施設や乗り物が巨大になるほど、それを運営するために必要になる人員は増えて行く。時

空管理局の誇る戦艦アースラともなれば、その運営に関わるスタッフも膨大な数にのぼった。

リンディを中心とした司令部の面々に、クロノを中心とした戦闘要員。操舵士、砲撃手、整

備士等の他に、彼らの生活を維持するための人員もいる。



 誰かが、船とは一つの家族だと例えたのを聞いたことがある。彼らの迅速な対応を見てい

ると、それも言い得て妙だと思ったものだが、理解すると同時に感じた肩身の狭さは決して

錯覚ではなかった。



 恭也・テスタロッサは、アースラで暇を持て余していた。



 派遣局員たる恭也の仕事は、主に戦闘データの収集であるので、戦闘行為がなければ暇な

のだ。戦闘訓練はもちろんするが、そのデータの加工や転送は相棒たるプレシアが全てやっ

てくれているため、実際に本局に戻ってリスティに報告するその時まで、恭也が特にしなけ

ればならない仕事というものはない。



 ならば雑事でも手伝おうかとも思うのだが、アースラ内部の仕事は細部にいたるまできっ

ちり役割分担が決まっており、外部の人間の入る余地はなかった。



 周囲皆が働いている時に自分だけ何もしていないと、世界で最も価値のない人間であるか

のような気分になり、時間を潰す場所にも苦労する。せめて仲間を作ろうと、アースラにい

る時はユーノの部屋で時間を過ごすことが多い恭也だったが……



「――はい、これで王手のはずですよね」



 椅子に座って本を読みながら、盤面を見ずに駒を動かしたユーノが、事もなげに告げる。

あまりにも暇だから、第97管理外世界から持ち込んだ将棋をしていたのだが、精神年齢で

は一回り以上も年下の少年は、頭脳労働にはめっぽう強いらしく、ルールを教えた次の日に

は自分で定石を編み出し、二日目には付け入る隙のないほどの腕前に変貌していた。



 負けっぱなしというのも悔しいから、時間を見つけてはユーノに挑んでいるのだが、10

0戦以上しても一度も勝ちを拾うことができないどころか、一戦するごとに腕の差は広がる

のを実感する始末である。奇跡が起こったところで、もう勝てはしないだろう。



「……お前は年長の者に勝ちを譲るとか、そういう心配りはできないのか?」

「手加減したら、恭也さん怒りますよね?」

「解った瞬間に関節技だな」

「痛いのは勘弁ですよ」



 苦笑しながら、ユーノは本から顔を上げた。駒を片付けながら、部屋を見回す。ユーノの

私室らしく、部屋の壁のほとんど全てが本棚で占められていた。それだけでも足りないよう

で、床の上や机の上など、とにかく本が積まれている。



 几帳面そうなユーノにしては意外な光景だったが、本人からすればこれは整理されている

状態らしかった。このくらいの広さの部屋なら検索魔法で一瞬で探し出すことができ、魔法

で引き寄せるとのこと。魔法世界と自分の世界との格差を見せ付けられた瞬間だった。



「他のゲームでもしますか?」

「将棋、チェス、オセロ、バックギャモン、インディアンポーカーにいたるまでお前に負け

た。おそらくゲームと名の付くもので、俺がお前に勝てる要素は皆無だろう。認めたくはな

いが、認めざるをえん……」

「体を使ったゲームなら、多分恭也さんの勝ちですよ。指相撲とか?」

「頭脳労働で完敗した後に指相撲で勝っても嬉しくない」



 苦笑するユーノに、駒をつめた箱を押し付ける。持ち込んだのは恭也だが、いつもゲーム

をするのはユーノの部屋なので、今ではユーノの所有物なのだ。



「時に、ユーノ。お前は例の白い奴と仲がいいみたいだが」

「白い奴って……ああ、なのはのことですか?」

「そう、その白い奴だ」

「……まぁ、どうしてもそう呼びたいならそれでもいいですけど……ええ、仲はいいんじゃ

