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1、



「その言葉、あたしに対する挑戦と受け取った」



 息がかかりそうなほどの近距離で、今さっき岩沢と紹介された少女はそう宣言していた。襟

首には岩沢の指がかかり、気道を容赦なく締上げている。構図だけを見ればカツアゲされる学

生の図で、凄みのある容姿をした岩沢はその状況に実にマッチしていたが、カツアゲされる立

場にあるのが自分では、その一致に喜ぶ気にはなれなかった。



 自分一人でこの状況を打破するのは不可能だろうと判断した音無は、助けてくれ、という切

実な意思を込めて周囲にいる人間を見やった。最初に目に入ったのは昨晩も顔を合わせた日向

だったが、彼は音無と目が合うと慌てて目を逸らす。口笛を拭きこちらに気づいていない振り

をしながらも、じわじわと距離を置こうとしている辺り、本気で係わり合いになりたくないの

だろうことが見て取れた。



 その他、目を逸らすもの、他人の振りをするもの、面白そうに眺めているだけのもの、奇声

を上げてブレイクダンスをするものなど様々だったが、こちらを助けてくれそうにない、とい

うことは共通していた。



 溜息を吐く――と拳が飛んできそうだったので、口中で呻くだけに留める。それでも岩沢は

眉根を寄せたが、それくらいしても罰は当たらないだろう。この世界に神なんて物がいるのか

知れないが……



 視線を岩沢に戻す。ゆりは彼女を陽動班のリーダーと紹介した。昨晩自分を刺した天使と戦

うために重要なポジションであるとのことだったが、陽動と言っても一体果たして何をする連

中なのか。



 疑問に思った音無は素直に岩沢に問うた。聞けば、校内の目立つ場所でバンド演奏を行いN

PCを誘導するのが主な任務であるとのこと。



 だから陽動なのかと音無は素直に納得したが、同時に思ったことをそのまま口にした。



『バンド演奏でそこまで出来る物なのか?』



 素人考えと言われればそれまでだろう。この世界にきてまだ一日と立っておらず、ゆりを中

心とした彼らがどういう流儀を持っているのかも音無は知らなかった。岩沢がどういう性格を

していて、どれほど音楽に拘りを持っているのかも当然のように知らなかった。



 だが、それを口にして周囲のメンバーの間にざわめきが広がった時点で、音無は自分の失敗

を本能的に悟った。慌てて謝罪の言葉を口にしようとしたが、既に遅い。



 気づいた時には距離を詰めた岩沢に、襟首をねじ上げられていた。視線には一切の遊びの色

がない。このまま殺されるのではと音無が危惧するほどに岩沢の瞳は殺気だっていたが、幸か

不幸か、彼が103度目の死を迎えることはなかった。



 岩沢はぐるりと校長室を見回し、奥まった席で偉そうにしているゆりに向かって叫んだ。



「ゆり! こいつは今晩のトルネードでは陽動班で使う。文句は言わないよな?」

「彼には早いところドンパチに慣れて欲しいんだけど? そっちじゃ天使と戦わないじゃない」

「こっちだって作戦活動の経験は積める。確かにドンパチはないが、悪い話ではないと思うよ。

それに何より、こいつはあたし達に喧嘩を売った。ミュージシャンの端くれとして、挑戦を受

けない訳にはいかないだろ?」



 音無が喧嘩を売った。それが周知の事実として岩沢が語るが、音無には無論そんなつもりは

なかった。ゆりにも他の戦線メンバーもそれは解っていると思いたいが、作戦を決める立場に

