1、


 世間からはみ出していることが異常の証だと言うのなら、自分は間違いなく異常だ。こ
の年まで学校など真面目に通ったことは一度もないし、スポーツに青春を捧げたこともな
い。

 外面がマッチしているせいでヤンキーと呼ばれ、そう扱われているが、それはむしろ自
分にとって誇りだった。つまらないことに命は賭けるが、世間で言われる不良のように本
当につまらないことには手を出したりはしない。

 自分は違う。そう思い、事実としてそうあることが自分――乾有彦のささやかな誇りだ
った。

 そう。この男が現れるまでは――




「ええ、分かってますよ。今日集まるんですよね? 他の二人も……はは、じゃあ、遅れ
る訳にはいきませんね」

 食事中、堂々と携帯を使うこの男。見た目、ひ弱。病気がちで黒ブチ眼鏡をかけた、ど
こにでもいそうなこの男こそが、自分のアイデンティティを完膚なきまでに打ち砕いたの
だ。

 出会いがどうだったとか、切欠が何だったとか細かなことは忘れたが、この男の存在を
知り、そして理解した時、今まで大事にしていた誇りとやらが、いかにつまらないことで
あったのか気付かされた。

 今でも、自分が大概に変だということに自信があるが、断言してもいい。この男は誰よ
りも変だ。おそらく、世界で一番。

「じゃあ、放課後にそっちに行きます。他の二人にもよろしく」

 電話を切り、食事を再開する男。まじまじと見つめてみても、外面にこの男が変だと思
う要素はどこにもない。それくらいに、男は社会に溶け込んでいるのだ。自分よりも変な
はずなのに、この男は誰よりも普通であろうとしている。

 この普通であろうとする態度が半端なものだったら、自分もここまでこの男に興味を示
すことはなかったろう。しかし、この男の擬態は見事と言うより他はなく、そのギャップ
がまた、この男にさらなる魅力を与えていたのだ。

「仕事か?」
「当たらずとも遠からずかな。仕事の話と……後、皆で集まって親睦を深めようって話」
「んだ。魔法使いってのはそんなことまでやってるのか?」
「誰にでも仲間っていうのは必要だよ、有彦。それから何回も言うけど、俺は魔法使いじ
ゃなくて、魔術師だ」

 パンの最後の一欠けを口に押し込み、指摘するのはいつものこと。何度も説明され、実
のところ理解もしているが、こればっかりは譲ることができない。

 乾有彦にとってこの男は、魔法使いなのだ。魔術師なんて暗いイメージのものではなく、
さっそうとピンチの時に現れては、何でも解決していく英雄(ヒーロー)……考えて、そ
れは何だかそれは違う気がしてきたが、とにかくこの男は魔術師ではなく、魔法使いなの
だ。

 無論、この男は納得しないだろうが、いつも必要以上には言い返してこない。『我』に
対してそう踏み込んでこないのも、この男のでかさの一つだと思う。

「つーことは、今日は付き合えないんだな?」
「そういうことになるけど……俺、何か有彦と約束してたっけ?」
「いんや、ねえよ。何となく今日は、俺がお前を連れまわしたかっただけだ」
「そうか……悪いな。今度何かで埋め合わせするよ」
「別にそんなことしてほしかった訳じゃねえが、お前がそう言うなら、そうされよう」

 何をしてくれるのか知らないが、この男といるのは楽しいから、こういう約束はしてお
くに限る。何故だかこの男、不肖の姉には受けがいいのだし。

「悪いついでに頼みがあるんだけどさ、俺、午後の授業サボるから。先生には早退とか適
当に言っておいてくれないかな」
「仮病か? いいよな、病弱がイメージの奴は」
「マイナスイメージなんだから、こういう時に使わないと損だろ?」
「それについては大いに賛成だ。先公には上手く誤魔化しておくから、お前は正しく不良
でもしてろ」
「何だよ、それ」

