……なんだろうこの暖かなもの
ゆりかごのように私の体を揺らしながらも温めてくれるこれは……。
とても安らぎを私に与えてくれて
何だろう?って思うけど、意識が上手く繋げないせいか、それが何なのか分からなかった。
けど、とても心地のいいのは確か。







「恋慕 〜募る想い〜」







俺はとりあえず名も知らぬ彼女を背中に背負い家に着いた。
鍵を使い玄関を開け、中に入ろうとしたときこちらに向かって気配が近づいてきた。
この感じからすると……

「どうした、美由希。」

「お帰り恭ちゃん。かあさんが店に来ないから心配してるって電話が来て………
何その人!!恭ちゃんとうとう人攫いしてきたの!?」

いきなりバカなことを叫びだす馬鹿弟子に対して、まず硬く握り締めた拳骨を頭に落として
から黙らせ、忠告する。

「キャンッ!」

「ほぉ〜お前が俺のことをどう思っているのかよく分かった……
覚悟は出来ているだろうな?」

不吉な笑みを浮かべ、右の拳を強く握りしめる。『ボキボキ』と音を立て美由希に対して脅
しをかけているようなものだ。
案の定こいつときたら殴られた場所をさすりながら口を尖らせて

「ちょ、ちょっと待ってよ!!冗談、冗談だよ。ねぇ、許して恭ちゃん。」

「ふん、まあいいだろう。この人はまあ、あれだ。
絡まれていたところを助けたのはいいが薬を使って眠らされたようでな、そのままに出来な
かったから、こうして連れてきたわけだ。」

俺がそういうと、美由希は安堵したかのよな表情を浮かべて、ほぅっと溜息をついた。

「そっか……よかった。この人乱暴されたりしてないんでしょ?恭ちゃんが助けたんだから。」

まあ、こいつは理不尽な暴力に対して過敏な奴だからな。
この人が何もないことを聞いて安堵したんだろう。そう思い俺は頷きながら答えた。

「ああ、何もないはずだ。俺が見た時は丁度連れて行こうとしていたときだったしな。
暴行されてないよ。」

俺は口元に小さく笑みを浮かべて、心配そうな表情をして彼女の顔を覗きこむ美由希の頭を
軽くポンポンとしてやる。
まるで子供のように、くすぐったそうに表情を崩してから、何を思ったのか俺の背中にいる
彼女の顔を見ながら感嘆の吐息を吐いていた。

「あう〜。この人の顔綺麗だよね……
睫毛長くて、顔立ちが整っていてちょっとほりが深い感じで。
それに綺麗な髪……淡い色合いで溶け込むような…。」

「美由希、失礼だから本人が起きていたら、そんなことするなよ。」

こいつの行動にあきれながら一言叱っておく。

「はぁ〜い、分かりました…。」

とりあえず、俺の部屋に彼女のことを寝かしておくことにしたので、美由希に俺の布団を敷
かせてそこに彼女の体を横たえて寝かしつけた。
いつ目が覚めるか分からないからな……嗅がされた薬の量によるし。

とりあえず、洗面器とハンドタオルを用意して彼女の傍にいることにした。
水で濡らし絞ったタオルを使い、彼女の顔を拭ってあげる。
一体どんな夢でも見ているのだろう?そんなことを小さく考えながら俺は、彼女が目を覚ま
すのを待つことにした。



暗い……何処までも暗く、ジメジメしたようななか…
にやついた表情で私のことを、見下ろす男たち。
眠らされた間に拘束でもされたのか、手足が動かせない。
嫌だ、イヤダ、離せと叫ぼうとしても声が出ない。
出るのは微かに聞こえる悲鳴のような呼吸音。

そして、私の表情を見ながら悦に浸り、体に多い被さるようにして群がってくる男達。
助けて、誰か助けて!!
……必死に叫んで叫び続けて、襲われそうになったその時に私の目に飛び込んできたのは見
慣れない部屋の天井だった