あるこの場で最も偉いはずのゆりは、岩沢の主張を認めるように軽く両手を挙げ、大きく溜息

をついた。



「手荒に扱ったりしないでよ? 彼、新人なんだから」

「死なない程度にはやってやるよ」



 周囲のメンバーから笑い声が漏れる。岩沢の言葉が死が訪れることはないこの世界流のギャ

グだということを音無が思い出したのは、ゆりの返答に満足した彼女が校長室を出て行ってか

らだった。



 岩沢の足音が遠ざかり彼女の気配が完全に消えると、男連中から盛大な溜息が漏れる。



「お前、チャレンジャーだなぁ……よりによって岩沢に喧嘩を売るとは」

「別に喧嘩売った訳じゃない。ただ、疑問に思ったことを口にしただけだ」

「彼女は歌に誇りを持ってるのよ。疑われたら気分を害するに決まってるじゃない」

「そういう情報は早めにくれると嬉しいね」



 その後も、頑張れと、気を落とさないでね、と男連中は気安げに肩を叩いていく。肩を叩い

た全員が同情的な様子だったのが救いと言えば救いだった。先に音無を百度殺した野田の姿さ

えその中に確認できたことは、音無に言い様のない恐怖を与えた。



「それで、俺はどういう仕事をすれば良いんだ?」



 自分が一体どうなるのか、仲間になった男達の態度を見ると気が気ではなかったが、聞かな

い訳にもいかない。音無の問いを受けたゆりはハンドガンをその手で弄びながら、



「岩沢さんが言ってたでしょ? 貴方は陽動班に参加してもらうわ」

「俺は楽器も歌も出来ないぞ。それでバンド活動なんて出来るのか?」

「バンド活動してるのは岩沢さん達四人だけよ。その準備のためにNPCにそれとなく噂を流

したり、会場をこっそり押さえて照明音響の準備をしたり、さりげなく会場の警備をしたりす

るのも、陽動班の仕事なの」

「俺はそれを手伝えば良いって訳か」



 自分がどうだったという記憶はないが、音楽が得意であるという感覚は音無にはない。おそ

らく平々凡々かそれ以下の技能しか持っていないだろう。多岐に渡る仕事を手伝わされるのは

骨が折れそうだが、天使相手に銃を撃ったり、出来もしない音楽活動をやらされるよりは雑事

を押し付けられる方がまだマシと言える。



「お前はいいのか? 俺に天使と戦ってほしかったみたいだが」

「今でもそう思ってるわよ? でも陽動班でも人が足りないって言うのは事実だし、何より岩

沢さんの頼みだしね」

「あいつはそんなに偉いのか?」



 一目置かれそうなタイプというのは見れば解りたった今実感したところだったが、それが集

団の中で権力を持つかというのはまた別の話である。戦線のリーダーはゆりであり、この部屋

には彼女の決定を直接聞くメンバーが集っている。



 岩沢もここにいたのなら、他の男子などと同じだけの権力であっても不思議ではないが、



「彼女がいないとNPCを扇動できないもの。一目置くのは当然よ」



 どうにも岩沢の発言力は、ここに集まった人間の中では頭一つ抜けていたようだった。そん

なものかと納得する音無に、ゆりが弄んでいた拳銃を差し出してくる。



「陽動班でドンパチすることはないでしょうけど、持っておいて。それは貴方の銃よ」

「出来れば撃たずに済ませたいもんだけどな」



 現代日本に生まれた若者の言葉としてそれは至極真っ当なものだったが、死後の世界は既に

日本ではなかった。死んだら生き返るということも、銃を持って天使と戦うことも、この世界

で存在していくためには必要なことなのだろう。



