「随分とめかし込んでいらっしゃいますね、藤乃さん」

「そういう霧絵さんこそ。今日はどなたの結婚式ですか?」



 軽い皮肉の応酬をしながらも、二人の視線は相手から揺るぎもしなかった。持って生まれた

容姿と雰囲気から、そしてお互いがお互いをめかし込んでいると評したその格好から、そこら

のお嬢様では太刀打ちできぬほどの高貴さを醸し出している二人であったが、睨みあうその様

は正に竜虎。それでも気品を失わないのは流石だが、今の彼女達に好き好んで近寄ろう、とす

る貴公子は、きっといるまい。






 さて、二人が何故争っているのかと言えば、それはこの場所に問題がある。ここは三咲町内

のとある高級マンション、その最上階の片隅である。表札には七夜……早い話が、志貴の部屋

なのである。



 仕事の関係で退魔頭目の四人が顔を合わせる時は、概ね両儀の屋敷であるため、二人が志貴

の部屋――現在は遠野の屋敷、少々前までは有間の家に住んでいたから、ここは隠れ家の意味

合いが強いが――を訪ねるのは、実はこれが初めて。着飾っているのもそのせいなのだが……

目の前には、どうも同じことを考えていたらしい女が一人。はっきり言えば、邪魔だった。



「とりあえず、そこをどいてもらえますか? インターホンは私が押します」

「いえいえ。ここは若輩にお任せを。霧絵さんの手を煩わせるまでもありませんわ」



 深くなる睨み合いに、殺気の濃度が一つ増す。この辺りからそういった技能がなくとも、勘

のいい人間ならば居心地の悪さを感じ取れる『人災』レベルになる。



 しかし、そういった技能のない人間でも感じ取れるということは、そういった技能を持った

人間ならば、とっくにそれを感じ取っていたということで――





「藤乃ちゃんも霧絵さんも、何やってるんですか?」



 呆れ半分の志貴が、ドアから顔をのぞかせる。一体、何のために争っていると思っているの

か、この朴念仁は……一瞬、殴り飛ばしてやろうかと思った二人だが、その場合、先に殴った

方が一方的に悪い目を見ると、瞬時に打算し、ソレを押し込める。



 ちらっ、と目を合わせてにやり、と。だが、あくまで淑やかに微笑みあう。



 まったくもって、いい宿敵(とも)だった。

















「遅かったわね、二人とも」



 応接までまず出迎えたのは、ソファに悠然と腰掛ける和装の少女、両儀式。傍にはまるで置

物のような執事、秋隆を従えたその堂々たる佇まいに、よく志貴に冗談半分に貫禄がないと言

われる藤乃は、嫉妬の念を禁じえなかった。



「藤乃さんはしばらくぶりですね。そちらは巫浄の宗主ですか? はじめまして。埋葬機関が

七位、『弓』のシエルと申します」



 偽名ですが、失礼、と続け、ソファから態々立ち上がってまで礼をする制服姿の司祭は、志

貴と同じ学校に通っているというだけで、二人に――特に、もう学校に通うような年齢ではな

い霧絵からは、対抗心を向けられる。


「貴女が巫浄ですか? はじめまして。私は死徒二十七祖が九位、アルトルージュ=ブリュン

スタッド。あまり愉快な関係にはなりそうにないけれど、よろしくお願いするわ」


 だが、彼女達の価値観――どれだけ遠野志貴に関わろうとするのか――からすれば、目の前

の二人は大した問題ではなかった。(司祭の方は若干怪しいが、両儀の宗主は他に熱を上げて

いる男性がいる、と確信がある)


