そ〜ど・だんさ〜 エピローグ












落ち着かない。
改めて見ると大きいような気もする家の前で、美由希は人を待っている。
必ず行く、と約束してくれた訳ではない。
ただ電話でこの日に大事なことがあると一方的に告げただけだ。
特殊で忙しい仕事。でも、あの人なら来てくれる。
そんな根拠のない確信が美由希にはあった。
首に下げられたペンダントを握りしめて目を閉じる。
体の中を流れる血を意識する。それこそ、体の隅々までしっかりと見えるように…
本当に根拠はない。けど、分かる。あの人は―


「こんにちは」


きっと、ここに来てくれる。




「真一郎さん、来てくれたんですか?」
「美由希ちゃんの晴れ舞台なんだ。来ない訳にはいかないでしょ?でね…悪いんだけど」
「お久しぶりです!」
困る真一郎の影から、元気よく飛び出す少女。
限りなく白に近い銀色の髪。白一色の服装は夏も近付いた気候に合わせて涼しげなワン
ピースである。
「ざから、久しぶり。見に来てくれたの?」
「はい。こんな面白いことご主人様だけに見せるのはもったいないですからね」
「あはは…面白いかわからないけど、ありがとう」
「みゆき…」
元気なざからに寄り添うようにして、少女がもう一人。
こちらはざからとはうって変わって落ち着いた雰囲気だ。
綺麗な茶色い髪をポニーテールにしてその上にサイズの大きな帽子を乗せている。
服はざからと色違いなだけでおそろいだった。
「久遠もありがとう。きてくれたの?」
「うん…みゆき、がんばって」
差し出された小さな久遠の手。
美由希はそれを握り返して、笑った。
「じゃあ私達は先になかに入ってますね。早くしてくださいよ、ご主人様」
久遠の手を引いて、ざからは先に高町家の門をくぐった。
「ごめんね、騒がしいのつれてきちゃって」
「いいですよ。来てくれて嬉しいです」
「助かるよ、そう言ってくれると。でね、門出を祝して渡す物があるんだ」
言って、真一郎は後ろ手に持っていた包みを美由希に差し出した。
細くて短い、それ自体としては何の変哲もない包みである。
だが、それを受け取って美由希はあまりにもなれた重さを感じた。
目だけで真一郎に確認して、美由希は包みを開けた。
「これ…」
中から出てきたのは小太刀。
恭也の『八景』のように大ぶりでなく、ちょうど美由希の手に馴染むくらいの大きさ。
はやる気持ちを抑えながら、美由希はゆっくりと抜刀した。
日の光に輝く刀身は今まで見たどんな刀よりも綺麗で、彼女の心を魅了した。
「『姫』…」
「え?」
「その刀の銘だよ。楓さんって俺の知り合いから譲ってもらった奴だから、出来の方は
 保証するよ」
「確かにいい小太刀ですけど…」
「よかった。それは美由希ちゃんにあげるから、びしばし使ってね」
「ありがとう―ってそんな…いただけません!」
本能のままにお礼を言おうとして、持ち直した。
これは小太刀。それも、美由希の目から見てもかなりの名刀だ。
ペンダントを貰った時とは訳が違う。
下手をしたら、高町家の兄妹三人分のこれからの学費をこれ一本だけで賄えてしまうか
もしれないのだ。
「大丈夫だよ。俺も貰ったやつだからタダだし…」
「そういうことじゃなくて…」
「美由希ちゃん?」
「はい…」
「遠慮してるんだけだったら、もらってほしいな」
決して命令口調ではないのに、こういう時の真一郎には妙な迫力がある。
女の子みたいな顔をしてるのに、こういう時だけ勝手に男性の顔になってしまう。
言い返せるはずもない。元より、美由希だって貰えてうれしいのだ。断る理由などない。
「…ごめんなさい。じゃあ、遠慮なくいただきます」
早速その『姫』を腰に差し、美由希は身を翻す。
高町家の庭には既に、今日のこのイベントのために彼ら兄妹の知り合い達が集まっている。
イベント、今は遠く香港にいる美由希の実の母、美沙斗から贈られてきた『龍麟』―御神
流当代の証―を賭けた皆伝の儀式である。
真一郎の秘密を知ってからの二ヶ月、美由希は師の恭也が目を見張るほど目覚しい成長を
見せた。
『神速』を体得し、御神流奥義の斬式『閃』のきっかけみたいな物を掴んだ。
一応、奥義のすべても体得している。
剣士としてまだ完成している訳ではないが、それでも恭也はここで区切りをつけること
にした。
今日は、美由希の門出。
それを聞いた友人達はもう既に集まっていた。
皆伝は、恭也と戦うことで果たされる。
長年の師である恭也に、美由希は今日勝つつもりでいた。
正直不安もある。でも、体を流れる血が言っている。
負ける気がしない。今日の美由希は…きっと、無敵だ。
「もう始まります。真一郎さんも早くどうぞ」
溢れんばかりの笑顔で言って、美由希は門をくぐった。












