無表情が常の恭也の顔に驚きの色を見つけて、はやてはこの企みが成功したことを悟った。



 自分が恭也を驚かせることに成功するなど、滅多にあることではない。出来ることならば

今直ぐにでも彼の顔を写メにとってヴィータとシャマルに送信し、共にこの喜びを分かち合

いたいところではあったが、こういった場所で勝手に撮影録音機能を展開することは最悪の

マナー違反である。



 あれで緩いところのあるカリムならば許可してくれそうな気がするものの、秘密会議的な

イベントとは言え管理局の一員として来ている身である。好んで醜態を晒す訳にはいかなか

った。



 カリムが録画でもしていることをないとは思いつつも適当に祈りながら、今は仕事中であ

るのだということを今更のように思い出し、気を引き締める。



 そう、今の自分にはやらなければならないことがあるのだ。



「本日の議題は、新たに創設される部隊の人員に関して。新部隊は本局所属ではありますが、

その主な活動場所はミッドチルダ首都クラナガン近郊で、そこは地上本部のお膝元です。大

小様々な衝突が予想されますが、新部隊の人員に関しては所属の垣根を設けないことで見解

が一致しています。無論、本局中心の人事が望ましいことではありますが、場合によっては

地上本部や訓練校の卒業生、民間からの登用も視野に入れなければなりません。何処の誰を

登用するのが望ましいのか、皆さんから意見を賜りたく存じます」

「聖王教会としては――」



 この場において唯一の部外者としての属性を持つカリムが、最初に口を開いた。



「新部隊に関して協力は惜しみません。なお、この件に関しては既に枢機卿会議の承認を得て、

全権が私に委任されています。この件に関する限り、私の言葉は教会としての総意として考え

てくださって結構です」

「教会から新部隊に人員を派遣するということはありますか?」

「既に私が後援者として名を連ねていますから、それで十分ではないかと。あまり外部の組織

が関わっては、地上本部だけでなく本局からも風当たりが強くなるでしょうし……」



 カリムの言うことは尤もだったが、はやてとしては精強で鳴る教会騎士の助力は欲しいとこ

ろだった。絶対数こそ管理局に劣る物の、ベルカ式で術式がほぼ統一された彼らは近接戦闘に

おいて無類の強さを誇り、特にAMFが散見されるようになってからは砲撃主体のミッド式魔

導師が中心である管理局の魔導師と、何かと比較されることが多くなっている。



 想定される相手はAMFを多用することが予想された。教会騎士は助力を得られるのならば

これ以上ないほど心強いものだったが、カリムの言う通り新部隊はあくまで管理局本局の部隊

であるので、その構成員に教会の人間が多く見られるというのも問題だった。



 後見人にカリムが名前を連ねていることも、本局地上本部問わず、一部の上層部からは既に

反感をかっている。目的達成のために諸々の厄介事を背負い込むことは覚悟しているものの、

避けられるものならば争いは避けたいというのがはやての本音だった。



 戦力は教会にしかない訳ではないのだ。いざという時に助力を得られるだけ、あり難いと

思うしかない。



「教会施設使用に関する便宜は図っておきます。捜査協力は惜しみませんので、その点は安

心してください」

「ありがとうさん、カリム」



 親愛を込めてその名を呼ぶと、いいんですよ、とカリムはにこやかに笑った。説明しろ、

という強烈な視線を送ってくる恭也を華麗にスルーし、はやては次にレティに視線を向けた。



「頭の痛い話だけれど、情報部と監査部からせっつかれているの。もう少し噛ませろって五

月蝿いのよ、あの人達」

「どうしてもというのなら新部隊に何人か出向してもらっても構わない思うんですが……」

「監査部と情報部の人間を常駐させるなんて、何か探ってますと宣伝してるようなものよ?

