knights of spring field 第一話 『鋼の騎士』




















「茶々丸……」



 各種センサーの動作確認……異常無し。思考プログラム……異常無し。自己診断の結果、

絡操茶々丸というアンドロイドの何処にも。異常は見受けられなかった。『主の命令には従

わなければならない』というアンドロイドの絶対原則は、今でも茶々丸の中に生きている。



「答えろ。お前は誰だ」

「私は、絡操茶々丸です」



 主の問いに答える。やはり思考プログラムは正常だ。淀みなく答えたその名は、確かに自分の

名前であった。



「ならば答えろ、絡操茶々丸。お前は誰の従者だ」

「私は貴女……エヴァンジェリン=アタナシア=キティ=マクダウェルの従者です」



 答えに問いを重ねた者、茶々丸の主であるエヴァンジェリンは頷く。鷹揚なその仕草には、

隠しきれない苛立ちと殺気がみなぎっていた。それは従者に向けるものではなく、自らの仇

敵に対するそれである。彼女の気性の荒さを、茶々丸は知っている。アレは、殺すことまで

厭わない時の目、そして雰囲気だ。



「ならば答えろ、私の従者よ。お前は今、何をしているのか!」

「私は……」



 茶々丸は初めて、主の問いに言い淀んだ。



 『主の命令に従う』ことは、茶々丸に刻まれた最上位命令の一つである。答えろ、という

主の命令に言い淀むことなど、従者としてあってはならない。機械の体にあるまじき、思考

の停滞である。



 しかし、一体何がその思考の停滞を生んだのかは理解せぬまま、茶々丸は主の『答えろ』

という命令に従って口を開いた。



「ネギ=スプリングフィールドに助勢を」



 あるがままを答える。ネギの血を吸おうとした主から、茶々丸は彼を助け出したのだ。ア

ンドロイドが、主の行動を阻害したのである。まさに従順な従者であった今までの茶々丸か

ら考えればそれは、およそありえない行動だった。



 そして、彼女の主であるエヴァンジェリンは、裏切りに対して決して寛容ではない。今は

まだ辛うじて静かでいるが、周囲には既に野生のシロクマすら逃げ出すような殺気が満ちて

いた。



 これ以上失言を重ねれば、衝突することは避けられない。それは主と刃を交えるというこ

と……引いては、主従の決裂までを意味していた。



「私がそこな坊やと戦い、その血を欲していることは貴様も理解しているだろう? その邪

魔だてをすることは、私の意に反する……お前にとってそれは、『私の命令に反する』こと

だ。それが私の従者として、あるべき姿か!」

「恐れながら――」



 その言葉に、まずエヴァンジェリンが驚く。ここまで言葉を重ねて、自分に従順な従者が

なお口答えをするとは思っていなかったのだ。絡操茶々丸という存在の忠誠心の高さを誰よ

りも知っているのは、他ならぬマスターであるエヴァンジェリン本人である。今は何処かに

行方を晦ました千の魔法の使い手を除けば、世界で最も信用してると言ってもいい。



 そして、言葉を紡いだ茶々丸本人も、その事実に驚きを隠せずにいた。普段が無表情であ

るだけに、表情の変化は微々たるものであったがそれでも、普段の彼女を知る人間ならば誰

でも、彼女が確かに驚いているのが見て取れただろう。



「――恐れながら、貴女の望みを実行することは、ネギ=スプリングフィールドの命に関わ

ります。『人を傷つけない』ということは、私のコマンドの中で最も優先順位の高いもので

す。ネギ先生の命がかかっているというのなら……私は、貴女の命令に従う訳にはいきませ

ん」

「私は悪の魔法使い、そしてお前はその従者だ。それを踏まえた上で、私の命令に対しても

う一度だけ発言することを許可する。いいか? 言うまでもないがこれが最後のチャンスだ。

良く聞いて、そして良く考えて答えろ――――坊やを渡せ、茶々丸」



 エヴァンジェリンは、懐から触媒を取り出す――魔法の発動準備だ。





 そして茶々丸は……ただ静かに、彼女を見つめ返した。人間であれば、ため息でもついて

いたことだろう。



 自分の主に対する忠誠を疑ったことは、一度もない。今でも、最も敬愛する存在はエヴァ

ンジェリン=A=K=マクダウェルである。主の命令であれば命も差し出そう、人道に反す

ることもしよう。自分の主は悪の魔法使いであり、そして自分はその従者なのだから。



 悪を行う覚悟が、自分にはあった。あったはずなのだ。その覚悟が……今は自分の中のど

こを探しても、見つけることができない。



 どうしてこうなってしまったのか、茶々丸は思う。やはりこうなったか、とも。



 いつからこうなることが決まってしまったのか、茶々丸には分からない。自問する……紡

いだ言葉を覆すことが、自分にはできるのか。



 その答えは、否だった。



 それを理解した瞬間、茶々丸の意思は明確に固まった。戦う、と。



 逃走先を数十の候補の中から選びだし、そしてそこに至るまでの経路を算出。リアルタイ

