そ〜ど・だんさ〜 第一話











真一郎は雨が嫌いではなかった。
家の中からぼ〜っと外を眺めるのも、雨の中傘をさして散歩をするのも散歩をするのも
中々風情があると思っている。
そんなことを守護霊やさざなみ寮のよっぱらい漫画家に話したら、笑われてしまった。
曰く、雨の中の散歩など鬱陶しいだけらしい。
まあ、それももっともだなぁと実際雨の中を歩いていると思ったり思わなかったり…
うっかり水溜りを踏んでしまうと水がはねて服が汚れるし、車に水を跳ねられるなどと
いうアクシデントだって割と頻繁に起こる。
そう考えると、真一郎も少しだけ雨が嫌いになってきた。







だが、ここに雨の中非常に嬉しそうに歩く少女がいる。
幼い容姿に同居人の趣味の入ったストイックな服。
明るい色をした髪は尻尾になっていて、少し大きなサイズの帽子をその上に乗せている。
その少女は雨の中―もちろん傘は差しているが―水にゆっくりと足を踏み入れたりして
遊びながらとことこ歩いていた。
「久遠…あまりはしゃぐと服が汚れるぞ?」
「でも…雨、楽しい」
ぱしゃ、と足元で水の跳ねる音がする。
しょうがないな…と苦笑しながらそれでも優しく久遠の手を引いて真一郎は歩きだした。
あの事件からは早五日が過ぎていた。
久遠はとりあえずしばらくの間、真一郎の元で預かることに落ち着いた。
他の退魔師とはまだ何かありそうだが、当面の問題はこれで片付いたと言っていい。
最大の問題は、久遠本人がどう言うかだったのだが、意外なほどにあっさりと彼女は相
川家に引っ越してきた。
(これに関しては那美の方が少しへこんだほどである)



ともあれ、約束どおり久遠の好きなご飯(油揚げ料理フルコース)を作ったり、なのは
と一緒に遊んだり(かくれんぼ等々)もしたのだが、いかんせん、真一郎にもそれほど
ネタがある訳でもない。
それならショッピング!と言ったのはどこかの守護霊だったと思う。
そんな訳で昨日は、あわよくば自分も買ってもらおうという魂胆の彼女を無視して久遠
の変身の練習に丸一日を費やして、どうにか尻尾くらいは隠せるようになった今日、こ
うして外出している訳なのだ。
繋いでいない方の手に持った紙袋には久遠の服が詰まっている。
久遠自身は花より団子で服にはまったく頓着しないのだが、選んでいるうちに真一郎の
方が楽しくなってしまった。
(真雪さんに見つかったらまたからかわれそうだ…)
結婚する前から「子煩悩」ではそれもやむなし、と考えているとふいに服の裾を引っ張
れた。
なに?と目で久遠に問うと、目を向けると子供はあっちと指差した。
「美由希ちゃん…かな?」
近くの店の軒下、彼女はいた。
雨宿り…では、ないだろう。
全身余すところなく濡れ、空を眺める瞳には覇気がない。
いつ外に出たのかは知らないが、ここで雨宿りをしている以上ずぶ濡れになっているの
はどう考えてもおかしい。
つまり、雨の中を濡れるのも構わず歩いていたことになるが、それは真一郎の持つ美由
希のイメージからはかけ離れていた。
「大丈夫、放っておいたりしないから」
とは言え、何と声をかけたものだろうか。
誰が見ても美由希が普通の状態でないのは明らかだし、人間放っておいてほしい時とい
うのもある。
そんなことを考えながら歩いていたはずなのだが、美由希に近付くにつれてそんな考え
は霧散し、結局なるようになるだろうという結論に達していた。
「こんにちは、美由希ちゃん」
「…相川さん、こんにちは」
答える声にも、やはり覇気がなかった。
「どうしたの?こんなに濡れて」
「いえ、ちょっと散歩してたら、途中で雨が降ってきて…」
「それで、雨のなか歩いてたの?」
「はい…」
「どうして?」
「…どうして…なんでしょう?」
「美由希…元気ないの?」
「そんなことないよ久遠。ちょっと疲れてるだけだから…」
残念ながら反応を見る限り、ちょっとどころではなかった。
このまま放っておいたら車に跳ねられたっておかしくはない。
「ここからなら高町さん家よりはうちの方が近いね。風引くといけないから寄ってって」
「じゃあ…おじゃまします…」
女性なら少しは警戒するであろうこの誘いにも、美由希は力なく頷いただけだった。
(こりゃ重症だな…)
内心ため息をつきながら、心配する久遠と一言も喋らない美由希を連れて、真一郎は帰
路に着いた。









