◆◇◆特に捻りもないはじまり◆◇◆








 それを見たのは偶然だった。
 それは今いる部屋の机にぽんと置きっぱなしの状態だった。

 小箱である。
 小箱といっても更に小さく、丁度、てのひらサイズのもので、上品そうな深い藍色をしていた。
 それが何なのかさっぱり分からないが、綺麗に見えた。
 それが二つ、二段重ねになって置いてある。


 だが。

 その小箱にはべったりと、なにやら落書きのような字が綴られた紙が張ってあったのだ。




「…………」



 べり。






 そんな事があったのが、本日のお昼時のことである。








       ◆◇◆ひとはあいかわらずだとよくいう……かも◆◇◆








 じー。


 視線が痛い。
 刺さる。
 刺さる。
 これでもかってくらいに視線が刺さっている。

 今はそんな状態で。

 俺が何かしたわけじゃないんだけど……。
 とてもじゃないが、口に出すことは出来そうに無い。

 正確に言うと。さざなみ寮にお住まいのみなさまの視線の先にあるのは俺、槙原耕介の左手の―――薬指だ。

 そこには古めかしくも見事な造りの指輪が収まっている。
 どこか神秘的な雰囲気を持った淡い輝きを放つ翡翠――詳しくないんで実際はどうだかよく知らない――の石
 が中心にある。


 ―――どうしてなのか。
 聞かれてもこう答えるしかない。


(そんなん俺が知りたいわ――――――――!!!)
 実は、さっきから感じる視線に胃がすっかり痛くなっていた。


 で。

 恐らくこれに関係するだろう事柄として、そしてさっきからの視線の原因のもう一つが―――




 隣にいる。




「…………」
 そう。何故か自分の隣に陣取っている少女が、偶にこちらを見て、微妙に申し訳なさそうな顔をしながらも、頬を赤
 らめたりしている。彼女の方にも視線が偶にいく。―――やっぱりというべきなのか、薬指には俺の指にくっついて
 離れないブツと同じものが光っている。


 そんなものを男女が付けてたりすると、やっぱり、なんというか、そう―――思われてしまいかねないわけで。


 つまり、非常に気まずい。
 むしろ人生始まって以来の危機である。

 今の状況に比べたらグレた御架月に操られた薫とタイマンしたときとか愛さんの色んな意味でロシアンルーレットな
料理を食ったときなんぞへでもない。




「………………で?」
 非常に肌にイタイ空気の中、やけに楽しそうな笑顔を纏わりつかせて真雪さんが言った。
 すみません。そう言われても言いようがないっス。

「えーと、なんと言っていいやら―――」
「いいから、続けて下さい」
 俺の言葉を促す様に――なんとなく恫喝のケもあるけど――薫が言う。ちなみに場の空気の発生源と思われる。…何故だ。


「む。こーすけくん、うちをさしおいといて、いつのまに手を出し―――」
「お前は黙ってろ」
「や、やー……、こーすけくん、怒っとる?」
「ンな時に話をややこしくするなっての」
「う。はいー…」
 ゆうひがすごすごと引っ込む。
 場を和ませようとでもしたんだろうけど、これ以上話がこんがらがってしまったらどうしてくれようか。

 まあこれはゆうひに限ったことじゃない。放っておいたら、今居ない他の面々(寮内外)にまで何言われることやら…………。

「ええと―――――――」

 だから考えた。どうすれば分かってくれるのか。
 考えた。
 寧ろ……考えろっ、俺!

 …つーか、今考え付かないと――――真剣にヤバイ。




 とはいえ、語ることなどそう無い。


 ヘンな指輪が指にくっ付いてしまいました。
 そーしたら、さっきからこんな調子で…………ねえ?




「全然長くないじゃねーか、あ?」
 真雪さん、ぴたぴたと木刀の平の部分で突き付けてくる。
 非常にサマになっていて、“本職”目指しても問題ないよなあとつい思う。


 いよいよぴんち。俺。


「……あの、そこからは私から話します」

 耕介くん、生まれて何度目かの危機を救ったのは、隣に居る少女だった。―――ぴんちに追い込んだのも、この娘のような。

 隣にいるひと―――、名前を神咲葉弓さん。
 美緒の事とか次郎と小虎の事を始めとして――……って、両方とも美緒が原因だ……。
 ともかく、日頃からお世話になりっぱなしで、薫と同い年なのにそう見えない気もする今日この頃なひとだ。