それは無理だって解った上で言ってきてるのは解っていたから、別なことで便宜を図って押

し込めておいたわ」

「お疲れさまですー」

「まぁ、その甲斐あって思いも寄らない物が得られたのだけどね」



 レティが鞄の中から二通の紙の書類を取り出し、円卓の中央に放った。会議の出席者全員

の視線が、その書類に集中する。



「本局情報部部長ジンナイ少将、それから本局監査部部長ラウリィ准将の『協力』を得るこ

とに成功したわ。新部隊新設及び設立後の行動に関して後援者として彼らの名前を使うこと

が出来るわね。私とリンディだけでも効果は十分だと思ったのだけれど、協力者は多いに越

したことはないでしょう?」



 これが見本だ、と言わんばかりの様になったウィンクを一つして、とレティが書類をこち

らの方に滑らせる。新部隊の代表者は自分ということで話は決まっている。この中で誰がこ

れらを持つべきかと言われれば自分しかいないのだが、言ってしまえばただの紙であるもの

が、どうしようもなく重く思えた。



 リンディの総務部とレティの運用部、そこに情報部、監査部が加わると本局人員総数の過

半数を超える。代表がイエスと言えばその部署全員がイエス、などと虫の良いことは考えて

いないが、形になっているのといないのとでは大きな違いがあった。



 レティが何をどうしてこれを引き出したのか解りようもないが、これは間違いなく自分達

の力になるものだ。有効に使わねば罰が当たる。



「ありがとうこざいます、レティさん」

「いいのよ、これが私の仕事なんだから。私のところから人員は派遣しないから、私から言う

べきことは以上よ。リンディは何かある?」

「私からも特に無いわね。後見人の筆頭として私の名前が乗ることになると思うけれど……

それくらいかしら?」

「それくらいなんて、とんでもないです」



 リンディ・ハラオウンの持つ名前は大きい。現役の本局重鎮である彼女の名前がなければ、

如何に聖王教会からの肝いりがあっても、新部隊の創設など出来なかっただろう。はやてか

らすればいくら感謝してもし足りない存在だ。



「新部隊の目的を考えるのなら腕の立つ人員が欲しいところだろうが……」



 真面目くさった顔をしてクロノが言うが、恭也に消しゴムで打たれた額は真っ赤になって

いて、イマイチ様になっていなかった。普段であれば軽口の一つも言うのだろうが、既に恭

也が彼から視線を逸らし、これ見よがしに苦笑を浮かべている。



 クロノはそれに気づかないふりをしているが、誰の目から見てもイラっときているのは明

白だった。ここで追従するのは簡単だし、関西人の血が行け行けと身体の中で騒いでもいた

が、流石にこれ以上攻撃するのはかわいそうだろうと自重する。自分にだって、男の子のプ

ライドを慮るくらいの配慮はあるのだ。



「君のならば腕の立つ存在の候補はありすぎるほどあるだろう。だからこそ聞かねばならな

いのだけど、どの程度集めるつもりなんだい?」

「出来ることなら、全員かな」

「全員か……」



 椅子に座りなおし、クロノは深く溜息をついた。



 装備によってある程度、戦闘要員の実力が平均化される地球と異なり、魔導師が戦力の中

心である管理世界は個々人の実力差が大きい。よって、戦力がどこかに偏って犯罪者などに

虚を突かれたりしないよう、魔導師ランクを参考に可能な限り各部隊の保有戦力が横並びに

なるように配置されるのが常である。



 対応する部署の広さから本局により高位の魔導師が吸い上げられるという不均衡はあるも

のの、建前としては戦力は偏らせないというのが管理局の基本方針だった。



 その不均衡故に、例外を許すと一気に本局に人材を持っていかれるという意見が根強い地

上には、特にこの傾向が顕著に見られる。



 新部隊の本部を置く予定地はミッドチルダ首都、クラナガンである。地上本部の目と鼻の

先において、彼らの主張に真っ向から反逆する戦力の一極集中を行えばどうなることか……

その風当たりの強さは想像に余りあるものだった。



 加えて、はやてが集めようとしている人員は良くも悪くも有名人ばかりである。戦力集中

に加えて人目も引くとなれば、地上の人間が面白いはずもない。部隊設立にあらゆる理由を

つけて反対してくるのは手に見て取れた。



「部隊設立の目的を考えれば、君の考える人材は集めなければ仕方がない。僕も皆も協力を

惜しむつもりはないが、新部隊の代表者はあくまで君だ。設立されてからは元より、設立す

るまでも相当な苦労を背負い込むことになるぞ」

「それくらいは覚悟しとるよ、クロノ君」



 管理外世界出身の小娘がのし上るのが気に食わない。そう考える人間は地上にも本局にも

大勢いる。ハラオウン派の一員と看做されているから直接的な手段には出られていないが、

小さな圧力ならばそれこそ毎日のように受けていた。



 始めの頃は精神的な胃炎に悩まされ挫けそうにもなったが、何度も何度もそれをされた今

では、多少は打たれ強くなったと自負している。



 風当たりが強さなど、いつものことなのだ。それが突風から暴風になったところで、何が

変わる訳でもない。



「スタッフの引き抜きには、私も参加させてもらいます。多くのところは皆さんに助けても

らうことになる思うんですけど、私が必要な時にはいつでも声かけてください。何処にいて

もすっ飛んで行きますから」

「若い娘に活躍されたら私達は見せ場がなくなっちゃうわ。ねぇ、レティ?」

「おばさんは引退したら? とか言われないためにも、まだまだやれるところは見せないと

いけないわね。まぁ、稼動はまだ先だし人員を集めることそのものは何とかなるでしょう。

問題は稼動してからのことだけれど、その辺りの事情は集まった人たちに話すのかしら? 

