「高町なのは二等空尉、君に特別任務が降った」



 戦技教導隊オフィス、その総隊長室である。



 任務を特別という形で隊員に回すことは、なのはの所属する航空戦技教導隊に限らず、管

理局員ならば滅多にないことだった。早々あっては特別の意味がないからだが、少なくとも

なのはは教導隊に異動になってから一度も、特別任務という物に携わったことがなかった。



 つまり、これが始めての特別任務ということになる。なのはの背筋に緊張が走った。教導

隊の隊員の中でなのはは一番の新米である。魔導師ランクこそ隊の中でも上位に位置してい

たが、そんな物は関係ないとばかりに先輩達は容赦なくなのはを打ちのめしに来る。魔導師

ランクが戦いの全てではないのだということを思い知る毎日だった。



 猛者と曲者ばかりの教導隊では半人前にすらなっていない身分だったが、ついに特別任務

など任される程になったのか――



「そんなに畏まる必要はない。特別という形は取っているが、まぁ、お使いのようなものだ」



 人知れず感動していたことが伝わってしまったのか、苦笑を浮かべてぱたぱたと手を振り

ながら、航空戦技教導隊総隊長、ロジー・リビングストン一等空佐はなのはに向けて命令書

を放った。慌ててそれを受け取り、さっと目を通す。



「……派遣任務ですか?」

「当該地域に赴いて、現地の問題を解決してきてほしい」

「それでどうして私なのでしょう?」



 このテの仕事はは教導隊の領分ではないようになのはには思えた。管理局に所属している

以上、教導隊が戦力として当てにされることは多々あるが、教導隊の仕事はあくまで教導な

のだ。



「現場レベルには本来なら関係のない話なんだがな、どうも政治的な判断らしい」



 政治とはまた、なのはには縁のない言葉だった。ロジーも苦虫を噛み潰したような表情を

している。ロジーは合理性を欠く配慮など害悪でしかないと、上層部の前で断言できるよう

な人だった。そういう干渉をされるのが、何よりも嫌いなのだ。そういう人柄だから、教導

隊の荒くれ者からも全幅の信頼を置かれていたが、同時に機嫌が悪い時にどういう態度にな

るのかも教導隊の隊員達の間には知れ渡っていた。総隊長の怒りというのは、恐怖の代名詞

なのである。



 なのはの見たところ、ロジーの怒り度合いは『不快』という程度だろう。これを通り越す

と『怒り』になり、その次が『激怒』となる。それ以上というのもあるらしいが、名称は付

けられていない。噂によれば見た人間は全て管理局から消えているとのことだが、真偽の程

は定かではなかった。



「高町二等空尉。君は真竜族という種族を知っているかな」

「……申し訳ありません。不勉強でして、存じ上げません」

「安心しろ、俺も聞きかじった程度だ。簡単に言うと俺達人間種族と同等以上の知能を持っ

たドラゴンってところか」

「ドラゴンですか」



 なのはの脳裏に浮かぶのは、幼少の時分にやったRPGに出てきたドラゴンの姿だった。

大きな蛇、蜥蜴という印象があり、現代日本人の感覚では見た目の上では爬虫類の親玉とい

うのがしっくり来るだろう。



 シグナムやヴィータなどは吐いて捨てるほど見たことがあり、倒したこともあると言って

いたが、ファンタジーの世界に足を突っ込んで六年経った今でも、直接ドラゴンを見た経験

がなのはにはなかった。



 そのせいか今も幼少時の印象を引き摺っているため、ロジーの話にもイマイチ危機感を抱

けないのだった。自分でも倒せるのでは? という気さえしてくる。



「その真竜族ってのは数が少ないんだが、少ないなりに氏族を持っててな、それが次元世界

中に散らばってる。全てを合計すればそれなりの数になるんだが、氏族同士で繋がりがない

から、巨大勢力という訳でもない。だが、、一人一人が強大な魔力と戦闘力を誇ってる手前、

管理局や聖王教会も氏族ごとに自治を認めてるって具合だ」

「政治的判断というのは、その真竜族の氏族と管理局の間の話ですか?」

「ああ。連中、人間の世界にはとんと興味がないらしいんだが、たまに無理難題をふっかけ

てきやがるんだ。で、誰もそんなもんに関わりたくないから、色々な部署であみだクジを引

いた結果、我が航空戦技教導隊が貧乏クジを引くことになった、とこういう訳だ」



