大きな流れ。自分はその中の一点に過ぎない。



 そして、自分の中の小さな流れ。緩やかに流れ続けるそれに干渉し、時に激流のように時

に小川のせせらぎのように、操る。














 指先一つ動かさぬ恭也の頬に、汗が一筋流れる。



 体から溢れた流れは大気に拡散することなく制御され、恭也の体表面を移動する。右腕か

ら始まって右肩を通り、胴体を通って右足へ。股間を経由して左足に至り、再び胴体を通っ

て左肩、左手。



 左手でとどまった流れはそこで収束し、球となって体を離れ浮遊する。それはまるで人魂

のように恭也の周囲を巡っていたが、十秒もすると輪郭がぼやけ始め、さらに十秒もすると

虚空に溶けて消えた。



 球が消えた場所を睨みながら、唸るようにため息を漏らす。頭の中に響いた意思は『失望』

だった。



『汝は本当に気を放つ才がないな……人並み以上に操れるのは肉体に留めた時だけか』

「才能がないと断じてくれるな。修練を始めてまだ一月。これから伸びる可能性もまだある

と思うが?」



 不出来と断じられた後の、自己弁護である。僅かな惨めさと苛立ちを感じながらの言葉で

あったが、返すざからの言葉はただ一言。



『ないな』



 いっそ、清々しさすら感じられる。



『我が補佐してなお出来ぬということは、真に才能がないということだ。汝の言うように修

練をすれば多少は見れるようになるだろうが、才能のない部分を伸ばしても意味はあるまい。

汝の技は近づいて斬る、それだけなのだからな。寧ろ、元からの汝の技を補う形で伸ばした

方が良かろう』

「お前の言い分は分かるが……認めるのには抵抗がある」

『出来ぬことは出来ぬ。まずは己を認めることだ』

「百戦危うからず、と言うにはまだまだ時がかかりそうだな……」



 認めるしかない。気の扱いに関しては、ざからの方が比べるのも愚かしいほど先に行って

いるのだから。才がないと言われたのが、気の扱い全てでないだけ今は喜ぶべきだろう。



「今やれば、俺はフェイトに勝てると思うか?」

『あの小娘が飛ばず、得物のみで戦うのならば汝の敗北はなかろうが、お互いに死力を尽く

してというのであれば、万に一つも汝の勝利はあるまい。汝は飛べぬし、放てぬからな……

この分では炎や他の術も芽がないやもしれんな……愚図の面倒を見るのがここまで歯痒いも

のだったとは……』

「俺が空を飛べるようにはしてくれんのか?」

『大地を満足に這えぬような翼のない童に、どうして空が飛べるのだ? 身の程を知れ、百

年早い』



 姿の見えない気の師匠は、いつになく機嫌が悪いようだった。その後も、ここが悪いあそ

こが悪いと続けるざからの言葉を半分以上聞き流しながら、誰も見ていないことをいいこと

にその場で着替えを済ませ、訓練場を後にする。感覚の網を広げてアルフを探すが、時の庭

園のどこにも気が存在しないことに気付いて初めて、彼女が留守にしていることを思い出し

た。



 プレシアから任務を言い渡されたのだ。行き先は第……番号までは覚えていない。とにか

どこかの管理外世界と言っていた。それがどういう世界のことを指しているのか恭也は知ら

ないが、ここではないということだけ解れば、それ以外はどうでもいい。



 とにかく、このささくれだった気分を誰かと話すことで癒したかった。そういう相手とし

て天真爛漫なアルフは最高の存在だった。無論、人間として女性として魅力的なところもあ

るということだって忘れてはいない。枯れているといわれ続けていても、高町恭也は男なの

だ。魅力的な女性が近くに居れば、気分も晴れる。



 しかし、彼女はここにはいないのだ。気難しいフェイトと一緒に留守にしている。そうな

ると残りは一人しかいない。時の庭園の住人は、自分を含めて四人しかいないのだから……



『汝よ、自虐癖でもあるのか? 気が滅入っているというのにあの女のもとへ行くのは正気

