「シロウが他人を見捨てられるような人間ではない。それは私も解かっているつもりです」

「それを美点とするか、欠点とするかは、人によって評価の分かれるところだろうね。す

まない、あやこ。醤油を取ってもらえるかな」

「はいよ、師匠」

「すまないな……だが、師匠とはなんだい? 私は君に何も教えた覚えはないのだが……」

「これから教えてもらうんだ。別に、そう呼んだっておかしくはないだろ?」

「それはそうだが……」

「――――だから、サーヴァントに襲われている人間を見れば、手を差し伸べてしまう…

…解からないことではありません」

「よかった、烈火のごとく怒られるかと思ってたよ。あ、氷室、おかわりいるか?」

「すまない、いただこう」











「――――これは一体、どういうことなのですか――――っ!!」







 衛宮家の朝は、騎士王の叫び声と共に始まった。



























「シロウ、何故、彼女達はここにいるのですか。しかも、我々の事情を知っているようで

はありませんか。貴方は聖杯戦争に勝つつもりがあるのですか!? いや、そもそも、私

に喧嘩を売っているのですか、貴方はっ!!」

「落ち着け、アルトリア。食事中にがなるものではないよ」

「これが落ち着いていられますか。魔術師。人を助けることだけならば私も目を瞑りまし

ょう。しかし、いつまでも我等の陣に彼女達を置いておくのは解せない。納得のいく説明

をお聞かせ願いたい」

「大局的な判断だよ。私が許可した」



 まずは座るようにアルトリアを促し、自身は紅茶を啜る。何から話したら一番理解を得

られるのか――頭を巡らせつつ、新たに増えた二人の少女を順に見やり、



「彼女達はサーヴァントに遭遇した。消去的に考えて、ライダーかアサシンだが、一度襲

われ――サーヴァントの顔を覚え、生還した。しかも助けたのは、マスターであるシロウ

だ。関係者と見られて人質にされるよりは、ある程度の危険は承知で手元に置いておいた

方が、お互いに安全だろう?」

「貴女が師匠などと呼ばれているのは?」

「元来は記憶を消去するのが常道なのだがね。我等がリーダーは、そういった手法がお気

に召さないらしいのでね。ならば、彼女達も我等の身内にするより他はない。仕込みは早

ければ早い方がいいからね」





 アルトリアは、沈黙する。納得がいった、という顔ではない。今にも爆発しそうな雰囲

気ではあるが、反論するだけの言葉を見つけられぬのだろう。元より、彼女は騎士――主

である士郎がそういう結論を下したのであれば、従うより他はないのだが……



「さて、解かってくれたか、アルトリア」

「……………………シロウが守れ、と言うのなら守りましょう。私とて、彼女達を見捨て

るのは、本意ではな――シロウ、何ですか? その顔は」

「え? いや……何でもない」



 ――何でもないはずはない。こんな言葉で騙される人間がいるとすれば、それは相当な

世間知らずに他ならない。そして、この中で一番『世間』というものを知っているのは、

あらゆる戦場を駆け、多くの人間を見てきたアルトリアだった。



「シロウ、私は別に冷血ではないのですよ。助けられる人間がいるのなら、助けたい」

「なら、どうして最初は反対したんだ?」

「私は騎士ではありますが、同時に王でもあります。王には……時には切り捨てなければ

ならないものもあります。より多くの命を、守るためにですね――」

「私には、単なる癇癪にしか見えなかったけどね」

「――とにかくっ、この身はシロウに仕える騎士なれば、その命に従うのは当然のことで

す。先ほどは見苦しいところをお見せしましたが、貴女方の身は私が守ります。ご心配な

く」

「あ〜、あんたが守ってくれるなら、助かるよ。衛宮は頼りになる男だけど、男だからさ。

女で強い人がいてくれると、嬉しいな」

「俺は別に、そういう目的で助けたんじゃないからな」

「そこまでお主に甲斐性があるのなら、うちの学園は二党ではなく三党になっていたろう。

その点だけは、私も綾の字も疑ってはおらんから、安心しろ」



 三党とか意味の解からない言葉は置いておくにしても、疑われていない、というのもそ

れはそれで、男の沽券に関わるのだが……



「……さりげなく落ち込んでいるところ、申し訳ないがね、リーダー。彼女達のこれから

の身の振り方はどうする?」

「学校は……休んでもらった方がいいかな。学校の関係者で、最低でもマスターが二人は

いる。全員同じクラスならまだ何とかなるかもしれないけど、散ってると俺一人じゃどう

にもならない」

「アルトリアに学校まで来てもらうのは?」

「……無理だ。もう藤ねえに親父の知り合いだって紹介しちまってる。と言うか、アルト

リアが学校に来るのは、いくらなんでも不自然じゃないか?」

「昨日、我等を追っていた者は、姿を消すことができたようだが……」



 期待するような少女二人の視線を受けて、しかし、アルトリアは首を横に振った。



「私は他のサーヴァントとは少々異なっていまして、霊体化――姿を消すことができませ

ん。無論、近くに待機していることはできますが……」



 姿を晒したまま、というなら、『近く』と言うにも限度がある。



