すのう・ほわいと 第一話








少しだけ急な坂をロードワークがてら駆けていく。始めた時はその度に死にそうになっ
ていた気がするが、三ヶ月ほど経った今では随分余裕も出てきた。

進歩できている……と、思う。多分これは自惚れじゃなくて、確信だ。

(ほ〜ら、もっと速く走る!)
「シリアスになこと考えてるのに水ささないの。暇だったら、七瀬だけ先に飛んでいって
もいいよ」
(あのね……私は真一郎と一緒じゃないと意味がないの。私を退屈させたくなかったら、
文句言わないで走る!)
「はいはい……」

 七瀬には何を言い返しても無駄だろうと悟って、のぼり坂の残りを一気に駆け上がる。

「お、真一郎なのだ」

門に手をついて休憩を取っていると、後ろから声。振り向いたその先にいたのは、ここ
さざなみ寮の最年少にして破壊王、陣内美緒であった。

「こんにちは美緒ちゃん、お散歩の帰りなのかな?」
「うむ。たった今戻ってきた所なのだ」

 この少女、管理人の耕介からは男嫌いと聞いていたのだが、何故か真一郎には懐いてく
れる。ゲームとかアニメとか子供臭い話もできるし、今ではさざなみ寮の中では一番の仲
良しでもある。

「こんにちは、美緒」

 七瀬が真一郎の中から美緒の背後に現れて、彼女を抱き上げる。真一郎には特別に懐い
ている美緒であるが、七瀬にはそれよりももっと懐いている。どうも、担いで飛んでくれ
うのが、彼女の中では一番のお気に入りらしい。

「七瀬、今日も遊ぶのか?」
「そうね、美緒。シルヴィ君も誘って一緒に遊びましょう」
「では、あちしをベランダまで連れて行ってほしいのだ」
「了〜解。じゃあ真一郎、私は美緒なんかと遊んでくるから、また後でね」

 きゃいきゃい騒ぐ美緒を肩車して、七瀬は二階のベランダまで飛んでいく。遠ざかる二人
の笑い声を聞きながら、残された真一郎は門をくぐり寮の呼び鈴を鳴らす。

「は〜い」

そのまま待つこと数秒、そんな声と共にドアが開かれた。

「やあ、相川君。そろそろ来る頃だと思っていたよ」

ドアから顔を出したのは、見上げるほどの大柄な男性。さざなみ寮の管理人にして真一
郎の退魔道の先輩、槙原耕介である。

「お邪魔します……いや、お邪魔してますかな? 七瀬のやつ、もう美緒ちゃんと一緒に
上がりこんじゃってますから」
「またベランダからかい? それじゃあ、薫に見つかる前に泥とか片付けておかないとな」
「神咲先輩、ご在宅ですか?」
「いや、十六夜さんと一緒に散歩行ってるよ。臨海公園まで行くとか言ってたけど……」
「じゃあ、待たせてもらっていいですか?」
「構わないよ、ちょうどお茶にしようと思ってたんだ。相川君にもご馳走するよ」
「では、遠慮なく」

 耕介について居間へ。元々準備をしていたのか、居間には既に紅茶の香りが広がってい
た。

「お、相川少年か……よく来たな」

ウェッジウッドのカップを片手に寛いでいた真雪が、肩越しに振り返る。大人な雰囲気
を持っている真雪がやると様になる格好だが、もう片方の手に持っているのが煎餅のため、
色々な意味でぶち壊しになっていた。

「真雪さん、今日は起きてるんですね」
「あたしだって毎日寝てる訳じゃねえよ。たまには生き抜きしねえとな」
「真雪の場合、息抜きとグータラと締め切りの繰り返しだよね」

銀髪に碧眼、日本人離れした風貌に薄い笑みを浮かべた少女が湯のみを置いて真雪をか
らかう。

「槙原、こんにちは」
「ハイ、相川先輩。真雪も先輩みたいに規則正しい生活を見習った方がいいんじゃないか
な」
「うるせえな。あたしはあたしで幸せなんだから、これでいいんだ」
「運動でもしてみますか? 何だったら俺が付き合いますけど……」

控えめに言い出す真一郎に真雪は、逡巡もせずに首を横に振った。

「今日は運動な気分じゃねえな。どうしても運動してえんだったら、耕介かバ神咲にでも
付き合ってもらえ」
「そんなこと言ってると、あっという間に太るよ」
「んだと……坊主」

