クロニクル・ディズアスター 第二話







「忘れてる物があるような気がします…」
「なに? って言うか、改めて持ってくるような物なんてないと思うけど…」
「こういう奴で…首から下げる…」

 そう言って、ざからは手を広げて大きさを示し、そこに物があるかのように扱ってみせ
た。耕介は、う〜んと考え…

「もしかして…火の用心ってやつ?」
「それです。何も音がないと、やっぱり寂しいと思いませんか?」
「いや、あれは冬にやるものだって…」

 そろそろ初夏に入ろうかという季節に火の用心も何もあったものではない。それでも、
退屈だ何だとごねるざからをどうしたものか、と耕介が途方に暮れていると、

「ざから。真一郎さんに頼まれた仕事なんだから、ちゃんとやりましょうね」
「分かってますけど…退屈です」

 最強の魔人と言えども『ご主人様』の名前を出されると弱い。それでも、甘い物と同じ
くらい戦いの好きな彼女は口を尖らせて反論すると、足元の石を蹴った。

 退屈ならせめて、真一郎達と一緒に行きたかったざからであるが、この編成は彼本人が
行ったものである。文句ははいて捨てるほどあるのだが、そんなことを言おうものなら一
週間くらいおやつ抜きを言い渡されてしまうため、文句の一つも言えやしない。

「それより、ごめんなさい。義父さん」

 ぶつぶつ言いながら拗ねるざからの頭を撫でつつ、雪は耕介に向き直った。本来なら何
の関係もない彼を、人手が足りないというこちらの都合で巻き込んでしまったのだ。

 子供も生まれて表裏の仕事も忙しいはずなのに、この男性は嫌な顔一つせずに同行して
くれている。その人柄故に、今の仕事に落ち着いてしまった彼は、当然のように微笑んだ。

「別に気にしなくてもいいよ。リスティも落ち着いてきたところだし、困った時はお互い
様だろう?」

 そう答える耕介は、武装していた。服装はいつものままだが、霊剣御架月の他、退魔の
仕事に持ち出すような細々とした道具を持参していた。雪もざからも、程度の差こそあれ
武装はしている。

 はっきり言って、このメンバーならば並の霊障なら一瞬で、高位の妖怪でも相手にすら
ならないであろう。だが、今回の相手は妖怪よりも遥かにやっかいで、このメンバーでも
まだ不安の残る始末だった。

「それにしても…異世界ねぇ。非常識には慣れてるつもりだけど…

 退魔の仕事はあくまでこの世界のみで処理される出来事であるため、『異世界』という概
念にはあまり縁がない。この辺は個人で調べているかどうかで知識の差が出てきて、神咲
の中では、真一郎と親交のある葉弓が一番博識であろう。

 が、それにしても、魔術師を『本業』にしている雪には遠く及ばない。結局の所、この
事態に対処できるのは魔術師である真一郎に雪、それから相川邸で留守番を決め込んでい
るエリザだけで、耕介やざからはあくまでその露払いである。

「基本的には霊障と大差はないようですよ。久遠の雷でも対処できたと、先生も言ってい
ましたから」

 ちなみに、エリザがそれを知っているのを久遠は知らない。元来、使い魔の行動という
のは主に筒抜けになるもので、久遠のそれも例外ではない。

 だが、『盟約』の術を施した時に真一郎はそこまでの強制をかけなかった。だから、真一
郎が望めば記憶を探ることも可能であるが、そうでない時には久遠のプライバシーは保障
されている。今回も、真一郎は久遠の記憶に関しては何も調べてはいないが…

 理屈の上で、主の主はやはり主なのである。エリザの『使徒』的扱いである真一郎の使
い魔の行動は、エリザも把握できる。そんな訳で真一郎の知らない久遠の行動を調べたエ
リザは、それを元にイデアシードの分析を進めているのだった。

「とにかく私達は見回りをしてればいいんですよね?」
「イデアシードを発見したら、回収しなきゃいけないけどね…」
「まあ、気長にやろう。俺達じゃなきゃできない仕事をさ」
「ご主人様達はだいじょうぶですかね〜」

 遊んでいた石を遠くに蹴りだして、ざからはぽつりと呟く。

「だいじょうぶよ。七瀬さん『達』もいるし…」

 とは言っても、さしたる確信がある訳でもない。今までにない相手だけに、雪自身も不
安でしかたがないのだ。

 空を見上げて、ざからや耕介にばれないようにそっと祈りを捧げる。

(真一郎さんや、七瀬さん達が…どうか、無事でありますように…)






