それは、突然の報告だった。

 「えっ? シェリーが帰って来る?」

 ニューヨークレスキューの特殊救助部隊に所属し、多忙な業務な追われているはずのシェリーが、

正月休でもないのに日本に帰国してくると言うのだ。

 「ああ。何でも、特別に休暇をもらったそうだ。ここの所、忙しかったみたいだからね。それで、

折角の長期休暇だから、こっちに来るって」

 「そっか…。それで、どのくらいこっちにいられるって?」

 「えーと…確かメールでは、日本にいられるのは1週間くらいだったかな?」

 平日の昼、耕介とリスティは、耕介の作った昼食を食べながら話していた。

 寮には真雪もいるのだが、皆と朝食を取ってから、今も部屋で眠っている。

 この生活のリズムの滅茶苦茶さは、今でも全く変わっていない。

 と、言うか、磨きがかかってきていると言っても差し支えないだろう。

 「直接会うのは…3年振りかな? そうか…。もう、そんなに経つのか……」

 「ちょっと、耕介。いきなり老け込まないでよ」

 「ああ、ごめんごめん。…で、いつ頃こっちに来るって?」

 「明後日の昼過ぎ…みたいな事は書いてたけど、詳しい事は後で電話するってさ」

 「飛行機の到着時間を調べておかないとな。シェリーには、車で迎えに行くからって伝えておいて」

 「YES。やっぱり、愛しの彼女と早く再会したい?」

 「そりゃそうだよ。仕事の関係で遠距離恋愛になっちゃったけど、シェリーが望んだ道だから。俺

は応援するだけだよ」

 シェリーの姓が『クロフォード』から『アルバレッド』変わって少しした頃、2人はいわゆる恋人

同士になった。

 それに関しては寮内外で一悶着あったが、今では電話や手紙のやり取りで恋人関係が続いている。

 「耕介…。いい加減にパソコンでメールくらいやろうよ。そうすれば、もっと簡単に連絡が取り合

えるのに」

 「リスティ……重要な事を忘れてるぞ。俺は英文が読めないし、書けない」

 「それ、威張って言う事?」



















         TRIANGLE HEART'S SOUND STAGE 5 SELLFY'S ANOTHER STORY

       The value of the life ―― 命の価値 ――





















 ―2日後。

 耕介、リスティ、フィリスの3人は、空港のゲート前でシェリーの到着を待っていた。

 当初の予定では、耕介とリスティの2人で迎えに来るはずだったのだが、フィリスは有給を使って

まで耕介達に同行したのだ。

 「でも、よかったのかフィリス? 今晩は“愛しの恭也くん”がきてくれる日だろ」

 「ななっ! 何言ってるのリスティ!!」

 「ボクが知らないとでも思っているのかい? 夜勤の時は、恭也と2人っきりで過ごしてるんだろ。

男女が、同じ部屋で一晩過ごせば……。『恭也くん…私…』…『フィリス先生』……」

 悪乗りしたリスティが、恭也とフィリスの声真似をして1人芝居を始める。

 フィリスは、「きゃー、きゃー!」と騒ぎながら、手を振ってリスティを止めようとしているが、

かえって回りの注目を集めてしまっている事に気がついていない。

 (はぁ……何やってるんだか……)