 貧乏クジのさらにハズレを引いたのが、最も新米の高町なのはという訳らしい。誰も引き

受けたくない仕事をするのは、新米の宿命だろう。



「氏族の一つが第六管理世界にもある。アルザスって地域にいるんだが、そこの氏族で最近

一人、真竜が追放されたらしくてな。そいつが人間を襲っているらしい……というのが現地

真竜族からの通達で判明した」

「それじゃあ、大問題じゃないですか」



 異種族が人間を襲っているなど、普通ならば管理局から討伐隊が編成されてもいいような

案件である。それがドラゴンの一種ともなれば、教導隊で言うのなら新人のなのは一人など

ではなく、古参の魔導師が十人前後連れ立って行くのが普通だろう。



 なのはの言い分はそういった常識に基づいたものだったが、新人に語られるまでもなくロ

ジーは常識という物を理解していた。苦い顔がさらに苦くなる。



「そうなんだが、人間の方に連絡を取ってみたところ、管理局は来るなの一点張りらしい。

これは自分達の問題だから、自分達で片を付けると言っている。真竜もその人間の集団にし

か手を出さんらしいから、現地の『陸』も手を出し難いらしいな」



 管区の中で起こった事件の対応は、その管区を対応する地上本部が行う。第六管理世界な

らば管理局の管区のはずだから、順当に行けば当然そこの魔導師が対応することになる。



 それなのに真竜族の要請は現地の地上本部を飛び越えて本局に着てしまった。地上本部と

本局の軋轢は有名で、外部にも広く知れ渡っている。真竜族も話を持ってくるのならそれく

らいの配慮をしてくれればいいのに、と局員歴の浅いなのはですら思ったが、人間の事情な

ど彼らの知るところではないのだろう。



 真竜族にすれば追放した時点で話は終わっているのだ。下界のことなど知ったことではな

い。連絡をしてやっただけ有り難いと思え、といったところか。



 地上本部の面子は丸つぶれである。そして、どういった経緯であれ事情を知ってしまった

以上、本局も真竜族の無視をすることが出来ない。地上と後から揉めることになろうと、仕

事はしなければならないのだ。



「という訳で、現地の人間達には地上、本局に関わらず管理局の人間は歓迎されていない。

実際に連中が真竜を倒せるかは微妙なところだが、緊急であると判断出来ない限り、我々は

自治区には手を出すことが出来ない。少数とは言え現地の部族……ル・ルシエ族は自治権を

持っているからな。下手に関わるとこっちが訴えられることにもなりかねんのだ。そうなっ

たら局ではなく、我が教導隊が責任を負わされることになるだろう。押し付けられた仕事で

責任を取れと言われるのも胸糞の悪い話だと思わないかね?」

「私が真竜と戦ってもいいのですが」

「ル・ルシエ族の顔も潰せんだろう。だが、投げやりの忠告とは言え真竜族の顔も立てにゃ

ならん。だから期限を区切る。お前が滞在するのは、何事もなければ最大で三日までだ。ど

うせ部族の責任者には帰れと言われるだろうが、一日だけは何としても居座れ。それで仕事

は果たした……ってことになるだろう。いや、するしかない」

「いいんですか? それで」

「本来ならば地上が解決するべき案件だ。上の連中は地上を出し抜こうと躍起になってるら

しいが、俺達からしたら馬鹿な話さ。全く、ハラオウン提督がそのまま上に行ってりゃこん

なことにもならなかったんだろうが……」

「クロノ君、そんなに期待されてるんですか?」



 重苦しい話の中に知り人の名前が出てきたので、なのはも思わず食いついた。なのはにと

ってハラオウンと言えばクロノである。世話になった度合いで言えばリンディの方が遥かに

高いのだが、五歳年長とは言えクロノは同年代と言えなくもない。リンディとクロノを比べ

てクロノに親近感を持つのは、ある種当然と言えた。



 だが、ロジーの方はそうでなかった。



「地味で陰気な息子なんぞどうでもいい。俺くらいの世代がハラオウンって言ったら、母親

の方だ」



 上司の同意しかねる発言に、なのはは苦笑を浮かべた。なのは自身はクロノのことを地味

とも陰気とも思っていなかったが、確かに派手なタイプではないとは認識している。実直で

あると置き換えてもいい。何事にも慎重なシャマルなどからは評価が高いが、何かと攻撃的

