召喚虫の触手が、ガジェットを粉砕する。彼らだけでもう百体は破壊したはずだったが、

倒しても倒しても、ガジェットは次から次へと沸いて出てきた。



 撤退する部隊の殿である。突破力のあるクイントを先頭に、施設出入り口に向けてひた駆

けている最中だった。AMFの影響下であるからか、妨害に出てくるのはガジェットだけで

あったが、ジェイル・スカリエッティ縁の施設でもある。妨害のために、いつ戦闘機人が出

てきても可笑しくはない。



 班の一つを負かされたメガーヌだったが、広域AMFの猛威にされされてなす術もなく撤

退を決めることとなった。訓練の成果か、メガーヌには戦闘を続行するにそれほどの影響は

なかったのだが、奇襲を受けたことで随行していた隊員達が少なからぬ怪我を負った。その

内一名は重症で、他の隊員に担がれている始末である。



 AMFの広域発生と共に通信が断絶し、他の班の状況は知れなかったが、三班に分かれた

辺りで、同じく撤退してきたゼスト班、クイント班と合流することに成功した。どの班も多

かれ少なかれ負傷はしていたが、奇跡的なことにただ一人を除いて欠員はいなかった。



 その一人に関して、メガーヌもクイントも問うことはしなかった。事前の取り決めの通り

指揮権はクイントが引き継ぎ、一隊となって撤退する。比較的余裕のある隊員二名が交互に

先頭を行くクイントを補助し、道を切り開いていた。。他の隊員達は負傷者を担ぎ、あるい

は傷付いた身体を引き摺りながらその後を駆け、殿は召喚虫と共にメガーヌが務めている。



 撤退するために移動している以上、隊の殿はガジェットの猛攻にさらされることになる。

しかも今はAMFの影響下にあり、ほとんどの魔導師はその力を十分に発揮することができ

ない。ゼストやクイントのような、直接攻撃を主とするベルカ式魔導師ならばまだ救いもあ

るだろうが、管理局の魔導師は大半がミッドチルダ式である。グランガイツ隊もその例には

漏れておらず、恭也の案を採用してAMF影響下でも戦えるように訓練は積んではいたが、

普段の半分の力も発揮できていない上に、倍以上の速度で消耗している。



 クイントの補助をする二名もローテーションで行っていたが、他の隊員達もただ駆けてい

る訳ではない。先頭でクイント達が、殿でメガーヌと召喚虫がガジェットを排除しても、打

ち漏らしというのは当然あり、それは負傷者であろうと容赦なく牙を剥いて来る。負傷者を

庇うように無事な者が戦い、それでも手が回らなくなると、負傷者まで身体を酷使して戦い

始めていた。



 出入り口までは、後僅かである。全員の消耗具合から、そこまで持つかどうかも疑問だっ

たが、外に出たからと言ってそれで助かるという訳でもない。通信が妨害されているため、

本部から救援を呼ぶことも出来ず、秘匿性の高い案件であるから、正確な行き先を知ってい

る者は隊員以外では誰もいない。



 救援を頼んでいた恭也が唯一、この場所の大体の位置を知っているはずだが、任務につい

ては何も知らない彼が救援を引き連れて、外で待ってくれているとも思えなかった。



 詰まるところ、追っ手を振り切って管理局員が駐在している場所か、通信が可能になるエ

リアにまで逃げなければならないのだが、現状の隊員達の損耗度を考えると、どう好意的に

見積もっても、残りの全員で生還できる確率は二割にも満たなかった。



 既にゼストは消えている。ならば、次に消えるべきが誰なのかは、決まっていた。



 召喚虫の一匹をクイントよりも先行させると、メガーヌはその場で足を止めて、召喚虫を

周囲に展開した。殿のメガーヌが着いてこないことに、クイントを始め他の隊員達もすぐに

気づいたが、引き返すどころか足を止めるだけの余裕も、今の彼女らにはない。



 仲間達の姿が見えなくなると、彼女らが消えた通路の出入り口を召喚虫を使い、念入りに

破壊した。



 AMFは等しく魔導師を弱体化するが、その度合いにも使用する魔法によって差が生じる。

その多くがアームドデバイスを用い、直接攻撃を主体とするベルカ式の魔導師は、砲撃射撃

が主体のミッドチルダ式の魔導師に比して影響が少ない。それにしても、ミッドチルダ式に

比べて、ということであって、魔力量や力量に差がなければ、持久力にそこまで大きな差と

