でぃあ・び〜すと  第四話
















「暇ですね…」
「そうだね〜」
今日も平和な海鳴市のさざなみ寮に、暇を持て余した人間が集っていた。
のんびりと縁側で日向ぼっこしている猫に見守られながら、彼らは少々特殊な暇の潰し
方をしていた。
庭には先ほどから引っ切り無しに風を切る音が響いている。
耕介の愛刀「御架月」による連撃(無論、刃は返している)を真一郎がポケットに手を
突っ込んだまま体捌きだけで避ける。
当然そのまま続けると庭の端に行き着くので、そしたら攻守が反転。
すると、今度は耕介が下がるようになり、真一郎は蹴りの連打を(やはりポケットに手
は突っ込んだまま)を耕介に放つようになる。
二人とも十分に手加減はしているので、怪我をすることもない。
本気でやればもう少しは暇も潰せるだろうが、それだと明日という貴重な日を寝て過ご
すことになりかねないので、結局こんな行動を惰性で続けている二人であった。
「耕介、相川先輩。そんなに暇ならお茶でもしようよ」
ぴたっと、リスティのその言葉を待っていたかのように、二人の動きは止まった。
耕介は壁に立てかけてあった鞘に「御架月」を納め、真一郎は「骸手」を外しそろって
縁側に腰掛けると冷たいお茶を一気に飲み干した。
「生き返るね〜」
「そうですね…」
「あんた達それしかできないの?」
寮のソファに座って雑誌を読んでいた七瀬が、顔をあげる。
一応の主である真一郎が暇なら、当然彼女も暇なのである。
その隣では、ざからが猫達と共に寝息を立てている。
ちなみにもう一人の雪は二階の書室で本(主に活字系)に目を落としているはずだ。
今さざなみ寮にいる人間の中では、彼女が一番優雅な時を過ごしているのかもしれない。
「相川先輩、何だか別人みたいにだらけきってるね」
「何といっても暇だからね。長期休暇ってのがこんなだとは思ってもみなかったよ」
進んで仕事をしたいとは思わないが、こうまで動きがないと脳が退化しかねない。
いや、実際の所することはあるにはあるのだが、それで主に動くのは真一郎ではないの
で、彼の暇は溜まる一方だ。
「槙原は仕事しない時は何をやってるの?」
「私は…人間観察かな?耕介とか真雪とかぼ〜っと眺めたり」
「夫としてはただ眺められるのは少しだけ妙な気分なんだが…」
「結構楽しいんだよ?最近一番面白いのは耕介じゃなくて那美だけど」
「那美?」
「そう。恋をしてる女の子ほどからかって面白い物はないね」
「リスティもそう思う?あたしも、あの目は絶対そうだと思ってたところ」
「春原先輩なら気づくと思ってたよ。こういうとこになると、うちの旦那はとんと鈍い
 し…」
「悪かったな」
「それで、あの娘の思い人って誰?」
「高町恭也って言ってね。この前、その妹と一緒に那美が連れてきたんだ」
「真雪さんが大騒ぎした時のあれだな」
「恭也君と那美ねえ…」
寡黙で落ち着きのある恭也と、天然どじの那美。
並べて想像してみると似合いというよりは微笑ましいという感じが先に立ってしまう。
が、だからと言って、二人が似合いでないという訳でもない。
人間関係、こと男女間においては、それがどうなるかなど付き合ってみるまで―場合に
よっては、付き合ってみても解らないものだ。
目の前の耕介とリスティの夫婦の等、そのいい方の例である。
「この前の夜なんて急に出かけていったと思ったら、帰ってきた時にはもうすごい笑顔
だったよ。溶けそうなくらい」
「そこまできたら近日中に何かあるんじゃない?」
「それはいくらなんでも―」






