すのう・ほわいと 第2話 (改定版)











「ねぇ、持っていくのこれだけでいいの?」
ここに来る途中に調達したケーキの箱を持ち上げて、瞳が言った。
「いいの。元々、食材が集まりすぎて困ってたくらいなんだから…」
「多い分には困らないわよね。鷹城さんや御剣さんがいるから」
宴会当日、耕介や小鳥の奮闘で準備も滞りなく終わり、さざなみ寮では現在、耕介が頑
張ってセッティングをしている。
のんびり景色を見ながら歩いている自分を意識すると、彼が不憫でならない。
「今日の御飯は真一郎も作ったの?」
「うん…でも、どっちかって言うと、手伝いな感じかな。耕介さんの方が量も多いし、
美味しいと思うけど」
「いいのよ。真一郎が作ったっていうのが大事なんだから…それより―」
真一郎の隣りを歩いていた瞳は少しだけ歩を進め、振り返った。
「この景色…いいと思わない?」
二人が今いるのは、さざなみ寮近くの高台。海鳴市が一望できる小高い場所で、百円を
入れて見るタイプの望遠鏡も設置してある。
真一郎は柵に近付いて身を乗り出した。
真一郎も好む寂しくも派手でもない町の風景の中には、自然が多い。
そんな海も山も町も…さながら一枚の絵画のように調和している。
「うん、綺麗な景色だよね。俺、子供の頃からここにいるけど、いまだにそう思うよ」
「いい物は何時見ても色褪せない物よ。私は…こんな風景好きだな…」
「ねぇ、ちょっと時間あるかな」
そんな時間に水を挿す無粋な声に瞳はいかにも面倒くさそうに振り返った。
真一郎も振り返って見やると、風芽丘ではない制服を着た高校生らしい男が二人。
景色を鑑賞するような雰囲気ではない。目当ては明らかにナンパだ。
「こんな所に美人がいるんだもんな。運がいいな、俺達」
「急いでいますので、失礼します」
安っぽい笑顔を浮かべて話を繋げようとする男を完璧に無視して、瞳は真一郎の手を取
るとさっさと歩き出した。
無視されたにも関わらず―それともそんなことはどうでもいいのか、二人の男はめげず
に真一郎達を追って、その前に回りこんだ。
「そんな邪険にしないでよ。ちょっと時間を―」
「私達はそこまで暇じゃありません。邪魔ですからどいてください」
「だからさ―」
その時、馴れ馴れしくも瞳の方に片方の男の手が触れると―
「…あ?」
何が起こったのか理解できないまま、男の世界は逆転した。
瞳が男の手を取って、その背中を転がすようにして放り投げたのだ。
「――――!」
男はそのままコンクリートの地面に手加減なしで叩きつけられ、声も上げられずに悶絶
している。
「それじゃあ、行きましょうか」
そして、何事も無かったかのように歩き出そうとする二人の前に残りの男が回りこんだ。
「瞳ちゃん、この人怒ってるみたいだけど…」
「そのようね。理不尽だけど…」
瞳はふいに真一郎から目を逸らした。二人の時(七瀬が一緒の時もそうだ)に、こんな
手合いに遭遇した時の合図だった。
「しょうがないな…」
真一郎はため息をついて男に近寄ると、問答無用でその顎を突き上げた。
男はなす術もなくそれを食らってきりきり舞うが、倒れないのはやられ役の根性か。
そんな男の鳩尾めがけ蹴りを放つと、男は瞳に倒された方の男に躓いてひっくり返った。
二人揃って仲良くうめいている男を眺めてから、真一郎と瞳は目を合わせた。
「耕ちゃんはどんなデザート作ったの?」
「あ、それ内緒にしろって言われてる。瞳は絶対その質問してくるからって」
「読まれるのは悔しいわね〜。いつから耕ちゃんそんなに凄くなったのかしら」
「退魔道の修行を積んでからじゃないかな…」