 問題があるのは、彼女。時代がかった漆黒のドレスを纏い、二人の従者と一匹の大型犬を連

れた『見た目』は十三、四歳の少女である。


 それが、目下最大の敵であると、二人は知っていた。顔は穏やかなまま、二人の視線に険が

増していく。


 殺気に似たその気配を、従者のうち黒服の方が主に対する敵対行為と見たのか、一歩、少女

達と主の間に割り込むように前に出るのを、少女は片腕を上げただけで止めた。




 裏の世界の人間ならば、誰もが恐れるその名……黒き吸血姫、血と契約の支配者、アルトル

ージュ=ブリュンスタッド。それが、二人の『敵』の名前だった。









「本日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとう」



 芝居じみた仕草で、志貴は一礼。部屋を見回すと、そこには層々たるメンバーが揃っていた。



 正面のソファには、日本に古来より存在する退魔の家系……その宗主である三人の少女――い

や、二人の少女と一人の女性が。志貴から向かって左には、制服姿の少女――と言うと語弊はあ

るが、ともあれ、埋葬機関の司祭である、シエル。



 そして、極めつけ。向かって右側、人間を遥かに凌駕するポテンシャルを持った生命、夜に生

きる者どもの頂点たる吸血鬼、その二十七祖、その『一桁』代が三人と一匹。



 退魔は本来、外来の勢力を疎んじ、埋葬機関は『神の奇跡』以外の神秘、怪異の存在を(基本

的には)認めず、吸血鬼などはそもそも、人間などを意に介することがほとんどない。はっきり

言って、彼女らが顔を合わせたのに流血沙汰になっていないのは、人類史始まって以来の奇跡と

言っても良かった。



「この街で起こった事件も、そろそろ山場。一度くらいは情報交換でもと思って、この場を用意

した。事前に渡した資料とあわせて、今後の対応について話したいと思う。もちろん、都合の悪

いことまで話してくれ、とは言わない。あくまでできる範囲で構わないから、そのつもりで」



 一歩下がった志貴の前に出るのは、和装の、そして何故か室内でもマントを羽織った少女であ

る。奇異には違いないが、たかが見た目の奇異など、ここに集まった連中の前では些細なこと。

別段、気にとめる者などはなかったが、そういった事とは別の意味で、マントの少女に興味を持

った人間が、一人だけいた。



「……琥珀、ですか? 久しぶりですね。遠野の屋敷はどうですか?」

「いやですよ〜霧絵様。私は琥珀ではなく、『魔法使いの琥珀(マジカルアンバー)』と申しま

す。ですが、私が聞き知った話しによれば、妹共々、平穏無事に暮らしているとのことですから、

ご安心なさってくださいな」



 にこ〜、と掴み所のない笑みを浮かべ、『魔法使いの琥珀』は周囲を見回す。



「では、今回の一連の事件に関しまして、私の知りうる限りのことをお話しします。と、言って

も、私は皆様と違いまして、外来の吸血鬼などのお話には詳しくありませんから、あくまでも事

件を表の世界の観点から見たお話になりますけれど……」



 『魔法使いの琥珀』の目が、志貴に向く。最後の確認のつもりだったのだろう。これから彼女

が話すことは、志貴の過去に関わる。使用人を通り越して部下のつもりでいる彼女には、務めと

は言え憚られることなのだ。



 志貴からすれば、もはや気にするほどのことでもないのだが……志貴が軽く頷くのを見て、意

を決した彼女は顔を上げ、説明と言う名の『暴露』を始める。



「今回の一連の事件の犯人は、先日の混沌の一件を除けば、一人の『人間』の手によるもの……

犯人の名前は遠野四季。現在の遠野当主で在らせられます、遠野秋葉様の実の兄にして、本来で

あれば、遠野を継ぐはずだったお方です」

「それがロアの素体と言うか? 娘。この資料によれば、その四季とやらは実父によって処断さ

れたとあるが」

「した『はずだった』のですけれど、生存していらっしゃったみたいですね。反転した段階で先

代の慎久様は四季様を切り捨てる決断をなさったようですけれど、どうも分家の野心のある方々

が四季様を『保護』して、今まで面倒を見ていらっしゃったみたいですね」