ないかと思います。僕は友達だと思ってますよ」

「どんな奴だ?」

「見た目通りのいい娘ですよ。平和主義に見えて手を出すのが早いところが、玉に瑕ですけ

ど」

「魔法世界に首を突っ込んで日が浅いということだが、元からそういう性格だったのか?」



 恭也の知る高町なのはは、およそ戦うという行為には縁のない少女だった。物分りが良く、

家族の誰からも愛されていた。。機械に強く頭も悪くはなかったが、その反面運動神経は壊

滅的で、主義主張以前に御神流を教えることを断念せざるを得ないような娘だった。



 それが、名前と姿が同じだけの違う生物とは言え、ぱっと見たら恭也でもなのは本人と勘

違いしてしまうような生物が、桃色のビームで破壊活動を繰り返している様は、悪夢以外の

何者でもない。



「僕が来てから特に性格が変わったということはないと思いますよ? 管理外世界の出身者

ですから、魔法を手にして気が大きくなった、ってのもあると思いますけど、僕が知る限り

ではそれほど重度の症状でもありません。もっと破壊的な性格になった人は管理世界の中に

だっていくらでもいます。それと比べたら、なのはは十分理性的です。ただ、先天的な魔力

の量が桁違いなのと、才能に恵まれているせいで、ちょっと、その……引いちゃうくらいの

結果を出すこともありますが……」

「つまり、お前の解釈でも危険人物ということか?」

「そう思う時もなくはない、ということにしておいてください。いい娘なのは間違いないで

すから」

「そうか……」

「そんなになのはのことが気になるなら、フェイトにでも聞いたらどうです? 女の子同士

ですから、僕とは違った視点の話が聞けると思いますよ」

「あれは優しい娘だからな。お前みたいに毒を含んだ表現をしてくれないから、つまらんの

だ」

「……恭也さんは、なのはの悪口を聞きたいんですか?」

「客観的に正当な評価を知りたいのだ。どんな人物なのかは、自分で判断する」

「自分で話してみたらどうです? そのうち、アースラに来ることもあるでしょう」

「それは嫌だ」



 元の世界で別れた妹と同じ顔、同じ名前をしている少女と話すには途轍もない心理的抵抗

はがあった。美由希はそれほどでもないのに、あの少女にはこれほどまでに抵抗を感じるの

だ。



 美由希と接することができた以上、あの少女とも同じことが出来るはずだが……いざ目の

前に立つと尻込みしてしまう。もはや語る言葉はないと諦めているような状態だった。



 全てを知っていた相棒と、ほとんど全てを察していたであろう主人は、もうこの世にいな

い。恭也の事情を少しでも知っている人間は、家族であるフェイトとアルフだけだ。彼女ら

には固く口止めしているから、ユーノが、自分がなのはについて思っていることを知ること

はない。



 聡明なユーノだ。なのはに対する頑なな態度について不思議に思っているだろうが、突っ

込んで聞くようなことはしなかった。



「……聞きたくはないのか?」

「どうせ話してはくれないでしょう」



 見た目も感性も子供なのに、おかしなところだけ大人な対応。それも『出来た』大人では

なく、捻くれた大人の物言い。これが美由希やクロノであれば即座にデコピンだが、子供が

相手ではそうもいかない。



 そんな考えをしていたせいか、急に美由希に会いたくなった。立場を気にせずドツキまわ

せるのは、この世界では彼女だけだった。時間を作って第97管理外世界にことを心に決め

ると、ユーノと恭也の通信機が鳴り響いた。表示を見ると、リンディ・ハラオウンとある。



『二人とも、直ぐに転送室まで』



 開口一番の指令に、恭也は即座にデバイスを展開。ユーノもバリアジャケットに着替えて、

部屋を飛び出す。転送室に走る間にも、リンディの言葉は続く。