 微妙に他人のフリをしながら、耕介は溜息をついた。

 時計を見ると、既に予定の時間を過ぎている。

 痴話喧嘩(?)をしている2人から目を離し、遠くを見渡すと、銀髪の女性が旅行鞄を引っ張って歩

いてくるのを、耕介は見つけた。

 「お、こっちこっち」

 ただでさえ背の高い耕介が手を振れば、その姿は容易に目に付く。

 それを目にした銀髪の女性は、少し駆け足で耕介の元へとやってきた。

 「お帰り、シェリー。久し振りだな」

 「ただいま、耕ちゃん。ゴメンね、迎えに来てもらって」

 「ま、俺達が来たくて来たんだから、気にしなくていいよ。そうそう、リスティの他に、実はフィ

リスも一緒に……」

 耕介はシェリーに2人の事を伝えようと視線を移すが……

 「そんな発育不良なボディじゃ、恭也を満足させてあげられないぞ。同じ遺伝子を持ってるのに、

シェリーともスタイルが全然違うじゃないか。姉として、恥ずかしいぞ」

 「ななな、なんて事を――!!!」

 「そうだ、恭也に育ててもらえ。そうすれば、フィリスは成長して、恭也は満足する。一挙両得じ

ゃないか」

 「リーースティーーーッッッ!!!!」

 いまだに痴話喧嘩を続けていた。

 耕介は、再び溜息をひとつ。

 「ははは……相変わらずみたいだね……」

 「そろそろ止めないと、目立って仕方が無いな…。リスティ、フィリス。シェリーが来たぞ」

 「そうそう、フィリスもシェリーくらいあれば……って、シェリー?」

 「ええ!? シェ、シェリー!!」

 「えへへ……久し振り。元気そうで安心したよ」

 さっきまでの雰囲気は何処へやら。

 3人は、久し振りの姉妹の再会を喜び合っていた。

 「さて、そろそろ帰ろうか。みんなも待ってる事だし」

 放っておくと、いつまでも続けそうな勢いの3人を連れて、耕介達は空港を後にした。




 車を走らせること数時間、4人はさざなみ寮へと帰ってきた。

 「ここは変わんないなー。帰ってきたって実感するよ」

 「愛さんがいる限り、ここは変わらないよ。さ、入って入って」

 「えと……ただいま」

 「「「おかえり、シェリー」」」







 シェリーの歓迎会で、住人の半数以上が二日酔いでダウンした翌朝、シェリーはフィリスの養父で

ある矢沢医師へ挨拶に行っている。

 この日が休日なのを良い事に、真雪とリスティが学生組みにまで酒を勧めた結果、普通に活動でき

るのは、仕事のある愛、度を超えて飲まなかったシェリー、そして耕介だけである。

 なし崩し的に宴会に巻き込まれたフィリスは、今はシェリーと同じ部屋に放り込まれており、頭痛

と気持ち悪さで呻き声をあげているだろう。

 「うぅ〜、耕介ぇ〜〜…水……」

 「はいはい…」

 幽霊のようにフラフラとキッチンに入ってきたリスティに、水の入ったコップを手渡す。

 「今日、仕事のフィリスまで潰しちゃって……どうするの?」

 「それは、真雪のせいだ。『恭也との関係を話すか、飲むか』って脅されてたからね」

 「面白がって煽ってたのは、リスティだろ……」

 「いーじゃん。那美なんか、必死になって聞こうと……あたたたた……」

 普段の調子で話そうとしたのが災いしたのか、リスティは頭を押さえてテーブルに突っ伏した。

 ちなみに、コップの水は半分も減っていない。

 「ほら、これ飲んで、大人しく寝てなさい」

 薬箱から二日酔いの薬を取り出し、リスティに渡す。

 「Thanks……」

 液状の薬を一気に飲み干し、リスティはフラフラと2階へと上がっていった。

 「やれやれ」と耕介が溜息をつくと、リビングの電話が鳴った。

 「はい。さざなみ寮…」

 「あ、耕ちゃん? セルフィだよ」

 「どうしたんだ? 何か用事か?」

 「ううん、違うよ。今日の昼食は何かなー、って思って……」

 「昼食か……人もほとんど起きてこないし、サンドイッチにしようかな? 作り置きも効くしね。

トマトとベーコンと、レタスとチーズ…。後は……」

 「帰る! 今すぐ帰るね。それじゃっ」

 何かに気づいたのか、シェリーは耕介の言葉を待たずに電話を切った。

 「……?」

 シェリーのいきなりの言動に、耕介は受話器を見つめて首を傾げるしかなかった。



 その後、シェリーの好物がトマト入りハンバーガーだという事を思い出して、何となく納得した耕

介であった。









 シェリーが日本にきて3日目。

 シェリーは、リスティの案内で海鳴市を巡ったり、久遠や猫達と戯れて過ごしていた。

 耕介もシェリーも本当は2人っきりで過ごしたいのだが、今は姉妹で過ごすことを優先している。



 「さて、そろそろ行くかな」

 エプロンを外し、バイクの鍵を取って部屋から出た所を、耕介はシェリーと鉢合せになった。

 「あれ、耕ちゃん。お出かけ?」

 「夕食の買い物にね。今日は魚が安いから、夕食は煮魚だよ」

 「あ、私も一緒に行ってもいい?」

 「別に構わないけど……バイクだよ?」

 「平気平気。向こうで何度か乗った事あるしね。それに、私のフィールドがあれば、トラックと正

面衝突しても負けないから!」

 ぐっ、と握り拳を作るシェリーを見て、耕介は小さく笑う。

 「それは心強い。それじゃ、行こっか」

 「うん」

 時々需要のある寮生用ヘルメットをシェリーに被らせ、耕介はバイクを走らせた。



 買物を終え帰宅途中、シェリーは寮に帰る道とは違う方向に走っている事に気がついた。

 『耕ちゃん、どこに行くの?』

 『ちょっと買い食い』

 バイクの運転中は会話が出来ないので、精神感応を利用して2人は意思の疎通を行っていた。

 直接触れている関係で、シェリーは精神障壁を最大にしないと耕介の思考が意識しなくても流れ込

んでしまう。

 これに関しては、耕介はリスティをバイクで病院に送迎した経験があるので解っているし、『会話』

をする時は、合図を送ってから能力を使ってもらうようにしているので、不用意に思考が伝わってし

まう心配は無い。

 それでも、強く思ったりすると、簡単に洩れてしまうのは仕方の無い事なのだが……



 2人は、臨海公園にやってきた。

 露店が結構あったりするので、耕介もたまに間食をしにきている。

 短時間ではあるが、デートらしい事をしようという耕介の考えだった。

 「へー、私がいた頃より出店が増えてるね」

 「あれ? 帰ってきてから、まだここにきてなかったんだ」

 「うん。リスティと一緒に行ったって言えば、駅前とか商店街くらいかなぁ?」

 「そうなんだ。それじゃ、翠屋には…?」

 「行ったよ。それも、一番最初に。あー、そうだ。お土産に買っていって、クレアにも食べさせて

あげよう」

 「あそこの店は、本場で修業したコックが店長だからね。味は絶品だよ」

 「うんうん。そーだ、ニューヨークに支店できないかなぁ。そしたら、毎日だって行くのに」

 「あははは。俺、店長と顔見知りだから、今度掛け合ってみようか?」

 「ホント? それじゃ、お願いしちゃおっかな」

 他愛の無い話をしながら、2人はベンチに腰掛ける。

 平日なので人は疎らだが、学校が終わった小学生がちらほらと見え始めた。

 「たいやきとたこやきとホットドック、どれが食べたい? ちなみに、たいやきにはチーズとカレ

ーという、非常に珍しい中身が揃ってるけど…?」

 「それは止めとく……。それじゃ、たこやきをお願い」

 「了解。すぐ戻ってくるから」

 シェリーをベンチに残し、耕介は並んで店を開いているたいやき屋とたこやき屋へ向かう。

 不定期で休みの時があるが、今日はどちらとも開店していた。

 耕介はたこやき6個とたいやき4尾――つぶあんとクリームを2尾ずつ購入し、少し早足でシェリ

ーの元へと戻る。

 「シェリー、買って……」

 シェリーの横顔を見た瞬間、耕介は言葉に詰まった。

 それは、耕介が今まで見た事の無いような、真剣な表情。

 まるで、災害現場に出動している時のような……それでいて、一点を見つめている。

 その視線の先を辿ると、小学校低学年くらいの男の子2人が、一緒に遊んでいた。

 (知り合い……って訳じゃなさそうだな)