首を動かし周りを見渡すと、私に声をかけてきた男たちは居なくてその代わりに見えるのは
純和風の部屋。
畳の匂いが鼻をくすぐり、目に飛び込んでくる木目の天井。

この部屋の持ち主の性格を現すかのような簡素なつくりの部屋。
ここは何処だろう。不安になってかけてあった布団をついギュッと握り締めてしまった。

「気がつきましたか?よかった……。」

そんな時、急に部屋の入り口であろう襖が開き入ってきた人が居た。

黒い艶のある髪
力強い意思を秘めたまっすぐとした瞳
顔に浮かべた柔らかな微笑

「こ、ここは……?」

「ああ、ここですか?ここは俺の部屋です。
あなたは薬を使って眠らされていたようだったのであのままにしておくことが出来なかった
のでここに連れてくるしかありませんでした。
まだ自己紹介がまだですね、俺は……「恭也?」」

安堵したような表情を浮かべながら、私の目を見続けながら話しかけてくる彼のことを見て
いて、いつの間にか頬が紅潮するのを自覚する。
語り掛けてくる彼の声に耳を傾けていた。

そして、自己紹介をしようとしていた彼の言葉をさえぎり思わず口に出してしまっていた。
するとどうだろう、彼はとても驚いたのか表情が固まっていた。

「あの、どこか出会いましたか?俺の名前を知っている……。」

それはそうか、知らない人が自分の名前を知っていたら誰だって驚くか。
そんな考えが導き出されたので私は慌てて自己紹介をしようと、起き上がろうとするが上手
く体に力が入ってくれず、思わず崩れそうになる。

マズイ!!
そう思って一瞬体を硬直させながら目を瞑ったが体には痛みが来ない。
それどころか、温かなものが護ってくれるようにあるような気がする。

「怪我、ありませんよね?」

まるで耳元に囁きかけるような声が聞こえてきて、私は恐る恐る目をゆっくりと開いた。
すると、どうだろう……私の体は彼の腕の中に包まれるようにしてあり、そして彼の顔が間
近にあるのだった。
こうしてよくよく見ると、物凄く整っていて綺麗な顔立ちだな……
魅力的な瞳に引き寄せられるようにして私は彼の顔をボ〜っと眺めてしまう。

抱きしめていてくれる腕の温もりが心地よくてつい夢心地になってしまう。

「あの、大丈夫ですか?顔が赤いですけど。」

声をまた掛けられてようやく思い出したのか、そっと彼の体を手で押しながら離れた。
ちょっと勿体無いことしたかな、もう少しだけあの腕の中に居たかったな……。
そんな思いが駆け巡ったが、とりあえずは無視して布団の中に入ったままで失礼ではあるが、
自己紹介をする。

「私は佐藤聖です。あなたの名前をしているのは、昨日いった翠屋でフィアッセ・クリステ
ラさんに聞いたからです。」

「フィアッセが……?ああ、そういえば昨日うちの店に来ていた。」

「そう、翠屋であった……。って、うちの店?」

不思議でならなかった。
まるで自分が働いているのかのような口調……。でも、バイト先とかそういった感じじゃな
くて、もっと親しいところを差すようなしゃべり方に思わず聞いてしまっていた。

「ええ、翠屋は母が店長をしているものでして……。
でも、どうしてあのようなところに?危険ですので一人で歩くなんて余り褒められた行動と
はいえませんよ。」

ああ……。なんていうか、似合っている。
こう、諭すような口調でしゃべる彼の姿が余りに自然でつい心地よく思ってしまう。
おっかしいな……。私は受けより攻めが好きなんだけどな……。

それに……言えるわけないじゃんか。あなたに会いたいからここに来ましたなんて。
そんなことを私が思っているなんて、彼は思うわけもなく、一通り忠告を終えると私の体を
そっと布団に寝かしつけるようにする。

