野々村小鳥改造計画
















 相川真一郎には、彼女がいる。小学生の頃からの付き合いの、所謂幼馴染……野ヶ村小
鳥。正式に付き合うようになったのは高校生の頃からであるが、彼らを知る人間に言わせ
れば、それまでだって付き合っていたようなもの、らしい。

 ともあれその彼女、小鳥は真一郎にとって自慢だった。可愛いし、何より気立てもいい。
料理が得意という趣味だって合うし、一緒にいてとても楽しい。馬鹿だと言われても、世
界で一番いい女なんだと胸を張って言える。それくらいに、大好きだ。だから――


「私、真くんの彼女でいる自信がないの!」

 その彼女自身からこんな言葉を言われるとは、夢にも思っていなかった。















「…………理由、聞いてもいい?」

 喫茶店翠屋。海鳴市に住む人間なら学生から年寄りまで誰でも知ってるその場所で、ま
るで別れ話でもしているかのような雰囲気の二人は、注目を集めていた。小鳥は名前の通
り人見知りをするし、目立つことを嫌う。普段の彼女であれば、これだけの視線を集める
ような大声を出すことはまずないのだが、要するにそれだけ切羽詰っているということら
しい。

「だからね、真くんの彼女でいる自信がないの……」
「だから、その理由を聞いてるんだけれどもさ」
「だって……真くん、私より綺麗だし……」

 余談である。学生時代から女の子に間違えられている真一郎であるが、今でも間違えら
れる。と言うか、学生時代以上に、今は間違えられる。それもそのはず、学生時代はまだ
短ランで誤魔化すことをしていたが、社会人となった今ではそんなこともできない。必然的
に私服でいることになるのだが、その私服のセンスがいただけない。身体のラインがあまり
見えないゆったりとした服を好み、アクセントも忘れない。加えて、誰もが羨んでやまないさ
らさらの髪は、腰の辺りまで伸びている。これでは、誰がどう見ても絶世の美女。これで男
であると主張するのは、世の女性だけでなくニューハーフの方々まで敵に回すことになるだ
ろう。

「きゅーきょく無敵だし……」

 相川真一郎、二十五歳。職業、退魔師兼空手家。その女性と見紛うばかりの容姿からは
想像もできないが、明心館の師範代であり、館長である巻島十蔵の信頼も厚い。大会には
出ていないためか、対外的には名は売れていないが、明心館に属するものであれば相川の
名を知らぬものはいないだろう。

 さらに、これは退魔という裏の業界の話であるが、あらゆる式具を使わずに霊障と戦う
相川真一郎という男は、ある種の伝説と化している。一人立ちをし、門派を開くことすら
可能であるほどの実力を持ちながら、神咲の一門に、それも何の役職も持たぬ位置に甘ん
じていることは、業界の七不思議の一つに数えられるほどだ。

 女性然とした容姿にそぐわない腕っ節。人は見かけに寄らないという言葉の、いい見本
である。

「私よりも身長、三十センチも高いし……」
「それは、むしろ喜んでほしいんだけどなぁ……」

 幼い頃からの悩みの種であった身長も、高校を卒業した辺りから急激に伸び始め、今で
はもう一人の幼馴染である鷹城唯子よりも高い。女性としても小柄な小鳥と並んで歩くと、
確かにその身長差は目立つことだろう。それは素直に申し訳なく思うが……

「でも、それで小鳥が俺の彼女に相応しくないってことにはならないでしょ?」
「だって……何か真くんが凄すぎて、私、自信ないよ」
「気にすることはないと思うけどね……」

 しかし、それを気にするなというのも無茶な話だ。何を、何が気になるというのは個人
に寄る。自分には取るに足らないどころか、誇らしいことでも、小鳥にとっては自分の人
生に関わるほど、深刻なことなのだろう。