「そろそろ…始めるか」
美由希が来たのを確認して、柱にもたれかかっていた恭也は身を起こした。
腰には『八景』。飛針に小刀に鋼糸と、完全武装である。
美由希も、那美からそれらの装備を受け取って装着する。
だが差し出された二本の小太刀のうち、美由希が一本しか受け取らなかった。
いつもの小太刀と、恭也には見慣れない小太刀を腰に差して美由希は彼の前に立つ。
「その小太刀は…何だ?」
「…秘密。恭ちゃんにだって言えないことはあるの」
「そうか。ならいい」
恭也はそれ以上詮索せずに、美由希と向かい合う。
その中間、高町家の縁側では『龍麟』が若い二人の剣士を静かに見守っている。
「我、剣を取るもの…」
鞘走り―恭也は『八景』を抜いて、正面の美由希に突きつけた。
「我、剣と共にその生涯をありて、剣と共に道を行く者…」
美由希も小太刀、『姫』を抜いて恭也に突きつける。
「共に歩みし、この道を…」
一瞬だけ、美由希と真一郎の目が合う。
真一郎は微笑んで、美由希はそれに答える。
再び正面を向いた美由希の顔は、とても勇ましかった。
一度弱さを克服した強さ。それが、美由希を剣士として、人間として成長させた。
恭也を圧倒せんとばかりに堂々とした声で、告げる。



「いざ行かん。いつか、命の尽きるまで!」











「お疲れ様…」
「ありがとうございます」
桃子から預かった冷たいおしぼりを渡すと、恭也は以外にはっきりとした様子でそれを
受け取った。
とても、美由希と激闘を繰り広げた後には見えない。
体にはいくつかの裂傷が走っていて、少しばかり痛々しい。
血に弱い物が見たら卒倒するかもしれないが、当の怪我人である恭也の顔はどこか晴れ
晴れとしていた。
「嬉しい?」
「嬉しくもあり、悔しくもあります。膝が壊れていなかったらとか考えてしまって…」
「でも、嬉しいんでしょ?」
「はい。嬉しいという気持ちが一番強いです」
無表情なりに、恭也はその顔に微笑みを浮かべた。
恭也の視線の先では、恭也との激闘を終えた美由希が那美達に囲まれている。
その手には『龍麟』と『姫』がしっかりと握られていた。
ざからも彼らの激闘には感動したようで、しきりに美由希を誉めていた。
「相川さん、質問があるんですが…よろしいですか?」
「よろしいよ、なに?」
「美由希は今日皆伝を迎えました。ですが、正直早すぎます。春休みの時点での俺の見
立てでは、早くても後一年はかかると」
「でも、その期待はいい形で裏切られたね。それでいいんじゃないの?」
「それ自体には問題ありません。俺が気になるのは、その原因です」
「原因?」
「あいつの成長が加速したのは、ちょうど相川さんの家から帰ってきてからでした。あ
 の頃からですかね、どこか楽しそうに、まるで踊ってでもいるかのように剣を振るう
 ようになったのは…」
恭也が目だけを真一郎に向ける。
「今まで教えたことを曲げずに、伸びるスピードだけ速くなったんです。どんな指導を
 したらそうなるんですか?」
「俺は何も指導なんてしてないよ」
笑いながら真一郎が答えると、恭也は怪訝そうな顔をする。
何も言わずに恭也はその意味を問い掛けてくるが、とりあわずに真一郎は恭也の隣りに
腰をおろした。
「美由希ちゃんの成長は一重に美由希ちゃん本人の才能による物だよ。俺はただ、少し
 背中を押しただけさ。要するに―」
「何の話ですか?」
いつの間にやら縁側に上がっていた美由希が、二人の男の間に正座する。
美由希を囲んでいた集団は今高町家の中に引っ込んできて、向こうの方で宴会の相談お
よび準備をしているらしい。食いしん坊のざからや久遠など特に嬉しそうだ。
「美由希ちゃんはすごいねって話をしてたんだ」
「違います。お前の伸びについて俺が質問していた」
「私の…伸び?」
「お前は相川さんの家にお世話になった頃から急に伸びだしただろう?その原因につい
 てな…何を教わった?」
「秘密だよ」
「またか…隠すことでもないだろう」
「でも、秘密は秘密なの。恭ちゃんにだって言えないことはあるもん。ね、真一郎さん?」
「ん?まあ、そうだね」
そうして二人だけで笑いあうと、恭也は憮然としてそっぽを向いてしまった。
子供のようなその行動がおかしくて、真一郎達は本気で笑い転げた。