘩










今となっては自慢にもならないが、自分を含めた四人の姉妹はとても厳格に育てられた。
当時、王都において並ぶ者のなかった権力者であった父を持って生まれたのだから、それ
も当然。今では、そうい育て方をしてくれた両親には感謝しているが、その時はまだ子供。
その窮屈な扱いには、反発したりもした。

 そんな中、たった一つと言ってもいい明るい、子供らしい思い出がある。同じ年の少年
と一緒に遊んだ、楽しかった日々。特別に子供らしいことをした記憶はないが、それでも
遊び相手にすら事欠いていた自分にとっては、例え地味な出来事でも、それはそれは楽し
かったに違いない。

 おかげさまで額に一生消えない小さな傷が残ってしまったが、その少年への思いは自分
にとって初めての、そして唯一の慕情であると言ってもいい。

 僧侶、という職業柄、洗練された男性は何人も目にしてきたが、あの少年以上の存在に
は巡りあうことはできなかった。このまま、彼以上が現れなければ、一生一人身……女性
として、つまらない人生と思わなくもないが、愚にもつかない相手を掴むよりはそれもい
いかな、というのがここ最近の考えであった。

 しかし――しかし、である。

 その少年が、より洗練されて自分の前に現れたとしたら? そりゃあ、そんなつまらな
い考えは、一発で吹っ飛ぶ。自分にとっては初めての、そして唯一の恋だ。その思いたる
や、半端ではない。戦乱の只中であるが、彼の隣りにいられることに変わりはない。思想
のため誰かのため、真面目に戦っている人間には申し訳ないが、自分にとってそれは、幸
せなことだったのだ……



「ほら、じっとしてなさい」
「姉さん……くすぐったいんだけど……」
「貴方、うちの組織のリーダーなのよ? 戦闘に立って、私の隣に立つ義務があるの人目
につくんだから、身だしなみくらい整えないと駄目でしょ?」
「戦場に出れば、髪形なんてすぐに意味がなくなるって」
「だったら、最初くらいは立派でいなさい。ずっとみっともなくっちゃ、いいところがな
いでしょ?」


「いいかげんにしてください!!」

 腹の底からの大声。『復活』の魔術を使う時でも、ここまでの気力は込められないだろ
う。自分のキャラとか立場とか、そういった物を考えると、随分とはしたない真似をした
ものだと思うが、自分の未来のためだ。背に腹は変えられない。手遅れになってからでは、
それこそ遅いのだ。

「何かしら、オリビア。私、何か信じられない言葉を聞いたような気がするのだけれど?」

 さすがに我が君主、ベルサリア。こちらの意図を察しているらしい彼女は、ゆらり、と
立ち上がる。その眼は、明らかにこちらを敵と認識している、やる気の眼だ。背後には何
か、ひげの男の霊が見える。しかし、いかに覇王の娘が相手とは言え、退く訳にはいかな
い。

「ベルサリア王女、お戯れが過ぎます。戦場のことは、我々臣下にお任せくださいませ」
「あら、私だって双竜騎士団の一員よ? それに、矢の届かないところにいるのは嫌だと
言ったの、貴女だって聞いていたでしょ?」
「それはそうですが……しかし、貴女様は王女、貴き御身でございます。臣下の、それも
男子の髪の世話をするなど、あべこべではありませんか」
「今の私はベルサリア=オヴェリスである前にカチュア=モウン、デニムの姉よ。姉が弟
の世話をして何が悪いのかしら?」

 それを言われては、他人であるオリビアには立つ瀬がない。姉、カチュアの弟、デニム
の溺愛ぶりは、港町ゴリアテ出身のものならば、いや、ガルガスタン戦以前からの双竜騎
士団のメンバーならば、知らぬ者はいないほどだ。仲が悪いよりは仲がいい方が良いのは
当たり前だ。ここに文句をつけるのは、聖職者として一人の人間として不味い。

「だから、そっとしておいてくださいな。久しく姉として構えなかった分、私は姉として
デニムに接してあげたいの」
「はあ……」

 そういう話を持ち出されては、オリビアにはもはや何も言えない。

「そういうことなら、もはや何も言いません。失礼いたしました」

 腸の煮えくり返る思いを抱えながら、回れ右。キュアシリーズの整理でもしようかと、
頭の中で勘定をする。ハイム戦が控えているせいで、トレーニングをする団員が後を絶た
ないのだ。クレリックやプリーストの数が慢性的に少ないせいで、回復アイテムの減りが
以上に早い。最終的に会計を預かる身としては、頭が痛い――

「もっとも、デニムにはヴァレリアを治めてもらうつもりでいるけれど、ね」

 ぴた……と、オリビアの足が止まる。

 ヴァレリアを治めるというのは、どういうことか。統治権を持つのは王の血統、もしく
はその委任を受けたものに限る。後者の悪しき例が今の統治者である司祭ブランタである
が、前者……王の血統を持つ者は現在ただ一人、自分達の君主であるベルサリア=オヴェ
リスのみであるのだ。今、ヴァレリアを治める正当な権限を持つのは彼女一人。しかれど
も、デニムが治めるというのは、彼女がその権限を彼に認めるか……要するにつまり、

「あと、叔父を倒した暁には、貴女にも私のデニムの仕事を手伝ってもらいますから。そ
れと、私達の結婚式には呼びますから是非出席してください。ああ、神父の代わりをして
もらうのがいいかしら、日頃の感謝の気持ちを込めて」

「……いいかげんにしてください!!」


 そして、女達の言い合いは振り出しに戻る――







「どうしたの、坊や。浮かない顔をしてるけど」
「いえ……姉さんとオリビアがまた喧嘩を始めまして……」

 困ったように笑う青年の視線の先には、それはもう真剣に取っ組み合いでも始めそうな
雰囲気の、姉と幼馴染。止めようかどうしようか、そして止めるとして自分にそれができ
るのか考えているようだが、考えるまでもない。アレを止めるなど、人の所業ではない。

「坊やは坊やなんだから、気にすることはないと思うけど?」
「何か含むものを感じなくもないですが、でも、あの二人には喧嘩するよりは仲良くして
ほしいんですよ。幼馴染として、弟として。それに姉さんは君主な訳ですから、喧嘩なん
かしてると、他の団員にも示しが――」
「ギルダスやカノープスは、これを楽しんでる風だったけど?」
「僕は胃が痛くてしょうがありません……」
「その原因が何を言ってるの。女のことで悩むなんて、贅沢な悩みよ。しばらく胃痛と戦
ってなさいな」
「何か、いい薬とかありませんか?」
「あれに私が加わってもいいけど……どう?」
「勘弁してください……」












後書き

 思いついたので書いてしまいました、ただいま進行中のゲームです。
初めてやったのは小学生の頃ですから、もう十年以上も前の話になりますか……その
時からハマってんですが、当時はデータが飛んでしまったので、エンディングどころか二章
を越すことすらできませんでした。今でも、コンシューマではマイベストな作品です。