 昔の杵柄を生かしたドスの聞いた声を出つつも、真雪の手はキープしておいた煎餅に伸
びる。だがその手が触れる直前、煎餅はまるで手品のように消えて失せた。

「過食も不可だ」

『引き寄せ』た煎餅をかじりながら笑うリスティに、本気で切れかける真雪。臨界点を
感じ取った真一郎と耕介は、逃げの体勢を作るために腰を浮かしかけたが、真雪は何を思
ったのか、余裕すら感じさせる動作で再びソファに座りなおした。

「…………怒らないん、ですか?」

 てっきり地獄絵図が繰り広げられうと思っていたたけに、真一郎は戸惑いを隠せない。
普段であれば、それでも鉄拳がすっ飛んできそうな質問なのに、それに答える真雪は爽や
かな笑顔を浮かべていた。

「まあな、いいことがあったし」
「いいこと……ですか?」
「ああ。そう言えば漫画の原画集が予約、結構はいったとか言ってましたね」
「へえ……すごいですね、真雪さん」
「別に凄かねえよ。ゆうひなんか歌でもっと売れたんだぞ。儲けではおそらくあっちの方
が上だな」
「へえ……それだったら――」

 奢ってください。真一郎はそう続けようとしたのだが、その声を呼び鈴が遮った。それ
で会話自体が中断され、全員の視線がリスティに集まる。

「宅急便みたいだよ。ハンコは……そっちの棚の中」
「サンキュ、リスティ」

 特別することもなかった真一郎は、受け取りのために席を立った耕介についていく。

「え〜と、槙原耕介さん宛てですね」
「あ、はい……と、ご苦労様です」
「ありがとうございました」

耕介は受け取ったダンボールをその場に置いて、荷札を見る。

「鹿児島県鹿児島市、神咲和音……薫の実家、しかも宗主様直々か」
「薫さんの実家ですか? 俺も一応門下生のはずに一度も行ったことありませんけど…
…」
「俺だって行ったことはないよ。さて……結構重いな。中身は――」
「泥つきの野菜に手紙が三通と、さらに小包かな。手紙は耕介と愛宛て、十六夜姉弟宛て、
薫宛て……最後の小包は相川先輩宛てになってるよ」

 力を使って調べたのか、ダンボールを開けもせずにリスティは中身をすらすら言っての
ける。神咲の宗家から自分宛に小包……全くと言っていいほど覚えのないことに、真一郎
は首を傾げた。

「見てみる?」
「お願いするよ」
 一応、目で耕介の了解を取ってから、リスティは真一郎の掌を指し、ダンボールの中か
ら小包を『引き寄せ』る。大きさの割には、結構重い。振ってみると、かちかちと金属の
触れ合う音がした。

「少年、開けてみろ」

 一人になってはすることもないのか、肩越しに小包を覗いた真雪が真一郎を促す。

「ちょっと待って下さいね……っと」

 ガムテープをべりべりはがして、ぱかとダンボールを開ける。最初に目に付いたのは、
小奇麗な感じのする封筒だった。裏返して差出人を見ると、神咲和音とある。神咲に入門
する旨も薫を通してしか伝えていないから、これが真一郎にとっては初めての宗主とのコ
ンタクトになる。

 とりあえず、その手紙は後で読むことにして――それでも腫れ物に触るように丁重に手
紙をどかすと、その下にあったのは――

「篭手だな……」
「篭手ですね……」

 それは、もはや光沢を失った金属で造られていた。造りはとにかく古めかしく、その表
面には不可思議な文様が刻み込まれている。退魔の道に入ってまだ日の浅い真一郎でも一
目で霊的な品と分かるほどの雰囲気を、その篭手は持っていた。

 自分宛ての小包に入っていた以上、普通に考えればこの篭手は真一郎に任されるはずで
ある。値が張りそうだし、間違ったことがあってはいけないと、真一郎は手に持ったまま
だった手紙の封を切り、その中身に目を通した。

「…………へえ、この篭手くれるのか。宗主様も随分気前がいいね」
「いいんでしょうか? こんな高そうなものもらって……」

 何しろこちとら、高校生である。不安げに問いかける真一郎に、しかし耕介は大きく頷
いて見せた。とにかく貰っておけということなのだろう。

 まあ、貰って困るものでもないし、壊しさえしなければ大丈夫だろうと、真一郎はダン
ボールからその篭手を取り出し、自分の手に装着してみた。こちらに向けて翳された耕介
の手に二三度、軽く打ち込んでみる。