「今になって出てきた理由は……やはりその、ロアとやらが原因なのかしら?」



 これは、式の質問である。両儀と遠野は言わば、犬猿の仲。遠野側の人間からすれば、退魔で

ある彼女に情報などくれてやる義理もなし、また式の方も常ならば聞こうなどとは思わなかった

だろうが、言葉を交わす二人には、剣呑な気配など微塵もない。



「慎久様がお亡くなりになられたことが、最大の理由のようです。今の遠野の利権は、秋葉様に

移行している最中ですから、甘い汁を吸いたい方々からすれば、絶好の機会な訳ですね」

「利権というなら、志貴先輩にも危機が及ぶのではありませんか?」



 この中で、志貴がたかが利権欲しさの連中に遅れを取るなどと思っている者など皆無であり、

問いを口にした藤乃でさえ、その点については何の心配もしていなかったのだが、それとこれと

は、また別の問題である。



「俺には利権なんて来ないようになってるんだよ、藤乃ちゃん。遠野家長男って肩書きはついて

回ってるけど、あの屋敷を追い出された時の理由が、そもそも『軟弱者に当主の資格なし』って

ことだったからね。いざという時にはそうも言ってられないけど、そうなったら『後見人』の名

目で取り入ることもできるから、連中からすれば、今のところ俺は生きていた方が都合がいいん

だよ」

「その通りです。こちらにその分家の方々の計画書がございますが、彼らの抹殺の対象は当主で

在らせられます秋葉様、その使用人であり遠野本家の情報を実質的に管理している琥珀、さらに

その妹の翡翠ちゃんに、志貴様の里親でいらっしゃった有間の方々となっております」

「その浅はかな連中からすれば、ロアの一件は渡りに船だった訳だね。遠野の実行部の目もそち

らに向くし、本家の守りも当然薄くなる」

「ロアが最後に裏切るとは、考えなかったのでしょうか?」

「そこまでは……どうなのでしょう? 彼らの間にどういう契約が交わされたのか、流石に細か

なところまでは分かりませんでしたが、不思議なことに四季様の『中』の方は、その約定を遵守

する方針のようです」

「ロアにすれば、現世の柵なんて無意味だもの。遠野への協力も、戯れ程度にしか思っていない

のでしょうね」

「その戯れで人生持っていかれた四季は、きっといい迷惑だろうよ」

「でも、あの娘でも攻めあぐねているロアでも、志貴の魔眼なら滅っせるはず。上手く行けば、

ロアだけを倒すことも夢ではない……志貴、貴方の目的は、あわよくばその混血を助けることな

のでしょう?」

「察しがよくて助かるよ、アルト。今回、俺の最大目標は正にそれなんだけど、それを許してく

れなさそうなモノが三つほどある。一つはロア本人、一つは反遠野勢力、そして――」

「真祖の姫君、アルクェイド=ブリュンスタッド。さしずめ私の役目は、あの娘の足止めといっ

たところかしら?」

「ついでに仲直りでもしてくれれば、俺からは何も言うことはない」

「貴方の期待に応えられるよう、努力はしてみるわ」

「決行は次の満月の晩。三咲町内に一斉に死者を放つと同時に、有間、遠野の両邸を襲撃、との

ことです。この際、遠野に関する守りは必要ありませんので、その他は」

「街の死者は、退魔が何とかしましょう。私と、秋隆……それに、私の家の者まで動員すればど

うにかなる規模のはずだから。浅神に巫浄も、問題はない?」



 大有りだ。話の通りに事が進むなら、次の満月の晩が最大最後の決戦となり、当然、志貴の身

にも危険が及ぶ。『浅神』藤乃に巫浄霧絵、二人の命題は志貴の助けとなること。確かに死者狩

りも重要な仕事には違いないが、解かっていてもそう簡単に頷けるものではない。



 だが、それを我侭だと認識できる程度には、二人とも大人であるつもりだった。ここで無理に

駄々をこねるのは格好悪いことであり、そんな醜態を志貴の前で晒すことは、彼の傍に訳のわか

らない女が寄ることと同程度に、我慢のならないことだった。



 志貴の傍に自分以外の女が……それも、新参の、人間でない者がいることも、仕方のないこと

なのだ……と、無理やりにでも自分を納得させる。



「浅神は、了解しました。両儀に付いて、死者の討滅に参加します」

「巫浄も了解です。人員の配置は、両儀、七夜に一任します」