「まだ、体から薬が抜けていないでしょ?とりあえず、横になっていてください。」

布団をそっと掛けると、立ち上がりどこかに行こうとする。
そんなことを思うと、いつの間にか私は彼の服の裾を『ギュッ』と掴んでいた。

「あ、あの…?」

もちろん彼は困ったような表情を浮かべている。
それはそうだろ……それでも私は

「ごめん………もう少しだけ、傍にいて。」

声をかすれさせながら、そう呟いてしまっていた。
瞳を閉じるとあの男たちの卑下た笑みと声が蘇ってきそうで……一人で居たくなかった。
それを察したのか、彼……恭也さんは、腰を下ろして私の目を見ながら呟いた。

「俺はここにいますから。だから………。」

最後に彼のいった言葉が聞こえなくて
でも、ただ飾り気のない彼の言葉を聞いて、私はたぶん顔を赤くさせながら小さく頷き瞳を閉じた。
今度見る夢はきっといい夢だろう。
そんな思いを胸に抱きしめながら……。




小さく静かな寝息を立てる彼女の髪をそっと俺は指を絡ませるように撫でた。
俺とは違い、明るい日の下で咲き誇る白い華のような彼女。
ただただ、闇を切り、影の中を突き進むことしかない俺との接点など皆無といえる
だが、出会った……。

彼女のことを俺は気にしているのか?こんな感傷的なことを考えるなんて……
らしくない、まったく持って自分らしくない。
止めだ、今はただ彼女の見る夢がどうか穏やかであるように。ただそれだけを祈り、彼女の
……そう聖さんの柔らかな髪を梳き続けた。




夢だろうか……

私が嬉しそうに微笑みながら誰かと話している。

栞と一緒に居たときと同じくらい……うぅん、それよりもっと幸せな気持ちがあふれているよな笑顔

この顔を向けているのは誰?
ここから見えるのは私の表情ばかり。

でも不思議、自分で自分の顔を見ているはずなのにとても面白い。
まるで祐巳ちゃんみたいに喜怒哀楽をはっきりと表情に出しる。

時には相手に向かって咆えるように怒り、子犬のような表情をして甘え、聖母のような穏やかな微笑
で相手を受け止め抱きしめてる。


そして、あなたが今の私のほうを振り返ろうとしている。
お願い、見せて……あなたの顔を
誰なのか教えて

……そしてあと少しで彼が振り返ろうとしていたところで私は再び目を覚ました。

「起きましたか?」

柔らかな春を思わせるように揺れる瞳で私のことを見つめていてくれる人
あの、夢の中の人は……

「……失礼します。」

そっと私の額の髪をかき上げ、額を押し付ける彼。
間近にある顔から、伝わる呼吸と素顔。
どうしてこういうことをさらっとできるのかな?

そんなふうに不思議に思っていると彼は離れていく。

「顔が赤いので熱があると思ったんですが……大丈夫のようですね。」

穏やかにこぼれる微笑から、思わず私の口元にも笑みが浮かぶ。
それを見て小さく彼は頷くとそっと手を差し出してきた。

「これから夕食なんです、来てください。」

「ちょっ。それは……それに私もう帰ります。」

流石にこれ以上ここにいるのは拙い。
離れたくなくなっちゃう……。

「ちゃんと後でお送りします。何でしたら泊まっても構いませんよ?
一応部屋の余りがありますから。」

ダメ!!
これ以上居たら、離れられなくなる。お姉さまに言われた好きなものが出来たら一歩引くっ
て決めてたのに……
叫んでる、止まらなきゃイケないって!!

でも……私の手は彼の手を握っていた。
厚く硬い手。いくつものまめみたいなのができてゴツゴツとした岩のような掌。
それを感じると頬が赤くなってく。

「よっ」

軽く体を引いて立たせてくれる。
近くにあるこの人の熱。
もっと感じたい、もっと、もっと、もっと!!

「こちらです……家族も居ますが余り硬くならなくてもいいですから。」

優しく声を掛けてくれるけど、私の心の叫びは気づいてくれてないだろうな。
もどかしくて、叫びたくて。

連れてかれた先には数人の女の子や大人の女性がいる。
ってか……多い?

