守り、導かれて  第七話
















「恋人?……耕介さんとクロフォードが?」


信じられないという表情の恭也を見て、真雪は大きく頷いた。


「事実だ。これで奴はロリコンだということが証明された訳だが……」

「仁村さん。そこまで言う必要はないんじゃ」

「甘いな神咲。あのぼうずが来なかったら、耕介は美緒に手を出していたかもしれんの

だぞ?」

「それは……」


ないと言いたかったのだろうが、薫の声は段々と小さくなっていく。

管理人がロリコンなのは寮員としてはあまり歓迎すべき事態ではないだろうが、耕介の

場合六歳も年の差があるリスティと一緒にいても違和感がない。

それが「ロリコン」としての才能ならたいした物だと恭也でも思う。


「でも、本人達がそれでいいなら問題はないでしょう」

「私も賛成。これでリスティも丸くなってくれれば嬉しいんだけど」

「そりゃあ無理だろうな。あのぼうずはこれからぐんぐん伸びるぞ」


確かに、丸くなったリスティというのも恭也には想像できなかった。

彼女はやはり、ああであってこその彼女である。

しおらしくなってもそれはそれで魅力的なのかもしれないが、そうなるともはや別人だ。


「姉さん、そう言えば耕介さん達は?」


恭也がさざなみ寮を訪れたのはついさっきだったが、目当ての耕介はいなかった。

ついでにリスティの気配もなく、表には耕介の単車も存在しなかった。


「リスティと一緒に病院。薬をもらってくるだけだからすぐに帰ってくるんじゃない?」

「病院ね……俺はどうも苦手だな」


思わず漏れた恭也の本心を知佳達は、軽く笑い飛ばした。

和やかな雰囲気が流れることしばし――


ぴんぽ〜ん……


「あれ?誰だろう?」

「クロフォードと耕介さんが帰ってきたんじゃないのか?」


首を捻りながら席を立つ知佳と一緒に、恭也も居間を出た。


「は〜い。どなたですか?」


ドアを開けると、そこには銀髪の少女がいた。

俯いていて表情は見えないが、リスティ……に似ているが本人ではなかった。


「あれ?どうしたのリスティ、お兄ちゃんは?」


だが、知佳はそれに気づかずに少女に歩み寄る。


「サンプルTE−01……」


少女の微かな声が、恭也の耳に届いた。

その言葉自体に意味は見出せなかったが、危険を察知した彼の体は瞬時に動いていた。


「捕獲する……」

「姉さん!どけ!」


駆けながら知佳を突き飛ばし、恭也は問答無用で少女に拳を放った。

拳が当たる寸前少女の姿は掻き消え、門の先の通りに出現した。

恭也も靴を履いて追い、少女と向かい合う。


「偽者、何しにきた」

「サンプルTE−01の捕獲。邪魔者は排除する」


抑揚のない機械的な声。寮に来たばかりのリスティよりも声に感情がない。

人形――それも、本格的に性質の悪いマリオネットだ。


「名前、何ていうんだ?」

「LC−23。呼びたければそう呼べ」


言葉少なに会話を打ち切って、少女はフィンを展開する。

リスティと同じ三対六枚の羽。

姿だけでなく能力までリスティに同じなら、恭也はいきなり危機に陥っていた。

小太刀はない。飛針も鋼糸も持ってきていない。

正真正銘の徒手空拳。まったく戦い方を知らない訳ではないが、分は圧倒的に悪い。


「恭也!」

「姉さんはそこにいてくれ。絶対にこいつの目の届かない所に逃げないように」


後ろの知佳に忠告して、恭也は半身になって構えた。

リスティの偽者。状況から考えれば、リスティの元にも似たような者がいったはずだ。

ならば、恭也は彼女達が帰ってくるまで時間稼ぎをすればいい。

偽者ごときにリスティが負けるはずはない。


「それは、私を侮辱しているのか?」

「そうか、考えを読むんだったな……」


恭也は少女を睨み付けると、精神を制御した。


「小太刀二刀御神流……高町恭也」

「婿殿、使え!」


背後から凄まじい勢いで飛んでくるそれを引っつかみ、腰にさしこむ。

練習用の小太刀。最近はさざなみ寮にも常備してある恭也の自前だ。

これさえあれば負けない。戦い始めた不破の血に敗北の文字はないのだ。


「参る!!」

先手必勝と、恭也は一気に間合いを詰め――


『虎乱』


姿勢を低くした状態からの一刀の抜刀術。

だが、少女の張ったフィールドは恭也の小太刀を易々と受け止めた。


(効かないか……なら、これで!)


