風芽丘 School Days 第1話














「背中が煤けてるぞ、相川。恋でもわずらってるのか?」

「…………良く分かったね。そんなに分かりやすいかな?」



 特にどうということもなく問うた言葉だったが、聞かれた本人がそんなマジな返答をしてきたこ

とによって、彼、端島大輔の運命は決定された。一瞬だけ静まり返った教室の中にいる同級生は須

らく、彼らの会話に耳を傾けている。



 大げさな……と、大輔は思うが、返答した方の男子生徒、相川真一郎の注目度を考えれば、それ

も決して不自然なことではない。



 真一郎は、まあ、色々な意味でモテる男だった。芸能人でも何でもない人間にしては、冗談のよ

うな規模のファンクラブなんて存在しているし、その人気は年上、同級生、年下、同性異性を問わ

ず幅が広い。正確な数までは知らないが、このクラスにだって真一郎を狙っている人間は、それこ

そ同性異性を問わずにいることだろう。幼馴染で一緒にいることの多い鷹城唯子が相当にハイレベ

ルなせいもあって、実際に真一郎にそういった相手がいたことは、大輔が知る限りないはずだった。



 それだけに、その相川真一郎の彼女ができる……かもしれない、というのは実に、ゴシップ好き

な学生達の間では、格好のネタだったのだ。中には本気で苦虫を噛み潰したような顔をしている女

子男子がいるが、彼らがどう思って何をしようと大輔には関係ないので無視することにした。自分

の目の前で『何か』が展開されるのでもない限り、彼は無理に他人に関わったりはしないのである。



「……聞いた方がいいか? その、お前の意中の相手」



 いいか? とは聞いたが、大輔のその質問は九割以上義務から発生したものだった。ここで関わ

るのが面倒くさいなどと考え、回れ右などしようものなら、向こう一年はこの学校で肩身の狭い思

いをすることになる……そんな教室中から発生するプレッシャーを感じ取れるくらいには、大輔も

空気が読めるつもりだった。



「うん……まあ、聞きたい?」



 小首を傾げ、不安そうに問うてくる真一郎に、大輔は『ああ』と、だけ答えた。本当は真一郎が

誰と付き合おうが知ったことではないが、大輔だって命は惜しい。



「あのね……神咲さんなんだ。風芽丘の」

「神咲って言うと同級生の神咲和真か? それとも一個下の神咲北斗か」

「…………どうして男ばっかりなんだよ」

「お前ならそれもありかと思ってな……冗談だって、そんな顔するなよ」



 明らかにむっ、とした様子の真一郎には平謝り、周囲からのプレッシャーが一際強くなったこと

と、それによって流れる背中の冷や汗を意識しながら、大輔は続けて、



「そりゃあ男まで考えに入れた俺も悪いだろうが、神咲なんて答え方したお前だって悪いぜ? お

前がどの神咲のこと言ってるのか知らねえけど、うちだけでも神咲は七人もいるんだぞ。名前まで

言えっての」

「十六夜さんだよ、三年生の」

「十六夜……あぁ、神咲の姫さんか」



 風芽丘にいる神咲の内訳は、男が二人に女が五人。その何れもが美男であり美女であり、ついで

に何がしかの武術を嗜んでいるという、スポーツ強豪校の風芽丘にあっても、十二分に目立つ一族

だった。



 その中でも、神咲十六夜という女性は異質である。神咲宗家の出身ではないらしいが(神咲の詳

しい家庭事情を知っている者が、風芽丘内には神咲一族以外におらず、また、彼らがあまりその辺

の事情を語りたがらないため、大輔を含む他の生徒は三年の神咲薫と二年の神咲和真が姉弟である

ということ以外は、何も知らない)、大所帯の風芽丘神咲一族のまとめ役であり、ロシア系とのハ

ーフらしく、その金髪碧眼、彫りの深い顔立ちは美男美女揃いの神咲一族の中でも一際一目を引く。

おっとりした面倒見のいい性格だが、スタイルは良く背も女性にしては高い。部活には所属してい

