「ごちそうさまでした。先輩ってやっぱりお料理上手ですね」

「そうなんだよね。これで女の子だったらもてるのにね〜」

「からかわないの。俺と同じくらいやってたら誰でもできるようになるって」

「あたしは・・・多分できないだろうな〜不器用だし。さくらは?」

「私も少ししかできませんから・・・七瀬さんと一緒ですよ」

「ありがとうさくら〜」

その場のノリで七瀬はさくらを思い切り抱きしめた。

さくらもかなり苦しそうではあるが、嫌がっている様子はない。

(こうして見ると、さくらも普通の女の子なんだけどな。どこが無愛想なんだろう?)

さくらが笑顔を見せるのは小数、しかもそのほとんどが女子のため真一郎は言わばレア中

のレアである。

これで真一郎の性格が少しでも悪かろうものなら、速攻で全校の男子の標的になっていた

事は言うまでもない。

(今でもなっていないとは言いきれないが、それは後援会が勝手に処理しているので真一

郎の窺い知る所ではない)

「七瀬やめなさい。さくらが苦しいだろう?」

「真一郎もやる?」

「やりません・・・」

「・・・残念」

「ん?さくら何か言った?」

「いえ・・・先輩、そろそろ行かないとまずくないですか?」

真一郎は手元の時計を見ると、昼休みの終了十分前だった。

「そうだね。それじゃあ、今回はお開きにしましょう」

「じゃあ、あたしが片付けるね」

真一郎達が広げた弁当を七瀬が手早く片付け始める。

さくらという共通の友達ができてからは真一郎達は一緒にここで昼食をとることになって

いた。

ちなみに、ここで食事をする時はさくらはヘアバンドを外している。

いずれ他の友達にも打ち明ける時が来るだろうが、とりあえず今さくらの耳のことを知っ

ているのは真一郎達だけらしいので、彼としても気分がいい。

「・・・先輩、先輩」

「ん?なに、さくら」

「デザート・・・いただいてもいいですか?」

そう言って、さくらは上目使いでこちらを見る。

これで断ることのできる男が世の中に何人いるだろうか?

もちろん、真一郎は断れない側に属しているし、それ以前に断る気など毛頭ない。

「どうぞ。でも、加減してね。午後の授業で保健室に運ばれるのもちょっと嫌だから」

「頑張ってみます・・・」

さくらは水で濡らしてきたハンカチで丁寧に真一郎の首筋を拭くと、一気に噛み付いた。

ごくごくと生々しい音が耳に届いて、ゆっくりと体の力が抜けていく。

だが、さくらは真一郎が完全に倒れる前に口を離すと、傷口を塞いで顔を上げた。

「ごちそうさまでした。だいじょうぶですか、先輩?」

「・・・少しフラフラするけど、大丈夫」

「ねえねえ、さくら。真一郎の血っておいしい?」

弁当を片付け終えた七瀬がふよふよと真一郎の隣りに並んで、さくらが噛み付いた辺りを

物珍しそうに眺める。

「おいしい・・・というのとは少し違う気がします。なんて言うのか・・・飲むと充実す

るって言うか・・・」

「あたしが真一郎から精気を吸うのと同じようなものかな?」

「そう考えていいでしょう」

「・・・人をお弁当扱いした会話はもう止めて、そろそろ行こう」

真一郎は弁当の二人分の弁当の包みを持って、屋上のドアくぐった。

七瀬はすぐに真一郎の「中」に戻り、さくらはヘアバンドをすると彼の隣りに並ぶ。

「でも先輩。私や春原先輩だけとお昼してて、だいじょうぶですか?」

「いいの。元々俺はこの人!って決まった人とお昼してた訳じゃないし、さくらの分のお

弁当作るのも楽しくっていいよ」

「それは嬉しいですけど・・・野々村先輩に少し悪い気が」

「何故にそこで小鳥が―」

「真一郎!」

廊下の向こうから、手を振りながら歩いてくる女性に真一郎も軽く手を振り返す。

(むむ・・・中々の美人ね。しかも名前で呼んでるし・・・どういう関係なのかな〜)

