傀儡兵の強さは、想定していたよりは大したことはなかった。フェイト・テスタロッサも

合流したことで、AAランククラス以上の魔導師を四人も抱えることになった。よほどの防

衛システムを築いていたとしても、この戦力で突破できないということはないだろう。



 駆動炉にはなのはと、そしてユーノが向かっている。ユーノの魔法が防御に偏っている分

突破には難があるかもしれないが、それを補って余りあるほどの攻撃力をなのはは持ってい

る。二人ともが素人のため一抹の不安は残るが、いざとなればアースラのスタッフがバック

アップに回ってくれる。仕損じるということもないはずだ。



 次元震はリンディが抑えに行ってくれた。魔導師としては自分よりもよほど高位であり、

経験も豊富だ。仮に駆動炉を押さえられず自分達が全滅するなどという事態になったとして

も、その上次元震まで引き起こすという最悪の事態はこれで回避できる。



 そして、肝心要のプレシア・テスタロッサの逮捕である。これには執務官であるクロノ、

それに彼女と浅からぬ因縁を持つフェイト、アルフが同行していた。



 傀儡兵を破壊しながらの道程である。予想していたよりも戦力が厚く、一人では苦心して

いただろうが、何かを吹っ切ったフェイトと主を得たアルフの働きは凄まじいもので、クロ

ノが何かをするまでもなく、ほとんど二人だけで傀儡兵を何とかしてしまった。



 楽に安全に事が済むのはいいことではあるが、これでは立つ瀬が無い。前に出ようと二人

を抜こうとしても、お互いに倒すべき敵と相棒しか見えていないのか、こちらに気付いても

くれない。



 決して仕事を忘れた訳ではないが、戦場の真ん中でクロノは女性に無視されることの空し

さを感じていた。その憂さを晴らすように、二人が撃ち漏らした飛行型の傀儡兵を過剰な攻

撃でもって破壊する。



『クロノ君、無駄に魔力使ってたら持たないよ!』



 こちらにまで目を配る余裕があるのが、長い付き合いのオペレータに注意されてしまった。

何かやるせないものを感じながら、フェイト達に続き、吹き抜けの最下層のフロアに着地す

る。



 そこで、あるものに気付いた。



「これは……君達がやったのか?」



 傀儡兵の残骸が、そこかしこに散乱していた。破壊しながらここまで来たのだからそれは

当たり前でもあるが、明らかにそれ以上の数が存在している。



 しかもこちらは主に射撃魔法で破壊を行ったのに対し、最初からここにあったと思われる

傀儡兵の残骸は全て何かで切断されていた。それも、一体につき三度から四度は斬られてい

る。



 フェイトのバルディッシュにもサイズフォームが備わっているが、大味なあの攻撃ではこ

こまでの斬撃を行うことはできないはずだった。



「違う……これは私じゃない……」

「キョーヤじゃないのかい? あいつの得物は刃物だって聞いたことがあるよ」

「得物が刃物ならこの惨状にも納得が行くが、その男はプレシアの付き人なんだろう? 何

で僕らの助けになるようなことをするんだ」

「そんなの知る訳ないだろう? 助かったんだから、それでいいじゃないか」



 キョーヤとやらがこれをやったらしいことが嬉しいのか、アルフの声はとても明るい。対

してフェイトはその無表情っぷりに拍車が掛かっていた。主従のその温度差に違和感を持た

ないではなかったが、今はそれを気にしている時でもない。



「見たところ誰かが負けた形跡はないから、そのキョーヤとやらが負けたのではないようだ

けど……アルフ、その男は信用できるのか?」

「当然だろう? あたしが認めた男さ」

「私は……あまり好きじゃない……」



 人に対して苛烈な評価をしないだろうフェイトが好きでないと言えば、それははっきりと