『第97管理外世界において、用途不明の結界の存在を確認しました。なのはさんとレイジ

ングハートの所在を確認したところ、かなりの高確率で結界内部にいると判断。アースラは

現状の任務を一時中断し、現場に急行します』

「メンバーは?」

『フェイトさん、アルフさん、ユーノ君、恭也君の四人は現場に降りてください。クロノは

後詰としてアースラにて待機。具体的な方針は状況を見て決めますが、敵対勢力が結界内部

に存在する場合は、敵の殲滅、確保よりもなのはさんの救出、結界の破壊、脱出を優先する

ように』

「それが犯罪者であっても?」 

『人命が優先です。子供の命よりも犯人確保を優先するような人でなしは、アースラには必

要ありません』

「了解。ボス」



 転送室に着くと、既にフェイトとアルフはそこにいた。なのはの窮地ということで、フェ

イトの顔には色濃い焦りがあった。



「大丈夫だ、フェイト」



 その気持ちが和らぐように、フェイトの頭に手を乗せて屈むと、視線を合わせる。



「あの娘はお前を助けてくれたのだろう? 多少の強敵と戦ったところで、容易く落ちるよ

うな軟な奴か?」

「違う、けど……もしも、凄い強敵だったら?」

「その時は俺達が蹴散らしてやればいい。あの娘が受けた分の痛みを、倍返しにしてやれ」

「……うん、ありがとう、恭也」

「提督閣下の言う通り、あの少女の救出を最優先するのだぞ。最初から結界の破壊を優先す

るのだから、俺達の仕事は敵をひきつけることになる。結界の破壊が完了したら、即脱出。

理解したな?」

「うん。解析と破壊は、アルフ、ユーノ、お願いできる?」

「解析は僕が担当するよ。破壊方法も考えるから、その時は皆、僕の指示通りに」

『こっちでも同時進行で解析するよー。フォローが欲しい時は、私、エイミィ・リミエッタ

までよろしくー』

「だ、そうだ。転送の準備も出来たようだし、そろそろ行くか。フェイト、号令を」

「…………え? なんで私?」



 それ以前に出撃前に号令をかけるなどという習慣は、フェイトにはない。男臭い恭也の提

案に目を白黒させるも、恭也の物言いだ。発案そのものに疑問を挟むことはなかったが、急

な指名に疑問の声を挙げる。



「アルフもユーノも、戦闘部隊のリーダーという柄ではなかろう。組織で上を目指すのなら、

人に指示を出しておくことにも、慣れておいた方がいい」

「それなら、恭也でも――」

「俺はお前の兄だからな。妹の成長を見守る義務がある。こういうものは一度やると吹っ切

れる。最初は恥ずかしいかもしれんが、思い切ってやれ」


 言って、握った右の拳を突き出す。意図を理解したアルフはにやりと笑って、ユーノは苦

笑しながら同じように拳を握って、恭也のそれに合わせる。


 フェイトは数秒、じっと三人の拳を見ていたが、一度目を閉じ大きく息を吐くと、自分の

拳をそれに合わせた。



「皆の無事を祈ります……幸運を!」



 フェイトの号令に、全員で吼える。その勢いそのままに、フェイト、アルフ、ユーノの順

に転送ポートに飛び込んだ。恭也もそれに続こうとしたところで、通信機が反応を示す。聞

こえてきたのは、この世で最も聞きたくない声だった。



『恭也・テスタロッサ。一つだけ言っておくことがある』

「何か用か、クロノ・ハラオウン。俺は今忙しい」

『台所で見かけるあいつのような生命力を持っていそうな君だ、何があったところで生きて

帰ってくるのだろうけど、か弱いフェイトやなのははそうもいかない。君の使命は何をおい

ても彼女達を無事に生還させることだ。これは君の安全よりも優先する。そのことを念頭に

置いて、任務に励んでくれ』

「リミエッタ通信主任に提督閣下、執務官殿は俺との戦闘訓練を所望のようです。この任務

が終わったら存分に叩きのめしてやりますので、訓練スペースと俺が借り受けてきた装置の

使用許可を」

