1、



「有給休暇? 珍しいね。君がそんなことを言い出すなんて」



 本局特共研、部長室。



 地球よりも遥かに高性能な記憶媒体を有する世界であっても、最終的な情報の管理は原始

的な方法に頼らざるを得ないようで、恭也のオフィスよりも僅かに広い造りであるこの部長

室にも、研究者とはかくあるべしという恭也のイメージを補強するように、所狭しと資料が

並んでいる。



 部屋の主であるリスティの性格を考えれば乱雑に扱われても良さそうなものだが、仕事と

私生活はきっちりと分ける性格なのか、今はきっちりと整理整頓されている……らしい。



 少なくとも恭也の目には、そこかしこに記憶ディスクやら紙媒体の資料やらが適当に置か

れているようにしか見えないのだが、リスティをはじめ他の特共研の研究者や、美由希に至

るまでが一度説明されただけでどこにどの資料があるのかを把握できてしまう辺り、信じら

れないことではあるが、理に適った配置であるらしい。



 そんな部屋の惨状――絶景から目を逸らし、上司であるリスティの薄紫の瞳を見つめる。



「ここ数年、纏まった時間が取れませんでしたので、修行にでも行こうかと思いましてね。

出来れば二週間ほど纏めて休暇を頂きたいのですが」

「二週間とはまた大きく出たね……修行とは言うけどさ、君は地上部隊や本局の航空部隊と

合同で訓練とかしょっちゅうしてるだろ? それじゃ駄目なのかい?」

「あれはこちらの魔導師に魔法なしで戦う技術を供与しているだけで、俺個人の鍛錬ではあ

りません。無論、日頃から個人の鍛錬は欠かしていないつもりではありますが、無魔法戦闘

の重要性も高まっているところではありますし、この辺りで自分の気を引き締めるためにも、

一度本腰を入れて鍛錬をしたいのですよ」

「まぁ、君の言い分は解った」



 椅子に背を預け、リスティは大きく伸びをする。眼前には必要事項の記入された『有給休

暇取得願』がサインフレームに展開されている。恭也・テスタロッサという電子署名も記入

済みだ。後必要なものは直近の上司であるリスティの認可だけだったのだが、気前良くぽん

と許可を出してくれると予想していたリスティは、サインフレームを脇にどけると、意地の

悪い笑みを浮かべていった。



「君はアホだろう」

「……明晰な頭脳をしていないことは自覚していますが、それが何か?」

「有給消化して何をするのかと思えば鍛錬? 冗談も大概にしなよ。休暇というのは心身を

休めるために取るものだ。態々身体を虐めに行くと宣言するようなアホに出す認可なんて、

僕にはないね」

「お言葉ですが、休暇をとって何をするかは俺の自由ではないかと」

「許可を出すのかも僕の自由さ」

「……どうしても申請は受理していただけないのでしょうか」

「まぁね。どうしても休暇が欲しいっていうなら女帝陛下にでも掛け合うんだね」



 リスティの言葉には取り付く島もない。



 まさか申請をいきなり跳ねられるとは思ってもみなかった恭也は、部長室で途方に暮れて

しまう。纏まった休暇を取っての鍛錬は出来たら嬉しいというレベルのもので、出来なかっ

たところで痛くも痒くもなかったのだが、いざ出来ないとなるとそれはそれで気が滅入るも

のだ。



 食い下がるという選択肢もないではないが、リスティはこうと言い出したらテコでも動か

ない。

 