嫌いだということだった。余計にそのキョーヤの人間性が分からなくなってきたクロノでは

あったが、フェイトの意見を強引に解釈して、信用はできる男だという結論を下した。



「信頼できて強いのなら、戦力としてあてにさせてもらおう。ここでキョーヤが戦っていた

として、僕らと行き違いになった可能性は?」

「ないね。転移でもできたら話は別だけど、キョーヤにそんな芸当はできなかったはずだよ」

「なら、プレシア・テスタロッサと共にいるのでなければ、この先で合流できるはずだ。今

は無駄に戦闘をすることは避けたい。そのキョーヤに遭遇したら、説得はアルフ、君に任せ

てもいいか?」



 行動だけを見れば味方であるが、プレシア・テスタロッサの付き人をしていた男だ。フェ

イトとアルフがここに居ることを考えれば裏切りあがってもおかしくはないが、慎重すぎて

罰が当たることもない。



 クロノの提案を、アルフは快諾した。その態度からすら、キョーヤに対する信頼が感じら

れた。見る人間によっては、フェイトよりも優先しているようにすら思える。使い魔は基本

的に主を最優先に考える生き物だ。その主を前にして、ここまで他人に執着を見せるという

のは、珍しいものでもある。



「問題はないようだね、では、進もう」



 S2Uの一振りで邪魔な残骸を吹き飛ばし、最後の通路を行く。



 行き着いた先に大きなフロアがあり、アルフから事前に聞いた情報によれはその先にプレ

シアが待つ部屋があるはずだった。



 走りながら、行く先に人影があることに気付いた。敵意は感じられない。黒尽くめの男…

…あれがキョーヤかとため息をつき、フロアに侵入する。



 そこにも傀儡兵が居たのか、外周に沿って残骸が山と詰まれていた。そのフロアの中央で

キョーヤと思しき男は、よほどすることがなかったのか両手に持った武器と傀儡兵の残骸で

曲芸をしていた。



 片刃の剣の背の部分で残骸を中空に弾き、右で弾いたら左と、動きを交えながら繰り返す。



 そうしていたと思えば残骸はぴたり、と刃の上で静止し、新円でもないのに背の上を転が

ると首の付け根を通り反対の剣へ。



 あまりにも滑らかな動きに、思わず拍手しそうになるクロノ。アルフにいたっては素直に

歓声を上げていた。



 その声でようやくこちらに気付いたのか、男の瞳がちらりとこちらに向き、残骸が高々と

中空に放り投げられると、剣は鞘に納まった。



 重力に引かれ、残骸が落ちてくる。



クロノが聞いたのは、剣を『鞘に納める』音だった。瞬間、残骸は『八つ』に分たれて床

に転がった。



「御神流、奥義の六、薙旋」



 それが残骸を斬り裂いた技の名称なのだろう。キョーヤは斬り裂いた残骸を一つを取り上

げ、切り口を繁々と眺める。



「斬線にまだ少しブレがあるな……やはり得物が変わったことが大きいようだ。今しばらく

は基礎鍛錬を強化する必要があるな」

『ご命があれば刀身の調整はいたしますけれど?』

「なに、たまにはそういう努力をするのも悪くはない。それに、最初から相棒におんぶにだ

っこでは、男として格好悪い」

『主様のお役に立つことが、私の役目ですわ』

「ならばお前のような存在のことを考えるのが、主様と呼ばれる者の役目だ」



 デバイスとの掛け合いが終わると、キョーヤは残骸を放り投げてこちらに向き直った。



 容姿はアルフの言った通りだった。付け加えるなら、伸びっぱなしになった髪が少々だら

しないくらいか。立ち振る舞いに隙はなく、前線に立つことの多いクロノをしても彼が実力

者であることは一目で見て取れた。だが――



(似ていないか? 恭也さんに……)