「こちら、先ほど話しをした佐藤聖さん。ほら、自己紹介してくれ。」

溜息を吐きながら家族と思われる人たちに声を掛ける恭也さん。
って、お姉さんが一人とあとは妹さんたちでいいのかな?
いけない、いけない。自己紹介しないと

「初めまして、恭也さんに助けていただいた佐藤聖です。この度はご迷惑をおかけしました。」

幼稚舎からリリアンに居たせいか、こういう場では自然と態度が、よそ行きというわけでは
ないが、軽く猫をかぶる感じになる。

「はいは〜い、この子達の母親をやってます高町桃子です。よろしくね佐藤さん。」

「あ、普通に名前で呼んでいただいて結構ですよ?」

「あら、そう?じゃあ、聖ちゃんって呼ばせてもらうわね♪」

……?
って、母親!?一体年はいくつなんだ?
どう見ても恭也さんとそれほど離れているように見えないんだけど。
そんな私の表情が丸分かりだったのか、恭也さんと視線が合うと彼は小さな苦笑いを浮かべていた。

「おれ、城島晶です。よろしくお願いします。」

「うん、よろしくね。……ん?城島。」

苗字……違うよね?
私の表情から読み取ったのか、晶君は苦笑いを浮かべながら自己紹介に更に付け加える。

「あはは……ほとんど高町さん家に入り浸っているようなもんなんです。」

う〜ん、そっか。
内心納得しているのが分かったのか、緑色の鮮やかな髪をした女の子が頭をペコリと下げながら

「ウチは鳳蓮飛いいます。レンって呼んだってください。そんで、このおサルはこう見えても一
応性別は女ですから。」

ニパッと猫のような愛嬌のある笑みを浮かべながら自己紹介を終えるレンちゃん。
それより、晶君……じゃなかった晶ちゃんは女の子だったのね。

「てめぇ!!一応ってなんだ一応って!!」

「ホホホ〜おサルにはそれで十分だ。」

言うなり、殴りかかる晶ちゃん。
って、速ッ!目で動きを追うこと出来ないんだけど。
レンちゃんにぶつかるって思って、目を思わず閉じてたら

『バタンッ』

なんだか誰かが、転んだような音が響き渡った。
結構痛そう……音の大きさからそう思いながら恐る恐る目を開けてみると何と晶ちゃんとレ
ンちゃんが転んでいた。
二人の転んでいる丁度真ん中辺りで、恭也さんが涼しげな表情で立っている。

「二人とも、なのはが居ないからと言って喧嘩をしていいわけじゃないぞ。」

ちょっと、声のトーンを低くして二人に叱る恭也さん。

「「ごめんなさい。」」

「分かればいい。」

小さく、微笑みながら二人に手を差し出し起き上がらせてあげている。
何をしたんだろう?

そう思って後で聞いた話だけど、真っ直ぐに飛び込んで正拳突っていうのをしようとした晶
ちゃんの手首を軽く掴みながら足払いをして。転ばせるのと同時に空いた手で、その晶ちゃ
んのことを迎撃しようとしていたレンちゃんのことを合気道の要領で投げたんだって。