 さらにリスティが言うところの女帝陛下――運用部の部長であるレティ・ロウラン少将で

も担ぎ出してくれば風向きも変わるだろうが、夕食の代金を捻出するのに高利貸しに声をか

けるというのも馬鹿な話だ。



「解りました。話は以上ですので、俺はこれで失礼します」

「んー……いや、君はやっぱりアホだね恭也。適度なアホさは魅力になるけど、僕はもう少

し知性的な方が好みだよ」



 苦笑するリスティを見て思う。この人の好みに沿うように努力するのは、どんな鍛錬より

もキツそうだと。



 リスティから持ち込まれる話は無駄に苦労を背負い込むことが多いのだが、今の彼女の表

情を見る限り、悪い話ではなさそうだった。その予感を裏切られたことは多々あるものの、

今裏切られたところで大した損害はない。こちらから話を膨らませるのも、悪い話ではない

だろう。



「アホな俺には話が見えないのですが」

「君は弁論に関して才能がないって自覚してるみたいだけど、だからって早い段階で諦める

ことが癖になると人生凄く損するよ。食い下がるべきところでは食い下がらないと。押して

駄目なら引いてみろ」

「……休暇をくれないとロクでもない目に合うぞ、と脅してみるというのは正解なのでしょ

うか?」

「内容と相手に寄るね。相手の弱みを握ってるならそれでも良いし、自分に気がある相手だ

ったら押しの一手でこっちの物さ。ただ、君の場合は弱みを知っていてもそれを最後まで自

分の都合の良いようにコントロールする手腕がないし、自分に気があるかどうかを感じ取る

だけの感性もない。暴力に訴えるというなら話は別だけど、そういう短絡的な手法を取るこ

とを厭わないなら、そもそもこんな話にはなってないよね」

「仰る通りで」

「まぁ、優秀で美しい上司としては、そんな不出来な部下にプレゼントをあげる義務がなく

もない。休暇はあげないけど、仕事を上げよう。君の鍛錬というものを、レポートとして提

出するんだ。期間は二週間。場所は何処でも良いし、必要なら人員を要請する権利も与えよ

うじゃないか」

「押して駄目なら引いてみろ、ですか」



 休暇が取れないなら仕事として押し込め。自分一人では発想できないことだった。



「人員の要請権利は他の部署にも出せるからね。ただ、うちの部署ならうちの仕事として処

理できるけど、他の部署に出す場合はそっちの都合も考えなきゃいけない。参加の要請は出

来るけど、参加出来るかは約束できないから。あー、後参加要請できるのは局員だけだよ。

あくまで仕事だから、民間人は参加できないからそのつもりでね」

「構いませんよ。元より、俺一人でやるつもりだったんですから」



 一人でなければ出来ないこともあるが、多く集まったからこそやれることもある。人が居

てもいなくても、恭也自身はどちらでも良かったのだが、せっかくリスティが言い出してく

れたことでもある。誘うだけはしてみても良いだろう。



「美由希を使っても構いませんか?」

「差し迫った仕事が入ってないし構わないよ」



 休暇の申請をする前に確認した。向こう二週間は、自分にも美由希にも他の部署に出向す

るような任務は入っていない。



 とは言え、恭也の権限で確認できるのは精々美由希の予定までだ。リスティの口ぶりから

特共研のスタッフを連れて行くことも可能なようだが、科学者を自分たちの鍛錬に巻き込む

訳にもいかない。



 参加出来るのは、最低でも鍛錬についてこられる可能性のある者に限る。さらに局員限定

あるから、見込みが十分過ぎるほどにあってもすずかを誘うことは出来ない。仕事の忙し

さや誘いやすさなどを考慮すると、誘える人間は驚くほどに限られていた。



「美由希の他に、声をかけたい人間が三人ほどいます。手を貸していただけますか?」



































2、



「課外研修……ですか?」



 校長室に呼び出されたエリオを迎えたのは、校長の予想外の言葉だった。



 ミッドチルダ第三空士訓練校。未来の管理局を担う空戦魔導師を育成する訓練校に、エリ

オはこの春から通っている。



 入学してから何度も試験や実戦訓練は行われたが、その中で一度もエリオは負けたことが

ない。テスタロッサ家に引き取られた頃から恭也や美由希、フェイトにアルフ、果てはヴォ

ルケンリッターの面々を見ていたエリオにとって、同期の学生など物の数ではなかった。



 流石に教官相手には遅れを取ることもあるが、手も足も出ないということはなく、誰を相

手にしてもそれなりの勝負をするところまでは来ている。



 無論、教官達はある程度の手加減をしているのだろうが、それだけの実力を示すエリオに

は教官を始め、誰もが一目を置いていた。



 それだけ突出すれば敵も出来ようものだが、テスタロッサの家に来て以来、外面を取り繕

うことに腐心してきた。個人としてどれだけ力を持っていても、集団には勝てないのだとい

うことを恭也やヴォルケンリッターから特に教え込まれてきたエリオである。



 当の教師であった恭也には出来なかった『無駄に愛想良く振舞う』ということが労するこ

ともなく出来たこともあって、成績の割には敵というものはいない。それでも多少のやっか

みを受けることはあったが、それは有名税ということで割り切ることにしていた。



 そんなエリオだったが、校長室に個人で呼ばれることは入学以来一度もなかった。



 最近特別な行動をしたという記憶はないし、生徒個人の代表が必要とされるようなイベン

トがあるという話も聞かない。



 もちろん、呼び出されるような不始末を起こしたということもなかった。突出している自

分をフォローすること以上に、人前で失敗することがないように気を払っている。



 エリオ・モンディアルは、他人に侮られることが嫌いだった。



 特に、何か失敗をしたという情報があの男の耳に入ることだけは死んでも嫌だ。それであ

の男が自分を侮るということは絶対にないだろうが、あの男の前では完璧なエリオ・モンデ

ィアルでいなければならない……というのは、エリオが自身に課した戒めのようなもの。



 だが、呼び出しを受けた以上は何かあるのだろう。マイナス要素の覚えはなかったが、そ

れでも何か自分にとって嫌なことが起こるのではないかと、エリオは顔には出さずに言い知

れない不安を覚えていた。



 だから、校長の口から出た話がどうやら自分の心配した類の話ではないと解るや否や、そ

っと胸を撫で下ろした。安心するというのは自分の弱い部分を見せるということ。感情が出

ないように細心の注意を払いながら、エリオは静かに、そして大きく息を漏らしたのだった。



「本局特共研から、君個人に対して訓練に参加しないかという打診があった。本校はこれを

課外授業と認定し、君の単位履修の一環とすることとした。期間は二週間、その間に履修す

るはずだった講義、訓練に関する単位は保障するものとする」



 必要な要綱を一息に言って、校長は一つ溜息をついた。



「個人的な希望としては、君以外を指名してほしかったところではあるな」

「理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「君は優秀だ。おそらく本校の歴史上、文句なく最高の魔導師だろう。そういう人間にこそ