少女から飛びのいて距離を取ると、恭也は両の小太刀を鞘に収めた。

飛来する光弾を体捌きだけで避け、再び少女に肉薄する。

フィールドは依然健在している。恭也ではどうにもならないと思っているのか、少女は

回避行動を取らない。


『薙旋』


ぎっぎん!!


納刀した状態からの瞬速の四連撃。

奇襲が通用しないのなら数でという理屈の攻撃だったのだが、ほとんど同時に放たれた

それらはやはりフィールドに阻まれた。


「恭也、もういいから戻って!」


寮の入り口で知佳が叫ぶが、恭也はきっぱりと無視した。

今知佳を守れなければ、おそらく一生守っていく自信がなくなる。

確かに、知佳の方が強い。これは、わがままだ。


「でも……ゆずれない物だってある。俺は……俺の剣は……」


半身で構え右の小太刀を逆手で持ち、弓を引き絞るように左腕を引き付ける。

手数で攻めてもだめなら威力で……恭也の技の中ではこれが最大威力。

これで破れなければ、後は本当に神頼みしかなくなってしまう。


「無駄だと思うがな」

「だったら黙って見ていろ。できれば、何もせずに突っ立っていてくれるとありがたい」


軽口を叩きつつ、慎重に狙いを定める。





少女が光弾を放った。

瞬間、恭也は全力で加速する。

わき腹を掠める光弾をやり過ごし、フィールドに向かって――


『小太刀二刀御神流 奥義の三 射抜』


重い手応え……それが、消失する。

フィールドが破られた。突き出された小太刀が少女に迫る。

その少女は笑みを浮かべていた。

紫電の走る両腕を、待ち構えていたかのように恭也に向ける。


「サンダーブレイク!」


光が閃いた。


凄まじい電流が恭也の体を撃ち、彼はかなりの勢いで地面に投げ出された。


「恭也!」

「動くな。TE−01」


駆け出そうとした知佳を冷徹な声が止める。

少女の右手が、恭也の頭にポイントされていた。


「解るな。ゆっくりと前に出てじっとしていろ」

「知佳……」

「だいじょうぶ。心配しないで」


真雪を制して知佳はゆっくりと歩き、恭也の隣に立った。

それを見て、少女は初めて笑みらしい笑みを浮かべた。


「賢明な判断だ」


少女は右手を降ろし、知佳に歩み寄る。


「どうして私を狙うの?」

「お前には利用価値があって、私がそういう命令を受けているからだ」

「リスティは?お兄ちゃんはどうしたの?」

「もう一人が向かっている。もうそろそろ排除したという報告がくるだろう」

「そうか、ならばお前を倒せば終わりだな」

「!」


恭也は倒れていた状態から体のばねだけで起き上がり、少女の肩を切りつけた。

致命傷ではない。少女は、傷を負いながらも転移して恭也から距離を取った。

余裕の笑みから一転。少女の顔にあせりが浮かぶ。


「ばかな……直撃したはずだ。なぜ動ける!?」

「一言で言うなら根性だな。お前には解らないだろうが」


手で知佳を下がらせて、恭也は少女と対峙する。

正直に言えば、自分でも立っているのが不思議なくらいだった。

意識も朦朧としている。体の感覚も細部はしっかりと麻痺している。

知佳がテレパスで呼びかけてくれなければ、あのまま昏倒していただろう。


「何故だ……」

「……だから、根性だよ」

「何故お前はTE−1を助ける?血の繋がりもない、同じ共同体に属している訳でもな

 い。命をかける必要などないはずだ。見捨てれば……済むはずだ」

「守りたいから守る。その人が好きだったら、俺にとっては命を賭けるに十分だ」


果たすべき使命。守るべき人。

そんな物のために御神の剣は存在する。

それらの為に戦い、そして、それらの為に……生きること。

決して守る為に命を落としてはいけない。その為の剣で力だ。


「いらないはずだ……そんな物。理解できない」

「そうか?……なら、どうしてお前は泣いてるんだ?」

「――――――――――――!!!」


少女が慟哭する。

紫電の迸る両手を恭也に向け、涙を拭こうともしない。

少女は人を知らない。温もりも優しさも、少女にとっては外の世界のこと。

いや、もしかしたら存在すら知らないかもしれない。

それは、とても悲しい姿だった。


(助けたい……)


