すのう・ほわいと 最終話
















「真一郎。後ろに」
「分かってる…よっと」
背後から伸びてきた触手を振り向きざまの手刀で一閃する。
霊力の乗った篭手によるそれは、触手を安々と切り裂き、土へと還した。
その動作の間に、弓華は奇跡的に持参していたナイフで二本を切り捨てている。
「先輩、替わりますか」
「いいよ、まだいける。さくらの方が強いんだから温存しておかないと…」
ざからのいる湖への強行軍。それは予想した通り生易しいものではなかった。
無尽蔵に湧き出る触手。雪の積もった地面は足場として頼りなく彼らの反応を鈍らせる。
だが、そんな中にあっても先陣を務めた二人の動きは際立っていた。









前方にまたも触手が出現する。
今まで通りの物が二本に、その倍ほどの大きさの物が一本。
真一郎から向かって左側の方の触手が動く。
腕に絡み付こうとするそれを掌打の一発で破壊し、頭を狙った右側の物は手で無造作に
引っ掴み、足で霊力を叩き込んで引きちぎった。
急速に干からびていくそれを地面に放り投げ、真一郎は残りの大触手にすべるようにし
て間合いを詰めた。
「吼破…」
当たれば即死間違いなしの圧し掛かりを体を沈めて避け、大触手の背後(?)に回り込
んだ。
息を大きく吐き、腰だめにしていた拳を突き出しながらの爆発的な踏み込み―
「砕!!」
二つの影が交差する。
大触手はびくっと数回痙攣し、トラックの追突でも受けたかのように砕け散った。
開けた視界では、あまりな光景にぽかんとしている一同。
「相川君…いつの間にそんな技を?」
「俺のオリジナルで…普通の空手の技に霊力を足しただけなんですが…」
「空手?」
「はい。吼破っていいます」
吼破―それは、十蔵が気に入った門下生のみに教える「不完全」な技である。
教えられた者は「てめえで考えろ」の彼の言葉通り、その技を自分の形に変えていく。
その姿は人それぞれで、一つの型を極める者もいればバリエーションを増やす者もいる。
余談であるが、真一郎は後者だった。
「まだ開発中の技なので不安だったんですけどね」
「私もうかうかしてられませんね。このままでは追い抜かれてしまいます」
「ふっふ…俺が弓華を倒す日も―」
言葉を言い終えず、真一郎は弓華に引き倒された。
――――――!!!
文句を言うよりも早く、その原因が轟音を立てて真一郎達がいた場所を押し潰した。
その軌跡を追って、空を見上げる。
「んな馬鹿な…」
大きさならさっきの大触手の半分ほど。だが、その先端は無用に尖っていて、しかもそ
れらが十数個まとめて宙に浮いていた。
それらが、真一郎達の上空でぴたりと停止する。
「シュート、コンビネーション!」
真一郎達が飛びのくのとほぼ同時に、リスティが落下してきた触手に向かって何発かの
光弾を打ち込む。
それでもすべては相殺しきれず、光弾を突破してきた触手すべてをなんとか避け、真一
郎達は耕介達の元に滑り込んだ。
それを見計らったかのように、地上にも触手が数本出現する。
「氷柱!」
だが、短刀の先に生成した氷の長剣を振って、雪がそれらすべてを一瞬で切り伏せた。
「雪さん、ありがとう」
「無理しないでください。私だっているんですから」
「じゃあ、頼らせてもらうけど、あれをなんとかできる?僕一人だと疲れそうだ」
空には空中触手の第二陣が出現していた。
地上では、進退路両方が触手で埋められていて、逃げ場はない。
「ふっふ〜。じゃあ、私がなんとかしてあげましょう」
「七瀬。悪いけど冗談なら後にしてくれる?」
「冗談じゃな〜いの。ライバルも増えたし、そろそろ活躍しておかないと…」
「活躍って…」
「い・い・か・ら!私に任せて!」
陽気にウインクすると、七瀬は空中触手と同じ高さにまで浮かび上がった。
「七瀬…なにか考えがあるのかな?」
「先輩は知らないでしょうけど、七瀬さんもちゃんと修行してたんですよ」
「そう言えばさくらと一緒にいることが多かったね。どんな修行してたの?」
「それは私達の秘密です。でも…」
さくらの視線を追って、真一郎は夜空を見上げた。
空中触手はかなり近くまで接近していたが、彼女は平然と(物理攻撃は効かないのであ
たりまえかもしれないが)彼女は腕組みしそれを見据えていた。
微かな…幾分邪悪な笑みを浮かべると腕組みを解き、それらに向かって手をかざした。
空中触手の動きが止まる。見えない力がそれらすべてに働いて―
――――――!!!
地を振るわせる大激震が起きた。
七瀬が手を振り下ろすと、空中触手が次々と落下を始め、それらは地上の触手を巻き込
んで地面に激突した。
「…これほど相性のいい敵もいないと思いますよ」
「たしかにね…」
能力自体は、彼女が元々持っていた念動力の強化版。
状況の変化と修行の効果が重なっての結果なのだろうが、道を塞いでいた触手のすべて
と、ついでに木を何本も薙ぎ倒した手並みは、賞賛だけを送るには少々お釣りのくる結
果だった。
「へへ…すごいでしょう」
一同の感慨を余所に、満面に得意げな笑みを浮かべた七瀬が戻ってくる。
「あ〜すごいんじゃないかな…」
七瀬にはあまり逆らわないことを心に誓った真一郎の歯切れの悪い答えが返るが、彼女
は気にした様子もなく、真一郎の首に手を回した。
「うん。じゃあ、真一郎が不良に絡まれた時も私が助けてあげるからね」
「いや…いいや」













