隊を挙げて内定を進めていた施設を強襲し、そこが最近猛威を振るうようになりつつある

戦闘機械――先日、管理局で確定した名称は『ガジェット』ということだったが――その製

造工場を発見した。



 技術者が手作業で作るような小規模の物ではなく、まさに『工場』と呼べるほどの規模で

あり、飛行訓練でも出来そうな広大な空間でガジェットが生産されている様を見た時には、

半ば確信に近い思いを持ってここに来たゼストも、目を疑わずにはいられなかった。



 随行の隊員が、感嘆の声を漏らした。ゼストが隊長になって以来、初めての快挙である。

それに留まらず、管理局史でもあまり類を見ない大規模な捕り物となるだろう。クイント、

メガーヌ両捜査官が、有形無形の捜査妨害にも屈せずに、地道な捜査を続けた結果だった。



 しかし、施設を押さえても犯人一味を逮捕できなければ片手落ちである。レジアスの言を

無視して施設を強襲したのもそのためだった。態々本局から応援に呼んだ恭也を置いてくる

形になってしまったが、地上本部内部ですら、情報を拾われている気配があった。何の落ち

度もない恭也には非常に申し訳ないことになってしまったが、これだけの結果を出せば、善

良なあの男のことである。不器用に微笑んで、許してくれることだろう。



 また恭也を誘い、レジアスと共に飲みにでも行こうか。そんなことを考えていたゼストの

元に、別行動中のクイントとメガーヌから『敵を発見、交戦開始』という音声が同時に届い

た。



 その瞬間、不可視の波動が周囲に撒き散らされた。自分の物を含め、隊員達のデバイスが

一斉に不調を訴え始め、念話、無線の通信が全て途切れた。



 AMF……魔法を無効化する領域に取り込まれたことは明白だったが、実用化されたそれ

はまだ有効範囲が狭く、広域に効果を及ぼすようなことは出来なかったはずだったが、現実

としてそれはゼストと部下達に、猛威を振るっていた。



 通信まで途絶したため、クイント、メガーヌ隊とは連絡が取れなくなったが、緊急の際に

どう行動するかは、突入の前に決めている。施設内部の合流地点を目指して、同行していた

部下達に撤退を指示。魔法補助なしの純然たる駆け足で移動する最中、ガジェットの一部が

起動し、襲い掛かってきた。



 精強で鳴るグランガイツ隊の隊員達である。通常状況下であればガジェットなど物の数で

はなかったのだろうが、AMFの中ではガジェット達も鬼神にも等しかった。質量兵器の直

撃を受けて、先行していた二名の隊員が負傷し倒れるのを見ると、ゼストは多大な魔力を行

使して加速し、槍の一振りの下に、道を塞ぐガジェットを斬り伏せた。



 この時点でゼストは、全面的な撤退を決断した。負傷した隊員を外に出すことを最優先に、

施設からの脱出、安全圏まで離脱する。ただ、ガジェットその他の妨害があることは必至で

あり、メガーヌ、クイントの隊とも合流しなければならない。当座の道は確保できたが、外

まで逃げられるかどうかも怪しい。



 さらに、一つの決断をする。同行した隊員達の中で、最も階級の高い物に隊の指揮権を委

譲すると、ゼストは殿に立った。隊員達――特に負傷した隊員から抗議の声が上がったが、

AMFの状況下でも戦闘が出来るのは、この組の中では自分だけのようだったし、グランガ

イツ隊全体で見ても、隊長補佐のクイント、メガーヌ以外には無理だろう。



 強い語調で撤退を再度指示すると、ようやく隊員たちは命令に従った。ガジェットと戦い

ながら、隊員達の背中が見えなくなったのを確認すると魔力を込めて槍を振るい、出入り口

を完膚なきまでに破壊する。



 退路はこれで塞がれたが、脱出は全てのガジェットを破壊してからでも遅くはない。目に

見える全てのガジェットの破壊は骨が折れそうだったが、部下全ての生存を成し得ようとし

た時、ゼストの頭で導き出せた結論は、これしかなかったのだ。



 これで全ての危機を排除できた訳ではないだろうが、まだクイントがおり、メガーヌもい

る。こういう時のために、日頃から訓練をしてきた。きっと生き残って、地上本部に帰れる

と信じ、後は戦うしかない。



 覚悟を決めると、AMFの無形の圧力も忘れられるような気がした。駆け、飛び、無数の

ガジェットをスクラップへと変えて行く。統率も何もない。当たれば致命傷なのだろうが、