「なのはちゃんはもう帰ったのかな?」
「…大丈夫ね。お仕事してから、そのまま真っ直ぐ帰ったみたいよ」

 七瀬は閉じていた目を開き、探査を打ち切った。

 彼女の探査能力は、全退魔師中(厳密には七瀬は退魔師ではないが、神咲の本家では退
魔師という扱いになっている)最高で、真一郎とリンクしている状態なら、海鳴全域くら
いは一人で軽くカバーできる。

 今回の魔法を使うなのはを秘密裏にカバーする仕事でも、彼女の能力はいかんなく発揮
されていた。一緒にいる妖精さんに察知されるといけないので、真一郎が補佐をして、さ
らに万全の『注意』を払っていた。

「俺達、どうする?」
「見回り…かな、エリザの頼みを疎かにしたら殺されちゃう」
「あああ…」

 ぐるり、と真一郎は『眼下』を見下ろした。広がるのは、仄かな光達…いつもとは違う
視点に、真一郎は自分の中の高揚感を意識していた。

「でも、なのはちゃんも凄いね。小学生なのに、こんな仕事してるなんてね…」
「魔法少女だからね。本当は見てない所で、変身とかしてるのが王道なんだろうけど」
「あああ…」

 この前、真一郎に遠回しに馬鹿にされた時依頼、七瀬は個人的に学習していたようだ。
部屋にはどこからか持ってきたらしい漫画本(オフィシャル、アンオフィシャル問わず)
が散乱しているのだが、その集めてきた物も誰の趣味か、妙に偏りがあった。

「エリザにも、困ったもんだ…」
「仕事押し付けられるのは困りものだよね…」
「ああ…あああ…」
「ちょっと、美由希大丈夫?」
「…え? ああ、だいじょうぶ…だと、思います」
「口調が全然大丈夫じゃないって…」

 顔色は見本のように悪く、口調には欠片も余裕がない。それもそのはず、生まれて初め
て生身で『空を飛べば』、動転くらいするだろう。

 今となっては楽しんでいる真一郎だったが、最初に面白半分で七瀬に抱えられて空を飛
んだ時には、気が動転…というか、絶叫し続けたものだった。

「ほ〜ら、美由希ちゃん? 怖くないですよ〜」

 完全に子供扱いで、真一郎は美由希を抱えて、頭を撫でる。七瀬に背中を掴まれる感じ
で飛んでいるために、三人で固まって飛んでいる…傍から見れば、何とも言い訳のできな
い状況になってしまうだろう。もちろん、その際一人だけ悪者になるのは、真一郎だけで
あろうが…

「真一郎さん…あのですね…」
「ん? 落ち着いた…」
「落ち着きましたけど…その、もういいですから…」
「…まだ落ち着いてないみたいだからね。もう少しこのまま――」

 ふと、真一郎の笑みが引き締められる。次いで全身の感覚を研ぎ澄ませて七瀬に同調、
索敵を開始。

「…七瀬、分かる?」
「……あっちね。一人、エリザと似た感じだけど…比べると、かなり弱い」

 自分で勝手に分析して、七瀬は進路を変更する。見回りを始めてから初めての当たり。
飛行のスピードも、無意識に上がっていった。

「なら、俺達だけでも大丈夫か…美由希ちゃん、相手が見つかったみたいだ。このまま行
くけど、戦えるかな」

 美由希は、人手が足りないという理由でつれてきてしまったようなものだ。いくら御神
の剣士とは言え、退魔師でもない彼女にはこの状況は辛いに違いない。

「だいじょうぶ…です。私も、戦えます」

 だが、美由希は気丈に頷いた。首に下げられた牙の形をしたペンダントを握り締め、目
を閉じる。

 目を開けた時には、美由希の心は澄み切っていた。さきほどまでの動揺は微塵もない…
そこにいるのは、『剣士』高町美由希だった。

「…そろそろ着くわ。どうする?」
「とりあえず、俺だけで先にやってみる。七瀬と美由希ちゃんは、頃合を見計らって加勢
して」
『了解』
「じゃあ、行く!」

 その言葉と共に…真一郎は七瀬の影響下を離れ、中空に放り出された。空気の流れる音
が、耳に痛い。空を飛ぶなどというものではなく、落下…そう、真一郎は落ちていた。

(このままだったら死ぬよね…)

