機動六課、司令室。



 表と裏の目的を持つ機動六課が即時的な方針を決める際に、あらゆる作戦行動において最も

重要な意味を持つ部屋である。



 主は勿論六課課長であるはやてであるが、彼女は今聖王教会に出かけて不在のため課長代理

であるグリフィスが指令代行を勤めていた。階級的には准陸尉となのはやフェイトよりも低い

グリフィスだが、彼女らが魔導師としての訓練に割く時間を全て現場人員を効率的に運用する

方法を学ぶことに割いていただけあって、指示を出す姿は中々様になっていた。



 そんなグリフィスが奮闘する司令室に足を踏み入れると、最初に視線を向けてきたのはその

彼だった。入ってきたのが恭也であることを確認すると、彼はオペレーターであるシャーリー

にいくつかの指示を出し、小走りに駆け寄ってくる。



「急な呼び出しで申し訳ありません、恭也さん」

「緊急時なのだから仕方ない。状況は?」

「現場には既にストームレイダーが向かっています。現場に向かったのはパイロットのヴァイ

ス陸曹を含めて九名です」



 サインフレームを操作して、作戦の概要が記された書類を転送してくる。この部屋において

のみ閲覧を可能としたロックのかけられたそれをざっと読み、恭也は部屋を見渡す。



 部屋の隅に仏頂面で佇むヴィータとシグナムが目に入った。声をかけるまでもなく不機嫌で

あるのは見て取れる。本当ならば近付くのも嫌だったが、恭也の仕事は司令室で待機すること

であり、先客としているということは二人もそういう仕事なのだろう。



 ベルカ式の魔導師である彼女らは、戦闘に行くための準備をほとんど必要としない。一々戦

闘服に着替えなければいけない恭也とは違った。諸々の手続きを済ませてから来たとは言え、

既に長いことあの姿勢でいるらしい二人と時間差が生まれたのは、単に着替えの手間の問題だ

けでもないだろう。



「それだけ新人達の心配してるということか」

「でしょうね。何しろこれが六課の初任務な訳ですから」

「エリオとキャロにとっては初陣でもある。心配するなという方が無理な話だな」

「恭也さんも心配ですか?」

「勿論だ。が、他の連中には言うなよ」



 からかわれるからな、とグリフィスに釘を刺しシグナム達に歩み寄る。中央にある巨大なモ

ニターに視線が釘付けの二人だったが、恭也が近付くとこちらに目を向けてきた。シグナムは

きたか、と視線の険をいくらか緩くし、ヴィータはふん、とこちらは眉間の皺をさらに深くす

る。



 ヴィータは何か文句を言いたそうにしていたが、今はそんな暇はないとばかりに視線をモニ

ターに戻し、それを凝視する作業を続けることにしたようだった。話しかけたら蹴飛ばされそ

うな雰囲気だ。ヴィータから情報を引き出すことを諦めた恭也は、彼女の邪魔にならないよう

に後ろを通り、シグナムの隣に並んだ。



「待機ご苦労」

「お前もな。交代部隊で誰か人を回すとは聞いていたが、お前が来るとは思わなかった」

「クイントさんが私が行く! とついさっきまでまでゴネていたが、俺の方が体力があるとい

うことで押し切らせてもらった」



 尤も、押し切ったと言っても仕事にくることになったのが恭也になったというだけで、クイ

ントは今も寮の自分の部屋で所在なさげにうろうろしていて、彼女と行動する手はずになった

夜番のメンバーが戦々恐々としているのだが、それはまた別の話である。



 クイントも管理局に勤めて長い。こういう家業では休むのも仕事のうちで彼女がそれを理解

していないはずもないが、今回の任務は娘であるスバルの機動六課における初任務だ。母親と

して気にならないはずがない。



「他の連中はどうしている?」

「ヘリポートに四人待機してもらっている。今取り掛かっている案件の他に何か事件があれが

お前達と俺達で共に事に当たることになるだろう。その場合はさらに別の交代部隊を補充とし

て当てる話はついている。順番も決めたので問題はない」