無秩序に放たれる攻撃は、ゼストに掠りもしなかった。



 ふいに、気配を感じた。部下を撤退させた方とは逆の出入り口が爆散し、二人の人影が飛

び込んで来る。身体のラインを強調したボディスーツを着込んだ、二人の女性。その片方、

背の小さい銀髪の少女が両手指に挟んだナイフをこちらに向かって投擲した。それは正確に

ゼストに向かって飛んできたが、普段ならば槍で叩き落したろうそれらを、ゼストは大きく

飛び退って回避する。



 瞬間、ナイフそのものが爆散した。



 ゼストの巨体が爆風によって煽られ、体勢が崩れたところに、飛び込んできた人影のもう

一人――長身の、男のような容貌をした女が切り込んできた。両腕の、肘の辺りに取り付け

られた、魔力の刃らしき物と格闘術を組み合わせた、管理局では他にあまり類を見ない戦闘

方法だった。



 それに、小さい人影も合流する。



 至近で爆散するナイフを物ともせず、無造作とも言える歩調で寄って槍を振るった。小さ

な人影は後退ってそれを避けるが、槍の猛威は止まらない。二度、三度、防御フィールドに

受け止められたが、四度目になり、ついにフィールドを突破し、槍が届いた。



 身体を二つに断ち割るつもりの一撃だったが、右の眼球を破損するだけに留まった。小さ

な人影が、初めて声を挙げる。機械のように淡々と戦っていたため、人の形をした機械なの

かと半ば信じていたが、痛みを感じる機能はあるようだった。



 意外と言えば意外なことだったが、手を止める理由にはならなかった。引き付けた槍を素

早く振りかぶり――右方から急接近した人影に振り下ろす。高速戦闘を得意としてるらしく、

まさに目にも留まらぬ速度で部屋の中を縦横無尽に駆け回っていたが、ゼストはそれに難な

く対応し、二合と打ち合うことなく左腕を切り飛ばした。速いことには速かったが、地に足

をつけた恭也ほどでもない。



 傷を負った二名の敵を視界に治め、油断なく構える。その間にも残ったガジェットが対峙

する二人の戦闘機人とゼストを取り囲むように、陣形を組む。内側に向けて一斉に実弾兵器

を掃射されればさすがに無傷では済まないだろうが、ここまで完成度の高い戦闘機人を巻き

込んでまで決行するとも思えない。対峙が続く限り、安全は保障されたようなものである。



「AMFを使えば、全ての魔導師を無力化できると思ったか?」



 戦闘機人は答えない。苦虫を噛み潰したような顔で、ゼストを睨みつけるばかりだった。



「魔法が使えなければ戦えないなど、ありえないことだと言った男がいてな。魔法が使えな

くても、使用できる魔力が極端に少なくなっても、戦闘を続行する方法を俺の隊は常日頃か

ら訓練しているのだ。成果を実感することのない日々だったが、こうしてお前達に相対でき

たところを見ると、的外れな訓練でもなかったようだ」



 一歩、踏み込む。戦闘機人達は、三歩も下がった。人間よりも遥かに高いポテンシャルを

持った戦闘機人が、AMF状況下に置かれた一人の魔導師に気圧されている。人以上の存在

を目指して戦闘機人を設計した科学者がこの状況を見れば、甚だ矜持を傷つけられたことだ

ろう。ガジェットも、AMFも、ゼストの戦いを阻めないでいた。



「お前達を一個人として扱うことを妥当と判断し、ここに降伏勧告を行う。武装解除し、投

降すれば悪いようにはしない。戦闘続行の意思あらば、ここで果てることを覚悟しろ。俺は

自分の命を危険にさらしてまで、犯罪者の命を救おうと考えるほど、寛容ではないぞ」

「既に勝ったつもりでいるか、管理局の魔導師」



 背の高い方の戦闘機人が言った。



「お前が不利であることに、変わりはない。外にもガジェットがあり、私達の仲間もいる。

貴様と仲間が、生きて管理局に戻ることはないだろう。降伏すべきは、お前達だ。我々に降

るのなら、命だけは助けてやるぞ」

「お前達を倒し、ガジェットも破壊し、仲間と合流して脱出すれば済むことだ。お前達に救

われる命を、俺も、俺の部下達も持たん」

「部下を見殺しにするか」

「管理局員となったからには、世の人々のために死ぬべしと、俺は常日頃から説いてきた。

それが俺の誇りであり、正義だからだ。その精神を部下達も理解していると、信じる」

「あくまで、戦うというのか」

「物言いあるなら、刃で語れ」