 しばらく声をかけるのを躊躇っていると、今度は力なく項垂れてしまった。

 気になること、シェリーに聞きたい事が頭の中を巡ったが、耕介はそれらを消し去り、何気無い調

子でシェリーに近づいた。

 「お待たせ。できたてで熱いから気をつけてな」

 「わー。ありがとう、耕ちゃん。それじゃ、いただきます」

 さっきまでの雰囲気を微塵にも感じさせず、シェリーは笑顔で耕介からたこやきを受け取る。

 「あつつ……。で、耕ちゃんは何を買ったの?」

 「たいやき。つぶあんとクリームの2種類」

 「ねえ、半分こしよ?」

 「そう言うと思って、ちゃんと2尾ずつ買ってあるよ」

 たいやきを包んである紙を半分に破き、2尾をそれで包んでシェリーに渡す。

 お返しにとたこやきを耕介に差し出すが、爪楊枝が1本しか入っておらず、結局シェリーが耕介に

食べさせてあげるという、こっ恥ずかしい方法で食べる羽目になった。

 「はい、あーーん」

 「……本当にやるのか…?」

 「仕方無いでしょ。これ一本しかないんだから」

 「声が上擦ってるぞ。恥ずかしいなら、やらなきゃ良いだろ」

 「うっ…! 一度決めたらやるのっ。耕ちゃん、覚悟して!」

 「覚悟するくらいなら、食べなくても構わないんだけどなぁ……」

 「いいのっ! ほら、口を開けて」

 どうやら2人には、シェリーが使っている爪楊枝を耕介が使うという方法が、頭から抜けていたよ

うだった。

 あるいは、知っていつつシェリーが芝居をうっただけなのかもしれないが……





 その夜、耕介はシェリーが入浴中なのを見計らってリスティを呼び出し、臨海公園での出来事につ

いて、部屋で相談することにした。

 「そっか…耕介も気づいたんだ」

 「この時期に突然帰って来るのも、ちょっと引っかかってたんだけど……どうやら、何かあったみ

たいだな」

 「ボクも、あの表向きの明るさには、危うく騙されるところだった。ついさっき、クレアに……シ

ェリーの上司に電話したんだけど、今回の休みは、休暇と言うより謹慎処分に近いんだ」

 「謹慎……シェリーは、一体何をしたんだ?」

 「…仕事中、命令を無視して行動して、部隊を危険にさらしたんだ。幸い、隊員に死者は出なかっ

たけど、男の子を1人、救助できなかったって……。それで、『少し頭を冷やして来い』って事で、

クレアに日本行きを命じられたんだ。こんな理由じゃ、耕介に一番に連絡を出来る訳がないよ」

 「成程…そういう事か……」

 リスティは、シェリーが何故自分の命を顧みずに救助活動をするかは、去年の一件で再度認識させ

られたし、耕介にも事の顛末を話しているので、耕介もその事は解っていた。

 「どうやら、クレアの手紙が効果ありすぎて、無茶な行動に拍車がかかったみたいだね」

 重苦しい雰囲気を吹き飛ばすように、リスティはおどけた口調で言った。

 その言葉に、耕介はいつもの柔らかな表情になったが、すぐに真剣な表情に戻ってしまった。

 「恋人である耕介に、今回の事を言っていなかったのは何となく予想がつく。耕介に捨てられたく

ないんだよ、シェリーは」

 「捨てる? 何で俺がシェリーを捨てなきゃならなくなるんだ?」

 「それくらいは自分で考えようよ。自分の恋人の事でしょ。…耕介、シェリーの事頼んだよ」

 そのリスティの真剣な様子を見て、耕介は思わず笑ってしまった。

 「な、何が可笑しいんだよ?」

 「いや、ごめんごめん。いつも、フィリス達にあんな態度取ってるけど、やっぱり妹思いだな。ど

うして、それを隠そうとするんだ?」

 「ボクの柄じゃないよ。耕介だって解ってるだろ?」

 「知ってるさ。それが、照れ隠しだって事もね。素直じゃないな、リスティは」

 「よ、余計なお世話だっ!」

 「ははは……それじゃ、シェリーの事は任せたよ。『優しいお姉ちゃん』」

 「っ! それじゃ、ボクはまだやる事があるから! おやすみっ!!」

 恥ずかしさのあまり、リスティは語尾を荒げながら、部屋を出て行ってしまった。

 やり過ぎたと反省しながら、耕介も残りの仕事を片付けるために、同じく部屋を出た。







 次の日、気を利かせた寮生達の発案で耕介は臨時休暇となり、シェリーとデートに出かけた。

 車を借りるという耕介の予定に反して、シェリーがバイクでの外出を希望したので、市内巡りから

一転してちょっとしたバイクでのツーリングになった。

 この時も、シェリーは謹慎処分を受けている事を耕介に話さなかった。



 夜、耕介は意を決しシェリーの寝泊りしている部屋の前に立ち、軽くノックをする。