既に二人の頭の中からは、この男共のことは過去のことになっていた。










「七瀬さんはどうしてるの?」
「さざなみ寮から出かける前は不貞腐れてたよ。瞳と浮気するなだって」
「もう…私が正当な話し合いの末に得た権利なのに、往生際が悪いわね」
その正当な話し合いがどのようなものか、真一郎は知らない。
七瀬も独占欲が強い方ではないが、真一郎が自分以外の女性と二人きりになるのはやは
り抵抗があるようで(特に瞳が一番強い)、出かける前はそれはもう機嫌が悪かった。
瞳とパーティの買い物をしている時はそうでもなかったのだが、さざなみ寮が近付くにつれて
その表情がフィードバックされてきたのだ。
「また何か無茶な注文つけられるのかな…」
守護霊の時の一件以来、七瀬は急速にさざなみ寮のメンバーと打ち解けたため、当然と
言うかなんと言うか、真雪やリスティとも仲良くなった。
普段は三人で真一郎には良くわからない話をして過ごしているらしいが、ふと暇になる
と、彼女らは真一郎で遊ぶのだ。
「真一郎を女装させて遊んだりとか?」
「それは…もうやられた…」
「…見たかったな…」
「瞳ちゃん、頼むからあの三人の中に加わったりしないでね。これ以上人が増えたら俺、
 かなり落ち込むかもしれない…」
「真一郎の頼みとあればしょうがないけど…見たかったな〜」
無用に好奇心を煽ってしまっただけのようだが、瞳はそれ以上言及してこなかった。
「ねぇ、真一郎。今日のパーティの出席者って私の知ってる人だけよね?」
「う〜んと…そうだね」
一応、祝賀のパーティなので関係のない人間は一人も呼んでいない。
瞳は両方のサイドに顔が利くので、彼女にすれば出席者は全員身内である。
「じゃあ、あの娘誰かしら?」
そう言って、瞳は道の先を目で示した。
年は自分よりは上のような気がするが、少女―そう言っても差し支えない雰囲気の女性
だった。
白いお嬢様のような服に、小さな毛玉のついたハンチング帽。
腰まで届く長さの髪が、その少女が歩くたびにゆらゆらと揺れている。
「…さあ、誰だろう?」
少なくとも、この少女の記憶は真一郎になかった。
寮の誰かが呼んだ可能性もない訳ではないが、それだったら耕介か自分が把握している
だろう。
その少女は、頼りない足取りで坂を登りさざなみ寮の方へ歩いていく。
「声、かけた方がいいかな?」
「ナンパ?」
「違うよ…あんな危なっかしい足取りじゃそのうち―」
言い終わるよりも早く、真一郎の前でそれは現実のものとなった。
糸が切れたように仰向けに倒れこむ少女に二人は慌てて駆け寄った。
「…と、大丈夫!」
何とか地面につく前に少女を抱きとめたが、意識がない。
「呼吸はそれほど乱れてないけど…やっぱり病院に連れて行ったほうがいいわね」
「耕介さん、呼んでくる」
真一郎は瞳に少女を預けると、さざなみ寮に向かって駆け出した。









「とりあえず大事はないね。過労に似た症状で、激しい運動をしなければ大丈夫」
「すいません矢沢先生。色々とご迷惑を…」
「病人が困ってるのに見捨てては医者ではないよ。それより、槙原君も大変だね次から
次へと…」
耕介と矢沢医師(知佳とリスティの担当医らしい)がそんなほのぼのとした会話をして
いる時、真一郎は部屋を今いる部屋を見回して考えていた。
(何だ、この部屋は…)
行き倒れの少女を瞳と共に発見し、耕介の運転する真雪の車でここ海鳴総合病院に連れ
てきた。その少女は矢沢医師が診察し、今は部屋の中央のベッドで規則正しい寝息を立
てている。
そこまではいい。問題は、この部屋の内装だ。