なヴィータからの風当たりは強い、そんな青年だった。



「そういえばお前は、あの一家と交流があるらしいな」

「家族ぐるみのお付き合いをさせてもらってます」

「そうか……まぁ、リンディ・ハラオウンに会ったら言っておいてくれ。あんたが局の方針

を決めるようになってくれると、俺達も動きやすいってな」

「伝えておきます」



 深々となのはは頭を下げた。ロジーの顔を見る限り、まだリンディについて話をしたそう

だったが、なのはにはまずは任務である。頭を下げることで、なのははそれを促したのだっ

た。



「……それから当該任務には、一名の随行が許可された。その選定は俺の方で勝手にさせて

もらった。特共研の恭也・テスタロッサ。知ってるだろう? お前とも仲がいいという話だ

が」

「お友達のお兄さんで、その縁で……」



 というくらいしか、なのはには言えない。それ以上でも、以下でもないからだ。二人きり

で会ったことなどほとんどないし、フェイトと一緒に居ても会話を交わすことは皆無と言っ

ていい。年齢が離れても友達というのはある。クロノなどは友達と言ってもいいような関係

だと思うが、恭也は知りあいというほど疎遠ではなく、友達という程付き合いもない。微妙

な立ち居地にいるのだった。



 まさに、ただのお友達のお兄さんである。



 なのははその恭也をあまり得意としていなかったが、こちらの事情などロジーには関係が

ない。恭也のことを話す彼は、リンディの時と同じように実に生き生きとしていた。



「前から繋がりを持ちたいとは思ってたんだよな。色々な隊に派遣されて、戦力になってる

って話じゃないか。その代わりデータを取られるらしいが、見られて困るようなものなんて

うちの隊にはないしな。おまけに魔導師ではないってのが素晴らしい。保有戦力規定なんて

馬鹿な制度に引っかからない! おまけに無魔法戦闘の教導も出来るって話を聞くから、正

直うちの隊に欲しいくらいなんだが、お前、勧誘できないか?」

「多分、無理だと思います」



 フェイトやはやてならばいざ知らず、自分の頼みでは恭也は無理難題の類を聞き届けてく

れないだろう。女性ばかりの特共研はよほど居心地がいいと見えて、恭也自身にも異動の意

思はなく、また部長のリスティにとっても恭也は得難い存在であるように思えた。



 なのはの姉の美由希も含めて、運用部のレティに掛け合ってまで人事に関しては不動の構

えを見せていると聞いている。それは、本局の中では有名な話だった。ロジーもそれを知っ

ているはずだから冗談のつもりで言っているのだろうが、隊に欲しいと思っているのは本当

のことだろう。



 ほとんどの隊で嫌われている保有制限だが、恭也は並の魔導師以上の働きをするのに、こ

の制限に引っかからない。彼の扱う技術を魔導師ランクを管理する協会が魔法と認めないか

らだが、これをアピールポイントに特共研は恭也と美由希の売り込みを掛け捲っていた。



 地上、本局に限らず何処の隊でも戦力は不足している。おまけにそのまま通用する訳でな

いとは言え、恭也は無魔法戦闘の享受までしてくれるというのだ。魔導師でない者が前線に

立つことを考えない管理世界の風潮の中でも、恭也と美由希は次第に重宝され始めていた。

前線の部隊にとってはまさに、喉から手が出るほど欲しい存在なのである。



 恭也が評価され始めていることに関して、フェイトやはやてなどは手放しに喜んでいた。

直接管理局には関係ない海鳴の友人であるすずかやアリサも、自分のことのように喜んでい

る。アリサなど聞こえよがしに悪態まで一緒に吐いていたが、それが彼女なりの照れ隠しだ

ということは、アリサの友達ならば誰もが分かることだった。



 例の聖王教会絡みの事件があって海曹長に昇進するまで、魔導師でない恭也は侮られてい

たのだ。それが今では、ほとんどの前線部隊から求められるまでになった。



 知り人がそうなったのだ。なのはも当然、嬉しくはある。だが、フェイト達ほどには喜ぶ

ことが出来なかった。



 高町なのはは、恭也・テスタロッサが苦手だ。



 何故苦手なのかを考えることもせず、それを喜べないことの理由にしていた。











































