秋空の下、二人で














「ねぇ、しんいちろ〜。暇だよ〜」

 受験も間近に迫ったこの季節。いい加減悪ぶるのもやめて、少しはインテリに過ごして
みようかと、勉強の息抜きに本格的な読書を初めては見たものの、三十ページも読まない
うちに本格的な邪魔が入った。これを無視できれば少しは相川真一郎の人生も真っ当なル
ートを進んでいたのだろうが、それができない彼は今、人外魔境を全力疾走している……

「七瀬君。君もたまには僕を見習って読書でもしてみたらどうかね?」
「読書なんてつまんな〜い」

 地縛霊時代ならばいざ知らず、今の七瀬は相川真一郎という枷が付くけれども、残念し
ている霊にしては規格外の自由度を誇る。もはや禁欲生活が普通ではないのだ。慎ましや
かに人に関わらずに過ごすなど、元が騒乱好きの彼女にできるはずもない。

「小鳥は?」
「過労で倒れたお父さんの看病だって。一昨日一緒にお見舞いに行ったでしょ? 大事を
取ってまだ休んでるらしいけど、心優しいあの娘はお父さんに付きっ切りなの」
「瞳おね〜ちゃんは?」
「瞳は唯子やななかと一緒に護身道の練習試合に行ったわ」

 卒業したのに何やってんのよ……との愚痴が聞こえたが、取り合うとテンションがさら
上がりそうなので、ここは無視する。

「さくらは?」
「姪御の忍ちゃんと一緒に出かけるそうよ。メイドのノエルも一緒に着いて行くって」
「十六夜さんは? さざなみ寮の皆とか」
「薫が仕事らしいから、十六夜さん今海鳴にいないの。さざなみ寮に行けば構ってくれる
と思うけど、一人で行くのは何か……気が引けない?」
(そんなこと気にするんだなぁ…)

 宿主の立場からすれば、そんな七瀬の思慮深い反応が何となく嬉しかったりするのだが、
面と向かって言うと図に乗って大騒ぎするから、ここは言葉を飲み込んでおく。

「御剣とか弓華は?」
「あの連中の行動を補足するのは、私じゃ無理よ。あの二人は行方不明。今、何処にいる
かも分かりません」
「……実は、友達皆に連絡取ってたんだね」
「その上皆に振られちゃったの。だから、真一郎はあたしと遊ぶ義務があるの」

 分かる? と、七瀬は勢いよく背中に覆いかぶさる。幽霊であるだけに体重はかからず
重くはないのだが、その温もりと身体の感触だけは、何故か残っているので健全な男子と
しては気分がおかしなことになりそうで、まずい。

「俺はこうしてインテリぶってる最中なんだけどな」
「元の属性がインテリじゃないんだから、そんなことしても無駄だって。そんなことより、
私と遊んだ方が百倍以上楽しいよ。保障する」
「その自信の根拠は……まあ、分からなくもないけどさ」

 栞を挟んで文庫分を閉じ、戯れにかけていた眼鏡を外す。一瞬だけ視界がぼやけたあと、
眼と鼻の先には嬉しそうに笑う七瀬のアップ。こういう関係になって以来、もう何度も見
てきた顔だし、顔を見る以上にもっと凄いこともやってしまったけれど、落ち着いてみる
とやっぱり美人だな、と思う。

「ねえ、七瀬」

 何となく七瀬の頬に手を伸ばし、すべすべな頬を撫でる。望んだ答えを得られなかった
七瀬は不満そうな顔をしたが、それも一瞬のこと。その手の感触が気持ちいいのか、猫の
ように眼を細めて、逆に擦り寄ってくる。

 たまに煩わしいと思うこともあるけれど、そんな彼女がやっぱり愛しい。どれだけ難題
を吹っかけられたとしても、結局最後はしょうがないなぁと苦笑して、付き合うことにな
ってしまうのだ。

 普段は年上ぶっているのに、こういう時だけこんな風になるのはやっぱりずるいと思う
けれども、そんな春原七瀬を相川真一郎は愛してしまっているのだ。それはもう、どうし
ようもないくらいに。

「散歩にでも行こうか? 幸い、外はいい陽気だし、部屋の中にいるよりはきっと気持ち
いいよ」
「賛成!」

 なら決まり、と財布をポケットに突っ込み、ふよふよと七瀬の力を受けて漂ってきた鍵
を受け取って立ち上がる。背中にへばり付いていた七瀬は、特別でない外出の時の定位置
である真一郎の『中』に入り、これで準備万端。

「んじゃ、行こうか」
『ご〜』

 足取りも軽やかに、『二人』で出かける。何処に行くのか何て決めていないけど、行く
前からこれなら幽霊美女の言った通り、何処に行ったとしても楽しいのだろう。気の向く
まま足の向くまま……このカップルの歩む道は、そんな感じである。


















後書き

いつになく短く纏まりました。リクエストの真一郎×七瀬のSSです。

転生の解釈は人によって全然違うと思いますけど、私の見解では生まれ変わったらもう
それは別人です。あの七瀬とスパッツ七瀬は、同じ記憶を持っているだけの別人なんで
す。スパッツ七瀬が可愛いのは認めますが……年の差は最短でも当時の真一郎の年齢
分の十七歳。七瀬が十六になった時には、真一郎はもう三十三です。年の差は一回り以
上あります。世間的にもどうかと思いますが……いや、いいような気がしてきました。かわ
いいし、スパッツの七瀬。


ともあれ、リクエストSSをお届けしました。次のキリ番は300000。その時にお会いしまし
ょう。