一流の教育を施すべきだ、という考えもあるのだろうが、私は優秀でない人間にこそチャン

スを与えるべきだと思っているのだよ」



 何と答えるべきなのか、エリオは少しだけ逡巡した。自分の考えをそのまま言うのなら、

校長の答えには否である。エリオの第一の目的は自分が強くなることだった。どんな種類の

ものであれ、自分が強くなるための手段が削られるというのなら反対しなければならないが、

そうすることで自分が他人からどう見られるのか、想像できないエリオではなかった。



「僕には……良く解りません」



 肯定せず、否定もしない。結局エリオが出した答えはそんなものだったが、そんなエリオ

を見て校長は苦笑を浮かべた。



「まぁ、君のように優秀でかつ意欲がある生徒というのが一番素晴らしいには違いないのだ

がね。それに今私の考えを言っても始まらない。参加するか否か、まずは君の意見を聞こう

か」

「します。させてください」

「……と言うと思っていたよ」



 校長の苦笑は変わらない。彼は手早くサインフレームを展開すると、2、3の操作を行い

書類を転送した。



「訓練は三日後から開始、今日中に荷物を纏めて準備をしておきたまえ」

「何処でやる、というのは聞いていないのですか?」

「詳細は追って知らせるとある。三日後と指定しているのだから、明日には連絡があるだろ

う。それまでには出立できるようにしておきたまえ」

「了解しました」



 踵を揃えて、敬礼。そのまま踵を返そうとしたエリオの背に、校長の声がかかった。



「君の保護責任者は、特共研の恭也・テスタロッサ海曹長だったな」



 エリオは短く、はい、と答えた。



 認めたくないことではあるが、事実であるので仕方がない。管理世界に提出した書類上で

も、地球での認識も、恭也・テスタロッサがエリオの家族であり、家族の中で誰一人血縁者

のいないテスタロッサ家の纏め役であるのは疑いようのない事実なのだから。



「彼が無魔法戦闘の教導……失礼、教導のような事を行っているのは、君も知っているな?」



 はい、と今度は力を込めた答えた。



 恭也や美由希が習得している技術は、一昔前の管理世界では見向きもされなかったものだ。

それが近年、AMFの開発、ガジェットドローンの台頭などを機に主に現場の人間達の間で

注目されるようになった。



 上層部の中には、そういった戦闘方法を野蛮だと見る向きもあるが、実際に命をかけて戦

う現場の人間はそうも言っていられない。実際彼らは、魔法を使えない状況下に追い込まれ

決して少なくない死傷者を出してしまった。



 ただでさえ慢性的な人手不足に悩まされている管理局である。これ以上の人員の消耗は何

としても避けたい状況だったが、今までほとんどの人間が見向きもしてこなかった命題であ

るために、どうすれば良いのかという明確な指針も立っておらず、また、それを教えること

の出来る人間も皆無といった有様だった。



 もはや死傷者の山を築きながら、その上にマニュアルを作るしかないのか……現場の人間

が悲壮な覚悟を持って、訓練の試行錯誤をしていた矢先、本局のとある部署から管理局のあ

らゆる部署、訓練校に通達があった。



 それには尤もらしい装飾がなされていたが、若き銀髪の科学者が言いたかったことは一文

に集約される。



『こちらのデータ収集に協力してくれるのなら、君達が最も欲する技術を提供する用意があ

る』



 この通達を、九割以上の団体は世迷言と決め付けて無視をした。



 だが藁にも縋る思いだったいくらかの部署が、特共研のその申し出に応じたのだった。



 かくして特共研から技術交換のため、魔導師ですらない二名の局員が管理世界の方々に派

遣されることになった。これで何の成果も挙がらなければ物笑いの種として語り継がれたの

だろうが、二名の魔導師でも教導官でもない局員は、それらの技術を実戦、教授するに当た

っては紛れもなく優秀な人材だった。



 二人の局員が始めた小規模な活動が、今では管理局にとってなくてはならないものになっ

てしまった。ここまでの規模になるとは、発案した科学者も思ってもみなかったらしく、最

初はいつでもどこでも、と派遣していた二名の局員を最近では出し渋るようになってしまっ

たが、彼らが齎した理論、技術は多くの局員の間で研究、研磨され、今後十年は試行錯誤が

続くと思われていた分野の基礎構築に、大いに役立った。



 教授した本人達は知らないだろうが、後十年もすれば管理局の戦術論の教科書に、二人の

名前が載るだろう、と教官達は実しやかに囁いている。いい迷惑だ、と恭也辺りは言うのだ

ろうが、それを想像してエリオはいい気味だ、と思うと同時に何故だか誇らしい気分にもな

るのだった。



「君からわが校に海曹長に来てもらえるよう打診できないものかな」



 校長の態度にへりくだった物を感じたエリオは、噴出しそうになるのを抑えるのに苦労し

た。



 校長は一佐で、海曹長である恭也から見て7つも上の階級だ。年齢も軽く2回りは上だろ

う。エリオたち訓練生を時には怒鳴り散らすこともあるその校長が、恭也に敬意を払ってい

る。



 悪い気分ではない。打診するならタダなのだから、それくらいやっても良いかとエリオは

