1、



 機動六課、昼番の朝は……実はそれほど早くない。



 二交代制のため、一日の拘束時間はおよそ13時間。始業は9時、終業は22時。残業手当

も出るし、出動がかかった場合にはその分の手当ても別に出る。福利厚生もきちんとしている。



 普通の部隊では三交代制なので、二交代制というのは中々に過酷な勤務と言えるが、昼番分

隊長達にリミッターをかけ、保有制限ギリギリまで魔導師を集めただけあって、人員は中々充

実している。



 人数だけを見れば夜番の方に偏りが生じているが、昼版はリミッターをかけた高位の魔導師

を配置することで、人数の不足を補っていた。制限をかけたまま昼と夜で勝負をしたら、中々

の名勝負を演出できるのでは、というのは、部隊内でのトトカルチョを仕切っているヴァイス

の言だ。



 ちなみに、通常のシフトでは昼番と夜番の人間が顔を合わせることは少ない。昼番の人間が

任務についている時、夜番の人間は寮で寝ている場合がほとんどだからだ。どちらかが休日で

もない限り、顔を合わせるのは引継ぎのための一時間だけというのが普通なのだが、それ以外

に昼番と夜番の人間が顔を合わせることがある時間帯が存在した。



「あ、かーさんだ」



 その時間帯の一つである、日課の早朝訓練にスバルと共に出かけたティアナはランニング前

のストレッチをしている時に、相棒のその言葉を聞いた。スバルの指差す方を見ると、姉のギ

ンガに面差しの良く似た女性が、手を大きく振っていた。



 笑顔で同じように手を振り返すスバルにばれないように、こっそりと溜息をつく。子供じゃ

ないんだから、といつものように小言がついて出そうになったが、スバルの言うところのかー

さん――夜番の実務責任者であるクイントまでが同じ行動をしているのだから、強く言うこと

も出来ない。親子揃って子供なんだから、と言えるほどティアナも豪胆ではないのだ。



 他人が人目を気にして出来ないようなことも、平然とやってのけるだけの言い知れない力が

ナカジマ家の人間には備わっているようである。訓練校時代に一度会ったことのあるギンガも

無駄に行動力を持った人であったし、彼女らに囲まれて日々を過ごしたであろう父君も――こ

ちらはティアナは会ったことがなく、写真でしか見たことがなかったが――バイタリティに溢

れた人間なのだろうと想像できた。



「スバル、おはよう。ティアナちゃんも」

「おはよー、かーさん」

「おはようございます。ナカジマ准陸尉」



 スバルは気楽に笑顔で、ティアナは畏まった態度で朝の挨拶を返す。愛する娘とその相棒を

見て、クイントは微笑みを浮かべようとして……失敗した。苦笑になってしまった微笑みと供に

うーん、と唸り声を上げる。



「どうかしましたか? ナカジマ准陸尉」

「何だかちょっと他人行儀だと思うの。娘の友達に役職で呼ばれるって、何か壁を感じるわ」



 子供のように拗ねて見せるクイントは、なるほど、スバルの母親というだけあって自由な人

柄だった。就業時間内に顔を合わせるのはこれが初めてではないが、呼び方について言及され

るのは、これが初めてである。



 クイントが一体どうして欲しいのか、スバルと付き合いの長いティアナは一瞬で理解したが、

あえてそれに気づかないふりをして、表情を消し、事務的な対応を返した。



「准陸尉殿は職務中でありますので、不相応な態度は致しかねます」

「……スバルー、ティアナちゃんがいじめるー」

「ティア、なのはさんは仕事中でもなのはさんじゃない。かーさんだけ畏まるのはかわいそう

だよ」



 落ち着いた声音だが、泣き真似に励むクイントに鯖折りをかけられているために、スバルは

苦しそうだ。見た目はギンガのようなのにクイントの中身はスバルに近い。スバルが二人に増

えたような錯覚を覚えながら、ティアナは大きく大きく溜息をついた。



「クイントさん、おはようございます」

「おはよー、ティアナちゃん」



 望みの答えが返ると、そこで泣き真似も終わった。スバルを解放すると、クイントはさっと

夜番部隊の実働責任者の顔に戻る。



「自主練かしら。昼番の訓練はキツいって聞くけど、朝から飛ばして大丈夫?」

「これでもスバルの訓練に付き合ってましたので、体力にはそこそこの自信がありますから」

「この娘、本当に体力だけはあるからねぇ……ついていけたのなら、誇ってもいいと思うわよ」



 感心しきりの様子のクイントに、ティアナは内心で舌を出した。ついていけるというのは、

訓練に付き合う意思が萎えなかったというだけ。体力を数字で表すとしたら、ティアナのそれ

はスバルの半分もないだろう。



 出生も関わっているのか、馬力という点においてスバルほど天賦の才に恵まれた存在をティ

アナは知らない。そのスバルが言うには恭也や美由希の体力はこれ以上という。あれは絶対に

人間じゃなくて、恭也・テスタロッサって生き物だよね、というのはスバルの弁だ。



 まるで化物みたいな言い草が気に食わなかったからその時はとりあえず関節技を決めておい

たが、特別な存在という評価に関してならばティアナも同じ意見だった。



 魔導師でもそうでなくても、前線で仕事をする人間にとって基礎体力は絶対に必要なものだ。

あればあるだけ、任務の成功率が上がり、生還率も上がる。思考する上でも重要だ。前線で息

が上がっては、纏まる考えも纏まらなくなる。



 ティアナの仕事は、前線全体を見渡して指示を出し、仲間の命を預かることである。執務官

を目指すのならば、それくらいできなくちゃ……と思い定めて以来、体力造りは欠かしていな

い。



 訓練校でスバルと出会ってからは、そのハードワークに磨きがかかったが、自らの身体を労