「人の頭の中で変な勘ぐりはしないように」

「先輩、あの人誰ですか?」

「俺の友達の部活の先輩で、千堂瞳さん。その関係で俺も仲良くしてるの」

それで仲良くなるというのもまた稀な話だ。

しかも、その友達も風芽丘では少々名の知れた美人であることをさくらが知るのはもう少

し後のことである。

「あの人があの・・・」

「まあ、有名な人だからね・・・。こんにちは、瞳ちゃん。次、移動教室なの?」

(・・・・・・既にかなりの関係になっているようね)

「うるさい・・・」

「?・・・ええ、次は音楽なの。それで、そっちの娘は真一郎の彼女?」

ある日自分に取り憑いている幽霊を見破られて、それが縁で仲良くなった女の子です、と

まさか正直に言えるはずもない。

だが、それ以外にさくらと真一郎の接点をまともに説明できる言葉はない。

「違います・・・。え〜っと、俺の後輩・・・」

一瞬だけ、さくらと正反対の表情を浮かべて瞳は微笑んだ。

「・・・そんなのは見れば分かるでしょう?」

「・・・・・・あの、綺堂さくらです。はじめまして」

「三年の千堂瞳よ。よろしく」

「それで瞳ちゃん、部活の方はどう?」

「いい感じよ。鷹城さんにもようやく次期部長としての自覚が出てきたみたいだし、これ

ならいつ私が抜けてもだいじょうぶね」

「唯子が部長ね〜。なんか実感わかないけど」

「ああ見えて結構面倒見はいいのよ?」

「千堂!」

「お迎えが来たわね・・・じゃあ真一郎、綺堂さん、またね」

真一郎は手を振って去っていく瞳を追って、彼女を呼んだ女生徒にも目が行った。

彼女も真一郎を見ていたようで、ちょうど視線がぶつかる。

それだけだった。

そのはずなのに、真一郎は訳も解からず滝のような汗を流していた。

自分でない自分から発せられる意味の取れない警告で、体も全く言うことを聞かない。

「先輩?」

いきなり雰囲気の変わった真一郎をさくらが心配そうに見る。

それでも真一郎は動けない。

その間に薫はゆっくりと真一郎に近付いてくる。

「薫?」

自分の隣りを只ならぬ様子で通り過ぎていく親友を追って、瞳も真一郎達の元へ戻ってく

る。

「やはり人に取り憑いちょったか・・・」

「なんの・・・ことですか?」

機能しない頭を無理やり働かせて、真一郎は何とか言葉を紡ぎだした。

もっとも、薫はそんな言葉を意にも解さずじっと真一郎を見つめる。

「惚けんでもええ。仕事上、うちはそういうもんが解かる。さあ、出てき」

「・・・しつこいわね。いいかげん放っておいてくれる?」

真一郎は慌てて瞳を見たが、彼女はあまり驚いた様子はないようだった。

だが、そんな彼女の態度も気休めにしかならない程、七瀬と薫の雰囲気は悪い。

「そういう訳にもいかん。霊が人につくのは自然じゃない、さっさと彼から離れ」

七瀬は薫をぎっと睨みつけていたが、踵を返すと屋上に戻っていった。

「七瀬!」

真一郎は一度薫に視線を向けると、七瀬を追って階段を駆け上った。









「薫・・・言い過ぎだと思うけど」

「うちは間違ったことは言っとらん。千堂も幽霊がさっきの彼に取り憑いているのがいい

とは思わないでしょう?」

「まあね・・・。真一郎とずっと一緒って言うのは許せないものがあるけど・・・それで

もさっきの幽霊さんが悪意を持ってるなんて思えないわ」

「神咲先輩・・・」

「なんね?綺堂さん」

「七瀬さんは・・・あの人はだいじょうぶだと思います」

この人にあらざる少女には薫よりも優れた潜在能力がある。

さくらの一族が一族故に退魔の道に踏み入る事はまずないが、彼女らがその力を十分に発

揮すれば、神咲の一派でも相手にすらならないだろう。

「うちに・・・退魔師のうちに人に取り憑いているあの子を見逃せと?」

「今の所彼女に害はありません。先輩もそれを迷惑とは思っていないようですし、それで

もいいと思います」

「しかし・・・」

「彼女は私の大事な友達です。それでも無理に祓うのであれば・・・私も容赦しません」

さくらは薫と瞳に一礼すると、さっさと一年の教室へ戻っていった。

「・・・なかなかの気迫だったわねあの娘。うちの欲しいくらいね」

「あれは気迫なんてもんじゃなか・・・」

霊と見ればすぐに祓おうとする退魔師もいるが、薫は慎重派である。

強制的に祓わずに成仏させられるのであればそうするし、何より「夜の一族」たるさくら

を敵に回してまで自分の信念を曲げるほど、職務に忠実でもない。

(うちが・・・間違っていたか・・・)