「そうか。参考までに次の補充要員を率いる人間を聞いても良いか?」

「解っていて聞いているだろう?」



 まあな、とシグナムは柔らかな微笑みを浮かべる。



「お前は夜番からの連続勤務だろう。体力の方は大丈夫なのか?」

「俺も彼らも軟な鍛え方はしていない」

「そう言うと思っていた。まぁ、こういう時が男の見せどころだな。いざという時には期待さ

せてもらうぞ」



 言って、シグナムも中央のモニターに視線を戻した。




 そこにはクラナガンとその周辺地域の地図、サーチャーを飛ばして得た現地の映像とフェイ

ト達を乗せたストームレイダーの位置が重ねられて表示されていた。



 目的地までの到達予想時間は後、五分ほどになる。



 関係機関から引き出された情報や、リニアレールの運行を管理する部署、さらには現地部

隊との通信は今もひっきなしに行われていた。



 グリフィス達の仕事ぶりを見るのはこれが初めてだったが、想像していた以上に雰囲気は苛

烈だ。現場に赴き危険に対処するのは魔導師だが、彼ら彼女らが任務を滞りなく遂行すること

ができるのはグリフィス達のような裏で支える人間がいるからこそなのだ、というのは頭の中

では理解していても現場にばかり立っていると忘れがちになる事柄である。



「ここは大変な職場だな」



 まさに今更なことではあるが、恭也のその言葉には深い感慨が込められていた。



「順当に出世を続けていけば、いずれお前や私もこういう仕事をすることになる。そのように

忌避していると、いざする立場になった時に難儀するぞ?」

「冗談を言うな。俺は退役するまで現場で働くと心に決めてるんだ」

「お前の決意など上層部は斟酌してくれまいよ。いや、お前は斟酌することの出来る立場にい

るのだったか? 本局の魔女と懇意にしているのだったな」



 レティのことを揶揄するシグナムの言葉に、隣に立つヴィータと指示を出すグリフィスの背

中がぴくりと動いた。二人に聞き耳を立てられていることを意識しつつ、特に苛烈な性格をし

ているヴィータが激するのは避けるため、恭也は努めて大げさに肩を竦めてみせた。



「俺が一緒に仕事をした中で、あの方は最も仕事に私情を持ち込まない方だ。誰それの口利き

だからと特別扱いしたりはしない。一度でも一緒に仕事をすればお前にも分かるはずだ」

「清廉潔白な人柄であるというのは私も知っている。だが、彼女に物を言える立場にない人間

が大多数の中で、優先して意見を耳に入れることが出来るというのはあらゆる点で有利なこと

だと思わないか?」

「俺などただの現場人員だ。そんな人間の意見など、閣下ほどの立場になれば参考程度にもな

らんだろう。俺の意見とあの方の情報網。どちらが優れているかなど、比べるべくもない」

「確かにな」



 シグナムは訳知り顔で同意する。そのように言ったのは恭也自身だが、面と向かって劣って

いると思われるのはそれはそれでムカついた。聞き耳を立てていたグリフィスもこの話は終わ

りだと雰囲気で察したのか、聞き耳を立てるのをやめて仕事に戻り、ヴィータも興味をなくし

たのかモニターに視線を戻している。



 注目されなくなったのを理解した恭也は、大きく溜息をついた。



 無駄に疲れさせてくれたシグナムに抗議の視線を送ると、先の恭也を真似するようにシグナ

ムは大きく肩を竦めて見せた。



「お前の日頃の行いが原因だ。私を非難するのはお門違いだぞ?」

「貴重な意見をありがとう。だが、俺はずっと現場に立ちたいと思っていることは理解してお

いてくれると嬉しい」

「私も同じ気持ちだからな、それは重々承知しているが……私一人が知っていたところで何か

変わるものか?」

「それを知っている人間が多ければ、俺が上に追いやられる時に反対してくれることもある

だろう。それほど意味があるとも思えないが、やらないよりはやった方がマシだ」

「お前はそんなに出世をしたくないのか?」

「したい仕事をしたいと言っているだけだ。我侭だというのは自分でも自覚しているが、出来