ないが、幼い頃から嗜んでいる合気の腕前は、全国クラスの護身道部のレギュラ―と勝負をしても、

引けは取らないと聞く――



 ――当然、男にもモテるのだが、その纏う雰囲気が神々し過ぎるせいもあって、今まで異性と浮

いた話の一つも持ち上がっていない。ファンクラブのある真一郎とはまた別の意味で高嶺の花な女

性だった。ちなみに男子の間で非公式に行われている人気投票では、一年のリスティ=C=クロフ

ォード、二年の神咲那美と共に熾烈なトップ争いを何度も繰り広げている。



「しかし……なんでまた姫さんなんだ? しかも今更」

「この間、初めてじっくり十六夜さんを見る機会があったんだけどさ、その……一目ぼれかな、恥

ずかしながら」



 えへへ、と照れくさそうに笑う真一郎は、本当に幸せそうだ。今の生活にはそれなりに満足はし

ているが、そこまで幸せではない大輔には、その笑顔は何となくどつきまわしてやりたくなるよう

な感があったが、いまだに消えないプレッシャーは、彼を仕事しろ、とせっついてやまない。


「告白でもすんのか?」

「…………話が飛躍しすぎじゃないかな」

「ライバルが多いんだから、早い方がいいってのは理解できるだろ? 片思いでぼ〜っとするのが

いいんだったらそれでもいいが、それ以上を望むんだったらさっさとアタックしとけよ。そうじゃ

なくたってお前には何かと柵が多いんだからよ、ここらで一つの区切りをつけるのも、まぁ、悪い

話じゃないと、俺は思うんだが……」



 プレッシャーは徐々に収まっていく。神咲派なのか、相川派なのか……一部の人間は視線で射殺

さんとするかのように大輔を睨みつけているが、大体の連中は話の展開に満足してくれたらしい。

他人の恋愛なのだから、面白ければそれでいいのだろう。明日辺りは、この風芽丘はこの話で持ち

きりになるに違いない――





 ――なら、話の展開は早い方がいいだろう。





「じゃ、今日の放課後にでも告白いってみようか」

「だから急すぎだって。俺にだって心の準備が……」

「ぐだぐだ悩んでもいいことねぇぞ? そうだな……高町先輩にでもメッセンジャー頼むか。今か

ら手紙なんて書いてたら間に合わねぇだろうし、自分で呼びに行くってのも間抜けだしな。あの人

なら二つ返事でOKしてくれるだろ」



 真一郎の通う道場のつながりで大輔も面識のある、鉄面皮の先輩の顔を思い浮かべ、苦笑する。

付き合いのない人間には知るべくもないことだが、あの人はあの人で相当に悪戯好きだ。弟分の真

一郎が告白するなどと知らせれば、メッセンジャーどころか最適な会場のセッティングから、その

時の人払いまで、頼まなくてもやってくれるだろう。



「そんなことにあの人巻き込まなくても……」

「高町先輩だって、こういうことには絶対に飢えてる。そりゃあ、お前だって知ってるだろ? 先

輩なら姫さんとも同学年だし、言うことはねぇって」

「いや、俺はそれよりも、その後に高町一派その他に絡まれることを心配してるんだけど……」

「心配するより感謝しろよ。成功しても失敗しても、翠屋でただで飲み食いってのは確定したよう

なもんじゃねぇか。あ、俺はその愉快な催し物には絶対参加するから、席は何が何でも空けておけ

よ」

「……大輔、もしかしてそっちの方が目当てなんじゃないか? 最近、結構貧乏だって言ってたよ

うな――」

「じゃあ俺はひとっ走り三年の教室に行ってくる。お前も来るか? 来いよ。俺一人で三年のエリ

アに行くの、正直不安なんだ」

「俺の気のせいかな、今のお前、すごく楽しそうなんだけど……」

「そう見えるか? いい勘してるな、その通りだ」



 真一郎の手を引いて、強引に立ち上がらせる。武術の心得のある真一郎だったが、小柄な分単純

な腕力では大輔に分が在る。『これでいいだろ?』と教室を見回して、非難の雰囲気がないことを

確認すると、大輔はろうかに飛び出してひた走ったのだった。






















