sacred purple 最終輪 『連鎖の終わり』













 強烈な意思に支配された風が牙を剥き、地を穿つ。平素は学生達の走り回る何の変哲も無

い校庭だったが、木は倒れ地面は抉れ、校舎に被害が出ていないことが奇跡と思えるほどに、

無事な箇所はない。



 その惨劇を作り出したのは一人の少女と一人の女性だった。金髪の女性が腕を振るい風の

刃を生み出せば、黒髪の少女もそれに倣い、風の刃を腕の一振りで打ち消す。



「手を抜いているのかしら? アルクェイド。この私に負けたとあっては、真祖の姫の名が

泣くわよ?」



 からかうような少女の声が、夜の校庭に響く。アルクェイドは眉を顰めると、一瞬で腕を

二度振り、風の刃を生み出すが、少女はそれをこともなげに腕の一振りで打ち消してみせる。



「……解せないわ、アルトルージュ。私達が殺しあうことに理由なんていらない。けど、そ

れは私が蛇を殺すことを邪魔するほどの理由かしら?」

「私にとっても蛇は邪魔な存在。本来なら行かせてあげたいのは山々なんだけど、私にとっ

て最も大事な人はが、貴女を阻めと言うのよ。そして、貴女と仲直りをしろ、ともね」

「それは、遠野志貴とかいうあの人間?」

「知っているのなら、話は早いわね。私の数百年の中で一番の人間なのよ?」

「血と契約の支配者が、たかが人間の命に従うの……世も末ね」

「命ではなく、お願いよ。ただの存在としては、私と志貴の価値は対等だもの」




 本気で言っているらしいアルトルージュの言葉を、アルクェイドは俄かには信じられない。

それがまた、アルクェイドの攻撃を鈍らせ、苛立ちをつのらせる。



「理解できない……そんな顔ね」

「次の瞬間にこの地に月が落ちるとでも言われた方が、よほど信じられるというものだわ」

「信じ難いことでしょうね、貴女には。私も、憎しみ以外をもって貴女に臨むことがあるな

んて、思ってもみなかったもの」



 アルトルージュ=ブリュンスタッドにとって、真祖の姫君には間違いなく敵であった。過

去に殺し合いをしたこともある。首尾よく彼女を殺すことができた暁には、その死骸を『ど


うにか』することを考え、暗い愉悦に浸ったことも両の手では数え切れないほどある。会え

ば呼吸をするように侮蔑の言葉を吐き、殺意を持って相対する。そんな間柄であった、許し

難い存在だった……少なくとも、遠野志貴に呼ばれてこの街に来るまでは、そのはずだった

のだ。



「それでね、志貴は真顔でこう言うのよ。姉妹は仲良くしなさいってね」



 そうして初めて、アルトルージュは自分から腕を振るった。同じように腕を振るい、アル

クェイドは風の刃を相殺――できなかった。アルクェイドの風をすり抜けてきた小さな風の

刃が、彼女の頬を浅く裂いたのである。



 頬に手をあて、自らの血を無表情に眺めるアルクェイドを、アルトルージュは愉快そうに

眺め、



「賭けをしましょうか、アルクェイド。お互いの全力をもっての殺し合いよ。志貴が蛇に勝

つまでに私を殺すことができたら、貴女の勝ち。その時は、私の従者は全て貴女に従うこと

でしょう。私の城も財産も、好きにしたらいいわ」

「もし、そうならなかったら?」

「私達の今までは全て水に流し、私のことを姉と呼び、私を敬いなさい」

「……しばらく見ない間に、気でも触れたのかしら?」

「私の正気は疑っても、志貴の勝ちは疑わないのね」

「私もね、貴女ほどではないけれど、あの人間のことはかっているのよ。戯れに出した条件

をこともなげにクリアしたみたいだし……そうね、貴女に勝ったらあの人間を私の従者にで

もしようかしら」

「…………はじめましょうか、本気で」



 黒く深い闇が少女を包み、その姿を妖艶な女性のものへと変える。全身を包むドレスは、

黒一色で染められ、瞳の色は血のように深い赤色を宿し、魅惑的な光を湛える。



 血と契約の支配者、黒の吸血姫、アルトルージュ=ブリュンスタッド。



「そうね。私もそろそろ、語るには飽いたわ」



 その場に満ちた殺気がさらに研ぎ澄まされ、アルクェイドの瞳が金色に変わる。



 最後の真祖。白の吸血姫、アルクェイド=ブリュンスタッド。



 神話の時代が過ぎ去ってより、指折りの力を持った存在がぶつかり合う。過去を忘れ、現

在を意に介さず、未来など放棄した……