例えば、なのはさんとかフェイトさんに」

「それは……」



 レティの問いに、はやては口を噤んだ。



 心情的な部分では、親友であるなのはやフェイトに隠し事などしたくない。本当のところ

を話しても、彼女らは協力を惜しむなどということは絶対にしないだろう。それだけの確信

がはやてにはあったが、それとこれとは別の問題である。



 諸々の裏づけはあるが、行動をするに至った最大の原因はカリムの能力に寄る『予言』で

ある。管理局に籍を持ち理事官という立場も与えられているが、彼女を管理局寄りの人間と

思っている者は、本人を含めて誰もいない。



 カリムの本来の仕事は、教会と管理局の利害を調整することだ。教会に不利益になるよう

なことだったら職務として抗議をするし、利益になるようだったらできる限り関わろうとす

る。彼女の性格と、今の教会上層部が穏健派で占められていることから、管理局におけるカ

リムは静かなものだったが、全ての局員がそのままの通りに受け取ってくれるとは限らない。



 地上の局員が彼らだけで物事を成そうとするように、管理局の人間は出来うる限り管理局

の人間だけで物事を成そうとする。大した抵抗もなく、現地の協力員を採用するリンディの

ようなタイプこそが、管理局の中では稀少なのだった。



 聖王教会は管理局とは比較的友好関係にある組織ではあるものの、規模が大きく由来がベ

ルカであること、何より宗教団体であるということから、局の方針や行動に口を挟んでくる

ことを好まない人間も大勢いた。



 ただでさえ風当たりの強い新舞台の立ち上げが、教会主導の下で行われていると知られれ

ば、例えリンディ達の口ぞえが合ったとしても、場合によっては企画そのものが立ち消えに

なるかもしれない。そのリンディ達の目算では、例えそうなったとしても反対意見は押し込

めるということだったが、波風を立てないに越したことはない。



 出来ることなら、新部隊が立ち上げになるまで……場合によってはずっと、どうして新部

隊を作るに至ったか、その主たる原因は隠し通さねばならない。なのは達は信頼しているが

噂というのは漏れる時はどうしたって漏れるものだ。



 隠したいことそのものを知っている人間は、少なければ少ないほど良い。



 あまり考えたいことではないが、新部隊が大きな失敗を引き起こした時、それを知ってい

るか知っていないかで今後の処遇は大きく変わってくるだろう。



 責任者というのは、いざという時のために責任を取るためにいるのだ。行く先が天国なら

ば、親友にも手を差し伸べる。



 でも、地獄へ転がり落ちるのならば、落ちるのは自分一人だけで良い。



「話しません。いえ、全てが終わったら話そうとは思いますけど、それまでは誰にも話すつ

もりはありませんです。これは、ここに集まった人たちだけの秘密、そういうことで進めて

もらえませんか?」

「勿論。代表者は貴女だもの。貴女はそう言うのなら、私達はそれに従うわ」



 レティは満足の行く回答を得た教師のように、目を細めて微笑んで見せる。どうにか彼女

の意に沿う答えを導き出せたと知ったはやては、安堵の溜息を漏らした。



「では、人員の確保に関してはそのように。主要メンバー以外に誰を集めるかというのは、

また後日の会合ということで良いかな?」

「問題ないよー、クロノくん」

「…………そろそろ話に加わっても良いだろうか」



 不機嫌そうな声と表情で恭也が自己の存在を主張するように、しかし控えめに手を挙げた。

明らかに拗ねてしまったその様子にレティは堂々と、カリムは控えめに吹き出す。



 それがまた恭也を拗ねさせる結果になったが、じゃあ質問しない、と前言を翻すまでには

至らず、恭也は深呼吸すると立ち上がり、円卓に座った一同を見回した。



「これは、一体、どういうことです?」

「話を聞いていたのなら解ると思うが、今度新部隊を設立することになったんだ。設置時期

やメンバーについての正確なところは、まだ決まってないけどね」

「なにやら秘密の会合めいていたが、俺はここにいても良いのか? 不味いのだったら暫く

外の空気を吸ってきたいのだが」

「だめよ。貴方を一人で外に出したら、貴方を狙ってるシスターに捕まって帰ってこなくな

ってしまうもの。それに無関係でもないのよ? 私達と違って、貴方は新部隊のメンバーな

んだから」

「……冗談、ではないのですよね?」

「冗談だったら君は今頃シスターに囲まれているだろうさ」



 くつくつ、と笑うクロノが視線を送ってくる。恭也へのサプライズはここからだ。



「実は恭也さんには分隊の隊長として、新部隊に加わってもらいたい思ってます」

「魔導師でもない俺が十人前後の部隊を率いるとなると、角が立ちませんか?」

「いえー、恭也さんの下につくのは美由希さんと、内定決まったすずかちゃんだけです」

「うちの研究室を、そっくり分隊とする訳ですか……」



 三名で分隊というのは寂しいですね、というのが恭也の感想だった。あまり驚いている様

子はない。もっと恭也なりの派手なリアクションを期待していたのだが、反応はあまりにも

淡白だった。これではさっぱり面白くない。



「魔導師ではないからこその選出だな。保有制限は魔導師にのみ限定されるから、魔導師で

ない君たちを幾ら登用したところで問題はないということさ」

「どういう規則にも抜け穴というのはあるのだな」

「似たところでは使い魔がそれに該当するな。局員登録していない限り、使い魔は保有制限

の枠組みから除外される。主人の魔導師とワンセットというのが管理局の考えだ。つまりア

ルフもザフィーラもリインフォースも、戦力としては好きに運用して構わないという訳だ」

「リインは使い魔ではなかったはずだが?」

「何分、融合機が生まれたのは近代では初めてだからね、技術部も上も扱いを決めあぐねて

いるらしい。量産が軌道に乗ればまた話も変わってくるのだろうが、今のところ彼女は使い

魔『相当』という扱いだ。これも、局員登録さえしなければ主とワンセットだよ」

「つまりは、私とワンセットってことやね」

「……家族間の問題に口を挟むのも野暮ってものだ」



 言外に自分の主張を認めないクロノを抗議の意味を込めて一睨みするが、管理局の荒波の

中で揉まれた彼には何処吹く風のようだった。気にする素振りを欠片も見せずに、話を続け

る。



「君は確かに一部の人間から受けが悪いが、書類上の立場では技術系の職員だから直近の上

司のゴーサインさえあれば、異動も容易い。新部隊への正式な転属が最初に決まるのは、君

が一番乗りかもしれないな」

「一つ所に長期間拘束されることに関してその直近の上司が難色を示すかもしれないが、そ

の辺りはどうなのだろうな」

「クロフォードさんもそういう勘定は出来る人よ。良い意味でも悪い意味でも注目を集める

新部隊への出向なのだから、アピールの絶好の機会と見るんじゃないかしら」

「確かに成功すれば俺達にとってこれ以上のアピールはありませんがね……逆に失敗したら

これ以上の打撃もありません」


「貴方が失敗するつもりで事に当たろうとするなんて珍しいわね」

「可能性を申し上げたまでです。やれと言われたら、全力でことに当たりますよ」

「恭也さんなら出来ますよ。期待してます」


 カリムの言葉に、恐縮です、と恭也は頭を下げる。相手を敬う態度、という点では自分に

向ける物と大差はないように思えるが、カリムと自分では明らかに扱いが異なるように思う。



 付き合いで言えば自分の方が長い。カリムは恭也よりも年長で、自分は年下だ。階級も家

柄も女性としての振る舞いも、あちらの方が優れているように思える。



 要素を比較し列挙していくだけで陰鬱な気分になったが、頭の中で渦巻くそれらの要素よ

りも、自分とカリム別つ要素として、最も解りやすく説得力のあるものがあった。



(やはりおっぱいか……)



 自分の正面に並ぶ三人の美女の見事なおっぱいに目をやりながら、はやては心中で悔し涙

を流した。自分も平均は超えていると思うし形にも自信はあったが、家族友達は皆自分以上

であるため何の慰めにもならない。



 八神の家にやってきた時から今も変わらずぺったんこのヴィータだけがはやての心の支え

だったが、どうもじわじわと成長している気配の彼女に、はやては不穏なものを感じていた。



 千年単位でロリっ娘だったヴィータである。よもやシグナムや先代リインのように立派な

成長するとは思えないが、万が一ということは何事にもあった。



 とは言え、ヴィータが巨乳になるのも想像できなかったし、そのヴィータに謙った態度を

取る恭也というのも、もっと想像できない。



 胸の大小で接する態度を決めているのだとしたら、気持ちの良いくらいの人間のクズであ

る。恭也がそんなクズでないことは一緒に暮らしていたこともあるはやては良く知っていた

が、目の前で巨乳美人にいい顔をしている様を見せ付けられたら、頭では解っていても心で

は抵抗を感じる。



 異性として意識をしている訳ではない自分でこれなのだ。彼に恋愛感情を持っている少女

たちは、気が気ではないだろう。特にフェイトなどは相当な危機感を持っているはずだ。



 親友の心中を思って、はやては陰鬱な気分になると共に親部隊の責任者として陰鬱な未来

を想像せざるを得なかった。



 そんなフェイトと恭也を一緒の部隊にしたら、それこそ十八歳未満にはお見せ出来ないよ

うな事態になったりはしまいか?