 「はい?」

 「耕介だけど。今、話できる?」

 「大丈夫だよ。入ってきて」

 シェリーに促され、耕介は部屋の中へと入る。

 見るとシェリーはベットに腰かけ、プリントアウトされた写真を広げていた。

 「あれ、その写真は?」

 「これ? リスティ達と出歩いた時とか、今日のツーリングの最中にデジカメで撮ったやつだよ。

ちょっと知佳ちゃんのパソコンを借りてプリントアウトしたんだ」

 「へー。パソコンなんて帳簿をつける時以外に使わないから、そういうのは全然駄目だよ」

 「勿体無いなあ。もっとパソコン使おうよ。…って言っても、私もメール以外でほとんど使ってな

いんだけどね」

 「そうそう、シェリーに聞きたい事があって来たんだ」

 「なになに? あしたの予定とか?」

 「…昨日、俺とふたりで臨海公園に行ったでしょ。俺が食べ物を買いに行ってる間にシェリーは小

学生くらいの男の子の事、じっと見てたよね」

 「っ! そんな事あったかなー? ちょっと憶えてないや」

 突然声のトーンを落として訊ねてきた耕介に、シェリーは一瞬言葉を詰まらせたが、何事も無いよ

うにいつもの口調で答える。

 いつもの彼女なら、この程度の事で動揺を見せたりしない。

 理由は唯ひとつ。

 一番知られたくない人物に、一番知られたくない事を追求されてしまうからだ。

 「残念だけど、全部知ってるよ。詳細はリスティから聞いたけど、この時期に突然帰国してきたっ

ていうのと、臨海公園での出来事で、むこうで何かあったって言うのは予想できた」

 「そっか…。見られちゃってたんだ。私も気づいたら男の子の事、じっと見てた。そんなつもり無

かったのに……。そしたらさ、瓦礫に押し潰された男の子の事思い出して……」

 「確か、去年のクリスマス前にも無茶をやったな。一体、どうしたんだ? それに、どうして俺に

相談してくれないんだ?」

 「だって……遠距離恋愛になっちゃっても、耕ちゃんは今の私の仕事を応援してくれてる。それは、

とっても嬉しい。でも、その応援に応えられなくなったら、耕ちゃんが私を送り出してくれた意味が

無くなっちゃう……。耕ちゃんを裏切りたくないんだよ」

 この言葉で、耕介はリスティの言った「捨てられる」の意味を理解した。

 シェリーは怖かったのだ。

 一緒にいたいという気持ちを殺してまで今の仕事を薦めた耕介の期待を裏切り、愛想をつかされて

しまうのを。

 元々祝福されて生まれた命ではなかっただけに、シェリーは自分の命に価値を見つけようと必死に

救助活動を続けていた。

 それに輪をかけて、耕介に釣り合うだけの人間になろうとシェリーは独断先行気味の無茶な行動を

始めるようになる。

 自分で決めた道なだけに弱音も吐けず、ましてや止まる事も出来なかった。

 「シェリー、俺はいつも言ってるだろ。辛くなったら、いつでも頼れって。電話でも何でもいいか

ら、その辛さを分けてくれればいいんだよ」

 「でも、耕ちゃんに頼ってばかりじゃ弱くなっちゃう……。私は耕ちゃんの後ろじゃなくて、隣り

に並んで一緒に歩きたい」

 「もうシェリーは十分隣りにいるよ。それに気づいてないだけ。もっと自信を持とうよ」

 「でも……やっぱり不安だよ。電話や手紙で励ましてもらってるけど、やっぱり直接会えないのは

……」

 「そっか。そうだよな。やっぱり、相手の姿が見えないと不安だよな。俺だってシェリーと3年も

会えなかったのは寂しかった。手紙や電話なんて気休めにしかならない。だから、さ。これからは、

もっと会おう。仕事は忙しいけど、俺の方は比較的融通が利くし。毎月は無理だけど、半年に一回く

らいならシェリーの家に行って、料理を作ってあげられる。一緒にデートも出来る。これなら、お互

いに寂しい思いをしなくて済むよ」

 「うぅ……耕ちゃん……ありがとう…ごめんなさい……」

 「俺が会いたいから会いに行くだけだ。謝る事は無い。シェリーが帰るまで後3日。会えなかった

3年分、しっかり甘えておけ。俺も可愛がらせてもらうから」

 「うん……うんっ!」



 次の日から、耕介とシェリーは可能な限り一緒に行動した。

 一緒に食事を作り、一緒に寮内の掃除をして、一緒に買物に行く。

 リスティに冷かされまくっていたが、耕介とシェリーは無視して新婚バカップルっぷりを披露した。

 あまりの熱の上げ方に、締め切りの近かった真雪によって耕介が蹴られまくった事を、ここに追記

しておく。





 そして、シェリーがニューヨークに帰る日。

