暖かい。

逞しくて大きくて……でも暖かなそれを、私は思わず抱きしめた。

その温もりを貪欲に欲して…。


ずっと、傍にいてくれたら良いのに

ねぇ……答えて、あなたは……






「恋慕 〜告白、そして〜」






早朝、昨夜助けた女性と布団を共にしたために一時たりとも眠れなかった。

そして、何といったら良いのだろう……そう、俺はとても困っている。

いつの間にか、寝返りをした彼女が俺の右腕に抱きついてきたのだ。

意識がようやく眠りにつこうとしていた時に起こったこの事件のせいで、俺はこの日完全

に眠れなかった。


小さく彼女の肩が揺れたかと思うと、更に強く抱きしめてきた。

余りの様子に困惑した俺は思わず、空いている左手を使い軽く彼女の髪を梳いて宥めてい

ると……彼女の頬には一筋の涙が零れた。


はっきり言って動揺した。

目尻に涙が浮かんだと思ったら静かに流れ出したんだ。彼女のことを起こさないようにし、

注意深く表情を観察してみると、彼女の顔にはうっすらとはにかんだ様な笑顔が浮かんでいた。


………何か良い夢でも見ているのだろう。

そんな彼女の夢を壊さないように、俺はただただ固まっているしかなかった。


そういえば、今日の鍛錬はどうしたものか。

寝不足の上に、昨日の件がある。このまま美由希と鍛錬に出たら確実にあいつを殺すな。

仕方がない、今日は休みにしよう……。


そんなことを思っていると、部屋の前にある廊下から殺した足音が近づいてくる。

気配から言って美由希だ……。

この家の中で、俺を除いたら美由希とレンくらいしか氣殺を出来ないからな。

そして、氣殺の練度からいってこの気配は間違いなく美由希のものだ。

少しは出来るようになったものだな……美由希。師として嬉しく思うぞ。


そんなことを思っているとはアイツは知るはずもなく、俺の部屋の前に立ち止まるとゆっ

くりと襖を開けようとする。


マズイ!この部屋の光景を見られた日にはどうなるか分かったのもじゃない。

そう思い、開けるなと声をかけようと思った瞬間には、一気に襖が全開にされ美由希の奴

が部屋に侵入してきた。


あの馬鹿!!


よりによってこんな日に襲撃してくる奴があるか。

しかし、アイツは勢いよく踏み切り、飛び上がると俺目掛けて小太刀を振り下ろそうとし

ている。

強く舌打ちして、とりあえずこのままだと俺と佐藤さんが確実に死ぬ羽目になるので失礼

と思いながらも彼女の体を空いていた左腕で抱えて飛び起きる。

もちろんその際には布団を跳ね上げて、美由希に対しての目晦ましにしておくことを忘れ

ない。



「お前………分かっているんだろうな?」



佐藤さんが起きたりしないように、声を極力殺して美由希の奴に話しかけた。

あの馬鹿といったら、突然跳ね上がってきた布団に気を取られてそれ以上の追撃を掛けて

こなかったので助かったと言えば助かったのだが…。


「え!!あの……その。」


俺の隣でいまだに寝ている佐藤さんのことに気が付いたのか、しどろもどろになりながら

美由希の奴は盛大に困惑していた。


溜息をつきたくなる。

あの馬鹿……部屋にいる人間の気配くらい読んでから襲撃をかけろよ。

俺の思考が表情に表れていたのか、美由希の奴は肩身を小さくしながらしょんぼりとして

いる。


………今日のところは鍛錬をなしにしようと思ったが、前言撤回だ。

今日は徹底的に絞ってやる。そのためにもとりあえずは聖さんに起きてもらって離れても

らわなければならないな。


いまだに俺の右腕に強く抱きついている聖さんを起こすために抱きかかえている左手でそ

っと彼女の体を揺らして見る。


「聖さん……聖さん。すみませんが起きてもらえませんか?」


なるべく静かに声をかけ続けると、小さく震えるようにして瞼が動いた。

そして、薄らと目を開くと彼女は花が綻んだかのような小さな笑顔を咲かした。


正直に言おう……俺はそれを直視して、思わず見入ってしまっていただろう。

その後に続けるはずだった言葉をすっかりと忘れていると、彼女は寒さに震えるようにし

てより強く俺の腕に抱きついてくる。

いや……抱きつくと言うようよりは体を押し付けてくると言う感じだろうか?


