正しき偽善者 第四話 柳堂寺にて 後編










1、


「覚悟はしてたけど、最悪の雰囲気ね……」
「君以上に重圧を感じていると自負している。撤退するというのなら、私は止めはしない
が……」
「ここまで来て何もしないで帰ったら、それこそ大損でしょ? 行くの、変更なし!」
「…………我がマスターの仰せのままに」

 声に覇気は感じられないが、行動そのものには遅滞がない。どんな状況にあったとして
も、赤の弓兵はサーヴァント。戦い、勝利するという目的のためには、全力を尽くす――

「私が先行する。この寺はサーヴァントにとって鬼門だが、それ故にマスターに対しても
罠を仕掛けるのは容易だ。くれぐれも、用心は怠るなよ?」
「誰にモノ言ってんの? 無駄口叩いてる暇があったら、さっさと動く!」
「最近、とみにサーヴァント使いが荒いような気がするのだがね……まあ、それも凛の魅
力であると、強引に諦めてはいるが……」
「動く!」
「了解した、我がマスター」

 疾走する。冬木のものなら誰もが忌避する石段を、全速力で。従者の速度が人でないな
ら、主のそれもまた人のものではない。魔術で強化した脚力を用い、遠坂凛は風となって
己が従僕の後を走る。

 石段を登るにつれて増す、常ならざるモノに対する重圧……サーヴァントに対するこの
結界を張った魔術師が今となっては誰か知れぬが、『守るに易く、攻めるに難い』――随
分と公平を欠く物を作ってくれたものだ。突破しなければならぬ立場からすれば、迷惑な
ことこの上ない。

(いっそ、あたしが占領しちゃおうかしら……)

 街の人間から魔力を搾取する――そんな大がかりな魔術を行使するというのなら、柳堂
寺という場所は、冬木市内においてトップクラスの立地条件を誇るだろう。条件だけなら
遠坂の家も負けてはいないが、この寺にはサーヴァントに対する結界がオマケで付いてく
る。何もしないにしても、拠点としては申し分ない。坊主と一緒に過ごす都合のいい理由
をでっち上げなかればならないが、そんな考えるだけで気が参るような状況を差し引いて
も、この寺は抑えるだけの価値がある。

 加えて今あの寺にいるのがキャスターであれば、溜め込んだ魔力も残っているだろう。
それまで無傷に近い状態で手に入れることができれば、もはや遠坂凛の勝利は揺ぎ無いも
のになる……




 そのためにはまず、そのキャスター(仮)を倒さなければならないのだが、一度勝利を
思い描いてしまうと、人間というのはどうしてもそれに酔いしれてしまう。魔術師遠坂凛
もその多分に漏れず、勝利の想像に酔い――

「凛! 止まれ!」

 己がサーヴァントに襟首を引っ掴まれ、ひっくり返りそうなほどの衝撃を受けて初めて
その危機を理解した。

 窒息しかねないほどの衝撃を根性で無視し、魔術回路を起こす。既にそこは山門……後
数十段も上ればそこは柳堂寺境内。目的のマスター、そしてサーヴァントがいるはずの場
所は、つまりここではない。ここには――







「ふむ……弓兵と見受けるが、中々いい勘をしている。美しき魔術師よ、己が僕に感謝す
るのだな」

 肩に担ぐは、常識外れの長刀。藍色の陣羽織を纏い、月明りを背負って山門に立つのは、
今やお話の中にしか出てこない『サムライ』。時代劇にでも出れば、さぞかし人気の取れ
そうな甘いマスクをしたその青年は、並んで敵意をむき出すこちらを順に眺めると、にや
り、と笑い、