心の片隅で思ったが、こういう時にどう答えるかというのは、恭也の名前が売れ始めた頃か

ら決めていた。



「彼は仕事に私情を挟まない人間です。僕が言っても、無理でしょう」

「噂通り、実直で誠実な人柄のようだな」



 校長の言葉を右から左に聞き流しながら思う。



 恭也が実直で誠実には違いないが、それらの言葉から想像する恭也・テスタロッサという

人物像と、実際の恭也・テスタロッサの間には大きな隔たりがある。エリオにはそういう認

識の違いを是正するための言葉があったが、それを語るためには自分が如何に恭也・テスタ

ロッサという人間を忌々しいと思っているのか、というところから始めねばならず、全てを

語るには七日七晩あっても足りはしない。



 元より、他人が恭也を理解するべきだとも、エリオは思っていなかった。恭也が行った仕

事が正当に評価されている限り、自分が口を挟む必要はない。



 それにしても、とエリオは思う。



 上司であるリスティの名を使ってはいるが、自分に訓練への参加を打診しようと言い出し

たのは、恭也自身のはずだ。



 何故、こんな回りくどいことをするのか。『自分と二人で』訓練をしたいのなら、校長を

仲介などせずに、まずは自分に話を通すのが筋、というか恭也の流儀であるような気もする。



 普段と違うことを、恭也がしている……となると、これはサプライズという奴なのか。



 他人を驚かせる、ただそれだけのために突飛な行動をしたり、普段の彼からは考えられな

いような嘘を吐くことが、恭也にはある。それに比べたら今回の打診はソフトで地味な感触

だったが、恭也・テスタロッサの人間性を考えたらありえないことでもない。



 自分を驚かせるためだったら、予告をしないくらいのことは平気でするだろう。恭也・テ

スタロッサというのは、そういう男だ。



 何にしても、それは自分を陥れようとする行為だ。普段であれば断固とした姿勢で恭也に

抗議するのだろうが、ここ暫く恭也の顔は見ていなかったし、共に鍛錬もしていない。



 訓練校では多くのことを学んだ。この辺りで自分がどれだけ成長したのか、彼に示してお

くのも悪くはないだろう。



 忌々しいことではあるが、恭也も中々に忙しい身だ。二人きりで鍛錬をする機会など、今

後もそう多くあるとは思えない。



 ならば、膳は急げだった。



 手短に校長に挨拶を済ませると、寮の部屋に飛んで行く。



 校長が行った手続きは特共研に訓練参加の承諾を伝えただけのものなので、それ以外の手

続き申請は自分で行わなければならない。エリオの訓練校に限ったことではないが、こうい

う申請を行うためにはいくつかの申請書を、いくつかの部署に提出しなければならない。



 そのためにまず、今日のこれからの訓練、講義の休講申請からエリオは手をつけた。



 軽やかにサインフレームに指を走らせるその姿はまるで乙女のようで――普段のエリオが

今の自分を見れば、後悔のあまりに部屋を転げまわったのだろうが、サインフレームしか見

ていないエリオに、今の自分を客観視する余裕はないのだった。





























3、



「お断りします」



 にべもなくそう言ってギンガは踵を返した。



 あまりの鮮やかさに言葉をかけることも忘れ背中を見送りかけたゲンヤだったが、自分の

仕事を思い出して慌てて呼び止める。



「ちょっと待て。まだ話は終わってねえぞ」

「他の部署の訓練に協力している暇はありません。私にはまだ、覚えることが山のようにあ

るんですから」



 派遣任務を面倒くさいと思う局員の、それは仕事を断る時の常套句だったが、ギンガが本

心からそう思っているのは、ゲンヤも理解していた。入局したばかりのギンガは、ゲンヤの

部隊の中では最も新米の一人である。



 最近の若い者は……というのが管理局に限らず、ゲンヤの世代の人間の口癖のようなもの

だったが、親の贔屓目を抜きにしても、ギンガの仕事振りは見事なものだった。仕事に意欲

的であるし、どんな仕事でもきちんとこなして見せる。



 仕事振りからまだ青臭さは抜けていないが、それも時間が解決してくれるはずだ。



 娘と共に仕事をするのがゲンヤのささやかな夢だったが、そう遠くないうちに自分の補佐

を任せても良いレベルにはなるだろう。そう思うと強面で有名なゲンヤの頬も自然の緩むの

だが、そんなゲンヤにも悩みがあった。



 何かにつけて仕事をサボろうとする人間もいる時勢だ、仕事に意欲的なのはそれは褒める

べきことなのだろうが、ゲンヤの目から見てもギンガはいつ休んでいるのだ、と心配になる

ほど根を詰めている。



 局に来ている時は事務仕事に訓練。残業もきちんとこなし、家に帰れば自主訓練に勉強。

特殊な生まれのせいもあって体力だけは無駄にあるから、仕事中にガス欠などという事態に

はならないのが救いだが、父親として上司として、何もそこまでと思うところもある。



 どんな豪傑でも、気を張り続けていてはいずれ気が滅入ってしまう。ギンガだって年頃の

少女なのだ。休みの日くらい少女らしいことをしてもバチは当たらないと思うのだが、それ

となく苦言を言っても、まだまだ私は新米ですから、とはぐらかされてしまう。



(スバルくらいバランスがとれりゃあなぁ……)