の沙汰とは思えんが……』

「滅入らせた本人がそれを言うな。俺は今癒しを求めているのだ。相手は誰でも構わん。そ

れとも何か、お前が俺を癒してくれるとでも言うのか?」

『馬鹿を言うな。癒しなど、我とは対極にある言葉であるな。だからと言ってあの女にある

とも思えんが、まぁ、汝の好きにするといい。あの女は三階層下におる。我は少し疲れた、

眠らせてもらうぞ』



 一方的に会話を打ち切り、ざからの気配は消えた、と錯覚するほどに小さくなった。こう

なってしまうと、彼は何としても起きることはない。気の扱いがある程度上手くなってから、

こうなることが多くなったようにも思う。言葉の割りに面倒を見てはくれるが、基本的には

放任主義だった。



 ざからが消えると、恭也は真に一人になる。馴染みのない世界に、たった一人。孤独であ

ることには慣れていたつもりだったが、いざそういう状況に放り出されてみると寂しいと感

じている自分を確かに感じ取ることができた。自分はこんなにも女々しい人間だったのかと

思い知る瞬間だった。



 ざからの言う通り、プレシアには確かに癒しはないだろう。だが、彼女は確かにここに存

在しているのだ。約一月もの間、彼女とは同じ空間で時間を過ごした。向こうはこちらのこ

とを何とも思っていないかもしれないが、恭也はプレシアに対して親近感を持っていた。



 それは気さくなアルフや、顔をあわせることだけは多いフェイトと比べると遥かに薄いも

のではあったが、紛れもなく恭也の中に存在していた。プレシアも、アルフも、フェイトも、

恭也にとってはもはや『家族』なのだ。



 足を止める。プレシアの気配は扉の向こうにあった。



「家族か……」



 それを捨ててきた自分が、何を言っているのか。



 ノック。反応はない。もう一度、今度はもっと強く。これもまた反応はない。



 それが声による反応であれ衝撃波による暴力言語であれ、恭也の来訪に対してプレシアは

必ず何某かの反応をしていた。気配は確実に部屋の中にある。寝ているということもありえ

ない。恭也が舌を巻くほど、プレシアは勘がいいのだ。寝ているところにノックなどすれば

たちまち衝撃波が飛んでくる。喰らったことがあるのだから、間違いはない。



 嫌な予感を覚える。ロックはされていない。簡単な操作で扉は開いた。薄暗い部屋の中、

まず目に付いたのはぼんやりと光る水槽、その中に浮かぶ少女――その遺体。



 フェイトによく似ているが、現在のフェイトよりもいくらか幼い。彼女に妹がいるとす

ればこんな姿をしているのだろう。



 だが……ただ、それだけではないということを恭也は本能的に感じ取っていた。これが

『見てはいけない』類のものであるということも、また。



「み…………る、な……」



 ともすれば聞き逃してしまいそうな、か細い声。見れば、その水槽の根元にプレシアの

姿があった。薄暗い部屋の中でも分かるほど、いつも以上に顔色が悪い。それにも関わら

ず、その目に鬼気迫る何かを湛えながら、こちらを睨み、必死に声を紡いでいる。



 見てはいけないものを見たのはこちらなのだ。お叱りはもっともで罰を受けるべきとも

思ったが優先すべきことがある。プレシアの命だ。



「薬はどこです、プレシア」



 いつの間にか持ち上げられていたプレシアの手が、力なく床に落ちる。後一瞬言葉を紡

ぐのが遅かったら、衝撃波の餌食になっていたことだろう。



 命の危機に晒されてなお、この水槽には他人の目から守らなければならない何かがある

のだ。執念じみた生活を続けるプレシアの支え。遺体があり、彼女は何か研究をしている

……学者ではない恭也の頭でも導きだすことの出来る仮説は、それ程多くはない。



 クローンの製造、改造……あるいは死者蘇生。



