「見送りはここまでで結構だ」


 時空管理局地上本部、軍用転送ポート施設。ミッドチルダ世界と時空管理局本局を繋ぐ転

送ポートの一つであり、クラナガン近郊在住の本局勤めの管理局員は、須らくこのポートを

使用する。本局以外に行くのにも使われているため、ミッドチルダ標準時でまだ早朝とも言

える時間ではあったが、ポート施設はこれから仕事に向かう者と、これから帰宅する者とで

賑わっていた。



 それら多くの管理局員達の例に漏れず、地上本部での派遣業務を終えた恭也は、リンディ

達の待つ戦艦アースラへの長期派遣に伴い、ハラオウン邸に預けておいた数少ない私物を抱

えて、そのポート施設を訪れていた。



 見送りとは言ったが、地上本部で最も世話になったグランガイツ隊は、外せない仕事があ

るということで全員欠席。他にも親睦を深めた連中もいるにはいたが、彼らも似たような理

由でこの場にはいなかった。『管理局は慢性的な人手不足だが、地上のそれが深刻なのは、

海の連中が全てを吸い上げているからだ』とは、酒の席での地上本部の局員達の口癖のよう

なものだったが、来ると言っていた連中までこれなくなった現状を考えると、あながち冗談

とも言えなかった。



 恭也の正式な所属は本局、特設共同技術研究開発部……つまりは『海』であるため、その

言葉を鵜呑みにすることはできなかったが、地上本部が人手不足であることは数ヶ月の派遣

業務で肌身に感じたことではある。



 戦力の偏りがあるのであれば、是正しなければならない。全体として人手不足なのであれ

ば必要なところから人員を配置していくというのも仕方のないことではあるが、それでその

他の場所での仕事が遅滞するようなことがあるのなら、本末転倒と言える。



 現在、地上本部ではレジアスが中心になって戦力増強のための改革を進めているが、成果

は芳しくないと聞いていた。魔導師に代わる、もしくは同等の戦力を何にするかということ

で関係各位と揉めているらしく、同時に陸海双方からレジアスに関するきな臭い噂も聞いて

はいたが、レジアスが地上の未来を誰よりも憂慮しているのも、また事実であった。時間は

かかるだろうが、レジアスならばそういった問題も、いつか解決してくれると恭也は信じて

いる。



 子供が戦場に出なくても済むような世界が着て欲しい。そう思っているのは、自分だけで

はないはずだ。



「海に行っても、元気で。時間が取れたのが僕だけだったから、皆から餞別を預かってきた

よ」

「うむ、ありがとう」



 気さくな笑顔と共に餞別を渡したのは、恭也が地上本部で最も親交を深めた局員の一人、

ティーダ・ランスター二等空尉である。



 地上本部にいる間、恭也の面倒を見てくれたのは、ゼストをはじめとしたグランガイツ隊

であったが、ティーダはその所属ではない。



 にも関わらず、地上本部にあって最も仲がいい、と恭也が思えるに至った背景には、ティ

ーダと家庭環境が似通っている、というのがあった。



 どこで出会ったのか……正確なところは忘れたが、酒を飲みながら自分達のことを語るう

ちに、いつの間にか意気投合していた。戦闘スタイルや将来の目標など、目指すものには大

きな差異があったが、『家族が誇れる自分でありたい』という、根底にあるものは同じなの

だと一緒に時間を過ごすことで理解したのだ。



「結局、ティーダ自慢の妹君には会えず仕舞いだったな」

「何度も写真は見せてあげただろう? 直接あわせたら、あまりの可愛さに目がくらんでし

まうかもしれないからね。僕らは友達だと思ってるけど、ティアナのことに関してだけは話

は別だよ」

「妹君はまだ六歳だろう? 男を警戒するには気が早くないか?」

「いーや、早すぎるなんてことはないね」



 子供のように拗ねてしまったティーダを前に、恭也は苦笑するしかなかった。



 およそ人間として軍人として欠点の見当たらないティーダであったが、唯一の肉親である

妹のことに関してだけは人が変わったようになる。酒の席で家族の話になり、妹分としてフ

ェイトの話を彼にしたら、『うちのティアナが世界一可愛い』などという世迷言を吐いたた

めに取っ組み合いの喧嘩になったことも記憶に新しい。 



 その時仲裁に入ってくれたクイントに言わせれば『似たもの同士』であるらしいのだが、

妹バカと周囲に評されているティーダと自分に似ているところがあるとは、恭也には思えな

かった。その旨を周囲に伝えたものの、聞いていた人間はそれを必殺のジョークとでも思っ

たようで、爆笑するに至った。



「ティアナに幸せになってもらうためには、今の段階で擦り寄ってくるような男は排除して