 同じくゲンヤの娘であるスバルは、真面目なギンガの妹とは思えないほどに行動の緩急を

つけるのが上手い少女だ。食う寝る遊ぶが大好きな子供だったが、今では立派に成長して食

う寝る遊ぶが大好きな年頃の少女になっている。



 それでもやるべきことはきちんとやったし、これを言うと誰もが一瞬驚いた顔をするのだ

が、ああ見えて勉強も出来る。クイントがつける訓練だって、一度もサボったことはない。



 その反面、年齢を含めて考えても総合的な成果でいくらかギンガに劣ることは否めなかっ

たが、どちらを安心して見ていられるか、そういう面で判断をするならスバルの方に軍配が

挙がる。



 娘が意欲的で能力がある。そういうことで悩める親は幸せなのかもしれないが、苦労する

ことに変わりはない。



 頑固な娘をどうやって改心させたものか……ゲンヤは毎日、そればかりを考えていた。



「一つの部署だけで管理局は成り立ってる訳じゃねえ。それはお前にも分かるな?」

「解ります。ですが、合同訓練に参加するのなら、私のような新米よりももっと相応しい方

がいるはずです。部隊を代表して参加するのなら、看板を背負うことになるのですから」

「看板背負うってなら、お前を推薦しても良いように思うがね……」



 ゲンヤの部隊は多くの魔導師を抱えているが、魔導師ランクAの(三ヶ月後、AA−の

昇格試験を受ける予定。絶対に受かるとクイントは太鼓判を押した)ギンガはトップクラ

スの実力の持ち主だった。Aランクの魔導師は他にもいるが、砲撃主体のミッド式魔導師

の多い中、近接戦闘を得意とするギンガは、一度近付いてしまえば他の魔導師を圧倒する。



 その分距離を置いた戦闘には難があったが、部隊内で戦わせた場合、最後まで立ってい

るのはおそらくギンガだろう。部隊内の最強が最年少の少女というのも恥ずかしい話ではあ

るが、事実なのだからしょうがない。



 それはギンガにも解っていたはずだったが、ゲンヤの言葉にギンガは僅かに渋面を作った。

よほど訓練や勉強を優先させたいらしい娘の様子に、ゲンヤは溜息をつく。



(最後の手段にしたかったんだがなぁ……)