 立ち上がり、男は苦笑を浮かべた男は、ひらひらと手を振りながらその場を立ち去った。

 男の自分が言うのもなんだが、この男の笑顔やばい。造作が取り分け整っている訳でも
ないのに、この笑顔にはクるものがある。愚鈍が服を着て歩いているようなこの男は気付
いてすらいないようだが、これでも女子には人気があるのだ。

 そのおこぼれで自分もモテるかとも思ったが、この男と付き合いはじめてから数年、未
だ自分がモテそうな気配はない。中々どうして、世の中の女共の目も腐ってはいないとい
うことか……断じて、僻みではないが。

「あ〜……言い忘れちまったか?」

 そう言えば、かの友人を訪ねてきた人間があったのだ。三年の、異人の女性。美人であ
るとの評判だが、はて、それはいつの頃からだったのか。

「まあ、いいか」

 その女性に特別何を頼まれた訳でもない。用事があるのだったら、あの女性は直接友人
の所にまで行くだろう。何より、自分からあの女性のことを友人に伝えるようなことはし
たくない。

 天気は良く、気温はちょうどいい。学校をサボるには絶好の日和なのだが、有彦は面倒
くさそうに腰を上げると、自分達の教室に足を向けた。

(あれに、頼まれたことだしな)

 安穏と暮らすのはどこでも、いつでもできる。今日はたまたまそれが街ではなく、教室
になっただけの話だ。一流は道具を選ぶようなことはしない。ならば、一流のはみ出し者
である自分は、見事に授業を切り抜けてみせようではないか。

 乾有彦、十七歳。何の力も持ち得ないにも関わらず、遠野志貴の一面を知る、唯一の人
間である。
















2、

 上等な部屋に、上等なお茶。自分の他には、上等な人間。ここに来るのは何も初めてで
はないが、こんな空気に触れると、いつだって自分は緊張する。

 しかし、その緊張に不快感はない。むしろ、その窮屈さは遠野志貴にとって、心地よく
すらある。

「報告書、目を通させていただきました」

 紙面から顔を上げ、口火を切るのは和装の少女。時代かかった衣であるそれを、当たり
前のように着こなした彼女は、この集まりの代表であり、この場を提供している家の、次
期宗主でもある。

「『吸血鬼 連続殺人事件』の死亡者は既に七人。連続殺人事件の犠牲者としては、無視
できない数になりました。既に殺人として報道されてしまった以上、これを事故として処
理しなおすことはできません。いよいよもって、私達が動かなければいかなくなったので
すけれど……」

 『何か、妙案は?』と、和装の少女が一同を見回す。

「退魔の家柄としての私達が出張る以上、取れる手段は一つしかありません。そうでしょ
う? 両儀さん」
「ええ、分かっていますよ、巫条。こうなった以上、私と七夜でもって討滅するのが、最
善の手段」

 淀みのない返答に、両儀と呼ばれた和装の少女は満足げな微笑みを返す。異性であれば
見とれずにはいられない、言い知れぬ魅力を持った微笑みだったが、残念なことに返答し
たのは女性だった。

 長い黒髪。物腰の穏やかな女性だった。正確な年齢は誰も知らないが、ここに集まった
四人の中では間違いなく、最年長である。

 面倒見が良く、大局を見通す目も持っている。ここが両儀の家でなければ、彼女が中心
になっていたかもしれない。

「待ってください。私だって、戦うことはできます」

 その遣り取りに割って入るのは、最年少の少女。全身で不満を現しているが、そんな仕
草の中にも、どこか気品がある。他の二人も美人であるが、この少女からだけは別の、育
ちのよさが感じられた。

「確かに、貴女の戦闘技術は一級です。私も巫条も、それは分かっています」
「なら――」
「しかし、今回に限って言えば浅神、貴女は足手纏いでしかない。徘徊しているような小
物であればいざ知らず、本体に行き当たってしまってはどうするのです?」
「それは……」

 言い返したいことがあるのだろう。しかし、自身の力のことは自身が一番良く知ってい
る。両儀の少女の言葉に反発しながらも納得している自分が、彼女は堪らなく悔しかった。