 そんな世界にあって歌で何かを成そうとする岩沢達は、それだけで尊い存在のように思えた。





















2、



 愛すべきアホどもの気配が完全に感じ取れなくなって後、岩沢は深々と溜息を吐いた。



 つまらないことで頭に血が上った……風をとっさに装ってしまったが、どうしてあんなこと

を言ってしまったのか。喧嘩を売る形になってしまった新入りには申し訳ないことをしたと思

う。



 音楽は岩沢にとって至高の物であるが、それを他人に強要する考えは持っていない。どうい

う音楽を聴こうと、あるいは音楽に全く興味がなかろうとそれは本人の自由である。先の新入

りの言葉も軽く聞き流すべき類のもので、普段ならばそうしていた。



 それが何故、自分から喧嘩を売るような真似をしてしまったのか。



 陽動班が人が足りないのも事実であるが、ゆり直属のメンバーも人材が潤沢という訳ではな

い。それは岩沢だけでなくSSSのメンバー全員が知っていることだ。



 天使と直接戦い、その他の危険に最も触れる直属メンバーはSSSの中でも死ぬ可能性が最

も高い部隊である。この世界に死は存在しないが、死ぬ痛みは味わう。慣れれば恐怖はある程

度までは薄れるが痛みだけはどうしようもない。



 その痛みを受け入れてまで、何度も蘇生できることを感受できる精神性を持っている者は死

後の世界にあっても稀である。直属メンバーは例外なくそういう精神性の持ち主達で、椎名や

野田を始め腕の立つ人間も揃っている。



 新入りが果たしてそこに加わるだけの精神、技能を持っているかは謎だが、ゆりが加えるつ

もりでいたところを見ると、それなりに見所はあったのだろう。自分がしたことは、その勧誘

の邪魔でしかない。本当にらしくない行動だった。



「岩沢ー、会合はどうだった?」



 最初の角を曲がったところで、階段を登ってきたひさ子と合流する。練習部屋で待っている

のが常なのにここまで来たのは、それだけひさ子も今晩のSSSの動向が気になっていたのだ

ろう。身を乗り出し気味のひさ子に、口の端を上げて岩沢は答える。



「トルネード、今晩決行。後、新入りに喧嘩を売ってきた」

「……あんた、会合に何しに行ったの?」



 先ほど校長室で聞いたこととしてきたことを言うと、ひさ子は予想の通りの返答をしてきた。

答えてやりたいところではあるが、それは岩沢本人も聞きたいことである。自分で解っていな

いことを、他人に教えられるはずもない。



「バンド演奏でNPCの誘導なんて出来るのかって新入りが言ったんだよ。それでついかっと

なった……ふりをした」



 仕方なく事実そのままを口にしてみたが、言葉にするとより一層訳が解らなかった。言葉を

結んだ後で、何でこんな可笑しなことをしたんだ、と岩沢の脳内でも再び疑問が渦巻く。



「意味わかんない。何でそんなことしたのよ」

「さぁね」



 そっけない岩沢の返答に、ひさ子が眉根を寄せる。意味が解らない物をそのままにしておく

のはひさ子の性格上許せることではないだろうが、答えの出そうにない問題をいつまでも気に

していても仕方がない。自分自身の不可解な行動は頭の隅に追いやり、ひさ子の機嫌を直すた

めにも、先ほど決まったばかりの今晩の予定を口にする。



「でも、それで新入りを今晩陽動班で使うことには成功したよ。機材の搬入には使えると思う」

「あたしはキレなくても済みそう?」

「まぁ、前よりはマシだと思うよ」



 不機嫌な顔から一転、気まずそうに視線を逸らして問うひさ子に岩沢を苦笑を浮かべて答え

た。

 