「がんばってちょうだいね。志貴のことは、私がしっかり守ってみせるから」



 からかいの色が濃い、その声音。冗談のつもりで言ったのだろうことは、二人とも、理解して

いた。ここは、苦笑でも浮かべてその言葉を受け流すのが、正しいことなのだとも。だが、



 一瞬、ほんの一瞬だけ、例え叶わぬということは解かっていても、彼女を、血と契約の支配者

である、アルトルージュ=ブリュンスタッドを殺してやりたい、そう考えてしまった。



 その思いが漏れたのは、一瞬。しかし、彼女の従者である黒騎士にとって、それは度し難い反

逆であった。



 主の影より前に進み出でて、虚空から黒塗りの長剣を『抜剣』。吸血鬼の速度を最大限に生か

した必殺、必中の一撃は――



「おやめなさい、リィゾ」



 黒の姫君のたった一言でぴたり、と止まった。



「この際だから、貴方にはここで言っておきます。私は、彼女達を友人と認めました。今後、い

かなることがあっても、彼女達に危害を加えることのなきよう、肝に銘じておきなさい」

「はっ……」



 人間を相手に、譲歩する。古き吸血鬼である黒騎士にとって、それは耐えがたいことの一つで

あった。しかし、それ以上に、主である黒の姫君の言葉は絶対である。長剣を再び虚空へと戻す

と、深く今の今まで殺そうとしていた二人に対し、深々と頭を下げ、姫の傍らへと戻った。



「私の従者が失礼をしました。謝って済むことではないと思うのだけれど、今後はこういうこと

はさせないようにするから、許してもらえないかしら?」



 言って、アルトルージュはソファから立ち上がり、自らの従者と同じように頭を下げた。



 ともすれば、自分達が殺されていたかもしれない、その事実と、今目の前で『あの』黒き姫君

が頭を下げている、という現実に、フリーズしていた二人の頭がようやく動き出す。



「こちらこそ、失礼をしました!」

「頭を上げてくださいませんか? 先に失礼を働いたのは私達の方……姫君が謝る道理はありま

せん」

「私を、許してくれると?」

「許すも何も……霧絵さんも言った通り、先に悪いことをしたのは、私達の方なんですから」

「それに、貴女は私達を友達と言ってくれました。友に頭を下げ続けさせることは、非礼ではな

いのですか? 姫君」

「…………友の好意に、心から感謝します」



 顔を上げたアルトルージュの差し出した手を、二人はぎゅっと握り返した。吸血鬼と人間――

それも、退魔の人間が本当の意味で手を取り合った、ある意味歴史的な瞬間である。



「……私から話をしてもいいですか?」



 その光景を、なんとなく自分への当て付けのように感じていたシエルは、どこか胡乱な目つき

で三人を見やると立ち上がり、一同を見回す。



「お三方の話も纏まった所で、埋葬機関の司祭として発言させてもらいます。はっきりと申し上

げますと、『私達』のタイムリミットも次の満月までです」

「どういうことですか? 先輩」

「私が派遣されたのは、そもそもこの町で発見された吸血鬼がロアだったからです。かの吸血鬼

に対してだけは、埋葬機関の中では私に優先権がありますからね。ついでに言えば、派遣された

人員も私一人です。装備や情報のバックアップもなし。孤軍奮闘で最後まで頑張る予定だったん

ですけど……予定外の事態が二つも起こりました」



 胡乱な目つきもそのままに、シエルは志貴と、アルトルージュ達を順に見やり、深々とため息

をつく。



「『混沌』ネロ=カオス、そして黒の姫君の来訪――ロアとの因縁により、真祖の姫君、アルク

ェイド=ブリュンスタッドの登場までは出立前から覚悟はしていましたが、死徒二十七祖の大物

が五人も集まり、しかもその内一人は消滅させられたとあっては、私一人の裁量では誤魔化し様

がありません。メレム=ソロモンの情報では、既に私以外の司祭が異変に気づき、独自のルート

で日本の状況を探っているようです」

「それを誤魔化すのが、君の仕事じゃないのかい? 『弓』」

「これでも努力はしたんですよ? 誰かさん達はどういう方法を使ったのか知りませんが、まる

で空間を飛び越えてきたかのように、出入国の形跡がありませんでしたから、本部の司祭も気づ