 なのはの世界では知らないが、管理世界でキョウヤというのはそれほど多い名前ではない。

アルフから名前を聞いた時はまさかと思って考えもしなかったが、こうして本人を目の前に

してみると、キョーヤはとても恭也に似ていた。


 ただ、本人でないことはクロノにも分かる。なのはの兄の恭也は20を前にしたもっと背

の高い男で、目の前の青年よりはずっと穏やかな雰囲気を纏っていた。目の前のキョーヤは

彼より背が小さく、また明らかに戦う者であるということを感じさせた。



 気配に関してはクロノの勘違いということもある。だが、別人であるというには似すぎて

いた。どのような事情があるのか知らないが、何かがあるかもしれないと思えてしまった以

上看過することはできない。心中の人物リストのキョーヤの項目に『要注意』と書き加える。



 キョーヤは最初にアルフを見、続いてフェイトを気まずそうに見やり、最後にクロノに目

を止め――目を細めた。

 先ほどの自分がしていたであろう顔を向けられ、思わず苦笑を浮かべてしまう。



「……何か?」

「いや。顔は知っていたが、近くで見てみたかったもので。知人と良く似ているんだ」



 嘘か本当か判断はできなかったが、突っ込んで聞くには時間が足りない。疑問はとりあえ

ず棚上げにして、クロノは仕事を再開した。



「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。今回の事件に関してのプレシア・テスタロッ

サには逮捕状が出ており、君はプレシアと親しい仲であったと情報が入っている。話を聞き

たい。できれば艦まで同行してもらいたい。あー……」

「恭也だ。フルネームは恭也・テスタロッサ。少し前までは別の姓だったんだが、仔細あっ

てテスタロッサ姓を名乗ることになった」



 テスタロッサという姓を恭也が名乗ったことで、フェイトの殺気が生まれた。とっさに動

こうとすらしたようだったが、それは理性で抑えたようだ。今がどういう状況なのか解って

いるのだろう。ここで恭也と争うために、フェイトは戦う決意を固めたのではない。



「まさか籍を入れたのか?」

「残念ながら妻帯はしてないな。する予定もない」

「……複雑な事情があることは理解した。同行することは承諾してもらえるのか?」

「喜んで同行させてもらおう。ただその前に、そちらの責任者と話をしたいのだが……」

「残念ながら艦長は作戦行動中だ。話があるのなら僕が聞くが、僕も作戦行動中であるので

出来るだけ手短に願いたい」

「聞いてもらえるだけで十分だ。では……アルフ、フェイト。プレシアはこの先にいる。間

の傀儡兵は殲滅しておいた。新たに召喚されることもないだろう。安心して急いで行け」

「君にそんな権限はない!」

「だが執務官殿? 貴方には俺の話を聞く義務がある。この世界の法律がどうなっているの

か知らないが、吐いた言葉を即座に撤回することを男に許すほど、俺は寛容ではない」



 食って掛かってもいなされる。それほど年を食っているようには見えないが、見た目以上

の老練さを雰囲気から感じた。逮捕は執務官でなくともできるが、これほど重要な案件で最

終的な現場に執務官がいなかったとなれば、上層部に突付かれる。



 容疑者は死亡したり逃走すれば責任問題となる。自分の問題だけで済めばいいが、責任を

取るのは責任者と決まっている。つまり、この場合はリンディ・ハラオウン提督。最善を尽

くしてならばしょうがないと彼女は笑ってくれるだろうが、手を抜いたと思われたら半殺し

にされる。具体的には、アースラの乗組員の間で恐怖の代名詞と語られる、『リンディ茶』

と呼ばれるもので。



 減俸などの処分よりも、クロノはその方が怖かった。



「残念だが君の話は後から聞く。今は仕事が優先だ」

「そうか、それは残念だ。では、君ではなく他の人間に聞くことにする。誰か、この会話を

聞いてる者はいないか?」

『はいはーい、聞いてますよ』



 エイミィの声だった。映像はなく、音声だけをこちらに届けている。恭也にも聞こえてい

るはずだった。



「助かった。貴女がどういう立場の方が存じ上げないが、執務官度殿は上司を恐れているよ

うなので、上司の方に繋いでもらいたい。作戦行動中というのは理解しているが、こちらの

火急の用件であると伝えてくれ」

『りょーかい。ちょーっと待っててくださいねー』



 ちょっと待てというよりも先に、愛すべき管制指令は一度音声を切った。本当に繋げるつ

もりなのかと一人で戦慄していたら、



『はい、責任者のリンディ・ハラオウン提督です』



 本当に責任者が出てきた。次元震を抑えていて手一杯のはずなのに、応対するような余裕

があったのか。



「忙しいところ申し訳ない。恭也・テスタロッサと申します。こちらのクロノ・ハラオウン

執務官の身柄を少しお借りしたのですが、いかがでしょうか?」

『んー……理由をお伺いしても?』

「説得は、娘にさせるべきではないかと。目的が逮捕ならば、無駄ではありますまい?」

『映像は見てた……そうね?』



 あれを見てまで説得ができるとは、普通の人間ならば思わないだろう。付き人をしてたの

なら映像ではなく、近くで直接見ていた可能性も十分にある。人間性だって知っているはず

だ。会わせるべきではない。クロノはそう考えてすらいた。



「見てました。だからこそ、必要なのではないかと」



