1、



「ドクター、管理局の魔導師の様子はいかがですか?」



 秘書にして助手でもあるウーノの声に、ジェイルはモニターから視線を逸らした。モニター

に映し出されているのは秘匿性の高いサーチャーが寄越した現地の映像である。リニアレール

に積載されたレリックを回収しようとするガジェットと、それを阻止しようとする管理局員の

戦闘の光景が場面ごとにモニターに映し出されている。



 それは図らずも機動六課司令室で流されている映像と変わらないレベルの物だった。



 その映像を管理局員とは異なる犯罪者の視点で眺めていたジェイルは、ウーノの問いに笑み

を深くする。



「悪くない。想像してた以上の力量だ。彼女らが出動してきた段階でレリックの奪取は諦めた

が、まさかここまで手も足も出ないとは思ってもみなかった」

「リニアレールに搭載された大型ガジェットはまだ戦闘行動を行っていないようですが」

「あれ一機がいたところで彼らを倒せるはずもないよ」



 ジェイルは声を挙げて静かに笑うが、ジェイルを補佐する立場のウーノからすれば笑い話で

もない。



 個々の戦闘力で言うのならばガジェットはナンバーズの足元にも及ばないが、戦力中の割合

を考えればスカリエッティ陣営の主力であることに間違いはない。



 その中でもリニアレールの中に配置した大型ガジェットは単体でもAランク、AAランクの

魔導師を相手に出来るように作った、ガジェットの中でも強力なシリーズの一体だった。



 いかにリニアレール突入組に『エース・オブ・エース』をはじめとした優秀な魔導師がいる

とは言え、簡単に倒されるようでは困るのだ。強力と銘打っている物が倒されればそれだけ沽

券に関わるし、ジェイル・スカリエッティの名前が揺らげば資金繰りも苦しくなる。



 悪の組織と言っても、資金が無限に湧いてくる訳ではないのだ。管理世界においては比較的

『偉い』立場にいる管理局最高評議会と癒着しているだけあり資金もほぼ無限にあると言って

も良いが、内定調査を進めているドゥーエの報告では、あちらはあちらで兵器の開発や戦力の

拡充を進めているという。



 魔導師を倒し、力を知らしめるのならばそれで良い。



 だが、敗北はマイナスのイメージを生み、それが積み重なれば侮られることに繋がる。狂気

の科学者ジェイル・スカリエッティは確かに当代随一の科学者であるが、スポンサーである彼

らにとって、他の何よりも重要であるという訳ではない。



 必要ないと思えば、容赦なく彼らはこちらを切り捨てるだろう。



 そうなったとしても逃走し抵抗するだけの算段は整えてあるが、しなくても良い喧嘩を好ん

でする必要もない。共存共栄できる内は手を取り合っていくべきだ、というのがジェイルを頂

点とした一派首脳部の共通見解である。



 それなのに、自ら生み出した兵器が簡単に落とされゴミクズになっていく様を眺めるジェイ

ルには、毛筋一つほどの苛立ちも見えない。



 それがウーノには腹立たしかったが、ジェイルは主人でで自分は従者、というスタンスを守

ることが彼女のアイデンティティでもある。苛立ちはあってもそれを口にすることはない。そ

れがあるべき従者の姿であり、そうあることがウーノの誇りでもあった。



 全てはジェイル・スカリエッティの理想とする世界のために。



 呪文にのように脳裏でそれを繰り返し、ウーノは心を落ち着かせる。無表情に傍らで立ち尽

くす従者を、ジェイルは狂気に濁った瞳で振り返った。



「といっても、数の少ない新型機だ。負け戦でただ失うには聊か惜しい。精々彼らのデータを

取るのに利用させてもらうこととしようか」

「この事件に関する全ての戦闘行動のデータを採取しております」

「ならば良い」



 満足そうに微笑むと、ジェイルは手ずから端末を操作し表示を切り替える。画面はさらに細

分化され、現場にいる六課の魔導師、その全員のアップが映し出された。



 リニアレール内部に突入したのは全部で六人。うち、管理局が認定する魔導師が四人と、い

まだ未知の魔法体系を使う魔導師――世間では彼女らを魔導師とは呼ばないが、ジェイルは既

に魔導師という認識をしていた――が二人である。



 興味を惹くのはやはり、新しい魔導師の二人だ。リンカーコアを使わずに魔力を運用する方

法には非常に興味があるが、テスタロッサ式と名づけられた魔法体系を研究する学問はまだ始