「どうだい? そいつの調子は」
「俺、今御剣のお下がりの篭手を使ってるんですけど……それよりも随分馴染みますね。
何だか、昔から使ってるような感じがします」
「手に合うんだったら良かったじゃないか。早速、今日の鍛錬から使ってみるといいよ」

 自分達宛てらしい手紙を懐に収め、耕介はリスティに向き直る。

「リスティ、愛さんを呼んできてもらえるか? 買い物に行くからって」
「僕もついていっていい?」
「もちろん、構わないよ」
「うん。じゃあ、大急ぎで行ってくるね」

 年相応の笑みを浮かべて、リスティが寮の二階に引っ込む。荷物の中身が全て知れて興
味も失ったのか、真雪は居間に戻って茶のみを再開している。

「……さて、俺はこれから買い物に行くけど、相川君はこの手紙を十六夜さん達に届けて
くれないかな? 後、俺達が買い物に行ってる間、美緒の面倒見てくれると嬉しいんだけ
ど……」
「いいですよ。神咲先輩が帰ってくるまでの間でもよければ」
「ごめん、お願いするよ」

耕介は真一郎に軽く頭を下げると、自分の部屋に戻っていく。自分に当てられた仮部屋
(泊まる時に使っている102号室)に篭手を放り込むと、渡された手紙を持って階段を上
る。

「真一郎様!」

だが階段を上りきるよりも早く、半泣きのシルヴィが飛びついてきて、背中に隠れた。

「待ちなさい! シルヴィ君!!」
「待つのだみかりん!」

 その尋常ではない怯え様に真一郎が問いかけるよりも先に、その原因(確定)である七
瀬(美緒付き)が飛んで来て、こちらは真一郎の目の前で止まった。

「七瀬……シルヴィ怯えてるよ。何したの?」
「ただ遊んでただけよ。そしたらシルヴィが駄々をこねて逃げて――」
「嘘です、違いますからね真一郎様! お二人が僕に何も言わずにじゃんけんをしようと
いい始めて、それで僕が負けたからって僕の服を脱がしにかかってきたんです!」

 最後の方は、もはや涙声だった。忘れてならないのは、泣いているのが少年で、嬉々と
して追っていたのが少女ということである。しかも、この場にいる誰よりもこの泣いてい
る少年の方が年上……のはずなのだが、その少年が一番か弱く見えてしまうのは、どうし
てなのだろうか。

 深々とため息をついて、真一郎は少女二人を見やる。

「人をいじめちゃ駄目でしょう? 遊ぶんだったら楽しく。七瀬は一応……あくまで一応
はお姉さんなんだから、美緒ちゃんのお手本にならないといけないよ」
『は〜い』

 元々悪乗りでやっていた手前、その返事も素直だった。

「さて、シルヴィと十六夜さん宛てに手紙だよ。神咲先輩のお祖母さんから」
「和音様から!?」

 涙顔から一転、笑顔になるシルヴィ。手紙を渡してやると、挨拶もそこそこにシルヴィ
は薫の部屋へと消えて行った。

「その手紙って、真一郎にも来たの?」
「来たよ。それと一緒に退魔用の篭手を貰ったから、これから鍛錬をしようと思うんだけ
ど、七瀬手伝ってくれる?」
「いいけど……他に誰もいないの?」
「耕介さんはこれから出かけるみたいだし、真雪さんは今動きたくなさそうだったから」
「いいわよ、付き合ってあげる。美緒は――」
「あちしは猫達と遊びながら真一郎達を眺めることにするのだ」
「ちゃんと離れて見るようにね、危ないから」
「分かってるのだ。では、先に行ってるのだ〜」

 猫であるが脱兎のごとく、美緒はベランダに向かってすっ飛んでいく。状況から考えて
そこから飛び降りたのだろうが、彼女の反射神経ならまあ大丈夫なのだろう。

「さあ、今日はびしばしいくわよ」
「お手柔らかにね。七瀬の『びしばし』ほんとに厳しいから」

 答える真一郎は、苦笑している。ついこの前は、念動で操った小石を四方八方と言わず、
三百六十度全方位から飛ばされた。その前は、体ごと持ち上げられて、鍛錬どころではな
かったような気がするし、さらにその前は性能の限界に挑戦するとか言って、彼女の動か
すよく分からない人形と格闘されられた記憶がある。