医療の知識のない真一郎には―いや、知識があっても用途の解からなそうな大きめの機
械が所狭しと並んでいる。
少女が寝ているベッドも、手術台のような印象を受けた。
(病院というよりは悪の組織のアジトだな…)
仮に、矢沢医師が今から改造手術を始めると言い出したとしても、文句なしに信用した
だろう。(もっとも、そんな悪行を始めたら瞳が黙っていないだろうが…)
「槙原君、この娘はどういう経緯で?」
死神博士―いや、矢沢医師が少女のカルテを捲りながら言った。
「私達がさざなみ寮に行く途中に見つけたんです。まさに倒れる所だったんですけど」
「あんな所で何してたんだ?」
「耕ちゃん、私達はそのあんな所に行く途中だったんだけど」
「そういうこと言ってるんじゃない。あの辺りはさざなみ寮以外には何もないぞ。一応
愛さんの私有地だし…寮の他には、そうだなボケた社があるくらいだが…」
「ん…」
話し声で目が覚めたのか、少女が身を起こした。
額に手を当てて頭を振り、まだ焦点の定まらない瞳で周囲を見回して初めて真一郎達に
気付いたようだった。
「あの…ここは?」
「海鳴総合病院だよ。君が行き倒れてた所をこっちの二人が助けて、俺が連れてきたん
だ。俺は槙原耕介、こっちは相川真一郎と千堂瞳。君の名前を教えてくれるかな?」
「名前…ですか?…雪です」
「雪さんか…それで、あそこで何やってたの?」
「………あの、それよりも質問してよろしいですか?」
「どうぞ。俺達に答えられるものなら」
少女―雪はその場にいる全員をゆっくりと見回してから、おずおずと尋ねた。
「…私は、誰なんでしょう?」










『え〜!!』
さざなみ寮に帰って、耕介が事情の説明をすると案の定ほぼ全員が驚きの声を挙げた。
「記憶喪失って…記憶がなくなるあれですか?」
「はい…それはもうきれいさっぱりなくなってるそうです」
その点はここに来るまでの車中で確認済みだ。
雪の名前以外の記憶が飛んでいるのは本当らしく、自分がどこに住んでいるのか、どう
して寮への道で倒れたかなど、全く解からないらしい。
矢沢医師の方でも具体的な治療法はないそうなので、一応彼の許可を取ってさざなみ寮
に連れてきた訳なのだ。
「それで、これからどうするんです?」
「警察の方には俺が連絡しておいたから、せっかくだしうちの宴会に混ざってもらおう
と思って連れてきたんだけど…大丈夫でしたかね」
「かわいい娘だし、うちの娘達とも仲良くできそうだから問題ないです」
「愛さんならそう言ってくれると思ってましたよ…」
雪は早速唯子や七瀬に絡まれていたが、困った表情を浮かべているものの対応自体は友
好的で、寮のメンバーにも打ち解けられそうだった。
『ただいま〜』
「あれ?真雪さん達出かけてたんですか?」
「そうだよ。相川君達が来る三十分ほど前に二人でふらっとね…その辺を散歩してくる
とか言ってたけど」
「おう、今帰った。そしてお嬢どもに土産があるぞ」
「ここに来る途中で拾ったんやけどもな、なんやかわいいんで連れてきました」
『……』
真雪の手に収まっていたのは、『謎』な生き物だった。
両手で抱えるくらいの大きさで、全身は白一色。
形は楕円形で、頭部(?)には耳とも羽ともつかない物はくっついている。
「氷那!」
雪に氷那と呼ばれた謎の生き物は、体の大きさには不釣合いな羽で頼りなげに飛んで雪
の胸に収まった。
「その娘の知り合いやったん?」
「そうみたいですね…」
「て言うか、そのお嬢は誰だ美少年?」
「誰だ…と聞かれても…俺の方が知りたいくらいです」
真一郎は真雪達に先程までの出来事を掻い摘んで説明したが、さすがと言うべきか、雪