まって十年と日が浅く、実践者が事実上三人しかいないために彼ら全てを確保している特共研

でしか研究が進んでいないのが現状だった。



 ジェイルの方でも色々とデータや映像を入手し基礎理論を理解するには至っているが、だか

らと言って明日からナンバーズにテスタ式を使えるように出来るかと言われれば答えはNOな

だ。



 実践者が一人も身内にいない状況では、理論を理解することは出来ても自分で研究を進める

ことが出来ない。裏であろうと表であろうと、研究とは全てトライ&エラーなのだから。



「そういう意味では、テスタ式魔導師第一号である恭也・テスタロッサにに来てほしかったと

ころではあるが、彼は今どこにいる?」

「六課本部で待機しているようです。恭也・テスタロッサは夜番の勤務シフトため、彼の部下

である高町美由希及び月村すずかが現場に赴いたものと思われます」

「勤務シフトか……きちんと就労したことのない私には馴染みのない言葉だ。今後はそれも考

慮してしかけないといけないね」

「今後の方針を修正しておきます」

「あぁ、頼んだよ。それと、トーレとクアットロはどこかな」



 モニターを始めた時には同じ部屋にいたはずの部下二人は、今は忽然と姿を消していた。集

中している間にいなくなってしまったらしいが、ウーノがそれを特に咎めた様子はない。いな

ければならないと命令した覚えはないが、黙って消えられるというのは如何にジェイルとは言

え寂しいものがあった。



「恭也・テスタロッサがいないことに確信を持つと、二人とも訓練室に向かいました。トーレ

は格闘戦の訓練を、クアットロは射撃訓練とガジェット操作のシミュレートを行うと報告を受

けております」

「二人とも熱心だね。良いことだ」



 元から自己鍛錬に余念のなかったトーレに比べて、クアットロは産みの親に似て斑のある性

格をしていた。興味のあることには注力するが、興味をもてないことに関しては例えそれが必

要なことであってもサボるという悪癖があったのだ。



 完全に引きこもって科学者をしているジェイルならばまだ許されることでも、実際に機人と

して現場に出て、ガジェットを指揮、場合によっては管理局や在野の魔導師と戦うこともある

クアットロは、戦闘職であるトーレやチンクなどよりは密度は薄いものの、戦闘訓練が義務付

けられている。



 これはジェイルが決めたことではなく、姉妹の教育を担当しているウーノともう一人の助手

が決めたことだが、クアットロはこれを長いこと何かと理由をつけてはサボっていたのだ。



 それが、ある日――恭也・テスタロッサに左目を奪われた日を境に、見違えるように訓練に

打ち込むようになったのである。



 後方担当だけあって魔導師と戦うほどの力量はないが、姿を消しての射撃やらガジェットを

操作しての追い込みは情報処理に特化したウーノですら目を見張るほどに成長している。



 今回の作戦もクアットロがガジェットを動かしていればもっと良い勝負が出来たはずなのだ

が……恭也・テスタロッサのいない機動六課に興味はないらしい。



 気まぐれなのが玉に瑕だが、我が娘のことながら美しく成長したとジェイルは思う。醜い左

目の傷はそのままに、残された右目には常人ならば噎せ返りそうなほどに狂気が渦巻いている。

無限の欲望の力だけではこうには至れなかっただろう。恭也・テスタロッサと出会い、手酷く

痛めつけられたことがクアットロを劇的に変えた。



「全く彼がいないのが本当に惜しい」

「ご要望ならば、六課施設にもガジェットを派遣できますが」

「やめておこう。勝手に手を出してはクアットロに嫌われてしまう」



 くく、と喉の奥で小さく笑い、ジェイルはモニターに向き直った。そんな狂科学者に影のよ

うに付き従うウーノは、ただ黙して何も語らない。



































2、



「美由希さん、ガジェットが!」

「はいはい」



 気のない返事と共に美由希が小太刀を振るうと、どうみても小太刀が届くような距離ではな

いのに、美由希達三人を達を捕捉していたガジェットが三分割され、リニアレールの廊下に転

がった。



 与えられたちょっと難しい宿題を、少し苦心して片付ける。美由希が纏っているのはその程

度の雰囲気だ。断じて近代魔導師の天敵であるAMF搭載のガジェットがわんさかいる場所に

突入した魔導師の風ではない。



 リインが目を白黒させ唸っていると、さらに別のガジェットがよりにもよって正面から現れ

