身体の節々が、痛い。順番を待つ列に並びながら大きく伸びをすると、背中から腰からゴ

キゴキと嫌な音が鳴り響いた。周囲を見回すと、列に並んだほとんどの人間が似たような動

作をしている。



 身分に対して思うところは人それぞれだろうが、この時ばかりは、列に並んだ人間の心は

一つになっていた。早いところ、ビジネスクラスに座れるような身分になりたい、と。下士

官以下の階級では、長距離移動の際に一番安い席しか取ってもらえないのだ。



 ミッドチルダ臨海空港。ミッドチルダの首都クラナガンにおける空の玄関口の一つで、多

くの管理局員が、郊外との移動に利用しているミッドチルダでも最大規模の空港である。



 その空港の中でも、特に管理局員御用達の一角。『特定』荷物受け渡しのためのエリアで

恭也は列に並んでいた。十五分ほど待って、漸く順番が回ってくる。営業スマイルを浮かべ

た空港職員の差し出す書類にサインをし、厳重に封印された小さな箱を受け取る。



 その箱を持って、周囲の人間の間を抜け、隣の部屋まで移動する。今度は列に並ぶことも

なく、職員に箱を渡して封印を解いてもらう。



 ご大層な封印の果てに箱の中から出てきたのは、金銀財宝ではなく、恭也にとっては見慣

れた黒い小さなデバイスだった。職員に小さく礼を言いプレシアを懐に収めると、荷物を肩

に背負いなおして、ロビーに向かう。



 魔導師御用達のエリアを抜けると、民間人の姿も目立つようになった。ミッドチルダでも

最大規模の空港だけあって、周囲は人でごった返している。人の波を掻き分けながら歩いて

いると 懐中の相棒の声が脳裏に響いた。



『主様と引き離されることは、いつまで経っても慣れませんわね……』

「仕方なかろう。規則は規則だ」



 飛行機を利用する際に、機内にデバイスを持ち込むことは原則的に禁止されている。ハイ

ジャックなどの危険を考えた上での措置であり、ミッドチルダのみならず、管理世界内では

ほとんどの世界で採用されている規則である。



 魔導師にとってデバイスは重要な商売道具の一つで、インテリジェントデバイスなどの一

品物は、例えそれが支給品であったとしても、中々に高価な品である。中には他人にデバイ

スを預けることに酷い抵抗を示す人間もいるが、民間人でこれをパスすることの出来る人間

はほとんどおらず、管理局員だったとしても、特例許可を出すためには佐官以上の待遇を必

要としていた。



 海曹長である恭也には雲上の話だったが、当のデバイスにとっては自身に関わる重要な案

件であるらしく、飛行機での移動の際には必ずと言っていい程、同じ遣り取りが繰り替えさ

れるのだった。



『閣下と呼ばれるようになれとは言いませんけれど、主様もたまには出世してもいいのでは

ありませんこと?』

「俺の意思だけで出世が決まるのならそうしてやりたいものだが、世の中そうはいかないの

だ。どうしてもというのであれば、直近の上司に直談判してみてくれ」



 恭也にとって直近の上司と言えばリスティであるが、彼女に直談判したところで即出世と

言う訳にはいかない。管理局の技術者と言えば世間では十分にエリートの部類に入るが、リ

スティはと言えば、エリートという言葉からはかけ離れた、出世とは最も縁遠い場所にいる

人間である。



 地球に比べれば驚くほどに年功序列の配された実力主義の世界で、優秀な頭脳を持ってい

るにも関わらず左遷されたという事実を鑑みれば、リスティ・シンクレア・クロフォードと

いう人間がどれだけ微妙な立場にいる人間か分かるというものだろう。



 それでも、その頭脳故に三提督の一人、ミゼットの目に留まり、今の立場を与えられてお

り、研究に関して言えば局内でも驚くほどに自由な権限を与えられてはいるが、その自由と

引き換えにされているのは出世とか金銭とか、そういった類のものである。



 特共研にはそういう出世など眼中にない、研究命の人間が多く集まっていた。皆優秀には

違いなかったが、同時にほぼ全員がドロップアウターなのだった。これではいくら声を挙げ

たとしても、特共研の立場が今のままでは出世は望むべくもない。



『……では、レティ・ロウランに愛でも囁いてはいかがです?』



 ならば、と代用案として出てきたのは、『紫紺の女帝』『本局の魔女』の異名を持つ、本

局総務部部長、レティ・ロウラン准将の名である。



 確かに本局の人事を司る彼女に取り入ることが出来れば、出世など思うがままだろう。加

えてレティは本局でも最大派閥であるハラオウン派の幹部であり、盟主であるリンディとも