暖かくしたソファに座って雪の入れてくれた紅茶を飲んでいると、七瀬が入ってきた。
「どうだった?」
真一郎のその問いに、七瀬は肩を竦めて首を横に振った。
「あれは重症ね。私の感想は「雨に濡れた子犬」、見てて痛々しかった」
言いながら真一郎の隣に座り、七瀬はため息をついた。
件の少女は今、彼女に案内されて風呂に入っているはずだ。
ここに来れば少しはよくなるか、とも思ったのだが考えが甘かったようだ。
「せっかく勝負できると思ったのに、つまらないです」
相川家の幼少格、ざからの発言は相変わらず危うい。
遊び相手である氷那を胸に抱いて、不満をもらす彼女を真一郎がたしなめる。
「無茶なこと言っちゃいけないよざから。にしても、どうしたものかな?」
「原因は…やっぱり恭也くんでしょうか…」
「だろうね〜」
恭也と美由希が兄妹でない、というのは真一郎達も知る所である。
そして、美由希が彼に行為を持っていたというのも、感付いてはいた。
だが、恭也は美由希でない女性―それも、彼女の親友である那美を選んだ。
妹として、長い間恭也を見てきた美由希にとって、これほど辛いことはなかろう。
「で、真一郎はどうするつもり?」
「ん…さすがに放ってはおけないから、何とかしようとうは思うけど…」
すると、七瀬と雪の視線が急に険を増した。
「俺はそこまで鬼畜じゃないよ。さて…」
天井に目を向け、膝の上で眠る久遠を撫でながらしばらく思案する。
「こういうのは、どうだろう?」






「本気ですか?」
「うん。本気だよ」
あっさりと答える真一郎に、恭也はかえって困惑したようだった。
夜―無駄な物のない彼の部屋は静か。
一応、聞き耳を立てている物がいないのを確認してから真一郎は口を開いた。
「美由希ちゃんをしばらく…そうだね、一週間預けてもらえる?」
「構いませんが…どうして急に?」
「スランプ気味みたいだから、違う空気に触れさせるのもいいかなってさ」
嘘は言っていない。
「さざなみ寮に?」
「いや、俺の家。七瀬達ともう一人、お客さんが明日帰ってくるけどとにかく、二人き
りになったりする訳ではないよ」
「その点に関しては信用しているつもりですが」
そこで疑われたらどうしようかとも思ったが、自分の生活環境に関しては理解してくれ
ているようだ。
「学校は少し遠くなるけど大丈夫。お弁当だったら俺が作るし…」
既に美由希本人の了解は既に取ってある。
今はレン達と一緒に、上で荷物をまとめているはずだ。
連れて行くのは明日の日曜日だが、後は恭也の了解を取るだけ。
「俺達は毎晩鍛錬しています。気を抜くなと普段から言ってはいるのですが、最近はど
うにも集中できていないようです」
恭也の目は真剣そのものだった。
真剣に美由希を「妹」として、心配している。
「鍛錬の内容は相川さんにお任せします。美由希のこと、よろしくお願いします」
鈍感な「兄」は深々と頭を下げた。

こうして、おかしな同居人が相川家に増えることとなった。