 耕介、リスティの2人が、シェリーを見送るために空港に来ていた。

 さすがに今回はフィリスの姿は無かったが、空港に向う前に別れの挨拶は済ませてあった。

 「それじゃ、半年後…かな?」

 「そうだな。でも、また無茶な事やって、それより前にお見舞いに行くなんて事にならないように

頼むよ」

 「大丈夫。去年みたいに耕ちゃんにだけ秘密にするから」

 あまりにもいけ洒洒というシェリーに、耕介は少し頭が痛くなった。

 額に手を当てて溜息をつく耕介の仕草を見て、シェリーは笑う。

 「うそうそ。もう大丈夫だよ。確かに危険な仕事だけど、自分の限界以上の事はしないって約束し

たでしょ?」

 「シェリーの場合、その限界の上限がもの凄く高いんだけど……まあ、信じて待ってるよ」

 その言葉を聞いて微笑んだシェリーは耕介と口付けをかわし、手を振ってゲートをくぐって行った。

 シェリーの後ろ姿が見えなくなった所で、リスティが口を開く。

 「あーあ、見せつけてくれちゃって。一人身のこっちには羨ましい限りだよ」

 「そんな事言うくらいなら、早く彼氏を作ればいいじゃない」

 「それが出来れば苦労しない。何処かの誰かみたいに、材料があれば作りたいって言いたくもなる

よ。……それに、初恋の相手が相手だっただけに…。こんな事なら、さっさとツバ付けときゃ良かっ

たな」

 「ん? 何か言ったか、リスティ」

 「いーや、何でもないよ。それより、早く帰ろう。午後に一度、警察署に出頭しなきゃいけないん

だから」

 「はいはい。それじゃあ、捕まらない程度に急いで帰りますよ」





 帰りの車中、耕介はシェリーと今の関係になるきっかけとなったフィリスの言葉を思い出していた。

 『同じ業を背負った私でも、今のシェリーを完全に救う事はできません。もうひとつの存在が必要

なんです。……耕介さん。どうか…シェリーの事……』

 シェリーが自分の力の限界に直面して落ち込んでいた頃、相談を受けたフィリスが耕介に対して洩

らした言葉だった。

 この頃のフィリスは医師となる為の研修を始めたばかりで、カウンセラーとしても未熟だった。

 そんな時、言葉は悪いが特殊な人間の集まるさざなみ寮の管理人を長年続け、兄としても接してい

た耕介の元にも相談にやってきていた。

 それがまさか、耕介がその“もうひとつの存在”になろうとは、ふたりとも夢にも思わなかったで

あろう。



 耕介がこの事を思い出している頃、シェリーも先日撮影した写真を眺めながら今の関係になるきっ

かけとなった耕介の言葉を思いだしていた。

 『例え、どんな生まれだろうと同じ命だ。ちからが有ろうと無かろうと関係ない。俺と何の違いが

ある? 命の価値に違いなんて無い』

 戦闘用に作られた存在と言う事で、シェリーは自分の命を軽んじていた。

 無茶な行動と言う点では今よりも格段に多く、上司や仲間達の悩みの種でもあった。

 だが、耕介のこの言葉を聞いたシェリーは、完全にではないが吹っ切れる事ができた。

 フィリスも同じような事を言っていたのだが、耕介だったから効果があったのだろう。

 そのふたりが、心惹かれあうのにさして時間はかからなかった。

 日本とアメリカという物理的な距離という制約を受ける事となったが、それでもシェリーにとって

耕介は寄り添える存在となった。

 「えへへへ……」

 写真を眺めながらこの1週間……特に最後の3日間の出来事を思い出して、シェリーの顔は緩みっ

ぱなしだった。










 だが、今回の件で耕介はこの“物理的な距離”というものに憤りを感じ始めた。

 電話や手紙では限界があると前々から感じてはいたが、本人から直接「不安」という言葉を聞いて

しまい、自分にもその不安が膨らんできてしまった。

 (しばらくは大丈夫だろうけど、いつシェリーの気持ちが揺らいで同じ事をしないとも限らない。

半年か…。短いようで長いな。ここは、何かしらの手段をとるか…?)

 「耕介…。何かよからぬ事を考えてない?」

 「何だよ、その『よからぬ事』って?」

 「ま、何となく…ね。そう思っただけ」

 耕介の運転する車の助手席に座り、その横顔を眺めていたリスティが耕介の思考に割り込む。

 それは精神感応を使った訳ではなく、耕介から放たれている雰囲気を感じ取っての発言。

 その為、リスティの質問は曖昧なものになっていて、耕介が聞き返してきてもその具体的な答えは

出てこなかった。

 (よからぬ…か。もし、これをやってしまったら、寮のみんなはどんな反応をするんだろうな?)