 小鳥が、愛すべき人が困っている。なら、彼氏として、相川真一郎がすることは一つ。

「じゃあ、俺が変わるよ」

 それで、小鳥の安心が得られるのなら、何を代価として高いということはない。

「小鳥の彼氏に相応しいように。だから、そんなに悲しいことは言わないでほしいな。俺、
もう小鳥がいないと生きるなんてできないと思うし」
「真くん……」

 手を取り小鳥の目を見やると、そこにはきらきらと涙。今時、ドラマでも見ないような
展開に、周囲の目はさらに二人に集まる――

「だから、その辺に隠れてる連中、出て来い。今ならたこ殴りしないで済ませてやるから」

 その特定の連中に対してのみ殺気を放つなどという、器用なことをしつつ、顔は笑顔の
まま。気付いていなかったらしい小鳥は、『えっ』と顔をあげ、辺りを見回す。

「――いつから気付いてたんだ?」
「多分、最初から。最悪グルなんじゃないかとも思ってたんだけれども、どうせ勝手に着
いてきたんだろう? それに、気配を消すなら皆でやりましょう。固まっているのに、気
配の穴が空いてるのは、どう考えたって不自然でしょ?」
「もしかして、唯子のせい?」
「ああ、唯子は最初っから解かってたよ。お前に隠れるなんて器用な真似、できないから
ね。それにしても……さくらまでこんなことに付き合ってさ」
「ごめんなさい、先輩。私はやめようかなぁとは思ったんですけど――」
「でも、結局は誘惑に負けて着いてきちゃったのよね、綺堂さんも」

 声をかけられぞろぞろ。少し離れて座っていた彼女らは、もはやこれまでと真一郎達の
席の周りに集まる。都合、四人――高校時代に取り分け仲の良かった連中の、その一部。

「それにしても、こんな時分によくこんなに集まったね」
「いつも暇な訳じゃないぞ? 皆、いい感じに暇だっただけだからな。香港にいる弓華と
か、さざなみの人達は都合がつかなかったけど」

 言い訳するのは、おそらくこの中では一番暇でないだろう忍者、御剣いづみ。颯爽とし
た雰囲気は学生時代と変わらず――つまりは、相川真一郎にとって、悪友であるというこ
とだ。

「俺が小鳥と会うことは、どうして知ってたんだ? 小鳥のことだから、多分唯子にも話
してないことだと思うけど」
「忍者の観察眼を甘く見ないことだな、相川。久方ぶりに皆でゲリラ的に集まろうと企画
して野ヶ原の家に言ったら、何か思いつめてるからさ。これは相川関係で何かあるなと思
って、こうして時間を繰り上げて皆に集まってもらった訳だ」
「根掘り葉掘りってのは感心しないけど?」
「大事はないんだし、結果的には悪くなかったんだから、まあ、許せ」
「さらに結果的に悪くしないなら、許す。あまり大事にはしないでね」
「そりゃあ……努力しよう。みんなで」

 しない、と確約しないところがらしいと言うか、恐いところと言うか……

(そういう連中ってのは解かってたけどね……)

 むしろ、皆が皆そういう気質だったからこそ、ここまでの関係が現在に至るまで続いて
いるとも言える。手放しで喜べる気質ではもちろんないが、それに救われたことだって、
数え切れないくらいある。いい意味でも悪い意味でも、この連中は人を放っておけないの
だ。

「話は戻すが相川、さっきの話には無理があると思うぞ?」
「やらずに無理とは、御剣よ、その心は如何に」
「忍者の私から見ても、お前は男として大分ハイスペックだからな。野々村に合わせて変
わるのだとしたら、グレードを二つか三つ落とさないと駄目だと思う。お前がいい、とい
うのなら口を挟むべきじゃないとは思ってるが、それを見過ごすのは忍者として友達とし
て、ついでに一応女として、納得はいかない」
「評価してくれるのは嬉しいけどね……他に解決方法が見当たらないからこその、俺から
の提案な訳で」
「案が見つからない? 本気で……言ってるんだろうな。お前、そういう奴だからなぁ」
「だからこその真一郎なのよ、御剣さん」
「でしょうね。私もそう思います」
「皆で勝手に納得してるとこ悪いけどね」