それ聞いたら、ますますこの人のこと分からなくなったよ。
ウエイターして、強くって、瞳が魅力的で……

「高町美由希です。恭ちゃんの妹してます。」

「あと、もう一人妹がいるんですがまだ帰っていなくて。」

少し心配そうに表情を曇らせながら語る恭也さん。
その一言に思わず私が驚いてしまう。

「え?大丈夫なんですか?」

「一応フィアッセが迎えに言っていますし、大通りを通れば…
そういえばフィアッセには会っているんですよね?」

「ん、まあね。それにしても驚くよ、普通。
歌手のフィアッセ・クリステラが喫茶店で働いていたら。」

思わずカラカラと笑いながら話してしまう。
すると、周りも小さな笑い声を上げながら私の言葉に対して頷き肯定してくれる。

「まあ、喫茶店で働いているだなんて誰も思いませんよね?」

「そうそう、でもってその人だって気がつくと誰だって驚くと思うけど。」

美由希ちゃんと呼ばれた女の子が私の言葉を受け取り、苦笑いを浮かべながら頷いてくれる。
そんな私たちのやり取りを見て恭也さんもまた

「まあ、フィアッセですから……。それはそうと座ってください。いつまでも立って居たら
辛いでしょう?」

そっと私の肩に手を置き、椅子に腰掛けるように進めてくれる。
そんな何気ないことが嬉しいのか、私の鼓動は『トクトクトク』と早鐘を鳴らす。

「なのちゃん遅いですよね……。大丈夫かな?」

不安そうに、表情を揺らしながら晶ちゃんが呟いていると、どうやら帰ってきたのか、玄関
と思わしきほうから女の子の声が聞こえてくる。

「ただいま〜。」

「ただいま、遅くなってゴメンね。」

トテトテと足音を立てながらこちらに向かってくる。
この部屋には言ってくるなり二人は皆に向かって……

「ただいま帰りました。ちょっと長引いちゃって……。」

「心配かけてゴメンね。」

謝っていたが、私と視線が合うと小さな女の子の……多分この子がなのはちゃんだろう。
そう思い、私から声を掛けた。

「こんばんは。あなたがなのはちゃんね?」

「あ、あのあの、こんばんは。えっと……。」

困惑した表情のなのはちゃん。
クルクルと変わる表情は見ていてとても心を和ませてくれる。
でもそろそろ、教えてあげないと可哀想かな?
それに、フィアッセさんも驚いているのか表情が固まっている。

「驚かせてゴメンね?私、あなたのお兄さんに助けてもらった佐藤聖って言います。
よろしくね。」

「あの、よろしくお願いします。えっと私はなのは、高町なのはです。」

可愛すぎて思わず、その小さな頭を撫でてしまった。
すると、なのはちゃんも受け入れてくれるのか最初は硬かったけどすぐに表情を和らげて受
け入れてくれる。
その表情を見ていると思わずハグしたくなっちゃうけど、それは拙いのでフィアッセさんの
ほうに顔を向けて挨拶をする。

「まさか、いるなんて思わなかったよ〜。うん、聖って呼んでいいかな?」

「どうぞ、私もフィアッセさんって呼ばせてもらいます。」

「うん、よろしくね聖。」

差し出された手を軽く握り返しながら私は頷いた。
というか……温かな家だな。空気がやわらかいって言ったらいいのかな。心を和やかにして
くれる。
そんな私の表情が出ていたのか、恭也さんが小さく口元に笑みを浮かべて私のことを見てい
た。たまたま、その表情が私の視界の隅に入っていて………赤面してしまった。

「さあ、皆揃ったし聖ちゃんとの自己紹介も終わったことだし晩御飯にしましょ♪」

わいわいと会話を重ねながら勧められる食卓。
そんな中で、黙々と食べ続ける恭也さんのことを思わず見ていると……

「どうかしましたか?」

聞かれてしまった。
そりゃ、じっと自分の事を見ているのが居れば気になるだろうけど、どう答えたらいいんだろう。
そんなふうに迷っていると、不意に思いついたことに感謝した。

「えっと、たくさん食べるなって思って。」

不自然じゃないよね?
そんなふうに思いながらいると、恭也さんは何とも思わなかったのかすんなりと答えてくれた。

「まあ、体作りが大切なもので…。」

……?
どういう意味なんだろう。
その言葉から、真意を図ることが出来ないで居た私のためを思ってか、それともただ話には
言ってきたかったのか

「師匠は、確かに体作りが大切ですもんね。あれだけの運動量だと…。」

晶ちゃんが元気よく言ってくれるのはいいがどういう意味なのかさっぱりわからない。
それに師匠?恭也さんは晶ちゃんに何か教えてる?