 だが、恭也の見解はクロノとは違っていた。会わせるべきだと真顔で主張している。残り

の二人、アルフとフェイトにとっても寝耳に水だったようで、驚きの表情で恭也を見つめて

いた。



『一つ聞いてもいいかしら?』

「何なりと、閣下」

『貴方はプレシアの何なのかしら』

「具体的に、となると難しいですね……どんな答え方をしても彼女は怒るのでしょうが……」



 腰のデバイスに手をやりながら、恭也は中空に視線を彷徨わせ、考える。



「強いてあげるのなら、犬、でしょうか……」



 空気が凍った。



『それは……その……教育上よろしくないような意味で?』

「肉体関係は誓ってありません。あー、主と僕?」

『人生の先達として言わせてもらうのなら、その方が余計に淫靡だと思うわ……』

「でしたらもう付き人ってことで。食事などの世話をしていました」

『でも、プレシアを良く知っている?』

「知っているとは言えません。現実にこうなってしまっているのですから。彼女を良く知っ

ているのなら、俺は彼女を止めることができた」



 恭也の視線が、フェイトに向く。



「だから、可能性に賭けてみたいのですよ。誰だって、精神に救いはあってもいいはずだ。

それはプレシアだって例外じゃない。俺は彼女を……助けたいのです」



 数秒の沈黙が降りた。その沈黙にクロノは思わず耳に手をやった。



 執務官が現場付近に居るのに、最後の現場に立ち会わないなどというのはありえない。ど

んなマニュアルを読んだってそうだ。



 それに庭園内部の行動に関しては、事前に何度も話し合った。確かに恭也の存在はイレギ

ュラーであるが、それが行動予定を変えるほどのことだとはクロノには思えなかった。



『分かりました。貴方の言い分を認めましょう』

「母さん!」

『作戦行動中は提督と呼びなさい、クロノ・ハラオウン執務官』



 しかし、リンディはクロノとは別の結論を下した。



 深々と頭を下げる恭也。驚きの顔を何処に向けていいのか分からないフェイト。そんな二

人の顔を順に眺め、クロノはがりがりと頭を掻いた。



 上司が決めたのならば従わない訳にはいかない。他の艦ならば兎も角アースラに限っては

提督と執務官は運命共同体だ。肉親で固まっている以上、本人達がどういう主張をしたとこ

ろで失敗したら連座は免れない。



 組織に所属していたら、派閥争いには無関係でいられないのだ。



「……たったいま提督権限で命令を受けたため、それを執行に移す。フェイト・ハラオウン

及びその使い魔アルフの先行を認め、僕はここで恭也・テスタロッサに対し尋問を行うこと

とする。なお、ここまでの通信記録は執務官権限を持って破棄を提案しますが、いかがです

か? 提督。それに執務官補佐」

『エイミィ・リミエッタ執務官補佐、提案に同意します』

『リンディ・ハラオウン提督。提案を承認します』

「聞いた通りだ。そこの男の言う通り、先に行ってくれ、二人とも」

「その……いいの?」



 遠慮がちに聞いてくるのは、フェイトである。今の状況はフェイトにすれば願ったり叶っ

たりであるが、あまりに上手く行き過ぎると人間疑い深くなるものである。行け、というこ

の上もない具体的な指示を聞いたのにも関わらず、その場に留まってクロノと、そして恭也

を見つめていた。



「悪かったら僕はそう言わない。ほら、早くしないと僕の気が変わるかもしれないぞ?」

「わかった。ありがとう、クロノ――」



 恭也の方を見つめてフェイトは口を開いたが、何も言わずに踵を返した。本当ならその先

には『ありがとう』と続いていたのだろうが、恭也はその言葉を贈るに値しなかったらしい。



 駆け去るフェイトにアルフが続――かず、彼女はまっさきに恭也に飛びついた。勢いのつ

いたアルフを受け止めきれず、二人まとめて床に転がりそうになるが何とか堪えたらしい恭

也は飛びついてきたアルフを見つめ、ばつの悪そうな苦笑を向けた。



「殴られるのなら理解できるが、これまたどういうことだ?」

「どうしてあたしがキョーヤを殴るのさ。信じてるって言っただろう?」

「ああ、言ってくれたな。得体の知れない俺のような男を、良く信じてくれた」

「あたしはキョーヤのことを仲間と思ってるよ。キョーヤは違うのかい?」

「いや……仲間だよ、アルフ。俺とお前……それにフェイトは」



 『フェイト』の部分だけ声を潜め、恭也はアルフの耳元に囁く。



「あたしの見込んだ通りの男だよ、キョーヤは」

「成果を出してその言葉を受け取りたかったものだが……すまないがそれは無理らしい。フ

ェイトには辛い経験になると思うが、支えてやってくれ」

「気を回すなら最後まで気を回しなよ。支えるのは、あたしだけじゃないよ。仲間の、あん

ただってそうさ。これからフェイトには友達とか仲間とか、そういう人間が必要なんだ。そ

こにあんたがいなくてどうするんだい?」

「そうか……そうだな」



 苦笑を微笑に変えて、恭也がアルフの頭を撫でる。アルフは気持ち良さそうに数秒、それ

を受け止めると、ぱっと身体を離してフェイトの後を追った。



 取り残されたのは、男が二人。



「……さて、僕に話があるということでしたが? 貴方のことは何とお呼びすれば、高町恭

也さん」

「恭也と呼び捨ててくれて構わない。だが、俺は恭也・テスタロッサだ。高町恭也というの