 娘のことでもあるし、出来れば自発的に心変わりして欲しかったのだが、このまま粘って

も娘の強情は変わらないだろう。餌をちらつかせて釣り上げるのはゲンヤの好むところでは

なかったが、背に腹は変えられない。



「どうしても行きたくない、と、お前はそう言うんだな?」

「それが命令というのであれば参加しますけど、出来ることなら他の方を参加させてくださ

いと、お願いしています」

「そうか……ならば仕方ない。地上部隊と本局は伝統的に仲が悪いからな。あまり他の奴に

は行かせたくなかったんだが、お前が行きたくないというのならしょうがねえ。カルタスに

でも任せることにするか」



 誰にともなく独り言のように呟いたゲンヤの言葉に、ギンガはぴくり、と身体を振るわせ

た。娘が食いついてきたことを確信したゲンヤは、内心でニヤリと笑う。



「へぇ……本局の部署が地上のうちに合同訓練の申請なんて、リベラルな部署もあったもの

ですね。参考までに伺いますけれど、どちら様なんです?」

「お前は断っただろ? 断ったくせに口を出すんじゃねえよ」

「断ったって気になるものは気になるじゃあありませんか。さあ、教えてください。どちら

様なんですか!?」



 さあさあ、と鼻息も荒くギンガが詰め寄ってくる。何処の誰だか感づいているだろうに、

態々確認してくるということはまだ理性が働いているのだろう。完全にぶっ飛んでいたら今

ごろ首でも絞められていたかもしれない。



 妻のクイントも、頭に血が上ると口よりも先に手が出るタイプだった。こんなところまで

似なくても良いんだがね……と思いながら、ゲンヤはサインフレームを操作して、ギンガの

デバイスに情報を送る。



 着信の電子音を確認するや否や、突風のような勢いでサインフレームを展開し、目的のフ

ァイルを見つけると、勢いそのままに拳をデスクに叩き付けた。



「どうしてこれを最初に言わないんですか!」



 少しくらいはからかいたかったからだ……と、付き合い始めた頃、こんなテンションの妻

にそのようなことを言って、鼻骨に皹を入れられたことがある。ギンガのシューティングア

ーツの腕前は、クイントに迫る勢いだ。これ以上答えをはぐらかしたら、今度は皹くらいで

は済まないだろう。



 鼻を摩りながらゲンヤの口から漏れたのは、すまん、の一言だった。



「鍛錬は三日後から開始。どっかの山の中で、二週間訓練するって話だ。現地集合って訳じ

ゃないみたいだが、詳細は追って知らせるとのことだ。少なくとも明日にはお前にも情報が

行くと思うが――」

「今日は早退します!」



 と、ギンガは踵を返した。深い青色の髪を靡かせながら走り去る背中に、ゲンヤは投げや

りな気分で声をかけた。



「で、参加するのか、お前!」

「もちろん参加です!」



 予想通りの返答を残し、ギンガは嵐のように去って行った。一人残されたゲンヤは、サイ

ンフレームに表示された書類を見ながら、小さく溜息をつく。



 ギンガがこの依頼を受けると確信した段階で彼女のシフトは変更してある。訓練までの時

間は全て、ギンガ個人のために使えるようになっていた。内訳は振り替え休暇と準備のため

の予備日ということになっているが、その全てをギンガは『準備』に当てるのだろう。



 ゲンヤがギンガの立場なら、準備など一日もあれば十分だ。二週間分となれば嵩張るだろ

うが、持って行くものを用意すればそれで終わりだ。今から始めれば、今日の日付が変わる

頃には遅くても終わっているだろう。



 しかし、女という生き物が身繕いにどれだけ時間をかけるかというのを、ゲンヤは嫌という

ほど知っている。あの奔放なスバルさえ、出かける前には鏡の前に立ってあれやこれやする

のだ。それなりに洒落たことに興味のあるギンガがかける時間ははスバル比ではなかったし、

況してや二週間の長い時間を意中の相手と過ごすとなれば、準備にも相応の気合が入ること

だろう。



 それを悪いこととは言わない。男の自分には一生解らないことなのだろうが、たまにそう

している妻や娘が滑稽に見えることがある。元が良いのだから、何もそれ以上気を使う必要

ないと思うのだが、そこはそれ、女には女の事情というものがあるらしかった。



 もう一度、書類に目を通す。



 あの舞い上がりっぷりを見る限り、ギンガは二人きりとでも勘違いしているのだろう。確

かに書類には他に同行者がいるとは一言も書いていない。人数に関してはどうとでも取れる

内容だったが、これは特筆するまでもないから省略しているだけだった。



 大方、参加する正確な人数が決まっていないのだろう。これと同じ内容の書類をギンガ以

外にも送っているはずだ。その全員がイエスと答えた場合、最低で三人、多くて五人程度の

規模になると考えられる。



 恭也には彼と同じくらい腕の立つ部下がいたはずだ。彼女も同行するとして、ギンガの他

に一人か二人。



 早い話が、どう転んだとしてもギンガの望む状況というものは作られないだろう。それが

解っていたから、ゲンヤも早々にギンガの参加を認めたのだ。



 恭也・テスタロッサという男が如何に奥手で人畜無害な男か、数年来の付き合いでゲンヤ

は理解していたが、だからと言って無条件で年頃の娘と長期外泊を許せるかと言われれば、

答えは否である。個人の信用と、父親としての立場に何も関係はない。感情と理性というも

のは、往々にして対立するものだ。



 このことが早々にバレでもしたら、やはり自分の鼻は無事では済まないのだろうが、今日

の様子ならば当日の朝まで気づかないだろう。少し冷静になって書類を見れば気づきそうな

ものだが、今のギンガは夢の二週間のことだけしか考えていない。冷静とか知性という文字

が彼女の辞書の中から綺麗さっぱり消えているのだ。



 それが自分の娘で、部下であることを考えると寂しいものがあるが、五体満足であるとい

う事実の前には些細なことのように思えた。



「ま、人生何事も経験だ」



 誰にともなく呟き、ゲンヤは一人茶を啜った。



































4、



 二週間の訓練の初日。待ち合わせ場所として指定されたミッドチルダ西南駅前、駄犬ナナ

コー広場。いくつかあるベンチの一つに腰掛けながら、美由希は大きな欠伸をかみ殺してい

た。



 眠い。昨日は本局で遅くまで仕事があったため、特共研が社宅として借りているマンショ



ンで夜を過ごし、予め持ち込んでいた荷物を持ってここまで来た。



 時計を見ると、待ち合わせの時間の30分前。遠足を待ちきれない子供のようで、まるで

自分が今日からの鍛錬を心の底から楽しみにしてるように思えて、気恥ずかしくなる。



 二週間もの長丁場は初めてだったが、恭也と二人で泊まりの鍛錬に出かけたことは何度も

あった。今日は他にも参加メンバーがいるのだし特に意識をすることもないはずなのだが、

自分の踵はせわしなく、地面をコツコツとノックしている。



(落ち着きがないなぁ、私……)