「美由希………今日は朝の鍛錬はなしだ。だがな、今日はなるべく体力を使わないように

しておけよ。徹底的にきつい鍛錬をしてやるからな。」


俺の赤面している顔を覗き込もうとしていた美由希の奴に対して顔を背けたままで、俺は

殺気の篭った声で、馬鹿弟子に宣告しておく。


「え、えっと……やっぱり怒ってます?」


小さな声で、俺にだけ聞こえるように聞いてくる。


「怒っている?そんな事はないぞ。

だがな、昨日寝る場所がなくて困っている聖さんを放って逃げ出し、あまつさえ気配が二

つあるはずなのに襲撃してきた馬鹿弟子には何か心当たりがあるのかな?」


流石にそれだけのことを言われると、何も言えなくなり美由希の奴はすごすごと部屋へと

戻っていった。


ふぅ……


盛大に溜息をひとつこぼしてから、聖さんの体を持ち上げて布団に運ぶ。

多分、眠れはしないだろうが俺も床に再びつくしかなかろうな。

こう、密着して離してくれないとなると……


「う………んぅ」


聖さんの口からは妖艶な吐息が小さく吐き出された。

艶のある唇がすぐ近くにあると思うと……俺は溜息を吐いた。

何故この人はこうも無防備なのだろう…。

自分の持つ魅力と言うものを一度確認したほうが良いのではないだろうか?