た。それは当然美由希やすずかの視界にも入っているが、見敵即必殺が身上のように思えるテ

スタ研の面々にしては珍しく、敵に向かって駆けもしれなれば動きもしない。



 傍で見ているリインには、この時の二人は敵を譲り合っているように見えた。こんな時に何

を暢気な……と超人を父に持ってはいても自身は凡人の域を逸脱してはいないと自認している

リインが、焦りから声を挙げようとする。



 その雰囲気を察したから、という訳ではなかったろう。



 視線の交錯だけで話を纏めた結果、眼前の敵を倒すことになったのはすずかだった。棍を手

に滑る様に動き、一閃。



 言葉にすればたったそれだけのことだが、ガジェットはその『たったそれだけ』のことで両

断された。特別製とは言え棍は棍だ。切断の用途には向いていないその武器でガジェットを両

断したすずかの技量に、美由希は控えめな、けれども惜しみのない拍手を贈った。



「んー、相変わらず惚れ惚れする腕だね。私や恭也じゃ棍でここまでは出来ないよ」

「余裕があったからこそ出来たことで……私もまだまだ修行中の身ですから」

「これがいつでも出来るたら私も恭也も立つ背がないよ。後輩が優秀だと嬉しいけど、先輩風

は吹かせたいじゃない?」

「あ、その気持ちは解ります。私もスバルやティアを見てると、頑張らなきゃーって気持ちに

なりますから」

「お互い後輩には負けられないよね。さて――リイン?」



 危険を知らせるために声をあげてから一言も発しない――それどころか視界に入ってこよう

ともしない小さな同僚を不思議に思い美由希が振り返ると、そこには腕を組んでむくれている

リインがいた。



 リインに目を合わせると、完全に拗ねてしまった彼女は美由希の声にも応えることもなくぷ

い、とそっぽを向いた。



 美由希はすずかと顔を見合わせ、苦笑を浮かべる。



 リインがこうなったのは何も、今回が初めてではない。



「どうしたのリイン、そんなに膨れてたらかわいい顔が台無しだよ」



 何事もなく笑顔で近寄り、リインの頬をつんつんと突く。普段ならば子供扱いするなと声を

挙げるのに、拗ねている今はイラっとした顔はしても声も出さない。ちょっとだけ力を込めて

頬を押してみると、頬を膨らませていた空気が口から抜けて頬が萎んでいく。



 その様が、とてつもなくかわいい。



 何をするんだとリインは無言で抗議の目を向けてくるが、その背伸びした感じがまた美由希

の感性にビビビときた。タレ目のリインが一生懸命目を吊り上げて、怒っている自分を身体全

体を使って主張している。見ればすずかも怒るリインをきらきらした瞳で見つめていた。



 あぁ、こんな娘なら欲しいかも……



 一人の女性と一人の少女の間には、今確かに同じ思いが芽生えていた。



 抱きしめて頬擦りしたい。思い切り可愛がりたい。本能に任せて実際、そのようにする寸前

まで美由希の身体が動いていたが、リインの肩に手を置いた瞬間に我を取り戻した。



 リインが可愛いことが宇宙的真理であっても、今は仕事中だ。反対側ではなのはが新人二人

を連れてガジェットと戦っていることだろう。なのは一人いれば大事は起こらないという確信

に近い思いはあるが、それと備えをしないというのはまた別の話だ。いつまでも可愛いリイン

に時間を取られる訳にはいかないのである。



 さらに言えば、作戦行動中に行われた会話はデバイスと指令室――この場合は機動六課本部

だ――に録音される仕組みになっている。後でリインをからかう時に使えそうなそのギミック

も、美由希達を管理する立場のはやてや、あるいはその上に控えるリンディやレティに遊んで

いると判断されてしまえば、それは当然叱責される材料になる。



 それだけならばまだ良い。いや、本音を言えば全くもって良くはないが、リインと遊んでい

て作戦行動に遅れが出たと恭也に認識されたら、彼は容赦のない制裁を加えてくるに違いない。



 その時の被害者はきっと、美由希一人だ。恭也本人は厳しくしているつもりだろうが、傍か

ら見れば美由希とすずかの扱いの差は歴然だ。きっと監督不行き届きとか理由をつけて二人分

の制裁を一人で受けることになる。



 理不尽と思わないでもないが、キャラの違いと言われれば納得してしまう。美由希が恭也の

立場だったとしても、同じ判断をするだろう。六課出向前だったら共に一週間仕事をし、その