親しい。色を好むというのは公然の秘密であるし、容姿に自信のある男ならば出世の一手段

として頭に上るのも可笑しくはない。



 だが、プレシアの言葉を聞いて恭也は苦笑を浮かべた。レティの人となりを知っていたら、

そんなものは全く考慮に値しない。



「あの方が公私混同を全くしないのは、お前も良く知っているだろう」

『このまま何もしないよりは、当たって砕けてみた方がチャンスはあると思いません?』

「砕けてしまっては元も子もないな……」



 色を好むが、それを理由にレティが相手を引き立てたことは、一度もないとされている。

仕事に於いては何よりも、結果を重視するのがレティ・ロウランという人間だった。私生

活で相手にされても仕事の上ではさっぱりというのがほとんど全てで、浮いた噂が付きま

とっている割に、異常に身辺が綺麗な人間というのが周囲の認識である。



 立場なりに後ろくらいこともやっているのかもしれないが、恭也はそれを感じたことす

らない。それほど上手く、スマートに立ち回れるのがレティなのだ。百戦錬磨の魔女を相

手取るなど、ただの剣士に出来るはずもない。



「そんな訳だから、俺のような凡人は地道に行くしかないのだ。出世に関しては、俺のよ

うなマスターについてしまったことが不運と、適当に諦めてくれ」

『……苦境にある殿方を支えるのが良い女とうもの。ここで放り出してはただの阿婆擦れ

ですわ。私は主様にとって最良の相棒であろうと日々努力しております。主様の決定とい

のなら、逆らう道理はありませんわ』

「俺の相棒はお前だけだな、プレシア」

『そう思ってくださるのでしたら、少しは私の意見にも耳を傾けてくださいましね』



 最後に釘を刺しておくことも忘れない。それがプレシアというデバイスだった。



 時に、恭也は念話のような頭の中だけで会話することを苦手としている。どうしても出来

ないという訳ではなかったが、基本はプレシアの念話に対して声で返答することにしていた。



 なのはなど、管理外世界出身でありながら、念話をスムーズに行う。これが魔導師として

の才覚の差なのかと思うと心苦しいものがあったが、慣れないものはどうしても慣れない。



 そんな恭也を安心させたのは、そういう悩みを持つ人間が圧倒的なマイノリティではない

ということだった。管理局の中でも、念話に対して口頭で返答するというのはそれなりに見

られる光景で、一般にも地球におけるあるあるネタ程度には認知されていた。



 だから、人の行きかう空港の中で、プレシアの念話に対して口頭で返答するという、傍目

には成人男性の危ない独り言にしか見えない行動であっても、その人物がデバイスを分かる

形で持っていたり、管理局の制服を着ていれば、奇異の目が向け続けられることはない。



 詰まるところ、一度は多少の驚きの目を向けられることはあるということだが、その辺り

はもう誤差と思って諦めている。圧倒的でないだけで、マイノリティには違いないのだ。こ

れが嫌ならば、念話になれるしかない。



 プレシアに口頭で伝えて、スケジュールの確認を行う。郊外の訓練校で、無魔法戦闘の講

義をするという出張任務の帰りであるので、本来ならば本局内の特共研に戻り、直近の上司

であるリスティに報告をしなければならないのだが、所用に付き直帰するという許可は既に

貰っていた。



 その甲斐あって目的地に今すぐ向かえるフリーダムな立場であったのだが、相手がいるこ

とでもあるので、それも出来ない。彼女らとは空港を出たところで待ち合わせになっている

が、待ち合わせの時間はもう少し先だった。



 飛行機が遅れることも考えて、待ち合わせ時間にはかなり余裕を持っている。飛行機事情

を考えたらそうした方がいいという、訳知り顔でアドバイスしてくれたなのはの言に従った

判断だったのだが、幸か不幸か飛行機は定刻通りに運行し、時間を持て余す結果となってし

まった。



 約束に遅れるよりはずっといいが、多趣味でないことを自覚している恭也である。暇を潰

す手段にそれほど心当たりがある訳ではない。



 差し当たり、どこか休める場所でも探そうかと懐中のプレシアに指を伸ばした恭也の耳に

聞き知った声が聞こえたのは、その時だった。



「あら、恭也くん?」



 その声が誰のものだったのか、気づくよりも先に足を止める。背後から呼び止められた。

大抵は声をかけられるような距離に近付かれるよりも先に、知人であればその気配を察知

することが出来るのだが、今回はそれが出来なかった。



 それほどまでに、待ち合わせに浮かれているのか。いい年をした男として、聊か格好悪