わることも忘れてはいない。それはとても大事なことだと、恭也も『本局マガジン』でインタ

ビューを受けた時に言っていた。特共研の部長と仏頂面で載っていた巻頭カラー16P特集が

組まれ、表紙まで飾ったその号はティアナの宝物の一つ、いや、五つだった。何しろ全部で五

冊も買ったのだから。



「残りの三人は一緒じゃないの?」

「エリオは何というか一匹狼だから、あまり一緒にやりたがらないんだよね……キャロはエリ

オ大好きだからエリオと一緒にいるよ」

「あの娘は? 恭也くんがつれてきた巨乳美女の」

「……すずかさんなら、もうすぐ来ると思いますよ。朝に弱いらしくて、起きてくるのはいつ

もちょっと遅いんですよ」



 クイントの直球過ぎる表現にティアナにも苦笑が浮かぶ。巨乳美女と言うとどうにも淫靡な

雰囲気漂うが、あれほど穏やかな性格をした女性も珍しい。古代中世ならば姫君とでも呼ばれ

ていそうな雰囲気だった。



 時折見せる憂いを帯びた表情など、同じ女性のティアナでもはっとするような色気がある。

これが男なら放っておかないだろう、と思うのだが、誰が見ても解るくらい恭也に入れ込んで

いる様子のため、六課の男性陣も彼女にちょっかいをかけることはしていないらしい。



「あ、噂をしたら来たよすずかさん」



 相棒の指差す方を見ると、戦闘服ではなく訓練着を着込んだすずかの姿があった。紫の緩い

ウェーブのかかった髪をポニーテールにしたすずかは、訓練時の戦闘服ではなくティアナやス

バルと同じ訓練着を着ていた。スターズが白、ライトニングが黒のTシャツと住み分けがされ

ており、ならば三つ目の分隊であるブレイド分隊は灰色かと詮無いことを考えもしたが、かの

分隊にはこのTシャツという決まりがある訳ではないらしく、すずか本人の好みを優先して黒

いTシャツを着ていた。



 色気も何もない服装だが、すずかほどにスタイルが良いとそれでも殺人的な色気がある。朝

が弱いせいでタレ気味の目がいつも以上にタレていることも、その色香を一層際立たせていた。



「おはようございます。皆さん」

「おはようございます」

「おはよう、すずかさん。ミュー姉は一緒じゃないの?」

「美由希さんなら先に来てるはずなんですけど……」



 困惑したすずかの言葉に、ティアナとスバルは首を巡らせた。来ているはずと首を傾げてか

わいく言われても、見ていないものは見ていない。気配を消せると噂の美由希が本気で隠れて

いるとしたら見つかるはずもないが、恭也ならばいざ知らず美由希が無駄に隠れるとも思えな

い。



 すずかを見かけたのなら挨拶くらいしてくるはずだし、ティアナ達も同様だ。クイントに顔

を向けると、見ていない、と首を横に振った。



 つまり、美由希はこの辺りにはいないということだ。デバイスサーチをすれば直ぐに捕捉出

来るだろうが、今日は美由希もティアナ達と同じ昼番シフトなので今の時間は勤務時間外であ

る。



 位置情報を捕捉するための操作は、緊急時以外、勤務時間外の人間には原則的に使うことが

出来ないのだ。通信は通じるものの、クイントを除いた三人は美由希よりも階級が下である。

婉曲な言い回しをしたとしても、要するに言いたいことは『早く来い』だ。下っ端の人間とし

ては、あまり口にしたくない言葉である。



 何となく、スバルとティアナ、すずかの視線がクイントに集中した。美由希に対して催促行

為を角を立てず行えるのは、この中ではクイントだけである。



 視線の意味に気づけないクイントではない。若いのにせっかちねぇ……とぼやきながら、ク

イントはデバイスを操作して美由希を呼び――



「……すずかさん、どうしたの?」

「今、美由希さんの気配がしました」

「え、うそ」



 すずかの突然の告白に、クイントも手を止めて周囲を見回す。ブレイド分隊の面々はデバイ

スに頼らずとも、本人の力のみで離れた場所にいる魔導師を認識できるという、レアスキルを

所持している。



 知覚範囲は美由希が最も広く、その次が恭也で、すずかは三人の中では一番捕捉範囲が狭い

のだが、それだって見える範囲に入っていれば、変装していても隠れていてもそれが本人だと

認識できるのである。



 スバルもティアナもクイントも、その範囲について説明はされていたから、すずかの言葉は

同時に美由希が近くにいるのだ、ということになると理解した。



 だから必死に視線をめぐらせるが、それらしい姿を見つけることは出来ない。もしかして恭

也みたいな冗談を本気で実行してるのでは、とティアナが心の片隅で疑い始めた頃、何の気な

しに空を見上げたすずかは、そのまま硬直した。



 ティアナもそれに釣られて空を見上げ――そのままスバルの腕を取って跳び退った。クイン

トもすずかも、自主的に避難している。その退避が完了するのを見計らったかのように、美由

希は空から降ってきた。



 着地の衝撃を何かで殺したようだが、衝撃そのものをなかったことには出来ない。巻き上げ

られた土埃がティアナ達の周囲に渦巻く。



「あー、ごめん。ちょっと待ってて」



 目を閉じて土埃が晴れるのを待っていると、そんな美由希の声と共に再び風が吹いた。もう

いいよー、という彼女の軽い声に目を開けると、小太刀を納める美由希と綺麗な空気があった。

自ら起こした突風で土埃を綺麗に払った美由希は、事も無げに自分の服についた汚れを手で落

としている。



「おはよー、ミュー姉」

「おはようスバル。ごめんね、迷惑かけて。もう少し離れたところに着地するつもりだったん

だけど、調子に乗ってたらちょっと制御に失敗しちゃってさ」

「制御に失敗したのなら、こちらに声にかけてほしかったです」



 心臓に悪いですから、とティアナが首を指すと、美由希は顔の前で両手を合わせてごめん!