結局そのあたりの事はうやむやになりながら食事は進み、ゆったりと皆でリビングに居たと
きにやはり、帰らないと拙いと思って私は立ち上がった。

「あの、私帰らないといけないので……。」

その後に何かを言おうと思ったのだが、恭也さんに挟まれた言葉によって忘れてしまう。

「もう遅いですし、危ないですから……今日は、泊まって行ってください。」

「……はい。」

蜜に誘われる蝶のように、思わず恭也さんの瞳に魅入られて頷いてしまった。
っていうか……反則だよその言葉と微笑みは!!



それから、あれよあれよと決まり、いつの間にか恭也さんの服をパジャマの代わりに借りて、
お風呂に浸かっていた。

「ふぅ……。なんだかあっという間に溶け込んでいるな、私。」

まるで、昔からの知人のように親しく接してくれて、裏表のない笑顔が溢れていて……。
そして……。

「何であんなにさらっとこういうことできるかな?」

何気なく手を出すようにして、色々と助けてくれる恭也さん。
さっき、美由希ちゃんに聞いた話だと私のことを連れ去ろうとしていた男たちを倒してここ
に連れてきてくれたのは紛れも無い恭也さんだってことと。
さっきの、「泊まっていったら?」って発言

あの柏木と違って本当に天然で言ってるし……

「はぁ……やっぱり好きなんだろうな、私。」

『ブクブク…』

お風呂の中、タオルで空気の泡を当てて遊んだりしてみる。
改めて自分の思いに気がつくと、気恥ずかしさからか思わず湯船に深く浸かってしまう。


それから、髪を洗い、体を洗い、お風呂から出てパジャマを着ると気がつく。

「これ……あの人のなんだよね?」

上も下も真っ黒な服。
不思議とあの人にはとても似合う色だと思いながらも、その服を着ているとまるで体全てを
抱きこまれたような感覚に落ち、思わず顔から火を噴きそうになった。

(落ち着けよ……)

必死に自分の心を落ち着かせようとするが、逆に意識してしまってどんどんと鼓動が高鳴っていく。
何とか落ち着き、リビングへ行くと恭也さんたちがいない。
部屋にいったのかな?と思い一度覗きに言ってみたが居なく気になり庭に出てみると小さな
道場があったので中を覗いてみた。

(そういえば、こういう道場を見るのってはじめてかな?)

江利子の妹である令の家が剣道の道場をしていたが、結局訪れたことが無いので思わずあち
こちを見回してしまう。
何処で明かりをつけるのか分からなかったので、月明かりを頼りに見回してみると小さな神
棚があって他には木刀だろうか?

数本立てかけてあったので思わずひとつ取り上げてみようとする。
長さがかなり短いような気がするけど、まったく持ち上がらない。

(こんなの持てるの?)

ほんの少しだけ浮くような感じで持ち上げることが出来たそれをすぐに下ろし、とりあえず
中に戻り誰かに恭也さんたちのことついて聞いてみよう。


「あ、晶ちゃん。恭也さん知らない?」

廊下を歩いていた晶ちゃんの事を見つけたので私が聞くと

「ああ、師匠でしたらきっと鍛錬に出てますよ。」

いつものことって感じで告げる晶ちゃん。
鍛錬って、こんな時間に?
何度か令の練習しているところとか試合を見たことがあるが……。

「もう少ししたら帰ってくると思いますよ?」

「そっか、ありがと。じゃあ、リビング辺りで待ってようかな?」

晶ちゃんに自然と微笑を零しながらお礼を告げると、私は軽い足取りで歩いていった。



「ただいま〜。」

「……ただいま。美由希、先に道具をしまいに行け。」

家に入り、何より先に俺は美由希に道具……小太刀や暗器の類を置いてくるようにいった。
その言葉の真意が分からないのか、美由希は首を傾げていた。
思わず溜息をつきそうになった俺は額に手を当て頭を軽く振った。