い可能性を振り払うように軽く頭を振りながら、振り返る。



「クイントさん」



 声の主の名前を呼ぶ。果たして、振り向いた先に居たのは、クイント・ナカジマだった。

恭也と同様公務の途中なのか、地上本部の茶色の制服に身を包んだクイントは、キャリーケ

ースに大荷物を載せていた。



 女性は何かと荷物が多いと言うが、ただの移動にしては本当に随分な大荷物である。そう

感じたことが顔に出ていたのだろう、クイントは苦笑を浮かべて疑問に答えた。



「グランガイツ隊の一件の島流しが、ようやく終わったのよ。来週からまたクラナガンで勤

務することになるわ。もっとも、階級は陸曹長のままだけれど」

「それはおめでとうございます。ギンガやスバルも、喜んだでしょう」

「娘にそういう反応をしてもらえると、離れて暮らしてたことも悪いことばっかりじゃない

んだなぁ、って思うこともあるのよね。二人ともそろそろ年頃だし、そのうちお母さん、ウ

ザいとか言われるようになるのかと思うと、今から気分が滅入るけど」

「あの二人に限って、そんなことはないでしょう」



 そうは言うが、恭也にとってもそれは笑い話では済まないことだった。共に暮らすフェイ

トやルーテシアに『ウザい』などといわれたら、立ち直ることは出来ないだろう。クイント

もギンガとスバルがそんなことを言うはずがないと信じているようだが、信じていれば不安

がないかと言えば、そうではない。



 もしかしたらやって来るかもしれない『最悪の未来』を想像して、恭也は身震いした。そ

んな未来が来ることがないよう、今は祈るしかない。



「……クイントさんはこれから、ナカジマ家に?」

「ええ。ギンガとスバルが迎えに来てくれることになっているの。恭也くんも会っていかな

い? 二人とも喜ぶと思うわよ」

「せっかくのお話ですが、俺も人と待ち合わせておりましてね」



 親子の再会に水を差す訳にはいかないし、ギンガやスバルを相手にすると、余った時間を

消費して待ち合わせに遅刻する可能性もある。久し振りではあったが、ここは遠慮しておく

ことにした。



「あら、そうなの?」



 是非にとまで思っていた訳ではないのだろうが、クイントは残念そうにそう呟いた。



「今から、ギンガの視線が怖いわね。恭也くんを見つけたのに逃がしたーなんて報告したら、

何を言われるか分かったもんじゃないわ。あの子、友達の話よりも恭也くんのことをゲンヤ

さんに話すんだもの……気をつけてね、恭也くん。もしかしたら君、ゲンヤさんに目の敵に

されてるかもしれないから」

「何も疚しいことはありませんと、貴女の口から伝えておいてください」



 地上本部にあって、ゲンヤ・ナカジマは公明正大な人間として知られている。魔導師では

ないが、前線部隊にあって叩き上げの佐官で指揮官として優秀な人間だったが、二人の娘に

は大層甘いというのは周知の事実だった。



 本人は厳しく接しているつもりだし、実際に育て方は厳しい部類に入るのだろうが、その

溺愛っぷりは地上本部でも語り草になるほどだった。何しろ、娘が交際相手を家に連れて来

たら、それがどんな人間であってもまず全力でぶん殴ると公言して憚らないのである。



 ギンガもスバルも見目麗しく成長し、そろそろ浮いた話の一つも聞こえてきても良さそう

な年頃になっている。そろそろゲンヤの拳が飛ぶ日も近いのかと、完全に人事のつもりで考

えていたのだが、その拳が自分に飛んでくるとなると笑えない話だった。



「いっそのこと、恭也くんが二人とも貰ってくれないかしら。私はそれでもいいんだけど」



 地球では全くの冗談として笑い飛ばせる物言いであるが、ミッドチルダでは重婚は合法で

あるので、クイントの言も全くの冗談という訳ではない。尤も、複数の伴侶を持つ側に経済

的、人間的に優れた要素が求められるので、合法と言ってもそれほど事例が多い訳ではない。



 どちらかと言わずとも圧倒的なマイノリティに属す制度であるのだが、それが合法である

のかそうでないのかでは、天地の開きがあった。



 下手に抵抗しては丸め込まれる恐れがある。それを盾に結婚を迫るような痛いことをまさ

かクイントはしないだろうが、年上の女性との言い合いを避ける事は、恭也の処世術の中で

も、役立つ技術として刷り込まれている。



 不自然にならないように気をつけながら、苦笑を浮かべる。恭也に出来るのは、あくまで

取るに足らない冗談として、クイントの言葉を処理することだけだった。



「二人とも貰ってしまっては、ゲンヤさんの拳を二人分も受けなければならんのでしょう?