 無我夢中で剣を振るっているうちに、二十代も半ばに達した。大人っぽさが出てきたと義

母に評されるようにはなったが、それは外見だけの話で、中身は学生だったあの頃とほとん

ど変わってないのでは、と自分では思う。



 気を抜いていたら壁に頭をぶつけることだってあるし、この前はオフィスで机に体当たり

をしてしまい、恭也に溜息をつかれた。



 いつになったら、自分は落ちつくことが出来るのだろう。



 人材の墓場と言われる特共研だが、不思議と職員は美女が多く、その中には既婚者もいれ

ばそれなりに遊んでいる人間もいる。そういう同僚は美由希が自分の今の立ち居地について

愚痴を漏らすと、決まって笑いながら『男でも作ったら?』と言う。



 美由希自身もそういう色恋沙汰に興味がないではなかったが、今は仕事が優先……と騙し

騙しやっているうちに、高校時代の同級生の過半数が家庭を持つようになってしまった。



 一週間ほど前に海鳴でばったり再会した同級生に、上の子供が今年幼稚園に入ったという

報告をされて、生まれてこの方恋人も出来たことがない自分の身を意識して、眩暈を覚えた

ことも記憶に新しい。



 産みの母である美沙斗は、高校を寿中退してまで自分を産んだ。その血を受け継いでいる

のだから、自分にもそういう波乱万丈な恋愛コースが用意されていても良さそうなものなの

に、一向にロマンスが訪れるような気配はない。



 思い返してみると、高校の一年目が自分の人生の転機だったような気がするが、その年は

兄の方の恭也が朴念仁にも関わらず美人で金持ちの恋人を作り、恋人の家の遺産相続絡みで

死にかけたことしか記憶に残っていなかった。



 灰色になりつつある自分の人生に救いがあるとすれば、義妹が自分以上に仕事に人生を賭

けている節があるところか。8つも年下の妹に先を越されたとなれば焦りもしたのだろうが、

可能性のありそうだったユーノと何の進展もないどころか、出会った頃よりも距離が開いて

いる感のある妹に、男の気配はまるでない。



 加えてなのはは、管理世界ではちょっとした有名人だ。



 魔導師ランクが一種のステータスであるこの世界群で、Sランク以上を保有している人間

はそう多くない。



 教導隊という職場を考えると男所帯なのだろうが、猛者の集まるそこですら、なのはを超

えるランクを持つ男性はそういないと聞いていた。



 力だけが、人間を決定付ける要素ではないが、それが厳然としてそこに存在するのは否定

のしようのないことだ。存在するのならどれだけ顔を背けたとしても目には入ってしまうも

ので、一度認識してしまったら、自分との差を無視することは出来ない。



 早い話が、どれだけ美人で気立てが良くても、魔導師ランクSという段階で大抵の男性は

しり込みしてしまう……ということらしい。管理外世界出身の美由希にはよく解らない感覚

だったが、こちらの世界の男性は特にそういうものを気にする傾向にあるようだった。



 何処の世界でも、控えめな女が男に好まれるのか……と、幼い頃から剣一筋だった美由希

もその風潮には釈然としないものを感じないでもない。



 提督クラスの権限と収入を得るようになったユーノは、やはり今にして思わなくても優良

物件だったのではと思う。



 まだ自分もなのはも、大魚を逃したと後悔するような年齢ではないつもりだが、その時に

なって二人とも所帯を持っていなかったら、それはそれで悲しすぎた。



 今後の人生をどうしたものかと真剣に考え始めた時、美由希は馴染みの気配を捉えた。二

つの気配は別の方向からやってくる。



 ならば目立つところに移動した方がいいか、と美由希はベンチから腰を上げて移動した。



 人込みを掻き分けて目当ての人物を探していると、程なくして大荷物を抱えた二人の少女

を見つけた。



 向かって右手からやってきた少女と左手からやってきた少女は、ほとんど同時にお互いの

姿を見つけ――愕然とした表情を浮かべた。二人とも一言も声を漏らしていなかったが、言

葉にするのなら『何故お前がここに……』と、そんな感じである。



 二人が二人とも同じような表情をしているものだから、その事情を知らない美由希は腑に

落ちない。



 今のところ可笑しなことは何も起きていない。参加メンバーである自分たちが顔を合わせ

た、ただそれだけのことだった。何度思い返してみても、ここに可笑しなことは何もない。



 それでも可笑しいとするなら、眼前の二人か自分のどちらかが、根本的な勘違いをしてい

るということになる。



 現状に疑問を持っているのは二人なのだから、何か勘違いをしているとしたら彼女らなの

だが……考えても始まらない。元より高町美由希という人間は、血の巡りの良い方ではない

のだ。解らないことは、聞くに限る。



「おはよう、ギンガ、エリオ。その……どうかした?」



 務めて笑顔を浮かべて問うてみるが、二人は何も答えない。それどころか、お互いに向け

ていた表情を、そっくりそのまま自分にまで向けてきた。お前がここにいるのも理解できな

い……と、そのやさぐれた表情からひしひしと感じる無言の圧力に、美由希は思わず冷や汗

を流した。



 自分が一体何をした。思い返してみても覚えはないし、いくら考えてみても答えは出ない。



 一つ溜息をついて、美由希はさっさと逃げをの一手を打つことに決めた。



 携帯デバイスを操作して、プレシアにアクセス。今の時間ならば、すぐ近くにいるだろう。

今すぐ来いと言ってやれば、恭也ならば直ぐに来れるはずだ。



 こちらが何をするつもりなのか察したのだろう。ギンガもエリオも会話を聞こうと身体を

寄せてきたが、『来るな』と手で合図をして二人から距離を取る。



『……こちらテスタロッサ。どうした美由希、何かトラブルか?』

「あったというか私の知らないところで起こってしまったというか、とにかく嫌な感じ。ギ

ンガもエリオ機嫌が悪いよ。どういうこと?」

『俺はエスパーでもなければ二人を四六時中監視している訳でもない。現在進行形で大荷物

と共にそちらに向かってる俺が、もうそこにいる二人の機嫌のことなど知るはずないだろう。