『私が預かった装置のこと? リスティさんから詳細を聞いてないんだけど』

「限定空間でミッドチルダ式の魔法を無効化する装置だそうです。訓練室くらいの広さで訓

練室で使うような魔法ならば、問題なく無効化できるとか」

『君は僕をリンチするつもりか!?』

「ちなみに技術的な問題で、俺の技は無効化できんそうです。今後は魔力を元にした現象な

を全て無効化できるようにすることが目的だと言っていました」

『艦長! 部下が不当な暴力を振るおうとしています!』

『面白そうだから許可するわ』

『艦長!』

「……聞いての通りだ、クロノ・ハラオウン。お前の悪運も今日までだな」

『待――』



 待て、と言われて待つ道理はない。クロノが相手なら尚更である。恭也の生存目的はこの

時、クロノを叩きのめすことに変更された。こんな面白いことが待っているのならば、生き

て帰らなければならなない。



 死んでなどなるものか。新たに近いを胸に刻んで、転送ポートを潜った。












































 目標を相棒グラーフ・アイゼンにて叩き伏せた鉄槌の騎士ヴィータは、土煙舞うビルにゆ

っくりと舞い降りた。



 管理外世界にて発見した、高い魔力を持った少女。名前も、どこの組織に所属しているの

かも知らないが、高い制御技能と砲撃の威力……ヴォルケンリッターたるヴィータの目から

見ても、舌を巻くほどの高位魔導師だった。



 出会うのが後十年遅かったら、と思うとぞっとする。この年齢でこれだけの成果を出すの

だ。このままの勢いで成長したら、十年後には『魔王』にでもなっているだろう。笑顔で破

壊光線を打ちまくる未来の少女の姿を想像して、ヴィータは小さく身震いした。



 だが、それはただの幻想である。現実にはヴィータは少女を打ち破り、土をつけた。未来

のことはその時になってから考えればいい。今は目的……少女の魔力を蒐集するのが先決で

ある。



「お前に恨みはねーけど、あたしの主様のためだ。その魔力……貰い受ける!」



 少女に対して闇の書を展開しようとした、その時――黒い風が、ヴィータと少女の間を走

り抜けた。その後には、少女の姿はない。逃げられた、と気づいたヴィータは慌てて周囲を

見回すが、光鎌が自らに迫るのを見てとっさにグラーフ・アイゼンで防御した。



 歯軋りをしながら、吼える。



「てめえ……何者だっ!」



 光鎌を持つのは、またも少女だった。魔力の大きさは、先の少女に勝るとも劣らない。立

ち振る舞いからして、その少女が戦いなれていることを悟ると、ヴィータは慎重に距離を取

った。グラーフ・アイゼンを握る手に、汗が滲む。



「時空管理局嘱託魔導師、フェイト・テスタロッサ。民間人に対する魔法攻撃は、犯罪だ。

今すぐ武装を解除して投降すれば、悪いようにはしない」

「はっ、管理局の魔導師か……相手にとって不足はねえ! 投降なんてするもんか。さっき

の奴もまとめて、あたしとアイゼンが叩き砕いてやる!」



 グラーフ・アイゼンを、構える。明確な不服従の意思を持ったその行為に、フェイトと名

乗った少女の顔にも緊張が走った。光鎌を構えたまま、ヴィータに相対する。



 一触即発。威勢のいい啖呵を切り、負けるつもりなど毛頭なかったが、管理局の魔導師が

出張ってきたということは、撤収すべき時が迫っているということでもある。



 そうなると、もう少しで魔力を蒐集できるはずだった少女を逃がしてしまったのは致命的

だった。これでは何のために管理外世界でまで、結界まで張ったのか解らない。



(シグナム、ザフィーラ、悪い。逃がしちまった)

(案ずるな。外に出た連中は、私達が何とかする。お前は目の前の敵に集中しろ)

(りょーかい。そっちこそ、ヘマするなよ?)



