事の始まりは、今から数日前に遡る。
すずかの家にいつものメンバーと集まったときの事。
おいしい紅茶とクッキーをつまみながら話が盛り上がっていた時にふと出た、なんと言うことは無い話のネタだった。
良く眠れないときの対処法。
ホットワイン等の良く知られた方法が一通り出たところで、すずかの口からふとこんな言葉が出た。
「そう言えば、誰かに添い寝してもらうと言うのも良く寝れる方法って言いますよね」
本当に、些細な一言だった。
約一名、ブラコンまっしぐらな金髪少女を除いては。
魔法少女リリカルなのはSS
『恭也の長い夜』
テスタロッサ家の夜は意外と早い。
フェイトは恭也が鍛錬から帰ってくる二十二時頃には床につきアルフはそのお供、自身も二十四時頃には床につく。
そんな日課に、ここ最近僅かに狂いが生じていた。
(……またか)
床についてから三十分程度すると、決まって彼女が起きてくるのである。
部屋の前で何をするでもなく、じっと立つ。
そんな事がここ三日ほど続いている。
声を掛けようかとも思うのだが、なかなかに踏ん切りがつかない。
そうこうしているうちに、彼女の気配が動き出すとそのまま自室へと戻っていく。
それを確認すると、疑問を残しつつ眠りへと落ちるのだった。
「ごちそうさま」
「お粗末様、どうだった?」
「美味しかった」
「あんたはいつもそれなんだから」
同時に食事を終えたアルフが、苦笑しつつ席を立つ。
「わたしはあんたが本当にそう思ってくれてるって分かるから良いけどさ。
フェイトにはもうちょっと気の利いた事を言ってやるんだよ?」
「……努力しよう」
「はいはい、努力だけじゃなくて成果も見せておくれよ?」
了解したと言うかのようにアルフの頭を軽く撫で、洗い物を持ってキッチンへと向かう。
フェイトはと言えば、現在小学校へと行っている真っ最中。
食事の後は、とりあえずは何をするでも無くゆったりと過ごすのがいつもの事となっていた。
(あれは……)
ソファーに座り何気なしにテレビを点けると、そこには黒いサングラスがトレードマークの恭也も見慣れた男性の姿。
まさかと思いつつも、遠い記憶にある男性と瓜二つのその姿に思わず見入ってしまう。
「知り合いかい?」
「いや、どこかで見たような気がな」
深く詮索するつもりもなかったのか、洗い物を終えたアルフがそのまま『いつもの位置』へと腰掛ける。
その定位置と言うのが曲者で、ソファーに座る自分の前に胡坐をかいて座り、太ももに頭を持たれかけるようにして来るのである。
はやて達との生活から戻ってきた後に始まったこの行為。
前に止めるように言った所、逆に悪化してしまった。
背後から抱きしめられるようにして頭の上に顎を置かれたり、太ももの上に腰掛けてきたりと色々とされる始末。
さらにはそれをフェイトの見ている所でするものだから、フェイトの機嫌がルーデル閣下も真っ青になるぐらいの急降下。
フェイトの機嫌を直すのに必要とした苦労を思い出すと、今でも泣けてくる。
「そう言えば、ここ数日なんだが……」
しばらくそのままで居たが、番組も終わり一区切り付いた所で口を開く。
「ん?」
見上げるようにしてくるアルフの頭に手を置いて、疑問を口にする。
「フェイトの行動がおかしいのだが、何か心当たりあるか?」
「何かあったのかい?」
些かも心当たりが無いのか、アルフはきょとんとした表情でたずね返してくる。
「いや、ここ数日夜間になると部屋の前に来るのでな……」
「へぇ、恭也はどうしてるのさ」