「ねえ、大丈夫?」


あれからしばらくして、朝日が顔を出す頃には聖さんも目を覚ましていた。

上目遣いに俺の顔を覗きこみながら、聖さんが心配そうな表情をしている。

原因があなたにあるだけに、何とも答えることが出来ずとりあえず俺は沈黙するしかなか

った。


「ゴメン……。何かしたかな?」

「いえ……少々寝不足なだけです。心配しないでください。」


無難な答えを出すと、とりあえず彼女も納得したのか頷いている。

ふぅ…さて、朝食を取ったら大学へ行く準備をしないとな。


「おはよう恭也、聖ちゃん。

恭也…なんだか寝不足そうね?大丈夫。」

「ああ、かあさん……おはよう。少々寝不足でな、そのせいだろう。」


かあさんとばったり廊下で会ってしまうと、適当に挨拶をしておいた。

はっきり言って気まずい。隣に聖さんがいるから、かあさんが変な勘ぐりしたりしないか

気が気でない。


「さて、今日はレンちゃん特製の朝粥よね〜、早く行かなきゃ。

二人も早く顔洗ってきなさいね〜。」


……どうやら変に思われなかったらしい。

隣の彼女もなんとなく拍子抜けした表情をしている感じがする。


「ふぅ〜ん、恭也さんってそんな表情したりするんだね〜。

早く、洗面所に案内してね。」


俺の顔を少々覗きこむようにして何かを感じたのか、聖さんの顔には小さく笑みが浮かん

でいた。

軽くアイコンタクトを送るようにして、聖さんが急かすのでとりあえず、そんな考えを無

視して彼女を洗面所に案内した。




「あ、お兄ちゃん〜おはよう。聖さんもおはようございます。」

「ああ、なのはおはよう。珍しいな……朝早く起きるなんて。」

「はい、おはよ〜なのはちゃん。」


洗面所に付くと丁度そこには妹のなのはがいたので挨拶を交わす。

聖さんも微笑を浮かべながらなのはと挨拶を交わしている。


俺は手早く冷たい水で顔を洗い、少しでも寝不足気味な顔を悟られないようにするために

数回水を顔にかける。


そんな俺の隣では聖さんが髪を手櫛で軽く整えていた…。

細い髪は軽く撫で擦っているとあれよあれよと言う間に綺麗に整う。


「綺麗な髪ですね…。」


素直か感想をいつの間にか口にしていると聖さんは顔を少々赤くしていた。

しどろもどろとなりながら何か言いたげな表情をしていると……


「聖さん、うちのお兄ちゃんは余り深く考えていないので余り気にしないでください。」


むぅ……何気にけなされている気がするが、反論が出来ない。

そんなことを思っていると聖さんも落ち着きを取り戻したのか、俺の髪にそっと手を伸ば

している。


「恭也さんの髪も綺麗だと思いますけど……というか、恭也さんのほうが綺麗かな?」


そう言うと、彼女の頬がまた少しだけ朱に染まっていた…。

言われた俺も、彼女の表情同様に頬が熱かった…多分赤いだろうな。


「先行ってるからね……お兄ちゃんたちも早く着てね。」


それだけを言い残すとなのはの奴は俺と聖さんを残してひとり朝食の食卓のほうへと行っ

てしまった。

それから二人で、少々ギクシャクしながらも髪を梳き、顔を洗ったりしていた。





「ねぇ、聖ちゃんはこれからどうすの?」

「え?」


思わぬ質問に私は固まってしまった。

レンちゃんの出してくれた朝粥を美味しく頂いたり、みんなの朝の会話に何気なく参加して朗

らかに笑っていたり、時折隣にいる恭也さんの表情をのぞき見たりしていたら桃子さんに聞か

れた。


「海鳴から、戻って家に帰って大学に行ってたらもうお昼過ぎちゃわない?」


言われてみるとそうだな……。

確か今日の講義って何だっけ?えっと……午前中だけだったかな?

先生が確かヨーロッパかどこかに出張に出るから午後の講義がひとつ休講になってたはずだし……


「何だったら恭也と一緒に海鳴大に行って見たら?」


桃子さんの言葉には惹かれるものがあった。

もう少しだけ、恭也さんと一緒にいたい……。


というか、そういったあたり見抜かれてるのかな?


「あのな……聖さんにも都合と言うものがあるだろうが……。」


桃子さんの言葉に少々あきれているような声で抗議する恭也さん。

なんていうか、ちょっと胸がズキッてする。

……私、傍にいると邪魔なのかな?


「あのさ、邪魔じゃなかったら、一緒に行っても良いかな?」


いつの間にか私の口からはそんな言葉が飛び出していた。

恭也さんは驚きながらも私の言葉を聞くと、少し考えるそぶりをして頷いてくれた。


「聖さんがよろしければ良いですが……今日は講義がないんですか?」

「あるけどさ、家帰ってから行ってたらお昼過ぎちゃうから間に合わないんだよね…。」


これはホントのこと。だって、結構時間が掛かるもの

そんな訳で、私は恭也さんと一緒に大学に行くこととなった。







「ねえ、これで学校に行くの?」


私は思わず首を捻りながら恭也さんに聞いた。

恭也さんが車庫に入っていったかと思うと、中から出してきたのは何と自転車。

黒で統一されたカラーのマウンテンバイクが何とも彼らしいと言うかなんと言うか


「ええ、いつもは歩いて行ってるんですが、聖さんも一緒となるとこっちのほうが良いと

思いまして。」


後ろには誰かを乗せるような簡易シートが付いている。誰か乗せてたのかな?

そんなことを考えていると少しばかり鬱になる……

そうだよね、恭也さんぐらいの人なら一人ぐらい彼女がいてもおかしくないよね?


「じゃあ、行きますので、確りと捕まっていてください。」


恭也さんが自転車にまたがると私も後ろのシートに座っていた。

どうしたら良いんだろう?恭也さんは捕まれって言うけれど、捕まるものはこの人の背中

しかない。

少しばかり混乱しかけたが、肩越しに送られてきた視線を見て私は恭也さんの背中に抱き

ついて、彼の腰に腕を回した。


太くてドッシリとした何とも言えない腰……。

一見した感じだと、結構細身に見えるけど逞しい体してるな。

そんなことを考えていると思わず赤面してしまう。


っていうか、スピードが速い!?