と謝る。恭也よりも一つ年上だから自分たちと比べると十歳は離れているはずである。こうい

う言い方をすると本人は傷付くかもしれないが、子供のような仕草が妙に様になるのだ。



「や、制御担当が絶対に人には傷つけないって言うからそれを信用してたんだけど、降ってく

るのを目撃する側は怖いよねそりゃあ」

「まぁまぁティアナちゃん、美由希ちゃんも反省してるみたいだしその辺で」



 助け船を出してきたのはクイントだ。彼女に言われたらティアナも収めるしかない。誰も怪

我などしていないのだから、元よりそれほど食って掛かるほどの話でもないのだが、これだと

自分だけ口うるさい女の子である、というアピールをしてしまったようであまり気分が宜しく

ない。



「こういう時にも意見が言えるティアナちゃんって素敵! って恭也くんには伝えておくから

安心しなさい」

「よろしくおねがいします……」

「それにしてもミュー姉、空飛べたんだね」

「浮くだけだったら十年前から出来たんだけどね。最近はテスタ式の飛行魔法の術式が実用化

出来そうってことで、飛んでレポートしてくれって五月蝿いんだうちの上司が」

「美由希さんが飛べるってことは、恭也さんも飛べるんですか?」

「飛ぶだけならデバイスなしでも皆出来るけど、フェイトとかなのはみたいに飛び回れはしな

いかな。恭也なんてこの間、アクロバットしようとしてそのまま墜落しちゃったし」



 あはは、と美由希は笑うが、スバルはびくっと身体を震わせて辺りを見回す。いつもならば

この辺りでデコピンが美由希の額に炸裂するのだが、今朝はその恭也の姿が見えない。攻撃され

ないことが解っているのか、美由希の恭也トークも二割増しくらい過激な物になっている。



 明らかに気が大きくなって調子に乗っている美由希の姿に危機感を覚えるティアナだったが、

いくら恭也でも物理的距離や法則を無視してまで美由希に攻撃することは出来ないようだった。

警戒するスバルを他所に、美由希は至って無事のまま話は進む。



「じゃあ、私はすずかとこれから走りこみにいってくるけど、どうする? スバルとティアナ

も一緒に来る?」



 言葉の上では二人に問うていたが、美由希の言葉はティアナに向けられたものだ。この四人

の体力を比較した場合、ティアナ一人が大きく劣っている。特共研組の鍛錬は非常に過酷だ。

基礎の体力作りからしてこの後に仕事をするとは思えないほどのハードさである。



 そう、この後には仕事があるのだ。事務仕事ならばまだ良いが、新人の自分達の仕事は朝か

ら晩まで訓練すること。特共研の鍛錬は厳しいが、なのはの訓練も負けないくらいに厳しい。

どちらも十全に達成するためには美由希の言葉に首を横に振るのが正しいことなのだろうが、



「是非」



 と、ティアナは一も二もなく飛びついた。大変にはなるだろうがなのはの訓練に参加するこ

とそのものには支障がないと判断したティアナに迷いはなかった。間髪をいれない即答に美由

希は苦笑を漏らしたが、申し出を断るようなことはしなかった。美由希も、恭也に負けず劣ら

ず頑張る人間が好きなのである。



「私は仕事に戻るけど、自主訓練もほどほどにね?」



 今朝は四人で、と話が纏まったところで、クイントはぱたぱたと手を振って行ってしまった。

彼女のノリならば参加しても良さそうなものだが、自分たちが自主訓練をする余裕があるとい

うことは、クイント達夜番が仕事中ということだ。



 訓練も仕事のうちと、なのはやはやては最終的に笑って許してくれるだろうが、勝手にそれ

を始めるのはやはり問題なのである。去っていくクイントの背中を見送るスバルは、どこか寂

しそうだった。



「ねえティア、今日のシフトってどうなってた?」

「私達はすずかさんも含めていつも通り訓練、ブレイド分隊は美由希さんが昼番で恭也さんが

夜番。なのはさんが私達の訓練に付き合ってくれて、ヴィータ副隊長とシグナム副隊長が本部

待機兼自主訓練。フェイト隊長は執務官の仕事があるとかで、今日はここにいなかったはずよ」

「フェイトならさっきピカピカの黒い車にはやてを乗せて出て行ったよ」

「部隊長も外に用事があるんですか?」

「ベルカ自治区まで行くんだって。帰ってくるのは夕方になるとか」



 自分で空を飛んで行けばすぐなのにねぇ……と管理外世界出身者らしいことをぼやきながら、

美由希は軽くトン、トンと飛び跳ねた。これから行くぞ、という合図である。



 ティアナが身構えると、美由希はランニングというには速すぎる速度で駆け出した。すずか

はそれに当たり前のように、虚を突かれた形になったティアナとスバルは、それに僅かに遅れ

て走り出す。先頭を行く美由希から僅かに離れてすずか、少し間を空けてスバル、そこからさ

らに間を空けてティアナというこの構図は、始まりから終わりまで誰かが手を抜かない限り変

わることがない。



 せめてこの距離を維持したまま終わらせるのが最低限の仕事、スバルとの差を少しでも縮め

るのが努力目標。いつか美由希や恭也に追いつくのが将来の夢である。



 物を考えながら走ると体力を余計に消耗する。スバルの背中を追いかけながら、ティアナは

段々と思考のレベルを下げていき、やがてただ走るだけのマシーンになった。



 ティアナ・ランスターの気の抜けない一日は、このようにして始まる。





 
