 いづみの言葉を理解していないのはどうも自分と小鳥だけらしく、他の皆はしきりに頷
いている。話が早くて済むのは助かるし、理解をしてくれるのは嬉しいが、蚊帳の外に置
かれるのは面白くない。

「俺と小鳥の問題なんだ、もう少し俺達にも分かるように話してもらえないかな?」

 自然と声にも力と、ついでに殺気も篭る。何か不可視の力でカップがカタカタと揺れ、
勘がいいらしい店内の客が落ち着かなげに辺りを見回している。

「要するにだ。相川は変わる必要はないって言ってるんだよ」

 これに直面すれば居心地はさぞかし悪いだろうに、長い付き合いの成せる技か、忍者御
剣いづみはあっけらかんと言ってのける。

「だったらどうすればいいのさ」
「当事者はお前と野々村なんだから、お前が変わらないんだとしたら後は一人しかいない
だろう?」

 と、ここで初めて皆の視線が一斉にその一人――小鳥の方へと向く。話は聞いていたの
だろうがいきなり振られるとは思ってもいなかったのだろう。小鳥は『ふぇっ』と間抜け
な声を上げて、姿勢を正す。

「…………これ?」
「そうだよ。相川に相応しい自信がないというのなら、私達が精魂込めて野々村を調教…
…もとい、教育しようじゃないか。幸い、こっちには手駒だけは揃ってるからな。野々村
のレベルアップも、そう難しいことでもないだろう」
「レベルアップの必要はないんだけどね……」
「愛の溢れる相川から見たらそうなんだろうけどさ。野々村はそうは思えないから、こう
いう話になったんだろう? お前には案がないみたいだし、だったら藁にも縋るってこと
で私達に任せてみてはどうだ?」
「御剣が一人でこう言ってるけど、皆はそれでいいの?」

 確認するようにぐるり、と見回すけれども、異論のありそうな者は一人もいない。むし
ろ、率先して関わってやろうという気概すらある。ようするに、悪く言えばそれだけ退屈
なのだ。

「……分かったよ」

 降参、とばかりに軽く両手をあげ、真一郎は苦笑を浮かべる。

「俺には、俺だけじゃ、小鳥の悩みを取り除いてあげられそうにない。本来なら俺達だけ
で解決しなきゃならん問題なんだろうけど、それも無理そうだ。悪いけど、付き合っても
らえない? ああ、小鳥はそれで――」
「え? うん、私は真くんがいいなら、いいよ」
「商談は成立した。よろしく頼む」
「OK。見違えるような淑女にしてやるから待ってろ。時間は……そうだな。日付が変わる
くらいまでには、お前の――お前達の部屋に届けてやるから、楽しみに待っててくれ」
「そんなにインスタントで?」
「何とかなるだろ。私は忍者だぞ? 不可能に見える仕事を完遂するのが仕事さ」
「忍者は関係ない気がするんだけど……」
「忍者で不安なら他にも仲間はいるから、安心してお前は待ってろ。ああ、野々村は借り
てくぞ」
「えっ……えっ!!」

 話の流れについていけず慌ててはいるようだが、その小動物のような性質からか、差し
伸べられる御剣の手をとっさに取ってしまう小鳥。後は野となれ山となれ。その両脇をさ
くらと唯子に、真後ろを瞳に固められ、引きずられるように去っていく。

「……ドナドナが聞こえないでもない」
「売っぱらったりはしないよ。とにかく、期待してろよ」
「期待しないで待っておくよ」

 ひらひらと手を振りながら去っていく御剣になるべく眼を合わせないように、温くなっ
たコーヒーを啜る。が――

「俺が勘定を持つの?」

 どんな手品を使ったのか、真一郎のテーブルにはその他四人の伝票がさりげなく置かれ
ていた。


















 で、時間は流れて夜。適当に買ってきた食材で夕食を済ませ、適当にテレビ番組を見つ
つ、適当に空笑いをして少しばかり一人の空しさを噛みしめていた頃……相川宅(周囲の
人間には二人の愛の巣とか、実しやかに囁かれている)の呼び鈴が、控えめになった。