 人類史上、最強最悪の姉妹喧嘩が、ここに始まる。















 疾走する足を止めぬまま、懐から師匠謹製のルーン石を取り出し、前方に向かって指で弾

く。込められ魔力が刻まれたルーンに走り、今まさに首をもたげようとしていた、壁に床に

付着していた血液が力を失い、灰となって消える。



 いたるところにしかけられたトラップ。この程度で破壊できるほどのちゃちなものだが、

よほど暇だったのかその数には、妥協が感じられない。



「まったく……どうかしてるよな」



 明日からも通う学校なのだ。余計なことをして壊したくはないし、広範囲にこうしたトラ

ップが仕掛けられているというのなら、点検までしなくてはならない。その面倒くささを考

えると、吸血鬼との戦闘を前にして気が滅入る志貴だったが、そんな心情を察してくれるほ

ど、敵は人情に溢れてはいなかった。



「まぁ、基本的に吸血鬼にそういったことを期待するほうが、無理な話ではあるんだけどさ

……」



 よりにもよって死徒の姫君と懇意にしている志貴であったが、それが如何に稀有なことで

あるのかは、流石に自覚している。師匠の教えで、話が通じるのならそれに越したことはな

いという考えではあるが(話すだけなら無料だから、だ。何も師匠や自分は博愛主義者では

ない)、必要な場合には相手を殺すことに躊躇いはない。自分の大切なものとの二者択一に

なるなら、なおさらだ。



 殺すしかない。アレを生かしておいては、あいつは帰ってこないのだから……



「ほんと、どうかしてるよな、お互い……」



 ジャケットの背に縫い付けてある鞘から黒塗りの短剣を抜き出し、四方からすっ飛んでく

る硬質化した血液の弾丸を打ち落とす。ランクが低いとは言え、概念武装の短剣に触れた弾

丸は、今までと同じように灰となって虚空に消える。





 三階の廊下をわき目も降らず走り、屋上へと急ぐ。地下に隠れているとは思わない。この

校舎に入った時から、蛇の陰湿な気配はずっと屋上から感じられていた。トラップを張って

いたのに、奇襲をするつもりもないのか……あるいは、こちらを舐めてかかっているのか。

どんな理由があるにせよ、校庭でアルトルージュが真祖の姫君を押さえ、他の仲間が皆で払

っている今、本気で逃げられれば手の打ちようのない志貴には、在り難いことではあった。



 屋上へと続く最後の階段を三段抜かしで疾走し、鍵のかかっているはずのドアに向かって、

最後のルーン石を弾く。外側に向かって爆散したドアを追いかけるようにして屋上に飛び込

むと同時に前方に身を投げ、飛来した血液の刃と弾丸を避ける。



 起き上がると同時に構え、追って放たれた刃を叩き切り、その担い手を睨みすえる。





「始めまして、いや、久しいな、とでも言うべきか?」



 裸の上半身の上に白衣を羽織った、痩身の男。髪は長いが、手入れをしている感じではな

い。人によっては美形と判断するかもしれないが、その美には病的な雰囲気が付きまとう。



 死徒二十七祖番外。『アカシャの蛇』、ミハイル=ロア=バルダムヨォン。



「初対面の相手に久しいもないだろう。体があいつのものだってだけで、お前は『蛇』なん

だからな」

「ふむ……私の旧友を葬った手並みは拝見させてもらった。中々に興味深い能力ではある。

因果を断ち切るためにも、君はここで殺しておくべきだとは思うがどうだろう。君にはもう

係わり合いにならんと約束するから、この場は私を見逃してはもらえないだろうか?」

「考えるまでもないな、答えは――否、だ」


 背後からの血液の刃を振り返りもしないで、切り捨てる。臆面もなくだまし討ちをやって

のけたロアは悪びれる風もなく「ふむ……」と小さく唸ると、





「では、致し方あるまい。殺しあうとするか」





 その口の端をにぃ、と狂気と共に吊り上げ両の腕を広げた。





「何ものも、我を縛ることあたわず。全制約、解除」



 触手のようにのたうつ血液の刃を短剣で斬り、歩法でもって避け、屋上という限定された

空間の中、ロアと付かず離れずの距離を保ちながら片手で器用に眼鏡を外し、ロアをしかと

視界におさめる。





――直死の魔眼、開放――





「君は『取り込んだもの全てを殺す』固有結界を使うそうだが……私は混沌ほど律儀ではな