 はやての目から見て、フェイトのボルテージは年を重ねる毎に増していっている。奥手な

性格が禍して今一歩を踏み出すことが出来ていないが、状況が整いさえすれば、一線を越え

る可能性は十二分にあった。



 一線を越えるだけならば問題はない。恭也は大切な家族であるし、フェイトは大事な親友

だ。対外的には兄妹ということになっている二人が結婚すれば色々と問題はあるかもしれな

いが、そこは一人の人間として素直に祝福してあげたいと思う。



 それ自体に反対はない。問題はそのタイミングである。



 新部隊がいつ設立され、どの程度の期間稼動するのか正確なことはまだ決まっていないが、

稼動している間にフェイトが一線を越え、万が一にも子供を拵え産休を取り、その間に予言

が匂わす凶事が起こりでもしたら……



 だがそれも、天文学的な確率だろう。フェイトが恭也を大好きなことは恭也本人以外皆知

っていることだが、彼女だって無節操ではない。手を出しても良い時期とそうでない時期の

区別くらいはつくだろうし、万が一本当に一線を越えてしまっても、いきなり出来てしまっ

ただなんて、無計画なことにはならないはずだ。



 はやてが今想像したことは、本当に万が一の、考えうる限り五番目くらいに最悪なシチュ

エーションである。本来ならば笑い話としてスルーする程度の下らない想像なのだが、恭也

やフェイトはどうにも、そういう万が一を引き当てる星の下に生まれた存在、のような気が

してならなかった。



 ここに、恭也を憎からず思っているだろう女性が、ニ三加わることになる。まさか本当に

考えうる限り最悪のシチュエーションが引き起こされるなどということは億が一にもあるま

いが、用心に越したことはない。



 新部隊が稼動している間は、隊員は主に隊舎で暮らすことになる。



 あまりこういうことに目くじらを立てるのは良くないことと個人的には思うものの、隊の

成功を考えるなら、隊の規律は厳しくしておく必要はあるだろう。



 男女できっちりと居住フロアを分けるのは当然として、行き来の制限とかその他諸々。間

違いが起こらないよう、隊の責任者として防御策を作らねばならない。



 部隊が出来る前からこんなことで頭を悩ませるなど思いもよらなかったが、考えて考えす

ぎるということはないだろう。用心とはそういうものだ。羽目を外しすぎた結果、フェイト

だけならばまだしも、他の女性との間にも子供が出来てしまった――などという、最悪のシ

チュエーションだけは、回避せねばならない。



 恭也の家族として、フェイトの親友として、そして何より一人の人間として。



 沸騰した頭の熱を追い出すように、はやては椅子に背中を預けて、大きく息を吐いた。



 つまらないことを考え過ぎた。



 思考の渦に嵌っていた自分を他所に、新部隊に関する話し合いは一区切り付いたようだっ

た。主要メンバー引き抜きのためのアプローチは早い段階からスタートさせ、それ以外のメ

ンバーの候補を、次の会合までに各自が選定してくることになっている。



 誰が誰を候補にしているか、というのはあまり問題にはならなかった。誰が点数を付けて

いる訳でもない。候補が被っていたところで問題はないし、極端な話、隊を運用することさ

え出来るのなら、集まるのは誰だって構わないのだ。



 ここに集まった自分以外の人間は皆、その道のプロだ。人を見る目は確かだし、彼ら、彼

女が推挙する人間ならば、間違いはないだろう。責任者としての自分の力量が、一番劣って

いる可能性すらあるのだ。



 仕事に手を抜いてきたつもりはないが、今まで以上に気を引き締める必要がある。集まる

のは気心の知れた頼りになる人間ばかりだが、彼女らの力を持ってしても対応するには難し

い案件になるには違いないのだから。



「それでは、新部隊については今日はこの辺にしましょうか」



 ホストであるカリムの言葉によって、会合に一つの区切りがつく。



 今日の議題はこれだけだ。集まった人間の仕事の忙しさを考えたら、即座に解散するのが

良いのだろうが、このメンバーで集まった時は会合のあと、皆でお茶を楽しむのが通例とな

っていた。



 気を張るのはここまでだ。肩の力を抜いて椅子に背中を預けると、隣の席に座っていた恭

也がのそりと立ち上がった。トイレかと思ったが、彼は椅子から立ち上がったまま一同を見

渡し、動く気配がない。何かを発言する者の態度だった。



 恭也が発言する予定があるとは、カリムからは聞いていない。



 しかし、恭也の行動をいぶかしむ人間は自分以外にはいないようで、そうなると脱力して

いる自分が凄く間抜けなように思えてきた。誰に言われるよりも先に姿勢を正し、椅子に座

り直す。



 それを待っていたかのように、恭也は小さく咳払いをすると、口を開いた。



「皆々様、サプライズをありがとう。誰の発案か知りませんが、俺はそれを責めるつもりは

ありません。発案した人間は正直に手を挙げてもらいたいのですが……」



 恭也の言葉に誰も手を挙げなかったが、シャッハまで含めたはやて以外の全員の視線が一

斉にクロノに集中する。それの意味を知ったクロノは当然慌てるが、恭也は落ち着き払った

様子で右手を一閃、消しゴムを飛ばすとクロノの額に直撃させた。



 二度目ともなるとクロノも椅子ごとひっくり返るようなことはなかったが、赤くなった額

を押さえて、机に蹲る。はやての記憶が確かならば引っ掛けようと言い出したのはリンディ

だったのだが、それを気にする人間はクロノ以外誰もいなかった。



 実力行使をして気が晴れたのか、蹲るクロノには見向きもせず、恭也は改めて一同を見回

すと、はやての方に向き直った。真っ直ぐな恭也の視線に思わずはやての背筋が伸びる。



 まさか自分もクロノと同じ末路を辿るのか。恭也に限ってそんなことはないと思うが、や

る時はやる男であるというのは、仮にも准将であるクロノに実力行使をすることからも明ら

かだった。立場というのはいざとなったら、彼の前では何の役にも立たない。



 何よりも先に謝ってしまおうか。いやいや、額をガードするのが先だろうか。



 はやてが内心で葛藤していると、それを見透かしたかのように、恭也が微笑みを浮かべた。



 女性ならば思わず見とれずにはいられないような、綺麗な笑顔。



 しかし、恭也が邪気のないそういう笑顔をする時というのは、決まって何か悪巧みをして

いる時だった。意識すると出来ないのに、こういう時だけは顔の力が抜けるのである。真面

目なように見えて、嘘をついたり人をからかったりする時が、恭也の一番輝く時だった。



「はやて、提案というかお願いがあるのですが、きいていただけますか?」

「な、内容によりますー」



 保身を考えるのなら一もニもなく頷いておくのが良いのだろうが、相手は恭也だ。何も聞

かずに頷いては、何をされるか解ったものではない。



 とりあえず型どおりの返答をしたはやてに、恭也は笑みを深くした。綺麗に、そして邪悪

に笑う。この笑顔の前に、何度ヴィータが地団駄を踏んだことか……横で見ている分にはち

くしょー! とヤサぐれるヴィータを微笑ましく思ったものだが、いざ自分に向けられてみ

ると、生きた心地がしない。



 帰ったらヴィータに、少しだけ優しくしよう。そう心に決めて、はやては恭也の視線を真

正面から受け止めた。



「なに、あまり大したことではないのですがね。どうでしょうはやて。俺と、いえ――」



 そこで、恭也は腕で、周囲の人間全員を示してみせた。『そこ』にはリンディもレティも、教

会のカリムやシャッハまで含まれている。





「俺達と一緒に、管理局の闇というのを暴いてみませんか?」



 言葉の意味をすぐには理解できなくて、はやてはぽかんと、口をあけたまま恭也を見上げ

た。
























 ぽかんとするはやてを見て、サプライズの仕返しは成功したことを知った。そのまま反応

を待たずに了解したものとして話を進めても良かったが、なのは相手ならばともかく、はや

て相手にそこまでの不義理は出来ない。



 はやてから視線を逸らさぬまま、彼女が落ち着くまで待つ。リンディやレティのような古

強者と比べると見劣りするものの、はやても年齢の割りには相当に聡い少女だ。先の自分の

言葉から、これから何をしようとしているのか、そして、今まで何をしていたのかを悟った

ようだった。



「闇を暴くって、今までもそんなことをしとったんですか?」

「ええ。尤も、はやてに自慢するほど成果が挙がっている訳でもないのですがね」

「今すぐ関係者を全員逮捕、って状況ではないわね少なくとも。今は関係者の絞込みをして

るところよ」



 何でもないことのようにリンディは言い、微笑む。自分以外の全員が追従して苦笑するの

を見て、これが冗談ではなく本気であると理解したようだった。



「それで、はやて。返答やいかに」

「……是非もありません。それが世界のためになる言うんなら、喜んで協力させてもらいま

す」

「言うまでもないことではありますが、危険ですよ?」

「ここに集まっとる皆は、私の知らないことでずっと危険な目にあっとったんでしょう? 