「聖さんがいるんだぞ?もし起きていたらどうするつもりだ。」

ようやく俺の言いたいことを理解したのか、深く頷きながらも美由希は口を尖らせている。

「なんだ、いいたいことがあれば言え。」

「聖さんなら、変な目で見たりしないとおもう。」

……はぁ。
思わず心の中で溜息を吐く。

「あのな、どんな目で見るかじゃなくて、まず相手のことを考えろ。
今日は色々なことがあって混乱しているんだぞ?これ以上助長させてどうする。
それに……。」

「それに?」

思わずこぼれそうになった言葉を、美由希は聞きたいのか訪ねてくる。
だが、俺は頑なに答えることなく

「いいから早く道具を片付けて来い。」

強く言うと、渋々といった感じで美由希は道具一式を部屋へと持っていった。
俺も自分の持つ小太刀や暗器の類を持っていく。
一通り片付け終わり、リビングに行くと聖さんが一人ソファーに腰掛けていた。

「あ、お帰り。」

俺のことを見つけると、立ち上がり声を掛けた。
……正直くすぐったかった。
何がと言われれば、全部としか答えようが無くて

「何してるんですか?」

「ん?」

俺の問いかけが分からないのか、聖さんは小さく首を傾げていた。
そんな何気ない仕草なのに、とてもそれが良く似合うと俺は感じ、胸の辺りが少し苦しくな
った。

「まっ、お世話になってる人間だからね。なんとなく先に休むのに気が引けてさ。
君の帰りを待ってたんだ。」

思わず俺の頬が緩んだ。
態々待っていてくれる事も無いのにと思う反面、こうして待っていてくれていることが嬉し
く感じている。
俺の表情を感じ取ったのか、聖さんの頬も更に緩ませ微笑んでくれる。
暖かいな……。

「恭ちゃん、お風呂先に使わせてもらうね〜。」

「……ああ、先に使え。」

廊下のほうから美由希の声が響いてきた。
それを聞いて、聖さんは少しだけ首を傾げたがすぐにクスクスと笑い出した。

「何か可笑しかったですか?」

「ううん、違う。可笑しいから笑ったわけじゃないよ。君らしいなって思って。」

「俺らしい?」

なぞなぞみたいな言葉だな。
思わず俺は首をかしげながらいると聖さんは目を細めた。
その仕草がしなやかな猫を思わせ、俺の頬が少しだけ紅潮した

「うん、そう。恭也さんって女の人を大切にするって言うか、レディーファーストを心がけ
るんじゃない?」

あごに軽く手を当て俺は考え込む。
そんなことがあるだろうか……。

「余り考えたことがないですね。そうですね……確かに女性を助けたりするほうなのかな?」

「自分のことがわかんないの?」

少しだけ瞳を見開いたかと思うと、更に笑い声を上げている聖さん。
ほんの少しだけ俺の表情はどこかムスッとした感じになっているのではないだろうか?
だが、こんな雰囲気も悪くないと思っている自分がいる感じがする。

「もう遅いですから、休んでください。」

「うん、そうさせてもらおうかな?君の部屋を使っていいんだよね?」

小さく頷く聖さんのことを見ながら俺も頷いた。

「はい、余り物色しないでくださいね。」

「さすがに、そんな恩をあだで返すようなことをしないよ。それじゃあ、お休みなさい…って
あなたは何処で寝るの?」

「俺ですか?そうですね……リビング辺りで毛布に包まっていようかと。」

そう答えると見る見るうちに聖さんの眉が寄せられ、その小さな額に皺が寄せられる。

「そんなのダメだよ。風邪ひく。私がここで寝るから。」

む〜、拙いな…。
それから、五分ほど自分がここでと言い合い、結局のところ…

「それじゃあ、恭也さんお休み。」

俺の部屋に二枚の布団を敷き、寝る羽目になった。
風呂から上がった美由希はさっさと自分の部屋へと引きこもったために、俺たちがこんなこ
とになっているなんて知らない。
というか、あいつめ……逃げた。明日の鍛錬の時に覚悟しておけよ。

「スゥースゥー」

俺の耳に届く聖さんの安らかな吐息。
俺は男として見られていないのだろうか?
どちらにせよ、俺にとって辛い夜の戦いが始まってしまったようだ。