 ひさ子の態度には訳がある。



 以前に陽動班の人手が足りなくなり、直属メンバーから余っている人手を借り受けたことが

あった。その時貸し出されたのは大山一人だったのだが、彼は見た目通りの腕力しか持ち合わ

せていなかったため機材の搬入ではまるで役に立たず、あまりの有様にひさ子が切れ乱闘騒ぎ

に発展しかけたことがあった。



 幸いひさ子のパンチ一発で大山がKOされたため大騒ぎには至らなかったが、この時の大山

の犠牲によって陽動班で使えない奴はひさ子が制裁を加えるという噂が実しやかに囁かれるよ

うになった。



 ひさ子の制裁を恐れた陽動班の作業効率は上がったが、悪名を広めただけに終わったひさ子

は面白くない。せめて手を出すのはもう少し我慢しようと彼女が心に誓った苦い思いでなので

ある。さっぱりとした性格のひさ子にしては珍しい、出来れば永久に忘れていたい事件がそれ

なのだ。



 忌まわしい思い出を振り払うように、ひさ子は頭を振る。項のところで結んだ癖毛が、ひょ

こひょこと揺れる。



「で、その期待の新入りの名前は?」

「あー……なんだったかな」



 確かに聞いた記憶があるのだが、はっきりと思い出すことが出来ない。顔の造作は近くで見

たからはっきりと細部まで思い出せるのだが、肝心の名前は岩沢の記憶からすっぱり抜け落ち

ていた。いくら考えても思い出すことが出来ない。



 やっぱり思い出せない、と肩を竦めてみせるとひさ子はがっくりと肩を落とした。



「かっこわる」

「今晩会うんだからその時聞きゃあいいだろ?」

「率先して名前を聞いたら、私が男に飢えたバカ女みたいじゃない」

「私だって名前を聞いたはずなのに聞き返したらアホに思われる」



 二人の間で火花が散った。岩沢もひさ子も他人に侮られることは嫌いだが、新入りの名前は

どうにかして知らなければならない。



 話の流れで再び名乗らせることも不可能ではないが、岩沢もひさ子も他人から話を聞きだす

ことは苦手としている。



 どうしたものかと岩沢は考えを巡らせ、当たり前の結論に落ち着いた。



「……誰か別の奴に聞かせるってことで妥協しない?」

「OK、そうしよう」



 知り合いの中で『名前を聞いて来い』という指令を疑いもせずに実行してくれて、新入りに

名前を聞いても違和感のない人間をピックアップする。幸いなことに、最適な人間が一人だけ

いた。知らずに岩沢の口の端がにやり、と上がる。



「そういうのに打ってつけの奴がいるのを今思い出した。喜びな、ひさ子。あたし達はアホに

ならないで済むよ」






















3、



「貴方が新入りさんですね? はじめまして! 私、陽動班の下っ端でユイって言います! 