は、あの白い少女の親類の名だろう」

「おや、高町恭也さんをご存知で?」

「プレシアと一緒にモニターをしていた。以前フェイトがあの少女と戦った時に近くに居た。

その時に一緒に名前も聞いたよ」

「貴方と容姿が似ているのですが……」

「さあな。どうして他人が俺と似ているのかなど、俺は知らない」

「あくまでも無関係だと仰る?」

「そうだ。俺は恭也・テスタロッサだからな」

「以前は違う姓を名乗っていたみたいですが」

「それを話す理由はない」

「仰る通り」



 話があると向こうから言い出したくせに、歩み寄る姿勢が欠片も見られなかった。



「もしや、プレシア一味を逃がす作戦?」

「プレシアを逃がすのだったら俺も一緒に逃げる手はずを考える。俺だけ残るなんてことは

ありえない」

「貴方は自分を犠牲にしても仲間を生かす性質と見受けますが」

「それは買いかぶりというものだ。俺はそこまで高尚な人間じゃない」



 さて、とお互いに姿勢を正す。事は急を要する。あまり時間をかけてはいられない。



「話というのは他でもない。この事件の終着後、フェイトらと共に俺の身柄も一緒にそちら

の組織で預かってもらいたいのだ。可能かな」

「可能か不可能かで答えるのなら可能ですが、失礼ながら貴方は怪しい。フェイトは実行犯

であるため裁判を受けることになりますが、貴方も何か犯罪行為を?」

「いや、管理世界に来てからこの庭園を出たことはない。してきたことと言えば鍛錬と、プ

レシアの世話くらいだ。それが犯罪になるのなら裁判を受けるのも吝かではないが」

「管理世界の法はそこまで悪法ではありませんよ。その言葉が事実なのであれば、貴方は管

理外世界から迷い混んできた人間として、管理局で保護。しかる後に元の世界へ送還という

形になるかと思いますが……」

「俺は管理世界に永住したい。その手続きを貴方がたに頼みたいのだ」



 ふむ、とクロノは頷く。内から外への手続きはそれほど難しくはない。外の世界で起こる

ことに関して、基本的に管理局は関知しないからだ。



 だが、外から内に来ることに関しては、厳重な審査が必要となる。管理外世界と管理世界

ではそも文化が異なるし、多くの管理外世界では魔法という技術が認知されていない。そう

いった人間がいきなり管理世界に定住したところで上手く行くはずがないのだ。



 だから、何某かの事情で迷い込んだだけであれば、記憶に手を加えて送り返される。無論

そういう人間の中にも定住を希望する人間はいるが、よほどのことがない限り管理局はそれ

を許可しない。



 だが、何事にも例外が存在する。管理内世界の事件に巻き込まれた、あるいは管理局が自

発的に管理外世界の住人を召喚した場合は、その限りではない。審査はいずれにしても必要

であるが儀礼的なもので、ただやるだけのもの。



 無論、帰りたいと言えば帰す決まりであるが、定住したいと言えばその希望はほぼ確実に

通る。



 さて、目の前の恭也はと言えば、クロノの判断では『灰色』だった。管理内世界で生み出

されたフェイトと異なり、彼が管理外世界から来たという発言は既に記録に残っている。ア

ルフの話では魔導師適正はないようであるし、犯罪に関わっていないと言い切るにはプレシ

ア・テスタロッサは大物である。



 放逐すべし、という意見が他の派閥から出たら、必ず押さえ込める、という自信はクロノ

にはなかった。手を尽くせば何とかなるだろうが、そのためには恭也・テスタロッサという

人間を判断する必要がある。



 果たして目の前の男には、自分達が苦労をするだけの価値があるのか……



 考えたのは数瞬だった。



 フェイト達を助けるのならば、この男のことも助けなければならない。彼だけをどこかの

世界に放逐したら、収まるはずだった問題まで拗れかねない。戦闘に出ていなかったという

のが一応の決め手になってくれるだろう。腕が立つというのも、プラス要素となってくれる。



「捜査にも一応協力的ということもありますから、どうしてもというのであればこちらで手

続きはいたしましょう。しばらくは不自由をすることになると思いますが、それでも宜しい

ですか?」

「アルフ達と共にいられるようになるのなら文句はない。委細、よろしく頼む」

「問題ありません。これが僕の仕事ですから」



 それで、話は終わりのようだった。ならば、と足を進めたクロノを、恭也は手で制した。



「まだ何かあるのですか?」

「いや、何となく手が出てしまったというだけの話だ。行きたければ行ってくれ。俺も、も

う行く」



 共に行こうとクロノは言わなかった。恭也・テスタロッサという人間を測りかねていたの

だ。もちろん、任務とあれば付き合うことは厭わないが、恭也との間には何か壁のようなも

のを感じる。



 それは、アルフにはもちろん、仲がいいとは言えないフェイトにもないものだった。おそ

らくプレシアとの間にもないのだろう。単に過ごした時間の違いと言えなくもないが、それ

だけではないような気がするのだ。



 それは自分を最初に見た時の、恭也の視線に由来していた。自分を通して別の誰かを見て

いる……恭也は『知人に似ている』と言った。そのせいだと考えるのが妥当だが、果たして

それだけなのだろうか。



 恭也には、『何か』がある。それが良いものなのか悪いものなのか今の段階では判断でき