る限り、続けたいと思っているよ」



 そんなものか、とシグナムは苦笑を浮かべた。自分で言ったようにシグナムも現場肌の人間だ

が、恭也が自分の意思を存分に通せる立場にあるのに対し、シグナムにははやてという主がい

る。それが主の助けになるというのなら、シグナムは喜んで自分の意思を曲げるだろう。



 ヴィータだってそうだ。十年前は子供そのものだった彼女が、今では教導官の真似事をする

ようになっている。なのはの話では後々教導官の資格を取り、本格的に後進の指導に当たるだ

ろうとのこと。はやてが変わって守護騎士達も変わったが、一番変わったのはヴィータだ。



 最近はスバルやティアナなどを指導するに当たり、どうすれば良いかというような相談を受

けることも多く、現在の立場にそれほど不満がないことも感じさせられた。十年前なら誰かに

物を教えるよりも自分でガンガン動くことを是とし、今日のような場合などスバル達に任せず

いの一番に突撃しそうな性格だったのに、今はモニターを敵のように睨みつけてはいるものの、

足はしっかりと床を踏みつけている。



 力が入りすぎて床を踏み抜きそうなのは、愛嬌というものだろう。成長はしているが大本の

気質は変わっていない辺り、恭也としては好ましく思える。











「ガジェット反応確認、空戦タイプ、数はおよそ五十!」



 モニターが一転、近隣に飛ばしたサーチャーからの映像を受信する。映し出されたのはマン

タのような形をした空飛ぶガジェットだ。資料で見たことがあるが、その鋭角的なフォルムか

ら想像する通りの空中戦闘を得意とし、管理局の空戦魔導師を大いに苦しめていると報告を受

けている。



 実戦配備される場面は少なく、ガジェットを運用する組織もまだ量産手順が整っていないこ

とを伺わせるが、慢性的な人手不足に加えて、魔導師の中でも空戦可能な人間はそもそも絶対

数が少ない。



 そんな中に空飛ぶガジェットが導入され、制空権まで取られてしまったら、都市部でも犯罪

者との戦闘だけでなく、紛争地域でも勢力図ががらりと変わってしまう。地上、本局を問わず

対策が急がれている……そんな敵方の新型兵器だ。



 なのは達隊長勢が相手にするのならば今更感もあるが、現場に行ったスタッフのうち半数は

新人で、中には自力で空を飛ぶことが出来ない連中もいる。初陣で相手にするのは中々骨が折

れる相手と言えた。



「航空戦力相手か。新人をどういう配分をするか、だな」

「なのはならば上手くやるだろう。俺達は精々、気をもむとしようか」

「随分信頼しているな。お前のことだ、高町では不相応というようなことを言うかと思ったが」

「自分の思うところと、本人の能力はまた別だ。仕事振りは評価しているぞ」



 性格などはまだまだ子供だが、と付け加えると、苦笑を浮かべたシグナムの視線はヴィータ

の後頭部に移動する。見た目はまだまだ子供だが、中身が大いに成長した鉄槌の騎士がそこに

いた。



「……なのは本人に言ってやれば喜ぶと思うが?」

「またの機会にしよう。奴のことだ、絶対調子に乗るだろうからな」

「私の記憶違いかもしれないが、お前は以前にもそんなことを言っていなかったか?」

「そうか? 俺の記憶にはないが……」

「お前やヴィータのような人間を世間ではツンデレと言うらしいな。だが、あまりにデレが少

ないとつれなくされているなのはや美由希などは、扱いに堪えかねてうちストを起こすぞ」

「ヴィータと一緒にして欲しくはないのだがな」



 なんだと! としっかり話を聞いていたヴィータが脛を蹴る蹴る蹴る。固いつま先での攻撃

を気合で堪えながらヴィータの襟首を掴んで猫のように持ち上げると、シグナムを挟んで自分

とは反対の方向に無理やり着地させる。



 子供どころか猫並の扱いにヴィータの感情は大して高くない沸点を突破し、憎き敵に掴みか

からん勢いだったが、組み付いて噛み付く前にどうにか踏みとどまった。こちらの袖の近くで