よろしくお願いします!」



 自己紹介と共にポーズを取るユイに、音無は頭痛を覚えた。この世界に来てから癖のある人

間にしか会っていない気がするが、眼前の少女の騒々しさはその中でも群を抜いていた。武器

を持ち歩いている様子はないだけマシとも言えるが、どういう理屈かユイの背後で揺れる悪魔

の尻尾のようなアクセサリーは、ある意味銃器よりも危険な兵器と言えた。



「あー……ここで仕事ってことで来たんだが、俺は何をすればよいんだ?」



 あれからSSSに関する説明を2、3受け、銃の取り扱いのレクチャーを受けてから、きり

きり働いてきなさいとゆりの背中を押されここ――食堂までやってきた。記憶はないので解ら

ないが、食堂にしては広い場所であると思う。



 放課後であるせいか一般生徒の姿も多く見られる。その中に混じってSSSメンバーの姿も

あったが、彼らは何をするでもなく周囲をウロウロするだけで作業をしているようには見えな

い。



 ユイはそんな同胞を見るとはなしに見つめながら、



「多分力仕事だと思いますよ。音響照明の機材はたくさんありますから」

「まぁ、新入りの俺じゃあそういう役回りだよな。難しい仕事を振られたらどうしようかと少

し不安ではあったから、助かった」

「音響も照明も専門の方がいますから、搬入設置は指示通りの場所に動かすだけでOKです。

大変ですけど、簡単なお仕事ですよ」

「そりゃあ助かる。あと、興味本位で聞くけどさ、お前はどういう仕事するんだ?」

「私は下っ端ですから、広報活動です。NPCの友達にそれとなくゲリラライブの噂を流した

り、観客の中に混じって舞台の岩沢さん達に声援を送ったり」



 まさに下っ端だなーと感じはしたが、それは声に出さずに心に閉まっておく。



「俺にはタメ口でいいぞ。俺は昨日きたばかりだから一番下っ端だろ」

「でも、貴方はゆりっぺさんの直属のメンバーじゃないですか。私よりもそこはかとなく偉い

感じがしますよ?」

「同じ目的で集まってるだけなのに偉いも偉くないもねーだろ。あるんだとしても、まだ何も

仕事してない俺は絶対に偉くない」

「そうですか……じゃあ、これからは同じ下っ端仲間だね!」



 よろしくー、と差し出されるユイの手を音無は握り返す。ユイの手は小さいが妙に温かく、

これが女子の手かと音無に実感させた。その温かさに既視感を覚えないでもなかったが、それ

が音無の脳裏で具体的な像を結ぶよりも早く、ユイが声を挙げた。



「忘れてた。君、名前なんだっけ?」

「俺か? 俺は音無」

「それって名前?」

「いつの時代の人間だよ俺は。名字だよ」

「ふむふむ。オトナシくんね? 分かった、覚えたよ」

「解ってもらったところで、俺はどこで何をしたらいいのかな」

「案内するから、それは岩沢さんに聞いてもらえるかな」

「あいつはバンド演奏担当だろ?」

「陽動班のリーダーだよ? 照明とか音響とかの指示も岩沢さんが出してるんだってば」

「へー。バンド活動ってのも大変なんだな」

「とーぜん! コレに懲りたら、岩沢さんに無礼な口は聞かないほうがいいよ。あの人怖いか

ら」

「それはさっき体験したばかりだ」



 身長は頭半分よりも低いはずなのに、こちらを睨み上げる視線には逃げ出したくなる程の強

烈な意思が宿っていた。こいつに逆らったら不味い。そう思わせるだけの何かが岩沢にはある。



 小さな身体のどこにあれだけのパワーがあるのか。こちらの世界での活動にその秘密がある

のか、それとも生前からああだったのか……いずれにしても、この世界に来たばかりで生前の

記憶もない音無には解らないことだ。



「俺と岩沢にトラブルがあったの、誰から聞いたんだ?」

「もう戦線中で噂になってるよ。新人がいきなり岩沢さんに喧嘩を売ったーって。一部じゃ伝

説なんだから。あ、ファンの女の子の間では目の仇にされるかもしれないから、気をつけてね」

「そのファンの女の子ってのは暴力行為とかしないよな?」

「死なないって解ってると、ちょっと過激でもギャグになっちゃうんだよねー」



 アハハ、とユイは気楽に笑うが、音無は欠片も笑えない。この世界に来て最初に出会った女

の子は狙撃用のライフルを構えていた。あれがこの世界のスタンダードだとしたら、明確な敵

意を持った相手には、一体何をするというのか。



 女子の敵意が陰湿なことは、音無も感覚として理解している。しばらくは身辺に気をつけた

方がいいかも、と身を震わせながら結論つける。じっとしているのは危険だった。さっさと案

内しろという意味を込めてユイに視線を送るが、ユイはその場から不自然に動こうとしない。



「……案内するんだろ?」

「するよー。岩沢さんたちはあっち!」



