another 第五話














まだ会場前にも関わらず、席はほぼ人で埋め尽くされていた。

主催者サイドもそれを見越していたのか、コンサートの前座を務める少女達が舞台袖を忙

しなく動き回り、客に少しでも楽しんでもらおうと準備を進めている。

まだ、その前座すら始まっていないのにフィアッセを始めとしたスクールの生徒達、そし

て主催者であるティオレ本人も舞台袖に待機し、緊張した……しかし、どこか楽しんで

いるような面持ちでそれを見つめていた。

それは、彼女達のほとんどがこの会場に迫っている危険の事を知らないからだろう。

美沙斗達のテロがあった事は、スクールの生徒でも一部の人間しか知らされていない。

彼女達の警護はあくまで秘密裏に行われているのだ。


「始まってしまいましたね……」

「そう……ですね」


そんな彼女達から少し離れた場所で、那美達は別の緊張を持ってその様子を見つめていた。

その場にいるのは那美、恭也、リスティの三人。

美由希は知佳と、セルフィはフィリスと組んでホテルの周辺、内部の警邏を担当してもら

っている。

また、警防隊も含めた那美以外の全員は一般客を装うために礼服を着ているが、その服は

ティオレから送られた特殊な物で動きやすく、各種装備を入れられるようになっていた。


「こうして見るとさ……那美も結構薫に似てるんだな……」


ティオレは当然那美の分も用意してくれたのだが、那美はその服を着ることを謹んで辞退

し、自分で用意した服を着ていた。

それは風芽丘の制服でも、いつもの巫女服でもない。

薫が退魔の仕事の時に来ていた白を基調とする式服である。

さらに今回は髪を束ねるリボンまで彼女の形見である物を使っていた。


「薫ちゃんの方が美人ですよ」

「それは見る人間の好みによるだろうさ。恭也は那美みたいにぽや〜ってしてる方が好み

だろう?」

「そうですね。きつい印象を与えるよりは―」


那美とリスティは徐に天井を見上げた。


「来ましたか?」

「ああ。しかもご丁寧に誘いをかけてるよ。那美の相手が屋上、恭也のは……ティオレ


女史の部屋の下の階……まあ、そこまで行けば分かるだろう」


「分かりました……それでは行きましょうか、神咲さん」

「私の仕事を増やすんじゃないぞ。手練の刺客の相手も、お前達の葬式の喪主も私はごめ

んだからな」


リスティの軽口に笑顔で応えると、那美と恭也はその場を後にした。















「結局、御神流を極めることはできたんですか?」


那美達はエレベーターを使わず、非常階段を使って目的地を目指していた。

ホテルの外は別世界のように静かで、ホールのざわめきが嘘のように思える。

だが、平穏に見えるその風景の中にも警防隊の隊員が目を光らせているはずである。

それほどまでに警備は厳重なはずなのだが、これからの相手はその隊員に気付かれずに突

破してくるような手練だ。


「一応は……。それでも俺は御神の剣士として完成することはありませんけど……」


その原因を思い出してか、恭也は自重気味に笑って自分の膝を指した。

恭也の膝の事は那美も聞いている。

まだ幼かった頃の交通事故が原因らしいが、この前ヒーリングをかけた時に分かった事がある。


「そのことなんですけど……私がヒーリングを続ければ何とかなると思いますよ」

「本当ですか!?」

「……私が高町先輩に嘘をついてどうするんですか?」

「ですね……。では、今度時間が取れるときにでもお願いします。で……そのヒー

リングもああいうのなんですか?」


那美はしばらく考えをめぐらせたが、やがて恭也の意図する所に至ると赤面して俯いて

しまった。


「いえ、急ぎではないのでしたらああする必要はありません。?……高町先輩、その傷

どうしたんですか?」

「え?」


