「ったく……なんであたしだけ仲間外れにすんだよ。あたしよりもキョウの方が大事か?」

「仲間外れにした覚えはないが、お前だけではなくザフィーラもなのだから我慢しろ。それ

に、ここでお前の方が大事だと言っても、どうせ気は治まらんのだろう? ならばそんなこ

とを論議したところで意味はない。そして、この話をするのは五度目だ。いい加減にしてく

れると助かる」

「ちくしょう……キョウの奴、帰ってきたらハメ技でやっつけてやるからな」



 電源を入れると同時にメモリーカードの発するピー、という甲高い音にぶつぶつと文句を

言いながら、ヴィータは一人でゲームを始めた。



 普段なら、彼女は一人でゲームなどやらない。家にいる時は皆で遊ぶべし、というのがは

やての持論であり、その忠実な騎士であるヴィータも普段はこの言いつけを守っているのだ

が、そのはやてが体調を崩して部屋で休んでいること、それに恭也がシャマルを連れていっ

てしまったことなどが重なり、一人ゲームで憂さを晴らすことと相成った。言葉の通り、恭

也をやっつけることしか頭にないのだろう。



 ちなみに、恭也とヴィータがゲームで勝負した場合、軍配はヴィータに上がる。負けず嫌

いの恭也は手を尽くしてヴィータに勝とうとしていたが、腕の差は一朝一夕でどうにかなる

ものではなく、それでも最近はぼちぼち勝てるようになってはいたが、嬉々として恭也を苛

め倒すヴィータと、負け続けて不機嫌になる恭也というのが、八神家でゲームをした場合の

恒例の場面となっていた。



「手加減はしてやれ」

「あたしの辞書に、そんな言葉はねーよ」



 ヴィータの物言いには、取り付く島もない。戦闘であればいざ知らず、事がゲームとなっ

ては、流石にシグナムでも手が出せない。八神家の中でヴィータに対抗できる腕前となると

はやてしかいないが、生まれ持った性質なのか、はやてはこういう時には大層悪ノリをする。

恭也とヴィータが戦っていたら、間違いなくヴィータに味方をすることだろう。



 元から腕に差があるのに、家長であるはやてまで敵に回っては恭也の勝ち目など万に一つ

もあるはずがない。結局のところ、ゲームに限った話であれば、恭也が八神家で日の目を見

ることなどないのだった。無言のまま、それでも途中で投げ出す訳にはいかず、ヴィ−タ達

を満足させるために不本意なまま負け続ける恭也の姿が、シグナムの脳裏に浮かぶ。



(まぁ、私一人でも慰めてやればよかろう)



