another 第二話












那美は物憂げな眼差しで神社への石段を登っていた。

時折、ため息などもついていたりする。


「……も〜、ため息ついたらダメでしょう。よし!」

那美は自分に気合を入れると、残りの石段を一気に駆け上がった。


(あ……)


彼は今日もいた。

楽しそうに久遠と遊ぶなのはを賽銭箱の前に座って眺めている。

今日の彼は私服ではなく、那美の通う風芽丘の学生服を着ていた。

学年色は紫、那美より一つ上の三年生である。

男性も上がってきた那美に気付いたらしく、立ち上がって近寄ってきた。


「同じ学校だったみたいですね」


舞い上がりそうになる気持ちをなんとか押さえ、那美はそう切り出した。


「そうみたいですね……」

「そう言えば、自己紹介がまだでしたね。私、ここで巫女をやってます神咲那美と言います」

「俺は高町恭也です。妹共々よろしくお願いします」

「こんにちは、おね〜さん」

「こんにちは、なのはちゃん。また遊びに来てくれたの?」

「はい……く〜ちゃんに油揚げあげてたんですけど……よかったですか?」

「だいじょうぶよ。久遠も油揚げ大好きだから、でも食べさ過ぎないようにしてね」

「はい。く〜ちゃん、あそぼ」

「く〜ん」


なのはは満面の笑みを浮かべると、また久遠と一緒にはしゃぎ始めた。

それを見守る恭也に、那美は昨日から感じていた事をぶつけてみた。


「あの、お伺いしてもよろしいですか?」

「なんでしょう」

「高町先輩は何か武道をやってらっしゃるんですか?」


そんな那美の言葉に恭也は意外そうな顔をした。


「どうしてそう思ったんです?」

「私、剣術をやっているので一応そういうのは解かるんです」


その言葉を受けて、恭也は那美の体をまじまじと眺めた。

そうした上で、怪訝そうに首を傾げる。


「……今、失礼な事考えませんでした?」

「は?……いや、あまりそういう事をやってるようには見えなかったので……」

「自分で似合ってないのは分かってますけど」


拗ね始めた那美を見て、恭也は慌てて話題を逸らした。


「神咲さんはどういう流派を?」

「鹿児島の実家でやってるんですけど、神咲一刀流って言います」

「うちは御神流……本当はもっと長い名前なんですけど、略してこう言ってます。小太刀二

刀の流派なんですけど、それを妹と二人でやってまして……」

「小太刀……しかも二刀って珍しいですね」


那美の実家にも小太刀がない訳ではなかったが、大多数が通常の刀を用いていたため(師範

である一樹や和真があまり小太刀を扱えないため)、そういった特殊な武器とは全く縁がな

かったのである。


「よかったら、妹と手合わせしてもらえませんか?今度風芽丘に入った一年生なんですけど」

「私で相手が務まるんでしょうか?」


既に恭也に感心している那美は少し腰が引けている。

二人で……という事は、その妹の相手も恭也が務めているのだろう。

この恭也の練習相手だと考えると、どうしても自分の方が格段に劣っているような気がして

ならない。


「大丈夫ですよ……」


その瞬間、何かを感じた那美はとっさに飛び退った。

さっきまで那美がいた場所を恭也の手刀が薙いでいく。

それを見て、那美はぽかんと口を開けた。


「ね?」


そう言っておどけてみせる恭也に那美は一瞬見とれてしまったが、時がたつに連れて段々と

怒りが込み上げてきた。


「ひどいじゃないですか高町先輩、何てことするんですか!?」

「い、いや。神咲さんの実力を示そうと―」

「だからっていきなりやらないでください。恐かったんですから……」


那美の目に涙が滲んでくる。


「その……すいません……」


恭也の方も気まずくなって押し黙ってしまった。

そのまま続けば、いつまでも黙っていそうな二人だったが、戻ってきたなのは達によってそ

の沈黙はあっさりと打ち砕かれた。


「おね〜さん泣いてるの?……お兄ちゃん、おね〜さんをいじめたの?」


腰に手を当てて詰め寄るなのはに、恭也はさらにたじろぐ。

めったに見れなそうな光景だったので、那美はもうしばらく止めずに眺めていようかと思っ

たが……。


「!……久遠だめ!」


那美は危険を察知して叫んだが、一足遅かった。

ぼひゅん!!