「はいはいっと……」

 立ち上がりながらもはや習慣のレベルにまで達した気配読みで、玄関の向こうを探る。
いるのは……小鳥か。何やら監視されているような感じがしないでもないが、気にするこ
ともない。こちとら空しさメーターはまさに、MAX。一刻も早く小鳥の顔を見ないことには
やっていられない。

「おかえり、小鳥。御剣とかに邪悪なこと吹き込まれたり――」

 言葉を区切り、小鳥の顔を見る。いつもどおりの、可愛い顔だった。小動物のようにど
こかびくびくとしながら頬を染めている様も、いつも通りと言えばいつも通りだ。言葉を
止める程度に目を引いたのは、小鳥ではなくその後ろ……彼女と同じくらいの大きさを誇
る、巨大なリュックサックだった。

「あ……あのね、これは唯子に運んでもらったんだ。私が運んだんじゃないよ?」
「そりゃあ解かってるけど……」

 小鳥がこれを運べるのだとしたら、それこそ天変地異だ。唯子が小食になるくらいにあ
りえない。

「まあ、何にしても中に入りなさい。何をしてきたのか知らないけど、疲れてるだろ?」
「うん。ただいま……」

 小鳥を部屋の中に押し込み、巨大な荷物を担ぎ上げ――ぐらっとくる。とてつもない重
量感だ。何が入ってるのか知らないが、これでもかというくらいぎっちりと中身が詰まっ
ていると見て、間違いはない。

(これが御剣達の成果ってことなんだろうけど……)

 小鳥の外見に目立った変化はないし、インスタントで何か変化をつけるのだとしたら、
それは道具等に頼るしかない。これが決め手と見て間違いないのだろうが、何故だろう。
どうしようもない不安に駆られるのは。

「真くん、もうご飯は食べちゃった?」
「味気ない夕食だったけどね」
「そう……じゃあ……あの……ね?」

 もじもじと、専用の座布団に座りながら、小鳥は前にも増して赤くなる。その……愛し
合う最中でもそうはならないんじゃないか、というくらいの照れっぷりは、もはや見てて
有毒である。いづみ達が何を吹き込んだのか知れないが、このままではその全貌を見る前
に耐えられなくなりそうだ。

「あの……ね? 唯子とかから、教わったの。その、楽しませ方とか……真くんの、喜び
そうなこととか、喜びそうな服とか……いづみちゃんからは、『教本』とか見せてもらっ
てね? それで、覚えてきたから――」

 重いはずの荷物を軽々と部屋の隅に向かって放り投げる。今の自分は、それはそれは凶
悪な顔をしているのだろうが、俯いている小鳥は気付かない。

「だからね…………しよ?」




















「メイド服にチャイナドレス。これは……スクール水着? 何考えてるんだ、あいつら」
「いづみちゃんとか、絶対に真くんが好きだって言ってたよ? これとか――」
「………………」
「……………………」
「真くん……好き?」
「…………ノーコメント」















後書き

毎度のことながら、遅れ気味に完成しました。リクエストのSS、今回はキャリーオーバー
したので、第一弾です。

真一郎×小鳥ですが、恭也全盛のこの時勢なだけに書いてて新鮮です。真一郎は好きですが、
思い返してみると、自分では書いていませんね。その分真一郎シリーズに反動が来ていたので
しょうけれども。こんな構成の話を書きたいと思った時に、迷わずに真一郎に飛びつけたのは、や
はり真一郎が好きなのに間違いはないのだな、と過去を思い返して感じました。

ともあれ、残り後一つも真一郎。リクエストいただいたリンさん、今しばらくお待ちください。