 シェリーがアメリカに帰ってひと月ほど過ぎた。

 耕介は今までに無い強い葛藤の中にいた。

 それもそのはず、この選択によって自分自身の今後の人生が決まってしまう。

 しかも、この決断は周囲の協力があって始めて実行できるもの。

 この“協力を得る”というと言う点で耕介は迷っていた。

 はたして、こんな大きな事を自分は成し遂げられるのか……と。

 「耕介、ちょっといいか?」

 「はい、何ですか?」

 夜、いつものように仕事をこなしていた耕介を真雪が呼び止める。

 「ここじゃ何だ。食堂で話そうや」

 耕介を椅子に座らせた真雪が、冷蔵庫から缶ビールを放り投げる。

 「おっと…すみません」

 「まどろっこしいのは嫌いだから、単刀直入に聞くよ」

 自分も耕介の向かいの椅子に座り、缶ビールを音を立ててテーブルに置く。

 「一体、何を悩んでいる? いつものお前ならとっくに自己解決してるか、誰かに相談してるだろ。

それがこの一ヶ月間、ずっとそんな調子だ。あまりプライベートな事に口を挟みたくは無いが、これ

は寮生全員が心配している事だ」

 「全員…ですか。仕事中に悩んではいなかったと思ってたんですがね……」

 「そんな調子だから全員に心配されるんだ。今の耕介には覇気が全然無いんだよ。それで仕事に支

障がないのが不思議なくらいだ。とりあえず、話すだけ話してみろや。少しは役に立つかもしないし

さ」

 「そうですね…。これは、いずれみんなに話さなきゃいけない事ですし……」

 耕介は自分の中にある悩みを語り始めた。

 自分は今何を思い、どう行動したいのかを……

 それを行うのに、数多くの人々の協力が必要な事も……

 話を聞き終えた真雪は、吸っていた煙草を揉み消し、腕を組んだ。

 「随分と壮大な計画だな。確かにこれは、あたし達の力だけでどうこう出来る問題じゃないな……」

 「個人的な事の為に、ここまで大事にして良いものか…。それに、これをしてしまうと、寮のみん

なとも……」

 「そんな事気にしてんのか? そりゃ、あたしだって嫌だよ。でもな、これは耕介の道だ。あたし

達がとやかく言う問題じゃない。本当は解ってるんだろ?」

 「…………」

 耕介は無言のまま重々しく首を縦に振る。

 だが、それを見た真雪は頭を掻き毟った。

 「だーっ! 何をそんなに悩む? こうなりゃ……愛ー、ちょっと来てくれー」

 壁にかけてある電話機の内線を使って真雪は部屋にいる愛を呼び出した。

 「えっ? ちょ……真雪さん!?」

 「あ、ぼーず。………いーから、四の五の言わず食堂に来てくれ」

 うろたえる耕介を他所に、真雪はリスティにも招集をかける。

 こうして食堂には外泊中で不在の美緒を除き、さざなみ寮の古参メンバーが顔を揃えた。

 「さて、今回集まってもらったのは、ここさざなみ寮の管理人である槙原 耕介の今後の見の振り

方について、意見をもらいたいからだ」

 「耕介さんの……ですか?」

 「あ…。それってもしかして……」

 話題の中心である耕介自身は蚊帳の外。

 こうなると止められないと悟った耕介は、静観する事を決めた。

 流れ的に司会進行役となっているなっている真雪の口から、耕介が先程語った悩みと“計画”が暴

露されていく。

 それこそ最初は驚いていた愛とリスティだが、真雪が喋り終える頃には2人とも納得して頷いたり

もしていた。

 「そうですか……。寂しくなっちゃいます。でも、これが耕介さんの願いなんですね。わたしが獣

医になって、動物病院を開業する時に協力していただいた時の恩が、ようやく返せそうです」

 「中々大それた事を考えるじゃない。…ま、それもいいんじゃない? 人生一番の大勝負、ここで

してみるのも一興かもね。もちろん、ボクも協力するよ」

 「…と、言う事だ。わかったか、耕介?」

 「酷いですよ真雪さん。ここまできたら、もう後に引けないじゃないですか」

 「どうせお前さんの事だ。問題を先延ばしにして悩み続けてるのが目に見えてるからな。それなら、

ここでスパっと解決した方が身軽になれるってもんだよ」

 「その分、プレッシャーが増えましたけどね」

 「そんな軽口が叩けるんだったら、もう大丈夫だな。ま、あたしも最後までつきあってやる。心配

すんな」

 「みんな……ありがとう……」

 「そんじゃ、早速あしたにでも行動に移すとするか。…耕介、あたし達の8年分の感謝、しっかり

受け取れよ」





 数日後……

 「今思うと、よくもまあこんな無謀な事が罷り通ったもんだ」

 「協力するって言っておいて、それは無いんじゃないんですか?」

 耕介の“計画”は6割程まで進行した。

 あと具体的に必要なのは、耕介自身の準備と資本金と言った所だろうか。

 「それで、先方はなんて言ってた?」

 「最低でも1年間の修行。合格するまで認可はしない……だ、そうです」

 「まー、耕介の事だ。合格云々に関しては問題ないだろ。そのスキルは十分にあるんだから」

 「そう楽観視もしてられないですけどね。そうそう、週明けからむこうに顔を出さなきゃならない

ので、これから寮の仕事を休む分、ポケットマネーを使って食事は豪勢に行きますよ」

 「安月給が無理すんな…と、言いたい所だが、楽しみにさせてもらうよ」

 「こっちが本職ですからね。任せておいて下さい」

 耕介は準備に取り掛かるため、エプロンをかけてキッチンへと入る。

 この日の為に取り揃えたであろう食材が、冷蔵庫だけでなくクーラーボックスにまで入れられて用

意されていた。

 「おー。気合入ってるね、耕介」

 用事を済ませて帰ってきたリスティが、キッチンで作業をしている耕介を見て言った。