いうのは存在しないのだが、魔法の系統を乗り越えて、AMFの影響を受け難い魔導師とい

うのも、中には存在した。



 召喚師。自らが魔法を駆使して敵と相対するのではなく、強力な人外の生物を使役し、戦

わせる、ミッド、ベルカを合わせても希少性の高い、そして高度な力量を要求される魔導師。



 魔導師である以上、魔法を用いて使役する生物を召喚するのであるが、召喚した生物を使

役するのには、ほとんど魔力を使わないのだ。無論、召喚をするのにも使役をするのにも、

AMF影響下であれば普段以上に消耗はするが、他の魔導師に比べればそれも圧倒的に少な

い。



 それに加えて頭数も確保できることから、メガーヌが撤退の殿を務めていたのだが、その

結果として、危険な現場に居残ることになってしまった。



 仕方のないことだ、と苦笑する。死ぬのなら上に立つ者から、というのがグランガイツ隊

の不文律であり、隊長であるゼストが既にいない今、次に居残るべきは隊長補佐である自分

かクイントの役目だった。死ぬことに恐怖はもちろんあったが、仲間を生かすために命を使

うのだと思えば、その恐怖もいくらかは薄らいだ。



 召喚できるだけの虫を召喚し、周囲のガジェットの掃討に当たらせる。逃げながら、仲間

を守りながらでなければ、まだしばらくは持つだろう。時間を稼ぐことが出来ればより仲間

は安全になり、自分が生き残る確率も少しは上がる。



 余裕も出てくると、考える余裕も出てきた。



 強襲した。予定時間を繰り上げて、同行するはずだった恭也すら置いてきた。なのに、戦

闘に耐えうるだけの行動が出来るガジェットが、数え切れないほどに犇いていた。



 だが、迎撃の準備を整えて待ち構えていたというには御座なりな警備だった。単機でも十

分に脅威なガジェットがこれだけいるのに、統率が取れている気配がない。一斉に、それも

整然と襲い掛かられていたら、グランガイツ隊はとっくに全滅していただろう。



 そのちぐはぐさが自分達の命を生き永らえさせた訳だが、では、何故こんなことになった

のか。



 こちらの奇襲に対応してみせた。何処からか、情報が漏れていたのは間違いがない。内通

者がいるとするのが自然であるが、情報提供者がいるのにも関わらず、完全な対応が出来な

かったのは何故か。



 グランガイツ隊の中に裏切り者がいないのは明白だった。ならば、隊の外にいる存在で、

こちらの存在をある程度捕捉している人物。



 実はメガーヌには、前々から目星を付けていた人物が一人だけいたが、確証がないために

誰にも話したことはなかった。その人間が内通者なのだとしたら、全てに筋が通る。



 ゼストもクイントも、基本的に他人を疑わない。何をするにしてもまずは相手を信じると

ころからはじめ、切り捨てる判断をするのは、それがどんな人物であったとしても、本当に

最後の最後。



 それは、人間としては素晴らしい性質だったが、捜査官としては時として邪魔になる。



 だからと言って、あの二人が人を再現なく疑う様など見たくはない。だから、人を疑うの

は自分の役目と思い定めていた。疑うべき余地がある時は、とことんまで疑う。



 さて、脳裏に浮かぶあの人物が内通者であるとして、さらにこの対応が仕組まれたもので

あるとしたら、このプラントの責任者はグランガイツ隊が壊滅する、というシナリオを当然

の物として思い描いているはずだ。



 当然、自分達が死んだ物として行動する。有形無形の捜査妨害を考えれば、地上本部に残

してきた捜査資料にも手を出される可能性が高い。留守居など残していないし、最悪既に改

竄されている可能性すらあった。



 捜査資料の中に内通者に繋がる手がかりがあったとしても、改竄されれば勿論のこと、持

ち出された物を取り返したとしても、一度他者の手に渡った物は証拠としての能力を失う。

それらの危機を潜り抜けたとしても、隊一つを罠にはめた以上、内通者とて後には引けない。

生き残った自分達を、あの手この手で潰しにかかってくる。



 果たしてそれに打ち勝つことが出来るのか。戦うとして、時空管理局という巨大な組織を

糾弾することに、果たして誰が力を貸してくれるだろうか。