今までで最も巨大な触手が、耕介と薫の楓陣刃で吹き飛ぶ。
その残骸を乗り越えて、彼らは湖についた。
「この辺りは…全然様変わりしていませんね」
「見た目はね。でも、このプレッシャーは、普通じゃないな」
そんな中、一同の中から雪が進み出し、湖に向かって歩き出した。
当然、触手が彼女を囲むようにして行く手を阻むが、それら全ては触れることなく、一
瞬にして氷付けになった。
「ごめんね、私だけ出て行って。でも、もうやめよう?ここにはあの人はいないの。私
も一緒に眠るから」
その言葉に湖を覆っていたプレッシャーが段々と弱まっていく。
このまま終結する。誰もがそう思った。
(…者よ)
「ん?」
声に出して、辺りを見回すが誰も反応した様子はなかった。
(気のせいかな?)
(我が乗り手たる資格をもつ者よ…)
今度は間違いなく、その声は頭の中に響き渡った。
(乗り手?何のこと?)
しばらくの沈黙。
そして、しばらくの後、真一郎の頭を砕きかねない頭痛が襲った。
「ぐ…あ」
堪らずに地面に膝をつく。
遠くに誰かの声が聞こえた気がするが、それが誰の物かすら判別がつかない。
痛みは依然として続いている。
(やめろ!やめろ!やめろ!俺から…出て行け!)
真一郎は精神を引き締め、頭痛を何かの形ある物と捉えて、力で締め出した。
効果はあって、頭痛は霞のように消えていった。
「…真一郎さん!」
覚醒した頭に早速、雪の声が飛び込んでくる。
真一郎は膝についた雪を払って立ち上がった。
まだ少しだけ頭痛がするが、気になるほどではない。
「少し立ちくらみがしたんだ…」
「ざからの声がしませんでした?」
「分からない…けど、声はした。まるで―」
「先輩!」
異変―それに最初に気付いたのはさくらだった。
水面を割って躍り出る大きな影。
触手を砕き、まっすぐ真一郎に向かって腕を振り下ろす。


鈍い音がして、ざからは止まった。
「さくら…」
ともすれば乗用車くらいは吹き飛ばしかねない腕を、細身の彼女が受け止めていた。
「先輩…だいじょうぶ?」
苦しそうにさくら。
いくら夜の一族とは言え、単純な力比べでざからの互角という訳にはいかない。
それでも、さくらは健気に堪えていたが、ざからは僅かに身を引いた。
「え…」
一瞬の後には、彼女は真横に吹き飛んでいた。
死角からの蹴り。普通の人間ならば即死の一撃をまともに食らったのだ。
「さくら!」
敵の前であることを忘れ、真一郎はさくらの方に駆け寄る。
ざからはそれを追おうとするが、光弾がそれを阻んだ。
「若者の邪魔するのは無粋ってもんだろう?相手なら俺がなってやる」