「いや、どうするかと考えている間に、部屋に戻ってしまうのでな。現状は特に何もしていない」
「ふぅん……」
特に気の無さそうなアルフの様子に、思わずため息が出る。
但し、その時の俺は知る由も無かった。
アルフが、内心俺の事をどう思って居たかを……
後で聞いた所では、『ガブ』っとしてやろうかと本気で悩んでいたそうだ。
「で、恭也はどうするんだい?」
しばらくしてアルフが口を開いた。
「どう、と言われてもな。正直、どうするのが良いのかよく分からん」
昔から女性と生活していたが、このような事態ははじめてである。
考えれば考えるほどに思考の迷宮に入っていくようで、答えが一向に見つからない。
周りから『鈍い』と散々に言われて来たが、こういう時には改めて実感してしまう。
一つ屋根の下、妹であるフェイトの望みすら分からない自分に、思わずため息が出た。
そんな俺を見かねたのか、アルフがため息を一つ吐(つ)くと、ゆっくりと口を開いた。
「とにかくさ、まずは声を掛けておやりよ。
部屋の前で立ち止まってるって言うのなら、何かしら言いたい事でもあるんだろうからさ。
フェイトが何を望んでいるのか、一度聞いてやりな」
「……あぁ、分かった」
アルフの言葉には、不思議なまでの説得力があった。
言い出したくても言えない事があると言うのなら、こちらから聴いてみるしかない。
内心どんな事を言われるのかと不安もあるが、今は夜を待つしかなかった。
「とりあえず、しっかりとやるんだよ?」
「心配をかけてすまんな」
「いつもの事じゃないか」
アルフの頭を撫でつつポツリと謝る俺に、やれやれと苦笑をするアルフ。
そんな彼女を見ていると、ふとある恩人の事を思い出すのであった。
フェイトの帰宅後、何事も無く時間が過ぎていく。
食事の際には、今日学校であった事や友人であるなのはやすずか達との話を聞かせてくれる。
出会った頃から比べたらずいぶんと表情も豊かになり、何よりも笑顔を見せるようになった。
それが何よりもうれしい。
やはり、フェイトには笑顔が似合う。
兄馬鹿な想いかもしれないが、心からの想いであった。
そうこうしていると、時間はあっという間に過ぎていき、気が付けば日課を全て終え布団へと入る時間であった。
部屋の電気を消してから三十分。
毎晩通り、彼女が部屋の前に来た。
いきなり声を掛けるのもどうかと思い、反応を待つ。
だが、一分経っても三分経っても、変化は無い。
やはり、こっちから声を掛けるしかないようであった。
気持ちを落ち着かせるために、深呼吸を一つして、口を開く。
「フェイトか?」
我ながら、相当に白々しい。
そうは思いつつも、ほかに良い台詞が思い浮かぶ訳でも無く、昼間アルフに言われた通りに声を掛ける。
「ふぇ?! あ、う、うん」
ドア越しに聞こえる、相当に焦ったフェイトの声に、珍しい事もある物だと内心驚きながらもゆっくりと起き上がる。
そのままドアを開けると、そこには、リボンを解き黒のパジャマを着て、身の丈ほどのまくらを抱えたフェイトの姿があった。
「どうした?」
「え、あ、あの……」
「とりあえず、そこじゃ冷えるから、中に入れ」
「う、うん」
室内とはいえ、この時期の室温ではさすがにパジャマ一枚では風邪をひきかねない。
日頃の落ち着いた雰囲気は見る影も無く、あたふたとするフェイトに、時間が掛かりそうだと判断してとりあえず部屋へと入れる。
「ちょっと待ってろ」
「え?」
フェイトにはベッドへ腰掛けるように言うと、エアコンをつけその足でキッチンへと向かう。