2、



 ミッドチルダ北部ベルカ自治区、聖王教会大聖堂。



 管理世界に点在する聖王教会施設の中でも、屈指の荘厳さを誇る建築物であるそこを聖王教

徒の衣装に身を包んだ八神はやては、一人歩いていた。行きかう聖王教徒を見ながら、無神論

者である自分が彼らの仲間でござい、みたいなアピールしててええんやろか、と感じるのは毎

度のことである。



 聖王教は管理世界に存在する他の宗教よりも、規律が緩いことで有名だ。俗っぽいと言い換

えても良い。はやてや周囲の人々が身を包んでいるこの衣装も、肌をさらすのはいけないとい

う地球のとある宗教のような理由からではなく、ベルカ的な民族衣装であるから、という理由

で着用しているに過ぎない。



 この辺りは観光地としても有名であるから、貸衣装屋で借りてうろうろしているだけの観光

客も相当な数が混じっているだろう。地元民で普段着としてこれを着ている人間は、果たして

この中にどれだけいるのか……調べてみたい気もする。



 そんなリベラルな教会であるから、管理局の中にも教徒は沢山いた。人員交換も行っており、

組織としては両者の関係は良好と言えるだろう。軍事組織と宗教団体が懇意にしているのはい

かがなものかという意見も多数あるものの、それを補って余りある相互補完の関係は今の時代

にはなくてはならないものとなっていた。教会も管理局も、今更関係を白紙に戻すにはお互い

から多くの物を得すぎているのである。



 かく言うはやての機動六課も、教会と管理局の友好の結果存在している。管理局側からの後

押しだけでは、決して形になることはなかっただろうことを考えると、設立に尽力してくれた

巨乳の教会騎士には頭が上がらないはやてだった。





 観光客で一杯の大聖堂正面を迂回して、教会関係者用の出入り口へ向かう。人ばかりだった

あちらとは異なりこちらはいくらか静かで質素だったが、教会本部に程近い場所にあることか

ら、上級騎士や武装騎士団の面々の出入りも激しい。



 受付に身分証を見せて用向きを伝えると、ほどなくして顔見知りの、こちらはつつましやか

なおっぱいをしたシスターが現れた。騎士カリムの秘書シャッハ・ヌエラである。護衛も勤め

る彼女は武闘派として知られており、若い騎士団員をまとめて十人叩きのめしたという逸話も

記憶に新しい。



「よくいらしてくださいました騎士はやて。上で騎士カリムがお待ちです」

「ありがとうな、シャッハ。お邪魔させてもらうな」



 短い会話を交わして、シャッハの脇を抜けて廊下を行き、階段を登る。シャッハが出てきた

エリアよりもこちら側が、関係者以外立ち入り禁止の区画である。通行できるの人間は教会関

係者の中でも限られており、上級騎士以上の身分を持つものか、それらから特別に許可を得た

者しか立ち入ることは出来ないことになっている。



 シャッハはシスターであり教会内部における地位はそれほどでもなかったが、枢機卿の家系

であり、若手の中でも有望視されている騎士カリムの側近ということもあり、特別に許可を得

ていた。



 守護騎士達の主であり、古代ベルカの魔法を修めているはやても一応、ベルカ世界において

は騎士と呼ばれることもあるが、それは教会に籍を置いているという意味ではない。カリムの

騎士と、はやての騎士は意味が異なるのだ。教会に限って言えば、はやては特に身分を持って

いる訳ではないのである。



 だが、古代ベルカ魔法の使い手は貴重であり、シグナム達守護騎士を従える『夜天の王』八

神はやては、正式な身分はそれとしても、聖王教会では一目置かれる存在に違いはなかった。

管理局では小娘が……と反発の目を向けられることも多いのに、教会では素直に尊敬の視線を

集めることが出来る。それで踏ん反り返ってしまえば元も子もないが、その視線がこそばゆく

も気持ちいいと思うことまで否定出来るほど、はやても人間が出来ている訳ではなかった。



 しかし、である。我が世の春を味わうはやてだったが八神一家の中でのベルカ世界における

尊敬度は三番目のという非常に微妙な位置にいるのを思い出すに至ると、途端に舞い上がって

いた気分も萎んでしまう。



 では、はやてよりも上位に二人は誰かと言えば……



 一番は身分高い女性を身体を張って助けるという、衆目にも解り易い英雄的行動と、類稀な

剣の腕で名誉騎士の称号を分捕った恭也。二番目は古き良きベルカの騎士を再現する存在、シ

グナムである。どちらも仕事の暇を見つけては教会に顔を出し、若手の騎士に剣の稽古をつけ

たりもしているという。加えて二人とも容姿が良いから老若男女問わず、ファンは多い。



 その剣の腕は教会だけでなく、ベルカ自治区でも認められるに至り、先日ベルカ自治政府か

ら恭也とシグナムにある免状が送られてきた。自治区が武術を深く修めた人間に発行するそれ

はいくつかにランク分けされた中でも最高位の物で高位の武人であることを知らしめると共に

数々の特権を付与するものだった。



 例えば、その免状を持つ恭也が自治区内で道場を開き門下生を募りたいと言えば、土地から

資金から門下生から、全て自治政府が用意してくれるという特権の他、自治区及びベルカの息

がかかった地区という限定ではあるものの、数々の優遇措置が受けられるようになるのである。

教会騎士団の中では決して珍しい免状ではないが、それを当然のこととして所持しているように

なるのは、勇猛でならす教会騎士を1000人以上指揮する立場にようになってようやく、と

いったところだ。



 武を尊ぶ傾向のあるベルカにおいて、これは何よりも尊敬に値する事柄である。



 ちなみに機動六課の中では他にもヴィータがこの免状を得ているが、彼女が持っているそれは

恭也やシグナムのものよりも、2ランクほど落ちるものだった。その事実をヴィータが知った時

は荒れに荒れたが、魔法魔術を含めた総合的なものではなく、純粋な武術の腕としてみれば、力

押しで行くヴィータは、恭也やシグナムに一歩劣ると言わざるを得ない。



 そこだけを見れば、魔導師ランクではヴィータに劣るザフィーラの方が、免状に関してはいい

線を行くことだろう。家でも職場でも狼の形態でいることが多い彼であるが、あれで体術の腕前

は中々のものがある。それ専門に修めたクイントなどと比べればいくらか劣る物の、例えば恭也

と殴り合いの勝負をしたら、十やって十ザフィーラが勝つだろう、というのは恭也本人が言って

いたことだ。



 

 詮無いことを考えているとほどなくして、カリムの執務室の前に着いた。後ろについてきてく

れたシャッハに目配せをしてから、ノックする。入室を促すカリムの声が聞こえると、人払いと

警護のために外に残るシャッハを扉の脇に残し、フードに手をかけながら入室する。



 久し振りに入ったカリムの執務室は、相変わらずいい匂いがした。



「はやて、おひさしぶり」

「お久し振りや。相変わらず美人さんやな、カリム」

「ありがとう、はやて」



 賛辞にもたおやかに微笑んで対応するカリムである。美人という言葉を言われ慣れている感

があってちょっとムカっときたが、今は仕事、私は大人……と思いなおして、カリムの勧めて

くれた椅子に腰掛ける。目の前に置かれたお茶は相変わらず高級品だった。



「しっかし、一人で来るんは久し振りやなぁ。最近はいっつも誰か一緒におった気がするわ」

「そうね。でも、一人で気兼ねなく来てくれても良いのよ? こうして誰かとお茶をするの、

私楽しみにしているのよ」

「カリムが楽しみにしてるのは、恭也さんやろ?」

「……否定はしないわ」



 ぷい、と顔を逸らすカリムの頬は僅かに朱に染まっていた。まるで乙女のような反応にゾク

ゾクしつつ、お茶に口をつける。カリムの執務室の中に、他に人はいない。盗聴対策の科学的

魔法的走査は毎日行っていて、外にはシャッハが張り付いている。



 お茶を楽しむのなら、態々ベルカ自治領の施設にまで足を運ぶ必要はない。ここに呼ばれた

ということは、万が一にも他人に聞かれたら不味い類の話をする、ということだ。



(私もお茶は楽しみやねんけどなぁ)