 声と共にユイが指した方向には、なるほど確かに岩沢の姿があった。テーブル席に陣取って

こちらを見ている――いや、凝視している。また何かしてしまったのか、と不安になったが、

岩沢の視線はどうも自分ではなく隣のユイに向けられているようだった。



 見れば、岩沢の周囲にいる三人の女子も、同じようにユイを見つめている。どうみても不自

然な状況である。いかに美少女揃いとは言え、鬼気迫る表情でこちらを見ている人間のいる場

所に行けというも、激しい抵抗を感じた。



「つーか、あの連中俺を待ってるように見えないんだが?」

「そんなことないよー。あたし、ちゃんと音無くんを連れて来いって言われてるもん」

「それなら先にたって歩いてくれよ。ファンの話聞いた後だと後ろに立たれるのはこえーから」

「あー、ごめん! 今日は誰かの後ろの立って歩きたい気分なんだ! 一生のお願い!」

「随分詰まらないことに一生のお願いを使うんだなお前は」



 しかし、一生のお願いとまで言われて引き受けないのは男が廃るというもの。詰まらない願

いで一生の願いを消費してくれるのなら安いものだ。



「解ったよ。俺が先に歩く。言っておくが、後ろから撃ったりするなよ」

「私銃なんて持ってないよー」

「戦線メンバーは全員持ってるのかと思ったよ」



 持っていれば撃っていたのか、とは聞かないでおいた。岩沢達がいるテーブルに向かって歩

いていく。校長室でゆり達と話していた時とは違って、周囲には女子の姿が多く見られた。意

識してみると、彼女らの視線を集めているような気がしないでもないが、果たしてそれはユイ

の言っていた岩沢のファンの女の子なのか。



 ファンだとしたら囲まれているこの状況はリアルに命のピンチである。銃で撃ち殺される可

能性を考えれば逃げたところで文句を言う人間はいないだろうが、それは生前の世界での話だ。



 殺されても死なないのなら、ユイの言うように過激な手段に訴える人間もいるだろう。銃は

持っているがまだまだ扱いなれていないし、襲われても咄嗟に銃で反撃できる自信はない。溜

め込んだ経験値の少ない音無としては、ファンの女の子とやらが理性的であることを祈るばか

りである。



 岩沢他、ガールズデッドモンスター略してガルデモの面々は、相変わらず音無ではなくユイ

を凝視している。金髪の少女がペンを持って何やら紙に書こうとしているみたいだったが、何

と書いてあるのかまではここからは見えなかった。



 幸いなことに音無の視力は悪くない。ペンを持つ金髪女子の文字は大きく、この距離からで

も目を細めれば見えそうだった。



 幸い、向こうは皆ユイを注視していてこちらの動きには気を払っていない。今ならば盗み見

ることも出来るだろうと、音無が目を細める……



 と、ほとんど同時に周囲の喧騒に混じって、音無の背後で何かが自己主張を始めた。ズバズ

バ! という勢いのある衣擦れの音。記憶が確かなら、今音無の後ろにはユイしかいない。一

体何事だ……と音無しはゆっくりと振り向く。



「…………で?」

「え!? えーっと、なんでもない、かなぁ」

「もしかしてダンスしながらじゃないと歩けない病気とか、そういうことか?」

「まさかぁ、私そんな変な人じゃないよ」



 カラカラとユイは笑うが、それだと思い出したようにステップを踏むTKの立つ瀬がない。

確かに彼は何処からどう見ても変な人間ではあったが、今のユイほど周囲に違和感を撒き散ら

してはいなかった。



 カタカナの『イ』のようなポーズで固まったまま笑うユイは、どこからどう見ても不自然で

ある。何か目的があってのそのポーズなのだろうが、何故、ということを聞いても答えてくれ

そうにない、というのは何となくではあるが解った。



 音無は溜息をつく。やはりこの世界の人間は、どこか変な奴ばかりだ。



「とりあえず、お前が変かどうかは置いておこう。ほら、行くぞ」

「な、何で私の後ろに来るのかなぁ」

「踊りながらついてこられると流石に落ち着かねーよ。歩け歩け」

「うぅ……」



 音無が促してもユイは歩くことを渋っていたが、無言で見つめ続けると十秒ほどで観念した。

カタカナの『イ』のポーズは崩さぬまま、玩具の兵隊のようなギクシャクとした動作でユイは

歩く。



 その先では。ガルデモメンバーが動揺していた。どうやらユイの怪しげな動きは彼女らの指

示らしい。『イ』のポーズで固定された様子を見据えたまま慌てた様子で話し合っているのが

見える。



 声が聞こえるくらいの距離に音無が近付いたところで、金髪の少女が何かを書いていた紙を

岩沢がくしゃくしゃに丸めて放り投げた。こちらの視線に遅まきながら気づいたらしい。ユイ