の素性に関しては言及してこなかった。
「まあ、いい奴みたいだしな。何か問題があったとしてもこのメンバーならだいじょう
ぶだろ?」
「まあ、そうですけど…」
「相川君、パーティの準備はできてる。雪ちゃんにも参加してもらおうと思うんだけど、
どうかな?」
「どうして俺に聞くんです?」
「そっち側の代表は君みたいだからね。相川君が了承すれば、決定だから」
「さざなみ寮の代表はなんて言ってるんです?」
「二つ返事でOKしたよ」
「愛さんですしね〜。俺も反対しませんよ。パーティは多い方が楽しいでしょう?」
「じゃあ、そちらでおしゃべりしてるお嬢さん方を庭へ案内しよう。小鳥ちゃん!」
耕介は小鳥も呼んで真一郎と共に、最後の準備を始めた。









『かんぱ〜い!!』
グラスを合わせる音が響いて、パーティが始まった。
マイクを置いた耕介は早速真雪に捕まり連行されていく。
参加者も各々で輪を作って、真一郎達が作ったつつきながら話に花を咲かせている。
「さて…俺はどうしようかな…」
「先輩、先輩」
「さくら?」
名を呼ばれた彼女はワインの入ったグラスを軽く持ち上げて応えた。
会場の隅のほうに陣取られたテーブルにはつまみ系の料理が並び、彼女が自分で持って
きたらしい外国産のワインが既に一本空になっている。
「乾杯…さっきしたばっかりだと思うんだけど…」
「すいません…我慢できなくて…」
「まあ、さくらも悪気はなかったんだから許してあげてよ」
「偉そうに言わないの…七瀬、何やってるの?」
七瀬はさくらの向かいに座って、中身の入ったグラスを手で弄んでいた。
その姿に違和感はない…が、そんなことは常にあることでもない。
「雪、来たでしょう?だから一応生きてるっぽく振舞うことにしたの。十六夜さんとシ
ルヴィ君もそうしてるよ」
七瀬は中身のワインには口をつけずにテーブルに戻して、そのまま立ち上がった。
「この前うちの館長が来た時は?」
真一郎の記憶が確かなら、今ほどには気を使っていなかったはずだ。
「私は相手を選ぶのよ」
「忘れてたんだね…でも、あの人ならそんなこと気にしないと思うけど」
脳裏に野獣の笑みを浮かべて、趣味の門下生百人抜きをしている十蔵の姿が浮かぶ。
(館長なら…幽霊くらいどうってことないだろうな…)
あの雰囲気に当てられたら、それこそ霊障でも即座に逃げ出すかもしれない。
「そんなことより、真一郎に話しておきたいことがあるの」
「俺に?なんだろう…」
「あの雪っていう娘……人間じゃないわ」
「……そのこと耕介さんには?」
「知らせてないよ。だって必要ないじゃない」
「そりゃそうだ…」
「七瀬さんの見立てでは、あの女性は亜人のようです」
亜人―基本的に実態を持たない幽霊と違って、きちんとした肉体を持ち、人間に近い容
姿をもった者達の総称である。
「じゃあ、さくらの仲間?」
「いえ…少なくとも夜の一族ではありません」
「亜人ねぇ…心に止めておくけど、どうして俺に知らせたの?」
「一応守護霊だしね…真一郎に危険があるかもしれないことを黙ってる訳にもいかない
でしょう?」
「ありがと…でも、危険はないでしょう?普通の人間じゃないってだけで恐がる理由に
ならないよ。で、その雪さんはどこに行ったの?」
「少し前に出て行っちゃった。ほら、ここの人って妙に人と打ち解けるから、なんとな
く居づらかったんじゃない?」
「そっか…じゃあ、探してくるよ」
「そうね。あっちの方に行ったみたいだから、ちゃんとエスコートしてきなさい」
「はいはい。じゃあ、いってきます」
真一郎が遠ざかるのを待って―
「七瀬さん、いいんですか?先輩と女性を二人きりにして…」