「……まぁ、偶には良いか」
どうするか悩んだ物の、あの様子のフェイトに飲ませる物といえば、思い浮かぶのはごく僅か。
とりあえず準備する物を決めると、直ぐに準備を始める。
まずはグラニュー糖とワイン、それにクローブを少々。
水とグラニュー糖を入れた鍋をコンロに乗せると、ゆっくりとかき回しながら暖める。
そうしながら、俺は少しだけ過去へと思いを馳せていた。
自分にとって遠い様な近い様な、昔の記憶。
父が死に、その焦りから膝を砕いた自分。
その不甲斐なさと自分への悔しさから、さらに無茶をしようとした自分を止めてくれたのは、かぁさんだった。
毎日仕事から帰ってくると、二人で飲み物を飲みながら眠くなるまで会話を続けた。
最初は修行を続けたいと言う欲求の方が強く、無愛想なものだった。
自分で言うのもなんだが、可愛げのない子供だったと思う。
だが、かぁさんは根気良く話をしてくれた。
そして、俺が眠くなると、布団まで運んでくれ、寝るまで一緒に居てくれた。
ふと気が付けば、自分の中にあった焦りが消え、自分が何をするべきなのかはっきりと分かっていた。
何のことは無い。
とぉさんと言う、頼れる者を失った俺は、その不安にさい悩まれていたのだ。
それを解決してくれたのが、かぁさんの愛情だった。
いや、今の自分にあの人をかぁさんと言う資格は……無い。
だが、与えてくれた愛情に、今は少しでも頼りたい。
身勝手と怒られるかもしれないが、その時はその時だ。
今肝心なのは、フェイトが何をして欲しがっているのかを聞く事である。
あの人程上手くはできないだろうが、精一杯を尽くすのみ。
自分がするべき事を再確認するには、カラメルが良い具合になっていた。
そこに、ワインとクローブを注いで再加熱をしていく。
沸騰しない程度まで暖めれば、ホットワインの出来上がりである。
「ただいま」
「お、おかえり」
何が珍しいのか、盛んに室内を見回しているフェイト。
特に飾りつけがしてあるわけでもなく、どちらかといえば地味な室内に、フェイトの興味を引く物は無いはずなのだが……
「何か珍しいか?」
「う、ううん」
依然、落ち着かなさげにあちこちを見渡すフェイトに、内心どうした物かと悩みつつ、とりあえずは手にしたマグカップを差し出す。
「これは?」
「レシピは秘密だが、飲むと暖まるぞ」
「……うん。ありがとう」
差し出したマグカップを両手で受け取ると、息を吹きかけて冷ましはじめる。
まるで小動物のようなかわいらしさがあると思うのは、俺の思い過ごしだろうか……
「ん、おいしい」
「なら良かった」
一口飲んだ所で、こちらを見上げて小さく微笑むフェイト。
その頭を軽く撫でると、横へと腰掛ける。
「あぅ……」
「嫌だったか?」
ブンブンと音がしそうな勢いで首を振ったかと思うと、逆に体を寄せられ、さらに空いていた方の手を握られてしまった。
密着したフェイトから仄かに香るシャンプーの匂いと、しっかりと握られた手から伝わるぬくもり。
思わずドキっとした自分を心の中で叱り付け、誤魔化すようにカップに口をつける。
「き、恭也」
「ん?」
「な、なんでもない」
こんな会話を五分ほど繰り返した所で、気が付けばお互いにカップが空になっていた。
壁にかけた時計を見れば、すでに時刻は一時を過ぎている。
なるべくフェイトから言って欲しいと思ったが、このままでは埒が明かない。
そう判断した俺は、あの時の事を思い出しながら、ゆっくりと口を開いた。
「フェイト」
「なに?」
「俺に何か話でもあるのか?