なかったが、それはクロノの中で確信に変わっていた。



「それではな。先に行かせてもらうぞ」



 言って、恭也は消えた。数度、ただ瞬きを繰り返す。比喩ではない。文字通り、恭也・テ

スタロッサは目の前から消えていた。



 置いていかれたと気付いたのは、それから数秒の後だった。

























「貴女が私の、母さんだから」


 全てを言い切った。フェイトはそう感じていた。母であるプレシアに本当の意味で言葉を

語ったのは、これが初めてだった。ここに辿り着くために、自分とアルフと、母に従ってい

た恭也までが庭園を離れ、管理局の側についた。今、母の傍には誰もいない。ただ一つ、ア

リシアの亡骸があるのみだった。



 母を救いたい。そういう思いは確かにあった。しかし同時に、自分では救えないだろうと

いうことも、フェイトは何となく理解していた。



 どれだけ距離があっても、母娘だったのだ。自分の言葉が届くかどうかくらいは、理解し

ているつもりだった。それでも、機会を作ってくれた者達のために出来る限りのことはした

い。母を救いたいという思いに、嘘はないのだから。



「くだらないわ……」



 その一言が、プレシアの全てを物語っていた。相変わらずの、物を見るような視線だった。

背後で殺気立つアルフを、フェイトは手で制した。



 それは特に理由があった訳ではない、とっさの行動だった。プレシアの行動を邪魔しない

ことが、これまでのフェイトの命題だった。アルフを制してから数瞬で、フェイトはその行

動を後悔した。



 プレシアの足場が、音を立てて崩れていく。



 アリシアと共にゆっくりと次元の海へと落下していくプレシアの顔は、フェイトが今まで

見たこともないほど、穏やかなものだった。



 自分が愛されていないことは、嫌というほど理解していた。プレシアの愛が欲しくて、フ

ェイトは今まで戦ってきた。そのためにアルフやリニスにはとても辛い思いをさせてきたの

た。思いを通すために、二人には随分と苦労をかけた。



 今は、決別の時なのだ。プレシアは自身の思いを通し、望んだ形ではないだろうが、次元

の海に沈もうとしている。娘として、それを見送るべき時なのだ。ついにきちんとした母娘

になることはできなかったが、プレシアの最後の希望を叶えることが、娘として出来る最初

で最後の孝行なのだと、自分を強引に納得させようとしていた。



 たが。気付けば足を踏み出していた。魔法が使えるということも忘れていた。とっさのこ

とで、アルフも追いつくことはできない。飛べない身体は落ちるしかない。



 その空間は魔法が打ち消され、落ちれば二度と上がることはできないということは知って

いた。魔導師がそこに落ちるということは、死を意味する。



 初めて感じる『死』だったが、怖いという感じはなかった。ただ、これで自分も母の後を

追えるのだと思うと、少しだけ心が軽くなった。





「もしかしたらと思ったが、やはりか。嫌な予感は当たるものだな」



 落ちていた身体が、不意に抱きとめられた。暖かい何かに、包まれている。



 顔を見上げる。恭也だった。自分からたくさんのものを奪った、忌々しい男。



「喋らなくていい。これから激しく動くからな、舌を噛むぞ」



 文句の一つも言ってやろうと思ったら、機先を取られた。忌々しい男――恭也は魔力で空

中に足場を作りながら器用に動き、穴から脱出。フェイトを抱えたまま走り出した。



「アルフ。このまま脱出するぞ、俺についてこい」

「――待て、恭也・テスタロッサ! 勝手な行動は控えてもらおう!」



 通路に差し掛かると、正面から走ってきたクロノと合流した。アルフはちゃんと追ってき

ている。文句も言わずに追っているというのは、主であるフェイトとしては複雑な気持ちで

はある。



「勝手も何も、命がかかっているのだったら誰だってこうする自信がある。現にお前だって

こうして俺と走っているじゃないか」

「君が逃げているから追っているのだろう! 何でもいいから一度足を止めてくれ。落ち着

いて話そう」

「落ち着いて話すのは吝かじゃないが……いいのか? 庭園の主が消えたのだ、用を成さな

くなった庭園はどうなる?」



 振動が辺りを支配した。それは、段々と大きくなっていく。駆動炉は既に抑えられたはず

だ。制御する者を失った庭園は、自壊するしかない。



「理解したか? クロノ・ハラオウン執務官」

「……君の行動は不問にする。脱出はするが、フェイト・テスタロッサはそのまま任せても

いいのか?」

「姫を運ぶ栄誉は俺のものだ。お前は先導してくれ。くれぐれも、俺よりも早く飛ぶように

な」

「誰に物を言っている!」



 広間に出ると、クロノは飛行魔法を使って上昇を始めた。恭也はやはり足場を作りながら

その上を飛び回り、直接飛んでいるクロノと同じくらいの速度で上層部に向かう。引き離す

どころか追いついてくる恭也を見て、意地になったクロノはさらに速度を上げた。恭也は特

に変わった方法を取るでもなく、平然とそれに追いすがる。



「俺に助けられるのは不本意とは思うが、まぁ、犬に噛まれたと思って黙って聞いていてく

れ。俺がお前に話すことが出来るのは、もしかしたらこれが最後かもしれないからな」



 口を開けば舌を噛みそうな振動が常にあるのに、恭也は平然と喋っていた。