 死んでも命があるかもしれないことは知っているが、だからと言って試してみる気もな
い。

 迫り来る地面を見据えたまま、真一郎は霊力を練った。この辺になってくると、地面の
様子もようやく見えてくる。

 人間は…一人。黒一色の服に身を包んだ、小さな人影…どうやら少年のようだ。小さな
瞳と、真一郎の目が合う。いや、合ったような気がした。

 無意識に、真一郎の頬が緩む。好戦的な笑み…真一郎に浮かべる笑みにしては、珍しい
類の物――今夜の彼は、やけにハイなようだ。

『風よ、我が身に集いて翼となれ!』

 霊力と共に、呪を紡ぐ。編まれた言葉は力を持ち、真一郎の意思に従って収束した空気
は風となって、自身の落下速度を殺した。

 巻き上げられた砂が少年と、真一郎の間を流れる。

 少年というのは錯覚だったか…そう思わせるほど、目の前の少年の雰囲気は研ぎ澄まさ
れていた。

 恭也のように刺すようでもなく、耕介のように圧倒するでもない。ただ、そこにいるだ
けで周囲に影響を及ぼしかねない…そんな無視できない存在感が、黒い服の少年には付き
まとっていた。

「いい晩だ…君も月見だったりする?」

 冗談のつもりで言ってみるが、真一郎も少年も月見をするような格好ではない。真一郎
は私服なものの、手には『骸手』をつけている。空中には七瀬と美由希も待機しているか
ら、霊障相手の布陣と言っていい。

 対して少年は、その小さな体に似合わぬ大きめのコート。手には、自身の身長を越す大
きさの杖が握られている。

「貴方は何者ですか?」

 ゆらり、と杖を構えて少年はこちらを向く。

 この場で杖、と言えばファンタジックな物が正統であるのだが、眼前の少年の持ってい
る杖はファンタジーとは程遠い、機械臭さが感じられた。

「君に会いに来たって言って…信じてもらえるかな?」
「信じますが…それは僕にとってマイナスにしかならないでしょう…」
「平和的な歩み寄りをしたいんだけどね…それも無理か」

 最初から期待していた訳ではないが、真一郎は話し合いで解決することを本気で諦め、
両の『骸手』霊力を込めると、構えを取った。

こちらの意思を汲み取り、少年も杖を構えなおしこちらに向き直った。

 相手は、ほぼ間違いなく魔術師。それも、かなりの使い手…おそらく、魔術の腕だけで
は、真一郎は及びもつかないであろう。

 だが…こちらにあって少年にない物がいくつかある。一つ目は――

「さあ、始めようか!」
 
 真一郎が踏み込むと同時に、少年はその顔に僅かな焦りを浮かべて大きく跳び退った。
その瞬間、さっきまで少年が居た場所に上空から銃弾に近い速度の礫がいくつも着弾する。

 その礫の雨を縫うようにして、七瀬の力を借りた美由希が着地。まだ、態勢の整ってい
ない少年に対し、気合と共に切りかかる。

 少年にない物の一つ…仲間の存在である。

 エリザの寄越した情報が確かなら、この少年は異界の人間――最低でも、その関係者と
いうことになる。その上、目的はイデアシードなどという、間違っても世間には公表でき
ないような曰くありげな代物を取り扱っているのだ。

 そんな中、エリザも居座っているこの街で援軍など期待できるはずもない。少年になく
て、真一郎達にある物…その一つが、この仲間の存在だった。

 七瀬の念動による弾丸に、美由希の剣術。これに真一郎のフォローが加われば、並の一
流でも対応することは不可能である。

「レイデン…イリカル・クロルフル…」

 だが、相手は並の一流ですらなかった。間髪入れずに落下してきた美由希の斬撃を杖で
辛うじて受けると、術を用いて距離を開け魔術を発動させる。

 本能に入った警告に従って、真一郎が足を止めた。視覚的には何の変化もないが、その
空間は魔術にあまり縁のない美由希でも察知できるほど、異質に変化していた。

 そこに現出したのは、圧縮された空気の弾丸…一発でも当たれば、夜の一族でもダメー
ジは免れない。それが、少年の杖の一振りで無数に生み出されたのだ。

 それらは一斉に、全周囲に無作為に射出された。

「だぁ!…くそ、魔術なんてずっこいぞ」

 凶悪な威力を誇るそれら不可視の弾丸を、同じく驚異的な身体能力で真一郎は全て避け
る。向こうでは、美由希も持てる技術を総動員して、何とかノーダメージで避けることに
成功していた。幽霊である七瀬は、避けるまでもない。

「真一郎さん…だんだん話が見えなくなってきたんですけど…」

 ぼやきつつも、美由希は目の前の少年に油断なく注意を払っている。

「俺にも分からないよ。そういうことは…本人に聞くしかないでしょ」

 話が見えないのは真一郎も同じだった。聞きたいのは山々だが、少年に聞くなどという
ことができるのだったら、誰も苦労はしない。

(エリザの名前を出したら、引いてくれるかな?)