 だが、仕事は仕事だ。



 カリムがサインフレームを操作すると、窓に暗幕が引かれ室内が暗くなる。はやてとカリム

の中間にスクリーンが投影され、今日、はやてがベルカ自治区まで呼び出された原因が浮かび

あがった。



「これは、ガジェット?」

「その新型ね。今まで投入されていた物よりも、巨大で戦闘能力の高い物となっているわ。ガ

ジェットがロストロギア関連の事件で見られるのは珍しい話ではないけれど、最近になってこ

ちらの二つの型が見られるようになってきたの」

「導入する側で量産体制が整ったいうことかな」

「それが事実であるとすると、対処する側からすれば頭の痛い話ね」



 冗句のようにカリムは言うが、実際に散見されるようになったということは、そういうこと

なのだとはやてにも分かっていた。一番登場するのは現行の一型だろうけれども、これからは

さらに高性能なガジェットを現場の人間達は相手にしなければならない。



 恭也や美由希の地道な活動の甲斐もあって、AMFに対する認識と魔法を使えない、もしく

は著しく制限されている時の対処法は管理局でも広まりつつあるが、ガジェットの大軍に対す

る備えとしては、まだまだ十分とは言えなかった。



 だが、強力なガジェットが実際に現場で猛威を振るうようになれば、多くの人間が脅威を認

識するようになるだろう。最前線で対処する機動六課としても、他の局員や騎士がそういう認

識を持ってくれるのは歓迎すべきことではあるが、今は聊か時期が不味い。



 地上本部の実質的な最高権力者、レジアス・ゲイズ中将は、AMF内部でも効率的に活動す

る方法、その一つとして質量兵器の導入を強く、それも早急に推し進めようとしている。地球

出身のはやてにとっては治安維持組織が銃器を携帯することに何ら抵抗はないが、管理世界の

人間は必ずしもそうではない。



 質量兵器は危険なもの、という刷り込みが幼いころから行われている管理世界である。リベ

ラルな思想を持つリンディですら、質量兵器には決して少なくない忌避感を持っていた。魔導師

至上主義がまかり通る派閥における質量兵器嫌いは言わずもがなである。



 だが、質量兵器に関する案件では地上本部の方が優勢で、このまま行けば一部ではあるが採

用されるだろう、というのがハラオウン派上層部の見解だ。推進派の急先鋒であるゲイズ中将

の平和を守るための姿勢が、市民に評価されているのも大きいそうである。



 主張が苛烈で強硬なのははやても思うところではあるが、主義主張は兎も角として、根本に

ある地上を思う心は本物であると六課の中では唯一ゲイズ中将と懇意にし、今も関係が続いて

いる恭也も認めている。



 恭也は恭也で、中々人を見る目がある。その彼が言うのだからゲイズ中将の心根は本物なの

だろうが、心根がどうであっても、結果が綺麗な物になるとは限らないことをはやては十年前

に身を持って経験していた。心中は兎も角、軋轢を無視した急行な改革はどう考えたって宜し

くない。



 加えて、政治的な問題もある。



 質量兵器が導入されるということは、戦える人材が増えるということだ。慢性的な人手不足

なのは地上も本局も同じことだが、それが地上だけ解決されることになる。効果があると大衆

に証明されればいずれ本局も質量兵器を導入せざるを得ないのだろうが、それまで反対してい

た手前本格的な導入は遅れに遅れるだろう。



 その間に地上が戦力を増強することになれば、広域を担当するという名目で魔導師を吸い上

げて築いた使える人材の頭数に寄る優位が崩れてしまう。どちらが組織が優位かなどはや

てにとってはどうでも良いことだったが、もっと上の立場、派閥を預かるリンディやレティの

立場になると、そうも言っていられない。



 ハラオウン派は地上の質量兵器の導入に関しては中立を貫いているが、既に他の派閥はそれ

を阻止しようと動きを活発にしているという。ハラオウン派は最大派閥であるが、最大なだけ

で過半数を取っている訳ではない。



 利益で結びついた連合ならばどうとでもなるだろうが、地上の風下に立つのは嫌だ、という

単純な行動原理であると阻害も難しい。おかげで中立であるはずなのに、対抗派閥が暴走しな

いようリンディはフォローに奔走している。



 仕事が増えた、と先日顔を合わせたリンディは不機嫌そうに言っていたが、逆にレティは機

嫌を良くしていた。対抗派閥から権益や人材を合法的に削り取るのが、ハラオウン派における

レティの役目の一つであるからだ。



 動きがあるということは、それだけつけ入る隙も大きくなるということ。懇意にしている情

報部や監査部の面々と連携し、対抗派閥をチクチク突付くレティは、今ハラオウン派内で最も

充実している人間だろう。



 ちなみに、そういう仕事をしつつも、本局で質量兵器を扱う部隊が導入される際にはハラオ

ウン派がそれを取り仕切る、という裏工作もレティは平行して進めている。気づいた時には全

て手遅れ、というのがレティの流儀だ。派閥の中ではまだまだ小物であるはやてをして、彼女

