そ〜ど・だんさ〜 第二話













「ここが、美由希ちゃんの部屋ね」
は〜っとため息をつく美由希をよそに、真一郎は彼女の荷物をさっさと部屋に運び込ん
だ。
中には、真一郎が早起きして持ってきたベッドが一つ。
後は中身の入っていない普通のサイズの本棚と、ありきたりの机がある以外は何もない。
年頃の女の子の部屋としては少しばかり簡素な部屋である。
「広いですね…」
「そう?恭也君の部屋と同じくらいだと思うけど?」
桃子に聞いた美由希の部屋と、広さはほとんど変わらないはずである。
二階だし、日当たりもこの家では二番目にいい。
「後、この部屋の隣に書室があるから好きな時に使って。英語かドイツ語に自信がある
 んだったら雪さんの部屋に行けばもっと面白そうなのが―」
「一つ、聞いてもいいですか?」
「なに?」
「どうして、私をここに?」
「さあ…どうしてだろう?」
昨日の美由希の言を取って誤魔化してみると、彼女は不満そうな表情をした。
とりあえず、無気力な状態からは脱してくれたことに胸を撫で下ろす。
「単なるおせっかいだよ。一人の武術家の先輩として、スランプに陥ってそうな後輩を
 放って置けなかっただけ」
「そうなんですか?」
まさか本当に額面通りに受け取ったのではないだろうが、美由希が聞き返してくる。
恭也に振られてしまった美由希を励ますために…と、正直に言えるはずもない真一郎は
ただ曖昧に微笑むだけだった。
「さ、荷物の整理は後にしてお昼にしよう。一応うちは皆でそろって食事をすることに
 なってて、交代で俺と雪さんが作ってるんだ」
他にも、この家の間取りや真一郎達の簡単な身辺状況などを話しながら、二人は一階に
降りた。
「―で、今日の当番は雪さん」
居間のドアを開け美由希を中に招き入れると、そのまま彼女を食卓に着かせ真一郎はそ
の隣に座る。
食卓は長方形でその上には手作りらしい三種類のパスタの大皿が並べられていた。
高町家の食事と比べても遜色はない。おいしそうだ。
向かいにはざからが座っていて、美由希が座るととびきりの笑顔を浮かべた。
彼女はそれに会釈を返した。
「おまたせしました」
簡単な片付けを終えて雪がざからの隣に座ると、食卓に着いたのは全部で五人だった。
その中に、顔を見たことのない女性が一人。
その女性―葉弓は美由希の視線に気づくと、真一郎に問い掛けた。
「相川さん、私のこと話しましたか?」
「あ〜そう言えば話してませんでしたね」
上座に座った葉弓はだめですよ、と小さく呟くと美由希に向き直った。
「はじめまして、神咲葉弓と申します。美由希ちゃんのことは相川さんから伺っており
 ました」
「あの…神咲って」
「那美や薫ちゃんのはとこにあたります。相川さんと同じく退魔師です」
「ちなみに俺の先生の一人ね」
「私のことは知ってますか?」
「ざからさん…ですか?」
「そうです!ああ、私のことは呼び捨てでいいですよ」
「はぁ」
「時間があったら手合わせしましょう。ご主人様以外の人と勝負するのは久しぶりです」
「ご、ご主人様?」
「ざから…人前でご主人様はやめてっていってるでしょ?」
「ご主人様はご主人様なので、何もおかしいことはないです」
明らかにからかっている様子のざからに、真一郎はわざとらしくため息をついてみせる。
「まあ、諦めてたけどさ。美由希ちゃん、こいつの「ご主人様」には深い意味はないか
 らね。誤解しないように」
「あの…久遠は?」
あからさまな表情で話題を逸らされ、少しへこみながらも真一郎はテーブル近くの床を
指差した。
そこでは、犬用の皿を前に狐になった久遠が行儀よく座っていた。
美由希と目があうと、嬉しそうに尻尾を振って応える。
「どんな姿を取るかは完璧に気分で決めてるらしいんだ」
「七瀬さんは外出してるんですか?」
「いや、七瀬はここ」
親指で自分の胸を指す。
そこは、あまり幽霊らしくない幽霊、七瀬専用の「部屋」だった。
実際にこの家には七瀬の部屋もあるのだが(しかもこの家で一番日当たりがよく、服なども