「まず最初に謝罪をしたい。プレシアのことを助けられなくて、すまなかった」



 恭也の目は常に上を向いていた。当然フェイトのことも見ていなかったが、嘘をついてい

ないことは何となく解った。すぐに感情が顔に出ていたプレシアやアルフと同じで、不器用

な性格なのだろう。大嫌いな男ではあったが、そういうところには好感が持てた。



 平気で嘘をつく人間というのは、どうしても好きになれそうになかった。



「それから、お前やアルフを助けることもできなかった。俺がもっと器用な立ち回りが出来

たら、こういうことにもならんかったんじゃないかと思う。すまない」



 謝られても、困る。全ては過ぎてしまった。プレシアは次元の海に沈み、庭園は崩れ始め

た。もうあの頃に戻ることはできないし、目の前の男が頭を下げても戻ってくるものは何も

ない。



「これからお前は色々なものを見るだろう。辛いこともあるだろうが、隣にはアルフがいて

くれる。なの――白い服の少女もお前の味方をしてくれるはずだ。俺は彼女を良く知らんが、

そんな気がする。あれは心根の綺麗な少女なのだろうよ」



 飛ぶクロノに従い、入り口まで戻ってきた。転送用の魔方陣が準備されている。そこには

駆動炉に行っていた二人がいた。少女の方はフェイトを見て顔を綻ばせたが、抱えている恭

也を見て驚いた。



「お兄ちゃん!」



 聞き捨てならない言葉を聞いたような気がして、恭也を見上げた。恭也は一度じっ、と少

女を見つめ返したが、やがて不機嫌そうにそっぽを向いた。



「人違いだ」



 恭也が少女にかけた言葉は、それだけだった。何事もなかったかのように少女の待つ魔法

陣の中に入り、大人しく転送される。





 気付けば、アースラの中だった。



「お疲れ様、みんな」



 声をかけてきたのは、リンディだった。彼女も庭園に出ていたはずだが、クロノらと違っ

て目だった傷はない。服が少々汚れているくらいだった。



「クロノ・ハラオウン執務官、医療室へ。負傷している局員を直接見て、治療を手伝うこと。

それから被害のほどを詳しく調べて報告なさい」



 命令を受けて、クロノは走って行ってしまった。一度だけこちらを振り返ったが、立ち止

まるようなことはなかった。



「さて、なのはさん、ユーノ君、それにフェイトさんにアルフさん。ご苦労様でした。これ

からの仕事は私達がやります。部屋を用意しましたから、そちらで休んでいてください。何

か必要なものがあれば、クロノかエイミィに言ってもらえれば、用意させるわ」



 リンディが言葉を区切る。笑顔ではあったが、行け、と言っているようにフェイトには聞

こえた。唯一、呼ばれなかった人間に視線が集まる。



 視線を向けられた恭也は、居心地が悪そうに顔を背けた。むず痒そうに頭を振っている。

自分を抱えているから、頭をかけないらしい。



「ここで?」

「構わないわ。どこでも一緒なら、早い方がいいでしょう?」

「違いありません」



 苦笑して、恭也は自分を降ろした。努めて他の人間のことは見ないように、じっと顔を覗

きこんでくる。



「あー、その、なんだ……」



 バツの悪そうな顔をしていた。困っているのに、目を逸らすことはない。言いたいことは

確かにあるのに、踏ん切りがつかないでいる。プレシアの隣に立っているのを見た時には冷

血な男に見えた。それが今では、まるでリニスに悪戯が見つかった時のアルフのようだった。



「上手く言うことはできないし、俺にはそんな資格はないのかもしれない。だが、心の内は

今ここで明かしておこう。俺はフェイト、お前と本当の家族になりたい」



 一瞬で、頭に血が上った。



 しかし、以前のようにバルディッシュに手を伸ばすことはなかった。言葉を理解するだけ

の余裕が心に出来ただけではない、恭也の言葉をもっと聞いてみたいという気になっていた

のだ。



 何か気に障るようなことを言ったら、今度こそ首を落とす。そう心に決めて、フェイトは

恭也の言葉を待った。



「お前とは話す機会があまりなかったし、お前が俺を好いていないことも知っていた。プレ

シアの周りにいたのだからな、当然だろうとは思う。アルフが俺に心を開いてくれたことも

影響していたのだろう。そのことでは、お前に無駄に寂しい思いをさせてしまったのだと思

う」

「貴方が庭園を出て行けば、それで済んだことだ」

「それは出来ない。俺はもう逃げてきた身だ。ここでもう一度逃げ出せば、自害するしか道

がなくなる」

「じゃあ……」



 死ね、とはどうしても言えなかった。親しい誰かが目の前からいなくなることは、とても

悲しいことだ。恭也は別に親しい人間ではないが、アルフは彼のことを慕っている。アルフ

を悲しませることは、フェイトだってしたくなかった。



「俺は、プレシアからテスタロッサの姓を与えられた。何でもないことのようにプレシアは

言っていたが、それには意味があったのだと思っている。プレシアは俺に、お前達の家族に

なってほしかったのではないかな」

「そんなものは、貴方の思い込みだ」

「確かに。今となっては確かめようのないことだ。真実はプレシアのみが知っている。いや、

彼女ですら真実は知らなかったのかもしれん。あの人の心は歪みすぎて、自分自身ですら最

奥を覗くことができないようだった。何がプレシアの本心だったのか、想像することしかで