間ずっと意味もなくからかわれ続けるという悪夢のような制裁をされたのだろうが、果たして

六課ではどんな仕打ちが待っているのか。



 体験してみたい気もするが、それはまたの機会にすることにしよう。



 とにもかくにも、足を止めている訳にはいかない。宙に浮いているリインはとても軽い。リ

インを軽く抱きとめる振りをしながら、その実、ゆっくりと列車後方部へと移動する。自然と

すずかが美由希とリインを先導する形になり、棍を構えて警戒態勢を取った。



 説得するのが美由希で、その邪魔を排除するのがすずかと自然と役割分担が出来た形になる。

戦いながらでも説得ができないではないが、これ以上ヘソを曲げる要素を増やしては尾を引く

ことになる。



 機動六課に帰るまでリインがこのままだったら、恭也制裁は確実な物になるだろう。それだ

けは何としても避けなければならない。



「ごめんねリイン。私もすずかもリインのこと忘れてた訳じゃないんだよ」

「リインは別にそんなことを怒ってる訳じゃないのですよ」



 一言目で美由希は説得の方針を決定した。リインの顔にはそれを怒っているとデカデカと書

いてあったからだ。美由希の中ではきっちりとリインにも見せ場――この場合はリニアレール

の制御奪還――を作ったつもりだったのだが、リインからするとそれだけでは不足だったらし

い。



 ならば戦闘行動に混ぜろ、ということだろうか。



 相手はガジェットだ。下手な魔導師よりは動きが機械的であるため、ある意味対応はし易い。

AMFが搭載されていることが悩みの種であるが、距離を取って戦闘補助をする分には問題な

いだろう。



 問題はリインの技量そのものだが、彼女に魔法戦闘の指導をしたのは他ならぬ八神一家であ

る。あの女恭也のようなシグナムが特に問題にせずに送り出したのだから、一人前の魔導師と

して扱っても問題ないということ。過保護に扱う自分たちの方こそ間違った対応をしているこ

とになる。



 相応の実力には相応の扱いをするのがベルカ世界の不文律であり、恭也も美由希もそれを信

奉している。見た目は子供でも立派な魔導師なのだ。いつまでも過保護であっては前に進むこ

ともできない。



 すぐ先の場所で戦闘が始まった。援護を、と美由希もリインも身体が動きかけたが、強い力

で捻じ切られたような破損の仕方をしたガジェットの一部が飛んでくるに至り、これは必要な

いな、と即座に足を止める。



 床に転がるガジェットの残骸を蹴飛ばしながら、美由希は言う。



「ちょうど本格的な援護が必要だと思ってたんだ。次の車両に入る時からは、私が一番、すず

が二番、リインはすずかと一緒に私のバックアップってことで大丈夫?」

「だ、大丈夫に決まってるのですよ!」



 緊張した様子だったが、望んでいた扱いが向こうから飛び込んできた形になったリインは勢

い込んでそう答えた。



「きちんと頑張ったら、リインは大活躍だったって恭也に報告してあげるからね」

「ファータに報告するのはリインの役目なのです!」



 我先にと飛び出そうとするリインの目に、もう緊張の色はない。ご褒美を目の前にぶら下げ

たらもうこんな顔になった。現金なものだとは思うが、これくらいの年齢ならばそんな物だろ

う。年端も行かないのにエリオのようにストイックになれる方が難しいのだ。リインくらい顔

にはっきりと考えていることが出る方が、見ていて可愛げがあるし本人も人生が楽しいと思う。



「車両制圧。次の車両に行きましょう」



 前方の車両から棍を持ったすずかが顔を出す。負傷どころか、苦戦した様子もない。果たし

てこれで協力する必要があるのか、という考えが美由希の脳裏に過ぎったが、これが団体行動

で、美由希もリインもその構成員であることを思い出した。



 全員で事に当たり、そして結果を出すのがチームの正しいあり方である。その方が効率が良

いからと一人に全てを押し付けて後は見学、というのではチームを組んだ意味がない。



 そういう意味では、リインが可愛いからと背後に庇うように動いていた自分は間違っていた

のだろう。実力の劣る者をチーム全体でカバーするのもまた当然のことではあるが、過ぎたる

は及ばざるがごとし。過保護にしてはリインのためにならないし、何より一緒にいる意味がな

い。



 リインは守られるべき立場の存在ではなく、一緒に戦う仲間なのだから。





「期待してるからね、リイン」

「クラウディアに乗ったつもりで安心してください!」