 口の端を上げて笑う。何が少女を攫っていたのか見えなかったが、外にいるのはシグナム

だ。戦いもせずに逃げていった相手に、あの烈火の将が遅れを取るはずもない。



 自分の役目は、目の前の敵を叩き伏せること。そう気持ちを切り替えてグラーフ・アイゼ

ンを振りかぶり、魔力を練る。敵は、管理局所属の魔導師、相手にとって不足はない。今代

の主に仕えるようになって初めて全力を振るえそうな相手に、ヴィータの心は震え、自然と

叫び声をあげていた。





「あたしはヴォルケンリッターが一、『鉄槌の騎士』、『赤の鉄騎』、ヴィータ! そして

相棒のグラーフ・アイゼン! 覚えとけ! お前をぶっ潰す騎士達の名前だ!」

































 救助対象を電撃作戦で保護したまでは良かったが、そこから先が続かなかった。その足で

結界の外まで逃げようとしたのだが、ユーノの解析では思いの他結界が固く、破壊は困難を

極めるとのこと。


 ならば解析が終わるまでどこかに隠れていようと身を翻したその先に、敵はいた。


 桃色の髪をポニーテールにした女の剣士。一目で先ほどすれ違った赤い少女に匹敵する

実力者であると解った。徒手のアルフ、結界主体のユーノでは分が悪い。背後に飛ぶユーノ

に腕の中の少女を押し付けると、後ろ手に『行け』と合図を送る。



「管理局の魔導師か」



 遠ざかるユーノ達の気配を背後に感じながら、腰の二刀に手を添える。中空に魔力で構築

した足場は、範囲が狭い。移動する度に構築しなおさなければならず不便ではあったが、何

とか浮ける程度の飛行魔法しか使えぬ恭也が空中の敵を相手にするには、それしか方法がな

かった。



 空中で戦うことを得意としている魔導師、それも近接戦闘を得意とする者を相手にするに

は、不安の残る技量ではあったが、ないものは仕方がない。与えられた物だけで、勝たねば

ならない。御神の剣士である以上、戦えば勝たねばならないのだ。



「管理局員ではあるが、魔導師ではない。俺は剣士だ」

「管理局の者が剣士を名乗るか……妙な時代になったものだ。だが、貴様のその気配、悪く

はない。相手にとって不足はないと見た」



 女剣士は剣を抜き、正眼に構える。



「私はヴォルケン・リッターが一、『剣の騎士』、『烈火の将』シグナム。そして相棒のレ

ヴァンティン」

「剣士、恭也・テスタロッサ。相棒はプレシアだ」



 敢えて管理局の名は使わない。名乗りが長くて面倒臭いというのもあったが、眼前の女剣

士――シグナムには、剣士の一言だけで十分であると思えたのだ。



 剣に生きる者に多くの言葉を語る必要はない。ただ、技量のみをもって相対すれば良い。



 神速の勢いで抜刀された右のプレシアを、シグナムがレヴァンティンで受ける。首を飛ば

すつもりで放った一撃を、シグナムは受けて見せた。口の端を挙げてシグナムが笑う。力任

せに恭也を吹き飛ばすと、猛然と斬りかかってきた。



 剛剣にして、苛烈。烈火の将の二つ名に相応しいその攻撃を、恭也は両の小太刀を繰って

捌き続ける。質量差のある武器であり、シグナムは両手持ちである。まともに受ければ腕か

プレシアそのものが壊れかねない攻撃を、純粋な技術のみで捌き続けた。



「面白い!」



 喝采を挙げて、シグナムが剣速を上げる。常人では既に目で追えないような速度になって

も、シグナムが斬り、恭也が捌くという状況に変わりはなかった。



 空中での戦闘である。その斬り合いには三次元的な動きも加わっていたが、恭也の移動に

伴う足場の構築は、重力による自由落下、慣性までも味方につけ、既に曲芸、神業の域に達

していた。



 恭也のそれは苦肉の策であり、純粋な空戦魔導師から見れば失笑ものの行いであったが、

恭也は実際に、百戦錬磨の空戦魔導師に対して五分の戦いを見せていた。



 上司のリスティが見れば、狂喜しただろう。彼女の前で、恭也はまだこの成果を見せてい