 可能性はなきにしもあらずだが、ここで賭けに出て取り返しのつかないことになったら、
後々面倒なことが起こるのは必至である。

 普段は何があっても動かないエリザが重い腰を上げた以上、取り返しのつかないことに
なるなど、絶対にありえないのだが…

「何はともあれ…ここは勝たないといけないなぁ…」

 美由希と七瀬の連携、少年が逃げないという条件が揃っているというのなら、決して不
可能ではない。

 不可能でないのなら、可能である。それは『最強』の名を欲しいままにするエリザが真
一郎に教えた言葉の一つだった。

「分かっていると思いますけど、僕らがこのまま戦えばどちらも怪我をする」
「でも、ここで俺達が何もしないと重要な手掛かりを持つ君が逃げちゃうからね…」
「引いていただければ、痛い目を見ないで済みますよ」
「素直に言うこと聞いてくれれば、俺達はこのまま帰れるんだけどな…」
「歩みよりはありえないみたいですね…」
「でも、私達の勝ちよ」

 少年が飛びのこうとするのと、その声が響くのはほとんど同時だった。

 その声の主、春原七瀬は少年に向けて腕を突き出し、その動き全てに全神経を集中させ
ていた。

「貴方素人ね。普通はここで長話なんてしないものよ…あ、動いたら…分かるわね? 魔
術を使おうとしても同じ…少しでも不穏な動きがあったら、このまま痛い目を見せること
になる…」

 少年は、真一郎と七瀬、美由希を交互に見て、杖を持った腕を下ろした。その手の中で、
身長よりも大きかった杖が、手のひらサイズのカードに変化する。

「とりあえず、貴方達を信用して投降します」
「御協力に感謝するよ」

 美由希が小太刀を鞘に納め、真一郎は込められた霊力を消す。

 こちらに危害を加える様子がないことを確認してから、少年は真一郎達に歩み寄った。

 月影に照らされるその姿は、人形のような無表情とあいまってひどく現実離れした美し
さを醸し出していた。

(こいつは…将来が楽しみだな…)

 初めて、自分と同じ属性の人間に会ったような気がして、真一郎は少し妙な気分なった。

「とりあえず自己紹介を…僕は――」
「ストップ。こんな所で立ち話もなんだから、俺の家に移動しない? 紹介したい人とか
いるから」
「御迷惑でないようだったら、伺わせていただきます」

 さっきまで敵対していたことなど微塵も感じさせない仕草で、少年は頭を下げた。その
身を包んでいたコートは、少年がその裾を撫でただけで、こちらの標準的な服装に変化す
る。

 雪が見たら喜びそうな光景だ。少なくとも、彼女や真一郎はここまで巧妙に世界に干渉
することはできない。魔術師としての実力だったら、この少年は確かに自分達を凌駕して
いるようであった。

「んじゃ、行こうか。七瀬、人数増えちゃったけど頼める?」
「他に方法ないでしょ…」
「あの…また、飛ぶんですか?」
「そう、飛ぶ。ごめんね、美由希ちゃん。もう一回だけ、我慢してもらえるかな…」
「うう…努力します…」
「じゃあ、行くわ」

 七瀬は自分以外の三人の背中を一度ずつ軽く叩くと、空へと舞い上がった。

 彼女の努力が報われたかどうかは、海鳴の夜空に響いた悲鳴しか、その答えを知らない







「…と、言うことは、君――クロノ・ハーヴェイ君は『ヒドゥン』なる事象の対策のため
にこちらの世界にイデアシードを蒔いた…と。そういうことですね?」
「はい、間違いありません」