 それはちょっと不安だなぁ、と美由希は苦笑を浮かべた。



























3、





「ティア、助けてティアっ!」

「バカスバル! 何でこっちに来るのよ!」



 ガジェットの攻撃を捌ききれなくなってこちらに飛び込んでくる相棒に、ティアナは悪態を

つきながら攻撃用にチャージしていた魔力弾をスバルを狙う触手に撃ち込んだ。



 動く標的をとっさに狙ったにも関わらず、今まさにスバルに襲い掛からんとしていた触手を

ピンポイントに迎撃できたのは、日頃の訓練の賜物だろう。



 ティアナが作った一瞬の猶予で危機を脱したスバルはそのまま真横を通り過ぎていく。その

援護のために義務的に散発的な射撃を行ってから、ティアナもスバルに続いてガジェットから

距離を取った。



 殺人的な質量と勢いを伴った触手は、ガジェット本体がいる車両から一定以上の距離を取る

とぴたりとその動きを止めた。



 そういうプログラムなのだろうが、今はその設定がありがたい。



 荒い息をつきながら、横でへばるスバルの後頭部に思い切り拳骨を振り落とす。なす術もな

く直撃を受けたスバルは恨みがましい目で見上げてくるが、文句を言いたいのはこっちだ、と

ギロリと睨み返すと、スバルは慌てて視線を逸らした。



 一応、悪いことをした、とは思っているらしい。



 萎れたスバルを見てティアナは大きく溜息をついた。身体の中に溜まった熱を追い出すとそ

の分頭も冷えてくる。



 熱くなって自分を見失うことが、最もしてはならないことだ。現場において仲間に指示を出

す役目を負う者は、仲間全員の命を預かっている。



 冷静であることは義務のようなものだ。常にそうであれと訓練校に入学した時から自分を戒

めてきたが、修行不足のせいかどうにも上手くいかないことがある。



 今がその時だった。スバルは良くやってくれている。作戦も間違っているとは思えない。そ

れでも上手く行かないのは、廻り合わせが悪いのか、それとも他に要因があるのか……



「手を貸そうか?」



 しゃがんだ二人を見下ろすのはスターズ分隊分隊長、高町なのはだ。今回の現場指揮官であ

り、ティアナたち二人の班を指揮する立場でもある。近い将来にティアナが立つべき位置にい

るのが、今のなのはだった。



 ティアナとスバルの二人で事に当たる。それを提案したのもなのはである。チームプレイを

基本として教えてきたことを考えると、三人のうち二人だけを動かし残りの一人はただ見てい

るだけ、というのはありえない采配と言えた。



 百歩譲って個別に行動することがアリだとしても、作戦の成功を考えるならば、新人二人が

事に当たるよりもなのは一人でやった方が良いに決まっている。ティアナもスバルも若手の中

では一流と言える実力を持っていたが、『エース・オブ・エース』は流石に次元が違う。



 それでもなのはがティアナとスバルを従えてリニアレールに降りたのは、チームだからだ。



 現にこの車両に来るまで、なのははブレイド班との連携も考えながらティアナ達二人のフォ

ローもしつつ、自分も魔法でガジェットと戦っていた。



 それが本命のレリックが保管されている車両に到達するなり、二人でやってこいと方針を転

換したのだ。何もなければそれで良かったのだが、案の定、宝物を守る番人がそこにはいた。



 毎日吐きそうになるまで訓練をしているが、ここまで強力なガジェットを想定した訓練を受

けたことは一度もない。



 なのはや恭也など、ガジェットよりも凶悪で強力な魔導師とは何人も戦っているが、強さの

方向性が違うということ、戦ったことがない相手というのはそれだけでティアナにとっては脅

威だった。



 大きいだけあって力も強く、AMFの範囲も広い。どうもそのAMFの有効範囲が攻撃範囲

に設定されているようでこちらが外にいる今は静かなものだったが、状況が変われば向こうか

ら攻めてくることだって十分に考えられる。



 敵方もリニアレールをジャックするまで事を大きくしてしまった以上、何か利益を得ないと

割りに合わないはずだ。局員が現地に到着してしまった時点でその目論見は失敗していると言

えなくもないが、それだけでレリックを諦めたと断定するのは早計だろう。



 作戦行動にそれほど時間をかけられる訳ではない。



 それはつまり――



(二人で対応できるチャンスは精々後一度ってことね……)