「高町先輩、一つ聞いていいっすか?」

「少しまて……よし、繋がった。いいぞ、なんだ?」

「俺は頭悪いんで良く分からないんっすけど……盗聴ってのは犯罪なんじゃなかったですかね」



 言われて、なにやら小さな機械を操作していた高町恭也の動きがぴたり、と止まった。いつもど

おりの無表情のまま、しばし黙考し、



「遊びで済ませられる範囲だろう。大丈夫なのではないか、と推察するが」

「その根拠って、聞いてもいいっすか?」

「俺の家では盗聴器など日常茶飯事だ。俺が捕まるとなれば、うちの母などはとっくに捕まってい

る。だから、問題はないはずだ」

「翠屋のマスターが盗聴してるなんて、あんまり想像できないんっすけど……」

「俺限定の盗聴だからな。一般客にしている訳ではない。家族も面白がってそれに群がるものだか

ら、俺のプライバシーなどないに等しいが……そのお陰で俺もこういった技術が身についたとも言

えるが……どうしたものかな、端島」

「俺にはよく分かんねぇっすよ。でも……」



 大輔は手すりから身を乗り出して、眼下で落ち着き無くうろうろしている真一郎を見やる。



「女を待ってる男って、こうして傍から見ると間抜けっすよね」

「言ってやるな。相川もアレで真剣なのだろう。俺達だけでも温かく見守ってやらんでどうする」

「あそこに盗聴器がないか、まで調べてましたけど……他にも聞いてたりする奴がいるんすかね?」

「お前達にこの相談を持ちかけられた後、俺の学年にまで噂が広まっていたからな。『あの相川真

一郎が、神咲の姫に告白をする』、と。やはりと言うべきか、本人は欠片も気づいていないようだ

ったが、そんな面白いイベントを、月村その他が見逃すはずがない。奴等なら、俺の裏をいくらで

もかいて、あの場を把握することだろう。神咲本人にでも盗聴器をつけて、後で回収でもすれば、

問題は無い訳だからな……」

「姫さんだって武術の達人って聞いてますけど……そんなことできるんですかね?」

「奴らの中にも同じくらいの達人はいる。仕掛けて、回収するだけだったら簡単ではないが、難し

くはないはずだ」

「才能の無駄使いって……あるんっすね……」

「そうだな。む……その姫が来たようだな。尾行は……ないようだな。一族の誰かがついてくるく

らいはあるかと思ってたのだが……」



 真一郎を探しながら歩く十六夜の周囲には、人影は見えない。元より、人通りの少ない校舎裏だ。

知らない相手から呼び出されでもしたら、護衛の一人でも頼むのが普通とは思うが……相手を信頼

しているのか、それとも有事の際でも切り抜けられる自信があるのか……大輔の勘では、神咲十六

夜はそのどちらでもないが、ともあれ、一人で来てくれたというのは、大輔達デバガメ組にとって

も、実際に告白する真一郎にとっても都合がよい。



「成功しますかね、相川の告白……」

「されたこともしたこともないからな。俺には聊か難しい問いだが……相手の好み次第だろう。い

かに相川が素晴らしい人間であったとしても、神咲の好みに合致しなければ無意味だ」

「姫さんの好みって、どうなんすか?」

「俺に聞かれても困る。神咲の道場には世話になったことがあるが、俺が親しくしていたのはあの

神咲ではない神咲だからな。正直、想像もつかん」

「賭けます? 成功するかどうか」

「成功する方に、樋口を一枚」

「失敗する方に賭けません?」

「相川が告白して失敗する図というのが、俺には思い浮かばんからな」

「賭け、成立しないじゃないっすか」

「俺達は友達思いだということだろう。さて――」



 人差し指を静かに立て、大輔と恭也はイヤホンと眼下の景色に意識を集中した。

















「こんにちは、相川さん」


 先に口を開いたのは、十六夜の方だった。会ったら何から話そうとか、待っている間に色々と考

えていた真一郎は、意中の相手が自分の名前を知っていた、という事実にまず頭の中が真っ白にな