生憎と俺は根性と甲斐性の持ち合わせがないもので、そこまでの覚悟は持てません」

「あら、うちの二人にはゲンヤさんに殴られるだけの価値がないとでも?」

「俺よりもいい男というのは、探せばいくらでもいるはずです。二人とも美人なのですから、

もっと長い目でみてはいかがです?」

「結構いい買い物だと思うんだけどね、貴方は」

「お褒めに預かり恐悦至極」



 クイントが足を止めた。第二エントランスの方を指で指す。ギンガたちが待っているのは

そちららしい。フェイト達との待ち合わせに最も近いのは第四エントランスだから、同道で

きるのはここまでだった。



「今度また、うちに遊びにきてね」

「次に行く時には、うちの家族も連れて参ります」

「楽しみにしてるわ。それじゃ――」

『お待ちを』



 踵を返しかけたクイントを止めたのは、プレシアだった。まさか他人のデバイスに話しか

けられると思ってもいなかったクイントは、目を瞬かせて恭也を見やった。恭也は懐からプ

レシアを取り出し、手のひらに載せる。



『所属不明の機人の気配を感知致しました。 総数は三』



 恭也とクイントの顔に緊張が走る。クイントはキャリーケースから手を離すと、プレシア

の声を聞き漏らすまいと、身体を寄せてくる。



「所属不明と言ったが、他に分かることは?」

『距離500の位置に二、少し離れて一が展開。周囲に感知できる所属不明の機人の気配は

それで全てですわ。その他の生命体の同行者の存在は不明ですが、現在索敵中です」

「空港の関係者ではないの?」

『私が確認可能な空港職員の中には、種族が機人となっている者は存在しません。名簿に堂

々と書いてあるとも思えませんが……』



 そこでプレシアは言葉を切った。クイントの顔に苦々しい表情が浮かぶ。



「貴方たちは機人の気配が分かるのかしら?」

「ええ。俺とプレシアと後一人、俺の部下にも分かる人間がいます」

「それを私の前で告白する意味は、理解出来ているわよね?」



 クイントの目がすっ、と細くなる。ナカジマ一家にとっては最大の秘密だろう。出来るこ

とならば墓の下にまで持って行きたい類の、他人には決して漏らしてはいけない秘密。



 それをこんな形で告白する羽目になるとは思ってもみなかったが、プレシアが態々クイン

トにも聞こえるように報告をしてきた以上、のっぴきならない状況なのだろう。詰まらない

ことに拘っている時間はない。



「そのつもりです。あまり人に言いふらすようなことでもないので、大抵の人間には秘密に

している能力ではありますが、クイントさんは秘密を打ち明けるに足る人物だと思っていま

す」

「機人について思うところは、何かないの?」

「昔も今も、俺には人でない知り合いが多くおりましてね。多少機械が混じった程度など、

今更驚くには値しません」

「……恭也くんをお買い得と言ったのは取り消すわ。是が非でも、ってくらいにランクアッ

プしておくわね」

「これもお褒めの言葉として頂戴しておきましょう」

『話を戻しますと、その三人が展開しているエリアは立ち入り禁止区画に指定されています

の。あちらの機密事項に触れる事柄かもしれませんので断言は致しかねますが、私には悪事

の臭いがして溜まりませんわ」

「……捜査官の端くれとしては、確たる証拠がないのに動くのはお勧めできないわね」

「それについては同感ですが、確たる証拠を得る前に逃げられてしまっては、本末転倒です。

疑わしきは罰せずと言いますが、確認するくらいはしても良いでしょう」

「後ろ暗いことの何もない、向こうの機密事項かもしれないのよ?」

「その時は頭を下げて謝るしかありませんね。いずれにせよ、俺は行きます。クイントさん

は、どうします?」

「……君が行くのに、私が行かない訳にもいかないでしょう?」



 事が黒であっても白であっても、凶事を前提に動こうとしている人間を放っておくのはク

イントの主義に反するのだろう。係わり合いになるべきではない、というのがクイントの偽

らざる本音なのだろうが、所属不明の機人という要素は無視するには大きすぎた。



「俺が先行します。クイントさんは少し距離を開けてついてきてください」

「立ち入り禁止区画にいるんでしょう? 大丈夫なの?」

「潜入するだけならばどうとでも。問題は歩哨がいる場合ですが……」



 仮に事が黒だとしても、立ち入り禁止区画の警備をしている人間まで黒とは限らない。悪

人であるのなら打ち倒すのに何ら抵抗はないが、無実の誠実な人間を手にかけるのは如何に

恭也と言えども忍びない。



「ですが背に腹は代えられません。その時は俺が突破口を開きますので、着いて来るのなら

処分を覚悟していただきたい」

「まぁ、しょうがないわよね。乗りかかった船だもの、やりましょう」



 苦笑に近い笑みだったが、クイントは確かに笑ってみせた。グランガイツ隊事件のほとぼ

りが冷めて、クラナガンに復帰した当日である。ここで無関係の団体とトラブルを起こせば