敵なのに、知佳を攫いに来た人間なのにも関わらす、恭也はそう思った。

泣いている少女を、孤独が悲しくて泣いている人間を見捨てることはできなかった。


「俺の力……御神流の、不破の力」


体の感覚が戻り、常よりも研ぎ澄まされていく。

士郎や静馬、美沙斗の姿が頭に浮かぶ。


「最強の所以。御神流の入り口」


強くなりたい。

知佳を守るために。泣いている少女を救うために。


「御神流奥義の歩法……」


守りたい女性がいる。救いたい少女がいる。

それは力。剣士にとって、人間にとって最高の「力」

背中で天使が微笑んでいる。

進みたい、進むべき道を照らし導いてくれる。

恭也にも笑みが浮かんだ。


「神速!!」













一瞬だった。

その一瞬で、少年は視界から消えていた。

同時に体中に走る激痛。

集中が切れ、手に収束させていた紫電が霧散する。


(怒られるのかな……)


ゆっくりと、仰向けに倒れながら考える。

連絡はない。LC−20の捕獲も失敗したのだろう。

任務の失敗。

それは、人形であり続けた彼女達のあっけない幕切れだった。

「あいつら」は失敗をするような出来損ないをいつまでも飼ってはおかない。

逃げなければ殺される。それこそ、人形のように壊されてしまう。


(どこへ?)


育った場所を追われれば、少女達に行く当てなどなかった。

孤独という言葉が少女に重くのしかかる。


(このまま……死のうかな)


その時、半ば本気でそれを考えていた少女の体が支えられた。

力を振り絞って顔を動かすと、その先に少年がいた。


「まだ倒れるな。俺にも言いたいことがある」


少年は、薄い笑みを浮かべて少女を見下ろしていた。

記憶が確かなら、TE−1は「恭也」と呼んでいたはずの少年だ。


「お前、LC−23という名前は気に入ってるか?」


ためらうことなく、少女は首を横に振った。


「なら、俺がお前に名前を生きる目的をやる」

「名前?」


この少年は何を言っているのだろう?

自分を殺そうとした人間を、何故そんな顔で見れる?