その時、電話が鳴り響いた。
一同は会話を止め、代表してリスティが電話まで「転移」する。
「はい、さざなみ寮です。ああ、那美?ちょうど今お前の話をしてた所だよ。え、相川
 先輩?いるけど…分かった、伝えておくよ。それじゃあ」
会話が終わると、リスティはさっきと同じように「転移」して戻ってくる。
「相川先輩、那美がお呼びだ。なるべく急いで高町さんの家まで来てくれだって。春原
 先輩達にもできれば来てほしいってさ」
「ありゃ。意外なお誘いだったね」
「あたし達も一緒って、何かあったのかな?」
「そう見るのが自然だろうね。でも、相川君にとってはいい機会じゃないか?」
「ですね。という訳で、一時失礼します。すいませんが、こいつ預かっておいてくださ
い」
両手から「骸手」を外すと、真一郎はそれを耕介に放った。
「真一郎、ざからはどうするの?」
「置いていこう。この娘を連れて行くとおおはしゃぎしそうだし。七瀬、悪いんだけど
 二階に行って雪さんを呼んできてくれる?」
「分かった」
すると、彼女は文字通り二階へ飛んでいった。
「じゃあ、俺はリスティでも眺めて暇を潰すことにするよ」
「暇じゃないと見ないの?」
「冗談だよ」
耕介は意地の悪い笑みを浮かべて、リスティを抱き寄せた。
文句を言おうとしたリスティも、とたんに真っ赤になって大人しくなってしまう。
「ごちそうさまです。じゃあ、俺は行ってきますね」
このままだと当てられると直感した真一郎は、そそくさと居間を出て行った。














「立派なお家ですね…」
「そう?うちの方が広い気がするけど」
「うちは庭を広めに取ってあるからそう見えるだけだよ。実際はうちの方が狭い」
人様の家の感想を述べ合う女性達に苦笑すると、真一郎は呼び鈴を鳴らした。
しばらくして―
「相川さん、いらっしゃいませ」
いつかのように美由希は玄関から顔を出すと、真一郎と一緒にいる七瀬達に目を留めた。
この方達は?と好奇心を含んだ視線で問い掛けてくるが、真一郎は曖昧に微笑んで、
「中で話すよ。那美もいるでしょう?」
「はい。じゃあ、どうぞ」
質問は取っておくことにしたらしい美由希に連れられて、三人は居間に通された。
「しんいちろう?」
そこに着くなり、今までなのはの隣にいた久遠がてぺてぺと真一郎の下に駆け寄って来
た。
「あれ?久遠が人型になってる」
「つまりはその話をしてたってことだね」
久遠をなのはの所に返し、真一郎達はソファに腰を降ろした。
仕事の関係で桃子とフィアッセはいないが、恭也達高町家の住人と那美に忍と久遠。
それに真一郎達三人が加わると、広い造りの居間も手狭に感じてしまう。
「それで、那美はどこまで話したの?」
「久遠のことと、あと私のお仕事について少し」
「あの、せやと相川さんも退魔師なんですか?」
「そ、神咲一灯流退魔師、相川真一郎。一応それが俺の肩書き」
「じゃあ、あたし達も自己紹介した方がいいかな?」
「だろうね」
「どれくらい?全部話してもいいの?」
「経緯は省いてもいいと思うけど、正直に言っていいと思うよ。久遠が人になってるく
 らいだから」
「そだね…え〜っと、私は春原七瀬。元風校生で、今はこっちの真一郎の守護霊なんて
 やってます」
突飛な発言に、事情を理解していない全員の目が点になった。
「あ、信用してないわね」
「七瀬、いきなり信用しろって言う方が無理だよ」
「そう?じゃあ少し実演しましょう。久遠、ちょっといい?」
いきなり指名されて小首を傾げる久遠に七瀬は人差し指を向けて「来い」という仕草を
した。
すると、彼女の体はふわふわと浮き上がり、ゆっくりと時間をかけて全員の前を通過し
て、最後に真一郎の膝の上におさまった。
「ポルターガイストっていうのが一番分かりやすいのかな?少し違うけど…とにかくこ
 れがあたしの力。守護霊っていうの解ってもらえた?」
こくこくと頷く一同を見て、七瀬は満足そうに微笑んだ。
「次は私ですね。私は槙原雪。退魔師ではありませんが、真一郎さんと一緒にお仕事を
 してます」
「雪さんも、幽霊なんですか?」
このテの話が苦手なのか、美由希は半分くらい腰が引けている。
そんな彼女に、雪は穏やかな笑みを浮かべて答えた。
「残念ですけど違います。私は雪女です」
「あの…それでどうして退魔師の相川さんと一緒にいるんですか?」
その質問をしたのは晶だった。
が、それで一瞬だけではあるが忍の表情が曇ったことに気づいたのは真一郎だけだった。
「一般に妖怪と呼ばれている「ひと」だからって、何でもかんでも祓う訳じゃないんだ
よ。むしろ、共存できる場合の方が多いし、御伽噺に出てくるような悪さをするなんて
のはほんとに少数なんだ」
それは、そういった「ひと」と向き合うことのできる退魔師のような者だからこそ到達
できる理屈かもしれない。
だが、少なくともここにいる彼らなら、その「ひと」とも向き合っていけるだろう。
触れ合う機会さえあれば、その「ひと」達が自分達となんら変わらないことに気づく。
少しばかり長い寿命や、若干の力など所詮その程度の物でしかない。
「少し辛気臭い話になっちゃったけど…まあ、とにかくそんな「ひと」に会ったら、普
 通に接してあげてねってことさ」
―大丈夫、心配はいらない。
忍にだけ分かるように目配せをすると、彼女も真一郎にだけ分かるように微笑んだ。
「で、あともう一人ざからってのがいるけど、あいつは今どっかで昼寝してる。だけど
 俺達の中ではあいつが最強かな。俺なんて及びもつかないくらい強いよ」
その言葉で、恭也と美由希が絶句した。
そんな反応に、真一郎は悪戯が成功した時のような、軽い満足感を覚えた。
写真で判断する限り、ざからはあの中でとりわけ「強い」オーラを放っている訳ではな
い。
それだけでは、その彼女が炎と植物を操る上に規格外の腕力を発揮し、なおかつ真一郎
達にさざなみ寮のメンバーをプラスしても勝てないような力を持っているとは想像もで
きないだろう。
(連れてこなくて本当によかった…)
何とも言えない恭也の表情を見て、真一郎は心の底からそう思った。
もし、ざからがこの場にいたら、彼が挑戦するであろうことは想像に難くない。
伸び盛りの若い世代を無闇にへこませることは、人生の先達として居た堪れなかった。
ざからの強さというのは、それほどまでに圧倒的なのだ。
「俺の方からはこんな所かな?じゃあ、次は那美の番だね」
「は…話って?」
「久遠のことや俺に話をさせるために俺達を集めた訳じゃないでしょ?」
「それはそうだけど…」
那美は面白いくらいにうろたえて、「何故か」彼女の隣に座っていた恭也に目で助けを求
めた。
当の恭也も、彼にしては珍しくかなり濃い困惑の色を浮かべている。
「あの…ですね」
「俺と神咲さん。付き合うことにしたんだ、恋人として」

