時速30〜40キロくらい出てない、この速さ。


そう思うと、ちょっと怖くなったのか、ますます私は恭也さんの背中に張り付いた。

ドキドキする……背中から感じる体温とか、匂いとか。


こうして私は恭也さんと一緒に学校へ行くまでずっと顔を赤くして心臓の鼓動を高鳴らせ

続けていた。




大学に着くと、ここで待っていてくださいって言われて私は校門を入ってすぐに見えてき

た広場にあるベンチに腰掛けてボーっとしながら待っていた。

ホントに色々と謎と言うか、一筋縄でいかない感じって言うか……

色んな側面を持っている人だ、恭也さんは。


そんなことを考えていると、次々とやってくる学生たちの視線が私の方へと向かってくる。

正直好きじゃないな……こういうの。

この顔立ちのせいで、結構こういう事はよくある。

というか、正直鬱陶しい。その上、変なナンパな奴とかが近づいてくるんだよね……。

そりゃ、まじめが取り柄ってガラじゃないけれど、それでも私はそんなに遊んでいる女じ

ゃない。

生まれてこの方、リリアンに通い続けてきたから男に対して偏見と言うわけではないが距

離を置いているんだからさ。


「ねえ、彼女見かけないけど新入生?」


ハァ……

溜息のひとつでもつきたくなるよ。こうなると……

あれこれと私の気を引こうと何かと声をかけてくる男が二人……。


「私、人を待っているのでお引取り願えませんか?」


ちょっとした皮肉を込めながら言ってやっているのにお構いなしに話しかけてくる。

あまつさえ、私の腕を掴んでくる。

正直頭にきた。こういう奴はガツンと言ってやらないと分からないと思い、言葉を発しよ

うとしたときに……


「すまないが、こちらは俺の連れの方でな。離してもらえるか?」

「誰、お前?」


いつの間にか私の後ろからそっと肩に手を当てていてくれている人。

この声に雰囲気はもうすぐに分かる。


チラッと後ろに視線を送ってみると、そこには少しばかり鋭い視線で二人を見ている恭也

さんがいた。

そして、私と男たちの間に立つようにして大きな背中に私のことを隠す。

2,3言葉を恭也さんが掛けていると、男たちはスゴスゴと何処かへと行ってしまった。


「すごいね、恭也さんってもしかして喧嘩とかに自信がある?」


確かに昨日の光景を思い出すと強い事は分かるけれど、それと実際に喧嘩が出来るかどう

かは別物だと思う。

そんなことを私が思っていると、恭也さんは小さく口元に笑みを浮かべて否定していた。


「そんな事はありませんよ。」


それからは二人で講義の教室を目指して歩き出したんだけど、ちょっと気になることが。

恭也さんって結構この学校だと有名人?

何気に視線が集まってるのは私の気のせいかな?そう思って彼の表情を除き見てみるけど、

彼の顔色はまったく変わっていなくってどうでもよくなった。


「すみません、俺は寝ますから……。」


教室に着くなり、一言それだけを言うとうつ伏せになっていつの間にか小さな吐息が聞こ

えてきた。

……もう寝ちゃった?