閃光と共にそんな音が響き、久遠は人の形をとった。

そして、呆然としている恭也に取り付いたと思うと……。


ずぁしゃ!!!


やたらと不吉な音と共に恭也は地面に崩れ落ちた。

後には満足げな久遠と、事態に全くついていけていないなのはと、これからの問題に頭を抱

えて悩む那美が残った。
















「なるほど、そういう事ですか……」

久遠の電撃で焦げた恭也を何とか本堂に運んで介抱することしばし、那美は目覚めた恭也と

なのはに自分の仕事と久遠の正体について説明し終えていた。

久遠はまだ人の形を取っており、那美の隣りにしゅんとして座っている。


「とにかくすいませんでした」


那美は久遠と一緒に深々と頭を下げた。


「そんな、むしろ悪かったのは俺の方なんですから……。神咲さんを泣かせた訳ですし……」

「そうです。おね〜さんを泣かせたお兄ちゃんが悪いんです」


ちらとなのはに軽く睨まれて、恭也は萎縮してしまった。

さしもの剣豪もこの妹には頭が上がらないようである。


「なのはちゃん、久遠の事だけど……」

「私は気にしません。く〜ちゃんが人になれるならもっと一緒に遊べるし」


いきなり人に化けた久遠にも怯まず、なのはは前にもまして久遠にじゃれていた。

久遠もなのはの人柄が解かったのか、安心しきった表情でなのはに抱かれている。


「で、お詫びになにかできればいいんですけど……」

「いいですよ。非は俺にあるんですから」

「それでは私の気がすみません」


久遠の電撃をまともに食らったのだから、最悪障害が残る可能性もあったのだ。

もしそうなっていたら、那美の一生を棒に振っても取り返しがつかない。


「高町先輩、何組ですか?」

「三年G組ですが……」

「でしたら、明日お昼をお持ちします」


もちろんそれで制裁できるとは那美も思っていないが、今は何か形にしないと気がすまなかった。


「ですが……」


恭也はなおも反論しようとしたが、那美の視線に押され結局は了承した。


「わかりました。では、お願いできますか?」

「任せてください。迷惑をおかけした分腕によりを掛けて作ります」

「はは……さて、ではそろそろおいとまします」

「もう帰ってしまうんですか?」

「お仕事の邪魔をする訳にはいきませんからね。いくぞ、なのは」

「は〜い。く〜ちゃん、おね〜さん、またね」

「ばいばい……なのは、きょうや」

「また来てくださいね」


簡単な挨拶を交わして、高町兄妹は帰っていった。


「さて、だめでしょう久遠。人の前で変身しちゃ」

「那美、いじめられてる……思ったの」

「……でも、あの人達が受け入れてくれてよかったわね」

「うん……なのはと久遠、おともだち……」


嬉しそうに笑う久遠につられて、那美も笑みをこぼした。

久遠にとっては初めての同年代(?)の友達である。


「ねえ、那美?」

「どうしたの、久遠」

「那美……お料理できるの?」

「う……ちょっと自信ないかも……」


さざなみ寮は女性しかいないが、基本的にあの場所の台所は管理人である所のリスティが預

かっている。

それが結構美味しいせいか、那美をはじめ他の寮員はあまり料理をしない。

だから、何かの都合でリスティが寮を空けるとすごい事になる。

(下手をすれば、愛の料理の餌食である……)