 強敵を相手に新人二人で立ち回ることは難儀なことであるが、実力をアピールするチャンス

でもある。ティアナにだって上に行きたいという欲はあるし、スバルにだって夢がある。なの

はもそれは理解しているからこそ、任務達成を遅らせてもこういうチャンスをくれたのだろう。



 自分のためにもなのはの配慮に報いるためにも、失敗する訳にはいかない。



 なのはの問いに、ティアナは首を横に振った。自分の提案を無言で却下する部下を見て、な

のはは腕を組んだまま、ティアナ達から三歩距離を取った。



 この場は任せた、という無言の意思表示だった。ティアナの目に、静かに炎が灯る。



「方針は変わらないわよ。あんたがデカブツの攻撃をひきつけて、私が撃つ。今の私に出来る

最大威力までチャージするから、その間時間を稼いでちょうだい」

「おっけー、ティア。今度はちゃんと上手くやるから」

「期待してるわよ。余裕があれば幻術で援護するけど、その分チャージは遅れるからあまり期

待しないでよね」



 言って、クロスミラージュを握ったままの右手を差し出すと、スバルがそれに左の拳を軽く

打ち合わせた。



 一瞬、視線が交錯する。



 開始の合図はいらない。それがコンビというものだ。





 マッハキャリバーのローラー音を響かせて、スバルが再び車両内に突入する。ティアナはそ

れに僅かに遅れる形で後を追った。



 ただ援護をするだけならば車両内部にまで付き合う必要はないのだが、スバルは屋内でも三

次元的に高速で動く。なのはほど『目』が良ければ離れていても援護できるのだろうが、そこ

までの域に達していないティアナは、せめてスバルが目視できる位置まで近付かないといけな

い。



 入った瞬間、ガジェットのセンサーがティアナに向くが、オプティックハイドで姿を消すと

ガジェットはスバルに専従することに決め、全ての触手をスバルへと向けた。



 それら全ての触手を、スバルはウィングロードや壁をほとんどスピードを落とさずに駆けな

がら尽く避けていく。



 スバルの援護が出来ないことを歯痒く思いながらも、ティアナは相棒の挙動を見て密かに感

心していた。機動六課に来る前と比べて、全ての動作が凄く安定している。



 ただ避ける動作一つをとっても、姿勢が全くぶれない。安定の悪いローラーを履き、滑走し

ながら動作を行うため、類稀な運動能力を持ったスバルでもその過程で姿勢を崩すことなど日

常茶飯事だったのだが、今は滑走しながら屈んだりしても即座に復帰できている。



 地味なことだが、これも訓練の成果と言えるだろう。



 今までだって訓練をサボったことはないが、六課に着てからの訓練は密度が段違いになって

いる。魔力が向上したとか技の威力が上がったとか、解りやすい結果はまだ得られていないが、

確かにスバルは前に進むことが出来ている。



 訓練校で出会って以来、ずっとコンビを組んできた相棒のことだ。ティアナにとってこれほ

ど嬉しいことはない。



(なら私も、仕事しないとね!)