「さくら…」
二抱えはあろう木々がその衝撃で薙ぎ倒されている。
それをまともに食らったのであれば、どんな奇跡が起ころうと死は免れない。
「油断しました」
だが、幸運にも彼女は純粋な意味での人間ではなかった。
若干のダメージはあるようだが、それだけである。
「ごめん。俺がしっかりしてれば…」
「かばった私が平気なんですから、気にしちゃだめですよ」
「そうそう。目下の問題はあれなんだから…」











耕介と薫。
二人の霊剣使いが、ざからと戦っている。
彼らの持つ霊剣には霊力が込められているが、ざからは伸ばした爪でそれらを受け止め
ていた。
神咲一灯流の二人が奇跡的なまでのコンビネーションを発揮しているのも関わらず、ざ
からは危なげなく捌いている。
信じられないことに、その顔にはこの状況を楽しむかのような笑みが浮かんでいた。




「私達が…あれに勝てるのでしょうか?」
「勝つ…必要はないさ。要はざからの闘争本能を満たしてあげればいいんだよ」
「どうするの?耕介と薫だって攻めあぐねてるのに…」
「俺に考えがあるんだ。槙原はそれを全員にテレパスで伝えてくれ。いいか―」




「神咲先輩、交替します」
それを聞いて飛び退る薫と入れ替わったさくらが、さっきのお返しと言わんばかりに霊
力の乗った拳の乱打を叩き込む。
ざからは低く唸り、それらすべてを当たるに任せて、またもさくらに豪腕による一撃を
見舞った。
それは同じようにさくらを捕らえる…が、彼女はその衝撃を逃し、勢いだけを利用して
ざからから距離を取った。
「閃の太刀、弧月!」
その隙をぬって「御架月」が空いたざからの胴に入るが、付けた傷は浅かった。
ざからが耕介に目を向ける。だが、その時には既に間合いを詰めたさくらが二回目の攻
撃を仕掛けていた。











「神気発勝」
さくら達の連携が図らずも薫に時間を作った。
離脱した薫は絶好の距離を取って、自らの最大威力の技を放つ機会を伺っていた。
「神咲一灯流奥義…封神」
さくらがざからを踏み台にして湖の方に飛び、耕介は洸桜刃を目晦ましに使い、薫のた
めの場所を作った。
「風華疾光断!!」
圧倒的な光の奔流がざからに一直線に伸びる。
ざからは…避けなかった。
光に向かって両手を突き出し、真っ向から受け止めようとする。
そして、直撃。
熱量を伴った一撃は積もった雪を溶かし、土煙を巻き上げた。
「風華疾光断!」
二撃目…飛び退いた耕介の放ったそれは、薫の物よりも強大だった。
土煙で視認はできないが、彼の霊的な視力はその向こう側にざからを捕らえていた。
――――!!
再び、直撃。
並みの…いや、上級の霊障ですら破滅に追い込むほどの技の連打である。
「化け物…」
しかし、当の耕介の口から漏れたのは呆れを含んだ罵倒だった。
リスティの力で取り払われた煙の先に、ざから。
右腕が消し飛んで所々に傷も見えるが、致命傷にはほど遠い。
その闘争本能に満ちた目がある一人を捕らえた。














「七瀬ちゃんの攻撃、第二段」
彼女の攻撃―念動力を受けて、ざからの巨体が地面に押し付けられる。
人間であればとっくに圧死しているはずの負荷がかかっているはずだが、当のざからは
わずかに前屈みになっただけだった。
「根競べって苦手だからね。雪、お願い」
七瀬は眼前の敵から目を離さずに言った。
雪はそれには答えずに目を閉じて、指を宙にすべらせる。
「氷よ。矢となってあの子を貫いて!」
その言葉に応じて虚空に数十本に及ぶ氷槍が出現、それらは不規則にざからを取り囲む。
雪とざからの視線が交差する。
次の瞬間、氷槍が一斉にざからに向かった。
視界が…赤く染まる。
氷槍の一角―雪のいる方角に向かってざからが炎をはいたのだ。
間を埋めていた氷槍は一瞬で蒸発するが、とっさのことに雪は反応できない。
「怪獣が火を吐くのはお約束ですね」
だが、炎が雪を包む直前、走りこんできた弓華が彼女を抱えてそれを避けた。
対してざからは一方向のみ削ったものの、残りの氷槍をすべて食らった。
冗談ではすまない量の血が流れ、雪を染める。
それでも、ざからの目は歓喜で満ちていた。