 ゼストが一歩踏み出すと、機人達はさらに下がった。間違いなく強敵で、AMF影響下

にあっては魔導師の天敵と言っても良い機人だったが、戦闘経験が少ないだろうことが、

ゼストにとっては救いだった。



 誰もが軽んじていたAMF影響下での戦闘訓練を、首都防衛隊の中で行っていたのはグラ

ンガイツ隊だけだった。まだ実用されてもいない――とされていた技術ではあったが、魔法

が使えないからと言って投げ出してもいいほど、任務は軽くない。自分達の肩には地上の人

々の命が乗っているのだ。それを思えば、同僚からのからかいの言葉も、どこふく風だった。



 事実、その訓練はこうして身を結んでいた。強大な敵と互角以上に渡り合うことが出来、

部下達の撤退を援護することも出来た。危機に陥らないことが第一である。犯罪者を相手に

遅れを取ったことは痛恨の極みだが、遅れはまだ取り戻せる段階にあった。 



 槍を握り締めた。身体中に、魔力が満ちる。咆哮を上げ、駆け出した。機人達は左右に大

きく散り、ガジェットの攻撃がゼストに向かって殺到した。弾丸が当たるのも物ともせず、

無造作にガジェットに駆けより、やはり一刀の元に切り伏せた。



 爆風。小さい方の機人のナイフを、槍で叩き落した。至近での爆発だったが、体勢に影響

はない。眼球を抉った痛みが、まだ尾を引いているようだった。タイミングにも威力にも、

キレがなかった。



 大きい方の機人は、小さい方よりも攻めあぐねているようで、ガジェットの包囲の更に外

を、ゼストに合わせて動いていた。着かず離れずの距離を取り、隙あれば斬ろうとする気配

は伝わってきたが、足を踏み出すだけの踏ん切りがつかないのだろう。既に何度も好機を逃

していた。



 槍を一つ振るう度に、ガジェットを一つ、スクラップに変えて行く。首都防衛隊の任務は

激務だったが、全力で戦う機会には長く恵まれていなかった。AMFの影響下とは言え、今

の状況は存分に力を振るっていると実感できるもので、命のかかった危機的状況ではあった

が、ゼストの胸には奇妙な満足感が生まれつつあった。



 ようやく踏み込んできた大きい方の機人の刃を受け止め、返した石突で顎を突き上げる。

身体が宙に舞った。常人であればそのまま首が外れそうな一撃だったが、よほど頑強に出来

ているのか、宙を行きながらも機人は強引に体勢を整え、四本足で着地した。



 立とうとするが、その度に膝から崩れ落ちる。駆動系に損傷を与えた、そう考えてもいい

だろう。考えつつも動き、ガジェットを破壊しながら、残りの小さい方の機人を捉える。踏

み込んだ。槍は既に振りかぶっている。機人はナイフを投げようとして――取り落とした。

拭った血が、小さな手に纏わりついている。小さな機人の顔が驚愕に染まり、迫り来る槍を

見た。



 振り下ろす――だが、その身体を今度こそ二つに断ち割る寸前で、ゼストの槍はぴたり、

と止まった。背後に、新たな気配を感じ取ったのだ。それも、二つ。見逃していたはずはな

い。AMFの影響下、この場所に出現したのだ。



 圧迫感もない。ただ、その気配はそこに存在していただけだったが、勝利を半ば手にして

いたはずのゼストの槍を止めてしまうほどの衝撃を、その心にもたらしていた。



「遅ればせながら、参上した。ゼスト・グランガイツ一等陸尉。君には停戦に応じてもらい

たい」



 男の声だった。聞いた事がある。直接会ったのではなく、聞いたのはもっと、質の悪い電

子音声――クイントが入手した、広域手配犯罪者の声だった。戦闘機人、ガジェットの製作

に関連したとして、部下である二人の捜査官がずっと追っていた人物。



「ジェイル・スカリエッティ……」

「いかにも。歴戦の魔導師である君に名を呼んでもらえるとは、光栄の至りだ」



 振り向いた先には、なるほど、手配書の通りの男がいた。伸びっぱなしとも言える中途半

端な長さの髪、つりあがった目。炎の支配するこの空間にあって、場違いなフォーマルスー

ツに身を包み、その上に、シミ一つない白衣を纏っている。やり手の研究者といった風情で

あったが、眼前の男を見て世のため人のための研究をしていると思う人間はいないだろう。



 どこがどうというのではない。雰囲気から、佇まいから、自分は邪悪であると眼前の男は