 で。




 葉弓さん。
 一つ、言いたい事があります。




 そういうことは、最初っからそうして下さい………………。








       ◆◇◆葉弓ちゃん、回想してみる◆◇◆








 葉弓はいつもとは毛色の違う依頼に戸惑っていた。


「…えぇと、これの御祓いをするんでしょうか……?」
「いえ、違います。この品がどのようになっているか調べてほしいのです」
 依頼人は、三十過ぎの婦人。何となく上品な印象がある。

「……は?」
 だが、葉弓は依頼の意が汲み取れずに気の抜けた声しか出せなかった。

「いえ、ですから、これが“どのような影響を受けた状態にあるのか”を調べてほしいのです」
「…………はあ」
 そんな態度にも気を害さずに、もう少し細かい言葉で伝える。葉弓もそれに時間は掛かったが頷く。

「もちろん、危険であると判断したら御祓いをしてもらうに越したことは無いのですが…………」
 よほど思い入れのある品であるのだろう。
 婦人の物憂げな声の中に篭った真剣さに、葉弓も気を引き締める。


「わかりました。お受けします」
「――――御願い致します」


 そんな事があって、落ち着ける場所で調査すべく移動―――する前に。
(規定の日数まで時間があるから……、少し寄り道しようかしら……?)
 葉弓が今いる町からそう遠くない所に、仲の良いはとこが住んでいるのだ。寄っていってもいいだろう。




 そうして彼女は海鳴市―――さざなみ寮にやってきたわけだ。








       ◆◇◆げーいんはどなたですか?◆◇◆








「それで、この――――」
 葉弓さんが、左手薬指に嵌まった指輪を翻してみせる。

「指輪を預かったんですけど…………、なんか…………」
 薫の部屋に入ったら、いつの間にやらやってきて指に嵌まってしまったらしい。
「…薫ちゃんにも聞いてみようと、薫ちゃんの部屋に封をして置いておいたんですけどねー」
 とは葉弓さんのぼやきだ。

 その時びくっとさしたのが一名いたんだけど、取り敢えず見張っておくに留めておいて。


「俺のときは――――お昼のを片している時だったかな」
 俺のときの説明もしておかないとね。


「どんな感じでした?」
 薫、ここでようやくいつもの真面目な姿に戻ってくれた。
 ……俺としては、そのついででもいーから、手に持った『十六夜』を置いて欲しいんだけど。

「一通り終わって一息つこうと思ってたときかな?
 視線を感じて振り向いたら――――何か、コレ、浮いてたし」

 思わず目が点になってる間にいつの間にか嵌まってたんだよなあ―――。

 それで、なんぞ引っ張っても取れやしないもんで、困ってふらふら〜っとしてたら同じくぼーっとした様子の葉弓さんに会って、
 それからは冒頭のように繋がるわけだ。


「私のときと同じですねー」
 葉弓さん、一人うなずいたあと考え込んでいる。
 彼女の祓い師としての専門は人や物への憑き物のお祓いや、長い時間を必要にする儀式系のものだそうで。その関係する
 知識や経験の量も半端ではない。

 今回のコレも何かが憑いていると思われる以上、彼女の分野が有効だろう。
 つまり今は、専門家であるこのひとの知識次第という事だ。

「…手詰まりですね……」
「いや、まったく」
 苦い顔の薫。この様子だと薫は思い付かないようだ。

「じゃ、お茶でもいれましょーか」
「手伝いまーす」
 ゆうひと知佳が一時離れる。

 それに紛れるようにしてこそこそと去ろうとしている人物に対して―――

「それで――――お前は何処に行こうとしてるのかな?」
 がしっと襟首を掴む。
 じたばたとするが、こっちが掴んだまま立ち上がると諦めたようでおとなしくなる。

「あぅ…、あはは……何、なのだぁ……?」
 ぶらんと猫掴みで垂れ下がる「それ」。




「それを言わせる気か? 美緒よぉ――――」
 ぶら下がった美緒の顔は追い詰められたマングースのようだった。








       ◆◇◆わかってみればとふりかえる◆◇◆








「あーうー…」
 ぷらーん、ぷらーん。

 窓の外から変な呻き声がする。
 無視だけど。


「…原因てーのも、解ると単純なもんやねえ」
「そうですねー…」
 苦笑しているゆうひと、さっきの問答で口を挟まなかった――何故か発生した薫の殺気に口を挟めなかった可能性大――
 愛さんとで話している。
 ……まあ、こんな理由で危険に陥る自分に少々疑問を持たないでもない。
「ま、原因が分かったところでコレをどうにかできるでもないんだけど、ね」
 しかし―――美緒が原因で葉弓さんが借り出されるのって、これで何度目だろう? ……考えたら駄目か?