どんな勝負であれ、恭也のような性格をした男なら、負け続けることは苦痛である。多少

慰めた程度で彼の気分が晴れるか知れないが、何もしないよりはマシだろう。



 新聞を畳み、立ち上がる。何かしてほしいことがあったら伝えられるよう、はやての部屋

の外ではザフィーラを待機させているが、まがりなりにもはやては女性。男性体であるザフ

ィーラには、頼み難いこともあるだろう。



 何よりも休息が必要とシャマルが判断したため、過度の入室は禁止されているが、気にな

るものは気になる。一度顔を見るくらいは、シャマルも許してくれるだろう。



 既にシグナムとヴィータの間では取り決めがなされていた。最初に部屋を尋ねる権利を得

たのはシグナム。そしてヴィータが尋ねるまでには二時間以上の感覚をあけなければならな

い。じゃんけんで戦った末での取り決めだった。ヴィータの機嫌の悪さには、これも関係し

ている。



 ならば、ヴィータの怒りのメーターを振り切らないうちに、はやての顔を見てこようとリ

ビングを出ようとしたところで、インターホンが鳴った。振り返ってみるも、ヴィータはテ

レビから目を逸らそうともしない。



 当然、来客などよりもはやての方が気になったが、ヴィータに出るつもりがない以上、自

分が出るしかない。犬耳をつけた筋骨隆々の男が出ては、誰だか知らないが来客も混乱する

だろう。



 どうせ宅配便かセールスだろうと当たりをつけてモニターを覗くと、意外なことに見知っ

た顔がそこにあった。それも、二つである。緩んでいた思考が冷え、モニターの中の少女達

を睨みやりながら、受話器を持ち上げる。



「……恭也はどうした?」



 剣呑な声で少女の一人、フェイト・テスタロッサに問いかけるが、金髪の少女は少しだけ

息を飲むと、答えた。



『恭也に場所を聞いてきました。私達が近くにいることを伝えたら、場所だけを確認してく

るようにと言われたんですけど……その、待ちきれなくて……』

「勝手な行動だ。組織に属する者としては、褒められたことではないな。罠の可能性は考え

なかったのか?」

『私は恭也を攫った貴女達のことを何も知りませんけど、恭也は貴女達を信じてくれと言っ

ていました。だから、私も信じることにします。貴女達が私達に危害を加えるなんて、あり

えない』

「……奴の義妹らしい言葉だな。待っていろ」



 受話器を元に戻し、玄関へ。ヴィータは相変わらずこちらに興味を示さなかった。内容が

聞こえていなかったはずもないが、その上で無視すると決め込んだのだろう。二人が近くま

でやってきても、何事もないようにゲームを続けるに違いない。



 側聞するに、彼女らは管理局においては末端の構成員である。交渉の席に着くほどの地位

にはないが、敵対組織に属していることに変わりはない。与える印象が良いに越したことは

ないだろう。いざヴィータの態度が問題になった時、殴り飛ばしてでも注意するべきなのか

どうなのか……考えながら玄関のドアを開き、二人を迎え入れた。



「よく来たな。テスタロッサに……高町だったか」



 見やると、茶髪の少女はぺこり、と頭を下げた。刃を交えたことはないが、相当な力量を

持った魔導師であると、ヴィータから罵詈雑言交じりに聞いている。こんな少女が、と思わ

ないでもないが、それを言ったらヴィータも外見の上では少女であるし、自分達の主である

はやても少女だ。外見で力量を判断するのは、騎士としてあるまじき態度である。



「話し合いはどうなったのかを、聞かせてもらってもいいか?」

「私達の上司は、貴方達と話し合う場を設けることを決定しました。私達は、この家の場所

を目で確認してくるだけ、と言われたのですけど……」

「待ちきれなかった、という訳か。しかし、この家の場所を恭也が漏らしたのか?」

「この場所を教えてくれたのは、貴女達の仲間の方だと聞いています」



 フェイトの物言いに、シグナムは小さく息をつく。相手が信頼できると判断した時、こち

らからの信頼の証として、シャマルがこの家の場所を教えることになっていた。ここまでフ

ェイト達が来たということは、シャマルが彼女らを信頼したということの証左でもある。



「シャマル達は?」

「今は、アースラ……私達の船にいます。交渉の詳しい日程を詰めると聞いてます」

「お前の目から見て、話は纏まりそうか?」

「多分、大丈夫だと思います。提督は、立派な人です」

「……お前の口からもそれを聞けて安心した。あがってくれ。何もせずに帰したとあっては、

ヴォルケンリッターの名が廃る」



 二人を促し背を向けると、ヴィータの靴が脱ぎっぱなしになっているのが目についた。ま

ったく……と心中で呟きそれを治していると、今思い出した、といった風にフェイトが口を

開いた。



「あの、恭也から伝言を頼まれました。今、アースラの中にいて、念話も出来ないから、代

わりに伝えてくれって」

「あぁ、あいつは何と――」



 言葉の途中に、殺気。右手が咄嗟に胸元のレヴァンティンに伸びる――だが、それよりも

早くフェイトの精製した魔力刃が、シグナムの胸を貫いていた。リンカーコアを貫いた魔力

刃を呆然と見ながら倒れ行くシグナムを無視して、カードのようなデバイスを抜き放ったな

のはが、足音もなくリビングに飛び込む。



 ヴィータに警告しようにも、指一つ動かすことが出来ないでいた。



「この魔力刃は特殊製でね、あんた達みたいな奴には特別に効果があるのさ」



 シグナムだけに聞こえるように、フェイトが耳元に顔を近づける。リビングからは数度の

閃光が閃き、何かが倒れるような音が続いた。一切の感情を感じさせない表情でリビングを

出てきたなのはは、一瞬だけシグナムの方をみやり、カード型のデバイスを閃かせ、その姿

をヴィータのものに変えると、そのままはやての部屋の方へ歩みを進めた。



 追いすがろうと伸ばしたシグナムの手を、フェイトが踏みつける。既に腕の感覚もない。

胸に刺さった刃から、魔力が急速に抜け出して行くのが解った。



 薄れていく意識の中、聞いたことのない女の声が耳に届いた。





「あたしの首を落とせなくて、残念だったね」





















 