おかないといけないんだ。そりゃあ、いつかは結婚して家庭を持つことになると思う。好き

な人を見つけてきて、僕に紹介して…………あー、どうしよう。想像しただけでそいつのこ

とを叩きのめしてやりたくなってきた」

「友人の前とは言え、犯罪に繋がりそうな発言をするのはどうかと思うが」

「それもこれも、ティアナのためさ。ともあれ、僕の知らないところで妹にちょっかいをか

けたりしないように。結婚したい相手としてティアナが君を連れてきたら、いくら友人と言

っても半殺しくらいにはしてしまうかもしれないから」

「肝に銘じておこう」



 苦笑しながら恭也は右手を差し出し、ティーダがそれを握る。職業として戦闘を行うもの

にとって、利き腕を差し出すことは親愛の証でもある。何のためらいもなくそうしてくれる

ティーダの存在が、誇らしかった。



「では、息災でな、ティーダ」

「武運を祈るよ、恭也」



 二人の若き管理局員は、そうしてお互いに背を向けた。













































「発艦に際し、全ての準備が整いました」


 部下からそういった報告を受けて、戦艦アースラ提督、リンディ・ハラオウンはお茶に加

える砂糖とミルクの割合は、何対何がベストなのかという思索を頭から振り払った。



 本局から、巡回任務を受けての出向である。専属執務官であるクロノ・ハラオウンも、こ

れと言った事件を抱えていない。例年からすれば比較的安全な出港であったが、その安全が

帰港するまで続いたことは、リンディの局員生活の中でも数えるほどしかない。



 真なる安全などというものは、この世に存在しない。猫を虎と疑う必要はないが、世の中

に危険はないと錯覚することは、次元世界の治安を守る者として、最も危険な思考であった。



「人員は全て揃っているわね?」

『クロノ・ハラオウン執務官より、リンディ・ハラオウン提督へ。武装局員は全て搭乗済み、

欠員なし。嘱託魔導師、フェイト・テスタロッサ及び使い魔のアルフ、ユーノ・スクライア。

それから――』



 クロノからの通信はここで一度途絶えた。その後に続くべき言葉を想像して、艦橋のクル

ーから、小さな笑い声が上がる。その声が聞こえた訳ではないのだろうが、ディスプレイの

向こうのクロノは、苦虫を3ダースほど噛み潰したような顔をして、報告の最後を締め括っ

た。



『特別共同技術研究開発部より出向の、恭也・テスタロッサ二等海士の搭乗を確認。外部の

欠員もありません』

「結構。別命あるまで貴官の仕事を続けなさい」

『了解』



 吐き捨てるように答えて、ディスプレイは消える。



 その無愛想な息子の態度に、母として軍人としてリンディは大きくため息をついた。失望

というほど大きなものではないが、ベクトルは同じである。



 クロノ・ハラオウンと恭也・テスタロッサ。二人は何故だか相性が悪いらしい。どちらも

個人として見た場合、人格者、とはお世辞にも言うことはできないが、理性的な行動ができ

ると公人として評価できるほどには、『出来た』人間だった。



 管理局員としての経験はクロノの方が長く、そのキャリアと階級まで考えれば、組織の中

で恭也がクロノに反抗するなど、本来であればあってはならないことなのだが、恭也は組織

の柵とかそういった物を一切無視して、クロノに接していた。



 それを上司として処理できれば問題はこれで終わりなのであるが、それが出来ないところ

がクロノの魅力であり、欠点でもあった。売られた喧嘩は受けねば恥とばかりに、彼らが顔

を合わせると口喧嘩が尽きない。



 それで怒りに任せて手が出るようだったら、リンディとしても彼らを処罰の対象としなけ

ればならかなったろうが、彼らの戦いはもっぱら舌戦であった。



 見たところ戦況は五分だったが、恭也が手加減をしているように、リンディには思えた。

身分証に登録している恭也の年齢は16歳。本局の医療班が彼の体を調べたところ、それと

同程度の数値を示した。



 生物学的な年齢を誤魔化しているということはないが、それにしては、彼の精神は大人び

ているように思うのである。人間は育った環境によって、老けて見えたり若く見えたりする

ものであるが、それを差し引いたとしても恭也の立ち振る舞いは、老成しているように思う

のだ。



 中年の男性が無理やり若い肉体に乗りうつったかのような……現在間違いなく若者である

恭也には、甚だ不本意な例えであろうが、そう思えてならない。



 信用できる人柄なのは間違いないが、謎めいた人物ではある。その容姿も相まって、本局

勤めの若い女性局員達の間では既に噂になりつつあるが――あの浮ついたところのない、ミ