が味方で良かったと思う瞬間である。彼女の細工を直に見た訳ではないが、はやてはレティの

それが確実に成功することを疑ってはいなかった。



「で、どうして強いガジェットがいきなり出てきたん?」

「ガジェットが動くとしたら、目的は一つよ」



 カリムがサインフレームを操作すると画面が切り替わり、ミッドチルダの地図が浮かび上が

る。多数浮かび上がっている赤い光は、ガジェットが出現したポイントだろう。その横には出

現した日付と、破壊及び捕獲したガジェットの形式と個数が記されている。



 覚えがある場所と内容は、六課や管理局の他の部隊が処理したものだ。完全に覚えがないも

のは教会騎士団が独自に処理をしたものだろう。管理局が処理したものと教会が処理したもの。

数で言えば管理局の人間がやった物が多いが、地図の光点から判断する限り教会騎士団の手際

も中々である。



 自らの所属する組織と協力してくれる組織の手際に頼もしさを覚えながら、その光点を一つ

一つはやては検分していく。



 やがて、それら二つの組織に破壊され捕獲されたガジェットの出現地点が、日を追うごとに

収束しているのが解った。収束している地点は全部で三つ。うち二つは既に教会、管理局の査

察が入っており、残りは一つ。その地点は、



「ミッドチルダ北部にあるとある組織の倉庫、そこにレリックらしき物体があることが判明し

たのが昨日の深夜。査察のため申請はしたのだけれど、それを待たずに企業は荷物の移送を開

始したわ。目標物は現在リニアレールで移動中。間違いなく荷物が積まれたことは教会の手の

者が確認しているわ。現在も動きを追跡しているけれど……」

「こんな美味しい的を、ガジェットが逃すはずもないなぁ」



 事情が事情なだけに警備の人間はいるだろうが、教会騎士団にマークされている状態では大

規模なそれは導入できないはずだが、それでもいないということはないだろう。いるとすれば

少人数だが、荒事に関わる以上それが真っ当な人間でもそうでなくとも相当な手練であること

に違いはない。六課の新人と戦わせるとしたらこれは大変な脅威だ。



 だが、彼らが最初に相手をすることになるのはAMFを扱い実弾兵器を繰り出すガジェット

である。ただでさえ魔導師にとっては強敵なのに、リニアレールの中で荷物を守りながらでは

いくら手練であっても勝つのは難しいだろう。荷物がガジェットに奪われるのは時間の問題だ。



「……教会騎士団はこの件に関して、行動は監視に留めることにしたわ。ガジェットがリニア

レールを襲撃して後、機動六課に出動要請が降ると思うの。これが初陣よ。迅速かつ確実に処

理を期待するわ」

「リニアが襲撃される前じゃ駄目なんか?」



 襲撃されることが解っているのなら、それを看過するのは例えそれが犯罪者やその予備軍で

あったとしても道義に反する。正義の味方を標榜している管理局に属するはやてとしてはカリ

ムの方針には異を唱えなければならないが、



「先方は意地でも査察を拒否する方針のようよ。ガジェットが来るぞ、という再三の警告にも

屈せず意味のない逃亡に踏み切る方々だから、緊急時でもないのに踏み込んだらそれこそ法廷

で最後まで争う構えみたい」



 はやての問いにカリムは苦笑を持って応えた。助けるための努力はした、ということなのだ

ろう。犯罪の明確な発覚を恐れて救いの手を拒否したのだから、その結果として彼らが痛い目

を見るのは仕方がないことだと思わないでもないが、それでも助けられるのならば助けたい。



「管理局に捜査令状を取ってもらっているけれど、教会から回された証拠ということで手際が

悪いみたいで……ガジェットの出現するタイミングによっては、機動六課に全てが丸投げされ

ることになると思うわ。捜査資料はこちらの物を提供するから、後日テスタロッサ執務官に渡

してね」



 サインフレームを閉じると、カリムは紙媒体の資料を寄越してくる。聖王教会の印で封蝋が

されたそれを受け取るはやての顔には、苦笑が浮かんでいた。



「何から何までスマンなぁ」

「協力した以上成果を示してもらわないと、というのが枢機卿会議及び聖下のご決定ね。教会

は今後も必要な時に必要なだけバックアップするから、安心して任務に励んでちょうだい」



 全面的に、と言い切れないのは管理局と教会の関係があるからである。成果を出したとして

も教会におんぶに抱っこでは、あちらの手先だという言い分を対抗勢力に与えることになる。



 それを協調だ、と論破することはリンディやレティならば出来るだろうけれども、六課と教

会ががっちり手を組んでいるというのが公然の秘密であっても、腹を探られるような要素は可

能な限り排除しておきたい。



 世界の平和を守るという目的があるのだから、手を組むことを隠す必要はないのでは、とい

うのがはやての意見ではあるが、組織の利権や対立がそれを許してはくれない。こういう面を

少しずつ改革していくのが、はやての今後の課題である。



「お茶のお代わりはいかが?」

「いただくわ」



 いずれ緊急の連絡が入ってくるのだろうが、それまでは少しの休息を楽しもう。