 理想を持って仕事をしている局員というのも、もちろんいる。だが、悲しいことにそれら

は少数派であり、全員で拳を振り上げたとしても、黙殺されることは想像に難くない。



 対抗するためには同じ程度の権力か、どんな権力にも屈せず、最後まで戦い続けることの

出来る強固な反骨精神を持った人間が必要だった。



 力を貸してくれそうな強大な権力に、心当たりはない。出世などとは無縁な、実力一点張

りの隊員達が集まっていることが、グランガイツ隊の自慢であり欠点なのだ。ならば反骨精

神だが……グランガイツ隊以外でとなると、候補として挙がるのは二人だけ。



 ゲンヤ・ナカジマ。クイントの夫であり、大所帯を預かる立場にある。現場指揮官である

ために彼を慕う人間も多く、公正で実直な人柄として知られている。管理局の不正を知れば

立ち上がってくれるだろうが、同時に彼には二人の娘という強力な弱点が存在した。



 その秘密を知っている人間はゲンヤの周囲でも少数であり、グランガイツ隊の中では自分

を除けば隊長であるゼスト、後は母であるクイントくらいの物だ。メガーヌ自身にも二歳に

なる娘がいる。お腹を痛めて生んだ我が子だ。目に入れても痛くないくらいに可愛いし大事

だが、そういった愛情とは別の物が、ナカジマ家の二人の娘にはあった。



 秘密はどこから漏れるか知れない。それを盾に取られるとしたら、ゲンヤでもクイントで

も、及び腰になるかもしれない。となれば、もう一人。管理局にありながら自身は権力など

には無縁で、にも関わらず権力とは関わりのある稀有な存在。



 恭也・テスタロッサ。



 彼ならば、自分達の仇を取り、管理局を変えてくれるかもしれない。今この状況で出来る

ことなど知れているが、何もしないよりは遥かにマシだ。こうしている間にも、召喚虫は次

々と倒されている。何かをするための時間は、そう長くは残されていない。



 メガーヌはインゼクトを召喚すると、アスクレピオスに残されていた捜査資料の全てを注

ぎこみ、虚空に放った。どれだけ時間がかかっても、あのインゼクトは破壊されない限り恭

也の元へたどり着く。現行のレーダーには探知されない虫であり、魔導師にさえ発見される

可能性は低かった。



 やれることは、やった。



 また、召喚虫が倒される。緑色の体液を流しながら、長いこと共に戦ってくれた召喚虫は、

言葉もなく息絶えた。生き残っているのは、メガーヌ自身と、彼女と最も長い時間を戦って

くれた、最も信頼する召喚虫だけ。



「こんな主でごめんなさいね、ガリュー」



 寡黙なガリューは、答えない。左腕は半ばからち千切れ、身体中無事な箇所など何処にも

ない。いかに強靭な召喚虫であるとは言え、耐久力にも限度はある。既に限界は超えている

だろう。それでもこの心優しい召喚虫は、自分のために戦ってくれていた。



 包囲していたガジェットが、一斉に攻撃を開始した。ガリューは満身創痍の身体を挺して

主を庇ったが、その全てを防ぎ切ることは出来なかった。紙のように吹き飛ばされたメガー

ヌは血を撒き散らしながら、床に叩きつけられる。



 ガリューが咆哮した。大丈夫、と微笑むつもりだったが、代わりに口からは血が溢れた。

命運は尽きた。どうやらメガーヌ・アルピーノは、ここまでらしい。



 最後の力を振り絞って、メガーヌはガリューを送喚した。最後まで戦うつもりだったろう

彼は、主の裏切りに怒るのだろうが、守るべき主はもう直ぐ消える。それに付き合って死ぬ

必要は何処にもない。彼は優秀な召喚虫だから、いつか別の召喚師に必要とされる日も来る

だろう。その未来の召喚師に、ガリューを誇れないことが残念だった。



 薄れていく意識の中、家に残してきたルーテシアの事を思った。贔屓目抜きに可愛らしく

なってくれたとは思うが、虫に多大な興味を持った、寡黙な少女になってしまった。ナカジ

マ家の姉妹以外には、友人は皆無と言っていい。



 健やかに。多くは望まなかった。自分のような危険な目には合ってほしくない。普通に成

長し、恋愛をして、それで幸せな家庭でも築いてくれればそれでよかった。大好きな人の隣

で幸せに微笑む、そんな娘の姿を見るのがメガーヌの夢だったのだ。



「ルーテシア……」