 気を引き締めて、スバルとガジェットの動きを注視する。



 入った時よりも余裕はなくなっているが、それでもスバルはガジェットの攻撃を避け続けて

いた。あれだけ矢継ぎ早に攻められているのに、いまだにかすりもしていないのは純粋にスバ

ルの技量に寄るものだろう。



 だが、それも何時まで続く訳ではない。早急に手を打たなければスバルだって何時かは被弾

する。



 焦る気持ちを抑えながら、ティアナは魔力の充填に集中した。



 振りかぶられた触手がウィングロードの誘導で、スバルを掠めるように振り下ろされる。床

を抉ったその破片が四方に散り、壁や床を叩く。



 失敗はしない。必ず成功させる。



 脅迫観念じみたその思いが、逆にティアナの集中力を高めていった。緊張はない。自分達な

らば絶対に出来るという思いが、ティアナを満たしていく。



 やがて、チャージが完了した。



 オプティックハイドを解き、射撃するのに最適な位置へと移動する。



 突然姿を現したティアナに、ガジェットの動きが乱れた。どちらを追うべきか、その一瞬の

逡巡をスバルは見逃さない。



 今まで回避一辺倒だった動きから一転、攻めに転じたスバルは浮いたままになった触手に右

の一撃を叩き込み、滑走しながらその胴体にも攻撃を加えていく。魔力がほとんど充填されて

いない拳による乱打のため、一つ一つの威力は無視できるほどに小さいかったが、攻撃意思を

持つ存在が近くにいるということは、ガジェットを制御するAIにとって無視できるものでは

なかった。



 結果、ガジェットのAIは決定打を持つティアナよりも、近くにいるスバルの排除を優先し

た。それによってスバルの危険度は格段に跳ね上がったが、ガジェットの猛攻に晒されながら

もスバルの瞳に揺るぎはない。



 目標地点に到達しクロスミラージュを向けると、ガジェットの動きが慌しくなる。スバルの

排除に平行してティアナにまで触手を向けようとするが、ウィングロードの上を滑走し続ける

スバルがそれを許さない。



 その拳で、足で、あるいは余分に発生させたウィングロードでガジェットの触手を砕き、弾

き、逸らしていく。



 大上段から振り下ろされ、直近の床を抉った触手が破片を弾き、それがティアナの頬を掠め

た。流れる、真っ赤な血。バリアジャケットの防御を抜けて、無視できるほどに小さいとは言

え怪我を負ったことにクロスミラージュが小さな警告を発するが、ティアナは無言を貫くこと

で『問題なし』と第二の相棒に伝えた。



 見つめるのは、倒すべき敵。



 スバルが動く。今までで一番力を込めた彼女の拳は、ティアナの斜線上にあった触手を弾い

て退ける。勢いそのままに宙返りをし急速に離脱する相棒の姿を視界の端に捉えながら、ティ

アナは即座に引き金を引いた。



 銃口で橙色の魔力が弾ける。



 放たれた二条の魔力弾は、AMFの中で減衰しつつも正確にガジェットを貫いた。



 手応えはあったが、用心は怠らない。突然動き出したとしても対応できるよう、両手にクロ

スミラージュを構えたまま、待つこと数秒。車両を占拠していた巨大なガジェットは崩れ落ち

るようにその動きを止めた。



 執拗にスバルやティアナを追っていた触手も、轟音を立てて床に落ちる。それでもティアナ

もスバルも油断せず、一秒、二秒と動かぬままに反応を見たが、やがてこれが演技ではなく本

当に機能を停止したのだと確信を持つに至ると、大きく溜息を吐いて腕を下ろした。



「やったね、ティア」

「まあね。それもこれもあんたのおかげよ」

「えへへー、褒められちゃった」

「褒めるだけじゃないわよ? 反省点は両手じゃ数えきらないくらいにあるから、仕事が明け

て部屋に戻ったらいつもの反省会だからね」

「今日くらい休もうよー」

「そういう油断が足元すくわれる原因になるのよ」



 拳骨でスバルの頭をぐりぐりとやると、ティアナは視線を彷徨わせる。ロングアーチからの

情報ではこの部屋に目的のレリックがあるという。よりによって回収対象のある部屋で戦闘を

行ってしまった訳だが、まさか破損させてしまったりしていないだろうか。



 作戦目的はガジェットの殲滅ではなく、レリックの回収なのだ。せっかくスバルと協力して

ガジェットを撃破できても、レリックを回収できませんでしたというオチがついてしまっては

片手落ちどころか及第点を貰うこともできない。



「ティアが探してるの、これでしょう?」



 慌てふためくティアナが可笑しいかったのか、小憎らしい笑みを浮かべたスバルがその手に

持ったケースを振ってみせた。何時の間に、というより先に動いたティアナの指はスバルの頬

をむにーっと引っ張る。



 いひゃいよーと抗議するスバルを無視してケースを取り上げた。間違いなくブリーフィング

の時に見たケースと同じ物だ。なのはに視線をやり確認をとってから、ケースを開ける。



 中に入っていたのは確かにレリックだった。今はデバイスで言う所の待機状態であるために

ほとんど魔力反応はないが、これが曰くのある代物だというのは一目で解る。



「これ、どうしたのよ」

「戦ってる時にそれらしいの見つけたから、巻き込まれないように蹴飛ばしておいたんだ」

「あれだけやっててまだそんな余裕があったのね……」



 これはコンビネーションを次のステップに進めても良いかもしれない、と今夜の反省会にお

ける議題を脳内で考えながら、何気なく視線を彷徨わせ――それがぴたり、と動かなくなった

ガジェットに止まった。



 何があったという訳ではない。完全に機能停止していることは、スバルもティアナも確信を

持ったことだ。これが再び動き出すということは、絶対にない。それが解っているのに何か不

安を拭うことが出来ない。



 ティアナの視線を追ったスバルも、ガジェットに目を留めた。どうしたの? と普段ならば

即座に疑問を投げかけてくるはずのスバルも同じようにガジェットを注視している。



「二人とも、下がって!」



 一番最初に異変に気づいたのは、離れて見ていたなのはだった。