 難しい話はこれまでと柔らかな微笑みを浮かべるカリムに、はやては全身の力を抜いて椅子

に背中を預けた。

























3、



「これが新デバイス……」



 午前の訓練終了後、昼食を取って後に呼び出されたスバル達を待っていたのは、隊長達から

のプレゼントだった。すずかを除いた新人四人の前にそれぞれ、待機状態になったデバイスが

浮いている。エリオのストラーダとキャロのケリュケイオンは特に変わった様子は見られない

が、スバルとティアナのデバイスは初顔合わせだった。



 なのはに手にとるように促され、恐る恐る触れて見る。デバイス特有の軽く、それでいて固

い感触の中に、スバルは仄かな温かさを感じた。



「スバルの持ってる娘は『マッハキャリバー』って名前だよ。クイントさんに意見を聞いたら、

リボルバーナックルをベースにするより、ローラーを新調した方が良いって話だったからそう

してみたの。自動修復機能があるから、今までほどメンテナンスしなくても大丈夫になったよ」

「それは助かります」



 自分の命を預けるデバイスだけに、メンテナンスには手を抜けない。それでも面倒臭くて訓

練校時代からルームメイトのティアナに任せたこともあるが、メンテナンスにかける時間は確

実に訓練時間を圧迫していた。それが解消できるのなら、これほど嬉しいことはない。



「リボルバーナックルを収納、瞬間装着できるようにもしておいたから、これからは一体型と

して運用できるよ。シミュレートでは同調機能に問題はなかったけど、四人の中では唯一そう

いう機能を持たせた娘でもあるから、ちょっと心配なの。訓練の後には簡単なレポートを書い

てもらって、調整に協力してほしいんだ。他の皆に比べてちょっと手間がかかるけど、よろし

くね?」

「全然オッケーです!」



 自分で面倒を見ていたことに比べたら、その程度はお釣りがくる。誰かの手を借りるところ

は変わっていないが、同じ前線メンバーのティアナの手を煩わせるよりも、それが仕事である

メカニックのシャーリーに任せることは、スバルの心労を軽くさせた。



 これでティアナに油塗れの手で、頬をぐりぐりされなくて済む……とティアナを横目で見や

ると、彼女は待機状態のデバイスを持って感慨に耽っていた。



 今まで自作デバイス一つで頑張ってきたティアナにとって、それが始めてのAI搭載型のデ

バイスである。しかも無骨なストレージデバイスではなく、管理局の技術者がその技術を惜し

みなくつぎ込んだ最先端のインテリジェントデバイスだ。



 局員のほとんどが量産型のデバイスを使っていることを考えれば、基本ワンオフのインテリ

ジェントデバイスを支給されることが、どれだけ破格の扱いであるのか分かる。厳密に言えば

これらのデバイスは――私物であるらしいストラーダとケリュケイオンは異なるが――譲渡さ

れたのではなく貸与されるものなのであるが。



 管理局に所属している間は、その個人専用のデバイスとして扱われ、使用者が退役した時に

は管理局に返還されるか、規定の金額を支払って買い取るという形が取られる。資金に余裕が

あるのなら即座に買い取るということも不可能ではないものの、インテリジェントデバイスは

個人が買うには高額で、駆け出しの身分ではそれも難しい。



 尤も、私物のデバイスを管理局で整備してもらうためには、色々と煩雑な手続きが必要にな

るため、所有するのが良いか悪いかは意見の分かれるところだ。



「ティアナの娘は『クロスミラージュ』って名前ね。要望の通りベルカ式カートリッジシステ

ムを採用したミッドチルダ式の二丁拳銃型デバイスになってるよ。参考例が少なかったからシ

ステム構築にちょっと苦労したけど、良い勉強になったよ」

「そういってくれると助かります」



 シャーリーに頭を下げ、ティアナはクロスミラージュを展開させた。バリアジャケットはな

しの、デバイスだけの限定起動。今まで使っていたアンカーガンよりも少し大きくなっていた

が、全体的なフォルムにそれほど違いはない。グリップの付近に大きく×印があるのが目を引

いたが、見た目で大きく変わったところと言えばそれくらいだろう。



 ティアナはクロスミラージュの感触を確めるように掌で転がし、両手のそれを使ってジャグ

リングを始める。スバルにとっては見慣れた作業だったが、他のメンバーはそれを見るのは初

めてだ。ティアナの思わぬかくし芸に、感嘆の溜息が漏れる。



 それに気を良くすることもなく淡々とした様子でシャーリーにグリップを向ける形でジャグ

リングを終えると、クロスミラージュは待機状態のカードに戻った。



「びっくりするくらい私が作ったアンカーガンに感触が似てますけど、これもシャーリーさん

が?」

「構成物質のデータがあれば、デバイスでそれを再現するのは結構簡単なんだよ。重量までア

ンカーガンに近づけてあるけど、希望するならもっと軽く出来るよ。どうする?」

「いえ、重さはこのままでお願いします」

「それは良かった。後、希望があったからアンカーもつけたままにしておいたけど、いつでも