ステリアスなところがいいのだそうだ。同期であるレティにも、彼の評判はとても宜しい―

―浮ついた噂は何一つ聞かない。あの顔で甘い言葉の一つも囁くことが出来れば、異性には

不自由しないと思うのだが……



 甘い言葉を囁く恭也というものを想像して、リンディは堪えきれずに噴出した。困ったこ

とに、壊滅的に似合わない。彼を知る人間ならば、皆同じことを言うことだろう。謎めいて

はいるが、彼がどんな人間なのかは周囲に理解されつつある。



 寡黙だけれども、割と嘘つきで悪戯好き。自分から周囲に溶け込んだりはしないが、壁を

作っているでもない。その強面のせいで誤解されがちではあるが、あれで付き合いも悪くな

い。



 加えて、若い世代には珍しく正義だの社会だのといった曖昧な物に対して、自分の中に明

確な答えを持っていた。仲間のためには、命を賭けられる男だろう。自らの正義のためには、

自己犠牲も厭わないだろう。



 だが、それが組織というものと相反したら……



 それを思い描いて苦笑する。組織上層部には、非常に扱い難い存在だ。新たな魔法体系を

持っているというのも、魔導師至上主義の幹部には頗る受けが悪い。慢性的な人手不足であ

っても、魔導師の絶対数が増えたら困る連中というのが管理局にはいる。そういった存在に

とって、現在魔導師でない者に対して、新たな戦闘方法を提供する可能性を持った恭也は、

目の上の瘤だった。



 そういった恭也の上司である、と思われていることをリンディは自覚している。PT事件

の実行犯であるフェイトを要していることもあって、他派閥だけでなく自派閥からも、リン

ディに対する風当たりは強くなっていた。



 普通の管理局員ならば、こう考えるだろう。『彼らは出世の邪魔である。早急に排除すべ

し』。



 しかし、リンディ・ハラオウンという女性は、あらゆる意味で普通の管理局員ではなかっ

た。地位など、自分の成した結果に対して勝手についてくるものだ。そんなものに執着はな

いし、それで正しいことをできなくなるのなら、そんな物は必要ない。



 世界に何も頼りにすべき物のない子供達が、自分の成したいことが出来るよう、最大限の

手助けをする。大人というのはそうあるべきだ。自分にはそれを助ける力があり、彼らはそ

の力を必要としている。



 本音を言えば、彼らに戦場になど来てほしくはない。管理局に管理されていない次元世界

も、多く存在している。彼らはまだ若い。魔法に関わらずに生きていくことも、可能だろう。

何も進んで、行き難い場所を選ぶ必要はないのだ。



 言っても聞かないだろう恭也はともかくとして、フェイトにはリンディも説得を行った。

貴女の生きたいように生きてもいい。そのための援助も惜しまない。



 それは嘘ではなかった。プレシア・テスタロッサがフェイトに対し、どんな仕打ちをして

いたのかを考えれば、フェイトは何を置いても幸せになるべきなのだ。普通の学生になり、

普通に恋愛をし、普通に結婚をする。そんな人生を、フェイトには歩んでほしかった。



 だが、フェイトは微笑みを浮かべながら、首を横に振った。彼女は自分の意思で選んだの

だ。自分のような人を助けたい。この力を人々の役に立てたい。



 立派なことだ。上層部につめの垢を煎じて飲ませたいほどに。



 だが、フェイトはまだ幼く、現実を知らない。世界はフェイトが思っているよりもずっと

不親切で、汚いものだ。それを知った時、彼女がどう判断するのか……神でないリンディに

解るはずもなかったが、いつか彼女が傷付き倒れた時、手を差し伸べるためにも、望んで手

に入れた訳でもない力でも、必要なのだった。



 戦おう。子供達が自分達の正義を成せるように。道を間違えたら、正してあげられるよう

に。



 それが、リンディ・ハラオウンの正義である。それが、クライド・ハラオウンが、目指し

た世界である。




















後書き
新シリーズが始まりました。
これからA’s軸の話が展開していきます。今回登場したのは、短編連作に収まりきらなか
ったティーダ・ランスターと、リンディ提督。

管理局という組織体系がどうも曖昧なので、リンディさんの立場を設定するのに苦心しまし
たが、子供達のことを見守ってくれる、良いおば――お姉さんということで落ち着きました。

これから管理局絡みで難しい処理をする時には、リンディさんが出張ってくることになるで
しょう。まだ登場していないレティ提督も含めて、活躍させることができたら、と思ってい
ます。

次回からは本当に本編です。原作主役のプチ魔王は、一体いつになったら普通に喋るのか。
請うご期待。