そんなら、私も頑張らないと嘘です」

「誘った人間が言うことでもありませんが、もう少し考えてから決めてもらっても結構です

よ? 引き受けてくれるのならそれは嬉しいですが、勿論断ってくれても構いません」

「私が管理局に入ったのは、罪滅ぼしいうんもそうですけど、私の力を世界や人のために役

に立てたい思ったからでもあるんです。私にしか出来ないことがあるなら、喜んでやります」

「…………勇ましくなりましたね、はやて。いや、貴女は昔からそうだったか」

「恭也さんやうちのこ達を見て育ちましたから」

「暗に君のせいだと言われているぞ、恭也・テスタロッサ」

「はやての素晴らしい人格形成の役に立ったというのなら、これほどのことはないな」



 クロノの軽口につまらなそうに答え、リンディを見やる。教会施設での会合であるものの、

この集まりの代表者はリンディだった。はやてを誘うことは本人以外の同意を得たことでは

あるが、最終的な決定権を持つのはリンディである。



 同意を求める恭也の視線に、リンディは小さく頷いた。元より反対する理由などあるはず

もない。自分の恩人を、妹の友人を巻き込むことには心が痛んだが、管理世界にあってはは

やても一人前の大人である。自分の進退くらいは自分で決めるべきだ。



 そう自分を納得させる。熱くなった体を冷やすように大きく息を吸い、吐いた。



 一人の部外者が消えて、全員が身内になった。ならばすることは決まっている。司会進行

は報告する内容の薄い自分の役目だ。全員をぐるりと見渡し、発言したそうな人間に声をか

ける。



「クロノ。ガジェットを商っている集団を追いかけていたな。その後はどうだ」

「全部で六箇所の工場を摘発。いずれも異なる次元世界に存在していた。無人世界に秘密裏

に建設されていた工場もあれば、ミッドチルダの郊外に堂々と建設されていたものもある。

出荷されていないもの、まだ造っている途中だったものをかなりの数抑えたが、既に相当な

数が『市場』に流れたと推察される」

「逮捕した関係者を締上げても、流出したがジェットを回収するのは無理そうね」

「僕も取り調べには同席しましたが、明らかに末端の構成員です。自分がどういう素性の人

間に物を卸していたのかもよく理解していない有様でした。取調べは今後も続ける予定です

が、ここから得る物はあまり多くなさそうです」

「それでも、流出前のガジェットを多数抑えられただけでも良しとするべきなのでしょうね」

「そのガジェットですが、既に本局と地上の技術部、それからそこのテスタロッサの特共研

に分析を依頼しています。構成される部品やプログラムなどから手がかりが得られれば良い

のですが、こちらもあまり期待はできません」

「魔導工学部門に話を聞いた限りでは、特に目立った特徴はないとのことだったな。技術部

でも結果は同じだろうとも言っていた」

「……成果なし、と書類で見る前に心構えが出来たよ。ありがとう、恭也・テスタロッサ」



 クロノの皮肉に、片手を上げて答える。その成果なし、という書類をここまで持ってきて

も良かったのだが、何か成果があるかもしれないと、特共研では今も分析が続けられている。



 技術部に限ったことではないが、他所の同業者には負けたくないというプライドを、特共

研のスタッフも持ち合わせている。本局や地上の技術部と同じ結果しか出せないというのが、

癖のある彼女たちには我慢がならないことのようだった。



 どうにかして何か見つけようとする同僚の姿は実に頼もしかったが、同時に期待はするな

と釘も刺されている。クロノに渡す書類の変化する部分は、頑張ったが凄く頑張ったに変わ

るくらいだろう。何も見つかりませんでした、という結果には変わりがない。



「中将閣下からは何か?」

「人事を通さないでどうやって最高評議会が直轄部隊を調達してくるのか、謎だったでしょ

う? その答えになるかもしれない物が見つかったわ」



 リンディがサインフレームを操作すると、円卓の中央に資料が浮かび上がった。



「管理世界における、刑務所の記録よ。受刑者がここの住人というのは皆解ってると思うけ

ど、ここに入る人間と出て行く人間の数が合わないことが判明したの」

「刑務所ですからね。死刑があれば病死することもあるでしょう。生きて出られる人間ばか

りではないと思いますが、この記録に何か不審な点が?」

「記録上死んでいる人間をこっそりと外に出すというのは、割りと古典的な手法だよ恭也・

テスタロッサ。死体として外に出せば記録の上でも問題はない。後は外で別人の身分を用意

してやれば、全くの別人の出来上がりという訳さ」

「記録上問題がないのだろう? それをどうやって発見するのだ」

「問題がないのは記録だけさ。どうやったって痕跡というのは残るし、噂というのは関係な

しに発生する。実は死んだはずの誰それが生きていた、なんて都市伝説というのは良く聞く

だろう?」

「噂を一つ一つ調査していたらキリがないではないか……」

「だから、そういうのを専門に調査する腕の良い人達がいるのよ、恭也君。不審な点があり

ということで情報部に回して調査してもらったわ。結果、服役中の高位魔導師が不審な死を

遂げている案件がいくつか発見されたの」

「それが実は生きていて最高評議会の手ごまになっている、というのは飛躍しすぎではあり

ませんか?」

「死体として外に出たはずなのに、死体の行方はようとして知れないわ。引き取り手がなか

った遺体は共同墓地に埋葬されることになっているけど、その痕跡もないの」

「不審に思われないためには、フェイクの死体を埋葬するのが良いと素人考えでは思うので

すが……」

「海鳴では違うが、管理世界では土葬が基本だ。死体という物的証拠が残ってしまうと、い

ざそれを調べられた時に、では中身が何処に行ったのだという騒ぎになるだろう?」

「死体がないのも問題だけど、書類上問題がなければ普通は調べないものね。情報部は死体

の行方を調査すると共に、死亡したとされるその高位魔導師達が生きている物として調査を

進めてるわ。もちろん、秘密裏にね」



 リンディははやてに向き直って、そう付け足す。調査は基本、秘密裏に行われている。そ

れぞれの立場でなければ集められない情報を収集分析し、調査の段階は専門の人間に任せる。

活動を長く続け関わる人員が増えてきたことで、そういう手段も取れるようになってきた。