「まあまあ、そこまで言うこともないだろう? 両儀」

 そのままでは本当に泣き出してしまいそうだった浅神の少女を庇うように、その場、最
後の人間が口を開いた。

「ふじ――いや、浅神だって役に立とうとしてるんだ」
「そんなことは当たり前のこと。私はただ、事実を口にしているだけです」
「今日はいつになくキツいなぁ。そんなに例の黒い彼との逢瀬を邪魔されたのが不満なの
かな?」
「喧嘩を売っているのですか? 七夜。彼のことは今は関係ない。あまり私を怒らせるの
であれば、私に対する敵対と見なしますよ?」
「喧嘩を売るもなにも、お前に同じく事実を口にしたまでだよ、両儀。したいことができ
ないからって他人に当たるなんて、まるで子供じゃないか」

 挑発には挑発で応える。

 性格が微妙なところで噛みあっているのか、自分達がこういう話し合いをすれば、驚く
ほどスムーズに、こういった結論へと至る。

 不合理なのはお互いに解かっているが、これも自分達の性。同じ特性を持ち、似通った
存在を前にすると、どうしてもその衝動を完全に押さえ込むことができない。

 いつの間にか取り残された形になった少女は、おろおろとするばかりでこれを止めるこ
とはできそうにない。

 一触即発……と言うには、少々砕けた雰囲気かもしれないが、おもむろに立ち上がった
二人は、相手の息の根を止めようと、目にも止まらぬ速さで動き出し――

「止めなさい。ここは、そんな場ではないでしょう?」

 静かな、しかし確かな力を持ったその声に、二人はぴたりとその動きを止めた。

 短刀を、お互いの喉元に突きつけあいながら、それでも油断なく睨み合いを続ける二人
を前に、巫条――現巫条家宗主、巫条霧絵はこれ見よがしにため息をつく。

「貴方達がいつもそうなってしまうから、態々こんな馬鹿みたいにもったいぶった設定に
したのに、どうして貴方達は私の苦労を解かってくれないんですか?」
「いや、それは両儀が……」
「私はむしろ、こんな茶番を続けることに嫌気がさしたと言うか……」
「とにかく! これ以上喧嘩を続けるというのであれば、私も藤乃さんも黙っていません
よ? それでも続けるというんですか?」

 何やら顔を赤くしつつも、霧絵はそう締めくくる。

 藤乃――現浅神家宗主――まで本気なのかどうか知らないが、自分達を止めるとまで豪
語している以上、霧絵は本気なのだろう。このまま続けるとすれば、彼女はその力を惜し
げもなく使い、こちらを止めに来る。

 本気の、巫条霧絵。戦闘者として、それはそれで興味があったが、他人の家を廃墟にし
てまでじゃれあいを続ける気は、志貴にはなかった。

「大人気ないことを言った。ごめんね、両儀」
「いえ、こちらこそ済まないことを。申し訳ないわね」

 お互いの短刀を懐に納め、座りなおす。それで一気に、張り詰めた場の空気は霧散した。

「話は大分逸れてしまったけれど、吸血鬼に関してはそういうことでいいかしら? 私と
遠野君が街に出て狩り出し。藤乃と霧絵さんは外周を固めてもらって雑魚が外に出ないよ
うにしてほしいのけれど」
「いや、それだと少し不安だ。相手が相手なだけに、直接の戦力は少しでも多い方がいい。
元よりこんな仕事だ。命を賭けるのはいつものことだし、俺としてはできればタッグにし
てくれるとありがたい」
「死神の言葉とは思えない、弱気な発言ね。織が泣くわよ」
「その名をあまり使わないでくれよ。俺のことをかってくれるのは嬉しいけど、俺はやる
なら万全でやりたいんだ。相手は吸血鬼だし、準備はできるだけしておいた方がいい」
「さすが、経験者の言葉は違うわね」
「それも、あまり言わないでくれ」