して欲しい事とかあれば、言ってくれれば何でもしてやるぞ?」
言ってから、直球過ぎたかと思うも、口から出た言葉が戻るわけも無く……
「え、あ、うん……」
「まぁ、頼りない兄かもしれんが、フェイトのお願いくらいは叶えてやるさ」
「そ、それじゃぁ……」
もじもじとしながら、赤い顔に上目使いでこちらを見上げるフェイトに、内心汗を掻きつつ、次の言葉を待つ。
「一緒に寝て欲しいの!」
「……は?」
予想外の言葉に、思わず絶句する。
と、同時に心のどこかで安堵する自分が居た。
なにかもっと厄介な事を言われたらどうしようかと悩んでいた事から比べれば、まさに小さなお願いだった。
「い、嫌なら」
「そんな訳無いだろ?」
「ほんと?」
「あぁ、フェイトならいつでも歓迎するさ」
軽く頭を撫でてやると、顔を真っ赤にしたフェイトがうれしそうにコクンと頷く。
そのまま脇に置いてあった枕を抱えて、いそいそとベットへと入って行った。
確かに考えてみれば、フェイトは添い寝と言う物をした事が無いのは当然だと思う。
あのプレシアがするはずも無く、アルフも寝る時は狼の姿のである事が多い。
きっかけは分からないが、それをしてみたいと思ったフェイトの事も、分からなくは無かった。
エアコンを消し、枕元の照明を除いて部屋の照明を消すと、自分もベッドへと入る。
そんな俺を、フェイトが向かい合う形でギュッと抱きしめてきた。
「うん、あったかい」
「そうか」
「恭也……」
赤い瞳が、まっすぐに此方を見詰めてくる。
「ん?」
「もう、突然居なくなったりしないよね?」
そう言う事か……
フェイトからしてみたら、俺がはやて宅で世話になっていた期間どれほど心細かっただろうか。
気丈にも、それを見せないように振舞って居た事に、今まで気がつけなかった自分が腹立たしい。
「あぁ、大丈夫だ」
そっとフェイトの背中に手を回すと、ゆっくりと摩っていく。
そう、かぁさんが俺にやってくれたように。
幼かった俺は、あの背中を摩ってくれるかぁさんの手の温もりに、大きな安堵を感じていた。
俺に同じ事ができるとは思えないが、今必要なのは、間違いなくコレだと思う。
「うん」
安心した声で頷くと、フェイトがゆっくりと目を閉じる。
「おやすみ、フェイト」
「おやすみなさい、恭也」
頼りない兄かもしれないが、これからも、守ってやりたいと思う。
そんな決意を胸に、今しばらくはフェイトの寝顔を見ていたいと思う俺であった。
−番外編−
枕元の照明を消すと、程なくして眠気が襲ってくる。
その眠気に身を委ねようとした時だった。
「ねぇ、恭也」
「ん?」
フェイトの手が、それまでの胴から、首の方にゆっくりと上がってくる。
頭の中で赤いランプが点滅するが、まさかフェイトがという思いもある。
「シグナムに迫られたって本人から聞いたんだけど」
「あ、あぁ」
気が付けば、暗闇の中に爛々と光るフェイトの目。
あぁ、これは、今日は寝れないかもしれないな……
そんな覚悟を決めつつ、ここには居ない彼女へと、思わず恨み言の一つも言うのだった。
−あとがき−
皆様初めまして。
もしかしたら、ピンと来る方もいらっしゃるかもしれませんが、綾音です。
この度は、投稿を快く許可してくださった管理人様、お読み頂いた皆様、誠にありがとうございます。
許可を頂いてから大分日数が経ってしまい、誠に申し訳ございません。
職場が火事で焼けちゃいまして、その後始末やらで忙しかったです。
今回の題材については、管理人様の作品を読んでいて、ぜひ書きたいと思ったシーンを書かせて頂きました。
正直、私の拙いSSでどこまで表現できたか凄く不安です。
少しでも、フェイトの可愛さ・いじらしさを感じて頂ければ幸いです。
もしこんなシーンが読みたいと言うのがあれば、言って頂ければトライしてみます。
もっとも、こんな拙い物書きでよろしければですが……
感想・批判頂けたら幸いです。
それでは、この度は誠にありがとうございました。
無限の感謝を込めて 綾音