「まずは名乗ろうか。私はアサシンのサーヴァント、佐々木小次郎。故あって、この山門
の番などをしている」
「……最近の聖杯戦争には、名乗りをしなきゃいけないって決まりでもあるのかしら? 
それとも他の参加者は皆、私に喧嘩でも売るつもり?」
「尋常な立会いに名乗りは必要だろう。私は聖杯などに興味はないが、戦う相手には興味
がある。その素性がどれほどのものか、知りたいと思うのは当然ではないか?」
「そうなのかもね。でも、残念だけど私達は今忙しいの。決闘がしたいなら後でしてあげ
るから、今は黙ってそこを退いてもらえないかしら?」
「女性の頼みだ。できれば聞いて差し上げたいが……色に狂って務めを放棄するほど、私
も堕ちてもいない。残念だが、実力でもって私を排除してもらう以外に、主従がここを通
る術はない」

 最初から話が通じるとは思っていないが、どうも退く気はないらしい。

 ならば戦うまで、とアーチャーはいつかの双剣を手に、一歩前に出る。アサシンは片眉
を上げて赤い弓兵を――正確にはその得物を見やり、

「二刀使いか……佐々木小次郎の敵としては、相応しいかな?」
「かの剣豪に匹敵すると大ぼらを吹く気はないが、貴殿のその時代錯誤に見合うだけの力
量は備えていると約束しよう。できることなら、私も尋常な立会いを望む」
「確かにな。剣士の語らいの場に、姑息な横槍は聊か興ざめだ……だが安心なされよ、奇
妙な弓兵。我が主、そして『魔術師』殿は自らの領域を侵されぬ限り、手は出さぬと考え
ておいでだ。立会いに邪魔が入ることはない。存分にその力、発揮するといい」
「言われずとも」

 両者に構えはないに等しい。自然体で対峙したまま、極度の殺気が辺りに渦巻く。魔術
師で、ましてまだ人間である凛には、割って入ることは許されない、剣でもって語りえる
者のみが存在する、ただそれだけの空間――

 始まるのは一瞬、そして、どちらかの落命をもって終焉と成す。この世で最も残酷で美
しい舞踏は、その殺気を維持したまま、しかし一向に始まる気配を見せない。

 永劫の時間……実際の時間に換算すれば、一分ほど過ぎた頃、アサシンがふいに、口を
開いた。



「千客万来だな。七組目……これで全員か」






 遅れてきた魔術師は、今宵も遅れてきた。凛の後ろからやはり常識外の速度で疾走して
きた『覆面』は己がサーヴァント、セイバーを伴い、凛の隣りで足を止めた。

 山門のアサシン、そして対峙するアーチャーを見比べ、

「取り込み中なら、俺達は先に進ませてもらいたいんだけど、駄目か?」
「いい訳ないでしょ! 無駄口叩いてる暇があるんだったら、うちの連れとでも結託して
あの侍を何とかしなさいよ!」
「しかし、俺と遠坂は協力関係でもなんでもない。この間しっかりと敵対宣言をされたこ
とは、ちゃんと覚えてるぞ」
「あたしに協力するのと、あっちの柳堂寺連合に協力するの、どっちの方が得なのか……
ちょっと考えれば分かるってもんでしょ?」
「…………いや、どっちに協力しても、俺には損するビジョンしか見えない」
「ならこっちにしときなさい。向こうの方が遠いんだから、目に見えて得でしょ?」
「騙されてる気がするけど、まあいいや。とにかくそっちの……アサシン?」
「いかにも。アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎だ」
「伝説の剣豪に見えることができて、なにより。それで物は相談なんだけど、そこを通し
てくれないか? 俺はお前のマスターと『だけ』話をしに来た。敵じゃないなら、邪魔を
する必要もないだろ?」

 その言葉には、自己に対する疑念など何一つない。魔術師という職業上、自分が世間と
はずれていると自覚している凛だが、赤い弓兵を自らの僕にしてからこっち、自分という
存在が本格的におかしいのか、それとも本格的におかしい存在が集まってきているのか、
分からなくなってきた。

 頭を抱え、言葉を紡ぐ気にもならない。隣りを見ると、金髪の鎧少女が同じような顔を
していた。主の行動に対して何も文句も言わない、その姿は従者として立派なものだった
が、本格的にキレる寸前であるのを、凛は見抜いていた。彼女も、主従の関係で苦労して
いるらしい。