 それらが本当に鍛錬になっているのかどうか知れないが、少なくとも薫の課すものと同
程度には大変だった。それでも、それなりには楽しいし……七瀬も関わってくれるのだか
ら、真一郎からは感謝こそすれ文句を言うことはない。

 一階に放った篭手を回収し、七瀬と共に外へ。縁側では、友達である猫と一緒の美緒が
真一郎達の鍛錬が始まるのを楽しそうに待っている。薫なら遊びじゃなか、とか言って追
い払うのだろうけれど、真一郎にはギャラリーがいるくらいがちょうどよかった。

「じゃあ、始めようか七瀬」

 正面に辺りの小石を回収して嬉々としている七瀬を見据えて、構える。ノルマは薫が帰
ってくるまで、とりあえず動けるような状態でいること。今までの状態を考えるとそれも
難しいような気もするが……これを乗り切ることができたら、今日少しくらいは幸せにな
れそうな気がする。






 結局、薫が思いのほか早く帰ってきてくれたおかげで、とりあえず動けるまま七瀬との
鍛錬を終了することはできた。その代わり、その後の薫との鍛錬でたこ殴りに近い一方的
な展開になってしまったのは、まあ、お約束である。

「ただいま…………って、これまた随分と消耗してるね、相川君」
「神咲先輩がお強いので……滅多打ちにされましたよ」

 滅多打ちにされながらも、薫にもいくらか傷を負わせた。真一郎よりも消耗していない
し怪我も少ないが、薫に傷を負わせられるようになったのは、彼の努力の賜物である。

「薫は相川君の腕前、どう思う?」
「まだまだ荒削りですが……それでも、退魔師としての資質はあると思いますよ」
「でもやっぱりまだまだですね。神咲先輩も手加減してますし、俺としてはせめて四本に
一本くらいは取れるようになりたいです」

 よっと声をあげて起き上がると、それまで縁側に座って薫との鍛錬を眺めていた七瀬が
寄ってきて、もはや彼女にとって定位置と化した真一郎の横に立つ。

「あれ? 耕介、どうしたの? なんか微妙な顔してるけど」
「そう言えばそうですね。出先で何かあったんですか?」
「そうなんだよね。今日の晩飯で薫の実家から送られてきた大量の野菜を使うために、食
料品を見に行ったんだけど……リスティの服とかその他の買い物とかして、貰った福引券
で福引をやったんだ。そしたら――」
「なんと、海産物が六万円分も当たったんだ。食材を減らすどころか、増えちゃったね」
「当たった海産物の方は薫の実家にお裾分けするとして、それでも新鮮なうちに料理する
には大変な量になってしまったから、相川君悪いんだけど、メニュー考えるの手伝っても
らえないかな?」
「お安い御用ですよ。俺も得意分野くらいでは活躍しないと」
「でも……お魚にお野菜、これでお肉も揃ったら完璧ですね」
「愛さん、いくらなんでもそこまで都合よくはいきませんよ」

 ははは、とさざなみ寮の庭に昔のアニメのような笑い声が響いた。


 だが、その日の夜――








「真雪……お客さん」

居間のテーブルに陣取って、耕介や寮生と共にあ〜でもないこ〜でもないとメニューを
考えている時、それは来た。

「あたしに客? 誰?」
「さあ。僕は知らない人だけど、心当たりある?」
「別にこれといったことはなかったような気がするんだが……」

首を捻りながら居間を出て行く真雪を追って、その客に興味のあった連中(真一郎など
の学生組)はドアの影からこっそりと顔を出す。玄関に立っていたのは五十からみの中
年男性で、彼は真雪を見ると気の良さそうな笑みを浮かべて見せた。

「おう、まゆちゃん。久しぶりだね」
「あたしに客だっつうから誰かと思ったら、おやっさんじゃないの。どうした、こんなと
こに」
「うちのから聞いたんだけど……まゆちゃん、たかちゃんと一緒に柄の悪いの追い払って
くれたんだって?」
「ああ……そう言えばそんなこともしたな。まあ、人の食事の邪魔なんてしやがるから、
当然のことしたまでさ」
「その話聞いてさ、俺は久々に感動したよ。あの極道者だったまゆちゃんが、俺の店を助
けてくれるなんざ……」