見逃してしまいそうなほど薄っすらとした物ではあったが、恭也の左頬に何かで引っかい

たような傷があった。


「……ああ、おそらく美由希の鋼糸を受け損ねたんでしょうね」


恭也本人も今まで気付いていなかったらしく、その傷を摩りながら言った。


「結構新しい傷ですよ?……やっぱりちゃんと休まなかったんですね……」

「すいません。じっとしてると、何だか落ち着かなくて……」


悪戯が見つかった時の子供のような顔をする恭也に、那美はため息をついた。


「いいですよ。私もその気持ち解かりますから……。ちょっとじっとしててもらえます

か?」


那美は適当な踊り場で恭也を止めると、少しだけ背伸びをして恭也の頬に口付けた。

二人の影が重なり、しばらくその空間を静寂だけが支配する。


「はい、終わりました……!?高町先輩……」


治癒が終わり、離れようとした那美を恭也は抱きすくめた。

那美も最初こそ抵抗していたが、恭也の腕がまったく緩まないのが解かると、彼に身を委

ね自らも腕を回す。


「突然こんな事するなんて……ずるいですよ?」

「もしかしたら、もう会えないかもしれませんからね。死ぬ間際に後悔だけはしたくない

ですから……」


そう言って、恭也はさらに強く那美を抱きしめた。


「好きです……神咲さん」

「高町先輩、やっぱりずるいです。いきなり言われたって答えられる訳ないじゃないです

か?」

「いえ、これは俺の我侭ですから気にしなくて―」


那美は恭也の唇を自分のそれでふさいで、言葉を遮った。


「……答える言葉はありませんでしたけど、受け止める覚悟はありました」

「ずるいですよ、神咲さん……」

「高町先輩もそうだったんですから、これであいこです」


那美は恭也から離れると頬を膨らませて言った。

言うだけ言って逃げるつもりだったらしい恭也は、ばつが悪そうに頭をかきそっぽを向く。


「私がこの身を捧げる覚悟を固めたんですから……高町先輩もちゃんと無事に帰ってき

てください」

「これは……おちおち怪我もしてられませんね」

「怪我だったら私が治せますけど?」

「そうでした。ですからそれは楽しみにしておきます」

「もう……時間みたいですね。いってらっしゃい、恭也さん」

「行ってくる、那美」


恭也は那美の好きな笑顔を浮かべると、一気に階段を駆け上がり美沙斗の待つ階へと消え

ていった。


「私も……行かないと。薫ちゃん、私を守って……」


遠ざかってい恭也の気配を感じながら、那美も階段を駆け上がった。

亡き姉の願いを叶えるための、自分だけに用意された場所へ……。




















「お待たせしてしまいましたか?」

「いや、それ程でもない。これまでに掛かった時間に比べればな……」


美沙斗の気配を感じ入ったその部屋で、彼女はその部屋の中央に立ち、目を閉じて恭也を

待っていた。

元々空き部屋だったのか、美沙斗が手配した部屋なのかは知らないが、二人の他に人の気

配はない。当然、伏兵の可能性も薄い。


(それが、これから増援が来ない可能性には繋がらないけどな……)


恭也は入ってきたドアを閉め、美沙斗に向き直った。


「美沙斗さん……ですよね?」

「ああ、間違いなく御神美沙斗本人だ」

「どうして、こんな事を?」

「お前に答える必要はない……」


そう言って、美沙斗は小太刀に手をかけた。

臨戦体勢、返答次第では戦うことも辞さないという意思表示。


「最後の警告だ……そこを退け。私の邪魔をするな」

「美沙斗さんの頼みでもそれは聞けません。俺の役目は―」


キンッ!!


明らかに頭部を狙った美沙斗の飛針を抜刀した小太刀で防ぐと、恭也は残りの小太刀も抜

いて、美沙斗に挑みかかった。


(美沙斗さん、あなたをあるべき所に戻す事です!)