主張していた。見間違えるはずもない。この男が、自分達の追っていた犯罪者だった。



 だが、長年追い求めていたはずのその男よりも、ゼストの目を引いたのはもう一人の人影

だった。小さいと思った機人よりも、さらに小さい。身体をすっぽり覆うマントに、目深に

被ったフード。ただ、僅かに露出した部分から、真紅の瞳と僅かな金髪が見えた。



 少年か少女か知らないが、場違いなのは確実である。ジェイルが従えているということは

機人なのかもしれないが、先の二人の機人のような脅威を、その人影からは感じなかった。

何をするでもなく、そこに立っている。まるで、吹き荒れる熱風も、傷付いた機人も、隣に

いる犯罪者も、自分には関係ないとでも言うように。



「一等陸尉、停戦に応じてはいただけないかな。私としては、これ以上君と刃を交えること

に、意味を見出せないのだよ」

「俺の任務は犯罪者を捕縛することであって、その間に緊密な関係を構築することではない。

貴様に用意された選択肢は二つだ。自分の足で出頭するか、俺に抱えられるか、好きな方を

選ぶがいい」

「ならば選択肢を増やすとしよう。君の所属する組織についてだ」



 管理局を意図したジェイルの言葉に、ゼストの不退転の信念に小さな揺らぎが生じた。踏

み込んで叩きのめし、法の名の下にジェイルを逮捕することが、管理局員として正しい行為

であることを、任務に忠実に生きてきたゼストは他の誰よりも知っていたが、ジェイルの纏

う邪悪が、彼に興味を抱かせた。



 槍は油断なく、小さな機人に突きつけられたまま。しかし、話を聞く意思はあるのだと理

解したジェイルは、悪魔の笑みを浮かべた。



「私は、最高評議会の命を受けて活動している。唯一という訳ではないが、彼らは重要なス

ポンサーの一人でね。君達は私の『活動』を調査していたようだが、そのうちの過半数は彼

らの要望にそって行動したものなのだよ。口幅ったい言い方をするなら、君達とは同僚とい

うことになるのかな」

「妄言も大概にしろ」



 時空管理局が犯罪者と内通しているなどありえない……そう信じられるほど世間を知らな

い訳ではなかったが、それでも自分の人生を支える象徴とも言うべき組織が、眼前の邪悪と

手を握り合っているなど、ゼストには考えるのもおぞましいことだった。



「確かに、言うだけならば誰でも出来る。証拠もあるにはあるが、君を納得させるだけのも

のを、今の段階では提示できないだろう。だが、知りたくはないかね? 自分達の信じる正

義の組織の、本質という物を」



 問答は不要。前言の通り、妄言であると判断したゼストは、槍に力を込めた。機人の一人

は無力化し、一人の抵抗力は大幅に奪ったが、依然として多数のガジェットは健在であり、

ジェイル自身に戦闘能力がないと断じることも出来ない。



 油断の出来ない状況ではあったが、現状、もっとも逮捕しなければならない男が、目の前

にいるのだ。長年の捜査を実らせる、絶好の機会だった。



「ドクター? おじさん、戦うつもりみたいだよ?」



 小さな人影が、初めて口を開いた。背の高いジェイルを見上げ、フードが落ちる。炎に照

らされた金色の髪が、戦場で鮮やかに映える。声の通りの愛らしい容貌をした……こんな場

所でなければ、詩的表現に縁のないゼストは『天使』とでも表現しただろう、愛らしい少女。

少年か少女かも知る術はなかったが、少女であるとゼストは確信した。



「そのようだね。まぁ、言葉で説得できるとは私も思っていなかったが、手を尽くさない訳

にもいかんだろう? 科学者としては」

「時間の無駄。私だって暇じゃないの。読書の時間を邪魔されて、怒ってるんだから」

「アリィ、これは私にも予定外の事態だったのだよ」

「ドクターの失敗でしょう? 私の読書を邪魔していい理由には、ならないわ」

「では、埋め合わせをしようじゃないか。誰かを連れて、ショッピングにでも行ってくると

いい。それで許してくれるかい?」

「ウーノおば……おねーさん、連れて行ってもいい?」

「勿論だとも。ついでに君が今言いかけた言葉を告げ口することもしないよ。だから機嫌を

直してくれるかい?」

「許してあげる。ちょっと気になってた帽子があるの。すぐに帰って、準備しなくちゃ」

「では、その前に一仕事を頼めるかな。トーレもチンクも、調子が悪いようだし」