「格好が珍妙であるだけに、面白い提案をする。主は敵ではないと?」
「そうだよ。話し合いをできる間柄を、敵とは呼ばないだろう?」
「然り。私の役目は敵を阻むこと、敵でないのならお前達を阻む理由はない。だが――」
「やっぱりだめか?」
「私は役目のためだけにここにいるのではない。私は、私の矜持のために存在している」

 主従が二組。徒党を組まれでもすれば、尋常でも何でもなく勝負が決するというのに、
アサシンの態度は揺れない。その意思は強固。話し合いに来たと明言した『覆面』である
が、しょうがないとばかりに自らのサーヴァントに道を譲る。

「…………セイバー、頼めるか?」
「あの侍を打倒せよ……と?」
「おう。ただし、宝具の真名開放は禁止。単純な剣の技量だけで勝負して、あれに勝つこ
と。できるか?」
「勝負は水物。対峙してみるまで分かりませんが、勝てというのでしたら勝ちましょう」
「お願いする。予定は少し繰り上げて、俺だけで先行する。お前に何度も言われた通り自
重はしてみるけど、どうしても俺が心配だったら、早めに来た方がいいぞ?」

 ギロリ、と怒りの篭った少女の視線を受け流し、『覆面』は石段を登る。双剣を構える
赤い弓兵の横を通り過ぎ、アサシンの間合いを難なく通り抜けその隣りに並ぶ。

「せっかくだ、遠坂も来ないか? 本当は俺だけで行くつもりだったけど、アサシンはセ
イバー以外には興味がないらしいから」
「……門番としての責務はどうしたのかしら?」
「果たしているつもりだが? 私はこの戦争において、主にとって最も組し難いサーヴァ
ントと相対している。それ以外も同時に、というのは欲張りすぎだ。我が主が文句でも言
っていたら、そう伝えてくれ」
「伝えておくわ。行くわよ、アーチャー」

 双剣を消し、疾走。凛が動き出すよりも早く赤い弓兵は『覆面』の隣りに立ち、己がマ
スターのために道を作る。

 以前、凛の命令を無視してまで『覆面』を攻撃した彼だが、さすがにこの状況でそうす
るほど、向こう見ずでもないらしい。アサシンと『覆面』、その両方に注意を向けながら、
早く上って来いとばかりに、凛に視線を送ってくる。

「じゃあね。あれの相手は任せるわ」
「気にするな、魔術師(メイガス)。あれが山門を守るように、主のために戦うのが私の
務めだ」
「そういう真っ直ぐな気質、好きよ。私も貴女みたいなサーヴァントが欲しかった」

 元々召喚するつもりだったサーヴァント、セイバー。今のアーチャーに根本的な文句が
ある訳ではないが、彼女が相棒だったとしたら、不謹慎かもしれないが遠坂凛の聖杯戦争
はもう少し『楽しい』ものになったろう。今となっては、遺伝体質を怨むしかない。

 石段を疾走する。アサシンの隣りを通り過ぎ、律儀にも待っていた『覆面』に並び、境
内に飛び込む。それに呼応するように山門は閉じて行き、



「ようこそ、私の神殿へ」


 この場の実質的な主の登場と共に、門はその役目を果たした。




















2、


 サーヴァント、キャスター。聖杯戦争基本七クラス中、最弱のサーヴァント。神代の魔
術は現代の魔術師では及びもつかぬほど強力なものであるが、キャスターを除く六クラス
のうち、セイバー、ライダー、ランサーの実に三クラスまでがクラス別能力として『抗魔
力』を持っている以上、開始前からその不利は否めない。

 それを埋めるためにかのクラスは神殿を形成し、場合によっては人を殺してまで魔力を
搾取する。それは他のクラスに比べてキャスターが残忍だ、という証左にはならない。英
霊としてどれほど優れていでも、魔術という攻撃手段しか持たないのであれば、他のクラ
スに対抗するためには、彼らよりも多くの魔力を集めるしかない。

