〜 Lapislazuli stern〜
















 朝方起きたら、それはすぐ傍にあった。


 何の飾り気もない、ぱっと見、何で出来ているのか分からないトランク。


 とりあえず持ってみるが、それほどに重くはなかった。どうやら、藤村の若衆が大事な

取引に使うはずの『何か』を忘れていったとか、そういった方面のデンジャラスではない

らしい。


 つまりはそういった方面でないデンジャラスという、むしろ藤村組関連の方が安心なく

らいのデンジャラス方面ということなのだが……自分の信条、ここ最近の生活と、心当た

りなどないと言えない身のために、いきなり有無を言わさずに開けてみるという、最強最

後の選択肢を選ぶのは、どうも気が引けてしまうのだ。



 ――解析 開始――



 自分の得意とする数少ない魔術でトランクそのものを解析してみるが……結果は、限り

なく黒に近いグレー……表面を構成する材質までは読み取ることができたが、中身を除く

ことができなかった。


 トランク自体がそもそも人工物であるから、人為的に隠蔽されていると見て間違いはな

い。それも、魔術的な手段で……きな臭さにも拍車がかかる。



 少なくとも、外側から判断するにこのトランク『そのもの』にはそれほどの神秘はない。

つまるところ、神秘――もしくはそれに付随する危険があるとしたら、中身にこそあると

いうことなのだが、ここで究極の選択、再び。このトランクを――



 開けるか、無視するか……



 無視をするなら、もっと専門的な知識をもった連中――師と仰がされている遠坂凛や姉

貴分にして妹分、イリヤが帰ってくるまで放っておけばいい。どうせ込み入ったアーティ

ファクトともなれば自分の手には負えないのだから、そうすることが当然だろう。何より

そうするのが一番、被る危険が少ないという予感がする。



 だがもし開けるのだとすれば、無論のことそれ相応の覚悟を固めなければならないだろ

う。


 このトランクは、魔術の息のかかった代物なのだ。選択肢を忠実に実行した瞬間に即、

死亡などということも、冗談抜きでありえることだ。自分自身には怨みを買った覚えはな

くとも、魔術師だという、ただそれだけで命を狙われることは十分にありうる。


 好奇心は猫をも殺す。君子危うきに近寄らず。須らく危険を避けているようでは正義の

味方になれるはずもなく、テレビの前のちびっ子も納得しないだろうが、正義の味方だっ

て何も好き好んで危険に飛び込んでいる訳ではない……と、思う。


 信条とかを抜きにすれば逃げたいと思うことだってあるはずだし、好き勝手なことをぬ

かしやがる善良な一般市民を殴り飛ばしたいと思うことだってある……はずだ。



 危険は出来るだけ避ける。それが正しい地球の歩き方なんだ。解かっている。解かって

はいるつもりなのだが……








 好奇心には勝てなかった。








 トランクを開ける。鍵は……やはりというか何と言うべきか、かかっていなかった。い

や、かかっていたのかもしれないが、それは衛宮士郎には意味を成さなかった、という方

が正しいのかもしれない。


 凛に、イリヤに、ついでに虎にも説教されることは解かっていた。だがそれでも、何故

かこれを開けたい、開けなくてはならない、そう思っている自分がいた。それを無視する

ことは、色々な意味で出来なかった。衛宮士郎とは、そういう生き物だから……



 色々な覚悟を固めて蓋を……開ける。中にあったのは、神秘か、危険か……







「おはようございます。貴方が……僕のマスターですか?」










 とてもとても、可愛らしい女の子でした。















「どうぞ、粗茶ですが……」

「ありがとうございます」


 小さな手が、湯のみを取る。衛宮家の適温で入れてしまったが、『彼女』にはどうなの

だろうか? 期待と心配の入り混じった目で見つめるていると、


「結構なお手前ですね」


 彼女はにこり、と微笑み、お茶を一気に、それでも上品に飲み干した。



 小柄な、少女だった。


 中性的な容貌と服装をしているが、彼女は『彼女』であることは疑いようがなく、可憐。

背丈は男性にしても決して高くはない自分の、精々腰くらい。世間一般の基準で考えるの

なら、十分に子供と判断される頭に美のつく少女だった。頭にちょこん、と乗った帽子が

愛らしい。


 加えて特徴を挙げるとするなら、左右の瞳の色が違う――オッド=アイ――ことか。右

目が緑、左目が赤と、人間ではあまりお目にかからない組み合わせだが、ここ最近、目に

関してはこれ以上ない、というくらいの女性に巡りあった経験のある士郎には、別段気に

はならず、単純に『ああ、綺麗だな』と思うに留まっている。


「おかわり、いるか?」

「いえ、お構いなく。それよりも先に、自己紹介をしたいんですが……」


 構いませんか? と、オッド=アイが問うてくる。


「ああ、そうだな。俺は衛宮士郎、学生で……これは、言ってもいいのかな、魔術師……

の、見習いだ」

「僕の名前は蒼星石。『人形師』ローゼンの作り出した、薔薇乙女(ローゼンメイデン)