ぎりぎりと軋むヴィータの歯が、控えめな照明の中できらりと光る。



「何にしても、奴らならば上手くやるだろう。新人が多いが優秀には違いないし、人数もいる。

はやても教会本部からシスター・シャッハ・ヌエラに連れられて移動中だ。シスターが戦闘に

加わってくれるかは微妙なところだが、あのチームにはやてが加われば磐石だろう」



 逆に、これでどうにもできなかったらこの規模の管理局の部隊ではお手上げだ。失敗するつ

もりで作戦に臨むスタッフは六課に一人もいないが、初任務の時特有の緊張感が、司令室には

満ちていた。



 グリフィスもシャーリーも優秀なスタッフだが、まだ若く経験は浅い。ベテランのつもりで

壁に背を預ける恭也ですら管理局の勤続キャリアは十年と短く、闇の書の守護騎士として長い

年月を過ごしてきたシグナムやヴィータですら、リラックスしているとは言い難い状況だった。



 いつでも出れる状態で緊急待機している夜番スタッフも、今は寮で休んでいるはずの他のス

タッフも、緊張の面持ちで作戦行動を見守っていることだろう。



 そして、六課の動向に注目しているのは、何もそこに所属する人間だけではない。リンディ

をはじめ、六課設立に関わったハラオウン派、本局の面々。対抗派閥の人間だって見逃しては

いまい。コネ一点で集まった人員とは言え、魔導師としては実力者が揃っている。実力者に実

績が加われば、権力闘争においては武器になるのだ。  



 引き抜くのでも擦り寄るのでも足を引っ張るのでも、その動向には注目しなければならない。



 あれこれと横槍を入れてきた地上も、今頃本部でお歴々が集まり、こちらから送られた映像

に齧り付いているはずだ。本局の対抗派閥が苦労するのは未来のことだが、彼らは行く先々の

仕事でかち合う可能性を大いに秘めている。



 現状、戦わなければいけない相手の情報なのだから、食いつき具合も一入だろう。暑苦しい

格好をした制服姿の中年が暗い部屋に集まり、年端もいかない少女を凝視しているのだと思う

と作戦に参加した人員の保護者、家族の一人として虫唾が走らないでもないが、彼らは権力の

場において敵であると同時に、同じ組織で共に戦う同志でもある。



 敵であると認識されても困るが、こいつは使えない、と見限られるのも困るのだ。



 集めた人間は優秀だし、訓練も欠かしていない。新人に関しては現状望める限り、最高の状

態で送り出すことが出来た。



 人事は尽くしたのだ。後は天命を待つより他はない。



 いつの間にかモニターを凝視していた自分に気づいて、恭也は指で目頭を押さえた。思って

いたよりもずっと、スバル達のことを心配していたらしい。



「シグナム、俺は過保護なのだろうか」

「今更気づいたのか?」

「……お前がそんな言い方をするほど、俺は解りやすいのか?」



 その質問に答えたのはヴィータだった。先ほどのお返しとばかりに脛を蹴り飛ばすと、指を

ちちち、と動かして頭を下げろと促してくる。嫌々ながらヴィータに視線を合わせると、息が

触れる距離までに顔を寄せ、囁くように言った。



「そんなの、あたしだって分かるぜ」





 恭也は大きく溜息をつくと、無言で得意げな顔のヴィータの頭に拳骨を振り下ろした。

































 飛行タイプのガジェットが接近中、という情報はストームレイダーにも伝わっていた。現場

のリニアレールについてからの作戦行動を話し合っていた途中だった隊員達は切羽詰った様子

のグリフィスが齎したその情報に、方針の変更を余儀なくされた。



「部隊をさらに分けるしかないよね……」



 そう切り出したのはなのはだ。



 階級においても立場においても、この現場で方針を決めるのは彼女だ。年齢や経験で行けば

なのはの姉である美由希の方が上かもしれないが、こういう時に階級が優先されるのは管理局

でも一緒である。