 相川邸の居間。一緒に見回りに出ていた雪達と合流し、手伝いである耕介と別れた後…
エリザも交えた話合いの場。

 エリザの顔を見た瞬間、少年――クロノが心底驚いた表情を見せた以外は、滞りなく彼
の話は進んだ。

 少年が異界からの来訪者だと聞いたときから嫌な予感はしていたが、その話全てを聞き
終えて、

「納得は…いかないなぁ」

真一郎の出した結論が、それだった。

「記憶を消すなんて、俺には承服できない。どんな記憶だったとしても、それは人の一部
でしょ?」
「でも、それを忘れることで人は前に進むことができます。確かに、イデアシードが封印
された理由もそれでしたけど、僕は…僕らはそれをうまく扱う自信があります」

 真一郎は、顔から一切の表情を消し、身を乗り出してクロノに顔を近づけた。

「記憶を消されるのは、ある意味殺されるのと同義…その責任を君が取ると?」
「言い訳はしません。ただ、僕達はそれで、『ヒドゥン』を撃退します」
「そういうのをこっちでは恩着せがましいって言うの。これ以上続けるんだったら…」
「真一郎…黙りなさい」

 凄みを利かせたエリザの声…真一郎だけでなく、クロノも息を呑んで口を閉ざした。

 目に見えて勢いを失った二人をやれやれと言った風にため息ついて見やると、エリザは
雪の入れたお茶に口を付ける。

「こちらに来るときに分かったと思いますけど…この世界には、そちらの世界より遥かに
世界に干渉する術を持っていません。ですから、私一人で対処するという選択肢を除けば、
貴方に頼むより他はない訳です」
「貴女なら、御理解いただけると思いますけど…」

 さきほど、言葉だけで黙らされたにも関わらず、クロノには全く臆した様子はない。

 確かめたわけではないが、場の雰囲気で判断するに、七瀬達も真一郎と同意見のようで
あった。

 だが、この場ではエリザが絶対である。エリザが決定を下せば、それに逆らうことはで
きない。

 エリザは僅かの間目を閉じて考えを纏めると、口を開く。

「分かりました。協力しましょう」
「ありがとうございます…」
「エリザ! 分かるでしょう? これは――」
「ただし、こちらにも条件があります」

 言葉に割って入ったエリザは、真一郎を目で示して、続ける。

「これから貴方が仕事に出かける際は、必ず真一郎と一緒に出かけてください」
「ちょっと待ってエリザ…」
「貴方にとっては、手伝い。こちらにとっては、監視。これで問題はないでしょう?」
「僕の方は問題ありませんけど…」

 クロノ、が真一郎の方を向く。明らかにこちらを気にしている目だ。どうやら、クロノ
の方には真一郎と組むということに依存はないらしい。

 本当に、見かけに寄らず落ち着いている。目的のためには我を捨てる覚悟がある…大人
だって、こんな覚悟のある奴はそういないだろう。これでは、こっちが子供のようだ。

「分かった…協力します」
「真一郎ならそう言ってくれると思いました…では、クロノ君が出かける時に真一郎に念
波で連絡するということでいいですか?」
「問題ありません…」
「では、そのように。じゃあ、今晩はもうお開きにしましょう」
「分かりました。それでは、後ほど…」

 クロノは一礼して立ち上がりカードを杖に変化させると、瞬時に真一郎達の前から消え
うせた。

「真一郎、ごねちゃだめですよ…」
「別に、もうごねてないよ」

 と、明らかにごねている声で反論して、エリザから視線を外す。子供みたい、と苦笑し
て、エリザはイデアシードを取って見せた。

「私は、貴方のことを人間として買っています。少なくとも、一時的な感情で人の判断を
見誤るほど、小さくはないでしょう?」
「分かるけどさ…」

 少なくとも、クロノは悪い人間ではない。その言葉も行動も、他人を慮っての物…そう
聞いた訳ではないが、分かる。あの少年は、信用に足る人間だ。

「協力してあげてくれませんか?」
「するよ。一度約束をした以上、破りたくないし…」
「そのうち気付くはずですよ。あの子の魅力に…きっと、真一郎とクロノ君は仲良くなれ
ます」

 エリザの言葉には重みがある。例え冗談であっても彼女は言うと、その言葉は一気に真
実味を増す。

 その彼女が言うのだ、おそらく自分と彼は仲良くなれるのだろう。今は敵でも、きっと
――いや、間違いなく、親友くらいにはなれる。

段々と動いていく、世界。自分の街がその渦中にあることなど、住人達は知るまい。
そのあずかり知らぬ所で、破滅を孕んだ物語は始まり、収束していく。