 初期の頃は本当に足で地道な捜査をゲンヤやクイントたちが行っていたものだが、今では

それが嘘のように効率が上がっている。



 自分が音頭を取ったのではここまでにはならなかっただろう。今の体制が維持できている

のは、レティやリンディの力が大きい。彼女らだからこそ、管理局の闇を暴くなどという荒

唐無稽な話にも信憑性を持たせることが出来たのだ。



「秘密裏にと言っても、向こうも嗅ぎつけているようよ。今月に入って、二名の局員と連絡

が取れなくなっていると報告があったわ。情報部から一人、監査部からも一人ね」



 何でもないようにレティは言うが、連絡が取れないという言葉の意味は全員に伝わった。

執務室に暗鬱な空気が広がる。



 敵は強大だ。犠牲を出さずに撃ち破れるとは思っていなかったが、恭也が仲間たちと調査

を始めてから、今の報告にあった二人を含めて犠牲者はこれでちょうと十人になった。



 ヤル気があっても自分達は調査内偵に関しては素人である。情報収拾分析は出来ても、よ

り踏み込んだ捜査をするとなると、情報部や監査部に頼らざるを得ない。公然と最高評議会

を調査することも出来ないから、動いているのは腕利きの情報部、監査部の中でもさらに少

数の信用筋の人間である。



 その少数精鋭ですら、犠牲者が出ているのだ。調査状況に進捗があるとは言え、実際に犠

牲が出るとなると、彼らがいつ匙を投げてもおかしくない。



 彼らを支えているのは、それが仕事であるという矜持か……そうであれば綺麗な話として

終わるが、それだけでもない。



 単純な話だ。最高評議会とその一派が失脚すれば、その分だけ上の椅子が空く。



 しかも、今の今まで秘密主義を貫いていた最上層部が、明らかになるのである。それによ

って発生する権益はバカに出来たものではない。上手く立ち回ることが出来れば、管理局の

本当の頂点に立てるかもしれないのだ。



 上層部に居座っている彼らを悪として追い出す。その実行者の一人として名を連ねていれ

ば、その後の出世は思いのままだ。手を汚さない英雄的行為の結果として、上に登れるのだ

から、少しでも出世欲を持つ人間ならば多少の危険を冒すことも厭わないだろう。



 それで命を落としては本末転倒だが、そういう彼らの犠牲の上に、現在の状況は成り立っ

ている。冷たい言い方になるが、それで状況が好転するのなら、多少の犠牲は是とするべき

だ。



 そう割り切れるのなら、どれほど楽だろうか。同じ目的のために行動する仲間とは言え、

連絡の取れなくなった局員を、恭也は知らない。それでも心を痛めてしまうのは、自分が弱

い人間だからなのか。



 周囲を見る。少なくとも、リンディとレティには常と変わっているところはない。二人の

内面を見通せるほど恭也も人生経験を詰んでいるわけではなかったが、他の人間に要らぬ心

労を背負わせないためには、少なくとも表面上はこうでなければならないのだろう。



「その犠牲のおかげかしら。直属部隊の構成員が続々と判明しているそうよ」

「僕のところでも候補者は何人か挙げていますが、まだ確信を持つには至っていません。そ

の辺りの絞込みは、やはり情報部や監査部にお願いするより他はないようです」

「事務仕事は別として、実働部隊は全部で何人くらいいるのだ?」

「どう少なく見ても、50人。順当に行けば80人はいるというのがジンナイ少将の見解よ」

「それを全て暴かないといけない訳ですか……全く骨が折れる」

「秘密組織の性質とでも言うのかしら。対抗策が常に受身なのはこちらにとってはチャンス

ね。私があっちにいたら、私達のことなんて生かしておかないのだけれど」

「ロウラン閣下があちら側にいないことを、喜ばないといけませんね……」



 冗談とでも受け取ったのか、はやてやユーノから笑い声が漏れる。その発言が全くもって

本気のものだと理解していた恭也は、この話題はここで仕舞い、という意味を込めて大きく

咳払いをした。



「ロストロギア関連についてはどうだ?」

「ここ数ヶ月の間では、大きな発見はありませんでした。売買についての大きな動きは無人

世界で発見された聖遺物を教会が買い上げたくらいでしょうか」



 管理局外のロストロギアに関する情報担当であるユーノが指を振ると、次々と円卓中央に

サインフレームが表示される。前回の会合から今日までの間に発掘されたロストロギア、階

級指定に関わらずその全てをユーノは把握していた。



 誰が主導した物であっても、公的に許可を取って行われた発掘の場合、何が見つかったか

というのは考古学協会及び、それらを管理する管理局か聖王教会に届ける義務がある。スク

ライア一族は考古学の世界では知らぬ者のいない一族で、考古学協会上層部にも太いパイプ

があるのだった。



 無論、盗掘されたもの、届出をせずに秘密裏に発掘された物に関しては把握しきれていな

いものもあるが、PT事件に前後して、そういった輩に対する監視の目は協会の方でも厳し

く光らせている。



 全くないかと言われれば首を捻らざるを得ないが、見逃している可能性は無視できる程度

には低い。



「教会が買い上げた品については、本日解っている限りのデータをお持ちしました。こちら

の施設で解析が終了次第、詳しいデータもお送りします」

「協会の目録に目を通した限り、魔導工学的見地からはそれほど価値のあるものではないよ

うです。歴史的には多いに価値があるとのことで、中々大枚を叩いたようですが……」

「お恥ずかしい話ですけれど、聖王関連の品は次元世界中に散逸してしまっているのが現状

です。教会としては出来る限りそれらを集めておかないと掲げている看板の手前、格好がつ

かないもので」

「学者の端くれとしては、一つところに集まってくれていた方が助かります。お金の払いも

良いですから、協会や発掘者には聖王協会は良いお得意様と認識されているみたいですよ」

「今後とも良き取引を、と関係各位の皆様にお伝えください」



 着座したまま頭を下げるカリムに、ユーノが笑顔で応える。



「他には事件性がありそうな物はありません。強いてあげるなら『凍えた時』の流通量が若

干増えたということくらいでしょうか」

「あれは社会不安が高まった時に世に多く出回る傾向がある。増えたということは、治安を

維持する立場としてはあまり喜ばしいことではないな」

 