恭也さんがすっかり寝入ってしまったので私はやることがなくなってしまった。

まあ、仕方ないので悪いかなと思いながらも彼の鞄から筆箱とをルーズリーフを取り出し

授業の要点を書き出していった。



………始めてみると結構面白い。

何がと聞かれると、それは自分の受けたことのない分野の講義だからとしか答えようがな

いけどね。

半分近くがどういった意味なのか分からなかったが、それでも講師の身振り手振りを交え

ての講義を見聞きして、思わず口元に笑みを浮かべながら私は講義を受け続けていた。

ふと気になり隣で眠っている彼のことを見てみると、すやすやと静かな寝息を立てながら

穏やかで可愛らしい寝顔をさらしている。

思わず、彼の髪に手を当ててゆっくりと梳いてあげる…。

くすぐったいのか、小さな声が漏れたがすぐにまた静かな寝息が響く。


こうしてみると、結構幼い感じがするよね…。



それからしばらくして講義が終わると、彼は徐に起きだした。

寝ぼけ眼でいたので、小さく笑ってから彼の頬に手を当てる。


「おはよう。目、覚めた?」

「あ〜……お、おはようございます。」

「ん、よろしい。はいこれ、さっきの講義のノート。勝手に取っちゃったけどよかった?」


視点が私の顔を捕らえたかと思うとすぐさましどろもどろとした表情になっている。

こういったところのも可愛いな〜、そう思い更に困らせたくなったのでちょっと含みのあ

る笑顔を浮かべながら先ほどのノートを渡す。


「すみません……。」

「余り講義の時間になるのは感心できないよ?」


口元に笑みを浮かべて言うと彼は困った表情を浮かべていた。

一通り彼のことをからかい終えると、二人でとりあえずこの場所から出ることにした。

このあとも講義があるはずだし、いつまでもここにいるわけにはいかないよね〜


「ねえねえ、今日はあとどれだけ授業があるの?」

「そうですね……あと一時限だけありますね。」


口元に手を当てながら考え込むような仕草で思い出している恭也さん。

そんな彼の隣を歩きながらいると、ふと向こう側から人が来る。


「よ、おはよう、高町。」

「おはよう……。」


清々しいまでの挨拶を掛けてくる男の人。

顔には柔和な笑顔を浮かべていて、見る限り良い人のように見える。


「あのさ、隣の人……。」


聞き辛そうに表情を曇らせながら私のことを聞こうとしてくる。

う〜ん、この場合私から自己紹介したほうが良いのか、それとも恭也さんの反応を待った

ほうが良いのだろうか?