次の処分は最悪懲戒解雇だ。色々な人間の庇護下にある恭也とて、処分は免れないだろう。



 せめて確たる証拠を得てから……普通の局員ならばそう言うのだろうし、それが正しい行

動なのだろうが、それでは絶対に間に合わないという確信に近いものが恭也の中にはあった。



 勘に頼って行動できるほど大物になったつもりはないが、あの時やっておけば良かったと

後悔することだけは、死んでもしたくない。



「行きます」



 荷物は持ったまま、あくまで自然体を装って、恭也は歩いた。プレシアの補助で目的の場

所は頭に入っている。法人向け荷物の一時保管場所……機人の気配があるのはそのエリアで

ある。同時に立ち入り禁止区画にも指定されているが、一般人が縁のある場所でもないのだ

から、用途を考えればそれ程可笑しなことでもない。



 人の往来が少ないのが、恭也にとっては救いだった。全神経を周囲の人の流れに向けて、

不自然な動きをする者がいないか、走査する。自分を注視している人間は、今のところいな

かった。



『空港の地図を入手しましたわ。目的地まで通過しなければならないロックされたドアは在

りませんわね。手間はあるとしても、歩哨を殴り飛ばす程度で済むでしょう』

「歩哨の気配は?」

『私には感知できませんわね。おそらく居ないと思われますが、事が主様のお考えになって

いるようなことですと、私に感知できない力量を持った何者かがいるかもしれませんし』

「魔導師が隆盛を誇るこの世界で気配を断てる人間がいるとしたら、よほどの変人か神仏妖

魔の類だろう。お前に感知できないのなら、歩哨はいないよ」



 恭也の感知する気配と、一般の魔導機械が感知する魔力反応というのは似ているが異なる

ものだ。魔導師ならば魔力反応を消すことくらいは出来るかもしれないが、恭也の感知する

気配は生命の、もっと根源的な物である。



 生まれつきそういう体質を持っているか、あるいは特別な訓練を積みでもしない限り、こ

れを消すことは出来ない。だからプレシアがいないというのであれば、恭也はそれを信じる

ことが出来た。



 歩みを進めながら、考える。



 警備が手薄なのは、こちらからすれば有り難いことだが、向こうの立場になって考えると、

周囲の警戒を考えていないように思えてならない。



 邪魔が入る訳がないとでも思っているのか、そもそも作戦の成否にそれほど拘りがないの

か……既に作戦は終了しているのかもしれないし、あるいは恭也とクイントにとっては最悪

なことに、悪事など何もないのかもしれない。



 それならそれでいいか、と恭也は思う。悪い予感が取り越し苦労であるのなら、それに越

したことはない。風当たりが強いのはいつものことだ。



 周囲の視線を意識しつつ、他人に注視されないようにして歩く。立ち入り禁止区画までの

道のりは既に頭の中に入っていた。人通りの多い区画から道を折れ、人のいない通路を歩い

ていく。



『監視カメラも死んでいるようですわね』

「それだけを見ると、事は黒に思えるな」



 映像として記録に残らないとなれば、後々問題になることも少ない。気配の機人に後ろ暗

いことがある、と想像出来ると共に、それは自分やクイントの保身のためにも役に立つこと

だった。



 尤も自分たちに都合よくカメラが死んでいたとしても、機人がこの空港の通常の職員であ

るのなら、空港が定めた立ち入り禁止区画に、よりにもよって現役の管理局員が無断で侵入

したという、実に不名誉な証拠を握られてしまうことになる。



 それも言葉にしてまで覚悟したことではあるが、いざそれを目の前にしてみると嫌な気分

ではあった。良心とは別のところで、この先にいるのが悪人であって欲しいと思う気持ちが、

恭也の中に生まれる。



 そんな自分を浅ましいと思いつつ、通路を行く。気配がないというプレシアの言葉の通り、

実際に通路に足を踏み入れて見ても、職員の姿は何処にもなかった。



『このドアの先に、おりますわね』



 息を潜めて大きな扉の前に立つ。プレシアの言う通り気配は機人の物が三つ、それだけで

ある。他の人間の気配は全くない。最初からいないのか、既に死んでいるのか、そこまでは

判別は出来なかったが、現場まで到着するという最初の目的は、誰にも咎められることなく

達成することが出来た。



 扉にもロックがかかっていないことは、既にプレシアが調べてくれている。後は踏み込む

だけなのだ。



 深呼吸をして、扉を開く操作をする。扉が完全に開くのを待つこともせず、僅かに開いた

隙間から、恭也は倉庫の中に踏み込んだ。



 広大なフロアに、所狭しと荷物が並んでいるが、中央だけは通路として開けている。その

通路に二人の人影があった。いきなりやってきたこちらを、不審そうな目で見つめている。

空港職員の制服は着ていたが、どちらも女性だった。長身の男性のような風貌をした女性と、

銀髪で背の小さい、右目に眼帯をしているというどうしようもない特徴を持った少女。



 管理外世界出身の恭也には、どちらもこの場に居ることに違和感を覚えるタイプだったが、