 ともあれ、美由希が無視できない経験を持っているというのはなのはも知っているところ。

自分の意見として方針を打ち出してはいるが、どこか美由希を伺うような視線があるのは仕方

のないことだろう



 不安そうな妹の視線に、美由希は苦笑を浮かべながらも追従する。



「そうだね。空飛べる敵に対応できる人を中心に当たらせるしかないと思うけど――」



 と、美由希はそこで言葉を区切り、ぐるりと、集まったメンバーを見渡した。航空戦力を相

手に対応できる人間となると、自ずと限られてくる。



「航空戦力の対応にはライトニング分隊を当てます。フェイトちゃん、あとどれくらいで合流

できる?」

『もう着いてるよ』



 その言葉と同時に、ストームレイダーの外壁が、こんこん、と小さくノックされた。まさか

ヘリと併走ならぬ併飛行してるのかと慌ててティアナが窓の外を見ると、フェイトは笑顔で手

を振り返してくきた。反射的に手を振り替えしてから、ティアナは顔を真っ赤にして視線を逸

らす。



 そんなティアナの様子に、なのはは小さく笑みを浮かべた。



「そっちの指揮はお願いして良いかな。エリオとキャロ、後、アルフさんにお願いしようと思

うんだけど」

『了解、そっちの指揮は任せたよなのは」

「任されたよ。さて――」



 なのはが向き直るのは、並んで座るエリオとキャロだ。友人であるフリードはキャロの肩に、

協力者であるアルフは自分の名があがった時からエリオの足元に移動している。相手はAMF

を搭載した飛行タイプのガジェット。訓練校を卒業したばかりのエリオや、そもそも訓練校に

は行っていないらしいキャロが相手にするには聊か荷が重い相手だが、ティアナは何の心配も

していなかった。



 共に訓練をしているからエリオ達の実力は知っている。自分よりも大分年下ではあるものの、

その力量は本物だ。



 それに加えて二人を指揮するのは『あの』フェイト・テスタロッサだ。自分と比べることも

おこがましい当代一級の魔導師がいるのだから、心配するだけ分不相応というものだろう。



「初めての実戦が空中戦だけど、君たちなら出来るって信じてるよ。でも怪我をしないように、

無事に帰ってくること。わかった?」

『はい!』



 二人は踵を揃えて、堅苦しい返事をした。子供然とした二人だからイマイチ様になってはい

ないのだが、それを笑うような人間はここにはいない。



 その返事の元気さになのはは満足そうに笑みを返すと、ヴァイスに指示を出してストームレ

イダーのハッチを開けさせた。



 空の冷たい強風がヘリの内部に吹き付ける。責任者としてなのはが前に出て、外のフェイト

に視線で合図を送ると、戦場に出る三人のために場所を譲った。



「では、いってきます」



 最初に飛び出したのはエリオだった。空戦魔導師である彼女は空の高さに臆することもなく

一歩を踏み出し、空中でバリアジャケットを纏うと先で浮遊して待つフェイトに合流する。



「それでは私も……」



 エリオの勇姿をどこか陶然と視線で追っていたキャロは慌てた様子で姿勢を正すと、相棒で

あるフリードを抱えたまま飛び降りた。エリオと異なり、彼女は空を飛べない。そのままでは

自殺行為だが……



 事情は知っているものの、思わず身を乗り出してしまったティアナの前で、フリードは巨大

な竜に変身した。背には鞍がついており、そこではしっかりとキャロが手綱を握っている。



 白い竜である。



 記録映像では見たことがあり、キャロにはフリードが変身できるという話は聞いていたが、

実際に見るのはこれが初めてだった。想像していたよりもフリードはずっと大きく、小柄なキ

ャロを乗せているとその勇猛さが一層際立って見える。



 あれが普段恭也の頭にしがみ付いてはきゅくきゅく鳴いているファンシーな生き物だと、こ

の姿を前にしては想像するのも難しい。ティアナの中でフリードの評価はちょっと火を吹ける

かわいい生き物から、勇猛でかっこいい竜に改められた。

 