「着いた? 誰が入り口で待っているなどと言った。ベンチが並んでいる海に面した道があ

るだろう? そのうちの何処かにいる。何処かって何処か? よく分からん。とにかく海に

面しているのだから、海沿いにあるけばそのうち見つかるだろう。なるべく早く来い。以上

だ」



 どこに居るのだと何やら喚くメガネを無視して電話を切る。道というのは概ね2方向に伸

びている以上、海沿いの道と指定しても逆方向に行ってしまう可能性もあるが、メガネ相手

にそこまで説明をするのも面倒くさい。



 そんな心情もあって、美由希に対する軽い嫌がらせのために高町家方面の入り口から最も

遠いはずのベンチを選んで見たものの、十二月の潮風は想像していたよりもずっと厳しく、

嫌がらせを考えたことを早くも後悔していた。



「待ち合わせのお相手ですか?」

「ええ。腕っ節はそれなりなのですが、どうにも鈍臭いところのある奴でして……お待たせ

して申し訳ない」

「ヴォルケンリッターは行動してばかりでしたから、たまには待つことをするのも楽しいも

のです、けど……ん…………」

「……どうかしましたか、シャム」

「いえ、目に砂が……」



 差し出されたコーヒーの缶を受け取り、一人目を擦るシャマルを眺めるものの、砂粒は上

手い具合に入り込んでしまったのか、取れる気配がない。歴戦の魔導師や魔獣などと戦った

りする守護騎士が、砂粒一つに涙するというのもおかしな話だったが、痛いものは痛いのだ

ろう。



 シャマルから預かった缶をベンチに置き、彼女の顔を覗きこむ。



「目の中に入った砂を取り除く効果的な方法があるのですが、試してみますか?」

「そんな方法があるのなら、是非。ていうか、何で早く言ってくれなかったんです」

「いや、以前知人から伝授され、家族に試してみたところ、いたく不評だったもので。あま

り人様にはオススメできないかな、と思っていたのですが」

「効果があるならやってください。とっても痛いです」

「わかりました、では――」



 シャマルの肩に手を置き、顔を覗きこむ。その段階でシャマルも『何かがおかしい』と感

じとったようだったが、時既に遅し。ゆっくりと顔を近づけた恭也は、涙を流すシャマルの

右の眼球を……直接舐めた。



 予想外も予想外の行動だったのだろう。舌が眼球にあたった瞬間シャマルの体が跳ねたが、

肩に乗せた手で強引に押さえ込んだ。抵抗しても無駄だと悟ったシャマルは、顔を真っ赤に

しながらも残った左目を閉じ、されるに任せていた。



「ん、取れました」



 舌の上に砂粒の感触を確認した恭也は、ゆっくりと顔を離し、地面に砂粒を吐き出す。



「…………」



 顔を真っ赤にしたまま、シャマルは恨めしそうにこちらを睨んでいた。言いたいことは解

ったし、こうなることも解っていた。この技を伝授されて後、最初に実践したのは義母であ

ったが、めったに怒ることのない母が珍しく顔を真っ赤にして、自分を叱ったのを覚えてい

る。



 本当の本当に大切に思っている女性にしか、こういうことをやってはいけないと釘まで刺

されたものだが、シャマルは大切には違いないし、やっても問題はないと思っていたのだが、

義母と同じような反応をされると、やはりこうしたことは間違いだったのではという思いが、

心の中で首を擡げる。



「いえ、これが心臓に悪い行為であるということは理解していましたが、やってくれと言っ

たのは貴女です、シャム」

「こういうことを女性のせいにするのは、男性としてどうかと思います」



 恭也としては事実を言ったまでだったのだが、シャマルの物言いはこちらが悪いと言って

いた。釈然としないものは感じるものの、女性と言い合いになった時、それを解決するのに

最も効率的な手段は、何が悪いのか全く理解していなくても、自分の否を認めて謝ることで

あると知っていた。



「……申し訳ない」



 そう言って素直に頭を下げると、シャマルの気持ちも幾分収まったようで、ぶつぶつ文句

を言いながら、ベンチに置いておいた缶コーヒーを消費する作業に戻った。記憶が確かなら

今シャマルが飲んでいるのは自分のコーヒーであったはずなのだが、いまだに真っ赤なシャ

マルの顔は、理解した上でそうしていると言っていた。



 これで帳消しにしてやる、ということなのだろう。ついでに言えば、今あったことを誰か

に喋ったら、命はないとも警告されていた。



 しかし、暖を取るための缶コーヒーであったので、ないとなると寒さが身に染みた。手に

息を吹きかけていると、隣のシャマルがふふん、と笑った。仕返しをされている……善行を

したはずなのに、理不尽だと思った。



 暖を取るためには新しい物を買いに行くしかない。そのために立ち上がった矢先、携帯電

話が鳴った。かけてくる人間は少ないため、着メロで相手を区別出来るようにしている。



 ハチャトゥリアンの『剣の舞』――電話の相手は、待ち合わせの相手である。



「なんだ」

『今見えたとこ。彼女さんと一緒? 何だか立て込んでたみたいだったけど』



 目線だけ右方に向けると、携帯電話を片手に歩くメガネの女がひらひらと手を振るのが見