に注意を払っていたせいで何が書いているのかまでは読み取れなかったが、岩沢の行動でこち

らに読まれたは不味いようなことが書かれていた、というのが見て取れた。



 岩沢は放物線を描いて飛んでいった紙くずを指差し、



「ユイ、悪いけど拾ってきてくれ」

「わっかりましたー!」



 ポーズを解除したユイは、矢のようにすっ飛んでいく。放り投げられた紙を回収すると、近

くにあったゴミ箱へ。怪しげなポーズを通したユイだ。紙くずをこちらに投げ返してくるくら

いの謎アクションは覚悟していたが、ユイはそのままフェードアウトしてしまった。



 騒がしく登場した割りには、あっさりとした退場である。それに一抹の寂しさを覚えないで

もないが、無難に終わるに越したことはないのだ、ということに音無は遅まきながら気づいた。



 悪い意味でこの世界に慣れてきてしまったのかもしれない。普通の感覚の平穏無事というの

が、この世界における普通とは最も縁遠いものなのだ。



「何というか、騒々しい奴だったな」

「いつもあんな調子だよ。やる気は人一倍あるんだけどね、それがいまいち結果に結びつかな

い奴なんだ」

「やる気があるなら、いつか結果は出るんじゃないか? この世界に死はないんだろ?」

「消えてしまうことはあるみたいだけどね……それはまぁいい。で、あんた、オトナ……シ?」

「何でシだけ離して最後が疑問形なのか知らんが、俺は音無で間違いないぞ」



 音無がそういうと、よっしゃ、と岩沢の背後でガルデモのメンバー達がガッツポーズを取っ

た。岩沢もどこか安堵したような表情を浮かべる。何でそうしているのか音無にはまるで理解

できなかったが、喜んでいるのならばそれに水を差すことはあるまい。



 一日にも満たない時間で音無が悟ったこの世界で上手く生きていく方法は『首を突っ込まな

くても済むことに、一々首を突っ込むな』である。



 この世界に音無がやってきたように、頼まなくても厄介ごとというのは向こうからやってく

るのだ。些事にまで首を突っ込んでいては、いくら死なない世界と言っても何か色々な物が重

なって死んでしまう。



「で、俺は何をすればいいんだ?」

「あぁ。作業割り当て表は作成しておいた。それを持って照明担当の責任者の――」



 岩沢は周囲を見回すと、一人の男性生徒を指差した。頭にタオルを巻いた大柄な男だ。男は

岩沢が自分の方を見ているのだと知ると、大きく腕を振って合図を送ってくる。



「あいつのところに行って、この割り当て表を見せろ。細かい作業はあいつが指示してくれる」

「その作業が終わった後のことはどうすればいいんだ? 外でゆり達が天使とやらと戦うみた

いだが、そっちに加勢に行けば良いのか?」

「あんたは陽動班が貰い受けるって言っただろ? 仕事は最後まで陽動班でやってもらうよ。

照明の設置と調整には一番時間がかかるから、それが終わる頃にはトルネード決行直前だ。ス

ペースは確保しておいてやるから、お前は客席最前列センターにまで来い」

「特等席じゃないか……なんで俺はそんなところに」

「あんたはあたし達を試すようなことを言った。あたし達はその報復をする。お前に、あたし

達の音楽は凄いんだって分からせてやるよ。そのためには間近で聞かせるのが、一番手っ取り

早いだろ?」

「配慮に涙が出るね」



 指定された場所はステージの最近接席。ステージ上の岩沢や他のメンバーからも顔がばっち

り見えるだろう。逃げ出すことなど勿論出来ない。歌で陽動を行うのだ。岩沢達の演奏には勿

論興味はあったが、出来ることならもう少し落ち着いた環境で聞きたい。



 しかし、岩沢はそれを許してくれないだろう。音無が喧嘩を売り、岩沢がそれを買ったとい

う構図そのものには違いがないのだ。例え音無本人が先の発言に他意はなかったのだとどれだ

け否定したとしても、岩沢は買った『喧嘩』を突っ返してはこない。



 光の加減で真っ赤に見える岩沢の瞳で、感情が燃えている。自分の歌に不可能はない。その

極地を目指している音楽家の不遜なまでの輝きがそこにはあった。



 気づけば残りのメンバーも岩沢と同じ輝きを瞳に湛えて音無を見つめている。



 これは岩沢と音無二人の喧嘩ではなく、ガールズデッドモンスターと音無の真っ向勝負なの

だ。ここに銃はなく天使もいないが、銃を歌に、天使がNPCに変わるだけで岩沢達も戦って

いる。



 決して侮っていたつもりはないが、それでも岩沢に軽い気持ちで言葉を吐いたことを音無は

密かに後悔し始めていた。



 音無と岩沢の間には、今は歌しかない。







「俺、記憶はないけど多分、ライブとかは初めてだ。お手柔らかに頼むぜ?」

「最高のライブを見せてやるよ」