 自然の中を歩くことが、恭也は嫌いではない。



 一族が皆殺しにされてからは父と共に全国を回り、野宿をすることも少なくなかった。望

んで得た物ではないが、山中でのサバイバル知識も豊富に持っている。無目的に散策する機

会にはあまり恵まれなかったが、道場で木刀を振るうよりも野山を駆けて心身を鍛える方が

恭也の性分には合っていたのだ。実はインドア派だった美由希とは対照的な性分だったと言

っていい。



 アルザス地方、自治区までの道のりである。飛行魔法を使えば直ぐの距離であるが、飛行

魔法というのは緊急の時を除いて使用を禁じられている。ファンタジーの世界に現実の世知

辛さを見るような気分だったが、いずれにしても飛べない恭也にはあまり関係のない話だっ

た。



 それよりも久し振りに歩く野山の風景に、恭也の心は躍っていた。



「もう少し、ゆっくり歩いてくれないかな……」



 踊っていた心は、その消え入りそうな声で現実へと引き戻された。振り返ると、野戦服に

身を包んだなのはの汗に塗れた顔が見えた。なのははうーうー呻きながら恭也の隣まで歩く

と、水筒を取り出して中身を飲み干した。



「男の子なら、もっと女の子を労わってもいいと思わない?」

「いや、俺の周囲には健脚な者が多かったものでな。これでもペースは落としたつもりだっ

たが、辛いか?」

「出来たらもう少しペースを落としてくれた方が嬉しいかな……」



 なのはは力なく笑う。ペースを落としたと言ったが、険しい山道である。恭也の歩くペー

スは普通のものよりもずっと早かったが、ここまではなのはも遅れずに着いてきていた。美

由希とは比べるべくもないが、女性としては驚異的な体力と言える。



 だが、恭也としてはもっとペースを上げたいところだった。これが美由希なら楽々と着い

てきたのだと思うと遣る瀬無い気持ちになったが、なのはに美由希の技能を望むのもお門違

いである。



「では、そうしよう」

「ありがとー」



 言葉を聞くと同時に、なのははその場に腰を下ろした。呼吸も荒い。よほど疲れていたの

だろう。自分の弱みを人に見せることを何よりも嫌う少女である。流石の恭也も、申し訳な

い気分になった。



「俺の水も飲むか?」

「うん。ありがとう、恭也くん」



 力なく、なのはは笑った。対して恭也は苦笑に近い、何とも微妙な表情を浮かべた。



 恭也くん、である。最初は恭也さんと呼ばれていたのに、いつの頃からかそう呼ばれるよ

うになった。さん付けだった頃に比べれば距離は近付いたということなのだろうから、それ

自体は喜ばしいことだ。問題はそれが誰かの入れ知恵に寄る物だというのが解り過ぎるほど

解ってしまったことで、そしてその誰かというのが黒髪の悪友であることに察しがついてし

まったのが、恭也とクロノ、お互いにとっての不幸だった。



 殴り合いの喧嘩をすると周囲が五月蝿いので、その時は平和的にスポーツ三番勝負で決着

を着けたのだが、二勝一敗辛勝の結果を持ってしても、なのはに恭也くんと呼ばれる現実が

変わる訳ではない。



 名前に君をつけて呼ばれたことがほとんどなかった。近しい者は呼び捨てにするか、君を

着けるにしても名字に着けるのだ。恭也さんと呼ばれることもある。今それなりの付き合い

がある中で『恭也君』と呼ぶのはリンディとなのはの二人だけだったが、年上のリンディが

そう呼ぶのは理解できるとして、なのはは年下である。



 恭也の実際の年齢から見れば言うに及ばず、対外的な年齢からも六歳も下なのだ。



 なのはが意識してそういう呼び方をしている訳ではないのだろう。クロノもユーノも、ク

ロノくんで、ユーノくんだ。ユーノはなのはと同級だが、クロノは五つ年上……自分と比べ

ても、年齢は一つしか違わない。



 自分の周囲にいて、なのはにも近しい男性が他にいないのでいまいち確証は持てないのだ

が、なのはにとって男性というのはくんを付けて呼ぶ物なのだろう、と思うに至った。出来

れば『恭也くん』などと呼ぶのはむず痒いので辞めて欲しかったのだが、今更他の呼称に変

えられると他意があるように思われるかもしれない。



 なのはも今年で十六になる。中学も卒業して、管理局一本で仕事をするようになったとは