 その点において、今回のキャスターが柳堂寺を抑えることができたのは僥倖と言えるだ
ろう。アサシンという門番を設えることができたことも考えれば、過去四回行われてきた
全ての聖杯戦争において、最も幸運なキャスターであったに違いない。



 だが、それでも……神殿を形成し、強大な魔力を確保し、あまつさえ門番まで設えた幸
運を持ってしても、彼らの進入を阻むことはできなかった。召喚された時には諦めていた
勝利がやっと現実味を帯びてきたところで、これだ。このキャスターでなくとも、自らの
不運を嘆きたくもなるだろう。現れたキャスターは、最初から剣呑な空気を放っていた。








「アサシンは何をやっているのかしら。貴方達が進入しているというのに、まだ現界して
いるなんて。日本の侍は忠義に厚いというけれど、期待はずれね」
「そう言うだろうって釘を刺されてるわよ。セイバーを足止めしてるんだから、許せって」
「セイバー? すると、そちらの覆面の坊やがマスターかしら? マスター二人にサーヴ
ァント一人で攻めて来るなんて、どういう同盟関係なの?」
「我々がどうであろうが、貴様には関係があるまい。聖杯戦争でサーヴァントが相対した
のだ。ならば、やることは一つしかなかろう」


 すなわち、殺し合い。


 再び双剣を取り出し、一歩前に出るアーチャーをやる気なさげに見やりながら、キャス
ターは『覆面』の方へと視線を向ける。

「貴方はどうなの? セイバーがアサシンと戦っている以上、このお嬢さん達についでま
で私の前に現れる必要はない。でも、そうまでしてここにいるということは、何か私に御
用があるのではなくって?」
「同盟を結びに来た。あんたくらいの力量があれば、聖杯がなくても望みは叶えられるだ
ろ? 無理をして俺達を相手にする必要はない。これ以上人を殺さず、やり過ぎないと約
束してくれるのなら、俺と俺のサーヴァントは今後、あんたには手を出さない」

 この男は何を言っているのか……怒りも何も通り越して、呆然と『覆面』を見やる凛を
他所に、キャスターはその言葉を馬鹿にするでもなく思案し、言葉を紡ぐ。

「悪くない条件ね。貴方のサーヴァントがセイバーであるというのなら、これ以上ない条
件と言ってもいいわ。私が助けを求めたら、坊やは助けてくれるのかしら?」
「程度と、原因に寄る。聖杯戦争中、他のサーヴァントに攻められて窮地だって言うなら、
助けよう」
「…………人生経験はある方だと思っているけど、坊やみたいな人間は稀ね。奇麗事だけ
で世の中を渡っていけると思ってるの?」
「だから態々力を示してるんじゃないか。信頼だけで何とかできるんだったら、世の中平
和で万々歳だよ」


 馬鹿な言い合いは続く。話し合いなどするまでもなく、戦闘において勝利してしまえば
話は早い――元々、聖杯戦争とはそういう約定の元に始められたのだから――のだが、こ
こで下手を打てば、三組の主従を纏めて敵に回してしまうことになる。

 好戦派のアーチャーがキャスター相手に手を出せないでいるのも、表のセイバー、アサ
シンのことまで危惧してのものだろう。配慮してのものか知らないが、凛達からすれば巡
りあわせが悪いことこの上ない。