ここ管理世界においては性別容姿年齢はあまり当てにならない。どうみたってランドセルを

背負って学校に行っているような少女が、桃色の破壊光線を放つような世界なのだ。銀髪眼

帯美幼女が空港の職員をしていたとしても、別に不思議はない。



 ともあれ、空港職員の制服を着てこちらに不審の目を向けている以上、来訪者たる恭也は

その通りに行動するしかない。眼前の二人が機人であることは気配から間違いがないが、殺

気も感じられないし、本当に空港の職員であるという可能性も捨て切れなかった。



 敵意がないことを示すように軽く両手を挙げて、しかしいつでも相手の行動に対応できる

ように心構えをしながら、二人に向けて歩みを進める。



「本局の恭也・テスタロッサ海曹長です。実はこちらの倉庫に捜査上重要な証拠品が隠匿さ

れているという情報を得まして、捜査に参りました。責任者の方には話を通したのですが、

お聞きになっておりませんか?」

「………申し訳ないが、聞いていない。管理局員というのなら、身分証を提示してもらって

も構わないだろうか」



 背の高い方の機人が、不審がる態度を崩さぬまま言う。正規の職員としては、普通の対応

だった。隙を見せるのは避けたい行動だったが、ここで身分証の提示を拒否しては、こちら

が一方的に犯罪者にされてしまう。



 仕方なしに恭也は懐を探って身分証を取り出した。それを広げて近寄り、二人に見せる。

当然のことながら管理局員であるのは事実なので、身分証は本物だった。二人はじっと身分

証に目を寄せると、それが本物らしいことを確認する。



「どうやら本物のようだな。それで、貴官はどのような捜査でこちらに?」

「職務上の機密につき、答えることが出来ません。申し訳ないのですが、聞いていないという

のなら上司の方に確認を取っていただけないでしょうか。管理局が申請を通しているのは事実

ですので」

「分かった。少し待ってくれ」



 不本意ながら、と顔に書いたまま通信機を操作する背の高い女性を横目に見つつ、周囲を

見回した。所狭しと並ぶ荷物に、薄暗い照明。広大な空間に存在する存在は、自分と、眼前

の二人、そして――もう一人。





 銃声と、飛来した銃弾をプレシアで弾いた音は、ほとんど同時に響いた。





 眼前の二人も、驚愕に目を見開いている。銃撃に驚いたというのではない。眼前の管理局

員が、何もない空間からの不意の銃撃を防いだことに驚愕したのだ。



 何もないと見える空間に、殺気があったことは、倉庫に足を踏み入れた時から気づいてい

た。プレシアが最初に教えてくれた、離れていた一つの気配だろう。見えないが、確かにそ

こに存在している。普通の魔導師やレーダーならば誤魔化せたのだろうが、気配を察知でき

るこちらには、たかだ姿が見えない程度では相手を認識できないということなど、ありえな

い。



 銃撃のお返しとばかりに、銃弾を打ち落とした動作そのままに、飛礫を放った。金属や石

などは飛行機への持ち込みが難しいので、放ったのは木製の、恭也の手ならば片手で五個は

持てる大きさの球だったが、殺人的な速度で飛ぶそれは、例え木でも十分に凶器である。



 大体その辺りに頭があるだろう、という位置に、相手を殺すくらいのつもりで飛礫を放っ

た。飛礫としては、全力攻撃に近い一撃である。



「――ぐっ」



 何かが割れるような音と、短い悲鳴。その後に、何も無かった空間から白いコートを纏っ

た女が現れた。明るい栗色の髪はやぼったそうに二つに縛られ、飾り気のない眼鏡は白衣の

ような白いコートと相まって、女を一見すると学者のように見せていたが、白いコートの下

に着ているのは、ボディラインのはっきりと出るラバースーツである。



 本当に研究者だとしたら正気を疑うようなファッションセンスだったが、研究者は姿を消

してサイレンサー付きの銃で不意打ちしたりはしない。右手に握られた銃が、女の立場を表

す何よりの証拠だった。



 その白コートの女は、真っ赤に染まった顔の左半分を手で押さえながら、残った右目を憎

悪で満たし、こちらを睨みつけていた。頭を砕くくらいのつもりで撃ったものだが、予想以

上に機人の頭骨は頑丈なようだ。



「改めて自己紹介をさせてもらおう」



 右のプレシアを抜刀したまま、僅かに三人から距離を取る。



「時空管理局本局、特設共同技術研究開発部、恭也・テスタロッサ海曹長だ。どういう屁理

屈をこねて引っ張ろうかと悩んでいたが、殺人未遂と質量兵器不法所持の容疑でお前達を拘

束する。無駄だとは思うが一応言わせてもらおう。大人しく縄に付け」

「恭也・テスタロッサ……『魔法を使えない魔導師』か。顔を見た時に攻撃していればと、

後悔しているよ」

「お見知りおきいただいて恐縮の限りではあるが、その認識には誤りがあるな。魔法と認め

られていないだけで、俺が使っているのは正しく魔法……俺の上司に言わせればそういうこ

とらしい。だから、彼女たちの名誉のためにも反論させてもらおう。俺を呼ぶならばせめて