『……』
大騒ぎになるかと思いきや、少女達の反応は静かなものだった。
ため息を漏らす者、憧れの目を向ける者と様々だが、全員彼らを祝福する気持ちが感じ
られた。
「おめでとう」
一番先に、真一郎が口を開いた。
ここに越してくるまで実際に会った回数はそれほどでもないが、那美は神咲の中でもか
なり親しいうちの一人だった。
那美自身、真一郎を慕ってくれている。
兄弟のいない彼にとっては少し年の離れた妹のようなものだ。
「おめでとう、那美さん、恭ちゃん」
「私としては、鈍感そうなこのコンビがどういう経緯でそうなったのかつっこみたい所
だけど、とにかくおめでとう」
美由希、忍と少女達からも次々に言葉が送られる。
感極まった那美は目に少しだけ涙を浮かべて、肩を恭也に支えられていた。
(心配ないみたいじゃない)
(そだね。恭也君なら、和音さん達も納得するでしょう)
七瀬と声を出さずに会話して、真一郎は腕の中の久遠を撫でた。
彼女は気持ちよさそうにして、されるがままにする。
(違うんだよ…)
那美の話は―本当に言いたいことは、このことではない。













「それで、私の姉が来るんです。「一週間後」、こちらで仕事を済ませるついでなんで
すけど」
「那美さんのお姉さんですか〜私も会いたいな…」
「機会があったら連れてきますから、待っててくださいね」
一同、薫の薫の話で沸き立つ中、真一郎は一人別のことを考えていた。
那美が姉と呼ぶ女性…神咲薫。
真一郎の師の一人にして、神咲一灯流の若き当代である。
尊敬している人だ。だが、それだけに今はその名前をとても重く感じる。
(何があっても…守ってあげるからね)
見えない重圧を振り払うように、真一郎は久遠を抱く手に力を込めた。





「約束の日」…決着はもうすぐ着く。
例え、それが誰もが望むことのない結末だとしても。