「真一郎は節操なしじゃないから…それに、うまく言えないけど、あの娘私に似てる気
がするの」
「でも、私は複雑な気分です」
「さくらも真一郎好きだもんね〜。その気持ちは解かるよ」
「…七瀬さんは先輩のこと好きじゃないんですか?」
「もちろん私だって好きだよ。でも、真一郎が私を好きでいてくれるならそれでいいの。
 例え、真一郎が他の誰かを好きになっても私に向ける思いは変わらないから…」
「先輩が誰かと結婚しても?」
「いいよ、私が認めた相手なら。その時は奥さんと一緒に真一郎苛めて遊ぶし…」
「…でも、千堂先輩が仲良くされるのには反対しますよね」
「決まってるでしょ」
瞳は薫と一緒に風芽丘の学生達と話していた。
その彼女に好意とも敵意ともつかない視線を送って―
「だって・・・瞳で遊ぶの楽しいもん」









「雪さん」
彼女の姿は程なくして見つかった。
寮へと続く道で、何とはなしに林を見ていた雪は振り返って真一郎を見た。
「相川…真一郎さん?」
「はい、そうですよ。…パーティ、楽しくありませんでしたか?」
「いえ…楽しかったです。だから、私がいるのは場違いな気がして…」
「気にしなくてもいいと思うけどな…あそこの人達はみんないい人だから…」
少しだけ暴走気味な所がある…という事実はこの際伏せておくことにする。
「私は…貴方達とは見ず知らずの人間で…記憶も…」
「じゃあ、質問。雪さん、俺は誰でしょう?」
「真一郎さんでしょう?」
「そう。で、貴女は雪さん」
怪訝な顔を向ける雪に近寄って、真一郎は手を差し出した。
「これで見ず知らずでも他人でもないよ。俺たちは『友達』」
「……ふふ」
ぽかんとその手を見つめていた雪だったが、何か吹っ切れたらしく笑いながら真一郎の
手を取った。
「…友達ですね」
「うん…友達」
「連れてってくれますか?会場まで…」
「お安い御用で―」
ぼん!と頭に何かが乗っかった。
無造作に掴んで最初に目に付いたのは円らな瞳だった。
「氷那?」
「きゅ〜」
「この子、真一郎さんが気に入ったみたい。あまり人には懐かないのに…」
その氷那は、真一郎の手を離れて再び頭の上に移動していた。
どうやら、居心地がいいようで全く動く気配がない。
「好かれるのは…悪い気はしないかな?」
「真一郎さんがいい人なんだと思うな…」
「よして…なんか照れるから…」
真一郎はその照れを誤魔化すように、雪の手を引いて歩き始めた。









「真く〜ん」
戻ってきたパーティ会場は、とにかく盛り上がっていた。
中央では唯子と美緒がマイクを取って、何かのアニソンをシャウトしている。
近寄ってきた小鳥はちょうど奥から料理の追加を持ってきた所で、小さな体には大きく
見えるお盆を抱えて、こちらに歩いてきた。
「どこに行ってたの?少し探しちゃったけど…」
「ちょっとお散歩。悪いね、働かせちゃって…」
真一郎は小鳥のお盆を取って、近くのテーブルに置いた。
料理の方は評判がいいようで、減りも順調だ。
パーティの印象が強くて忘れていたが、食材の問題も解決できそうだった。
「お散歩…って、雪と?」
いきなり後ろからかけられた声に、雪は慌てて振り向く。
一応の主である真一郎にはもう慣れっこだが、他人に気取られずに近寄るのは、彼女の
得意技の一つである。
「うん。友達になってきた」
そう言って、七瀬にも見えるように繋いだ手を見せた。
当の雪と居合わせた小鳥はなにやら照れているが、七瀬は気にした様子もなく、その手
に自分の手を重ねた。
「改めて自己紹介。私は春原七瀬、何て言うか…真一郎のお供かな?」