 その時の感動が蘇ってきたのか、親父さんは少し涙ぐんでいる。少しばかり直情径行が
過ぎるかもしれないが、このような性格の方が真雪とは波長があうのだろう。その様子に
困っているようではあるが、現に真雪も悪い気はしていないようである。

「こんなとこで、泣くなよおやっさん。あたしもタカも飯を邪魔されてムカついたからや
っただけなんだ。感謝される筋合いはないって」
「いや、それじゃあ助けてもらった俺の気が済まねえ。てな訳で、あんまり高い物じゃな
くて悪いが、こいつを受け取ってくれや」
「ん? …………こ、これは!!」

 親父さんの差し出した包みを目にして、それまで眠たそうにしていた真雪の目が、驚愕
で見開かれる。その驚きを代弁するように、ドアの影にいた真一郎達を押しのけて、その
包みに突進する黒い影。

「上等の肉の臭いがするのだ〜!!」

 そのまま食べるでもないだろうが、黒い影はそのまま包みに向かってジャンプする。だ
が――

「うるせえ、バカ猫」

 無感動にそう言い放った真雪の手刀によって、包みに向かって突進する黒い影はそのま
ま撃沈され、さざなみの床に沈んだ。そのまま真雪は、何事もなかったかのように、改め
て親父さんに向き直る。

「……おやっさん、こんなもん貰っちまっていいのか?」
「言ったろ、こいつは俺の感動したお礼だ。遠慮するこたぁねえ」
「すまんね。じゃあ、遠慮なく貰っとくよ」
「おう。じゃあな、まゆちゃん。今度来る時には割り引きしてやっから、早く彼氏作んだ
ぞ」
「そいつは大きなお世話だよ。おやっさんも、体に気をつけて」

 真雪の気のいい悪態を受けつつも、親父さんは笑顔で帰っていた。真雪は、彼女にして
は珍しく優しげな笑顔で親父さんの去っていた余韻に浸っていたが、振り返り、覗いてい
たメンバーの中にいる真一郎を見て、あ、声をあげる。

「……そういや、食いもん減らす話をしてたんだった……っけか?」
「いや、貰ってしまった物は仕方ないと思いますけど……」

 いまだ手刀のダメージにうめいている美緒は真雪が抱えて、一同は居間に戻る。中央の
テーブルに音をたてて置かれた肉を見て、さざなみ寮緊急調理班の相川真一郎と槙原耕介
は揃ってため息をついた。

「どう軽く見ても……二キロはありますね」
「ああ。しかも、美緒の鼻の通り上等の肉のようだ……」
「普通は上等な食材が手に入ると、嬉しいはずなんですけどね」
「俺もそうだけど、さすがにここまで量が増えちゃうといかんともしがたいな」
「真雪さんとゆうひさんの頑張ったね祝賀会ですけど、さざなみ寮の庭に特設会場を設置
してガーデンパーティにするのはどうでしょう?」
「いい案かもしれないけど、パーティにした所で食べる人数が変わる訳じゃないからね。
しかも、一度調理するとさらに保存がきかなくなる」
「ねえ、困ってるなら私にいい案があるんだけど」
「それだったら、あたしにいい案があるけど」
「言ってくれ七瀬。使えそうだったらこの際何でも採用するから」
「瞳達の祝賀会やるんだったでしょう? その日程を繰り上げて、ここで一緒にやればい
いじゃない?」
『…………』

それまでぼ〜っと遣り取りを眺めているだけだった七瀬の発言に、男二人は黙って顔を
見合わせた。

「……相川君、ちなみにその時の戦力はどれくらい確保できる?」
「まず主賓の瞳ちゃん、唯子、ななかちゃん。それから……小鳥と御剣と弓華……あとは
さくらくらいですかね」
「唯子ちゃんに御剣さん、弓華が参加してくれるのは大きいな……」
「小鳥も召還してここで何か作らせれば、料理のヴァリエーションもぐっと増えます」
「ああ……これで何とかなった。小鳥ちゃんには明日にでもここに来てもらって」
「パーティの決行は明後日にしましょう」

 二人の料理人は立ち上がり、がっちりと握手を交わした。