言え、本当なら海鳴ですずかやアリサと一緒に学生をしているような年齢なのだ。そういう

年頃の少女に逆らってもロクなことがないことは、恭也は経験として知っていた。こういう

時は些事として受け流すのが一番である。恭也もなのはの横に腰を下ろした。



「ごめんね、お供を頼んじゃって」

「俺への命令はお前が出した物でもないだろう。山を歩くことにも不満はない。お前が気に

することはないよ」

「でも、ドラゴンと戦うかもしれないし……」

「それはお前だって一緒だろう」



 なのはは唸り、恨めしそうに恭也を見やった。自分が悪いのだ、ということで話を通した

いのだろうが、恭也はそれに取り合わなかった。何もかもを自分の力で解決しようとするの

は、なのはの悪癖だ。独立独歩と言えば聞こえはいいが、人間出来ることには限界がある。



 それを解っているようで、なのはは解っていない。人を頼らなかったことで身を滅ぼした

経験のある恭也には、なのはの気持ちは痛いほど解る。



、それで二年ほど前に、なのはは痛い目を見る羽目になった。命を落としかねないほどの怪

我だったと、共に任務に当たっていたヴィータは語っている。見舞いに行った時は治癒魔法

で表面的な怪我は回復されていたが、その扱いが尋常でないことは恭也にも解った。



 そういう頑固さは、御神不破の血なのかもしれない。美由希も、その母の美沙斗も、あの

破天荒を絵に描いたような士郎でさえ、こうと定めたら梃子でも動かないところがあった。

この次元世界の御神不破を恭也は知らなかったが、気合の入った頑固さが次元を超えた程度

でなくなるとも思えない。



 剣ではなく魔法を使う少女ではあったが、なのははまさに御神不破の子だった。



「恭也くんは、ドラゴンと戦うって怖くないの?」

「怖い物見たさがあるな。シグナムも以前、真竜と戦ったことがあると言っていた。中々の

好敵だったようだな」

「シグナムさんが梃子摺るくらい強いの?」

「梃子摺るというか、痛み分けだったらしい。それに戦ったのはシグナム一人ではなく、ヴ

ォルケンリッター全員だ。戦ったのは壮年期の真竜だったらしいが、全員が準備をした上で

決戦に臨み、二日二晩不眠不休で戦い続けて、それでも勝負がつかなかったそうだ」



 ちなみにシグナムをはじめヴォルケンリッター全員は、それを敗北と認識していた。一人

の竜に四人で掛かり、それでも尚勝てなかったのだから、それは敗北以外の何者でもない…

…と、酒の席で当時の話を語ったシグナムは、そう締め括った。



 はやてから数えて十代以上前の主の時代とも言っていた。それが実際に何百年前の話なの

かは教えてくれなかったが、それだけの時を経ても真竜の話をするシグナムは苦い顔をして

いる。恭也はその当時のシグナムと顔を合わせることにならなかった運命に感謝した。今で

これなのだから、当時はどれ程荒れたのか……想像するのも恐ろしいことである。



「まぁ、戦えという任務ではないのだから、そこまで構えることもない」

「でも、地元の人達だけで戦うよりは、私達が協力した方が勝率は上がるよ?」

「面子、名誉が命よりも優先されることがある。何を大事にしているか、他人には分からん

こともあるからな。だが、助けられるなら助けたいというのは俺も同じだ。どうするかを決

めるのは、相手方に話を聞いてからでも遅くはあるまい」



 言い渡された任務は最大三日の滞在だったが、要するにそれ以内ならば現場に出たなのは、

恭也の判断に任せると解釈することが出来る。その間に真竜が来てくれるとは限らないが、

ル・ルシエ族に対して何某かの協力は出来るだろう。



 消極的な案であるが、情報も少ない現状ではしがない下士官でしかない恭也や、新米教導

官のなのはには他に選択肢がなかった。



 水筒を返すとなのはも腰を上げた。



 朝方に出発し歩き続けてもう四時間になる。ル・ルシエの里もそろそろ見えてくる頃合だ

った。目的地の正確な座標は解っているから、デバイスがあれば迷うことはない。未踏の地

域であっても、高性能なデバイスならば周囲を走査しナビゲートすることも可能になる。プ

レシアとレイジングハートは、その点については申し分なかった。



「……エリオはどう?」

「息災でいるが、地球の学校に行くつもりはないらしいな。それでも熱心に勉強はしている