「それで、同盟は受けてくれるのか? 却下ってことなら、入り乱れての戦闘ってことに
なるけど……」
「そうねぇ……覆面の坊やは私達のこと、どこまで知ってるのかしら?」
「キャスター、あんたのマスターが既に変わってること。それと、外のアサシンがイレギ
ュラーってことくらいかな」
「……どうやって調べてた、って聞いてもいいかしら?」
「耳の早い人が俺の知り合いにはいてね。その女性(ひと)に調べてもらって、分析した。
本来のアサシンは、山の翁とやらが選ばれるって話だから、外の佐々木小次郎は少なくと
も本来の形のサーヴァントじゃないはず……それにしても、あの『アサシン』は当たりだ
と思うし、気付いたのだって山門であれに会ってからだけど……」
「今の私のマスターについては?」
「いや、知らない。調べれば明日には分かってることだけど、知りたいとは思わない」
「……まあ、いいでしょう。我がマスター達に代わって、私がその同盟を受け入れます。
こちらから出す条件はまず、なるべく早く此度の聖杯戦争を終結させること。それと、私
達がもし危機に陥った時は、手を貸すこと。それとこうなってしまっては、私は自衛以外
の戦いはしないわ。貴方から戦闘の頭数としての援護の要請を受けても、応えることはし
ないけど、それでも構わない?」
「構わないよ。戦わないで済むなら、俺はそれで十分だ」
「結構。それで、そちらのお嬢さん達はどうするのかしら? 私と戦う? たった今、私
達は同盟を結んだところなのだけれど……」

 ローブに隠れた笑顔には、嫌みったらしいまでの余裕が見える。戦いの途中だろうが何
だろうが、いざとなれば外のアサシンまでも呼び戻してことに当たろう、というのが手に
見て取れる。

「是非もないわ……」

 ポケットの中で握り締めていた宝石を手放し、肩の力を抜き大きくため息……聖杯戦争
は命の取り合いと、参加を決めた時から覚悟していたはずなのだが、まさか話し合いで降
りさせるとは、どんな悪夢か冗談か。

「キャスター、あんたを呼び出した分の令呪は?」
「今のマスターは正規のマスターではないの。前のマスターは全て消費してしまったから、
私のマスターは今、令呪を持ってはいないわ。アサシンのマスターはまだ令呪を持ってい
るようだけど、あれも無闇に戦う性質ではないから、私の言には応じるでしょう」
「ほんっとーにあんた、もう聖杯戦争には参加しないの?」
「覆面の坊やとの話、聞いてたでしょ? 私は別に聖杯を欲してはいないのよ。話はこれ
で終わりでいいかしら?」
「いいわよ。私はこっちの馬鹿と話があるから、何処にでも消えなさい。あんたは別に、
これを助けるつもりはないんでしょ?」
「そういう契約だから、ね」

 微笑むと、キャスターの姿は消えた。擬似空間転移か……第二魔法の真似事をするとは、
知らずにやったとは言え、どこまでも喧嘩を売っていると見える。



「…………さて、色々と舐めた真似をしてくれたけど、何か私に対して申し開きはあるか
しら?」
「いや……キャスターはリタイアしただろ? 戦わないで一気に二組も脱落させたんだか
ら、誉められこそすれ貶されることはないと思う」
「私の、管理地で、勝手にあんなのに居座られることが、問題だって言ってんの!!」

 先の契約の内容では、程度が落ちるにしても魔力の搾取は続けられることになる。知ら
ずに、気付かれずに魔力を少しずつ抜かれているただの人間はいいかもしれないが、そん
な土地に好き好んで居を構えたいと思う人間はいるまい。

「でもさ、キャスターだぞ? 神代の魔術師だぞ? 等価交換の原則がいつの時代からな
のか知らないけど、ちゃんと対価を用意すれば、協会くらいのことは……できるか知らな
いけどさ、それでも便利にならないか?」
「確かにそうかもしれないけど……自分の管理地に、いつ造反するかも分からないような
連中を置いておいて、安心できると思う?」
「別にずっとこの寺にいるって訳でもないだろ? それと、まずいことにならない限り、
俺はキャスターが何をしてもしったことじゃない。その辺は遠坂が苦労する分ってことで
分けとしてくれると、嬉しい」
「何と何を分けにするって? 私はあんたから、何かをしてもらった記憶はないんだけど」
「む……キャスター、アサシンの無血脱落じゃ駄目か?」
「私は、それが納得できないって話をしてるんでしょ!?」
「平行線だな……何か、このまま話を続けても、堂々巡りしそうな気がするぞ?」
「奇遇ね。じゃあ、決着をつけましょうか。幸い、キャスターは貴方に味方をしてくれる
つもりはないみたいだし、貴方のサーヴァントは今、アサシンの相手で忙しいみたいだか
ら、こっちとしてもとても好都合よ?」
「一応聞いとくけどさ、遠坂は話し合いに応じるつもりは……」
「ないわ。一度アンタには、徹底的に敗北感を味合わせないと、気がすまないみたい」