「うー、反省してるのだー……」
 ぷらーん、ぷらーん。


「耕介、アレどうするの?」
「夜あたりまで放置」
「…放置プレイ?」
「そーゆー言い方は却下」
 最近、またヘンに偏った知識を身につけ始めたリスティにツッコミを入れつつ。


「コレに関しては、今日のところは打つ手なしと言う事ですか……? 俺、そろそろ夜の仕込みとかやっときたいんですけど」
 今回、俺が考えたりする分野になさそうだし。
 去年辺りにあった御架月の一件前後辺りから、一応、薫からは色々と教えてもらっているけれど、未だこんな時にはてんで
 足手まといなのだ。

「……まあ、そうですね。葉弓さんにお任せするしかなさそうですが……」
「うん。それは任せて。……耕介さんには不自由させてしまう事になりますが……」
 専門家二人が意思の疎通をし終えると、葉弓さんが申し訳なさそうな顔でこっちを見る。

「あはは。ま、仕方ないっすよ」
 そんな顔に答えようも無くて。
 今は取り敢えず笑っておく事にした。






「うー…。おーろーしーてー……」
 ぷらーん、ぷらーん。




 ……まあ、もうちょっとしたら、な?








       ◆◇◆みずからをもってりっしょうす◆◇◆








 指輪の効果はさっそく現れた。
 それは夕飯作りに台所に戻ろうとし、薫と十六夜さんに葉弓さんで事態の解明に部屋に戻ろうとした時。

「……お?」
 一瞬、指輪がきらりと光った気がした。

 ぐっと誰かに手を引っ張られるような感じ。何と言うか、こう―――駄々っ子に引き連れさせられてるときのような……。
「…っとっとぉぉおお?」
 それが強くなる。

「なにやっとんのや、こーすけ君?」
「知らん! っつーか引っ張られてるんだよ!!」
「はー、大変やねー」
 あははー、とゆうひが笑う。

 ……こいつは…………。


「わ、わ、わ…………」
「葉弓さん、どげんしたとです?!」
「何か引っ張られて……っ!」

 近付いてくる声。多分薫と葉弓さん。
 起きているだろう現象は今非常に心当たりのあるものであろう。

 ……これは、そういうことなのか?






「……取り敢えず、原因はこれ―――みたいだね」
「そ、そうですね……」
 視線を合わせずに会話してみる。

 呪われてるのかどうかはともかくとして、
 この指輪の効果。
 すなわち持ち主同士を引き寄せてしまう事。


「…………」
「…………」
 何となく黙る。

 周りからの視線が気まずいというか――――

「………………」

 すっごく死の予感?


「ほほう。やるねー」
「こんな時間から大胆やなー♪」
 あああ゛。ゆうひだけじゃなくて真雪さんまで来てるし……。
 この二人が見てた時点で後々の禍根となりそうだ…………。




 今、俺は葉弓さんと話している。
 ……この娘に押し倒されたような状態で。




「……で。
 いつまでそうしている気ですか?」

 極寒のようなまなざしで薫が言った。


「は、はは、そうですね。はい」
 逆らっちゃいけない。
 今の薫には。



「薫ちゃん、恐い…………」
 それ言っちゃいけません。






 それにしても…………どうすりゃいいんだろう…………?








       ◆◇◆ほわっつ?◆◇◆








「―――こうなったら直接“訊く”だけです」
 それからどうにかこうにか、かなり早めの夕食を終えて。片付けも終わって暫くしての、何か決めた風である葉弓さん
 の言葉だった。

 しかし……改めて思うになんか変な言葉だ。

「きくって、それは……どうやって?」
「…こうして、です――――」
 言うや否や、葉弓さんの身体が不思議な光に包まれだした。
 蛍の光のような、薫が霊剣を使うときに見る燐光のような。
 それらが指輪がくっ付いた方の手の掌に集っていき、同様の症状である俺の片方の手を取る。

 光が一際輝いて、やがて散るようにして収まっていく。


「……どうでした?」
 薫が何処か緊張した面持ちで聞く。その様子は医師の診断を聞く患者のようで―――。
 多分、葉弓さんが何をやったのか、薫は知っているからなのだろう。
 という事は、さっきの光は何某かの術という事なのかな……?

 ―――後で聞いた話だと、器物を始めとした対象と霊波長を触れ合わせることで情報を探ったりする技であったらしい。
 結構、負担が大きいそうなのだが、その時の俺が知る筈もなく。


「……そうですね――――」
 若干の沈黙の後、葉弓さんが思案中なのか言葉を選んでいるのか、そんな声を出す。
 沈黙が若干の緊張を生んで、辺りが静かになる。


 そしてふと俺と目が合うと、何か思いついたようでにっこりと笑った。


「耕介さん、これからお時間を頂けますか?」
「……はい?」

 ぬな?