シリーズの一体……と言えば、分かってもらえますか?」

「生憎と俺は出来の悪い魔術師だから、そっちの世界の一般常識には疎いんだ」


 ここにいるのが凛やイリヤであればもっと違ったリアクションもあったのだろうが、つ

い最近まで素人に毛の生えた程度だった士郎に、『常識』を求められても困る。

 それなりに相手を驚かせる自信があったのか、蒼星石は一瞬、残念そうな顔をすると、


「薔薇乙女とは、『人形師』ローゼンが『無垢な少女の雛形』を作り出すために生み出し

た自動人形のシリーズです」



 説明に寄れば、こうだ。


 蒼星石の知りうる限りで、彼女を含めて薔薇乙女は全部で七体。

 七と言う数字に意味があるのか、ないのか……いずれにしても、製作者であるローゼン

はあくまで試作品であるはずの七体の人形を放棄して、何処かに姿を消してしまった。



 近代魔術の世界では、割と有名な事件である……らしい。もちろん、士郎はローゼンな

んて人形師の名前を聞いたことなかったし、薔薇乙女なんてものも知らない。

「七体、姉妹ってことで作られたんだろ? 残りの六人はどうしたんだ?」

「僕達は意思を持ってしまったことを代償に、仮にでも誰か人間を『マスター』としなけ

れば活動することができません。そして、そのマスターは人工精霊……僕の場合は、レン

ピカと言うんですが、レンピカが選定します。後はどこに居ようともそのマスターと選定

された人間のところにトランクごと『転移』する……という法則だったはずなのですが、

士郎さんの所には、レンピカから何か予兆のようなものがありませんでしたか?」



 言われてみれば昨日の晩、バイトの帰り、ふと目の行った店の壁に『まきますか? ま

きませんか?』という怪しさ大爆発の張り紙があったようなないような……


「確かに予兆はあったけど、ちょっと待ってくれ。俺はトランクを開けただけで契約なん

てしてないはずだぞ?」


 聖杯戦争以来、自分の体の観察には念を入れることにしている。ただでさえ少ない魔力

が外に漏れていたら、今ではすぐにでも感知することができる。その感覚で判断する限り、

自分と目の前の少女の間には、ラインはまだ構築されていないはずだ。


「僕はまだ魔力の残っている段階でトランクに入りましたから、持ち越しの分があります。

今しばらくは動けるでしょうけど、できるだけ早い段階で契約をしなければ、途中でただ

の人形になってしまいます」

「ただの人形になると……もう戻れないのか?」

「ご心配なく。その時は発条を巻いていただければ、とりあえず起動することはできます

から……」



 心配なく、と口では言っているが、その目は捨てられた子犬のように……



「契約って、どうしたらいいんだ?」

「この……」


 右手をぐっ、と握って開くと、そこにあったのは薔薇の刻印の施された指輪。


「指輪を左手の薬指にはめていただければ、契約は完了します。契約をして後は、僕が活

動する分の魔力を常時いただくことになりますが……その分、お手伝いはするつもりです」



 だからどうぞ、おそばに置いてください、と……子犬さんはこう言っている訳なのだ。



 契約を無理強いするつもりはないのだろう。話に聞く限りでは発条さえ巻けば活動はで

きるようだし、断ったとしても殺されるなんてことはなさそうだ。今までを考えれば破格

の条件と言えるだろう。



 腕を組んで考える――振りをする。



 無論のこと、考えるまでもなく衛宮士郎の答えは決まっていたのだが、すぐに食いつく

というのも格好悪い、と、柄にもなく気にしてみたり、最近はよくよくこういったハプニ

ング的なイベントに縁があるな、とか思ってみたり……思うことには事欠かない。


 その前のサプライズイベントでは、腹ペコ騎士王と契約をして、何度も生死の境を彷徨

ったものだが、この少女は騎士でもましてや狂戦士でもなく、あくまでも人形である。命

の取り合いなど、まさか起こすなんてことはあるまい……






「いいよ、契約しよう。俺も何ができるなんてことはないけど……とりあえずよろしく」










後書きカスタム


思いのたけを書いてみました。
需要があるのかはまるで分かりません。いつも以上に自己満足度の高い代物です。

しかし、おかしい……最初は水銀燈を出す予定だったはずなのに、どうしてこのお嬢さん
メインの話になってしまったんでしょう? 

ちなみに、トランクが転移することとか、nのフィールドの件とか、Type-moon 的には規
格外のことをするお嬢さん達であるということは、目を瞑っていてください。こういう風
に書く以上、可能な限りグレードダウンはしてみますが、続編を書くかは分かりません。
何分、思いのたけを書き連ねただけの代物ですので……