から、将来は管理世界で暮らすつもりなのかもしれん」



 恭也が山に連れ出してから一年で、エリオは海鳴のテスタロッサ邸に移り住んだ。身元引

受人には執務官であるフェイトがなり、海鳴で通用する戸籍も取得している。その時にフェ

イトはエリオにテスタロッサ姓にならないかと薦めたようだったが、エリオはそれを固辞し

ていた。



 フェイトはそれを残念に思ったようだったが、エリオからしたら憎い男と同姓になること

など耐えられないことだろう。同じ屋根の下で暮らすことを肯んじたのは、それが目的達成

のために一番の近道と判断したから……エリオの行動を、恭也はそういう風に解釈していた。



 見た目よりもずっと、強かな面を持っているのだ。



 その反面、周囲に溶け込むことに関しては自然に出来るようになっていた。いい娘になれ

と言ったが、今ではそれを地で行えるようになっている。巡りあわせが悪くて今のようにな

ってしまったが、心根は優しい少女なのだろう。周囲の人間に接する様子は、演技のように

は見えなかった。



 鍛錬の時以外ほとんど外に出ないが、ルーテシアとも友達になってくれたようだった。メ

ガーヌの生存を恭也は信じているから、エリオと同じようにルーテシアはテスタロッサでは

ない。それでも恭也達の家族となったルーテシアは既に聖祥への入学を決めている。何事も

表情に出さない少女だが、多分に寂しがり屋なところがある。何度もエリオも一緒に学校に

行こうと勧誘しているようだったが、それも芳しくないようだった。



 エリオも何度も断るのは心苦しいと見えて、最近では二人して泣きそうな顔になっている

こともある。



 恭也としては、エリオには普通の学校に行って普通の生活をしてほしい。いや、エリオに

限らず、子供というのはそうするべきだというのが恭也の考えだった。修行に明け暮れた自

分の人生を後悔している訳ではないが、何も自分よりも若い世代にまでそんな道を歩ませな

ければならないという道理もない。



 なのはもフェイトもはやても、ついこの間まで学校に行きながら管理局の仕事をしていた

のだ。両立は大変だったと思うが、出来ないことではないというのは三人が証明してくれて

いる。どうしてもやりたいのならばそれでもいいと恭也は思ったし、管理局に関わるのはせ

めて学校を出てからでも遅くはない……管理世界の感覚で言えばそれは遅すぎるのかもしれ

ないが、無理に感性を管理世界に合わせる必要もないだろう。



 憎まれ役の自分の言葉では聞き入れてくれないとは思ったが、恭也も保護者の一人として

説得はしてみた。意外なことにエリオは嫌な顔一つせずに恭也の話を最後まで聞き、その上

でいつもと同じ返答をした。



 力を研鑽したい。



 十歳にも満たない少女が持つには、随分と殺伐とした願望である。尤も、恭也自身は今の

エリオよりも幼い時分から刀を握り、エリオと同じことを考えていた。望みをどうこう言え

る立場にはないのである。



 ちなみに、海鳴に引っ越す少し前から、エリオは自分のことをエリオと呼ぶようにと周囲

に言い始めた。エリオットを縮めてエリオということだ。自己紹介の時でもそう名乗るよう

になり、自分の名前に折り合いがついたようにも見えた。



 施設にいた時よりもずっと、明るくはなった。それでも恭也に対する憎悪は消えておらず、

鍛錬で向かい合う時など、恭也も思わず身構えるほどの気迫を見せることがったが、それ以

前のことを考えたら十分過ぎる程の進歩だろう。



「何が何でも管理局の学校に行かなきゃいけないってことはないんじゃない? ミッドチル

ダの子供だって、真っ直ぐに育ってる子はいるよ?」

「世間的には十分、エリオは真っ直ぐに育っているだろう。俺が言っているのは、何もあの

年から戦う方法を学ばなくても、ということだ」

「魔法学校ばっかりじゃないよ。一応、ミッドチルダの普通の学校も薦めてみたらいいんじ

ゃないかな。地球よりもずっと進んだ教育をしてるって話だし」

「向こうにはルーテシアがいるからな。そういう妥協が出来るなら、聖祥に決めてるだろう。

先輩として母校の魅力をアピールでもしてくれると、エリオの気も変わるかもしれんが、ど

うかな」

「今度お菓子でも持って、恭也くんのうちに行くよ」