 前の二つはプレシアにも可能だろう。逃げ出した世界の技術でも、法と倫理を無視すれ

ば達成できうることだ。この世界の技術であれば、難易度はぐっと下がるはずだ。



 だが、死人を生き返すことに関しては、恭也は即座に否、と結論を下した。



 気を扱うようになったからこそ分かる。肉体とは魂――言い方は何でもいい。とにかく

人が人であるために、最も重要な要素が詰め込まれた、目には見えない何か――の器であ

り、中に魂が入っていて初めて、人間として機能する。



 見たことはないが、クローンだろうがサイボーグだろうが、純粋な人間でなくともそれ

は存在するはずなのだ。生命として捉えることができるなら、それは全てのものに存在す

る。



 逆に、それがなければ生きているとは言えない。肉体から魂が散逸してしまったら、肉

体はかつてその人間であったものに成り下がってしまう。



 元通りにするには、かつて中に入っていた物を全て戻してやる必要がある。単純な計算

だ。肉体から出て行ってしまったのなら、それを戻してやるだけでいい。



 しかし、ここで根本的な問題にぶつかる。さて、その肉体から離れた魂は一体どこに消

えるのか。ある人間は天国と答える。ある人間は地獄と答える。行き先は定かではないが、

魂が行き着く先というのはそういう曖昧な世界なのだ。魂を呼び戻すということは、曖昧

な世界を見つけ出すことに他ならない。



 それを見つけることができるなら、その存在は神と呼んでもいいだろう。



 そして神になれない人間が行うとするなら……どんなに精巧に出来たとしても、それは

死んだ人間に似た別の誰かであって、決して本人ではない。



 だが、『死んだ人間に似た別の誰か』を作りだす技術が既にプレシアにあるのだとすれ

ば…… 恭也の脳裏に、笑わないフェイトの姿が浮かぶ。プレシア・テスタロッサの、歪

みの象徴。



 指し示された机の上から薬らしきものを取り上げ、喘ぎ続けるプレシアの口に含ませる。

呼吸することすら困難なのか何度も吐き出しはしたが、少量ずつでも薬を飲み込んで行き、

しばらくしてようやく、プレシアは常の呼吸を取り戻した。



「大丈夫ですか?」



 当たり前の恭也の問いに対しての返答は、平手だった。痛む頬を摩りながら視線で射殺さ

んとせんばかりに睨みつけてくるプレシアに苦笑を返す。



「返礼を求めることは礼を失した行為だとは思いますが、敢えて言わせていただきましょう。

何か、俺に対して言うべきことはないのですか?」

「犬が主人の危機を救うのは当然のことよ」

「貴女なりの礼と解釈しましょう。どうやら駄犬から犬に昇格できたようだ。さて……立て

ますか? プレシア」



 差し出した手は当たり前のように無視された。再び研究に戻るプレシアの背に、恭也は思

った通りのことを口にした。



「以前にも言ったと思いますが、改めて言わせてもらいます。ここにどれほどの設備がある

のか知りませんが、命が惜しいのなら医者に掛かるべきだ」

「そんな過程は既に通過したのよ。どの医者も不治の病だと太鼓判を押した。ならば残され

た時間をどのように使おうと私の自由ではなくって?」

「どんな人間でも死ぬ時は死ぬものです。そこに違いがあるとすれば遅いか早いか、それだ

けです。ですが、だからこそ人は生きることに執着すべきだと俺は思います。貴女には家族

だっているでしょう? 残されたフェイトやアルフが――」



 勢い良く振りぬかれたプレシアの手から、衝撃波――回避には成功した、が、力の加減が

出来ていたなかったのか、ドアが完全に粉砕された。冗談で済むような威力ではない。



「……何か気に障るようなことを言いましたか? 俺は」

「言ったわ。あの連中が私の家族だと」

「見た通りのことを言ったまでなんですがね……」

「だとしたら、貴方の目も相当な節穴ね。頭の出来が知れるわ」