 嫌な思い出というのではないが、度々思い出すには心が苦しい。

 遠野志貴が吸血鬼と相対したことがある。その事実だけなら他の三人も知るところであ
るが、その本質まで知っているのは、おそらくは自分と彼女達のみ。

 あまり声を大にして言いたくはない。むしろ、人には知られたくない。

 こちらの切羽詰った心情を察してくれたのか、両儀――両儀式はそれきりその話題には
触れず、

「じゃあ、私と遠野君、二人をリーダーに二班を作りましょう。構成はここにいるだけで
もいい? 不安なら秋隆も付けさせるけど」
「秋隆さんには外周を指揮してもらいたいな。中にまで行くのは、俺達だけでいいと思う
よ」

 戦力は欲しいがあまり多勢では目立つし、戦力にも斑ができる。外周を固めてもらう人
員も一流には違いないが、自分達四人と比べれば見劣りするのは否めない。街中には四人
で行くしかなかろう。

「という訳だから、霧絵さんと藤乃ちゃん、どっちか俺に着いてきてほしいんだけど……」
『では、私が』

 待ってましたと言わんばかりに、間髪をいれずに声を上げる……二人。またか、と式は
苦い表情を浮かべため息をつくが、臨戦態勢の彼女達の耳には入っていないようだ。

「聞き違いかしら、藤乃さん。私には貴女が志貴君に着いていくと言ったように聞こえた
んですけれど」
「ご自分の耳に自信がないと仰るなら、それこそ霧絵さんには志貴さんを任せる訳にはい
きませんね」

 『私はいいのかしら?』という式の呟きは、綺麗に二人に無視される。

「今回は夜の街が仕事場。子供の貴女が一緒では、志貴君まで補導されてしまいます」
「わ、私だってもう十六です。もう、子供ではありません」

 と、声高に主張する藤乃だが、現在ではまだ補導の対象年齢である。

 偽るまでもなく成人している霧絵や、両性的な完成された美しさを持ち、年齢というさ
さやかな疑問を抱かせない式。童顔な自分からすれば、この二人は羨ましいまでに大人っ
ぽい。

 藤乃も確かに美人であるし出るところも出ているのだが、その容姿にはまだ幼さが残っ
ている。めかし込んで誤魔化せなくもなかろうが、霧絵からすれば子供と断言されても仕
方のないことだろう。

「事実がどうであるか、というのが問題なんですよ。仕事の最中に補導されては支障が出
ます。私が一緒なら問題なく煙に巻けますけど、貴女にはそれができますか?」

 押し黙ってしまう藤乃。自己に対する嘘は得意な藤乃であるが、他人が少しでも絡むと
とたんにボロが出てしまうのだ。それは微笑ましくもあり志貴は好感を持っているが、こ
とこういうことに限定するなら、それは短所でしかない。

「決着はついたかしら?」

 満足そうな笑みを浮かべる霧絵に、見ていて可哀想になるくらいに悔しそうな藤乃。誰
の目から見ても、その勝敗は明らかだった。

「では、遠野君と霧絵さん。私と藤乃でチームを組みます。見回りは明日から。好きな時
間に始めてくれて構いませんけれど、できるだけ長くやってください。雑魚は見つけた傍
から討滅。ただし、大本に行き着いた場合は残りの二人も呼ぶ、ということで」
「連絡はどうやって取り合う?」
「一時間置きに、私と遠野君で。私の番号は分かる?」
「分かる。じゃあ、そういうことでこの話し合いは終わりだけど……」

 紆余曲折はあったが、話し合いたかったことは纏まった。後は自らの血の定めに従い、
退魔としての務めを果たすだけなのだが……志貴の視線の先には、恨めしげにこちらを
みやる少女が一人。

「あの……さ、藤乃ちゃん」
「なんですか? 霧絵さんと一緒の遠野さん」

 拗ねている。これでもかというくらいに、藤乃は拗ねていた。こうなってしまうと彼女
は長い……いや、藤乃に限らず式も霧絵も相当に扱いに困る性格をしているから、一概に
藤乃が悪いという訳でもない。

 訳ではないが、それと今、藤乃が拗ねていることに関しては何も関係がない。どれだけ
扱いに困るのだとしても、自分が今彼女を何とかしなければならないことに、変わりはな
いのだから。