り、挨拶を返す、という単純なことすらできなくなった。地蔵のように固まってしまった真一郎を

見て、十六夜を手を口に当てて上品に笑う。



「何も取って食べたりはしませんから、そんなに緊張しないでくださいな」

「は……いえ、別に、食べられるなんて心配をしてる訳じゃ、ないですけれども……」

「では、何も問題はありませんね。あぁ……でも、いきなりお名前を呼ぶのは、礼を失していたか

もしれませんね。申し訳ありません」



 そうして、十六夜は深々と頭を下げるものだから、気の抜けていた真一郎も、あっという間に正

気に戻る。



「いや! 俺が間抜けだったのがいけない訳で、神咲先輩が悪い訳じゃありませんから、その……

気にしないて、ください……」

「そう言っていただけると助かります……では、お互いが悪かった、ということで、話を進めませ

んか?」



 顔を上げた時には、十六夜はにこ〜、っと柔和な笑みを浮かべていた。幼馴染の鷹城唯子がよく

笑うタイプだから、真一郎は自分では結構、異性の笑顔には耐性がある方だと思っていたのだが、

その笑顔はなんと言うのか……反則だな、と思った。



「そうですね。そうします……」

「それで、ご用件は? 高町さんに、相川さんが呼んでいる、と言われて来たのですけれど……」

「そりゃあ、まあ、用事があって呼んだんですけど……? 神咲先輩って、俺のこと知ってました?」

「それはもう、良く存じておりますよ。この学園で、相川さんのことを知らない人間はおりません

から。クラスの方々も良く噂をしておりますし……とても可愛らしい男性だと」



 やっぱりか……と、内心で肩を落とす真一郎だったが、相変わらず笑顔のままの十六夜は気にし

た風もなく、



「神咲の家にも似た悩みを持った者がいますから、不思議と親近感が沸くのです。神咲北斗……ご

存知ありませんか?」



 知っている。真一郎ほどではないが、二年で一番人気(らしい)の神咲那美の双子の弟というだ

けあって、女顔の同級生だ。彼と顔を合わせた時のあの、周囲の『何かを期待するかのような雰囲

気』が好きになれないので話込んだことはないが、気のいい男だったように記憶している。



「その北斗からも、たまに相川さんの噂を聞くのです。とても、良い方だと言っておりました」

「そうですか……」



 今度、何かお礼はしておこう、と心の中で決意しつつ、話は振り出しへと戻る。『ご用件は?』



 十六夜の方にはもう話を切り出すつもりはないらしく、既に待ちだ。つまり、自分から何かを切り

出さないと、ここから先には進めない。痺れを切らして促してくれるまで待つか、という考えも真一

郎の頭を過ぎったが、目の前の女性はとても我慢強そうだった。根競べでは、明らかに分が悪い。



 どう言うか。正直に言うか、婉曲に言うか……そもそも、思い立ったその日に切り出したのが、

間抜けなのではないのか。悪友の口車に乗せられてここまで来てしまったが……もっと時間を置い

てからの方が良かったのではないか。



 だが、その間に十六夜が他の誰かと付き合うようなことになってしまったら、真一郎はしばらく

立ち直れない自信がある。そういう意味では、背中を押してくれた悪友達には感謝しなければなら

い、分かってはいるのだが……やはり、いざ目の前に彼女に立たれると、言うべき言葉もでなくな

る。



 十六夜の顔を見上げると(残念ながら、身長は十六夜の方が少しだけ高い)、彼女は相変わらず

にこ〜、っと微笑っているだけ。言うしかない、言うしかない、言うしかない……



「あの……その……」



 これでも、待っている間に色々言葉は考えていた。無駄にシミュレーションもしてみた。しかし、

今になってそれらは全て忘却の彼方。言おうと思ったことはすぐに頭の中から消え、口からは意味

のない呻き声が漏れる。



 考えて、考えに、考えて……そうして、真一郎の口からやっと出てきた言葉は――