「じゃ、あたしも行って来るよ」



 と、最後にタラップに足をかけたのはアルフだった。四本の足をしっかりと床につけ、悠然

と振り返る様は大柄な狼の姿もあって貫禄すら漂っている。



「アルフさん、子供達をお願いね?」

「何かあったらフェイトに任せてガキども連れて転送するよ。間違ったって怪我はさせないさ」

「でも、助けるのは最後の手段にしてくださいね。出来るだけ厳しく、が私の教育方針なので」

「限界まで厳しく、な恭也と一緒だね。フェイトとは真逆だ」

「恭也くんと一緒にされてもあんまり嬉しくないなぁ」

「それもフェイトと真逆だよ。フェイトなら恭也とお揃いって喜んでるさ」



 ははっ、と狼の姿のまま器用に笑い、なのはが抗議の声を挙げるよりも先にアルフは空に飛

び出していった。



 そして外で待機していたフェイト達と合流し、グリフィスが決めた空戦ガジェットとの交戦

ポイントへと移動していく。



「……さて、私達は私達の仕事の話をしようか」



 苦々しい顔でアルフがさった方向を見つめていたなのはだったが、気持ちを切り替えるよう

に頬をぺしん、と両手で叩くと指揮官の顔に切り替わった。



「残ったメンバーをさらに二班に分けます。私、スバル、ティアナの三人が車両後方から。お

姉ちゃん、すずかちゃん、リインの三人が車両の前方から。それぞれ車内のガジェットを破壊、

もしくは行動不能な状態にしつつ、この――」



 指を振ると、空中に出現するのは『最重要目標』と赤字で記された物品。名称はレリックと

なっていた。捜索指定ロストロギアで、おいそれと市井に存在してはいけないレベルの品であ

る。



「レリックを回収するのが目的です。リニアレールの中にあるのは確認できてます。周辺の陸

路は現地の管理局員が押さえてて、空路はグリフィス君達が監視中。私達と、フェイトちゃん

達が相手にしてる空戦ガジェット以外、現状回収に動いてる集団はありません。でも、相手は

ロストロギア……どこから敵が出てくるかは解りません。外部からのさらなる襲撃があること

を念頭に入れて任務に当たってください」

「車両の制御はどうするの?」



 挙手し、質問するのは美由希だ。恭也がいないため、三人のうち二人がブレイド分隊の人員

で構成されるもう一班の責任者は彼女である。



「そっちにお願いしても良いかな。映像を見る限りガジェットが制御を乗っ取ってるみたいだ

から、それを破壊して制御を回復。出来れば停車させてほしいんだけど、そっちは誰か、そう

いうのできる?」

「リインがやるのですよ!」



 びしっ、と元気良く手を挙げたのは、キャロよりもフリードよりも小さい、六課協力者のリ

インだった。テスタロッサ家の末っ子であるリインは人間ではなくユニゾンデバイス……管理

局では唯一の、次元世界でも極めて数の少ない機能不全のない融合機だ。魔導師としての技能

もさることながらデバイスとしての属性も有しているため、機械との親和性は高い。



 それ専門にチューンされたデバイスに比べれば流石に劣るものの、リニアレールの制御奪還

という任務ならば、この場にいる誰よりも彼女が相応しいと言えるだろう。



「そう。じゃあ、リインに任せたよ。お姉ちゃんの班……便宜上、ブレイド班とするけど、ブ

レイド班は先頭車両のガジェットを破壊後、リインが制御を奪還するのを補佐。制御回復の後

は後方を目指して私達に合流、レリックの確保を目標にしてください」

「了解。確認するけど、指揮は私で良いんだよね?」

「もちろん。そっちはお姉ちゃんしか指揮できないでしょ?」

「それもそうだ。じゃあ、現場指揮官及びブレイド分隊副隊長の権限において、本作戦中に限

り協力者リインフォース・ツヴァイに、ブレイド04のコールサインを暫定的に与えます。以

後の通信ではそのように」



 六課本部のグリフィスと別行動中のフェイトから『了解』という返事があった。当のリイン

はコールサインが貰えたことに単純に大喜びだ。ヘリの中で宙に浮きながら、軽やかに舞って

いる。それだけを見たら妖精が踊っているようで、とてもこれから危険な任務に向かう道中と

は思えないが、チームを組む美由希やすずかはその姿に癒されているようで、注意する様子は

ない。



 だが、無言の抗議をするなのはの視線に気づいたのか、リインははっ、と背筋を伸ばすと美

由希の背後に隠れる。怯えた様子のリインの背中をよしよしと撫でる美由希。まるで苛めたよ

うな形になってしまったなのはは軽く唇を尖らせて拗ね始めた。



 こうなると実は、なのはは結構尾を引くのである。慰める言葉があれば良いのだが、こうい

う状況で年上の上官にどういう言葉をかければ良いのか、ティアナには解らなかった。対なの

はでは常勝無敗の恭也ならばこういう時気の利いた言葉と共にデコピンでも放って、軽く喧嘩

でもしてうやむやにするのだろうが、ティアナにはそういうボキャブラリィも、ましてや管理

局のエースオブエースをからかうなどという恐れ多いことはどうしても出来なかった。