 「これから寮の仕事を休むから、その詫びだとよ。ったく、そんな事しなくてもいいのによ」

 「耕介もヘンな所で義理堅いね。それでいて、いつもみんなの事を気にかけてくれてる。耕介は、

ここに絶対必要な存在なんだけどな……」

 「あーあ。これから色々とやり難くなっちまうな、全自動メシ作り&雑用マシーンがいなくなると」

 「もう、これからは耕介を漫画描きのアシにする事は出来ないよ。だからって、美大生の奈緒をこ

れ以上知佳みたいに手伝わせちゃダメだよ」

 「へーへー。わーってますよ」

 「それじゃ、ボクはシャワーを浴びてくるから」

 そう言い残し、リスティはリビングを出ていった。

 真雪はそれを見送り、煙草に火をつけ紫煙を吐き出しながらソファーに踏ん反り返る。

 「1年……か」

 真雪の呟きは、誰の耳にも届く事なく煙と共に空へと消えた。







 あれから、1年と半年の月日が流れた。

 シェリーとの『半年毎に会う』という約束も無事に2回果たし、気合の入る耕介。

 耕介はおよそ1年で指導者から認可を貰い、“計画”の最終段階に突入した。

 この半年間は、“計画”の最後の舞台を整えるための準備期間だった。

 「耕介さん。頑張ってきて下さいね」

 「耕介の事だからヘマはしないと思うけど、しっかりね」

 「解ってるとは思うが、重要なのは計画を完了させる事じゃなくて、この後に続く事だからな。一

番大変なのはこれからだって事、忘れんな」

 「肝に銘じておきます。それじゃ、みんな、いってきます!!」

 耕介は寮生全員に見送られ、“計画”の最後の仕上げをするために寮を後にした。




 ところ変わり、アメリカ・ニューヨーク消防局、FDNY本部。

 シェリーは上司のクレアから一通の手紙を受け取っていた。

 差出人はリスティ。

 そろそろ耕介に三度会えると少々浮かれ気味だった所に、この不可解な手紙。

 いつもならシェリーの関係者からの郵便物等は家の方に届くのに、今回ばかりは職場の方に送られ

てきたのだ。

 この初めての事態に、シェリーは少なからず混乱していた。

 「この手紙は、指定された日になったら貴女に渡すようにって、リスティから頼まれた物なの」

 クレアの言葉に、ますます混乱するシェリー。

 とりあえず、シェリーはリスティからの手紙を読んでみる事にした。

 内容は、『本日午後3時、指定された場所に来るように。面白いものが見られるぞ』という冒頭に、

住所と簡単な地図が描かれていただけであった。

 幸い、今日は非番。

 シェリーはリスティの指示通りに目的地に向う事にした。

 地下鉄に乗る事数十分、地図を頼りにシェリーは道を歩く。

 「面白いもの……かぁ。住所を見ると、私の家からそんなに遠い訳じゃないし……何だろ?」

 地図を見ると、どうやらその目的地は商店街の一郭の様子。

 リスティの事だから、例えばさざなみ寮縁の有名人、SEENAこと椎名 ゆうひがお忍びか何か

で来ているのを密告したのではないか? と、いうのが、今の所予想できる可能性だった。

 「ゆうひさんかー。しばらく会ってなかったし、ゆっくりお話できたらいいなー」

 しばらく歩き、目的の建物が見えた瞬間、シェリーは我が目を疑った。

 「うそ……うそうそうそっ!! 冗談でしょ!?」

 慌てて走り出し、建物の前に立つ。

 見覚えのある外装、窓から見える見覚えのある内装。

 地図に描かれている指定された場所は、シェリーの立っている目の前の建物で間違い無い。

 呆然としながらも、その建物に書かれている店名を辛うじて呟いた。

 「MIDORI YA………」


  * * * * *


 「そういえばかーさん。翠屋初の支店って、いつ開店するんだっけ?」

 「えーと……確か、来月1日だったわ。もうすぐね」

 「翠屋、ニューヨーク支店……か」

 「さざなみ寮の耕介さんが、『翠屋の支店を出させて下さい』って言ってきた時は驚いたわよ。し

かも、いきなりの海外進出。さすがの私も迷ったわ。でも、好きな人のため。その人を守りたいから

って言われちゃ、協力するしかないでしょ」

 「だが、いささか度が過ぎていると思うのだが……」

 「いーじゃない。少しくらい大きな事したって。それに、あの目を見たら、『この人なら出来る』

って直感したわ。恭也もいずれそんな目が出来るようになるのかと思うと、ちょっと楽しみかも」

 「そんなにも……?」

 「あーー、あんなに有能で即戦力になる人材、そうはいなかったわ。こんな事なら、許可なんか出

さずに、ずっとうちで働いてもらえばよかったー」

 「かーさん……それはあんまり……」


  * * * * *


 入り口には『CLOSE』の札が下がっていたが、一緒に日本語で張り紙もされており、『シェリ

ーへ 中に入るように』という言葉通り、戸惑いながらも扉を開けた。

 カウベルを鳴らし中に入ると、一人の男性がストゥールに座っていた。

 シェリーが入ってきた事に気がついた男性は、立ち上がりシェリーと向かい合う。

 「いらっしゃい、シェリー。お客様第一号だよ」

 「っ!! 耕…ちゃん……」

 翠屋を見つけた時以上の驚きで、ほとんど声が出せないシェリー。

 その反応に満足した耕介は、シェリーをカウンター席へと案内する。

 「とりあえずこれ、食べてくれるかな?」

 厨房からシュークリームと紅茶を載せたトレイを持ってきて、シェリーの目の前に置く。

 何とかこっちの世界に還ってこれたシェリーが、差し出されたシュークリームを食べる。

 「…おんなじだ……」

 「そりゃ、そうでしょう。なんたって、翠屋のシュークリームなんだから」