「そうしてくれ。お前が着てくれたら、二人も喜ぶだろう」



 話題が途切れたところで、里の入り口らしき物が見えてきた。無言で歩みを進めていく。

今日、この日に行くということは伝えていないが、管理局の人間が来るかもしれないとは思

っているはずだった。野戦服ではどう見ても民族衣装には見えないだろうから、近隣住民や

商人に間違えられることもない。



 入り口辺りに屯していた子供たちが、恭也達二人の姿と認めて里の奥に走っていく。それ

以外に人の気配はない。入り口そのものは閉じられていないから、ある程度までは里の中に

入ってもいいのだろう。もっと排他的な部族を想像していた恭也は、少しだけ拍子抜けした。



「なんだか、結構感じが良くない?」

「前情報だけで結論を出すと碌なことにならんぞ」



 里とその境界には、そこが門であるかのように二本の大きな杭が打ちつけられていた。そ

の脇に荷物を降ろす。山の中の開けた場所の中央に古びた寺院のような建物があり、それを

囲むようにして作りのしっかりとしたテントが散っている。



 散見するに、人間の数は200人といったところだろう。感じる気配は事前に貰った資料

と大きな違いはなかった。周囲から視線は痛いほどに感じていたが、話しかけてくるような

気さくな人間はいないようだった。



 やがて、小さな子供に連れられて、民族衣装に身を包んだ男がやってきた。



 なのはが慌てて居住いを正し、恭也の前に立つ。階級もなのはの方が上だったし、そもそ

もからして、恭也はなのはに着いてきただけなのだ。任務の遂行はなのはの役目である。



「あんたら、管理局の人間か」

「はい。本局から参りました、なのは・高町二等空尉であります」

「同じく、恭也・テスタロッサ海曹長です」

「族長のタークだ。名字はない……いや、うちの部族じゃないあんたらには、ターク・ル・

ルシエと名乗るのが正しいのかね」



 気のなさそうな顔でタークは頭をかいている。



 大柄な男だった。恭也よりも頭一つは高い。がっしりとした体格をしており、肌は山岳民

族らしく日に焼けている。無駄な贅肉など一切無く、姿勢もしっかりとしたものだった。



「話には聞いてたが、あんたら、俺達を手伝いたいんだって?」

「ええ。真竜族から要望がありまして、私どもが派遣されました」

「そうか……まぁ、遠路はるばる着てくれたんだ。今日一日は滞在してくといい。里の中も

自由に歩き回ってくれて構わんし、食事や寝床も若いのに言って準備させる」

「あの、任務については?」

「それについては承服しかねる。悪いが明日には帰ってくれ」



 話はそれで終わりと、タークはさっさと背を向けて去ってしまった。呆然とした顔のな

のはを横目にみながら、やはり、という思いで恭也はため息をついた。



 視線を感じて、下を向く。最初から入り口にいて、タークを呼びに言った子供のうちの

一人だった。エリオよりも、少し下くらいだろうか。好奇心やら恐怖やら色々入り混じった

瞳が、恭也を見上げていた。



「少年、名前は」

「クレフ」



 予想外にも反応があった。交流する意思はあるらしい。子供なりの好奇心の成せる業な

のだろうが、誰とも話さずに里を去る可能性すら持ち上がってきた今となっては、クレフ

のような存在は有り難かった。



「ところで、ここの食事には甘い物とか出るのかな」

「ないよ。砂糖は塩より貴重なんだ、甘いものなんて、一年に何度も食べられないぜ」



 何でそんなことを聞くんだ、という瞳だった。子供らしく甘い物が好きなのだろう。唐突

に話をはじめた恭也を睨みつけるようにしているが、それだけ解れば十分だった。



 にやり、と口の端を上げて、恭也は笑った。



「それは何よりだ。実は俺は甘い物が苦手でな。口の中に入れただけで、倒れてしまうんだ」

「本当か!?」



 単純に驚いて見せる。ヴィータ以上に考えていることが顔に出る少年だった。表裏のなさ

そうな雰囲気が実に好ましい。恭也はクレフに視線を合わせるようにしゃがみ、その頭に手

を置いた。



「ああ、本当だ。そういう訳だから、もし俺の食事に甘い物が出たら、君が食べてくれない

か?」

「……お前、いい奴だな!」



 クレフは少年らしい、満面の笑みでそう答えた。