「あのさ、今回の組み合わせは仕事で、別に他意はないから」
「その仕事でも遠野さんとご一緒した回数は、私が一番少ないです。大抵が霧絵さんで、
その次が両儀さん。私は秋隆さんよりも少なかったと思いますけど?」

 そうだったなぁ、と記憶を巡らせる。

 自慢ではないが、自分の力は万能だ。大抵の敵が相手でも、それなりに対処できる自信
があるし、実戦の経験はこの中でも一番多い。

 フォローが必要な時もあるが、それは乱戦の中でも自分の背中を守ってくれるだけの力
量を持った刀の使い手であり、自分ではできぬ難しい処理をしてくれる、頼れる年上だっ
たりと、ぶっちゃけてしまえば、志貴はこと戦闘において、藤乃の力を必要としていない
のだが、それを正直に言うのはさすがに憚られる。

 自己、そして他者の力量の把握はこういった世界に生きるための必要最低限のスキルで
ある。言うまでもなく、藤乃も『それ』は解かっているはずだが、やはり理性と感情は別
のものであるということか。

「この埋め合わせは、仕事が終わった後に必ずするから」
「お休みの日に、私に付き合ってくれますか?」
「うん、いいよ」

 そのくらいで済むならば、安いものだ。

「お買い物とか、一緒にいってほしいなぁって……」
「荷物もちくらいなら、いくらでもいいよ」

 何をしているのか、理解に苦しむくらいに長い女性の買い物に付き合うのはあまり好き
ではないが、それで藤乃の機嫌が直るというのなら、我慢もしよう。

「あの……父が、志貴さんを家に連れて来いって」
「うん。いい――」
「駄目です!! まったく、油断も隙もありません。仏心を出して黙って聞いていれば厚
かましいことを。志貴君、やはり藤乃さんに付き合う必要はありません。浅上になど行っ
たら何をされるか……」
「人聞きの悪いことを言わないでください。私はちゃんと志貴さんを御もてなししようと
……」
「罠を張って待つのは、御もてなしとは言いません。志貴君の優しさに付け入って独り占
めしようなんて、図々しいにもほどがあります」
「図々しい? 志貴さんを独り占めしてるのは霧絵さんの方です! だいたい――」

 第二次大戦、勃発。白熱する二人の争いは、今度こそ終わりが見えない。

 ため息を吐き、温くなってしまったお茶を口にする。茶菓子の代わりは美少女美女の口
喧嘩。素晴らしすぎるほどに、笑えない。

「飽きないな、あいつらも」

 対面に座る少女。その口調が男性のそれに変わる。

「笑ってないで止めてくれよ。このままだと、お前の家にも被害が出るぞ?」
「それくらいなら大したことじゃないだろ? 壊れた物はまた直せばいいんだ。それも俺
の仕事じゃないから、俺が気にすることは何もないだろ?」
「じゃあ、止めてくれよ、頼むから」
「それこそ、俺の仕事じゃないだろ? お前を巡って浅神も巫条も争ってるんだ。ならば
七夜、あの争いを止めるのはお前の役目じゃないのか?」
「言ってることはまともなんだけどね……」

 くくっ、と喉の奥で笑いを殺しながらでは、その正論な言葉にも説得力はない。

 一頻り笑った後、数少ない男友達である織は、対岸の火事でも見るような気楽さで言っ
てのける。

「なあ、遠野。お前どっちにするつもりなんだ?」
「……織、お前解かってて聞いてるだろう?」

 それで問題が解決するなら、そしてそんな決断ができるのなら、とっくにしている。こ
れでも努力はしているつもりだが、何故か女性に関してだけは、まったく実を結ぶ気配が
ない。むしろ、悪化してさえいる。

 いつからこんなにも女難が降りかかるようになってしまったのか。記憶の中にある親し
い女性というのは皆美人美少女なのに、その誰もが一癖二癖持っている。好意を持ってく
れるのはありがたいが、できることなら無難に仲良くやってほしい。