『魔法を使わない魔導師』と呼べ」

「ならば『魔法を使わない魔導師』、恭也・テスタロッサよ。お前はここで死んでもらう」

「やってみろ。俺が死ぬよりも先に、お前達の首を飛ばしてやる」

「状況が解っているのか? 我々は三人、お前は一人だ。いかにAMFの影響を受けない魔

導師であると言っても、一人のままで我々に勝つつもりか」

「その認識にも誤りがあるな。俺は、一人じゃない」



 一歩引いて出来たその空間に、ウィングロードが一直線に伸びる。その上を爆走して、完

全武装のクイントが飛び込んできた。クイントは勢いそのままに、眼帯少女に狙いを定め、

手加減なしの拳を叩き込む。眼帯少女はコートを翻し、その動作によって発生したバリアで

クイントの攻撃を防いだ。



 衝撃で後退するクイントと眼帯少女。それを追おうとした恭也の前に、背の高い女性が割

り込んでくる。空港職員の制服の、両肘の部分が割け、光刃が露出していた。構える動作に

も隙が見当たらない。



「中々出来るな。機人というだけはある」

「仲間からお前のことを聞かされて以来、手合わせ願いたいと思っていた。こういう状況で

はあるが、望みが叶って満足している」

「俺は降って沸いた不幸に、神を呪いたい気分だよ。おかげでこの後の予定はご破算だ。埋

め合わせにかかる費用と時間は、どこに要求すればいい?」

「私からの言葉は一つだ。ざまぁ見ろ、人間」

「よく言った、ポンコツ!」



 踏み込むと同時に神速を発動。機人たちの目的が判然としない以上、時間をかけることは

出来ない。速攻、即決。一撃で致命傷を負わせて戦闘を打ち切るつもりだったのだが敵もさ

る者、後から動き出したにも関わらず神速に対応してきた。



 モノクロに染まった世界の中で、恭也は片眉を挙げて驚きを表す。背の高い機人は、それ

を見てにやり、と口の端を上げて笑った。面白い――



 右の一刀を打ちつけるのと同時に、左を抜刀。肘の光刃で防がれるが、それを支点に体ご

と移動、僅かに距離を取って連続した斬撃。



 気は体に充実している。訓練ではない。掛け値なしの全力戦闘。



 それで相手の力量は大雑把にではあるが理解できた。タイプが重なっているということも

あるのだろうが、掛け値なしの強敵だった。武術の腕前ならばシグナムよりも上、地面に足

をつけての速度はおそらく、恭也の知る中では二番目に速い。



 なのはのような砲撃も、強固なバリアもない。刃が当たれば斬れる、そういう相手だ。組

みやすいと言えばそうなのだろうが、近接戦闘においては防御を考えなくてもいい程の速度

がある。兵は神速を尊ぶ。戦うことに置いて手数と速度を優先する、自分と同じタイプの相

手。



 心が躍った。管理世界に居ては、めぐり合うことの出来ない相手。魔法の要素を極限まで

排除した、自らの肉体と刃でもって戦う戦士。心の底で求めていた相手だった。



 向こうもそれを感じているのだろう。管理世界において、戦場に立つのは魔導師だ。魔導

師は魔法の運用を前提としているので、体術にだけ時間を割くというのは不可能である。そ

れでもシグナムやフェイトのように、武術者としても高水準の力量を持っている魔導師も居

るには居るが、全体としてみればそれもごく少数である。



 速度に任せた攻撃をしていれば、ほとんどの魔導師は対応することすら出来ないだろう。

ましてや機人はAMF状況下で戦うことを前提としているはずで、その中でまともに戦闘の

出来る魔導師は、さらに少数派だった。



 神速から抜け、大きく距離を取った。二十を越える斬撃は、全て肘の光刃で防がれている。

冗談のような仕様の武器だったが、扱う動作に淀みはない。相当の鍛錬を積んでいる証拠だ

た。テクノロジーだけの問題ではない。血の滲むような努力の果てに生まれる、自分の技に

対する自負が、眼前の機人にはあった。



「……名前を聞こう」

「トーレ」



 答える必要のない問答に、機人――トーレは答えた。光刃を構える。その顔には笑みが浮

かんでいた。獲物を前にした、肉食獣の笑み。



『主様、気づいてます? 今の主様、とってもワイルドなお顔をしてますわよ』



 プレシアに忠告されるまでもなく、気づいていた。不謹慎ではあるが、この状況は楽しい。

管理世界で初めて見つけた、普通の意味での好敵手。しかも、倒すべき敵である。



 鍛錬は常日頃から怠っていないが、一度の実戦は百日の訓練に勝る。一対一の状況で戦え

ることは管理局にあっても少なく、況してや正規の武装局員でない恭也はその機会はさらに

少ない。



 そんな環境にあって、魔導師でない高速戦闘を得意とする存在にめぐり合えたのは、奇跡

と言って良かった。プレシアを握る手にも、力が篭る。体内を循環する気は、かつてないほ

ど充実している。



 この相手とならば、いい戦いをすることが出来る。その思いは恭也の中で確信に変わって

いた。だが、



「トーレ、チンクちゃん、撤退しますわよ!」