「ドクターと違って、おねーさん達にはお世話になってるからね。ピンチなら、助けるよ」



 少女が、戦うつもりでいる。こんな場所に少女がいることも不自然だったが、その少女が

戦うことにまるで恐怖を持たず、また、事も無げに勝利するつもりでいることに、激しい違

和感を覚えた。



 容姿でその力量を判断するのは危険だと、先の機人の戦いで思い知ったが、可愛らしいぬ

いぐるみでも持って、綺麗な服で着飾るのが似合いそうな少女と、戦うために相対している

という現実を、ゼストは信じることが出来ないでいた。



 少女に振るうべき槍は持っていない。だが、今は非常時で、追い求めた犯罪者であるジェ

イル・スカリエッティが眼前にいる。戦うと前に出てきた以上、少女も機人なのだろう。A

MFが有効な今、手加減をして勝てるような相手ではなかった。



 倒す。その決意をゼストが固めると、アリィとジェイルに呼ばれた少女は、熱風に煽られ

る金色の髪を手で押さえながら、歩み寄ってきた。



「一応自己紹介ね。はじめまして、おじさん。私はアリシア。名字はないの。ドクター達か

らは、アリィって呼ばれてます。早速で悪いんだけど――」



 少女が腕を持ち上げた。小さな指が、はっきりとゼストを指す。



「――死んでくれる?」



 身体が動いたのは、日頃の訓練の賜物だったろう。アリシアの指から放たれた『二条』の

光が、デバイスのコアを正確に撃ち抜き、額を狙って放たれた光を首を捻って避ける。コア

を破壊され、急速に形を失うデバイスを放り投げると、アリシアから距離を取った。



「遅いよ、おじさん」



 耳元での、囁くような声。首にアリシアの細い腕が回されると、ゼストの全身に悪寒が走

る。振り返ると、少女の真っ赤な瞳があった。それが笑みの形に細められると、少女の腕は

輝き――ゼストの意識は闇に落ちた。
















「……ドクター、このおじさん死んでないよ?」



 常人ならば炭の塊になっているだろう電流を流したのにも関わらず、焦げていないどころ

か生存しているという事実に、アリシアは小さな目を丸くして、倒れたゼストを軽く蹴飛ば

す。



「私としてはどちらでも良かったのだが、死んでいるよりは生きてくれていた方が、使い手

もある。アジトにご足労願おう。申し訳ないけどアリィ、アジトまで転送をお願いできるか

な」

「人事だと思って簡単に言って……魔法を使うと疲れるって知ってる? ドクター」



 アリシアはぷー、と頬を膨らませた。管理局から流れた情報よりも早く部隊が突入してき

たため、本来ならばアジトで読書をしていたはずのアリシアにも、仕事を割り振らなければ

ならなくなったのだ。



 様々な研究素体を転送魔法でアジトまで運ぶのが、アリシアの仕事だったのだが、突入部

隊の隊長の始末に割り当てたトーレとチンクが苦戦しているということで、急遽、彼女の力

を借りることになった。



 余分に仕事をさせられたアリシアは、目に見えて腹を立てていたが、計画が頓挫するかど

うかの際どい所だったのだ。使い捨てのガジェットはまた作ればいいが、機人二人を破壊さ

れる訳にはいかなかった。



「報酬はきちんと用意するよ。君が欲しいと言っていた全集をプレゼントしよう。それで手

を打ってくれないかい?」

「いいけど、何度も物なら釣れると思わないでね。私だって暇じゃないんだから」

「出来ることなら、逃げた連中も何とかしてほしいものだけどね」

「いや。もう、無神経なドクターは、しばらくここで反省してて。トーレおねーさん達、先

にアジトまで送ってくるから」

「この勇敢な管理局の隊員殿はどうするつもりだい?」

「ドクターと一緒! 同じおじさんなんだから、ちょうどいいでしょ!」



 言うが早いか、アリシアは動けずに居たトーレを魔法でチンクの近くに転送させると、二

人の肩に手を乗せると、虚空に消えた。



 燃え盛る炎の中、取り残されたジェイルは、苦悶の表情を浮かべて倒れ付す、仇敵たる管

理局の魔導師を見やり、ため息をついた。



「私を恨まないでくれたまえよ。我々が撤収した後に来るはずだった予定を早めて、自ら危地

に飛び込んできたのは君達だ」



 答える者はない。炎の中、ガジェットに囲まれて、こんなところに来るのではなかったと、

ジェイルは今更ながらに後悔した。