正しき偽善者 interlude 第4話 『亡国の騎士王 無銘の侍』
















 冬木の龍脈の要所の一つ……柳堂寺の山門を背景に、金属音が絶え間なく響く。



 剣戟……一人は、常識外れの長刀を繰る、陣羽織の侍。対するもう一人は金髪の少女―

―ただドレスでも着て座っていれば、さぞかし絵になるだろう容姿の少女の華奢な手には、

花の変わりに騎士剣があった。



 侍は、形の上での主からの『この門を死守せよ』の命の元に。騎士の少女は、かの侍を

打倒せよという、主からの命のために始められたこの剣戟は、開始してからもう何合剣を

打ち合わせたか知れないが、常に侍有利のまま進んでいた。



 遊ばれている……剣を交え続けながら、少女は眼前の侍の力量を痛感していた。



 少女とて英霊、しかも最良のサーヴァントとの誉れ高いセイバーに選ばれるほどの技量

の持ち主であり、生前『死』後、越えてきた戦場の数は、知れない。多くの強敵と戦い、

その尽くで勝ちをおさめてきた少女であるが、眼前の侍ほどの力量を持った存在にめぐり

合ったことは、五指にも満たない。最高の騎士、ラーンスロットですら、彼には勝てるか

どうか……



「ふむ……異国の者と剣を交えるのは二度目ではあるが、国が違えばその技も違うものよ。

剛の剣、堪能したぞ?」



 仕切りなおしとばかりに少女が距離を取ると、侍は何でもないように口を開いた。そこ

に嘲るような調子はないが、戦いの最中にあるような感でもない。戦場こそが楽しみの場

とでも言うかのように、声は軽い。



「勝負の最中に問答とは、随分と私もなめられたものですね……相手を侮るのが、この国の

流儀なのですか?」

「退屈な門番などしていると、中々楽しみには巡り合えぬものでな。たまの楽しみなのだ。

少々の無礼は、許してもらえるとありがたいのだが?」

「その態度こそが、私を侮っているというのです」

「ならば、得物を鞘に納めたまま戦うのは、侮辱にはならぬというのかな? 力を出し惜し

みして勝てるほど、私の剣は甘くないつもりだが……もとよりこれは命の取り合い。己の全

力でもって応えるのが、私の流儀のつもりだ」



 異論はあるかな? と片目をつぶって、侍は問いかける。



 正論である。少女は……しかし、躊躇った。



 鞘から剣を開放し、全力を出すということはすなわち、眼前の侍の死を意味する。少女の

剣は――聖剣の頂点とされる星の鍛えた剣、『約束された勝利の剣』は、文字通り振るわれ

れば持ち主に勝利を与える。



 無論、これは『聖杯戦争』だ。その聖剣の力を跳ね返すような猛者もいるだろうが、眼前

の侍には間違いなく、それだけの力はない。剣の技量では優れているかもしれないが、それ

だけだ。そして、立ち回りの最中にも動かぬところを見ると、侍は門番という役柄に縛られ

て、その場所から動くことはできない――聖剣の力を、正面から受け止めるしかない。



 しかし、果たしてそれは尋常な勝負と言えるのだろうか? 少女は王だった。王に求めら

れる勝利は、ただの勝利ではない。王とはその従える民、全ての導き手たるもの。非道な行

いは避けて、常に尋常であれ……実際にはそう行かないことはあっても、少女は常に自分に

そう言い聞かせてきた。



 だが……王であることよりも、少女は勝利を欲していた。それは、少女が聖杯に求めるも

のとは矛盾しかねない思いであったが、今の少女は王ではなく、最良のサーヴァントたるセ

イバーだった。



 勝利を掴むためには、手段を選ばなかった。そんな男が嘗て、少女のマスターだった。勝

利を掴むために、彼は何でもした。その根幹にどんな思いがあったのかはついに分からない

まま終わったが、それを思い実行した彼と少女は、前回の聖杯戦争において、実際に聖杯を

手にするところにまで駆け上った。



 最終的には、彼の『裏切り』によって、聖杯を手にするまでにはいたらなかったが、彼の

示した行動は、今も少女の目に焼きついている。戦をする人間はかくあるべき……さすがに

そこまで思うことはできないが、ああいったことこそが、この戦を、聖杯戦争を勝ち抜くた

めに、必要なのではないのか…… 



「失礼をしました……」



 目を閉じ、息を吸い込み、自らの剣の封印に手をかける。風王結界が解かれ、表れ出でる

は少女の愛剣。『約束された勝利の剣』



「優美な剣よ。想像以上……それによって屠られるならば、剣士としても本懐」

「……私にも引けぬ理由があります故、これを『撃つ』ことを躊躇いはしません。黙って私

を通すならば、無駄な殺生は避けられましょう」

「このような命の行く先に興味などないが、いかに心服はせずとも主は主、命は命よ。それ

を違えて退くことは、これ以上はできん。月並みではあるが、ここを通りたくば、私を斬っ

て進むがいい」

「その意気やよし。ならば――受けなさい。我が剣の一撃を」



 聖剣の纏う光がその密度を増し、圧倒的な魔力が『約束された勝利の剣』に集中する。呪

いの類には縁のないはずの侍にも、それは感じられた。あれが放たれれば、自分は死ぬ……

その想像が、絶対的な事実であることを理解する。しかし、侍の顔に恐怖の色はない。戦場

こそが、遊び場……侍にとって戦いとは、そういうものだ。



 真に命を賭けた遣り取り……本物の戦。少女は侍を殺すつもりで、侍は少女に命を差し出

すつもりで、各々、その紡がれた役割を果たすべく、壇上に上がり――



「……ん?」



 緊張は、侍のその声によって打ち切られた。虚空を、しばらく真剣な表情で睨みやると、

彼は殺気を霧散させ、少女にも止めるよう、仕草で促した。



「貴公の主は、女狐と和解したらしい。よって、我らの戦う意味はない。ここを通りたけれ

ば通り、退きたければ退くがいい」

「シロウが……和解ですって?」

「その顔を見れば、初めてのことではないらしいな……戦うことが仕事とも言える我らにす

れば肩透かしもいいところだが、剣を交えずに戦を終わらせるというのも、それなりに面白

くはある」

「それが非道と手を組むことでも……ですか?」

「私が非道の一味であることは否定しないが……主のことは理解してやれ。私には理解でき

ぬし、それほど興味のないことではあるが、貴公と、貴公の主の間には理解は必要なことだ

ろう?」

「……敵に言われるまでもありません」

「そうかな? 私には、貴公が何か、重大な悩みを抱えているようにも見受けられるが……」

「もう一度だけ言います。貴方に、それを言われる筋合いはありません」



 殺気を込めて睨むと、侍は肩をすくめて口を閉じた。剣を風王結界に納め、虚空に返す。



 瞬間、境内で光が爆発した。その中、少女の主の気配が飛び出してくる。その目が見えた

訳でも声が聞こえた訳でもないが、少女には主が『退け』と言っているように思えた。



「今宵は、これにて失礼します」

「ああ。再び見えることはなかろうが、貴公の行く先に幸いがあることを祈ろう」

「貴方に祈る神があるのですか?」

「私が信ずるのは、我が刀のみ。今宵は月でも見ながら、願をかけるとしよう」





 言って、侍はその姿を消した。





 侍が完全に消えるのを待ち山門に向かって深く一礼すると、少女――アルトリアは、石段

を疾走し、下った。