「お前は、今日から「フィリス」だ。それから、お前は医者になれ」

「フィリス?」

「気に入らないなら自分で何か決めてくれ。記号が名前なんて吐き気がするからな、L

C−23などでなければなんでもいい」

「医者……」

「いい職業だと俺は思うがな。まあ、俺には頭が足りないので無理だが、フィリスなら

 大丈夫だろう。クロフォードに似て賢そうだ」


承服した覚えはないが、少年の中で自分は「フィリス」になってしまったようだ。

「フィリス」……自分の名前。

言いようのない感情が少女を満たし、涙がとめどなく溢れる。

言葉を紡ぎたい。一言、たった一言でいい。この少年に……


「どうした?ああ、これか?」


少年はが頷くと精神制御が外され、彼の思考が流れ込んできた。

敵意はない。それどころか、心は温かさに溢れていた。

TE−01も寄ってきて何かを言っていた。

他の人間も、こちらに駆け寄ってくる。

それともう一人――分身が、LC−20と共にこちらに向かっている。

何か、理由はないが、可笑しかったので少女は笑みを浮かべた。

痛みを無視して手を動かすと、少年の頬に添える。

少年の表情が驚きに変わる。それがまた「フィリス」には可笑しかった。


「サンクス……」


小さくそう言うと、少女は唇を少年のそれに重ねた。

力を使い果たし、急速に意識が遠くなっていく。

次に目が覚めることはないかもしれない。

人形でなく消えられるのなら、そして、少年の腕の中で消えられるのならそれも、まあ、

悪くはない。

TE−01が少年に何かを怒鳴っている。

初めての幸せを感じながら、少女の意識は闇に落ちた。





















甘い香りが鼻をついている。

知佳やみなみが楽しそうに話しながら庭に準備をするのを、恭也はさざなみ寮の縁側に

座って、眺めていた。

体が、どこの例外もなくとてつもなく痛い。

初めての「神速」を使った代償だ。

これからは段々と痛みも小さくなっていくだろうが、慣れるまではまた矢沢医師の世話

になりそうだった。


「まるでじじいだな……」


ばしっと豪快に背中を叩かれて、痛みに恭也は顔を顰めた。


「痛いです」

「そりゃそうだろうさ。そんなことよりもあたしはあんな動きをしたのに、その程度で

 済むのが信じられんがね。目に見えなかったもんな……漫画に使ってもいいか?」

「構いませんけよ。別に俺のオリジナルな訳でもないですし……」

「ああ、そうしとく」


真雪は煙草に火をつけると、恭也の隣に座った。

眼前では、知佳がベランダにいるらしいリスティに何やら叫んでいる。

よくは分からないが、何か意見の食い違いがあったらしい。

そんな少女のやりとりを何とはなしに見ながら、真雪はぽつりと呟いた。


「婿殿……知佳のこと、頼めるか?」

「どうしたんですか?急に」

「いいから答えろって。で、どうだ?」

「守り抜いて、生きていきたいです。できれば、これからずっと……」

「婿殿がその気なら一生大丈夫だろう。ま、それくらいならあたしも安心できるっても

 んだ」


真雪は、ため息のように煙をはきだす。

することのなくなった恭也は、庭に視線を戻した。

その間に知佳とリスティは口喧嘩を始めていた。


「――――――――降りてきなさい!」

「言われなくても」


声と共に、目の前にリスティが転移してくる。

そのまま知佳と壮大な喧嘩に突入……せずに、リスティは振り返って手に持っていた二つ

の封筒を投げてよこした。


「僕宛てのは見るなよ」


それだけ言うと、改めて彼女達は喧嘩を始めなさった……

みなみはせっかく用意したテーブルを被害の及ばないように庭の隅に寄せている。

知佳達の生み出す爆風に煽られながら、恭也は二通あった封筒のうち自分宛ての物の封

を破って、中の便箋を取り出した。

ふと気になって、リスティ宛ての物と厚さを比べる。


「三倍はあるな……」

「そうみたいですね」


気のない相槌を打ちつつ恭也は便箋を広げ、たどたどしい筆跡で綴られている文に目を

走らせた。

喧嘩よりはこちらに興味があるのか、真雪も後ろから覗く。

別に何も疚しいことはないので気にするもないが……


「ほお、大変だな、婿殿も……」


案の上、真雪の顔には性質の悪い笑みが浮かんでいた。

この一回りは年の違う少年に絡む気がありありと伺える。


「茶化さないでくださいよ」


照れ隠しに真雪を睨むと、読んでいる途中ではあったが便箋をしまった。

内容は、まあ、最近の身辺状況とかそういう他愛もないことだ。

だが、それが「彼女」とその妹には楽しいのか、そういったことがとても嬉しそうに書

かれているのだった。

机に座って、一生懸命これを手紙を書いている彼女の姿が頭に浮かぶ。

それは、なんとも微笑ましい光景だった。


「サイコバリア!!」

「バリアブレイク!!」


そうこうしているうちに、姉と親友の喧嘩はさらにヒートアップしていた。

二階から降りてきた耕介と隣の真雪、そのたさざなみ寮の寮員の視線が何かを期待する

ように恭也に集中する。


「分かってますよ……」


こういった特殊な喧嘩の仲裁は、いつの間にか恭也の役に決まっていたらしい。

抗議は一応してみたが、数の暴力で否決されてしまった。

恭也はしぶしぶ立ち上がって、喧嘩する二人に近寄っていく。


「ね〜さん!クロフォード!いいかげんに――」

『あ!!』


と、喧嘩をしていた割にはやけに綺麗に二人の声が重なった。

それが耳に届くのと同時に、恭也は何故か吹っ飛んで地面を転がされていた。

大方、リスティの電撃を知佳が捌き損ねたとかそんな所だろう。

理不尽に薄れていく意識の中冷めた、と言うか悟った表情で、恭也は冷静に分析する。

慌てて、知佳とリスティが恭也の元に駆け寄ってくる。

とりあえず喧嘩は収まってくれたらしい。

寮に構造上の損害は出ていない。負傷者も恭也一人なら、少ないものだ。

どうやら、仲裁役の仕事も板についてきたらしい。


(やめるなら……もう少し早くな……)


諦めの乗ったその言葉を紡げないまま、恭也は気絶した……







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