「ちょっと薫、どこに行くの?」

「・・・移動教室。早くしないと遅れるよ?」

その直後になったチャイムと共に考えを中断すると、二人は走って教室へ向かった。





「七瀬・・・」

勢いよく扉を開け屋上に飛び出したが、七瀬の姿はない。

とりあえず屋上を一回りしても、結果は同じだった。

そうこうしている内に、昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。

「七瀬〜どこだ〜」

「聞こえてるよ。授業サボってまで探してくれるのは嬉しいけど、あたしにだって一人に

なりたい時があるの。今からでも戻った方がいいんじゃない?」

「なんにしても、七瀬を置いて戻れないでしょう?」

給水塔に腰かけ遠くを見つめていた七瀬は、一度目を閉じると真一郎の前に舞い降りた。

「あたしを心配してくれるの?」

「・・・知らない仲じゃないからね。あんな顔して逃げた女の子は放っておけないよ」

「そう・・・あたしね、あいつが苦手。悪気がないのは解かってるけど、何か恐いの・・・

 おまけに今回は私を祓おうとするし・・・」

「気にすることもない、神咲さんだって解かってくれるさ。仮にそれでも七瀬を祓おうと

するなら、俺が守ってあげる。さくらだって協力してくれると思うよ」

七瀬はぽかんと真一郎を眺めていたが、やがて照れたように視線を逸らした。

「・・・・・・かっこいいじゃない」

「何か言った?」

「な〜んにも!!辛気臭くなっちゃったね。散歩にでも行こうと思うんだけど、真一郎連

れてって」

「ダメ・・・って言っても聞いてくれないでしょう?」

「解かってるじゃない。さてさて・・・」

(・・・じゃあ、出発)

「お〜・・・」





(・・・って、どうして行く先がここな訳?)

頭の中に七瀬の文句を聞きながら、真一郎は旧校舎の廊下を歩いていた。

当然ではあるが、授業中故他に人もおらず、屋内であることを除けば、散歩のコースとし

ても悪くはない。

「この格好で外に行ったら捕まっちゃうからね」

そしてたまに教室を覗きながら一階、二階と歩いて今は三階にいる。

授業中、それから教室が校庭側にあることから多少派手に動き回ったとしても見咎められ

ることはないだろう。

「旧校舎もこうして見ると、広かったんだね〜」

(まあね。あたしが生きてた時はだいたいこの校舎だけで用が足りてたから)

「七瀬はここを散歩したりとかしなかったの?」

(生きてた時はそれほど重要でもなかったし、幽霊になってからは・・・適当に動き回る

ことはあっても「散歩」することはなかったわね)

「ここの散歩でもそれなりに得る物はあると思うけど・・・」

(それだったら夜中のうちに図書室から本でも取ってきた方が有意義でしょう?それに、

自分が死んだ場所を好んで歩く人間なんて絶対にいないわ)

「ごめん・・・少し無神経だった」

(いいよ。真一郎もさくらも優しいし、さっきみたいなお邪魔虫もいるけど今は結構楽し

いんだから)