 顔の左半分を血で真っ赤に染めた、白コートの機人がそう叫んだ。気分を害されたトーレ

が白コートの機人を睨むが、反論は口を付いて出ない。内心では白コートの機人の言葉が優

先されるべき、と認識しているのだろう。恭也に体を向けたまま、ゆっくりと蹲ったままの

白コートの機人に寄って行く。



 眼帯の機人――チンクは、クイントと一進一退の攻防を繰り広げていたが、白コートの機

人の言葉が聞こえると、クイントとの間に弾幕を張り、一足飛びに白コートの機人のところ

にまで移動した。



「チンクちゃん、起動許可します」

「効果範囲は?」

「全てよ。一切合財を火の海にしなさい」

「了解した。IS、ランブル・デトネイター」



 言葉と共に、チンクが一度足を打ち鳴らす。パン、と小さな乾いた音が倉庫の中に響いた。

何らかの爆発物か――恭也とクイントが身構えた矢先である。



 地を揺らすほどの轟音が響いた。続いて、火災を知らせる警報が鳴り響く。



「貴様、何をした――」

「当初の目的を遂行させてもらった。警報の通り外は火の海。さっさと外に出て救助に参加

することを勧めよう。無駄な人死は、私の好むところではない」

「爆破した本人が言う台詞ではないな。自分たちは綺麗なテロリストとでも?」

「言い訳はせんよ。どうせ我々の道は、交わることはないのだ」



 トーレは行動に支障のある白コートの機人を肩に担ぐ。その背にチンクが続いた。クイン

とがその後を追おうと踏み出しかけるが、



『危険。広範囲に魔力反応。付帯対象は周辺の金属、爆発物です』



 爆発物、という単語にクイントも足を止めた。それに合わせて、チンクが僅かに持ち上げ

ていた腕を降ろした。



「我々が撤退したらこの倉庫も爆破する。お前達も早急に、救助に向かうといい」

「いずれ必ず落とし前は付けさせてやる。それを忘れるな」

「再戦できる時を楽しみにしていよう」

「恭也……テスタロッサっ!!」



 トーレの肩の上で、白コートの機人が顔を上げた。顔の左半分を血で真っ赤に染め、残っ

た右目には黒い憎悪の炎。荒い息を吐きながら身を捩る様は地獄の幽鬼のようで、恭也にす

ら悪寒を感じさせた。



 その白コートの機人が吼える。



「この目の借りは、万倍にして返してやりますわ。両目を潰して四肢を切り落とし、泣いて

命乞いをさせながら、殺してやります! 覚えておきなさい、私の名は、クアットロ!」

「俺の貸付は無利子無期限だ。何なら踏み倒してくれても構わんよ。お前の顔は、見るのも

不愉快だ」



 さらに言いまくろうとした白コートの機人――クアットロをトーレが無理やり制した。恭

也達が入ってきた方とは逆の出入り口に向けて、まずトーレが駆け出し、チンクが後を追う。

チンクは走りながら振り返り、右の手を持ち上げた。



「失礼します!」


 クイントの膝と背中に腕を回してお姫様抱っこにし、無理やりに神速を発動して倉庫の外

に飛び出す。



 倉庫が爆破されたのはその直後だった。熱風が背を叩くが、止める足はない。行く先から

も同じような熱気と怒号が聞こえていた。



 クイントを抱えたまま走りきり、ロビーまで出た。地獄絵図である。職員による避難誘導

は始まっていたが、命の危機にあると人間というのは暴走するものだ。整然と行動している

のはその中でも極少数であり、大多数の人間は我先に、外へ向けて駆け出している。



 この辺りはまだ被害は少ないようだったが、一切合財を火の海にしろといったクアットロ

の言葉に嘘はなかったらしく、断続的な爆発音が今も聞こえていた。



 これほどの規模になればいずれ管理局も出動するだろうが、即時対応といっても一瞬で移

動できる訳ではない。彼らが到着する間にも被害は拡大する。誰かが立って、時間を稼がな

ければならない。



 空港の職員はマニュアルに従って行動しているが、彼らに出来るのは避難誘導だけだ。逃

げ遅れたり、既に孤立している人間を助けるだけの力も権限もないはずである。管理局員も

空港利用客の中にはいるだろうが、救助部隊が到着でもしなれば、彼らを組織だって運用す

ることは出来ない。



 個々が散発的に行動するしかない。そしてそれが、多くの人の命運を左右するのだ。



「ここからは別行動しましょう。何かあった場合は、連絡をください」

「ギンガとスバルを見つけたら、私達に任せろって言い含めておいてね。特にギンガ。危な

いことに、率先して関わりそうだから」

「そう言えば、陸士候補生になったのでしたね。どうです? クイントさんの目から見て」

「背伸びしたがりで困ってるわ。誰かにいい格好を見せたいみたいでね……」

「ギンガくらいの年齢ならば仕方のないことでしょう。俺にも覚えはありますから」

「恭也くんに言われると、余計背伸びしそうな気がするわ。まぁ、その辺りは事が終わって

から話しましょう。とにかく、ギンガとスバルを見つけたら、無理はしないようにキツく言

っておいてね」




 そうしてクイントが差し出した拳に、恭也はプレシアの峰を打ち合わせた。