いのでね。悪いがそこまでの時間は与えんよ?」

「別に、あんたにそこまで期待しちゃいないさ。ついでに言うなら、使えたって使ったりす

るもんか。あんたは、俺が殺してやる。あんたがどういうもので、あんたがどういう風にあ

いつを乗っ取ったのか知った時から、そいつは決めてたことだ」

「私がこの体を奪ったことを恨んでいるのかね? ならば、その恨みは見当違いというより

他は無いな。私がこの体を奪わなかったとしても、いずれ彼は狂気に囚われ、君を殺そうと

しただろう。遠野の血統とは、遠野シキという人間はそういう存在なのだ。憑いた私が言う

のだ。間違いはないぞ?」

「かもな……いや、どうせ本当のことなんだろ? でもな、吸血鬼。そんな可能性の話なん

て、今の俺にとってはどうでもいいことなんだよ」



 ミハイル=ロア=バルダムヨォン……遠野シキの体を直死の魔眼でもって分析。体の所有

権は既にロアのもの。体だけを殺せばシキだけが死に、ロアは生き残ってしまう。故に、殺

すのならば魂を。数百年の時間によって培われた術式の、現代の結果である遠野シキの体に

おさまっている魂を解体し、ロアだけを殺す。魂を扱うなど、魔法の領域の業であるが、あ

らゆる死を見るこの眼には、それができるはずだ。



「お前がシキを狂わせた。お前がシキの人生を壊した。お前がシキから全てを奪った。お前

に次なんて与えてやらない。お前はここで、必ず殺す」





――全魔術回路を直死の魔眼の補佐へ。簡易身体強化、索敵などの常駐魔術への魔力供給を

遮断。全魔術の使用不可――





 この瞬間、遠野志貴は魔術師であることを止め、たった一つ……死を撒き散らすための回

路となった。魔眼殺しと自己暗示でもって厳重に封印されていた、自分の眼。立っているだ

けで酔いそうになる、この死で満ち溢れた世界に触れるのも、随分と久しぶりだ。



「人間が、この私に挑むのか?」

「ただの人間じゃない。ある場所に挑むためだけに研鑽を重ねる種類の、化け物を倒すため

に身体の限界に挑んだ一族の、全てを殺す眼を持った人間さ。大した力じゃないかもしれな

いけど……あんたを殺すには、それで十分だろ?」



 にこりともせず――疾走する。地を這うような低い、不自然な姿勢のまま、血刃の触手の

群れを避け、一息でロアへと肉薄する。



 一閃――後退するロアを逃がさず、その左腕を根元から切断。



 一閃――返す刀で腹を裂き、続けて首の血管を目掛けて短刀を叩き込む。骨を断つ感触を

知覚するよりも早く背後へ――志貴を目掛けて、たったいま付けられた傷から、飛び出す触

手を、今度は七つ夜で切り捨てる。



「貴様――」



 一閃――右腕を突く。『死』を解き放たれた腕は突かれた箇所から変色し、触手を含め、

一瞬の後には灰になって消える。体の一部を失い、わずかにバランスを崩した回復せず、隻

腕、隻脚となったロアは、無様に屋上を転がった。



「その手足は、たった今殺した。しばらくは、何をしても再生がおいつかないだろうな。得

意の魔術で何とかしてみたらどうだ? おかしな動きをしたら、魔術ごと殺してやるけどな」

「貴様の眼は、満月の夜の吸血鬼の体を、魔術すらも殺すというのか――」

「相当な無理と、努力の結果だけどな。頭が痛くて気持ち悪くて、こうしてる瞬間にも寿命

が減ってくのが手に見て取れる。全く、子供の頃の俺はどうしてこんな中で正気でいられた

のか、理解に苦しむよ」

「それで人間とはな……化け物め」

「あんたから聞くには、最高で最低の冗談だ。でも、これで人間社会の中では上手くいって

るんだ。一人立ちしたら、一ダースくらいは刺客と戦うんじゃないかと思ってたけど、まだ

一人だって相手にしてないからな。頭のいい人間連中は分かってるんだろうよ。結局のとこ

ろ、ただ殺して壊すだけの人間を恐れる必要がないってことさ。こんな眼を持った人間より、

仲の悪い蒼の姉妹とか、話の通じないどこぞの機関とかの方が怖いんだってさ」

「私を滅すほどの力を持って、貴様は何を望む……」

「会いたい人を、見返すため……不老不死を望んだあんたからしてみたら、酷く退屈な理由

だろうな」

「ああ、退屈だ……」



 屋上の隅――志貴の死角にあった血溜まりから伸びた触手が、一直線に志貴の心臓を突い

た。偽装に偽装を重ねた、ロアの最後の隠し玉……