 何故に俺…………?








       ◆◇◆想いはどこかに◆◇◆








 夜風……と言うには少し早いが、心地いい風が吹いていた。
 そんなここは、海鳴名物(?)の臨海公園。

「はあ、良い景色です。それに、風が気持ちいですねー……」
「そうでしょ。俺がここに来たときも、ここ案内してくれましたから。
 ……って、そうじゃなくて。さっきからあっちこっち行ってるんですが、どういう意味なんでしょーか」

 そう。さっきからというもの、さざなみ寮を出てからバイクを駆って、葉弓さんの言うままに彼方此方へと遠出している
 のだ。こんな時間帯だから、行くとこは限られてたけど。




「んー、何故だと思います?」
「いや、分からないんで聞いてるんですが」
 ほんわか笑顔の葉弓さん。
 実際、どういうつもりなのか分からない。


「耕介さんは、何で、モノに何かが憑くと思います?」
「なんでって……、そりゃ霊障みたいに、そうなるだけの想いが積まれたまんま残ったから……かな?」
 どんな霊障にしたって、どんな未練を残したにしても、その基となるのは想い。何かに“憑く”のなら、その想いはより
 強いのかもしれない。

「それじゃあ、どんな想いが憑くことになりやすいんだと思います?」
「それは……それこそわかんないや」
 もとなんてそれこそ千差万別だろうし。

「そうですよねー」
「…………?」
 葉弓さんはにこにことしたままで。


「この指輪なんですけど……元々、婚約指輪だったみたいなんですね」
「はあ?」
 そんな話は聞いてなかったような気がするんだけど……?

「ええと、ちょっと“訊いて”みたんです」
「……? あ。ひょっとして、出かける前の」
 何かの術らしき、あの光のことかな?

「はい。想いの基になるものを探してたんですけど。今言ったものはその時に分かったんです。
 それで―――『いつでもいっしょにいられますように』って強いことばを聴きました」
 葉弓さんの言葉は、肯定を意味していて。
 更に根本の原因を探り当てていた。

「……それが……ですか?」
「はい」

 詰まりはこういう事か。
 元の持ち主、その人がこの指輪を大事に扱ってきたのだろう。そして―――


 しあわせになりますように。
 しあわせであれますように。
 だから……いつでもいっしょでいられますように。

 元の持ち主のものであろうそんな想いが積もった物は、今もその想いを宿していた。
 傍目には分からないものではあっても。


「それで……持ち主同士が離れたらああなると。……極端な気がしないでもないんですが」
「まあ、そうかもしれませんね。
 でも……それだけ強く想い続けたんですよ。こんな、奇跡みたいな事を起こせるくらいに。
 そう思ったらなんだかすごいなあって――――」

 そう語る葉弓さんの眼が、とても優しく見える。

「…………」
「それで、できるだけこのコの要望に添えられるようにしてみたんです―――」

 ……ん?

「このコ……いや、それより、要望、って…………?」
「元々が『道具』なんですから、それに合った使い方をしてあげるのが一番ですよー」

 ……コレは「指輪」なんだから………………、


「…………。まさか…………?」
「はい♪」
 葉弓さんがやけに楽しそうな笑顔できっぱりと答えてくれた。


 デートですか。これ。
 ……そういえば、さっきまで行った店もンな感じなほうだったけど―――

 いや、でも、あ、う、おお……?


「……それで、後は………………」
「――――?」
 ……と。そう言いながら、葉弓さんが俺の手を取った。

 ぽう、と葉弓さんの身体に光が宿り始めた。一つ一つはささやかな光の粒が、葉弓さんを中心にして渦巻くように舞う。

 ……寮で見たときと同じ光だ――――……。


 不意に、その光が指輪のある手へと集い、俺の手も同様に光に包まれる。
 その輝きは、直接自分に向かっているわけでゃないのだが―――、どうしてもこう思ってしまう。

「……あったかい」
「――――」
 その言葉に葉弓さんは何か一瞬びっくりした風な顔をして、次の瞬間、とびっきりの笑顔を見せた――――


 そして、光が瞬いた。








「終わった……んですかね?」
「ええ。―――ほら」
 疲労したのか、くたりとした彼女を支えている。
 そして葉弓さんのてのひらには、昼のときと変わらぬ淡い輝きを放つ二つの指輪が乗っていた。もう動く様子を見せ
 ないそれを大事そうに、持ってきていた元の箱に納める。