「そんな桃太郎みたいな…もっと他に言い方ないの?」
「う〜ん…こんなもんじゃない?真一郎には何かいい呼び方ある?」
「ないけどさ…」
「ならいいの。どうせ、問題ないんだし」
「あの…」
「なに?雪。私達の関係が解かりにくいって言うんだったら時間ちょうだい。もう少し
ましな言い方考えておくから」
「いえ…そうじゃなくて、さっきあちらの方からこんな物渡されたんですけど…」
あちら…の方には唯子といづみ。
気を利かせたつもりか、雪に渡したのはカラオケの選曲表だった。
「あら、カラオケ?雪、私と一緒に歌う?」
「え…でも、私歌は…」
「わ、私も二人の歌、聞きたい」
真一郎の「お前もやれ」の視線に気付いた小鳥が、七瀬に助け舟を出した。
雪はそれでも困ったように考えていたが、
「じゃあ、あのこんな歌詞の入った歌ありませんか?」
雪が旋律をつけた、言葉を紡ぐ。
「あ、リフレインじゃない」
「何で七瀬が知ってるの?」
「七瀬ちゃんは物知りなの。覚えておいてね」
勝ち誇った笑みを浮かべて、七瀬は雪を連れ去っていった。
「真くん、真くん」
「どうした?相変わらず小さい小鳥」
「…小さいは余計。その…頭の子はどうしたの?」
「頭?」
あまりにも違和感がないので忘れていたが、真一郎の頭にはまだ氷那が乗っていた。
「帽子みたいだったから気付かなかった…」
「乗っけてる俺が気付かなかったくらいだからしょうがないさ」
頭から降ろして見ると、氷那はすやすやと寝息を立てていた。
それなりに強く抓って起きない。
もはや、置物と化していて小鳥が帽子というのも納得できた。
「真くん。雪さんと七瀬さん…だいじょうぶかな?」
「大丈夫だよ」
七瀬と雪の歌が聞こえた。
彼女の歌を聴くの初めてだったが意外に上手く、雪も緊張しているがそれでも七瀬に劣
らない腕前だった。
「ここのいい所だからね。人は…幸せになれるよ」














それから酔った真雪が暴れかけるという事態はあったが(それは薫と瞳の奮闘によって
事無きを得た)、パーティは滞りなく進んだ。
「なあ、少し寒くねぇか?」
薫達に邪魔された不機嫌さも引っ込んで、隅のテーブルでさくらの持ってきたワインを
飲んでいる真雪が言った。
「そうですね…少し肌寒いですね」
まだ冬の気配の残った季節…という訳でもない。もう五月である。
季節を問わず過ごしやすいこの街にあって、酒を飲んでいる真雪が寒さを感じるのは、
異常と言えなくもない。
「そろそろ俺たちも中に入ろう」
空になった皿を持って厨房と庭を行ったり来たりしている耕介。
参加者のほとんどはもう中に入って違う遊びをしていて(寝ている氷那は小鳥が持って
いった)、外にいるのは真一郎と耕介、あとは飲みかけのワインに止めを刺している真
雪だけだった。
「残りの片付け…どうしましょうか?」
「もうテーブルだけだから、頃合を見てするんでいいだろう。俺も―」
(――――ぉ!!)
獣の遠吠えのような物に振り返ったのは、二人同時だった。
心の中、退魔師の感覚がそれに何かを感じ取っていた。
「耕介さん…今のは…」
「霊障…いや、魔獣の類か…」
絶対的に霊力が高いため、相手の感知に関しても真一郎は耕介に劣っている。
真一郎も薫に付き添って一度実戦を見たことがあるが、その時に薫が相手にしたのはた
だの霊障だった。
魔獣―並みの霊障なら足元にも及ばないような物には、当然お目にかかったことはない。
耕介は虚空に手を翳した。
その手のひらに、白く小さな物が舞い落ちる。
「どうやら、平穏無事という訳には…いかないようだ」

春と呼べるこの五月に―雪が降った。