 ぐらり、と志貴の体が傾き……そして、止まる。



「この服は、特別制でね」



 血刃の触手は、志貴の服を貫くことはなく、心臓の直上でぴたり、と動きを止めていた。



「去年の誕生日に、アルトからプレゼントされたんだ。服全体に彼女の血を使った対魔術兵

装。特に、血を媒介にした魔術攻撃には強いはずだぜ?」

「態々私の触手を避けていたのは……茶番だったというのか?」

「児戯だったけどな。偉大なる先達のお気に召したのなら、恐悦至極」

「…………食えぬ男だな。勝てぬ訳だ……貴様は最初から、闇に魅入られていたのか」

「道中、苦労はしたけどな。もちろん、あんたのせいでね」

「謝罪はせんよ。これから貴様は、私を殺すのだろう?」



 屋上に体を投げ出したまま、ロアは長く、長くため息をついた。



「長いようで、短い生であった」

「長く生きた奴は、みんなそう言うんだ。どれだけ生きても次の欲が出てくるから、絶対に

満足しない」

「不老不死の望みは、人間には過ぎた望みだったというのか」

「人間に限ったことじゃないだろ。アルトも真祖の姫君も、不老でも、もちろん不死でもな

い。あの二人だって、いつかは朽ちて……死ぬ。じゃなきゃ、最初から存在なんてできない

さ」

「……貴様に、死について説くのは無駄なことだったな……さあ、殺すがいい」



 志貴は、七つ夜を振り上げる。抵抗は……ない。



「悪くない、生であった……」







 それが、アカシャの蛇、ミハイル=ロア=バルダムヨォンの最後の言葉だった。





























「…………気分わりぃ」

「おいおい、開口一番がそれか? せっかくの再会なんだ。もっと感動的にいこうぜ」

「うるせぇよ……人の体だと思って好き放題斬りやがって……てめえ、俺がトカゲかなんか

みてぇに腕生やせるとでも思ってんのか?」

「思わないな。お詫びといっちゃなんだけど、腕のいい義肢職人を無料で紹介してやるよ。

あの人ならきっとかっこいい腕付けてくれるだろうから、お前もきっと満足すると思うよ」

「ロケットパンチでも付けてもらわねぇと、割りにあわねぇな……」

「あの人なら、喜んで付けてくれるだろうな。もっと欲張って、アイアンカッターでも付け

てもらったらどうだ?」

「欲張った感じがしねぇな……」



 でこぼこになった屋上に、大の字になって寝転がる。あの日、遠野の屋敷で三人でしてい

たように気持ちよくなりはしないけれど、今度も無事に一仕事やり遂げたという充足間の前

には、それも些細な問題だった。



「俺の部屋、まだあるか?」

「俺が使ってるよ。何もない部屋だから、お前がまた使えばいい。俺はまた、昔みたいに離

れを使うよ」

「んだよ……お前、居残るつもりなのか?」

「別にいいだろ、俺がいても。引越したばっかりでまた引越しなんて、かっこ悪い真似はで

きない」

「女のとこにでも世話になったらどうだ?」

「この年で、そんな生活はやだよ。それに我らが妹君は、そういうことには厳しくてね。女

の子と同棲してるなんてことが耳に入ったら、消されるんじゃないかな」

「消されるって……何をだ?」

「ナニだろうな。まあ、どうしても聞きたいってなら、教えてやらなくもないけど……」

「……おいおい、あのおっかなびっくり俺達の後ろ歩いてた秋葉が、そんなことするはずね

ぇだろ?」

「俺も少し目を疑ったけどね。でも、あれは間違いなく秋葉だったよ。さすがに遠野の血統

とでも言うか……違うな。あれは多分に駄目な兄貴達のせいなんだろうな」

「でも、かわいかっただろ?」

「綺麗になってたよ。これも、嘘じゃない」

「はっ、楽しみが増えやがったぜ」



 隣でニヤついているのが、顔を見なくても分かる。遠野シキのシスコンっぷりは、健在だ

った。



「シキ……」

「なんだ?」

「おかえり、久しぶりだな。また会えて嬉しいよ」

「もう二度と会うことはねえと思ったけどな。俺があけた風穴は、まだ疼くか?」

「おかげさまでね。一生消えない傷が残ったよ。でも――」



 顔を覗き込もうとシキの方を向くが、それを察知していたかのように、彼は顔を背けてい

た。相変わらず勘のいい男だ。



「終わってから思えば、あれもこれも、いい思い出だな」

「終わったからこそ、言える台詞だな。お前、さっきまでそんなこと欠片も思っちゃいなか