 クロノの言葉に全員一同が頷く。理解していないのは、恭也とはやての管理外世界出身の

二人だけだった。



「すまん。その『凍えた時』というのは何なのだ?」

「一言で言うなら普通に市場に出回ってるくらい低級のロストロギアなんですが……これに

関しては見てもらった方が早いですね」



 言って、ユーノはそれを懐から取り出し、円卓の上を滑らせて恭也の前に放った。



 手にとってそれを眺めて見る。



 見た目はただの石だ。ビー玉くらいの大きさの、小さな石である。特別な加工がしてある

とか、綺麗な輝きを放っているということは断じてない。何の予備知識もなく見せられたら、

路傍の石と区別が付かないだろう。


 その感想は実際に手に取ってみても変わることはなかったが、気を操る者として微かな違

和感をこの石に覚えた。



「それが『凍えた時』です。流通量が最も多いのはそういう如何にもな石ですが、中には宝

石や機械部品なども見つかっています。発見されたものは例外なく掌に乗るくらいの大きさ

で、発掘量が多く現状全く害になる要素が発見されないことから、一般にも出回っています」

「理解した。しかし、これの何処が『凍えた時』なのだ?」

「これは現在確認されているありとあらゆる物理的、魔法的な影響を受けません。特殊な処

置で『固定』されているらしいのですが、AMFの影響下でも状態に変化はありませんでし

た。あらゆる干渉を防ぐということから、古来より不滅の象徴とされ、お守りとして広く知

られています」

「つまり、これは斬れない、ということか?」

「これの破壊にチャレンジすることは魔法を齧った人間の通過儀礼のようなものですが、い

まだに破壊できたという話は聞きません。自力で破壊に成功したとなれば、全ての管理世界

の新聞で一面トップの大事件になると思いますが……チャレンジしますか?」

「……やめておく」



 無機質な言葉に見送られて、『凍えた時』は持ち主の手に戻った。



 剣士として斬れないとされるものを斬ることに魅力は感じたが、どうしたってこの場で挑

戦することは不可能だった。円卓の上に置いて挑戦すれば、斬れた場合は下の円卓まで纏め

て斬ることになり、斬れなければその衝撃は下に逃げ、やはり円卓を破壊する。



 中空に放って斬れないこともないが、これもやはり斬れなければただプレシアで『凍えた

時』を打ち出すだけの結果になってしまう。執務室はカリムの性格を反映して質素な感じに

纏まっていたが、調度品もないではない。 打ち出した物品でそれらに傷を付けたとあって

は、無駄に聖王協会に覚えが目出度いだけに具合が悪い。



 一般に流通しているのなら自分でも手に入れられるということだ。斬れない公算の高い挑

戦を、何も衆人環視の元で挑戦する必要はない。こっそり試して、駄目だったら一人で笑い

飛ばせば、とりあえず剣士としての名誉は守られる。



 大道芸を期待していたクロノやはやてなどから批判の声があがるが、それは徹底的に無視

した。恭也・テスタロッサといえども、自分はかわいいのである。



「確認しておくが、これそのものに魔導的な利用価値はないのだな?」

「固定化の技術が解明出来れば利用も出来るのでしょうが、管理局でも何も解っていない

というのが現状です。今の段階では利用は無理ですね。形が不揃いな上に加工が出来ませ

んし」

「不滅ならば弾頭にでもして撃ち出せば良さそうなものだが」

「数はありますが、加工は出来ないので量産には向きません。それに少ない事例ではあり

ますが、過去に固定化がいきなり解けた事例がありますので、兵器転用にはどこも尻込み

してます」

「固定化解除の条件は?」

「解りません。一定時間の経過と主張する学者もいますし、特殊な魔力波が鍵だと主張す

る学者もいます。どれも決定打に欠けるので結論は出ていません」

「不滅のはずの『凍えた時』がそうでなくなる訳だからな。そうなった場合は、所有者に

不吉なことが訪れる、というのが通説だよ」

「世の中上手く行かないことばかりだな……」



 他に何か、と恭也は周囲を見渡す。発言する意思のある人間はいないようだった。



 教会から何か伝えるべき案件はあるかと、改めてカリムに視線をやるが、カリムは穏や

かに微笑んで静かに首を横に振った。ホストである彼女に何もないのなら、この会合はお

開きである。



 それを悟った全員が、身体から力を抜いた。配膳係であるシャッハが冷めたお茶を淹れ

替えるためにカートを転がして、各人の所を回っていく。



「ここのお茶、私好きなんですよー」



 はやての言葉に、シャッハは笑顔を返した。



 カリムが好んで飲んでいるのはベルカ自治区で栽培されている固有種で、一般には高級

茶葉としてしられている物だった。個々人が持ち寄るせいで相当な種類のお茶の集まる特

共研でも好む人間は多いが、その高級さから滅多にお目にかかることはなく、ボーナスが

支給されたばかりの時期か、プレゼントや賭け事に勝つなどの臨時収入が入った人間でも

なければ持ってくることはない。恭也も、教会関連施設以外で飲んだことは数えるほどし

かなかった。



 あまり紅茶の類を好まない恭也であるが、喫茶店経営者の母を持っている手前、茶葉と

淹れ方には少々五月蝿い。いくら茶葉が良くても淹れ方がよろしくないと、それに気付い

て仕舞う程度の感性は勝手に養われていたのだが、その感性を持って見てもシャッハの配

膳の腕前はかなりの物だった。



 自分以上に高級なお茶に慣れているはずのリンディやレティですら、至福の表情で紅茶

を楽しんでいる。超の付く甘党であるリンディはそれを隠しての行動であるが、常人とは

かけ離れた嗜好をしている彼女にも、この紅茶は受け入れられていた。



 茶葉、淹れ方ともに文句なしに最上級の一品である。



「いかがですか?」

「いつも通り、美味しいです」

「それは良かった……」



 恭也が返すと、シャッハは笑顔で胸を撫で下ろした。教会関係者の例に漏れず、シャッハ

も自分を前にするとどうにも畏まってしまう。頼み込んだ甲斐もあって、卿と呼び最敬礼を

することはないが、明らかに敬意を持って接せられることには若干の居心地の悪さを感じる

のだった。



 恭也自身はシャッハのことを友人と思っているし、出来ることならばもっとざっくばらん

に行きたいのであるが、彼女はこうと思い定めたら梃子でも動かない性質だった。それはシ

グナムやヴィータにも通じるものである。今も昔も、ベルカの気質というのはそれほど変わ

る物ではないらしい。



「でも、驚きましたー。皆さん本当に凄いことやっとったんですね」

「暗闘も佳境に入ってきまして、我々の方も戦力増強を余儀なくされてきました。貴女にお

声をかけるのは俺としては心苦しいところもあったのですが……いや、本当に申し訳ない」

「声をかけてくれなかったら、恭也さんいえどもパンチするところでした」



 冗談めかしてはやては笑う。事の重大さを理解していないようにも思えるが、聡い少女で

ある。自分が何をすべきでどう立ち回るのか、既にある程度のプランは出来ているだろう。

歩調を合わせるためにリンディなどがアドバイスする必要はあるだろうが、元より彼女には

優秀な騎士が付いている。捜査や分析に関しては全くの門外漢な自分が心配するまでもない

だろう。



「それはそうと、恭也さんの分隊名と隊章を決めないといけませんねー」

「第○分隊、見たいなものはないのですか? 以前俺が世話になった地上本部の部隊はそん

な風に管理しておりましたが」



 ゼストの部隊はグランガイツ隊と呼ばれてはいたが、それはあくまで通称であって正式名

称ではない。正確に何だったかは記憶になかったものの、首都防衛隊の何番目の部隊、とい

うような識別をされていたはずだ。



 その通称に倣うのならば自分の分隊はテスタロッサ分隊ということになるのだろうが、自

分に命名権の与えられてる部隊に自分の姓をつけるなんて暴挙に出れば、クロノ辺りに何と

からかわれるか分かったものではない。



 こういう時に、自分の感性というものは信用ならなかった。はやてはこの場でノリで決め

ることを期待しているようだったが、管理局の記録として末永く残る物である。隊員となる

美由希やすずかも交えて、きちんと決めた方が良いだろう。



「そんなんやとつまらないですから、分隊長が決めた名前を正式名称として申請する予定で

すー。つまり最低でもなのはちゃんとフェイトちゃん、それから恭也さんに命名権が発生す

る訳ですね」

「シグナム達は隊を持たんのですか?」

「保有制限を加味すると、勧誘する人数にも限界があるのよ。貴方達は何しろ魔導師じゃな

いから保有制限には含まれないけれど、なのはさん達の魔導師ランクを考えたら昼番の実働

部隊は二つが限界でしょうね」

「それもリミッターを付けての運用ということになるな。彼女達に部下を増やそうと思った

らそれこそ素人レベルにまで彼女たちのランクを下げる必要が出てくる」

「部隊設立の目的を考えたら、その能力を制限するというのは本末転倒だと思うのだが……」

「規則を遵守する人間が多数を占めるからこそ、組織というのは回るのよ恭也くん。逆に言

えば、それを守ってさえいれば後は何をしても良いということ」