「ああ、こんな面白い見世物、他にはない」

 本当に、心の底から楽しそうに笑う織と、いよいよもって物理的な損害を生み出しかね
ない雰囲気の二人を他所に、志貴はこれ以上ややこしいことにならぬようにと祈りながら、
残りのお茶を飲み干した。






3、


 結局、藤乃と霧絵の『話し合い』は両儀家の客間に被害を及ぼすことなく、両者のダブ
ルノックアウトということで決着がついた。どうせ帰る時にもどちらが一緒に帰るか、と
いうことでも揉めたのだろうから、目を回して両家の使用人に連れて行かれた二人には悪
いが、これでよかったのだと思う。

 しかし、自分を巡って喧嘩はするが、藤乃と霧絵は決して仲が悪い訳ではない。性格や
趣味は合うのか、何処に出かけたとか、お泊りに行ったとかいう話は割と耳にする。

 それでどうして『いつも』仲良くできないのか、志貴は不思議でしょうがないが、それ
はそれ、女性の神秘という奴だ。男である自分には一生解からない命題と、もはや理解す
ることは諦めてすらいる。師匠である橙子にも『お前には無理だ』と太鼓判を押されたく
らいなのだ……別に、嬉しくも何ともないが。

 まあ、元々塞ぎこみ、他人とは話すことも碌にしなかった二人が、今のようになってく
れただけでも、今の苦労を甘んじて受け入れるだけの価値はあるのだろう。女性のことな
ど何一つ解からぬと言ってもいいほどの自分だが、やはり女性は色々な表情をしてくれた
方が嬉しい。

「もしかして、これが惚気って奴なのか……」

 人の気配のしない夜道を歩きながら、一人ごちる。

 いつも通りの時間に、いつものルート。もう少し歩けば我が家――厳密に言えば違うが
――有間の家が見えてくる。

 道場があり、茶室まである広い家だが、丘の上の洋館と違って周りに家がない訳ではな
い。お隣さんとの付き合いだってあるし、向かいの家とも知己である。どの家がペットを
飼っているだって知っているし、家族団欒でもしているのだろう、その辺の家々には明か
りが灯っている。



 それなのに――この辺り一帯、音も気配もまるでしない。



 位相のずれた世界――結界。取り込まれたことにすら気付かなかった。それほどまでに
気が緩んでいたのか、相手がよほどの実力者なのか……

「どっちにしても、師匠にばれたらトランクものだな」

 いつでも身体を動かせるように、適度に緊張する。

 幸い得物は持参しているが、それだけだ。即席でここまでの結界を張れるような実力者
を相手に使えるような防御用の式具など、何一つ持ってはいない。いざとなったら『最後
の切り札』まで使うことまで覚悟し、

「何の用だ。ここまで準備したんだ。ただお話がしたいってんじゃないんだろう?」

 闇に向かって言葉を投げかける。直後――

「審問があります。遠野志貴」

 揺らめいた闇は、人の形を持った。

 暗い色合いのカソックが包むのは、人目でそれと分かる女性の身体。纏う雰囲気は狩人。
綺麗な色合いの青い瞳は、しかし厳粛な意思を持って自分を敵と、見なしている。

 相手の戦力を概算し……志貴は舌を巻いた。

 あれは、超のつく一流の戦闘者だ。その身の魔力でなら、自分の十倍は下るまい。その
技術は幾度の戦場を駆け抜けて培われた真(まこと)。

 聖堂教会、神罰の代行者。それも、埋葬機関レベルの大物――



「その身に、死徒である疑いがあります。いくらか訪ねたいことがありますので、疾く答
えるように」











後書き

う〜ん……fate熱に触発されて書き始めたこのお話、しばらく間は空いてしまいましたが、
ようやく再開できそうです。それでも次にはリクエストが控えているのでまた少し間は空く
と思いますが、それでも一、二話間ほどは空かないんじゃないかな、と思います。

さて、次は志貴対教会の人。なるべく早い執筆を心がけますので、よろしくお願いします。