きない。だが」



 恭也の両手が、肩に乗った。バルディッシュに手を伸ばして、止めた。



「俺は、今さっき言ったことがプレシアにとっての真実であったと信じる。あれは確かに悪

だったが、同時に母でもあった。その愛情はほとんど全てアリシアに向けられてはいたが、

いくらかはフェイト、お前にも向いていた」



 嘘だ、とはいくら恭也の言葉でも言いたくはなかった。母に愛されている。そういう確信

を持つことを、フェイトは心の底から望んでいた。



「だから、俺がこうしてここにあり、テスタロッサの姓を名乗ることになったことにも、意

味があるように思う。俺はお前達とは異なる世界から逃げてきた身だが……陳腐な言い方に

なるが、お前達の家族になること、それこそが俺の運命だったのではないかな」



 恭也が立ち上がる。顔はもう、真っ赤だった。自分の言葉に相当に照れているらしい。大

の男がそんな風でいることがおかしいのか、リンディなどはにやにやと、恭也を眺めていた。

他の3人はぽかん、と口を開けて恭也を見ている。



 そんな空気に耐えられなくなったのか、恭也はぱたぱたと自分の顔の前で手を振った。



「らしくないことを言ったな……まぁとにかくだ。困ったことがあったら必ず誰かに相談す

ることだ。アルフでもいいし、そこな連中でもいい。一人で抱え込むようなことはもうしな

くてもいいのだ。お前には仲間がいるし、家族もいる。その中に俺を加えてくれることがあ

れば……嬉しいとは思う」



 話はそれで終わりだ、と恭也は踵を返し、リンディを促した。リンディは笑みを浮かべた

まま恭也を肘で小突き、促す。



 行ってしまう恭也を見やった後、アルフがこちらを見た。声には出さず念話も寄越さず、

ただ口だけを動かして、何かを促している。残りの二人を見ても、同じ仕草をしていた。



 背中を押してくれる人がいる。気持ちが纏まるのに、それほど時間はいらなかった。



「待って!」



 去っていく恭也の背中が、止まった。肩越しにこちらを振り返ってくる。



 黒い瞳が自分を見つめていた。優しい、澄んだ瞳だった。アルフやリニスが見せてくれた

瞳だった。そんな風に見てもらえることが、フェイトは何よりも大好きだった。



 母がついに与えてくれなかったものを、恭也は与えてくれている。そう思えた時、フェイ

トの目から、涙が溢れていた。



「……………………ごめんなさい!」



 何をしていいのか解らなくて、フェイトはただ、頭を下げた。



 恭也には酷いことを言った、酷いことをした。自分の手でバルディッシュを振るい、怪我

までさせた。好かれるようなことは何一つしていない。それでも恭也は自分のことを考えて

いてくれていた。



 アルフと一緒に、家族になりたいと言ってくれた。それが今は、とても申し訳なかった。



「何を謝る? お前は何か悪いことをしたのか」

「した! とてもたくさん! 貴方に酷いことを言って、酷いことをした!」

「俺は人よりも少々頑丈にできている。あんなもの大したことではない。それにあの時はあ

れが、お前にとっての最善の答えだったのだろう。本当にそうするしかなかったという行動

まで、俺は責めることはしないし、その立場にもない。だが、そうだな……どうしても俺に

謝りたいというのであれば、一つ聞いてもらいたい願いがある。それをすることで、俺への

謝罪としてもいいが、どうだ?」



 どうだも何もない。許してくれるというのであれば、何でもするつもりだった。



 再び恭也はフェイトの傍まで歩みより、目線を合わせた。



「『涙を流すのは悲しい時ではなく、嬉しい時だ』というのが俺の知人の持論だが、俺はそ

うは思わない。嬉しい時には笑うべきだと思うし、泣き顔よりは笑顔の方が好ましい。だか

らフェイト、笑ってくれ。俺はお前の笑顔を、まだはっきりと見たことがない」

「そんなことで……いいの?」

「そんなこととはなんだ。お前の笑顔にはそれだけの価値がある。笑ってくれるというのな

ら、俺はこの世の全てが敵になっても、お前を守り抜くことをここに誓おう」



 大げさな、と思った。それと同時に、恭也が本気で言っていることもフェイトには解った。

だから――笑った。





「ああ…………やっと、笑ってくれたな」



 笑顔がちゃんと出来ていた自信はない。それでも恭也は微笑んで、頭を撫でてくれた。



 また、涙が溢れた。今度は、声を出してないた。後から後から声が出てくる。背中を撫で

てくれたら、もう止まらなかった。そのまま恭也の腕の中に飛び込んで、大声で泣いた。



 初めて、自分の運命というものに希望が持てたような気がした。声を出して泣けることが

これほど幸せなことなのだと、初めて知った。



 いつか、ちゃんとした笑顔を向けたい。そう思いながら、フェイトは泣き続けた。










後書き
今話で一応の区切りが付くことになりました。まずは、ここまでお付き合いいただき、あり
がとうございます。

最終話と銘打ってはおりますが、今のところStS時間まで続けるつもりでいます。次回か
らはA’sまでの繋ぎの短編が数話入り、それからA’sということになります。

ようやくヴォルケンリッターを出せると、今から書くのが楽しみです。

そちらも近いうちにお届けできると思いますので、気軽にお待ちください。