 リンディの発言は法の守護者とは思えない物だったが、真理ではある。というよりも、保

有制限をクリアした上でなのは達を集めるのなら、裏技でも使わないとやっていけないのだ

ろう。魔導師ではないのに保有が厳しく制限されている質量兵器を持たずに戦うことの出来

る自分達など、まさに裏技の権化と言えた。



「運用前から難題ばかりですね」

「そういう難題は私達が解決するわ。貴方達は現場レベルでの調整をよろしくね」



 達、の中には自分も含まれているらしかった。



 確かに、キャリア組のはやてよりは自分の方が現場には近いだろう。クロノに無駄に広い

と揶揄される人脈も、補佐という形でなら生かすことが出来そうだ。



「聞くのを忘れておりましたが、新部隊の名前は決まっているのですか?」



 いつまでも新部隊では具合が悪い。決まっていないからこその『新部隊』という呼称だっ

たのかもしれないが、質問を向けたはやてはとっておきの悪戯を披露する時の子供のように

目を輝かせている。少なくともはやての中では決まっているのだろう。





「古代遺物管理部、六番目の部隊……機動六課です!」



 おお、と一同からまばらな拍手が挙がる。いかにも普通な名前が出てきたので、もっとチ

ャレンジブルな名前が出てくると思っていた恭也は聊か拍子抜けしていたが、幸せの絶頂に

いるはやてを態々突き落とすこともない。皆の拍手に追従し、はやての気分を盛り上げるの

に協力する。



「本当はクラナガン以外に本拠を設置したかったのだけど、予言の内容を加味したらそうせ

ざるを得なかったの。申し訳ないけど、地上本部との緩衝材になってくれる?」



 ユーノを壁に、その一つ隣に座っているレティが耳を寄せてくる。壁に使われた上に背後

で密談をされるユーノは迷惑そうに身動ぎしたが、彼も恭也と同様、年上女性とそれほど相

性が良い訳ではない。



 無限書庫司書長と言えども、言い合いでは本局の魔女には勝てないのだった。気分良さそ

うに拍手に応えるはやてから背後の恭也たちを隠すように、ユーノは円卓に身を乗り出し、

拍手を強める。



 そんな親友の頑張りに苦笑を浮かべながら、恭也はレティの耳元に顔を寄せた。



「本局の海曹長に何を仰いますやら」

「貴方、あれでゲイズ中将の覚えは良いでしょう? 設置するまでは私達が何とかするけれ

ど、設置されてからの地上本部との折衝は貴方に一任するから、そのつもりでね」

「俺は一体、新部隊でどういう仕事をするのでしょうかね」



 叩き上げとは言え、レジアスは交渉事のプロだ。本局で言うならばリンディやレティの立

場に相当する。集まる人間の中で言うならば彼と最も親交があるのは自分だろうが、それで

も焼石に水。レジアスが仕事に私情を挟むとも思えない。



「他の人じゃあ話も聞いてもらえないかもしれないじゃない。貴方がやれは一応、交渉の席

は設けてもらえるはずよ」

「俺の話術の腕では、席のあるなしは誤差だと思いますがね。おそらく結果は変わりません」

「話術なら私の得意技よ? ご要望なら一席設けて指導しても良いけど……」



 レティの顔が不必要に近付く。耳に息を拭きかけられると、流石に恭也の心臓も高鳴った。

話の展開に不穏な物を感じたユーノが咳払いで合図を送ってくる。パッと身体を離すと、視

界の隅でレティが微笑んでいるのが見えた。



『考えておいてね』



 声には出さずに口元だけでそれを伝えてくる。ついでと放ったウィンクが、不必要なまで

に艶かしかった。



 視線を感じて顔をあげると、こちらをじっと見つめているはやてと目が合った。ユーノ壁

は今も機能しているが、恭也自身を全て隠せている訳ではない。



 恭也が先ほどまで見ていたレティは、何も知らない見ていないとでも言うように済ました

顔で紅茶を飲んでいる。変わり身の速さは一級品だった。



「恭也さん。私は貴方の家族のつもりです」



 そういうはやてはまるでお母さんだった。所帯じみていると言い換えても良い。狙って出

せるようなものではなく、こういうお母さん属性とでも言うべきものははやての特性と言い

換えても良いのだろうが、言ったところでやはり彼女は喜ばないだろう。



 口答えしても始まらない。女性の説教は神妙な顔をして聞くのが、一番賢いやり方だ。



「さらにフェイトちゃんの親友のつもりです。親友のお兄さんである恭也さんは、私のお兄

さんも一緒です」

「あり難いことです」



 その理屈は可笑しい、と思ったが口には出さない。しかし可笑しいと思っていたのは自分

だけではないようで、窓の外に視線を逸らしたカリムなど笑みを堪えるのに必死だった。可

笑しいと思っていないのははやてだけのようだったが、彼女はそんなことには構わずにお説

教を続ける。



「だから、エロいお兄さんの行動を監視する義務があります。こちらにこれだけ美人さんが

おったら目移りするのもわかりますけど、私の目の黒いうちはそんなことさせません」

「いえ、別に俺は目移りしていた訳では――」

『(ダウト)』



 言葉を遮るようにして、恭也の脳内にプレシアの声が響いた。無論、恭也にしか聞こえな

い。いつもの調子で突っ込んでしまいそうになるが、今のプレシアの声は他人には聞こえな

いため、ここで突っ込んではただの馬鹿。プレシアとクロノの良い物笑いである。



 言葉を押さえ込んだのを自分の言葉に衝撃を受けていると勘違いしたらしいはやてが、さ

らに言い募る。何でも、恭也・テスタロッサというのはどうしようもない女好きらしく、女

と見れば見境なく色目を使うらしかった。



 はやてらしくオブラートに包んだ物言いではあったものの、要約するとそういうことだ。

誤解もここに極まれりだが、八神家ヒエラルキーの頂点にいる彼女がそう思っているという

ことは、その守護騎士にも感染する。



 単純なヴィータ以外は言葉をそのまま信じたりはしないだろうが、はやてが目をぎらぎら

させてこちらを監視するのなら、彼女らもそれに倣うだろう。そういう方面に関して疚しい

ことは『ほとんど』ないが、監視されるのは窮屈だ。



「ええですか? 六課でエロいことしたら、うちの子皆でおしおきしますからね」



 両手を腰に当てて、はやてが宣言する。ここで頭を下げたらエロいことをしたいと思って

いると認めるようなものだが、眼前のはやての母親気質以上に、場の空気がそれを許してく

れなかった。



 この場にいるのがクロノだけだったら関節技の一つでもかけて黙らせれば良いが、レティ

やリンディに対する口止めの手段は持っていないし――あるのなら、知りたいくらいだ――

カリムに至っては不敬な行いをすることを本能が拒否していた。



 そんな手の出しようもない女性達が、期待するような目でこちらを見ていた。逆らうとい

う選択肢は、恭也・テスタロッサにはない。ヘタレと言われようと何だろうと、頭を下げる

しかなかった。



「……肝に銘じておきます」



 項垂れた恭也の敗北宣言に、皆は沸いた。笑いが取れたのならば幸いとはやてならば喜ぶ

かもしれないが、恭也に関西人の血は流れていない。憮然とした表情を出さないように顔の

筋肉を引き締めていると、脳内にプレシアの声が響いた。



『(これは所謂ネタ振りと解釈してもよろしいのでしょうか)』

(確めるのには勇気がいるな。そのために人生を棒に振るのはまっぴらだから、真実は永遠

に闇の中だ。すまないがお前の期待には添えそうにもない)

『(勇気を出して確めて、のまま人生の墓場へというのも悪くないのではありません? 主

様も良い年なのですから、そろそろ伴侶を持っても良いのではありませんこと?)』

(それは考えないでもないが……)



 デバイスとして最も近い場所が確保されているプレシアの物言いには、イマイチ責任感と

いうものがない。彼女からすれば、主が誰とくっ付いてもさほどの違いはないのだろう。デ

バイス相手に本気で嫉妬するような人間でもいれば話は別だが、そこまで狭量な人間は恭也

の周囲にはいなかった。



『(まぁ、私としては手当たり次第手を出してくださっても構わないのですけれどね)』

(俺の人生を破滅させる気かお前は……)

『(よろしいではありませんか。家族がたくさん出来れば、きっと楽しいですよ?)』



 それも良いかもしれないな、と口に出して言いそうになって恭也は慌てて咳払いをして誤

魔化した。これ以上やるとまだボロを出しかねないので、待機状態のプレシアを指で二度叩

く。二人で決めた『静かにしてくれ』というサインだった。



 脳内にプレシアの苦笑する気配が広がるのを最後に、プレシアは沈黙した。



 周囲の喧騒に意思を戻すと、自分を弄ることに飽きたのか各々が雑談に興じ始めていた。

若干寂しくはあるが、からかわれるよりは遥かにマシだ。小さく溜息をつくと恭也は一息に

カップを空けた。




















後書き
一応、これで短編連作は終了です
次回掲載分からStS時間になります
『恭也、繁華街に行く』、『特共研結成秘話』、『二週間の合宿三日目以降』など
短編で掲載してない話が三話ほど残っているのですが
お話の進行上なくても特に問題のないものなので、折を見てアップしたいと思います
ここまでお付き合いくださった皆さん、ありがとうございました
StS分はなるべく早くアップしますので、お待ちいただけたら幸いです