「こちらは、昨日知り合った佐藤さんだ。」

「初めまして、佐藤聖です。よろしく。」

「赤星勇吾です……こちらこそよろしくです。

こいつとは親友だと思ってます……。ところで佐藤さんってウチの学校ですか?」

「違うけどどうして?」


視線も織り交ぜて聞いてみる

すると別に気にしてないのか表情を変えることなく赤星君はこういってきた


「いや、佐藤さんみたいに綺麗な人見たことなかったですから。」


なんていうか……あいつとちょっと被るところあるね、あの銀杏王子とさ。

でも、アイツと違っていやな感じはしないから根っからのフェミニストなんだろうね〜


「そうじゃあ俺は講義あるから、またな高町。」


行っちゃったよ。

本当にさわやかな風だけ残して……。


「俺たちも行きましょうか?」

「そうだね。」


すっと、彼の隣に身を寄せる。

なんだかこの位置が結構好きだな……。


それから次の講義に関しては恭也さんも寝ることなくひたすら話を聞いてノートに書き綴

っている。それで、少しだけ暇が出来ると私と他愛のない話に華を咲かせる。

良いなこういうの……


少しだけ自惚れさせて貰えるならこの人の彼女になった気分。

でもきっとこの人は人の好意に気が付かないんだろうな……。


「では、今日の講義はここまでとする。」


講師がそういうと、皆まばらに立ち上がり部屋を後にしていく。

この後どうしよう……このままさよならって言うのは嫌だな。


そんなことに気が付いているのかいないのか、いつの間にか私は恭也さんについて教室を

後にする。


「食事、どうしましょうか?」

「え?」


思わぬ言葉に私はちょっと固まってしまった。

てっきりもう帰るんですか?とか送ってきますよって聞かれると思っていたのでこれは完

全に不意打ちだ。


「えっと、学食ってどうなの?ここ……。」

「マズイとは言いませんが、翠屋で食べたほうが美味しいと思うんですが……。」

「そっか、じゃあ行こうよ翠屋に。この後講義ないんでしょ?」


戸惑いがちに出てきた言葉に私は思わず頷き了承した。

もちろん翠屋のお菓子は美味しかったし、ランチも期待できる。


恭也さんもそのつもりだったのかな?なんて思いながらいるとまた二人で自転車に乗るた

めに歩き出した。


それから、また二人で自転車に乗って大学を後にした。

自転車に乗って翠屋に付くと、まだランチタイムが始まったばかりはとりあえず二人して

ボックス席に座ることが出来た。


それにしても、色々とあるものだな〜。

私は恭也さんのお勧めとのことサンドイッチセットを注文した。

恭也さんは日替わりメニューを頼んで二人で頼んだものが来るまで色々と話をする。


「講義、結構面白かったな〜」

「向こうの大学は面白くないんですか?」

「そういうわけじゃないんだけどね、どっちかって言うと勉強するためって言うより、も

っと人と打ち解けるようになるために進学したからさ。」


そういうと、恭也さんは首を傾げていた。

ま、今の私を見てたら分からないかな?

……栞と会う前の私は本当に世界を冷めた目で見ていたから……。

あの頃よりは少しは人として成長できてるのかな……。


「聖さん……大丈夫ですか?」


っていけないいけない、いつの間にか表情が暗くなってたかな。

心配そうに見詰めてくる恭也さんの顔を笑顔で迎える。


「うん、ゴメンね。ちょっと昔のこと思い出してさ。」


私の言葉に納得してくれたのか、恭也さんは頷き、置かれていたお冷を口にしていた。

こうして、見てみるとよく分かる…。

なんと言うか、この人には隙がない感じがする。

いつも回りのことが手に取るように判るって言ったら良いのか…。


「お待たせいたしました〜。ご注文の品のほうです。」


ウェイトレスの女の子が注文していたものを持ってきたので、二人で食べ始めることにし

た。食べてみると思うのがやっぱりここの店のものは美味しいってこと。


二人であれこれと学校のこととか、今してるバイトのこと、なんとなく話し出した就職に

関すること……いつの間にか色んなことをこの人に打ち明けていた。

でも、恭也さんから打ち明けられた事は少ない……。



食事が終わるととりあえず二人で外に出た。

もっと話したい事もあるのにどうしたら良いんだろう。

このままさよなら、だけは嫌だな


「ね、この街を案内してよ。」


いきなり言われて恭也さんは目をキョトンとさせていた。

あんまりに可愛いから思わず小さく笑うと彼は少しムッとした表情をしている。

可愛かったよって言ってあげると今度は顔が真っ赤。


「ね、もっとお話しよ。」

「………じゃあ、とりあえず臨海公園に行きましょうか?」

「よ〜し、それじゃあアッシーよろしくね。」


私がそういうと、恭也さんは苦笑いを浮かべながら頷き、止めておいた自転車を取りにい

く。しばらくして彼が自転車にまたがると私はその後ろに寄り添うようにして乗る。


結構癖になりそうだな……これ。

逞しいこの人の背に寄り添い掴まる。微かに隆起したり、伝わってくる暖かさが気持ち良い。


ちょっと難点を挙げるとするなら、自転車の速さが速過ぎてすぐの目的地に着いちゃうこ

とかな?

ちょっと名残惜しいけれど、目的地に着いたからには自転車から降りないといけない。

恭也さんが自転車を押しながら歩くので私はその隣にあわせるようにして歩く。


「綺麗な海だね。」

「ええ………ここから見える朝日はとっても綺麗なんですよ。」

「そっか、今度一緒に見に来たいな。」


ちゃんと意味深な笑みを浮かべながら言ってるのに、まったく気が付いてくれない。

今更分かったことだけど、恭也さんってホントに野暮天だ。


「何か飲み物を買ってきますね、そこのベンチで待っていてください。」


ふぅ………やれやれ、どっこいしょっと。


内心ではかなり親父くさいことを言いながらベンチに腰掛ける。

ま、天然って言うかなんていうか……独特の間の取り方があるよね、恭也さんって。


でも、こういうのも悪くないかな?