「それは何の仮装なんだ?」


屋上に着いた那美が、真っ先にかけられた言葉はそれだった。

その方を見ると、あの襲撃の時の男―リプルがこちらに背を向け、月を見上げたいた。


「貴方に会うには……この格好が一番相応しいと思いました」

「違いない……」


リプルはサングラスを外し、那美の方に向き直る。

予想していた、そして那美が再び会えることを待ち望んでいた男性が、彼女の記憶の通り

に優しく微笑む。


「久しぶり……かな?この前一回会ったけど」

「お久しぶりです兄さん。まさか、こんな所で会えるなんて夢にも思ってませんでした」

「俺もだよ……寮のみんなは元気にやってる?」

「はい……今はリスティさんが管理人をやってます。寮は兄さんがいた頃よりも広く

なって、寮員も増えたんですよ」

「あのリスティが管理人ね……。時間が経つのは早いもんだ」

「……さざなみ寮に戻る気はないんですか?」


それはリスティ達、当時のさざなみ寮のメンバー全員の願いであり那美本人の願いでも

ある。

だが、リプル―耕介は考えもせずに首を横に振った。


「ないよ。あそこはもう、俺の戻る場所じゃない」


耕介は抜刀するとその切っ先を那美の方に向けた。


「やるなら、さっさと始めよう。悪いけど、俺にはあまり時間がないんだ」

「分かりました……。では、行きます!」


那美は抜刀すると、刀を正眼に構える耕介に向かって疾走した。

その間合いの入る直前、幻を残して耕介の背後に回る。


キンッ!!


「六十点かな……」


耕介は右手だけで持った刀でそれを防ぐと、綺麗に体を捻り那美の腹に回し蹴りを放った。

それをまともに食らった那美は軽々と吹き飛び、屋上を転がる。

那美は「御架月」で体を支え、立ち上がった。

刀を肩に担いだ耕介はその様子を悠然と見下ろしている。


「おしむらくは腕力不足かな……。でも術を使えることも考えると、総合的に見れば、

高校の時の薫といい勝負すると思うよ」

「兄さんは……変わったのかそうでないのかよく分からないですね」

「そうかな?自分では結構変わったつもりだけど……」


那美は深く息をはくと、「御架月」に霊力を注ぎ込んだ。

耕介も那美のその行動を見てとり、自身の刀に霊力を込める。


「神咲一灯流、神威・楓陣刃!!」


放ったそれを追って、那美は耕介に走る。


ばしゅあ!!


耕介は那美の放った楓陣刃を避けようともせず、刀で払い消失させた。


キッ!ギン!!


追の太刀「疾」、閃の太刀「弧月」

一灯では基本の攻め方であるだけに耕介は那美の斬撃を易々とさばく。

本来ならばこれで終わりのはずである……が―。


「神咲一灯流、「雷」!!」

「金剋木!金気をもって木気を剋す!!」


術で「雷」を払うと耕介は「御架月」を奪い取り、那美を強引に放り投げた。


「くっ!……」

「もうやめよう。那美をこれ以上痛めつけるのは、忍びない」

「兄さんは……どうしてこんな事をするんですか?」


あちこち痛む体を何とか支えて立ち上がり、那美はまっすぐ耕介を見据えた。


「こんな事?」

「ゆうひさん達のコンサート、どうして邪魔するんですか?」

「大人の事情……って答えじゃだめかな?」

「薫ちゃんはこんな兄さんを見ても喜びませんよ?」

「だろうね。薫でも、那美と同じことをすると思うよ」


それどころか、どうしても力が及ばないと判断したら、例え刺し違えてで耕介を止めるだ

ろうことは、想像に難くない。


「だったら―」


「那美、君は大事なことを忘れてる……」








「薫は、死んだんだ」









「……だったら、私が薫ちゃんの代わりに兄さんを止めます」
「そう……」


耕介は「御架月」を放った。

彼の手を離れたそれは弧を描き、那美の前に突き刺さる。


「次で最後にしよう。お互い、後腐れのないように……」


那美の返答を待たず、耕介は霊力を高め始めた。

そのプレッシャーは今までの比ではない、抵抗しなければ間違いなく殺される。


(シルヴィ……奥義を全力で放つから手伝って)

(本気ですか那美様。下手をすれば、双方ただでは済みませんよ?)

(だからって、兄さんをあのままにはしておけないでしょう?)

(……那美様の仰せのままに……)

「神気発勝……」


那美は引き抜いた「御架月」の力を借りて始める。

最高クラスの式具たる「御架月」を擁しているが、那美と耕介には絶対的な霊力の開きが

ある。

同じ技を放ったところで確実に相殺できる訳ではないが、他に方法もない。

シルヴィの言う通り、危険な賭けだった。

鏡に映したように二人、同じ構えを取る。

薫の願い……受け継ぐことができるのは、おそらく那美だけである。











『神咲一灯流奥義、封神・風華疾光断!!』



――――――!!!





光が弾け、衝撃がホテル全体を揺るがした。