 「そうだ! 何で耕ちゃんがここにいるの? それに、翠屋って……」

 「何でここにいるかって? 店長が自分の店にいちゃいけない?」

 「て、店長…?」

 「うん。正確には支店長」

 「……ええええええええええええーーーーーー!!!!!!」

 あまりにも爽やか過ぎる耕介の返答に一瞬シェリーは固まったが、直後にガラスが震えるんじゃな

いかという程の声量で叫び声を上げた。


  * * * * *


 「耕介さん…行ってしまいましたね」

 「あーあ。啓吾さん、神奈さんに続いて、耕介まで管理人辞めて外国に行っちまいやがって……」

 「でも、それが解ってて耕介に協力したんでしょ?」

 「そうなんだけどよー…。実際に送り出しちまうと、こう…なんつーかなー……」

 「ボクも解るよ。本当はずっといて欲しかった。…いや、耕介はいつまでもここにいると思ってた。

それだけに、この空いてしまった穴はそう簡単には埋まらない……」

 「くっそー、こうなりゃ自棄酒だ! ぼーず、付き合え!!」

 「YES。どこまでもね」

 「…わたしも、お付き合いします」


  * * * * *


 「そそそそれじゃあ、寮の管理人辞めちゃったの?」

 「シェリーと一緒にいたかったからね。この支店を出すのだって、高町店長や寮のみんなが協力し

てくれたからだよ」

 「莫迦……莫迦だよ耕ちゃん。何でこんな事を……」

 「シェリー、言ってたよね。『ニューヨークに翠屋の支店ができないか』って。約束通り、店長に

掛け合ったよ。そしたら、『自分で出すなら許可する』だってさ」

 「そんな……冗談半分で言った事だったのに……」

 「シェリーにしてみれば冗談だったかもしれないけど、俺がシェリーと一緒にいるためには、この

くらいしなきゃ。シェリーが持っている能力で人の命を救うのなら、俺は初心に立ち返って『食』で

人を幸福にできるようになりたいって思った。もちろん、シェリーも幸せにしてみせる」

 「…えっ? それって…まさか……」

 「俺の気持ち……受け取ってくれるか?」

 耕介はポケットから小さな箱を取り出し、カウンターに置く。

 蓋を開けた瞬間、シェリーはぼろぼろと涙をこぼした。

 勿論、その中身はエンゲージリング。

 「本当に……本当に私でいいの?」

 「当然。それに…な、この指輪には俺だけじゃなくて、さざなみのみんなやリスティ、フィリスの

気持ちもこもってる。『どんなに距離が離れていようとも、心はいつまでも一緒に』という願いを込

めて…ね」

 「あ…ぁ…うわああぁぁぁ………こうちゃん…こうちゃん……」

 「シェリー……」

 泣きじゃくるシェリーを、耕介は優しく抱きしめた。













 ―― エピローグ ――  数年後

 さざなみ寮に、一通の封筒が届いた。

 差出人は、3代目前管理人の耕介。

 中身はプリントアウトされた写真と手紙。

 デジカメで撮られたものなのに、わざわざこうして送ってくるのは、耕介らしいと言える。

 手紙の内容は、近況を報告するものであったり、今もさざなみに残る古参メンバーへの挨拶等々。

 写真はどこかの海岸線で撮られたものであろう、耕介とシェリー、そして2人の子供が写っていた。

 黒髪の男の子は耕介の腕にぶら下がり、銀髪の女の子はシェリーと手を繋いでいた。

 この写真を見る限り、計画の関係者全員は、あの時に決断した選択は間違いではなかったと口を揃

えて言うだろう。

 そう断言できるのは、写っている2人が幸せそうに微笑んでいるからだ。







 

FIN


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
<後書き>

 初めての方は始めまして。そうでない方はお久し振り。
 中途半端な手抜きSS作家、柳椰(りゅうや)です。
 この度は、この拙い作品を最後まで読んで頂き、誠に有難う御座います。


 えーとですね…暴露しちゃうと、本当はこの話で耕介とシェリーが恋人同士になるはずだったんで
すよ。
 ですが、どうしても耕介とシェリーが告白するシーンを思い浮かべる事が出来なくて、急遽すでに
恋人関係にあるという設定に変更しました。
 サウンドステージ5のネタを使っているのは、その名残です。
 執筆理由は、「某所でフィリスとくっつく話を書いたから、次は何となくシェリーかな?」なんて
事じゃないですよ。
 SS5を聞いた後風呂に入ったら、この作品のオチである耕介が翠屋の支店を経営してて、そこに
シェリーがいる場面が思い浮かんだからです。
 「風呂は知恵のパンドラボックス」っていうのが、私の持論です。
 まあ、そんな訳でこの作品が出来上がったのです。
 某掲示板ではこのオチを悟られないように、このフルサイズでも前半はその素振りも出しませんで
した。
 布石は打ってありますが、あくまで日常の会話シーンだったので、気づいた人はいたかな?


 製作裏話はここまでにして、最後にこの作品を掲載していただき、M2さん有難う御座います。
 それでは、また何処かでお会いしましょう。
 

本サイトのますますの御発展を願って   柳椰より










・管理人からのメッセージ
 頂物第二号です。柳椰さん、ありがとうございました。
 私も最近コミケで出したセルフィメインのSS……私の場合は恭也とのカップリングだったんですけど、
 この娘はいい娘ですね。それを言ったらとらハに限らずみないい娘ですが、書いてみたり読んでみたり
 したらより味のでるもの。SS5がメインの彼女ですが、私はこれからもファンでいたいです。


 では、投稿ありがとうございました。