「とっさに出られぬのなら、一緒だな。ならばお嬢さん達にはここにいてもらって、私も

一緒に守った方が都合がいいのだ。学校に行きたいという気持ちは理解できるし、立派だ

とは思うが、今は自重してくれ」

「どれくらいここにいればいいんだ?」

「――最低でも、今日明日は。できるなら、聖杯戦争が終るまではここにいてほしいんだ

けど……」



 不満げな二人の顔に、無理だよな……と、尻すぼみに締めくくる。真面目な運動部員の

二人には、長期休暇など普通は無理な相談だろう。



「そこで引き下がってもらっても、困るのだがね」

「かと言って、このままこの家に押し込めておくってのも……」

「この非常時だ、我慢してもらうより他はない。部活動に出るために命を落とすなど、馬

鹿らしいにもほどがあると思わないか?」

「解かってるよ。あたし達だって、そこまで馬鹿じゃない。衛宮を少し、からかってみた

だけさ」

「ほっぽり出すぞ、このやろ〜……」

「出来ぬことは言わぬ方がいいな、衛宮。そしてここは、得体の知れぬ輩に襲われたにも

関わらず、お前に軽口を言えるだけの度量を持った綾の字を褒め称えるところだ」

「あまりにも冷静に突っ込みを入れるお前に、冷静に突っ込み返すところだと思うけど…

…」

「できるのなら、やってみせてくれ。私は君と出会ってまだ日が浅いが、そういうところ

をまだ見たことがないものでね」



 見せられないだろ? というバゼットの笑みに、事実その通りである士郎は、せめて渋

面をつくることでそれに対抗するが、アルトリアを除く女性陣全員からは、それすら面白

がっている雰囲気があった。まったくもって、敵いそうにもない。



「学校に行ってくる。バゼットさんの言うこと、ちゃんと聞いてろよ?」

「いい娘にしてるから、おみやげよろしくな」



 知るか、と答え、何かやりきれない気持ちのまま、士郎は立ち上がった。



















「…………さて、邪魔者達も去ったところで、作戦会議といこうか」



 午前の鍛錬をする、と言ってアルトリアが道場へ行くのを待って、バゼットが口を開く。



「話の流れで『はい』と言わせてしまった感があるから、もう一度だけ確認しておく。君

達は本当に我々に関わりつづける気があるのかい? もちろん、この場合の関わるという

のは、一生ものだ。途中で止めたいと言っても逃げられるものではないから、本当は関わ

りたくない、というのなら今この場で言ってくれ。別に、その選択をしても私達は君達を

責めないし、この聖杯戦争の間くらいは、君達のことは守るつもりだから、そういった点

に関しては、安心してくれてもいい」

「ならば、まずは貴女が安心してくれ。我々は、言葉を翻すような真似はしない」

「命に関わることだが……それでもいいのかい?」

「死にそうな目にはつい昨日、あったばかりだよ。あんな目に合うのは、もう二度とごめ

んだから……だから、あたしは力が欲しい」

「私達のような人種に関わることをやめれば、そういった危険に合う可能性も少なくはな

るが?」

「そういう危険があると知ってしまった以上、どこにいたところで同じことだ。いつ来る

とも知れぬ、自分の理解の及ばない者に怯えつづけて正気を保っていられるほど、私達は

強くはないので」

「……そうか。ならば、私からも君達に施しを与えよう。アヤコには組み手でも、カネは

初等の魔術書を持ってきているから、目を通してみてくれ。ただし英語だから、気をいれ

てな」

「師匠……なんか、始めっから馬鹿にされてるような気がする。なに? あたしはばか?」

「適材適所、と言ってくれ。君は腰をすえて魔術を扱うよりも、私のように方法として魔

術を用いることに向いているはずだ。どちらがいいか、というのは気の持ちようだよ。士

郎は君に近い要素を持っているから、こういうのを役得、というのではないかな?」

「……なら、しょうがないな。衛宮と同じなら、しょうがない、しょうがない」

「綾の字、それは単なる言い訳の連呼だぞ? 私は私の方法で衛宮の役に立つが……それ

は、綾の字にはできず、私にだけできる方法だ。どちらが役得なのか、見ものだな」

「喧嘩でも売ってるつもりかな、氷室。そのうちめいいっぱい修行して、衛宮と一緒に戦

うようになるんだ。その時には見送りでも頼むから、よろしくな」



 早速火花を散らす二人に、バゼットは苦笑しながらため息をついた。



 正直、この二人を見くびっていた。潰れられるよりはよほどいいが、これは少々騒々し

いことになるかもしれない。



 しかし、悪くない騒々しさだ。活気がある。駆け出しの彼女らに対してはまだ気が早い

話だが、生き残ることさえできれば、悪くない魔術師になってくれることだろう。



「さて、不幸なことに我等の時間は有限だ。君達はしばらく休暇なことだし、できること

をしてもらおうか。アヤコはとりあえず、アルトリアに稽古でもつけてもらっていてくれ。

私は結界の点検をしてから、そちらに向かう。カネは私についてきてくれ。何をしている

かは解からないだろうが、魔術師の作業を見せてやる。その後には魔術書と格闘だ。気は

抜けないぞ、二人とも覚悟しておけ?」





 返ってきたのは、迷いのないいい返事だった。