ムで対応できるようその実行プログラムを常駐させ、同時に自らを『待機状態』から『戦闘

状態』へ。



 明確な敵対心を持って、主を見返す。絡操茶々丸は生まれて初めて、





「お断りします。貴女にネギ先生は渡せません」





 生まれて初めて、自らの意思で闘うことを選択した。









 西洋人形のように愛らしいエヴァンジェリンの顔から、一切の表情が消える。自らの意思

で決別を宣言したマスターは、今はっきりと自分を敵と認識した。



 それに少しだけ、寂しさを感じる。彼女は茶々丸にとって、最も敬愛すべきマスターであ

る。世界の全てを拒絶するような態度を取っていても、本当はとても寂しがりやであること

を、茶々丸は知っている。自分が彼女を裏切れば、彼女はまたそれだけ孤独へと近づいてい

くのだ。



「エヴァンジェリン=A=K=マクダウェルの名において、絡操茶々丸、お前から我が従者

であるという権利を剥奪する!」



 だが、今更それを気にするのは傲慢というものだろう。



 投擲された魔法薬が空中で混ざり、氷爆の魔法が乱舞する。腕の中のネギを庇いながら、

足裏と背中のバーニアを展開、一気に上空へと離脱する。



 『登校地獄』によって魔力の大部分を封印されているエヴァンジェリンは、飛行魔法一つ

を使うことにさえ、難儀を強いられる。加えて、彼女が今宵の作戦のために用意した触媒は、

あまり多くはない。



 つまり、連れた従者が離反してしまった今、その従者に逃げを打たれたら、彼女は追いか

けることができない。検分するに、触媒は先ほど投擲された物で全て使いきった。彼女には

もう、こちらを攻撃する手段はない。だが、





「ヘヘ、アメェヨ」



 空を飛ぶ茶々丸の、さらに上空。聞きなれた声が聞こえたと認識すると同時に、茶々丸は

バーニアを吹かし、加速。左腕にネギを抱えたままの無理な姿勢で、強引に残った右腕を声

の主に向かって振りぬく!



 金属の感触が、右腕を根元から両断する。身体部位が欠損したことによるエラーが脳内を

駆け巡る――人間に置き換えるなら、それは痛みに相当するのだろう。



 凶器を振るった敵はどういう理屈でか空中に静止し、先に自分で切り取った、自らの体以

上の大きさもある茶々丸の腕を、お気に入りのおもちゃにでもするように、愉快そうに弄ぶ。



「ヨウ、オ姉サマガオシオキに来テヤッタゼ」

「お姉さま……」



 考えうる限り、茶々丸にとっては最悪の相手だ。エヴァンジェリンの人形部隊の中で、彼

女――チャチャゼロは最も古く、最も長い時間を彼女と共に在った固体である。マスターが

魔力を封印されている今、他人の手を借りなければ動けないはずだったが、彼女は今、武器

まで持ち出したここにいた。



 緊急時に動かす手段でも隠し持っていたのだろうか……少なくともその方法を、茶々丸は

聞かされていない。この学園にあって緊急な時が来ると思っていなかったのか、それとも自

分を信用していなかったのか。



「ゴ主人ハオカンムリダ。デモ、オレ様ハチョイトカンゲキシテルゼ。サスガオレ様ノ妹、

ガッツガアルジャネーカ」



 ケタケタ、ゼロは嗤う。



「デモ、見逃シテハヤレネーナ。オレ様ハ悪ノ従者ダカラナ。ゴ主人以外ノ誰ガ死ンデモ、

気ニシネーノサ」

「ならば……戦うまでです」

「デキルノカ? ソノボーズを抱エタママ、オレ様ニ勝テルノカ?」

「勝ちます。秘匿プログラム『バースト』起動。指定部位――『右腕』」



 瞬間、言葉の意味に気付いたゼロがそれを放り投げるよりも早く、茶々丸の右腕が轟音と

共に爆散した。



 エヴァンジェリンが茶々丸に知らせていなかったことがあるように、茶々丸にも彼女に知

らせていなかったことがある。指定した部位を爆発させる……一種の自爆攻撃である。



 知らせていなかった理由は、開発者である少女達が『こんなこともあろうかと!』と言い

たいと言った、その一点のみである。信用とかシステムの都合とか、そんな大層な理由では

断じてない。



 その機微が茶々丸には理解できなかったが、今そのつまらないこだわりが彼女と彼女が助

けたい人間の命を、確かに救ったのだ。気まぐれだとか非合理的だとか、心中でさりげなく

少女達を罵倒していた自分を恥じ、同じようにさり気なく、秘匿プログラムの自己評価を改

める。



 そして、切り離された右腕の爆発にまともに巻き込まれたゼロは、きりもみしながら地上

へと墜落していく。この高度から落ちては無事では済まないだろうが、彼女とて最古の人形

だ。まさか落ちた程度で死にはするまい。



「ハカセ、ハカセ、こちら茶々丸です。これからそちらに伺います。申し訳ありませんが、

私の整備の準備を。右腕が完全に破損しました。対魔法使い用の装備の用意も、できれば。

それと――」









「男性を一人、そちらに連れて行きます。歓待をしたいので、その準備もお願い致します」