何故俺にそんなことを聞く』

「私には思い当たることがないもの、それに本人に聞けないでしょ? どうして機嫌が悪い

んですか、なんて」

『人を預かる立場になると、聞きなくないことも聞かなければならない時があるものだ』

「それは恭也が聞いてくれるってこと?」

『俺が女性の機嫌をたちどころに良く出来るような小器用な男に見えるのなら、今すぐ精神

科の医者にでもかかることを薦める』

「あの二人の問題を私が解決できるようにも思えないんだけどなぁ……」



 最初から諦めてかかるのは美由希の流儀に反することではあるが、あの二人に限って言え

ば自分よりも恭也の言うことを聞くだろう。ギンガは尻尾を振って、エリオは不承不承。態

度と感情の方向性に違いはあるものの、二人とも心のうちの大半を恭也に傾けているのは間

違いないのだから。



「とにかく、着いたら何とか言ってほしいな。今どの辺り?」

『目の前だ。もう着く』



 その言葉と同時に、美由希達の近くにワンボックスカーが滑り込んできた。運転席から出

てきたのは、無愛想な黒髪の男。美由希を含めた三人の待ち人である、恭也・テスタロッサ

である。



「遅くなってすまない。今日はこの車で現地に向かう。荷物は適当に積んでくれ。リオとギ

ンガは後部座席に。見た目どおりの車を借りてきたから、寝たければ寝ても構わないぞ」

「恭也、私は?」

「お前は助手席でナビだ。そして十分ごとに面白いことを言う役目を与える。言うまでもな

いことだと思うが、つまらなかったらデコピンだ。狭い車内で避けられると思うなよ」

「あの、恭也さん。一つ質問が……」



 早速デコピンを打とうと指を引き絞った恭也の脇で、おずおずとギンガが手を挙げた。先

ほどまで存分に発散していた不満の気配をどうにか引っ込めて、あくまで控えめに問うてく

る。



「鍛錬に参加するのは、ここにいるメンバーで全員ですか?」

「今日から参加するのは、ここにいる人間で全員だな。仕事の都合で明後日から参加する者

が一人いるが、そいつは現地に直接来る」

「なるほど……全部で五人もいる訳ですね」



 やけに『も』の部分を強調した物言いだったが、恭也はそれに気づいていないようだった。

ギンガの言葉に反応したのは美由希と、ギンガと異なり、まだまだ不満オーラ全開のエリオ

だけである。



 ギンガの横顔を見て、エリオの顔を見て、それでようやく美由希にも彼女らが何を不満に

思っているのか理解することが出来た。



(二人きりだと思ってたのにお邪魔虫がいたら、そりゃあ機嫌も悪くなるよね……)



 理解すればそれに対応してやりたくなるのが人情というものだが、美由希一人が姿を消し

たところで事態が解決するとも思えない。恭也がいるところで二人が大きな諍いを起こすと

も思ええないが、物事には万が一ということがある。何か起こった時に対応するための人員

は多い方が良いだろう。



「欲を言えばもう少し欲しかったところではあるがな。手間をかければもっと広く人員を募

れたのだが、ほとんど俺自身の都合でこれだけになった。すまんな。俺がもう少し偉ければ

もっとタメになる鍛錬を企画できたんだが……」

「いえ、とんでもないです! ここにいるメンバーだけで、私には十分過ぎるほどで」

「そう言ってもらえると有り難いな。では、早速行くか。お前とリオは後ろに――」

「恭也さん、提案なんですけど、ナビなら私がしましょうか?」

「俺個人としては別に誰がやるのでも構わないのだが……良いのか? 休める時に休んでお

かないと、この先二週間後悔することになるぞ」

「恭也さん達ほどではありませんけれど、私も体力には自信がありますから」



 ちら、とギンガがこちらに視線を寄越す。気の利いた対応を期待する視線。援護を求める

年下の少女に、応えない理由はなかった。



「私は別に変わっても良いよ。やりたい人がやりたいことをやるのが、何事も一番だよね」

「お前が寝たいだけじゃないのか?」

「それもあるけど、恭也だって隣に乗せるなら若い娘の方が良いでしょ?」

「それだとお前が若くない見たいだぞ」

「へー、フォローしてくれるんだ?」



 恭也にしては気の利いた物言いである。遣り取りを眺めていたギンガが一瞬だけ不満そう

な顔をするが、それは直ぐに霧散した。恭也は後ろ頭をかきながら、努めてぶっきらぼうに

言い返してくる。



「お前が若くないということになると、一歳しか違わない俺も若くなくなってしまうからな。

俺はまだ辛うじて若いつもりだ」

「褒められた、ってことにしておくよ。とにかく、ナビはギンガ、よろしくね?」



 ギンガの肩をぽんぽん叩き、荷物を手早く積み込むと一人で勝手に荷物を積み込んでいた

エリオを抱えて、後部座席に飛び込む。エリオは肩越しに迷惑そうに振り向いたが、振りほ

どくようなことはしない。エリオが恭也以外には強い態度には出ないことを、美由希は良く

知っていた。



 それをいいことに小さなエリオを膝の上に乗せて、ぎゅっと抱きしめる。



「ごめんね。まぁ、最初くらいはあっちのお姉さんに譲ってあげてよ」

「どういうつもりでそういうこと言うのか解りませんが、とりあえず暑苦しいので離れてく

ださい」

「だーめ。昨日は仕事遅くまであってね。一応寝たけど眠いんだ。抱き枕の変わりになって

くれると私は嬉しいな」

「貴女に抱かれていると僕が疲れるのですが……」

「じゃあ、リオも一緒に寝ようか。目的地までは何時間もあるし、一眠りは出来るでしょ」

「僕は別に眠くはありません」



 腕の中でエリオがもぞもぞと動くが、多少動いた程度で抜け出せるような抱きしめ方はし

ていない。エリオをがっちりとホールドした腕はそのままに、美由希は身体の力を抜いた。



 前の座席では荷物を積み終えたギンガが早速恭也にあれやこれや話している。恭也の応対

は相変わらず素っ気無いが、ギンガはそれで満足らしい。ただ世間話をしているだけなのに、

幸せオーラが全開だった。



 そんなギンガを見て、美由希は僅かに口の端をあげて笑った。





 二週間の鍛錬が終わった後でも、果たして同じ顔をしていられるだろうか、と。