「そうですか……」
 気が抜けて、ほっと一息が出る。

「―――今日は、本当にありがとうございました。あと、巻き込んだ形になってしまってすみませんでした」
「いえ、そんなことないっすよ。うちの娘っ子がそもそもの原因ですし……。
 何度もお世話になってしまって申し訳ないです」

 そう言って笑いかけると、葉弓さんが何となく不思議な感じの笑みを見せてから、不意に引き締めた表情を見せる。

「これからも困った事がありましたら、遠慮なく呼びつけてくださいね。
 神咲真鳴流伝承・神咲葉弓。必ず力になりに行きます―――」

 薫とも似ているような違うような。だけど全てを受け入れた退魔師の一人としての顔で、葉弓さんはそう言った。




「……それで、えぇと、あの…」
「……お」
 ……気が付いた。今葉弓さん抱きかかえてたんだっけ―――
 ぱっと手を放すと、自分の力で立つ。

「……お、わ、…はは」
「…………」

 ……恥ずかしい。

「……それじゃ、帰りましょうか?」
「…は、はい。…あ、それじゃあ、行きの時みたいに辺りを回って行きませんか?」
「?」
「あ、いえ、なんとなくです」
「…んと、了解です。じゃ、ちょっと遠回りで――――」

 ネオンの灯りが彼方此方に並ぶ街中を、エンジンを低く唸らせ排気音も力強く吐くバイクで通り抜けていく。
 こういった感じに風を突っ切っていくのはいつ以来だったかと、ちょっと昔を思い出しながら。












       ◆◇◆おまけ◆◇◆








 あれから既に一週間が過ぎた。
 さざなみ寮は、またいつものそこそこに平穏無事な暮らしとなっている。

 うちの学生衆は元気が有り余っているようで、朝の騒がしさがも毎度の如くである。
 薫は大学通いに慣れてきたようで、話をよく聞く。
 愛さんも研修に大学と慌しそうだ。傍から見てるとそう見えないのも何時も通り。

 真雪さんは相も変わらず知佳と俺を扱き使いつつ、締め切りに終われる日々だ。……そのうち寮生全員が
 アシの人と同じレベルになりそうな予感を感じさせつつ。

 元々海外からの一時帰国だったゆうひは、うたうたいの学校に戻って、勉強の日々であるそうな。……って、
 そういえば。いい加減、英語覚えたんだろうか……? どうも想像できないんだけど。


 まあ詰まりは―――

「平和だねえ……」
 ソファで真雪さんがだらけている。入稿が終わって、最早何も考えたくなさそうだ。
「平和ですねえ……」
 でもまあ事実には違いがないので、それに俺も答えている。
 ……いい天気だ。

「で。あたしとしては腹が減ってきてんだけど?」
「―――じゃあ、こいつら何とかしてください」
 そう言って膝の上に乗ったことらを指す。寝てしまったのか動きを見せないんで、何となく身動きできないし。

「はー、しゃーないねー」
 むくりと真雪さんが起き上がった時。


 玄関のチャイムが鳴った。


「ん? おい、耕介ー?」
「分かってるっすよ」
 ことらを真雪さんに渡して玄関まで行く。


「はいはいーっと――――葉弓さん?」
 開けた先にいたのは、先週青森に帰った筈の葉弓さんだった。

「あ、耕介さん。先日はどうも……」
「あ、いえいえ……」

 …………。
 お互い照れてるようで、何となく黙りこくる。


「……えっと、それで今日はどうしたんです?」
「あの、薫ちゃん、います?」

「……ん?」
「いえ、あの、この間と似たような件が持ち込まれまして……」
「……はい?」


 どうやら、またほんの少し賑やかになりそうだ――――












後書き


 葉弓さんです。
 それ以上に何か言う事はありますでしょーか?

 ども、かわです。

 元々、万hit用の作品だったような気もしますが、相互記念の気もしないでもないです










管理人の感想

いやはや、何にしても感謝です。
裏のないおしとやか……大和撫子なオーラを持ってるのは、とらハの中でも葉弓さんだけです。
……って言うか、この人をはじめ私の内部では『さん』をつけなきゃいけないような女性がとらハの
中には何人かいらっしゃいまして……まず葉弓さん、愛さん、真雪さん、桃子さん、美沙斗さん……

所謂、年上系の女性達な訳ですが、その中でも葉弓さんの存在は秀逸。今更ながらに本編に登場
しなかったことが悔やまれます。

しかしかわいいですね、葉弓さん。私もそのうち書いてみようか……かわさんに対抗して、真一郎か
恭也で。