七瀬は真一郎の背後に出て、その体を抱きしめた。

「七瀬・・・やめなさい」

「もう、別にいいでしょう?知らない仲じゃないんだし・・・」

「そういう問題じゃないって・・・・・・あれ?」

「どうしたの、真一郎?」

「今・・・向こうに何かいたような・・・」

言ってしっかりと目を凝らした。

それはいた・・・いや、「いた」というのは適当でないかもしれない。

廊下の先、そこに現れた白い靄のような物。

いつからそこにあったのか知るべくもないが、窓から差し込む光にうっすらと差し込む様

は幻想的ですらあったが、それがただの靄でないことは想像に難くない。

「七瀬の友達?」

「冗談言わないで。これでも友達は選ぶ方よ」

「さいですか・・・」

ここは長く伸びた廊下の真ん中。

一方は靄に塞がれているため、もう一方の階段まではかなりの距離がある。

窓から飛び降りることも可能だろうが、それであの靄が諦めてくれるとも限らない。

それに、七瀬ならいざ知らず飛べない真一郎は無事では済まないだろう。

「同種族ってことで話し合いとかできないかな?」

「幽霊を全部一緒にしないで。あれはもう自我が崩壊してどうしようもないわ」

「打つ手なし・・・と!!」

唸りを上げて突っ込んできた靄を転がるように避けて、真一郎は手近にあった教室に逃げ

込んで出入り口を棒で塞いだ。

「そんなことしても無駄よ。壁抜けできるんだから」

「なにかいい方法はないかな?」

「ないわね。真一郎に取り憑く前だったら二人で逃げられたかもしれないけど、今は力が

使えないから」

「そのついでに時間もないか・・・」

教室の後ろの壁を通り抜けて、靄が現れる。

廊下から教室に変わっただけで、不利な状況に変化はない。

「なら、やるしかないか・・・」

「真一郎待ちなさい!」

真一郎は床を踏み切り、動かない靄を殴りつけた・・・つもりだった。

だが、振り上げた拳は靄をあっさりと通り抜け勢い余った彼の体はドアにぶつかって、そ

れを廊下へと押し倒した。

「真一郎!」

「大丈夫・・・て?」

立ち上がろうとして、再び倒れた体を七瀬が慌てて支えに入る。

そのまま七瀬は真一郎を引きずるようにして、廊下を遅々とした速度で歩き始める。

「あんなのに触るから、体力をごっそり持っていかれたわね・・・。まったく、幽霊と喧

嘩できるわけないでしょう!もう少し考えなさい」

「そりゃそうか・・・神咲さんみたいな人じゃないとダメか、助けに来てくれないかな?」

「やめて。あんな奴の助け借りたくない」

「そんなこと・・・七瀬!!」

残った力で七瀬と一緒に倒れこんだその一瞬後、靄が真一郎達の上を飛んでいった。

体の節々が痛む上にろくな力も入らない。

少し離れた廊下にまた靄が現れる。

今度接触しても生きていられる自信は真一郎にはないが、生憎靄を避けられるほどの余裕もない。

「七瀬・・・君だけでも逃げて。それで、できれば神咲さんを呼んでくれると嬉しい」

何か言おうとする七瀬を手で制して、真一郎は立ち上がった。

「・・・どうして真一郎が残るの?」

「そりゃあ、俺が男だからざ。幽霊とは言え、女の子に残れなんて言えないだろう?」

靄が加速したのを捉えた真一郎は目を閉じた。

「・・・馬鹿ね、取り憑いてる真一郎が死んじゃったら、あたしも消えちゃうでしょう?」

「何か」によって緩和された衝撃で、真一郎は再び床に倒れこんだ。

目を開けるとこの最近で見慣れてしまった七瀬の顔。

彼女は一度微かに微笑むと、真一郎にもたれかかった。

「・・・・・・・・・七瀬・・・七瀬!!」









「!」

突如感じた悪寒に薫は授業中であることも忘れて立ち上がった。

「神咲さん、どうかしましたか?」

教師の訝しげな視線を無視して、薫は窓に駆け寄り感覚を巡らせる。

(この感じ・・・旧校舎。さっきの幽霊もいるのか・・・)