 簡単に出来る恭也はやっぱり凄いんだなぁと、ここにはいない恭也を思って一人感動してい

ると、なのはがご機嫌斜めなことに遅まきながらスバルが気付いたらしい。良いことを思いつ

いた! とでも言いたげなスバルの顔に直感的に嫌な物を感じ取ったティアナは制止の声を挙

げようとしたが、ス、と発音した時には既に手遅れで、



「大丈夫ですよ。迫力あるなのはさんもかっこいいですから!」



 スバルの発言は、スバル以外の人間全ての時間を止めた。



「……スバル、そういう時は嘘でもいいからそんなことないですよって言うと良いと思うよ」



 じろり、と拗ねたままの表情でスバルを睨みやるが、当のスバルは何がお気に召さなかった

のか本気で理解できなかったようで、あれ? と不思議そうに首を傾げる。相棒の役目として

ティアナは無言でスバルの後ろ頭を小突いた。



 訳が解らず目を白黒させているスバルを見て、美由希とすずか、ついでにリインが笑い声を

挙げる。結果的にストームレイダー内の空気が解れた所で、



「降下地点に到着! 用意が出来たらいつでもどうぞ!」



 パイロットのヴァイスの肉声が聞こえた。窓の外を見やると、外にはリニアレールが見える。

本来運転制御のための人員なり機械なりがあるはずの先頭車両では、うねうねと動く機械的触

手を持ったガジェットがその存在を主張していた。



 ロングアーチからの報告ではリニアレール付近に敵戦力は発見されていないが、目視で見る

限りでも同様だった。車両には所々損傷が見られる。おそらく元々車両に乗っていたはずの魔

導師がガジェットと交戦した後なのだろうが、今は戦闘そのものが行われていないのか、静か

なものだった。



 それが魔導師が車外に脱出、または放り出されたからなのか、車内で戦闘できないような状

態になっているからなのかまでは解らない。出来れば前者であってほしいとは思うが、レール

付近で死体や重傷者を保護したという報告がない以上、最悪の可能性は想定しておいた方が良

いだろう。



「ブレイド班が先頭車両付近に降下の後、スターズ班が最後尾車両付近に降下。作戦内容は先

ほど説明した通り。内容に変更がある場合は、ロングアーチを介して即時知らせます。皆、準

備は良い?」



 全員が、力強く頷く。なのはは一同を睥睨すると、高らかに宣言する。









「それでは……作戦、開始!」



































「作戦対象を目視で確認」



 念話でなくデバイスによる通信でロングアーチに告げると、ライトニング班の先頭を飛んで

いたフェイトは振り返らずに念話で自分の指揮する部下に指示を出す。



『私とエリオで切り込んで、キャロとフリードが援護。アルフはキャロの傍で待機して、緊急

時の対応をお願いね』

『あの、援護って何をすればっ』

『私とエリオが『ここに撃て』っていう道を作るから、その道が出来た時にフリードに攻撃し

てもらうだけだよ。本当は自分で判断してこれをやらないとだけど、今回は初めてだから私か

アルフが合図するよ。いつでも撃てるように準備だけはしておいてね』

『打ち漏らした奴がいたらどうするんだい?』



 そう問うたのはアルフだ。撃ち漏らすということは、こちらが失敗することを想定している

ということ。テスタロッサの家にやってきた頃から世話になっているアルフとは言え、侮られ

ているようで少しだけムッとしたが、アルフがたまに踏み込んだ物言いをしてくることは重々

知っている。



 恭也がいつも無神経に踏み込んでくるのと似たようだものだ。本人にとってはそれが当たり

前なのだろう。他人と接する時はとりあえず距離を置くエリオには、その距離の近さが鬱陶し

いと思える時があるが、アルフの率直さには何度も助けられているのも事実だった。



『何としても打ち漏らさないようにするけど、その場合は私とエリオで先回りして交戦地点を

リニアレール寄りに下げるよ。アルフはキャロとフリードと一緒にぐるっと迂回して、今の段

階と同じくらいの距離を取って援護の再開。また撃ち漏らしたら、同じことを繰り返すという

ことで』

『リニアレールに到達するまで繰り返す訳にはいかないってことだね。いざとなったらあたし

も何とかするよ。なのは達に迷惑かけるのも本意じゃないし、ここで全部終わらせようじゃな

いか』

『賛成。そんな訳だからエリオ。六課での初陣だけど一騎も打ち漏らさないように心がけてい

こうね』

『了解です』



 フェイトの言葉は一つも失敗するな、と圧をかけているに等しいが、その圧にエリオは心が

震えるのを感じていた。自分ならば出来る! その思いが身体を駆け巡る。自らの力を示せる

機会が漸く巡ってきた。ここで何もできないのなら、今まで鍛錬を積んできた意味がない。



「ライトニング班、これより作戦行動に入ります!」



 先行するのはフェイトだ。彼女は一度こちらに視線を向けると、速度を上げてガジェットの