「俺と、付き合ってくださいっ!!」




























『…………』


 屋上の監視班はその時、絶句していた。

 男女の機微には疎い(らしい)恭也も、大輔の隣で言葉をなくしている。客観的に見れば笑うと

ころなのだろうが……笑う、という行動そのものを体が忘れたかのようで、いかにも具合が悪い。



「勇気ある行動……と、言うべきなのだろうか」

「いや、どうなんすかね。俺は……相川らしいな、とは思いますけど」

「しかし、これで曲解などされずに済むだろう。告白することだけは、まず成功したと言えるが…

…」

「いや、ここで『何処に付き合うんですか?』って展開も、あの姫さんだったらありえるんじゃな

っすかね。そうなったら流石に相川も諦めるとは思いますけど……その時には、賭けは俺の勝ちっ

てことでいいっすか?」

「お前は失敗に賭けなかっただろう。賭けはその時点で不成立だ」

「そいつは残念……って、高町先輩」



 大輔はイヤホンを指で示し、恭也は押し黙る。微妙に不鮮明なイヤホンから聞こえた、最初の声

は――









「いいですよ。貴方とお付き合いします」






















 今度は、真一郎の方が沈黙する番だった。考えに考えなかった末に一体自分は何を言ってしまっ

たのか、と、自分の愚かさを後悔する間もない、十六夜からのその返答。正直、考えたのかどうか

すらも怪しい、そんなタイミングである。



「あ〜……その……マジですか?」

「マジのつもりですけど……相川さんは冗談のつもりだったのですか?」

「まさか! 冗談でこんなこと言えませんよ、俺」

「なら、何もおかしなことはありませんよね? 良かった……私がまた見当違いなことを申したの

かと思いました」



 十六夜は相変わらずにこ〜、と微笑む。大輔達の相当に手の込んだドッキリという線も考えられ

ないではなかったが、真一郎の見る限り、十六夜の笑顔の中に嘘は見えない。



 と、いうことは、だ。本当に、神咲十六夜は、相川真一郎の告白を受け入れた、という訳で……







「どうなさいました?」



 気づいたら、全身の力が抜けて、その場に座りこんでいた。終ってしまえばこんな簡単なことだ

ったのか、と思うことに、相当に神経をすり減らしていたらしい。格好悪いことこの上ない……何

か言い訳でもしようか、と口を開こうとしても、乾いた笑い声しか出てこない。本当、成功してよ

かった。これで駄目だった時には、この年で本気で泣きかねない。



「…………はぁ…………いや、ちょっと、安心して腰が抜けちゃいました…………」

「あらあら……だいじょうぶですか? よろしければ肩を貸しますけれど……」

「のっけから頼るってのも、ちょっとかっこ悪いですからね。好意は嬉しいですけど、少し格好つ

けさせてください」

「では、楽になるまでお傍におります……あぁ、膝枕などいかがですか?」

「是非に」



 断るような理由もない。校舎裏なのであまり綺麗なところではないが、十六夜はそれでも比較的

綺麗な場所を見つけると足を崩して座り、自分の膝をぽんぽん、と叩いた。初めての膝枕にどぎま

ぎしながら、真一郎はずりすり移動して、十六夜の膝に頭を乗せる。人生初めての膝枕は、例えよ

うもないくらいに気持ちよかった。



「いかがですか?」

「大分楽になりました……幸せです。何か、このまま死んでもいいくらいに……」

「告白してすぐに、私を一人にしないでくださいな。それでは私も、悲しくて死んでしまいます」

「俺が今死んだら、神咲さんは泣いてくれます?」

「恋人の死を、嘆かぬ女がおりますでしょうか」

「……今の台詞に、惚れ直しました」

「あらあら。では、もっと惚れ直していただくように努力しませんといけませんね」

「今のままでも十分、神咲さんは素敵だと思いますけど……」