とは言え、言ってしまった手前作らないわけにもいかないし、恭也に弁当を作ってあげたい

気持ちもある。


「よし、帰ったらリスティさんに教えてもらおうっと。そういう訳だから久遠、今日は早く

帰りたいからお仕事手伝ってくれる?」

「わかった……」


那美は早速着替え、久遠と共に張り切って掃除を始めたがやる気だけが空回りし、いつもよ

り余計に時間がかかった事をここに記しておく。


















(那美が料理ねえ……)


夕食後、各自が部屋で寛いでいるような時間、さざなみ寮の台所に那美とリスティの姿があ

った。

リスティの仕事は特殊である。

忙しい時はとことん忙しいが、暇な時はとことん暇なのだ。

で、今日はその暇なサイクルに当たっていたため猫達と戯れていた所、那美が転がるように

帰ってきて料理を教えてくれと来た。


(いよいよ本気だね。真雪の勘も侮れないな……)


幸い、那美の料理の腕前はそれほど悪くはない。

とりあえず、相手の身の安全は保障できそうだ。


「もう少し素早くやってくれ」

「はい!」


もし、その相手が今の那美を見ていたらそれだけで味の心配はしなくても済みそうだ。

エプロンをして、あたふたといったり来たりするこの姿は、弁当の味を素晴らしい物に変え

てくれるだろう。


「ちゃんと食べられるお弁当作れるんでしょうか?」


那美はお玉を持って首を傾げた。


「私の指導が信じられないのかい?」

「い、いえ……決してそのような……」

「まあ、心配することもない。ところで、料理に一番重要なのは何だか解かるか?」

「技術とか経験ですか?」

「愛情さ。でも、お弁当ってのは少し古典的な気もするけど……。さて、今晩はこんな物だ

ろう。後は風呂にでも入って明日に備えるんだね」

「はい、じゃあお先に失礼します」


那美はエプロンを外すと台所を出て行った。

リスティは懐から煙草を取り出そうとして止めた。


(台所で煙草ってのもね……)


そう思い直すと、リスティもエプロンを外し居間を横切って縁側に出た。

そこで煙草に火を点け、煙を吐き出す。


「愛情ねえ……」


我ながら恥ずかしい事を言ったと思うが、間違いなく本心でもある。

中には愛の料理みたいにいくら愛情を込めても食べられない物もあるが、たいていの場合は

これで乗り切れる。

いつでも相手の事を考える。

それは何においても当てはまることだ。

那美が薫を手本としていたのと同様に、リスティが手本としていた人間から学んだことだ。


「青臭いとか言わないでよ」


誰にともなく呟くと、リスティは仰向けに寝転がった。


――――。――――。――――。


そこに電話が鳴った。

リスティは感覚を巡らせて寮内を見たが、誰も出る気配がない。


「やれやれ……」


起き上がって煙草を消すと、リスティは電話の所まで転移した。


「はい、さざなみ寮」

『あ……リスティ?』

「フィリスか……どうした?」

『ちょっとリスティに相談したいことがあって……』

「何?恋の相談?」

『…………』

「……まさか図星?」

『そうだけど……リスティ何かいい事あった?』

「まいったな……声にまで出てるなんて。まあ、それは置いておいて、フィリスも恋?」

『ええ、この前病院に来た人なんだけど―』


フィリスの話を聞き終えたリスティは笑うのを押さえられなかった。


『リスティ……どうしたの?』

「いや、因果なものだと思ってさ……。ま、那美と一緒に応援するよ」

『ありがとう。じゃあ、またね』

「おやすみ」


電話を切ると、リスティは静かにため息をついた。


「こうも周りで騒がれると一人身が空しくなるな……でも、退屈はしないか」


空しくなったからと言って、相手を探そうなどとは思わない。

海外にいるゆうひや知佳も、国内で頑張っているみなみも、寮に残っている自分達も考えて

いる事は一緒だろう。


「損してるね……絶対」


リスティはそう言うと、棚から酒を取り出して二階に上がっていった。

久しぶりに愛も交えての飲み会は、朝方那美が起きてくるまで続いていた。