彼女が一番持っている)、割と頻繁に七瀬はこっちの「部屋」を使用する。
まあ、付き合い始めた時のように思い出して歌を歌うようなことはしないので、平和なものだ。
ともあれ、自分の中に誰かがいるというのは他人には理解できない感覚だろう。
「七瀬、さっさと出ておいで」
「は〜いっと」
そんな声と共に、今まで誰もいなかった席に七瀬が出現する。
「こ、こんにちは」
前に一度会ったことがあるせいか美由希も普通に―いや、普通を装って挨拶する。
内心はかなり動揺しているのか、七瀬のセーラーにもつっこまない。
「久しぶりね、美由希。真一郎、こんな美少女連れ込んで悪さしたら祟るからね」
「彼にも君は守護霊でしょ?まあ、これでうちにいるのは揃った訳で…じゃあ―」
「いただきます!」
今までよほど我慢していたのか、真一郎が何か言うよりも早くざからはパスタ皿から山
とパスタを自分の皿に取り分け、猛然と食べ始めた。 
「く〜ん!」
久遠もとりあえずいただきますと狐語で言ってから食べ始める。
美由希はその凄まじい光景をぽかんと眺めていたが、真一郎達は慣れたものなのか何事
もなかったかのようにパスタを取り分け始める。
「どうぞ、美由希さん」
ぼ〜っと彼らの食事をする様子を眺めていた美由希に、ミーとソーススパゲティの乗せ
られた皿が差し出された。
「私が作ったのでお口にあうかどうか分かりませんけど、冷めてしまう前にどうぞ」
「…いただきます」
美由希はそれを受け取って、黙々とフォークでパスタを巻き取って口に運んだ。
雪が見つめるなか、美由希がそれをゆっくり味わって―
「おいしいです」
「よかった。翠屋さんの娘さんだから少し心配だったんですよ」
「あ…うちはいつもか〜さんがご飯作ってるんじゃないんです。いつもはレンと晶が二
人で作ってるんです」
「晶ちゃんは何の料理が得意なの?」
ぺペロンチーノを食べながら、真一郎が問う。
「和食です。レンはやっぱり中華が中心ですね」
「おいしそうでうらやましいですね。私は料理は得意でないですから、あこがれます」
あくまで優雅に食事をする葉弓が相槌を打つ。
七瀬にざから、久遠はそんなことは気にしないので、真一郎達の中では彼女だけが唯一
「料理ができない」という劣等感を抱いていた。
「それは私も同じですよ。料理のことになると肩身が狭くて…」
その分野ではなのは以下の美由希である。
決して味覚音痴な訳でもないのに「芸術品」を作り出せるというのもある意味才能と言
えるかもしれないが、それに気づいた所で何の役にも立ちはしない。
「美由希ちゃんは料理とかしないの?」
「しない…というか、させてもらえません」
「じゃあ簡単な料理でよければ教えるよ。やっぱり、できないよりはできた方がいいで
 しょ?」
「そう言ってくださるのは嬉しいんですけど…」
高町家の住人とて、美由希の料理下手を放っておいたのではない。
一時期など、桃子やフィアッセがプランまで組んで指導を試みたことがあったのだが、
結果は察しの通り、あまり芳しくはない。
沈んだ表情の美由希に真一郎が笑いかける。
「大丈夫だって。苦手なことがある日突然できるようになることだってあるんだから。
 人生何が起こるか分からないし、希望を捨てちゃいけないよ」
何が起こるか分からない、を強調する真一郎に七瀬が笑いながら言った。
「まあ、人には言えない人生を歩んできた真一郎だからこそ言える台詞よね」
「人聞きの悪い…俺はこれでもまっとうな人生を歩んできたつもりだぞ」
「まっとう…かもしれませんけど、真一郎さんみたいな歩み方をする人はそういないと
 思いますよ」
「雪さんまで…」
「ほらほら周りを見てみなさい。自分以外には女の子しかいないでしょ?」
「いや、そう言われるとあれだけど…でも、不純な気持ちはないよ」
「ご主人様の知り合いは女の人ばかりじゃないですか?男の人がこの家にあがるの、耕
介以外見たことないです」
「だからさ…」
真一郎も反論するが、すればするほど深みにはまっていってしまう。