「貴女からすれば犬ですからね……忠誠心には自信はありますが、仕込まれてもいない芸を

要求されても困ります」

「出来の悪い犬だこと……」



 小さく暗い笑みを浮かべて、プレシアが向き直る。その姿は幽鬼のように。淡い光を放つ

ポッドに愛しげに頬を寄せる。



「私の家族は、後にも先にもアリシアだけ。あいつらなんて、家族のまがい物ですらないわ。

それなりに有能だから、手元に置いてあげているだけよ」

「フェイトは貴女のことを母と呼んでいます」

「呼んでいるだけよ。だから私も、あの娘の母になれ? 冗談じゃないわ。アリシアと同じ

顔をしているだけでも殺してやりたくなるのに、どうして母になんてなれるって言うのかし

ら」

「フェイトを生み出したのは貴女ではないのか!!」



 暗い部屋に声が響く。殺気すら込めた大音声だったが、プレシアは揺るぎもしない。ただ

静に、そして暗い感情を湛えたまま恭也を見つめ返すのみである。



「生み出した責任はあれを生かし続けることで果たしているわ。例えば私が死んだとしても

あれの強さがあれば生きてはいける。それが出来ないというのなら、あれ個人の問題よ。私

の知ったことではないわ」

「…………教えてくれプレシア。貴女は一体何がしたいのだ」



 プレシアは口を開いて……そのまま閉じた。忌々しげに舌打ちをして、背を向ける。



「……俺には、話せませんか?」

「貴方が知るべきことじゃないわ。貴方はただの迷い人。偶然にも時の庭園に迷い込んだ、

魔法すら使うことのできない管理外世界からの異邦人……そうでありなさい。それが何より

も貴方のためよ」

「自分の在り方くらいは自分で決めます。俺は今の貴女を見逃すことはできない。貴女の人

生がどれ程辛いものだったのか知らないがこれだけは言える」



 プレシアの腕を掴み、顔を寄せる。近くで見ると、死人のような顔色にも益々磨きがかか

って見えた。なのに瞳にだけは異常なまでに生気が宿っている。それが、それだけが彼女を

生かしているのかと思うと不憫でならない。



 プレシアを助けたい。恭也初めて、心の底からそう思った。



「貴女は、間違っている」

「…………貴方と問答する気はないわ。私の解は既に出ているもの。自らの在り方を決めて

いいのは、信念を持っている者だけよ。私にはある。他の何を犠牲にしてでも、取り戻した

いものがある。悪魔に魂を売って、地獄に落ちても構わない。あの時間を取り戻せるなら―

―私は何だってするわ。貴方にはそれだけのものがあって?」

「……………………あります」



 長い沈黙の末に、恭也は答えた。家族を捨て、故郷を捨て、誰も自分を知らない世界に在

って、身体一つの自分には何も残っていない。



 誰かのために、戦う力。誰かのために在りたいという、力を振るうべき意味。そのためだ

けに、高町恭也はここに在るのだ。それすらも出来ないのなら、生きている意味はない。



「さて……あらゆる意味で異邦人の貴方に問いましょう。貴方は今、私の道を塞いでいる。

私はそれが、我慢ならない。けれど一度だけ、弁解するチャンスをあげるわ。どうやって生

きるのが賢いのか、ない知恵を絞って考え――」

「是非もない」



 恭也の問いに迷いはなかった。プレシアの瞳に、僅かな驚愕の色が混じる。



「俺は宿命とやらに導かれてここに来た。ここに来なければならない理由が、俺にはあると

いうことだ。それが宿命でも運命でもどうでもいい。誰かのため、何かのために剣を振るう

べき、異邦人の俺にできることは、ただ己の心に従って立つことのみです」



 騎士が己の主にするように跪き、頭をたれる。プレシアは何も言わない。ただそこに立っ

ているだけ。しかし去りもしない。



「貴女は間違っているという俺の考えに変わりはありません。貴女に譲れないものがある、

それも理解しました。俺の望む貴女がたを、何よりも貴女が望んではいない……俺の望みと