口元でちょっと笑みを浮かべながら彼の背を見送ることにする。

暖かくて気持ち良いな…この街は。もっと早く知ってたらよかったのに。


「お待たせしました。コーヒーでよかったですよね?」

「うん、ありがとう。なんだかこうしてるとデートしてるみたいだよね。」


下から彼の顔を覗きこむようにして言うと、飲みかけた缶を片手にして咳き込み始めてい

た。思わぬ咳き込みように、私は慌てて背中を擦ってあげる。


「……そういうのはお付き合いしている人たちのことを指すんじゃないですか?」

「……っく」

「あははっははは。きょ、恭也さん、おっかしいよ。」


いきなり笑い出した私のことを見て恭也さんは眉を寄せている。

まっ当然かな?いきなり笑われればね…。


「ゴメンゴメン、でもさぁ素でお付き合いとかって言う人見るの初めてだったからさ。」

「はぁ……。」




「ねえ、どこか他にお勧めの場所とかないかな?」


あれから二人でブラブラしたりして見たり、露天を冷かしたりしているともう時間がかな

りすぎていた。流石にそろそろ駅に行かなきゃマズイかなって思ったけれど、もっとこの

人と居たくて我が侭を言った。


久しぶりだと思う、ここまで笑って自分に正直になったのは。


「もうそろそろ駅に行かないとまずいのではないですか?

送ってきますから……。」

「そっか……ゴメンね、余計なこと言って。」

「そ、そんな事はありませんよ。聖さんと居て本当に楽しかったです。

自分でも驚いてますから……こんなに笑ったことないので。」


ちょっと陰りを帯びた表情に胸が締め付けられた。

もっと、もっとこの人と一緒に居てもっと話して……いろいろ知りたい。

想いばかりが募って言葉に出来ない。


あれから、どうやって駅まで送られたかよく覚えていない。

自転車に乗って、彼の背にしがみ付いていると涙が零れそうになったから……

あんなに気持ちよかった背が、今度は息苦しくなってくる。

もうすぐ、この人との繋がりがなくなってしまいそうで。


「それじゃあ、気を付けてくださいね。」


優しい言葉が胸に染みる。


「待って!!」


振り返ってしまうこの人の事を私は必死に呼び止めた。

すると、じっと私のことを見詰めてくる……。


その澄んだ瞳を見て私は決心した。


「私、佐藤聖は高町恭也さんに打ち明けたいことがあります。」


周りに人がいる……。

もちろん私たちのことなんて気にしてないかもしれないし、そうでないかもしれない。

でもそんなこと、今の私には関係なかった。


勇気がいった。この先の一言を言うことに。

でも、怖くなかった。怖いのはもうこの人との繋がりがなくなること……。


「私は、恭也さんのことが好きです。」


言った……はっきりと、この人の顔を、瞳を見て。

いきなりの告白に目を白黒させている。

そんなあの人に静かに近づき背伸びをして唇を首筋に寄せた。


「ぅ…ん……」



小さな音が鳴る。

強く吸い付く音が……。


「このキスマークが消えるまでに答えを聞かせてね。

リリアン女学園大学部に通ってるからさ……。」


振り返ることなく、私は改札口を通りホームで電車を待つために恭也さんの顔を見ないよ

うにした。だって、見た先にあるのがあの人の拒絶した顔だったら嫌だから。


だから、私は逃げたんだ……答えをあの人に全て押し付けて。







しばらくの間俺はその場から動くことが出来なかった。

あの人はなんていった。俺のことを好きって言ったのか?


純粋に告げられた思いと、突然すぎる告白に正直俺の頭は付いてきてはくれなかった。

そして彼女は帰っていった……俺の首筋に痕を残して。


正直俺はどうしたら良い?

あの人の気持ちに……そして俺の気持ちにどう答えを出したら良いんだ?


フラフラとおぼつかない足取りで俺はとりあえず家路に付くことにしたんだ。