「殿方を退屈させないのが、女の務めと考えます。今の時勢、前時代的とは思いますけれど、これ

だけは譲れませんわ」

「……聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「私に答えられることでしたら、何なりと」

「どうして、俺の告白を受けてくれたんですか?」



 受け入れてくれたことは、勿論嬉しい。しかし、まるでそう質問されることが分かっていたかの

ようなタイミングでの返答は、解せない。



「簡単なことですわ。私は、誠心誠意、私を求めてくれた方についていくと、最初から心に決めて

おりました。今までにも何人か、私に思いを告げてくださった方がいらっしゃいましたけれど……

真一郎様ほどに真摯な方はいらっしゃいませんでした」



 だからです、と、十六夜はまた微笑む。



 まったく、自分は運がいい。十六夜に微笑み返しながら、真一郎は心の中で焚きつけてくれた悪

友に感謝し、心地よいまどろみの中で、小さく息をついた。





















「…………俺、何か自分がとんでもない間抜けに思えてきたんですけど…………」

「気にするな、端島。俺もお前と思いは一緒だ」



 イヤホンを回収して懐に押し込みながら、恭也も憮然として答える。これ以上、あのストロベリ

ートークを聞くことは、精神衛生上よろしくない。告白は成功を迎えたし、これ以上聞きつづける

というのは、無粋というものだろう。どこかで同じく盗聴しているはずの月村達も、そろそろ撤収

して翠屋に向かっているはずだろう。



「俺はこれから翠屋へ行くが、端島、お前はどうする?」

「俺もお供させてもらうっすよ。相川にも来いって連絡は……後でいいっすね。今、あれを邪魔し

ちまったら、馬に蹴られちまう」

「それがいいだろう。母の方には今晩は貸切にするように緊急連絡を入れる。主賓はどうだか知ら

んが、他の参加者は日が変わっても開放はされんだろうから、そのつもりでな」



 幸か不幸か、今日は金曜日で、明日は当たり前のように土曜日だ。誂えたかのように、大輔にも

バイトの予定はない。相当ならんちき騒ぎになっても、対応ができる。



「高町先輩も、どんちゃん騒ぎって好きなんすか?」

「静かに楽しむ方が好みだが、騒ぐのも悪くはない。もっとも、俺は眺めるだけだが……」

「酒、強そうですもんねぇ」

「遺伝らしいな。だが、未成年にはアルコールはでんぞ? 商店の真中で未成年を巻き込んでの酒

乱がばれたら、さすがにヤバイからな」

「その辺はほら……どっかで二次会ってことで……」

「念を押しておくが、集まっている女性に手を出すならば、合意の上でな。酒の勢いで迫ると、地

獄を見るぞ? 精神的にも、肉体的にも」

「…………高町先輩が言うと、真実味があるっすね」

「経験則を言ったまでだ。俺は酔ったあの人達に絡まれただけだが、死ぬかと思ったことが何度か

ある」



 それを語る恭也の顔は、無表情の中にも恐怖が張り付いている……何があったのか、聞きたくて

しょうがない大輔だったが、聞くと、自分まで何かに呪われそうなので、誰何の言葉はぐっ、と飲

み込んだ。君子は危うきに近寄らないのだ。



「んで、一つ気になるんすけど……いいっすか?」

「歩きながらでいいか? 無駄だとは思うが、一応月村達を探さねばならんのでな」

「構わないっすけど……あの二人、末永いと思います?」



 答えなど期待していない、何となくの質問だったが、恭也は早足で歩きながらも律儀に振り向き、



「俺の知り合いの誰に聞いても、こんな内容のことを答えるだろう。『愚問だ』、とな。何なら賭

けてもいいぞ? あの二人が別れるか。俺は別れない方に諭吉を一枚」

「大きく出たっすね……反対の方に賭けません?」

「自分の思ってもいないことには、身銭は割けん。それは、お前も同じだろう?」

「…………まぁ、そうっすねぇ」