「このくらいのハンデは必要だよね」
魔物と同じ名を冠した剣を携えて、真一郎は歩く。
ざからは体の向きを変え、彼と向きあった。
剣の間合いの少し外で、真一郎は足を止める。
流れる奇妙な空気…
「三百年、湖の底にいたんだ。これじゃあ遊び足りないでしょ?だったら…」
小さい体には大きい剣。三百年ざからを封じていたそれを構える。
「俺が遊びに付き合ってあげるよ。本気でかかってきて」
るぅおおおおおお!!!
ざからが…吼える。












真一郎は地を蹴ってざからに走った。
その腕をステップを踏んで避け、胴を払って走り抜けた。
あっさりと傷がつく。避けることなど造作もないはずなのに。
「なめてると痛い目見るぞ」
がなりつつ振り返るが、ざからの巨体はそこにはなかった。
かわりに頭上から何かの落下音。
「ごめん。少し言い過ぎたよ」
器用に一瞬だけ肩を竦めると、真一郎は前方に身を投げ出した。
直後、ざからの全体重の乗った踏みつけがさっきまでいた場所に決まる。
ちょうど戦いの始まる前の位置で、対峙する。
今度はざからの方から仕掛けてきた。
抜き手の状態での薙ぎ払いを半歩だけ下がって受け流そうとするが、剣に触れる直前ざ
からの爪が一気に伸びる。
真一郎は一瞬躊躇した。
結局は飛び退って避けることに決めたが、遅れた分のつけをダメージとして受ける。
「くっ…」
左肩から胸にかけて、傷は浅いが出血は思いの他多い。
自分の血を見て、気を失いそうになるが意識を掻き集めて踏みとどまる。
呼吸を整え、剣を大上段へ。



「神気…発勝」
「ざから」に霊力が行き渡り、耕介の「御架月」と同等の輝きを放つ。
相対的に霊力の少ない彼にとって、耕介や薫と同等の力を引き出すのはかなり酷な話で
あった。
ざからも、それが真一郎の最後の一撃と解し、一応構えらしきものを取る。

どちらかが、微笑んだ。

ざからが体を沈め、真一郎が剣を…振り下ろした。
それだけで、何も起こらない。
事態を理解できなかったざからが、動きを止める。その時―
――――――!!!
雷光が閃き、ざからを撃った。
そのせいで焼け焦げ、煙すら上がっている体を押してざからは空を見上げた。
夜空に浮かび上がった光の点。それが銀髪の少女だとざからが気付いた時には、光の雨
が降り注いでいた。
ざからはとっさに頭を庇うが、雨は体を傷つけ、雪を赤く染めた。
「意表を突くのは戦いの醍醐味。仲間がいるんだから、協力しないとね」
真一郎は「ざから」を地面に突き立て、腕を広げてざからに歩み寄った。
ざからは…黙って真一郎を見返している。
動かない、何も語らない。だが、その瞳は屈託のない光を宿していた。
「三百年待った甲斐があったか分からないけど、俺達が付き合えるのはここまで」
ざからの近くまで寄って、拳を握る。
最後の―霊力の消耗。これでおそらく一週間はまともに動けなくなるだろう―技。

『吼破・砕』

ざからがゆっくりと仰向けに倒れていく。
真一郎もふっと力を抜いて―
「お疲れ様でした。真一郎さん」
駆け寄ってきていた雪に抱きとめられた。
離れようかとも思ったが、疲れのためか面倒くさくなってそのまま力を抜く。
「服、汚れちゃうよ?」
「これは元々雪でできてますから、気にしないでください」
「きゅ〜」
「氷那、お前今までどこにいたんだ?」
そんな軽口を無視して、氷那は真一郎の頭に乗った。
おかしくて、雪と二人で笑いあう。
「さ、とりあえず帰ろ―」
「先輩!無事ですか!?今すぐ傷を塞ぎますから―」
そう言って肩の傷に口を付けようとしたさくらの頭を、真一郎はがっしと掴む。
恨めしさのこもったさくらの上目遣いに危うく「落ちそう」になるが、意識の淵で何と
か踏みとどまる。
「ざからの血も混ざってるでしょう?血だったら後であげるから、今はそっとして―」
「し〜んいちろ!」
…そのささやかな願いも空しく、いきなり後ろを取った七瀬が真一郎を抱きすくめた。
意識が、闇に沈んでいった。