外せるようにしておいたから、バランスが悪いようだったら言ってね」

「了解です」



 新デバイスを作ってくれるという情報をティアナが聞きつけた際、シャーリーに要望したの

がアンカーの付与だった。最初の設計では削除される予定だったらしいので、ティアナが言わ

なければ実装されなかった機能である。



 空を飛べる魔導師にはほとんど必要にならない機能であるが、飛べないティアナにとっては

三次元的な移動を行うためには必須のギミックである。感傷と言ってしまえばそれまでである

ものの、訓練校でも災害救助部隊でも、ティアナ本人は言うに及ばずスバルもあのアンカーに

は助けられてきた。削除するのは如何にも惜しい。



「午後の訓練はその娘たちの慣らしも含めてちょっと軽めに、でも実戦的な訓練をするからそ

のつもりでいてね」

「なのはちゃん……リスティさんは何か言ってきてない?」



 新デバイス及びバージョンアップされたデバイスを持って喜ぶ他の新人達を尻目に、すずか

が控えめな声を挙げた。彼女一人だけ、新人の中ではデバイスそのものが支給されていない。

通信用のデバイスは持っているがそれは通常の局員でも持っている物で、新デバイスに沸く新

人達の中で仲間はずれ感は否めなかった。



 すずかの寂しそうな顔になのはは僅かに後退った。母性本能をくすぐるその寂しそうな表情

は離れて見ていたスバルにも眩暈を覚えさせた。これで男が相手だったら今のすずかを放って

おくことなどしないだろう。事実、すずかのこういう仕草にくらりときた六課の男性職員は密

かにアプローチをしているようだが、すずかはその全てを丁重にお断りしているらしい。



 恭也と一緒にいるところを見れば、すずかがどういう感情を持っているかは一目で、それこ

そどんなアホでも分かりそうなものだが、すずかに声をかける職員は後を絶たない。それでも

風紀関係に目を光らせるはやてが問題にしないのは、問題が綺麗に収束しているからだ。



 断られたから諦めるのなら、最初から告白なんてしなければいいのに、とスバルは思うのだ

が、恋愛というのはそういうものではないのよ、と訳知り顔で言うティアナを前にしては黙る

しかなかった。初恋もまだの自分では、頭が良く大絶賛恋をしているティアナを言い負かせそ

うな気がしない。



「……デバイスはまだ完成してないって。天啓があったからバージョンアップをするとか何と

か言ってたけど、詳しいことは私も聞いてないよ」

「まだ一回も手にしてもいないのに、バージョンアップされても有り難味がないんだけど」

「それは私にはちょっと。でも、すずかちゃんが持ち出してきた棒? は今朝の便で輸送され

てきたみたいだよ」

「しばらくはそれで我慢するしかないかな……リスティさんには私の方から話してみるね」

「お願いね――」



 その時、なのはの言葉を遮るようにサインフレームがけたたましい騒音を放ち始めた。真紅

の点滅光と共に表示されている文字はALERT。第一級警戒態勢を意味するそれに、その場

に集まった人間に緊張が走る。



「グリフィスくん!」

『はい。教会本部からグラシア准将経由で出動要請。ミッドチルダ北部を走るリニアレールが

ガジェットに襲撃されている模様。内容物にレリックらしきロストロギアが積まれている疑い

があります。なお、リニアレールの制御はガジェットに奪われているため、外部からの接続を

受け付けません。リニアレールの制御を取り戻すかあるいはリニアレールの破壊も今回の任務

に含まれます』

「了解。ヴァイスくん、ストームレイダーは?」

『今すぐにでも飛べます。各々方はお早いお越しを!』



 音声のみで、ヴァイスの軽快な声が聞こえた。ヘリパイロットの彼とスバルはあまり顔を合

わせたことはないが、グリフィスと一緒によく恭也といるところを見かけることがあった。女

性といない恭也を見るのが新鮮で、それは良く覚えている。恭也の数少ない男友達、というの

がヴァイスに対するスバルの認識だった。



「フェイト隊長とはやて部隊長は直接現場に、私達はここから出発するよ。出動は私高町なの

は、スバル・ナカジマ、ティアナ・ランスター、エリオ・モンディアル、キャロ・ル・ルシエ

とフリードリッヒ、のフォワード新人全員。ブレイド分隊からは高町美由希に月村すずか、協

力員からはアルフとリインに出動を要請。後、夜番の人達の三分の一を待機状態に移行。人員

の選定は実働責任者のクイント・ナカジマ准陸尉に一任します」

『ご指示了解しました。なお、現時刻より僕が本部指揮の代行を行います。有事の際にはこち

らから連絡を致しますので、安心して任務に励んでください』

「グリフィスくん達も頑張ってね」

『ご武運を』



 グリフィスからの通信はそれで切れた。なのはが視線をこちらに向けると、新人全員が姿勢

を正して彼女の視線を迎えた。



「はやて部隊長が現地で合流するまで、皆の指揮は私がするよ。新デバイスを使うのが始めて

で不安かもしれないけど、私達も最大限フォローするから変に気負わずにリラックスして頑張

ろう。それじゃあ――」







「――機動六課、出動!」