ないのだ。彼女が恭也の動きを知るのは、この任務が終わってからのことになる。



 人間は空を飛べるように出来ていない。空に置かれるという状況を、人間は本能的に恐怖

する。魔法に縁のない世界で生まれたのなら、それも一入だ。



 だが、三次元的に跳びまわる恭也に、恐れは微塵もなかった。彼の心にあるのは、眼前の

敵を打ち破る、それのみである。



 速度、手数で持って敵を圧倒し、隙を突いて戦闘能力を奪う。速度を重視したその戦法は

フェイトのそれに似てはいたが、恭也は魔法を使うことはできないし、空を飛ぶこともでき

ない。



 魔法を主体とした世界では、あまり例を見ない戦い方であった。それは、幾千、幾万の戦

場を生き残ったシグナムにとっても同様で、剣による戦闘行為に限定すれば、この世に生を

受けて初めて、シグナムは押されていた。これが地に足をつけた戦いであれば、もう勝敗は

決していただろう。



 慣れない空中戦がシグナムの剣士としての命運を引き伸ばしていたが、今現在追い詰めら

れているシグナムに、それに気づくような余裕はない。



 ありえない状況に、焦りが生まれる。



 戦闘を始めて、まだ五分と経っていないのに、既にその体には小さな傷がいくつも刻まれ

ていた。距離を取った状態で戦闘を始め、魔法を、カートリッジの使用を前提としていれば

また違った結果が生まれたのだろう。



 事実、飛行魔法で飛び回りながら魔法を乱打されれば、それを防御する手段を持たない恭

也には、打つ手がなかった。せいぜい跳び回り、逃げ続けるくらいしかない。シグナムの武

人気質が、恭也を救っていたのだ。



 純粋な剣の技量でも、自分と同等かそれ以上の相手を前に、恭也は勝ちを拾おうとしてい

た。詰み将棋をこなすように、淡々とシグナムを追い詰めて行く。相手の剣が追いつかなっ

ていくのが、手に取るように解った。



 フェイトは赤い少女と拮抗した戦いをしており、アルフも、新たに現れた褐色の男と互角

の戦いをしている。結界の解除に専念しているユーノからは、『後もう少し』という念話が

プレシアを介して飛び込んできた。



 救助対象だった少女は、ユーノが近くのビルの屋上にまで移送し、今は防御回復結界の中

で休んでいるとのこと。念話の魔法を使えない恭也は、プレシアを介して念話を行っている

のだが、そのためにはプレシアに念話を行いたい相手を登録しておく必要がある。



 作戦を行う上では、少女の状態を確認したいところではあったが、この場においては少女

だけ、プレシアへの登録が済んでいないため、念話をすることができない。



 しかし、敵は三人。少女まで感情に入れればこちらは五人である。多勢を恃んだ戦。戦闘

に関しては楽天的では決してない恭也ですら、このまま続ければ勝つと半ば確信した。



 だが、



 それがフェイトからだったか、アルフからであったか、確信は持てない。とにかく、驚愕

の意思を念話で叩きつけられた恭也は、何事かとシグナムを攻めたまま意識の一部を周囲に

向け、それを見た。



 結界を砲撃で破壊しようとしていたらしい少女の胸から、腕が生えていた――それを見た

瞬間、恭也は眼前のシグナムを放って、駆け出していた。



 理性を超えて体が結論を出す。あの腕の持ち主を、排除する。後付でどんどん行動の理由

が生み出されていった。脳内でプレシアに命令を下し、索敵。こちらの味方、既存の敵を排

除して残った、他の敵の可能性――発見。数百メートル離れたビルの屋上に、緑色のローブ

を纏った金髪の魔導師。



 その魔導師目掛けて、空中を駆ける。フェイトとアルフを相手にしていた赤い少女と褐色

の男がそれに気づき、戦闘を強引に中断してこちらに向かって飛んでくるが、彼我の距離の

差はどうしようもない。



 如何に空中で足場が悪くとも、この速度ならば先に恭也が辿り着く。どうするかなど、後

で考えればいい。一刻も早く、少女に対する攻撃を阻まなければならない。



 魔導師まで、後百メートル。背中に衝撃が走った。肩越しに振り向くと、シグナムがレヴ