 何かを掴むように僅かに持ち上がった手が、地に落ちた。流れ出した赤い血が、炎よりも

赤く世界を染める。




























 渾身の力を込めて出入り口を封鎖していた隔壁を破壊し。脱兎のごとく、外に飛び出した。

炎によって熱せられた空気から、都市郊外の清浄な空気の中に移り、解放された気分から逃

げ切ったのだ、と錯覚しそうになったが、銃弾の空気を切る音が、クイントを強制的に現実

へと引き戻した。



 悲しいことに、現実では相変わらずガジェットの追跡は続いており、施設周辺の森の中に

も、十機単位でガジェットが配置されている気配だった。生産工場だった施設内部よりは少

数だろうが、今のクイント達にとっては脅威以外の何者でもない。



 無機質な音が、光が、森の中に見て、聞いて取れた。出入り口を中心にした、半円状の展

開である。既に包囲はされていたが、まだ遠巻きだった。展開が完全に終了していたら、出

た瞬間に撃ち殺されていただろう。



 負傷者も多数おり、戦闘の続行は困難な状況だったが、ここで膝を屈すればそれは死に直

結する。痛む体を気合で鼓舞し、両側と背後に展開する隊員達に手振りで指示を伝えると、

全員で一丸となって、包囲の一角を切り崩した。



 炸裂する魔力の光、砕ける金属の音。狙いの通りにガジェットを破壊することには成功し

たが、猛攻に耐えに耐えた隊員達の中に、ついに地に倒れ伏す者が出た、起き上がろうとし

てはいるが、立つことは出来ない。他のどの隊員にも、抱えて逃げるような余裕はなかった。



 命運は、尽きた。



 目を閉じ、最愛の家族ことを思う。目を開いた時には、覚悟は決まっていた。



「今更命が惜しい人は、この隊にはいないわね?」



 見回した隊員達の瞳に、恐怖はなかった。これが、グランガイツ隊である。この結束と泥

臭さが、クイントは大好きだった。



「半円状に展開の後、一秒でも多く生き永らえ、一つでも多くの敵を破壊すること。グラン

ガイツ隊の意地を、悪人どもに見せてやりましょう。自分達がどんな相手に喧嘩を売ったの

か、思い知らせてやりなさい!」



 吼えるように、応答があった。怪我だらけの身体で、隊員達は速やかに展開する。こんな

状況にあっても、身体は日頃の訓練を覚えていた。どういう時に、誰が何処に立つのか。そ

れを頭ではなく、身体で理解している。



 その中で、陣の端にあった少女を捕まえ、クイントは一歩下がった。意図を解していた他

の隊員達は、一人分陣を狭めて、ガジェットを睨みやる。



「私達が援護するわ。イヅミ、貴女は撤退しなさい」



 死ぬのなら、上司から。グランガイツ隊の鉄則だった。誰だって死にたくはないが、この

場で逃すとしたら、最も若く、最も経験の浅い者であるべきで、その鉄則に従って隊員達は

逃げるべき人物を決めた。



 イヅミ・シュターデン二等陸士。二月前にグランガイツ隊に配属された、管理局勤続二年

目の女性隊員である。十三歳という若さではあったが、グランガイツ隊の屈強な男性隊員達

との訓練にも根を挙げずついてきた。真面目すぎる帰来はあったが、隊員達の誰からも愛さ

れている少女である。



「その命令には従えません。私も、ここで死にます」



 少女は、瞳に確かな意思を持ってそう答えた。躊躇いなく答えるその様子を、クイントは

同じ前線に立つ者として頼もしく思うと同時に、二人の娘の母親として寂しく思った。生来

の気質もあるのだろうが、イヅミがそう答えるようにしてしまったのは自分達である。



 苛烈な訓練と共に、仲間の結束をクイント達は説いてきた。仲間を見捨てるのは、この世

で最も恥ずべき行為であると。イヅミはそれを理解してくれた。平気で部下を見捨てる指揮

官もいるこの世の中で、若いイヅミが仲間思いに育ってくれたことは素直に喜ばしいことで

はあったが、こういった差し迫った時に指示を出すとなると、痛し痒しである。



「外に出た瞬間に救援信号は出したけれど、一番近い部署からの救援でも十五分はかかるし、

そもそも信号が届いているかどうか怪しいの。私達は生存の確率を上げるために、徒歩でも

行く必要があるのよ」

「ならば、隊長補佐が行ってください。私がここに残ります」