えた。一瞬手を振り替えしそうになったが、それをからかうメガネの姿も同時に見えたため、

浮いた手を即座に引っ込める。憮然とした顔、憮然とした声で対応する恭也に、隣のシャマ

ルが小さく噴出した。



「……そういう勘違いは彼女に失礼だな。彼女は今回のことに必要だったから着いてきても

らった。それ以上のことはない」

『そう? まぁ、私は恭也に彼女がいても気にしないけど……でもさ、何か大掛かり過ぎな

い? 電話じゃ話せないから、態々出て来いなんて。ひょっとして愛の告白か何か?』

「……この気温で寒中水泳は辛いだろうが、寝言しか言えない頭なら、海に叩き込むのも吝

かではないぞ」

『冗談を理解する柔軟な思考を持たないと、女の子にもてないよ?』

「お前とは笑いのポイントが違うようだな。お前にはもてなそうで安心したよ」

『うん、今日も恭也らしいね。ところで隣の彼女さん、何か具合悪いみたいだけど大丈夫?』

「具合?」



 思いもしなかった言葉に、恭也は眉根を寄せる。女心は理解できなくとも、経験した職業

柄周囲の人間観察は怠らない。具合というのはよほど急性でもない限り急に悪くなるもので

はなく、ましてヴォルケンリッターともなればそういった病とは無縁だろう。



 それには気づかなかった。絶対になかったとは言い切れないが、恭也が見ていた限りでは

シャマルにそんな兆候はなかった。先ほどの遣り取りもあり、美由希からはまだ距離がある。

彼女の見間違いだろうと思って振り向くと、言葉の通りシャマルは蹲っていた。遠目になら、

具合が悪いように見えるだろう。



 発汗も見られず、顔色も悪くはない。ならば何故、と思いシャマルの肩に手を――



「駄目です! 触っては――」





 かけた瞬間、視界が暗転した。意識だけが遠く、異なる場所に引っ張られ、眼球ではなく

脳裏の、いや、魂の奥底で像を結んだ。







 見覚えのある光景。



 八神の家の、はやての部屋。共に眠る習慣のあるヴィータ以外はあまり入ることのない、

住人にとってはある意味神聖な場所であったが、『眼前』では神聖とは程遠い光景が展開さ

れていた。



 二人の少女が、はやてを囲んでいる。その手には闇の書、はやてと守護騎士達を結ぶ、最

初の絆。自分を含めた八神の家族が、はやての次に守らなければならないもの。それが誰で

あったとしても、他の者の手にあっていいはずのものではない。



『――以上が要求だよ、湖の守護騎士」



 金髪の少女は笑みすら浮かべて言葉を結んだ。茶髪の少女がはやてを抱え、転移魔法を展

開する。はやてと共にその場を去ろうとしたその瞬間、二人の目がはっきりと『こちら』を

向いた。



『ままならないねぇ……湖の守護騎士にだけ念話をしたつもりなのに。限定された念話に感

応するなんて、よほど守護騎士と相性がいいみたいだね、恭也・テスタロッサ』



 義妹と同じ姿をした何者かが、こちらに言葉を発する。嘲るような、そんな笑顔。今のフ

ェイトであれば、絶対に自分には向けてこないだろう、敵対者に対する笑み。



『事件はもう収束に向かってる。関係のない人間がこれ以上首を突っ込むな、と忠告してお

くよ。あたし達も、犠牲者は少ない方がいいと思ってるからね。もっとも――』



 転移魔法が発動し、結ばれていて像が段々とぼやけていく。



 そんな中、フェイトの顔をした何者かの声は恭也の脳裏にはっきりと届いた。





『あんたには、何もできないだろうけどさ』



















「恭也!」



 美由希の声に、現実に引き戻される。シャマルの肩に手をかけた状態で、気を失っていた

らしい。事情を知らない美由希には随分と異質な光景に見えたのだろう、いつになく慌てた

様子だった。こんな状況でなければ彼女をからかったのだろうが、今は何よりも優先して処

理しなければならないことがある。



「大丈夫? 具合が悪いなら――」

「すまない、急用ができた」



 ちら、と目配せをし、無言で歩みだすシャマルを追う。訳の分からぬまま追いすがってく

る美由希にそれだけを言うと、懐からメモ帳を取り出し乱暴に自分の名前を携帯電話の番号

を記した。



 美由希は当然、これを知っている。態々書いて渡したのは、本人であることを証明するた

めだ。



「これを、お前の妹の友人のフェイト・テスタロッサに渡して伝えてくれ。事態は急を要す

る。連絡を取って、なるべく迅速にな」

「ちょっと待ってよ、私には何が何だか」

「説明してる時間がない。すまないが、頼む」



 既にシャマルの姿はかすんでしか見えない。転移魔法の準備段階――管理外世界での隠蔽

のための魔法まで発動している。気を行使できる恭也であるから霞んでもなお見えているが、

何も知らない美由希には、すでに彼女の姿は見えないだろう。



 そんな状態のシャマルに追いすがれば自分の姿も急に掻き消えることになるが、これ以上

時間を無駄にする訳にはいかない。情報の漏洩は忌避すべきことだったが、美由希が口の軽

い人間でないことを祈り、彼女を押しのけ、シャマルに飛びついたところで、転移魔法が発

動した。







 

