ァンティンを振りぬいたところだった。追いきれなかったらしくどちらの腕も肩に繋がって

いたが、背中をばっさりと袈裟懸けに斬られ、血が勢いよく噴出す――速度は落ちたが、そ

れでも足は止まらない。



 向かって左から撃ち込まれた赤い少女の鉄球が、左の脇腹を持っていった。血と痛みが意

識を攫おうとするが、頭の中に吹き荒れる激しい感情が、恭也の意識を強引に繋ぎとめた。



 速度を維持したまま、屋上に到達。目の前に立ちふさがる褐色の男を、神速を使って迂回

し、魔導師の背後に。おかしな空間に突っ込まれた魔導師の腕に向かって、躊躇いなくプレ

シアを振り下ろす――肉を斬る手応え。腕を切り落とすまでは至らなかったが、その半ばに

まで食い込んだプレシアと共に、緑色の魔導師が退いた。



 追おうとして、足が縺れた。眩暈と共に、一瞬意識が遠くなる。



 気づけば、緑色の魔導師と入れ替わるように、シグナムが喉元にレヴァンティンを突きつ

け、褐色の男に羽交い締めにされ、赤い少女には柄の長いハンマーを振りかぶられていた。

打って変わって、絶体絶命である。



 各々の相手を追ってきたフェイト、アルフも恭也の命を盾に取られては手を出すことが出

来ない。彼らのいるビルを囲んだまま足を止める。



 だが、夜空に走った桃色の閃光が、状況を動かした。



 それは轟音を立てて結界の外周部に突き刺さると、それを完膚なきまでに破壊した。砲撃

による結界の貫通ではなく、破壊。個人でこれを成しえるものは、管理局中を探しても数え

るほどしかいないだろう。



 己の才能を遺憾なく発揮した少女の一撃。



 これに驚いたのは、決壊を構築していたシグナム達である。まさか一人の手で結界を破壊

されると思っていなかった彼女らは、敵一人の命を握っている有利な状況が、一瞬にして不

利になったことを悟り、即時撤退を決めた。



「全員散会の後、いつものポイントに集合しろ!」



 シグナムの号令の元、一斉に転送魔法を起動させる。敵が撤退したのに合わせて、屋上に

降下するフェイトとアルフ。夥しい血痕。二人分の血であるとしても、どちらかが致命傷を

負っているのは疑いようがない。



 半狂乱になりながら、フェイトは恭也の姿を探した。



 恭也は魔導師ではない。限定条件下でならフェイトでも負いきれないような高速戦闘を行

うことができるが、飛行魔法は使えないし、転移などもできない。フェイトやアルフ、バル

ディッシュの目を盗んで、後だしで隠れたり逃走をすることは、出来るはずがないのだ。



 だが、恭也はいなかった。血溜まりの中に、彼が握っていたプレシアが小太刀の形態を保

ったままであるのみで、彼の姿はない。



『ごめんなさい、追いきれませんでした。現状の報告を』



 バルディッシュから聞こえるリンディの声を無視し、血だまりの中をフェイトは這った。

目をどれだけ凝らしても恭也はいない。その事実を認めたくなくて、恭也を探し続ける。



「……なのはは意識不明、あたし、フェイト、ユーノは一応無事。恭也は……重症を負わさ

れた上攫われたよ」



 苦りきった表情のアルフが、代表してアースラに報告する。通信機の向こうで、リンディ

が息を飲むのが聞こえた。















































「どうしてこんなの助けたんだよ!」



 合流地点に集合し、全員の怪我を治癒魔法で癒した後、思わぬ荷物を抱えていたシャマル

にヴィータが食ってかかった。足元の転がっているのは、敵のヴィータが名も知らぬ男であ

る。自分達が負わせた致命傷は、代表してシャマルが勝手に治療していた。



 骨は繋げ、傷は塞ぎ、内臓を復元して血も止めたが、それはあくまでも応急処置である。

本来なら即座に治療施設に運ばなければならないほど、絶対安静の状態なのだ。今のところ

命に別状はないが、それも辛うじてでしかない。いつ死んでもおかしくないような状態だ。