くのが遅れたようですけど、私とメレムの妨害をあわせても、次の満月くらいまでしか引き伸ば

すことはできません。その時までに一応の成果を……ロアを討滅させることができなければ、こ

の町は戦場になるでしょうね」





 何とかポーカーフェイスを崩さぬことには成功していたが、内心で志貴は頭を抱えていた。単

純に頼りになるからとアルトルージュ達を呼び寄せたことが、そこまで大事になるとは思っても

みなかったのだ。



 志貴にとっては、ただの仲間であるが、埋葬機関や他の退魔からすれば、そうもいかない。目

の前のような状況――退魔、混血、吸血鬼、司祭が集まって流血沙汰になっていないことが、そ

もそもの奇跡。自分の縄張りを戦場にされるなどもっての外だが、それが何も理不尽でないこと

は、志貴にも理解できた。



 次の満月――混血の反乱だけはその時に手を打つだけで一応の解決は見せるだろうが、他の事

情はロアに逃げられでもしたら、その時点でアウト。タダでさえ退魔、混血が血気盛んになって

いる状況で埋葬機関の司祭が大挙して押し寄せてきたら、冗談抜きで『戦争』になりかねない。



「両儀、浅神、巫浄の三家に、七夜として尋ねる。仮に想定する最悪の状況に陥ったとして、君

らで家の者達を全て押さえつけることは可能かな?」

「無理ね。穏便に事を進めようという気が、老人達には欠けているもの。戦っているのは私達な

のに、権力だけはまだ一丁前に持っているのだから、困り者よね」

「浅神は、恐らく押さえつけることは可能です。けど……長くは持たないと思います。できるだ

け早期の解決を、望みます」

「うちは直接戦力になるような人間がほとんどいないから、問題はないけれど……それでも、あ

まりいい顔をする人間は多くないと思います」

「……ほんとに、次の満月がデッドラインか……」

「背水の陣……確か、中国の言葉、だったかな? いいじゃないか、純度の高い決死の感情を背

負った方が、物事だって上手くいくというものさ」

「そうは言うけどね、フィナ……出来る限り危険の少ない道を歩きたいと考えるのは、人間とし

ては当然のことなんだよ」

「危機もない道なんて、それこそ退屈なだけだと思うけどね……」



 同意見なのだろう式からは苦笑が漏れるが、真剣に頭を悩ませているらしいシエルからは、そ

れこそ射殺さんばかりの視線が投げかけられる。白騎士からすれば、人間の心臓を止めかねない

それもそよ風程度のものでしかないが、そんな物を向けられて喜ぶ存在は、狂人くらいのもの。

まだ何か言いたそうな風ではあったが、迷惑そうな黒騎士に小突かれ、不承不承、言葉を飲み込

む。







「結局は、やるしかないってことか……」

「志貴にとっては、いつもどおりのことではないの? 貴方はいつだって、そんな状況にいるよ

うに思えるのだけれど」

「俺だって、好きで困難に首を突っ込んでる訳じゃないよ……」



 口に出したら半殺しの目に合いそうで、誰のせいと具体的に言えたためしはないが、遠野志貴

の厄介ごとの大部分は、何処かの橙の魔術師のせいであると思っている。





「それでは志貴様、号令などお願いできますか?」

「……俺が?」

「この集まりの主宰は志貴様であらせられますから、当然じゃありませんか? 僭越ながら、両

儀様でもシエル様でもアルトルージュ様でも、このメンバーは集まらなかったと思いますけれど」

「……みんな」



 ぐるり、と全員を見回す。退魔、吸血鬼、代行者……そして自分は魔術師と、自らの人生の縮

図のような部屋を見回して、志貴は大きく息を吸い込む。





「本当に、次の満月が正念場だ。俺達の肩に、三咲町が更地になるかどうかがかかってると言っ

ても過言じゃない。相手は……一筋縄で行くような相手ではないと思うけど、俺達なら勝てると、

俺は信じてる」

「これだけ集めておいて、信じてるはないんじゃないかしら?」



 アルトルージュの軽口に、全員から軽い笑い声があがる。



「……だから、勝とう。真祖の姫君も、アカシャの蛇も、俺達の敵じゃない。戦いの後には、み

んな笑顔で集まれるように」



 自分の意志を確認するように、もう一度、繰り返す。



「勝とう。俺達は……勝つ」