っただろ。思い出したよ、お前はそういう胸糞悪くなる人間だった」

「でも、悪い気はしないだろ?」

「馬鹿言えよ、最悪だ。これ以上ねぇくらいに最悪だ。でも、まぁ、なんだ……」



 シキはずっと、そっぽを向いたままだ。多分、しばらくはこっちを見るつもりはないのだ

ろう。柄にも無く照れているのか……かわいいところもある。



「一応、礼だけは言っとく。俺は見た目の通り、礼節を知ってる人間――化け物だからな」









「――色々、悪かった」



























 その変化は、唐突に起こった。



 それまでだって化け物じみていたアルクェイドの気配が、輪をかけて巨大になる。そして、

屋上にあったとある吸血鬼の気配は、忽然と消えた……決着、幕だ。



「――随分と早く幕を引いたものね、あの人間」

「長年の仇敵を倒してくれたのだから、お礼の一つでも言ったらどう?」

「冗談でしょ? あの男は、私が殺すつもりだったのよ」

「それで一生、結果の見えない鬼ごっこを続けるつもりだったのかしら?」

「――まあね、一言くらいなら、お礼を言っても構わないけど……」



 ぼそぼそと呟くアルクェイドを満足そうに見やり、アルトルージュは再び闇を纏い、少女

の姿に戻った。



 年寄りくさい話だが、久しぶりに変わったせいで随分と肩がこってしまった。しかも全力

で戦ったせいで魔力まで大分消費している。本来なら、破壊された校庭の修復までが自分の

役目だったのだが……サボタージュを強行しても、志貴は許してくれるだろう。そういう風

に決めた、今決めた。



「これからはどうするの? 死徒を狩るつもりなら、白翼公派からにしてくれるとありがた

いのだけれど」

「何も決めてないわ。元々、私の生は目的のあるものではないし……そうね、千年城にでも

帰ってから、落ち着いて考えてみる」

「特に予定がないのだったら、私の城に来てはいかが?」

「私が貴女の世話になる理由は、ないのだけれど……」

「妹の面倒を見るのは、姉の役目よ」



 アルトルージュの『妹』とか『姉』とかいう言葉に嫌そうな顔をして、動きを止めた。一

瞬、眼が宙を動いたところを見ると、どうにかして誤魔化す手段を考えてみたようだが、そ

うはいかない。



「そう言えば、まだ約束が果たされていなかったわね、アルクェイド。まさかとは思うけれ

ど、この私の前で約束を反故にしようだなんて、許しませんからね」



 元々、吸血鬼などの精霊の類は、契約や約束などに大きく縛られる。その上、その存在か

ら血と契約を支配するアルトルージュとの約束は、絶対と言ってもいいほどの強制力を持つ。

アルクェイドとて吸血鬼の頂点とされる真祖の姫君……位としては下のアルトルージュの術

ならば、破ろうと思えば破れるのだが……そこには、自分が契約を反故にしたという事実が

残り、その上でアルトルージュを逃がしてしまえば、彼女は一生裏世界の笑いものになるだ

ろう。そして、そうなることをアルクェイドのプライドは許さなかった。



「…………姉、さん」

「聞こえない、小さいわ。もう一回」


「姉さん! アルトルージュ姉さんっ!!」

「いい響きね……」



 うっとりと目を細めながら、アルトルージュはアルクェイドを抱きしめた。身長の関係か

ら、アルトルージュの方がしがみつくような形になり、妹を抱きしめる姉、というよりは、

姉にじゃれ付いている妹といった構図だったが、何かに耐えるような、しかし、100パー

セント嫌悪なのではないアルクェイドの表情を見る限り、どちらの立場が上なのかは部外者

にだって理解できるだろう。



「今までできなかった分、これからはたくさん貴女を愛でることにするわ。仲のいい姉妹っ

て何をするのかしら……アルクェイド、貴女、知らない?」

「姉……さんの知らないことを、私が知っているはずないでしょう?」

「それもそうね……じゃあ。二人でその辺りを調べるところから始めましょうか。とりあえ

ずは、私の城に来てもらうわ。話したいことが、たくさんあるのよ?」

「あの人間のこと、少しだけ聞きたいわ」

「志貴のことなら、七日七晩かけても語れないわ。とてもとても長い話になるけど、それで

も構わない?」

「構わないわよ――」





「――私にもようやく、時間というものができたんだから」