「相川君も災難だね〜」
ぐったりしている真一郎を囲んで何やら騒いでいる少女達を離れて見ながら耕介は苦笑
した。
隣では、薫が足を伸ばして雪の上に座っている。
「上達も早いですし、これなら耕介さんと揃って一人前になる日も近いでしょうね」
「そりゃ楽しみだ…そう言えば弓華、君は相川君の所にはいかないの?」
「あの中に割って入る勇気はさすがにないです」
「まあ、好きな人がいるんだし。そういう余裕はあるよね」
弓華は頬を染め、非難がましい目つきで戻ってきたリスティを見るが、彼女はその視線
に気付かない振りをした。
「相川君も、これから大変だろうね。あれだけ女の子がいたら。羨ましいと言うかご愁
傷様と言うか…」
その言葉に、約二名分の「お前がそういうことを言うか?」な視線が耕介に向くが、無
論耕介は気付かない。
その二人も耕介のそういう人格は把握しているので(それだからこそ余計にじれったく
なったりするが…)それ以上は突っ込まない。
耕介本人が気付いていないだけで、彼自身も真一郎と同じ、いや、それ以上に厳しい状
況にいるのだ。
「それで、耕介さん。あの怪物はあのままでもいいですか?」
弓華が依然として動かないざからを示すが、耕介は軽い笑みを浮かべて、
「もう無害だよざからは。いや、最初から無害だったかな…」
「耕介、どういうこと?」
「思念…みたいな物?そんなのが純粋すぎるんだよ。昔何があったのか、詳しいことは
知らないけど、人を殺すつもりはまったくなかったみたいだし」
「触手で寮の庭を荒らしたり、相川君が血を流したりしているのは…」
「ざからなりのコミュニケーションじゃないかな?」
「なんて迷惑な…」
「薫、迷惑なんて言っちゃいけないよ。これからざからは仲間になるんだから」
『仲間!?』
驚愕する三人を余所に、一人だけすべてを感づいている耕介はその新しい仲間の受け入
れ方に頭をめぐらせていた。













「さて、帰りましょうか?」
「…待って。まだ頭がくらくらする」
「もう、だらしないよ。それくらいで」
「じゃあ、七瀬もこれぐらい苦労してみてよ。そしたら解るから…」
(確かにな…我の相手は並では務まらぬ)
それまで笑顔だった七瀬が表情を消し、三人とざからの間に立つ。
「大丈夫だよ。七瀬」
だが、真一郎本人がそれを制し、さくら達から離れるとまだ仰向けに倒れているざから
に歩み寄った。
(乗り手の資格を持つ者よ…名は?)
「相川真一郎。お前は…ざから?」
(いかにも。…汝らとの戦い楽しめたぞ。三百年…骸の言葉を信じた甲斐があったとい
うものだ)
「それは何より…俺達も体張った甲斐があったよ」
それまで微動だにしなかったざからがのっそりと起き上がる。
雪の氷とリスティの攻撃で満身創痍だったはずだが、既にその傷の大半は塞がれていた。
「腕は…大丈夫?」
(案ずるな、腕など一日と立たずに生えてくる。…さて真一郎。我は骸との約束で、我
を倒した者の力になることになっている。誰の力も借りずに…との条件付きではあるが
な…)
「じゃあ俺は無理だね。これはみんなの勝利だから」
(ああ。故に我は汝の力にはなれぬ。だから、我を汝の仲間に加えてはもらえないだろ
うか)
「仲間…大いに構わないけど、どうして?」
(汝の周りの仲間を見ていれば自ずと解ること。このまま眠りにつくのも愚かと思って
な。それに、雪と氷那も眠りを望んではいないようだ)
真一郎が肩越しに振り返ると、雪は照れながらも頷いた。
七瀬とさくらも肯定の意を表し、会話が聞こえていたらしい耕介は離れた木の下で大き
く「御架月」を振っている。
「きゅ〜」
謎の生物は既に決まったことと受け取っているようで、狭い頭上で小さく踊っていた。
「…じゃあ、歓迎するよざから仲間として、友達として…一緒に俺達と行こう」
(承知!)
そして、一際大きい思念が頭の中に響くと、ざからの体が光に包まれた。
ややあって…
真一郎も雪も七瀬も、耕介でさえ、それを見て目を点にした。
『ざから』が首を傾げる。




一瞬後、真一郎達の驚愕の声が、夜の湖に響き渡った。





エピローグへ続く…