内容を聞く限り、「女の敵」と断定されたところでおかしくない口論が繰り広げられる
が、その渦中にいるのが真一郎だと不思議と悪意も違和感もない。
何より、その当事者達が笑いながら話しているのだから気にするような問題は本当にな
いのだろう。
だからこそ、美由希には気になるところだった。
「あの…」
話し合いがぴたりと止み、全員の視線が美由希に集まる。
一瞬言葉に詰まってしまうが、それでも勇気を振り絞って美由希は口を開いた。
「皆さんは…相川さんがお好きなんですか?」
今度は全員で顔を見合わせる。
ひょっとしたらものすごく変な質問をしてしまったのか。
考えてみれば、堂々と人に聞くような話でもない。
質問したことを後悔して美由希が顔を伏せていると―
「それは、真一郎を異性として見てるかってこと?」
聞いてきたのは七瀬だった。
彼女は馬鹿にするでもなく、真剣に美由希を見返している。
美由希は黙って頷いた。
「なら、答えるまでもないわね。好きよ、すごく」
「私だってそうですよ。七瀬さんほど近しくはありませんけど…」
「私にとってはご主人様ですからね〜」
「かわいい人なのは事実ですね。今まで出会った男性の中では一番好きです」
「久遠も…真一郎大好き」
幼体になった久遠がいつの間にか真一郎の腕に取り付いている。
彼は椅子を引くと膝の上に久遠を乗せた。
そのまま目の前にあったパスタに手を伸ばそうとした彼女の顔を押さえつけ、ハンカチ
で頬に付いた汚れを落とす。
「それで喧嘩とかしないんですか?」
「そう言えば…あたしと雪って喧嘩したことないわね」
「性格が似てないから逆にうまくいってるんじゃないか?」
「でも私はよく雪に怒られます」
「それはざからがつまみ食いしたりするからでしょ?昨日なんて久遠まで仲間に引き込
んだりして」
「おいしそうだったから…食べたかったの」
「料理人としては最高の誉め言葉だけど、でも久遠、つまみ食いは行儀が悪いからやめ
 ようね」
「分かった…やめる」
素直に頷く久遠の頭を真一郎が優しく撫でる。
「ご主人様は絶対久遠にあまいと思います」
「そんなことないぞ〜」
さわやかを演出して否定するが、久遠を膝に乗せ自分の手でパスタを食べさせている姿
は、どう見ても過保護な父親のそれである。
最年長にして最年少組のその一であるざからにしてみれば微妙な心境だった。
「そんなこんなで一応仲良くやってるけど、これで満足してもらえた?」
納得はしていないが、美由希は頷いた。
五人の女性がいてその全員が同じ人を好きになって、それでもこうして皆が笑っている。
幸せそうに…暗い部分を見せることもなく。
「相川さんは誰が好きなんですか?」
その質問は自然に口をついてでた。
小さな声だったが、それは皆の耳に届き女性達は楽しそうに真一郎を見つめた。
「う〜ん…ろくでなしって言われたらそれまでだけど、俺は皆同じくらいすきだよ…そ
 れじゃだめかな?」
「ま、真一郎ならそう答えるでしょうね…」
「相川さんが一人を選んでしまったら、『ハーレム・マスター』の名が泣きますよ」
「俺としては一刻も早くその不名誉なあだ名は捨てたいんですけどね」
彼の願いも空しく、後二十年は言われ続けることになるが、それはまた関係のない話で
ある。
「どうたら俺は正解を選べたようだけど、間違ってたらどうしてた?」
「しばらく口をきいてあげないくらいで勘弁してあげたわ。ちなみに瞳とか言ってたら
 私が蜂の巣にしてたけど…」
冗談とも本気ともつかない口調で七瀬は真一郎に指を向ける。
「参考になるようでならない話だったね。まあ、俺達がすでに他には例を見ない集団な
 のかもしれないしね」
それきりその話題は終わって他愛もない世間話が始まった。
美由希は話半分でそれに参加しながら残りの半分で彼らのことを考えていた。
他者との関係、その際の気の持ちよう。
彼らの間にある物は、不可解であると同時に美由希にとって魅力的だった。
心の波が収まるのには、もう少し時間がかかりそうだ。