「手遅れなのは解ってましたけどね……実際に見てみると、辛いものです」



 玄関をあけて飛び込み、シグナムが着ていた服がそこにあったのを見て、ぽつり、とシャ

マルは言葉を漏らした。そこで何があったのかを気にするよりも先に、シャマルは家の奥―

―はやての部屋の方へと行ってしまう。



 誰が、何のためにこれを行ったのか、それを検分しに行くのだろう。ベルカにしてもミッ

ドにしても、魔法に関して素人である恭也には、それを手伝うことは出来ない。



 ならば、自分にしか出来ないことをしようと、その場に残されたシグナムの服を手に取っ

た。



 争ったような形跡も、目だった汚れもない。向きからして、背後から一撃。シグナムほど

の実力を持った相手の背後を、しかもこんな手狭な場所で取るなど、並の使い手に出来るこ

とではない。



 さらに言えば、今は戦時下である。シグナムだって油断はしてないかったはずだ。それに

も関わらず、敵意を持った相手に彼女が背中を見せた、その理由。



 恭也の脳裏に、メッセージを残した二人の少女の姿が思い浮かんだ。あの連中は、あの姿

で来訪したのだろう。降伏のために話し合いに行き、その結果誰が派遣されてくるのかを考

えれば、あの二人が八神の家を訪れるということも、可能性は低いがありえない話ではない。



 それに、現段階では八神の家の場所が管理局側には漏れていない、というのが恭也達の共

通見解だった。自分達と戦ったことのある局員が、知らないはずのこの場所にきた――もっ

ともらしい理由をあの二人がでっちあげたのだとしたら、シグナムと言えども頭ごなしに否

定したりはしないだろう。



「奴らは、管理局と八神家の内情を知っている?」



 シグナムの服をそのままに、一人ごちながらリビングへ。こちらには僅かに争った形跡が

あった。家具の位置が乱れ、テーブルから落ちたコップが割れている。魔法による戦闘が行

われたにしては被害が少なすぎることを考えると、こちらも迅速に決着が着いたのだろう。



 ヴィータの服は、リビングの中央で見つかった。仰向けの状態で、心臓の位置に穴。やは

り、一撃。戦闘態勢が整う前の電光石火の行動。力量だけが優れていても、出来ることでは

ない。例えばフェイトやクロノだって優秀な魔導師であるが、彼女らに同じ条件で同じこと

をやらせてみて、同じ結果が得られるかどうか……恭也には成功にチップを張るだけの自信

が持てなかった。



 魔導師としての力量と同時に、相当な数の場数を踏んでいる。敵は、そういう連中だった。



「ザフォーラの首輪は、はやてちゃんの部屋の前で見つかりました」



 戻ってきたシャマルは、見慣れた首輪を持っていた。



「残留した魔力から、この家を中心に結界を張ったものと思われます。私の張った結界をさ

らに覆うような形で、ここで戦闘をしても、周囲に影響がないように。間違いなくプロの仕

事です」

「手口も鮮やかです。そして、あいつらの姿をしていたところを見ると」

「情報が漏れていたと考えるのが妥当でしょう」



 シャマルとの間に、沈黙が下りる。何が言いたいのか、何が言わなければならないのか、

お互いに理解していた。



「管理局はともかく、今日の俺達の行動を知りえたということは、この家に盗聴器か何かが

仕掛けられていたのでしょう。それに思いも至らなかった俺達は、奴らの目の前で堂々と今

回の計画を喋っていた」

「侵入して仕掛けたのなら、私達の誰かが気づきました。今回のように多重に結界を張られ

ていたとしても、家の中の変化を私達全員が見逃すとは考えられません」

「つまりそれらは、はやてが闇の書を開く前からこの家にあった……」