群れに突っ込んで行く。バルディッシュを振るうと同時に、彼女の周囲から雷を纏った魔力弾

が四方八方に飛んで行く。



 バルディッシュを一度振るえば一機、魔力弾を一つ放てば一機。フェイトの行動には無駄が

なく、先の言葉の通り一機も通さないとばかりに奮戦している。高町なのはと並び、管理局の

若手最強の一角に数えられる高位の魔導師が戦っている。同じ魔導師としてこれ以上の見本は

ないが、見とれている訳にもいかない。



 自分の仕事を思い出したエリオは、自分に割り当てられた敵軍へと突っ込んでいく。



 フェイトには劣るものの、高速戦闘に限ればエリオの右に出る魔導師はそういない。空中で

の機動性ならばあくまでも空を走る恭也や美由希よりも上のはずだ。



 尤も、彼らはその不利を容易く覆すだけの経験と技量を持っている。例えば今、エリオが直

面している敵軍に恭也を放り込めば、彼は容易くエリオ以上の成果を挙げるだろう。



 それが歯痒い。フェイトや恭也との実力差を実感しながら、エリオはストラーダを振った。

AMFの影響下であってもその瞬速は健在だ。目にも留まらぬ速さで飛び回りながら、空を飛

ぶガジェットを一つ一つ、しかし立て続けに両断していく。



 その成果は目を見張る物があったが、二人の奮闘を他所に戦線は少しずつ援護担当のキャロ

達の方へと下がっていく。



 それも当然だ。エリオ達の当座の目的がガジェットの殲滅であるのに対し、殲滅対象である

ところのガジェットは――ガジェットを使っている人物の目的は、リニアレールに積まれたレ

リックを回収することにある。何も無理をして六課の魔導師の相手をする必要はないのだ。



 だからガジェットは、一機でも多くこの戦線を突破しようとフェイトやエリオを回避する軌

道を取る。あるモノは最短距離を通って、あるモノは大きく迂回して。エリオ達はこれを一々

迎撃しなければならない。



 結果、対応しなければならない範囲は増え、次第に二人の魔導師の間に隙が生まれていく。



 管理局でも指折りの魔導師が相手だ。並の魔導師なばら彼女らに意識を集中させ、見つける

ことも出来ないだろう小さな隙だったが、0と1で構成されるガジェットの中身に緊張とか恐

れといったものは存在しない。



 僅かな隙を好機と判断したガジェットはその隙に向けて殺到する。フェイトとエリオはそち

らに視線を向け――微かに口の端をあげると、即座に防御魔法を展開し距離を取った。





 瞬間、一条の光がガジェットの群れを貫く。





 竜の炎。キャロの相棒フリードの放った炎が一直線にガジェットの群れを焼き尽くしたのだ。



 とは言え、いかに竜と言えども生物学的に炎を生成し吐き出している訳ではない。遠目には

口から吐き出しているようにも見えるが、少なくともフリードの炎は魔法の一種である。AM

Fの影響を受けた炎は当然、発動した時よりも威力は減衰したが、そこは子供と言えども竜で

ある。全てを焼き尽くす炎は、多少の減衰などものともしない。



 回避行動をとれたガジェットもあるにはあったが、それらはフェイトとエリオによって残ら

ず狩り尽された。わざと作られた隙に殺到した、あるいは殺到しようとしたガジェットが全体

数のほとんどであったため、フリードの炎でそれらは破壊されるか、あるいは行動不能となり、

残った少数のガジェットは状況を把握するよりも先にフェイトとエリオによって破壊された。



 最後の一機をフェイトのバルディッシュが両断する。作戦の開始をフェイトが宣言してから、

ここまで約二分。六課本部で把握されたガジェットはここに殲滅された。



「……思っていたよりも軟い相手でしたね」

「そうだね。それはラッキーだった。でも、これで終わりじゃないはずだよ。グリフィス?」

『お察しの通り第二陣、第三陣のガジェット群を確認しました。規模は先ほどの物と同程度で

すが、そこから距離があります。こちらの指示に従い、移動を開始してください』

「ストームレイダーまで戻った方がいい?」

『飛行魔法の使用許可は継続してますので、そのまま現地にお願いします。フリードもそのま

まで大丈夫なよう、手配済です』

「了解。目標地点を転送して」



 間を置かずに、エリオ達ライトニング班の元に位置情報が転送されてくる。目の前の空間に

展開して確認すると、目標地点はここからそれほど離れていない場所だった。



 ただし、ガジェットは相変わらず一直線にリニアレールへと向かっているために、時間的余

裕は地図上で感じるほどには存在しない。加えてガジェット群は現在確認されている二つだけ

ではない可能性もある。速やかに現場に赴き、速やかにこれを殲滅する。後手対応しか出来な

い以上、そんな行動を繰り返すより他はなかった。



「聞いての通りこれから移動するよ。連戦になるけど、みんな大丈夫?」





 フェイトの問いに否やと答えるものはいなかった。










中書き
難産だった上に短いです。
後半は今月中にアップを目標に鋭意製作中です。