「私はこの中で、最も生き残ってはいけないのよ。部下を見捨てて生き残った指揮官になん

て、格好悪いでしょう?」

「私も、仲間を見捨てて生き残った新入りなどと、思われたくありません」

「貴女が一番負傷していないわ。それでは理由にならないかしら?」



 走って救援を求めに行く。言葉だけを見ればその役割ならば生き残れそうな気もするだろ

うが、屋外で若干効果が弱まったとは言え、AMFは未だ健在。隊員達は満身創痍で、クイ

ントとで無事ではない。今はまだ陣形を保って支えてはいるが、それも何時まで維持できる

か分からないような状況だった。



 逃走した人間を見逃す程、ガジェットも甘くはない。ガジェットの方が足は早いのだ。最

寄の管理局の施設に駆け込むよりも先に捕捉され、討たれる可能性の方が高い。



 新入りでも解る生命の引き算だった。同じ死ぬのならば、意味のある死に方をしたい。イ

ヅミの目は全てを理解した上で、そう言っていた。



 それは、クイントや他の隊員達もそれは同じである。仲間と共に死ぬのは名誉なことだが、

大局的に見れば、ここでガジェットに討たれるのは犬死だ。何を見たのかも伝えられず、生

き残った人間もいない。それを敗北と言わずして、何と言うのか。



 勝つ可能性があるのなら、それに賭けたい。一人でも生き残って、ここであったことを伝

えて欲しい。そのためになら、胸を張って死ねる。仲間を生かすためになら、そこが死地で

あっても飛び込める。それがグランガイツ隊の、隊員達だった。



 ガジェットの攻勢が、いよいよ強くなった。銃弾が飛び交い、AMFの中、ついに防御魔

法を維持できなくなった隊員達が、血煙を挙げながら倒れて行く。



「これは命令よ、イヅミ。貴女は私達を、無駄死にさせるつもり?」

「ですが――」



 陣を抜けてガジェットが一機、飛び込んできた。暗い銃口が、クイントとイヅミを捉える。

リボルバーナックルを構えようとした瞬間、隊員の一人が目の前に飛び込んできた。銃弾を

身体に受けながら、収束した魔力光を放ち、ガジェットを破壊する。



 力尽きた隊員は、崩れ落ちるようにして倒れた。地面に広がっていく血を見ながら、クイ

ントはイヅミの叫び声を聞く。デバイスを握りなおし、ガジェットの群れに向かって駆け出

した。隊員達にそれをとめるような余裕はない。周囲全てのガジェットの銃口が、突出して

きたイヅミに向く。迎撃するだけの余力も、時間もない。



 飛び出し、伸ばした手がイヅミの腕を掴むことが出来たのは奇跡だったろう。そのまま地

面を倒れこむようにして、転がる。陣の外に出た。仲間は援護をすることも出来ない。周囲

にはガジェットがあり、今も銃口を向け続けていた。



 腕の下のイヅミが、泣きながら叫んでいた。逃げろ、ということを言いたいのだろうが、

言葉になっていない。死ぬ直前になってまで、仲間を心配できるような人間になってくれ

た。そんな少女の可能性を摘み取ってしまった自分が、悲しい。



 銃弾が放たれた。



 血飛沫が舞う。激烈な痛みを感じながら四肢は千切れ、身体は物言わぬ肉塊になり、クイ

ント・ナカジマという存在は永久に失われる。傍観せざるを得ない隊員達も、腕の下のイヅ

ミも、何よりクイント自身が最悪な自分の未来を信じて疑っていなかった。



 だが、痛みはなかった。身体はどこも、千切れていない。イヅミだってまだ生きている。



 生きているのだ。



 戦闘はまだ続いていた。イヅミを庇いながら、顔を恐る恐る上げる。



 どこから、やってきたのだろうか。



 その周囲だけが、暴風の直撃でも受けたかのようになっていた。十機に近いガジェットは

その全てが数個の塊に解体されており、その余波を受けたらしい木々が、遅ればせながら倒

れて行く。地面は抉れており、クイントも少なからず被害を被っていた。思いのほか深く切

れてしまったらしい頬の傷から、生暖かい血が流れて行く。



 そんな泥と血に塗れたクイントを見て、両手に小太刀を下げたその青年は不器用に微笑ん

で見せた。前線に不釣合いな本局の制服に身を包んだその姿が、泣きたいほどに頼もしい。








「恭也・テスタロッサ二等海士。推して参りました。まずは安全を確保します。可能な限り

お下がりください」