 輝きを増す魔術回路。話が纏まるのを律儀に待っていたらしいアーチャーは、『覆面』
との間に割って入り、双剣を構える。戦闘の意思があるのかないのか、『覆面』はじっと
こちらを見据えると、やれやれ、と頭を振り、


「時に、変身ヒーローの鉄則って知ってるか?」
「変身ヒーロー?」
「女の子には分からないかもしれないけど……とにかく、子供の男なら誰もが夢見る勧善
懲悪のヒーローの話だよ。最近は複雑化して、悪だ何だってのはよく分からなくなってる
みたいなんだけどさ……」
「知らないわよ。私はそんなもの見るほど、暇じゃないの」
「じゃあ、この際だ一つその鉄則を教授しよう。一つ、変身ヒーローは他人に正体を明か
してはならない……」


 掲げられた『覆面』の両手には、ナイフほどの大きさの刃物。魔術的な付加は感じられ
ないが、凶器としては十分に機能する代物である。


「一つ、変身ヒーローは最強であってはならない。一つ、変身ヒーローは最低でも一度、
大きな壁にぶつからなくてはならない……」


 『覆面』の手から、凶器が零れ落ちる。それが何を意味するのか、凛が理解するよりも
早く、『覆面』は脱兎の如く駆け出した。


 一拍遅れて追撃に入る凛。しかし、それを止めたのはまたしてもアーチャーだった。彼
は己が主の襟首を引っ掴み、腕の中に抱えるやいなや、『覆面』とは反対の方向へと駆け
出す。


「残りは興味があったら教える! またな、遠坂!!」



 その言葉を合図にしたのか――


 地面に突き立った数本の凶器が爆裂。派手な轟音と閃光が、境内を埋め尽くした。














3、


「逃げやがったわね、あんちくしょう……」

 しかし、派手なのは効果だけだったようで、クレーターくらいは予想していた凛の目に
映ったのは、何の代わり映えもしない境内の姿だった。

 後には静寂。あれだけの轟音があったというのに、寝泊りしている坊主が起きてくる気
配はない。キャスターの魔術が効いているのか、少なくともこの点だけは、あのいけ好か
ない神代の魔術師に感謝しなくてはならないだろう。


「まあ、良かったではないか。これで七組のうち二組までもが脱落したのだ。しかも、我
々の懐を痛めずにな。君としては、これ以上ない戦果だと思うが?」
「…………あんた、あんなのにいいようにされて悔しくないの? 私は、今までの人生の
中で、一番ムカついてるわ……」
「過程も重要だと思うが、最も重視すべきは結果だ。誰の手によるものであれ、キャスタ
ーとアサシンは事実上脱落した。今宵ここに来た目的は、もっとも最良の形で果たされた
と言っても過言ではない。私は文句は言わんよ? ここで戦わずに済んだのだしな」
「あの『覆面』の肩を持つっての?」
「まさか。以前にも言ったと思うが、最後に勝つのは私達だよ、凛。それに――」







「あの小僧を殺すのは、私だ」














後書き

この後書きを見ているということは確認できていると思いますが、この話の閑話として横にinterlude
が導入されています。時期的にはこの話の中間から直後、セイバー、小次郎戦です。載せるにはし
ばらく間が空くと思いますが、ご覧になっていただければと思います。