 ならば敵は、事件が起こる前から闇の書の所在を把握していたことになる。それが何時か

らなのかまでは解らないが、把握してなお、はやてと闇の書には何も手を出さなかった。



 ならば、その目的はなんだ?



 大雑把に恭也が理解した限りでは、闇の書の力を行使できるのはマスターだけ。目論見通

り闇の書が完成したとしても、彼らのような関わり方では見返りを得る可能性も低い。



「はやてをここで攫ったのは、はやてを通して闇の書の力を操るため?」

「そんな迂遠なやり方で制御できるとも思えません。現代の技術を私は詳しく知りませんけ

ど、私達が生まれた時代の技術でも安定した制御は不可能でしょう」

「では、完成させたとして、奴らは何がしたいのでしょうか……」



 同時に、二人はため息をついた。結論を下すには、材料が足りな過ぎる。



「やはり、管理局に頼りましょう。奴らが強行な手段に出てきた以上、俺達も体勢を整える

べきです」

「この状況で私が行って、受け入れてくれるでしょうか?」

「俺が受け入れさせます。それでも駄目だったら……当初の予定通りです。貴女が何をする

にしても、地獄の果てまでお供します」

「頼もしい言葉です」



 歩み寄ったシャマルが、恭也の胸に手を触れる。微かな笑みを浮かべる彼女を見て、例の

爆弾を解除してくれるのだと知れた。自分の言葉に賛成を言外に示してくれるのだ、そう解

釈して、その手を受け入れる。しかし――



「ごめんなさい」



 言葉と共に、五感のほとんどが消失した。微かな衝撃と、僅かな音で自分が倒れたのだと

知る。それ以外は何も解らない、が、どんな状況であれ意識は残った。暗闇の中、シャマル

を探す。今、彼女を一人にしては行けない。恭也の気持ちは、急いていた。



「顔を見て話したら貴方は止めるでしょうから、こういう手段をとらせてもらいました」



 不確かな世界の中で、聞こえないはずの声だけが届いていた。それも段々と遠くなってい

く……意識を刈り取るつもりで行使したシャマルの魔法が、効果を発揮しようとしているの

だ。彼女が発する言葉を聴けているこの状況は、偶然の産物だった。



 聞く相手の居ない言葉を、シャマルは紡いでいるのだ。止めなければならない。止めるこ

との出来る人間は、自分しかいないのだから。



「裏切り者は貴方だ……そう思うことが出来たら、どんなに楽だったかと思います。それを

考えもしなかったのは、私もシグナムに毒されちゃったのかもしれません。これでも、貴方

のことはちょっといいな、と思っていたんですよ。鈍感な貴方は、気づいてもいなかったか

もしれませんけれど」



 シャマルの独白は続く。なのに、身体は動かない。



「地獄の果てまで着いてきてくれると言ってくれたこと、とても嬉しかったんですよ。泣き

そうになっちゃって、涙を我慢するのに……苦労しました。だから多分、貴方が見た最後の

私の顔は笑顔だと思います。別れの顔が泣き顔なんて、嫌ですからね」



 泣いて、叫びたかった。それなのに、身体は動いてくれない。『また』、自分は何も出来

ない。大切な人が遠くに行こうとしているのに、そんなこと、してほしくないのに。



「以前に管理局の人から奪ったデバイスに、持てるだけの情報を残しておきました。今後の

事件の参考になると思います。これを使って……私達の仇を、討ってください。地獄には、

私一人で行きます」



 身体が動かされたのが解った。僅かに光がさし、シャマルの顔が見える。目じりに僅かな

涙を残し、瞳を閉じたシャマルの顔――



 光が消え、身体の感覚も消えた。意識が遠くなっていく中、言葉が聞こえた。









「――Auf Wiedersehen」