another プロローグ














心地よい風の吹く見晴らしのいい高台。

そんな場所にある墓地に続く道を一人の少女が歩いていた。

天然の茶色がかった長髪を少女の姉のようにリボンで縛った、まだあどけなさの残る顔立ち。

どちらかと言えばまだ幼い感じがするが、身に纏う凛とした雰囲気がその印象を裏切ってい

た。

「久しぶりだな……ここに来るのも」


この墓地から見える風景はまた格別だ。

それほどの環境なら、個人も安らかに眠れるというものだろう。

少女が最後に来たのは去年、彼女の命日に学校をサボって以来だ。


「もう、四年になるんだ……」


彼女の訃報、そしてそれと共に起こった事態に当時まだ幼かった少女は三日三晩涙したもの

だ。

しかし、彼女は強くなった。

亡き彼女の後を継ぎ、まだ彼女には及ばないが少なくとも代役くらいは務められるようにな
った。

「今の私を見たら…驚くんだろうね」


少女は微笑み、彼女の墓に目を向けた。

その墓に黙祷を捧げている人間がいた。


「こんにちは、リスティさん」

「那美か……」


ええ、とその言葉に頷き、少女―那美はリスティの横を通り過ぎると、墓に花を供え自らも

黙祷を捧げた。

そして、持っていた布袋の包みを開けると、その中から一振りの刀を取り出した。

拵えの凝った、俗に霊剣と呼ばれる刀である。

那美は抜刀すると、静かに墓の前に置いた。

すると刀から靄のような物が立ち上る。

それは、しばらくすると人の形を取った。

現れ出でた銀髪の、黒い式服を着た少年は那美と同じように黙祷を捧げた。

那美は立ち上がると、リスティに向き直った。


「お久しぶりです、リスティさん。お変わりないようで……」

「那美とシルヴィもな。元気そうで何よりだよ」


それまで無表情だったリスティはそこで初めて笑みを浮かべた。


「寮のみんなは元気ですか?」

「不必要なまでにね……まあ、元気って事に関してだったら、うちに勝てる所なんてそうな

いさ」


リスティは懐から煙草を取り出し、火を点けた。

紫煙が、静かな墓地に立ち昇る。


「ふふ、そうですね」

「お墓の掃除とかは誰がやってるんですか?」

「……主に瞳がやってる。私達もたまに……一月に一回は必ず来るから」

「ありがとうございます。本来だったら私達がやらなくちゃいけない事なのに……」


そう言って深々と頭を下げる那美とシルヴィに、リスティは笑って手を振った。


「いいって……私達だってやりたくてやってるんだから。しっかし……」


リスティは煙草を咥えたまま、墓に向き直った。


「こんなに思ってくれる妹がいるなんて……幸せだね、薫も」

「いえ……そんな」


それっきり、しばらく沈黙が続いた。


「リスティさん、管理人のお仕事は大変ですか?」

「いや、最近はそうでもない。任された時はどうしようかと思ったけど、まあ愛の料理を食

べさせられる機会が少なくなったと思えば、そう大した事もないよ」

「まだ、兄さんから連絡はありませんか?」

「ない……」

「そうですか……」

「耕介も、今頃どこをほっつき歩いてるのか……気持ちは解からないでもないけどさ いき

なり消えるなんてのは、ちょっと無責任だな」

「ごめんなさい……」

「那美が謝ることじゃないさ……さて、今日はこれから寮に来るんだろう?」

「ええ……でも、お世話になる神社に挨拶してからになりますけど」

「荷物は昨日私達が総出で運んでおいた……ちなみに部屋は薫と同じ部屋だ、ほらこれが鍵」


リスティはポケットからそれを取り出すと那美に放った。


「一応、マスターキーは私が持ってるから、承知しておいて」

「解かりました」

「……ああ、それから今日は那美の歓迎会を催す予定だから楽しみにしておいてくれ」


そして、リスティはシルヴィに向き直ってすまなそうに言った。


「残念だが、シルヴィはまだ参加できない。あの時とは結構メンバーが入れ替わってるからね」

「お気になさらず。僕はそこにいられるだけで十分ですよ」

「そう言ってもらえると助かる。真雪も連れてくから、その時に一緒に飲もう」

「楽しみにしてます」


シルヴィの答えに頷くと、リスティは墓地の入り口に向かって歩き出した。


「入り口にいるから気が済んだら声かけて」

「はい、ありがとうございます」


リスティは振り向かずに手を振って歩いていった。

那美はしばらくその姿を見送っていた。


「やっぱりいい人だね、リスティさん」

「ええ、昔から無愛想な所はありましたけど根は優しい方です」

「無愛想って……言っちゃおう」

「那美様……」

「冗談だってば……」


那美は姉の墓を見ると言った。


「薫ちゃん、私も風芽丘に行くことになりました」


姉の薫が亡くなり、耕介が失踪したことで那美が神咲一灯流を継ぐ事となった。

経験としては和真の方が上だったのだが、那美の方が霊力が高かった故の人選である。

無論、霊剣を遊ばせておく訳にはいかないので、和真も「十六夜」を使い一灯の仕事に参加

する事もある。

何にしても、神咲一灯流を継いだ事によって那美は変わった。

剣術も真剣に学んだおかげで和真ほどではないが扱えるようになったし、まじめに修行した

おかげで「御架月」も使いこなせるようになった。

そして、ようやく姉の背中が見えてきた時、那美は進路の決定を迫られた。

心の中の姉を追い、手本としてきた那美である。

和音をはじめとした家族は那美の意思を汲み取り、誰も反対はしなかった。

だから、那美はここにいる。


「リスティさんも言っていた通り、寮のお部屋も薫ちゃんと同じです」


入学式は明後日、その日から那美は薫と同じ環境に立つ。

薫が退魔師として、人間として、女性として成長した場所である。


「私もそこで、兄さんみたいな見つけられたらいいな……って思っています」

「那美様、そんな事一樹様がお聞きになったら泣きますよ?」

「いいの!とにかく、そんな人ができたら真っ先に薫ちゃんに知らせます。楽しみにしててね」


那美は抜き身のまま置かれていた「御架月」を拾い上げた。


「さて、行きましょうかシルヴィ」

「はい。では薫様、また近いうちに……」


そう言って、シルヴィは「御架月」に戻っていった。

しっかり戻ったのを確認すると、那美は「御架月」を鞘におさめ、丁寧に布袋にいれた。


「私頑張るから……またね、薫ちゃん」


そう言って一度微笑むと、那美は墓に背を向けリスティを追って歩き出した。













彼女の名前は神咲那美。

神咲一灯流正統継承者にして、霊剣「御架月」を持つ者。