 そんな敵を拾ってくるような戦略的、戦術的理由がヴィータ達にあるはずもない。秘密行

動が運命付けられているヴィータ達には、管理局員など邪魔でしかないのだ。



 それを、ヴォルケンリッターの方針を決めるシャマルが無視して、拾ってきた。普段から

子供扱いされている鬱憤も纏めて。ヴィータの怒りは留まるところを知らない。



「放っておけるわけないじゃない!」



 だが、ヴィータの罵倒の嵐にシャマルがキレた。



 意識して拾ってこようと思った訳ではない。とっさの判断で、連れてきてしまったのだ。

自分達の目的を考えれば決して褒められたことでないのはシャマルも解ってはいたが、だか

らと言って頭ごなしに罵倒されて気分のいい人間はいない。



 後は不毛なキャットファイトである。頬を抓り頭をぽかぽか。シグナムもザフィーラも腕

を組んだままため息をつき、何で自分がこんなことを、といった顔で二人を引き離した。



「何だよ、シグナムもザフィーラも、シャマルの味方するのか!」

「怪我を負った者を放置しておくのも人道に反する。戦場であれば明確な敵だが、一度戦場

を離れれば、敵も味方もあるまい。それに、これだけの剣の腕を持った人間の命を散らすの

も惜しい。連れてきた是非はともかく、命を助けたことに関しては、私はシャマルを支持す

る」

「俺もシグナムと同じ意見だ」

「なんだよ、ちくしょう!」



 思い切り恭也を蹴りつけ、ヴィータは三人から離れる。まだぶつぶつと文句を言い続けて

いるヴィータを横目に見ながら、シャマルの額を小突く。



 恨みがましい上目遣いになるが、一睨みすると視線を逸らした。心の中の熱いものを追い

出すように、シャマルは大きくため息をついた。



「……頭は冷えたか、シャマル」

「ええ、迷惑をかけてごめんなさい、二人とも」

「謝るのなら私達ではなく、ヴィータにな。私達はこの男を助けてきたことを責めるつもり

はない。だが、処遇はさっさと決めるべきだろう。どうするのだ? この男」

「………………………連れて帰るのは駄目かしら」

「理由を聞こうか」

「彼に残った魔力残滓から、私の位置をトレースされるかもしれないわ。放置していくなら

その痕跡を消さないといけないけど、いつ管理局に追いつかれるか解らない以上、ここで時

間をかける訳にもいかない。家に帰るまでだったら私の魔法で痕跡は誤魔化せるし、家につ

いて時間をかければ痕跡を完全に消すこともできる」

「放り出すなら、その後ということか……だが、この男が主に害を成したら?」

「もちろん、保険はかけておくわ」



 シャマルの右手が翻り、恭也の胸に沈む。残った左手で印を切ると、恭也の体が淡い光に

包まれた。



「はやてちゃんが死んだら、この人も死ぬ。私達から逃げたら、体が爆散するような仕掛け

よ。目が覚めたら忠告しましょう。それでもはやてちゃんに向かうようだったら……その時

は、私達の手で殺しましょう」

「手間のかかることだな……」

「ごめんなさい。でも、この人を助けたことを私は後悔してないわよ? 何度ヴィータちゃ

んに怒られても謝ったりしないから」

「それはもういい。むやみに命を奪うに繋がることは、主はやても望むところではないだろ

う。それにこの男も、存外に何かの役に立つかもしれん」

「斬り結んで、この人の内面でも見えた?」

「いや、私には何も見えなかった。私に分かるのは、この男が強いということだけだ」

「この強い殿方は、はやてちゃんのお友達になってくれるかしら?」

「それくらい気の利く男なら、拾ってきた甲斐もあるというものだ」



 駄目ならば放り出せばいいのだから、気持ちも軽い。話は纏まったと、気を取り直したシ

ャマルは拗ねたヴィータに追いすがり、しきりに宥めている。食玩一つ、まぁ、その程度で

買収されるだろう。あれは熱しやすいが冷めやすいのだ。



 ザフィーラが男を背負い、二人の後を追って歩き出す。その背を見ながらシグナムは、ど

うやってあの男を主に紹介したものかと、一人考えを巡らせた。