貴女の望みは相容れないものだ。故に――俺は貴女が俺の前から消えてなくなるまで、貴女

を見届けることにしました。貴女がどんな目的を持ち、何をしようと構いません。俺は俺で

好きなようにやります。文句は言いませんが、文句も言わせません」

「それが貴方の答え?」



 嘲笑の末、プレシアは確かに……微笑んだ。狂喜も執念も何もない、ただの純粋な微笑み。

思わず恭也が見とれてしまうほどの、綺麗な笑顔だった。



「フェイトが貴方を連れてきた時、殺しておけばよかった……」



 笑顔は幻のように消え去った。そこにはまた狂気に囚われた魔導師がいるのみである。



「今からでも遅くはないかしら?」

「全力で抵抗してもいいのなら」

「……やめておくわ。貴方を殺すのは、骨が折れそうだもの」

「フェイトにすら興味のない貴女が、俺の全力をどうして推察できるので?」

「……予告はしないわ。不要に思ったら本当に殺す。それでもいいのなら勝手になさい。私

には貴方に関わる時間も惜しいのよ」

「勝手にします。さしあたっては食事の世話でも。好きに生きるのは結構ですが、せめて長

生きをする努力はしてください。何かリクエストはありますか?」

「貴方がいないことが、私にとって一番の薬よ」

「了解しました。消化にいいものを適当に作ってきます。全て食べるまで張り付きますから、

今から覚悟しておいてください」

「…………不遜な犬だこと」

「忠犬に何てことを……こんなにいい犬は世界を探してもいない。いい拾い物をしたと、後

に貴方は神に感謝することになるでしょう」

「私は神なんて信じないわ」

「奇遇ですね。俺も信じない」



 当座の使命は決まった。彼女のために食事を作り、あわよくば美味しいと言ってもらうこ

と。要するに、いつも通りということだ。自分の役目に変わりはない。ただ、プレシアとの

距離が毛筋一本ほどは縮まったかもしれないという、自己満足を得ただけだった。



「そう言えば、貴方。名前は何といったかしら」



 粉砕されたドアの破片を足で避けながら部屋を出て行こうとしていた矢先、背後にプレシ

アの声がかかった。振り返ることはしない。『大した用件ではないから振り返るな』という

意思が、彼女の言葉に感じ取れたからだ。



 何を聞きたいのか解らないが、大した用事でないと彼女が言外に言っているのなら、それ

は『どうしても言いたいことがあると残れ』ということだ。足を止め、不器用なプレシアを

微笑ましく思いながら、言葉を紡ぐ。



「高町恭也……いえ、恭也・高町と言った方が貴女には理解しやすいかもしれませんね」

「恭也……高町……発音しにくい名前だわ。特に姓が気に入らない」

「いえ、きちんと発音できていますよ。アルフに比べたら随分と上等――」

「気に入らないから、違う姓を名乗りなさい。考えるのも面倒くさいから、テスタロッサで

いいわね」



 プレシアにしてはあまりにも直接的な物言いに反射的に振り返りそうになるが、直前で気

付いて強引に止めた。



 同姓の意味するところを理解できないほど、恭也も子供ではない。プレシアが天邪鬼であ

るとか自分が異邦人であるとか、そういった事情に関係なく、その言葉の意味するところは

一つだった。答えるべきは、イエスか、それともノーか……



「倒れたばかりなのですから、身体には気をつけてください」



 何も答えないことを、恭也は選択した。プレシアが答えを求めていないことが理解できた

からだ。どのような答えであったとしても、口にすれば彼女は不快に思うことだろう。プレ

シア・テスタロッサは主であり自分は犬だ。そういう女性で、そういう関係なのだ。そう在

ることをプレシアが望んでいる……その実感と先の言葉で恭也には十分だった。





 久方ぶりに、心の中に光が差した気がした。この世界に来たことに、意味はあったのだ。