「神咲さん・・・もしもし」

「・・・すいません。気分が悪いので保健室に行きます」

そう言うと、薫は教師の言葉を待たずに病人らしからぬ速度で教室を飛び出した。

人のいない廊下を疾走し、階段を前段一気に飛び降りる。

一分と立たずに薫は校庭に出て旧校舎へと向かった。

走りながら携帯電話を取り出し仕事用の短縮で耕介に繋ぐ。

『はい、槙原耕介ですが』

「耕介さんですか?悪いんですが、今すぐ十六夜と御架月を連れて風芽丘まで来てくださ

い。詳しい事は後で話しますが、霊障が発生しました」

『了解。全速力で行くから無茶はしないようにな』

携帯電話をしまう頃には薫は旧校舎の前に立っていた。

気配は三階・・・それも薫が感じ取れるのは二つ、一つは間違いなく霊障だ。

「武器なしでどこまでいけるか・・・」

薫は手近に落ちていた硬そうな棒を拾い上げ、旧校舎に入った。

気配を殺しながら、それでも急いで三階へ向かう。

神咲本家では「十六夜」の継承者であったため、薫が積んだ修行は主に「十六夜」を主と

した物であった。

故に「十六夜」無しで霊障と戦うこと事態稀なため、それを引き離されると薫の戦闘能力

は極端に低下する。

「こんなことなら、他の修行もしておくんだった」

最後の階段、それを一気に駆け上がって三階に到着した。

「七瀬!」

その時に見たのは、七瀬と真一郎がゆっくりと床に倒れていく所だった。

霊障は真一郎の近くにいて、錯乱している彼を今にも殺そうとしていた。

「神咲一灯流、神咲薫参る!!」

棒を構え、薫は駆け出した。

それに気付いた霊障は、新たな得物と勘違いしたのか真一郎よりも先に薫に向かった。

急速に縮まる距離、唸りを上げて突っ込んでくる霊障を薫は身を投げ出して避ける。

「神気発勝!!」

起き上がりざま棒に霊力を込め、薫を見失って蹈鞴を踏んでいた霊障を切り上げた。

霊力の不可に耐え切れず、棒が崩れ落ちる。

「ぎぃぃぃぃぃ!!」

金属質な音を上げて、霊障は上昇した。

(浅かったか!)

次に霊障が出現したのは、薫よりも真一郎よりも場所だった。

「相川君!!」

真一郎は気付かない、霊障が彼を襲おうとしたその時・・・。

―――――――――!!!

三階の窓ガラスを盛大に割った赤い影が、霊障と真一郎の間に立つ。

その影は真一郎達を一瞥すると、世にも冷たい赤い眼を霊障に向けた。

霊障は動けない・・・本能的な恐怖がそこにあった。

赤い影の右手に光が点る。

「できるなら・・・もう少しスマートにしたかったけど。でも、あなたに私の友達を傷つ

けてもいい権利なんてない・・・消えなさい!」

赤い影はその手を一閃して、霊障を一瞬にして霧散させた。

「綺堂さん・・・か?」

「はい・・・少し待ってください」

赤い影―さくらはそう言って一度顔を伏せた。

次に顔を上げた時には、彼女の目は昼休みに見たままの蒼い目に戻っていた。

「嫌な気配を感じてここまで来たんですけど、時間がなかったので窓から失礼させてもら

いました」

「すごいと言うしかないね・・・相川君は・・・」





これほど悲痛な情景もないだろう。

真一郎は七瀬を抱えてその名を呼び続けていた。

霊障にやられたのだろう、彼女は右手を半ばから失っていた。

霊のなんたるかを知っている薫やさくらには七瀬が大事ないことが解かったが、知識のない真
一郎には七瀬が今まさに死のうとしていると写っても不思議ではない。

「相川君・・・うちの仲間を呼んだから・・・触るな!」

真一郎が七瀬の傷口に触れた瞬間、彼は激しい眩暈を感じた。

さすがに倒れることはなかったが、同時に気だるさや吐き気が襲ってくる。

「七瀬さんは今周囲から力を集めています。これ以上続けたら先輩の方が危険です。私が代わり
ますから休んでください」

「・・・今のは・・・俺の力を吸ったの?」

「そうですけど・・・それが―」

真一郎は迷わず七瀬の傷口に触れた。

急速に掠れていく意識、流れていく霊力を今度は待ちかねたように見送る。

遠くにさくらと薫の声が聞こえたような気がした。

(このまま俺・・・死んじゃうかな?)

もし、そうだとしたら七瀬は怒るだろう。

それは結局彼女が死ぬのと同義であるし、彼女の願いに反するから。

唯子や小鳥、瞳やいづみの顔が浮かんでは消える。

(参ったな・・・)

今度こそ戻ってこれないかもしれない意識の落下の中で、真一郎は苦笑した。

(女の子しか・・・浮かばないや・・・)