 なのはは魔法で二人を飛び越えると、レイジングハートを正面に構え防御魔法を展開する。

それも一つではない。ティアナが何十発魔力弾を打ち込んでも壊せそうにない球状のバリアを

二重、三重に重ねていく。



 なのはクラスの重砲撃を警戒するような厳重さだった。いきなりの展開に目を白黒させる二

人だが、ガジェットの一部が点滅を始めたことで漸くどういう事態になったのかを理解する。



『自爆!?』

『魔力に寄らない爆発物の反応を感知しました。爆発まで最短で後30秒』



 ティアナの言葉に応えたのはレイジングハートだ。ご丁寧に捕捉してくれた爆発までの予想

時間はあまりにも短い。



「こちらスターズ01。ロングアーチ、何とかできない?」

『シャーリーです。私が現場にいるなら何とかしてみせますけど、ここからじゃ……」

「無理ってことだね。了解。レリックは確保したから、このままスターズ班は車両を破棄、三

人で撤退します。ブレイド班にもそういう風に――」

『こちらブレイド02。ガジェットの映像みたよ。爆弾はこっちで何とかするからスターズ

班はそのまま撤退して』

「お姉ちゃん、任せて大丈夫?」

『大丈夫、って言えないけど任せてよ。何かちょうど助っ人も到着したみたいだから、何と

かなると思うよ』

「助っ人って誰!?」

『今忙しいから解決したらね。スターズ班は撤退よろしく。オーヴァー』



 向こうから打ち切る形で美由希との通信は終わる。



「何とかするってどうするんでしょうか」

「さぁ。でもお姉ちゃんがやるって言ってるんだから、多分何とかなると思うよ」

「そんな投げやりな……」

「恭也くんと十年も一緒に仕事できた人だよ?」

「…………何か納得できそうな気がします」



 対質量兵器戦に関しては、恭也・テスタロッサは管理世界において第一人者だ。無論、美由

希は恭也本人ではないが、一緒に仕事をしてきたという『イメージ』はティアナに不思議な安

心感を与えた。



「列車の壁は壊しても良い?」

『お好きにどうぞ。何しろ緊急時ですからね』

「了解。じゃあ、ちょっとだけ全力全開で行くよ!」



 三人を覆っていたバリアを解除すると、なのははレイジングハートをリニアレールの壁に向

ける。少しは加減を、という間もあればこそ。杖の先から迸った桃色の魔力光はそのカラーリ

ングからは想像もできないほどの轟音と共に、リニアレールの壁を消し飛ばした。



「さ、行くよ二人とも」

「経過を見なくてもいいんですか?」

「邪魔になるかもしれないでしょ? ほら早く」



 空を飛べるなのはは既に空を飛び、二人に向かって手を出しだしている。スバルはそれに躊

躇うことなく続き、空を飛べないティアナは慌ててスバルの腕を掴んだ。おんぶされる形で移

動するのは格好悪いが、爆弾から距離を取るためには格好を気にしている暇はない。



 なのはは二人が十分にリニアレールから距離を取ったことを確認すると、二人の前に立ち改

めてバリアを展開した。彼我の距離は既にシャーリーから示された危険域からも外れ十分に開

いていたが、念には念をだ。



 リニアレールから脱出して、既に十数秒が経過している。部屋の中になのはが残してきた複

数のサーチャーが送ってくる映像が、ティアナ達にとって現場を知る唯一の手段だった。



 スバルの背に乗せられたまま、固唾を呑んで映像を見守る。



 予想までの最短時間が、残り十秒を切ったところで、車両の扉は蹴破られた――































4、





『十三、十二――』



 準備と相談を超特急で終えて目的車両に到達した時には、ロングアーチのカウントも逼迫し

たものになっていた。

 

 もはや何を考えている時間もない。すずかは全力で棍を振るい、車両のドアを吹き飛ばす。

びりびりと腕に反動が返って来るが、管理世界最高峰の頭脳集団である特共研の科学者達をし

て『謎の金属』と言わしめた金属で作られた棍は、すずかが渾身の力を込めて振るってもびく

ともしない。



「リインちゃん!」

「はいですよ!」



 車両中央に鎮座する目標のガジェットを目視で確認すると、魔法の準備をしながら追従して

きたリインが一息に氷結系の魔法を放った。爆弾以外の機能が停止しているためAMFの影響

受けず、フルパフォーマンスで放たれたその魔法は、ガジェットを一瞬で氷の中に閉じ込める。



 これで爆弾が機能停止してくれれば良いが、その見込みが薄いことは化学を齧ったすずかに

は解っていた。この魔法はカウントダウンには影響がないものとして、当初の予定通りに棍を

車両内に投げ捨てると、ガジェットに肉薄する。



(こういう力技は、あまり好きじゃないんですけど……)



 力持ちというのは自覚しているが、年頃の女の子としてはあまりアピールしたい事柄でもな

い。今の自分は恭也さんにどう見えるのかしら、などと益体もないことを考えながら氷に手を

かけ、全力で持ち上げる。



 真っ赤に染まった瞳で天井を睨みつけたすずかは、力の限り叫んだ。



「美由希さん!」

『了解!』



 デバイスから、天井裏から同時に声が聞こえると、天井に閃光が走る。事故を想定して頑丈

に作られているはずの天井が美由希の剣閃によって分解され、幾つもの塊になって落下してき

た。



「いきます!」



 迫る天井の破片の合間から見える空に向かって、すずかは全力でガジェットを放り投げた。

砲弾のようにすっ飛んでいくガジェットに、後五秒、というグリフィスの声が重なる。



 それを合図にしたかのように、黒い影がすずかの視界を横切った。恭也や美由希など高速戦

闘を得意とする者を見慣れているすずかでも惚れ惚れするような無駄のない体捌きで駆けてき

たその影は、すずかの放り投げたガジェットに易々と追いつき、トンファーの一撃を喰らわせ

る。



 その打撃によってさらに加速のついたガジェットは、見る見るうちにリニアレールから離れ

郊外の森の方へ放物線を描いて飛んでいく。



『こちらロングアーチ01。これからあれを吹っ飛ばすよー。対衝撃体勢よーい!』



 通信機から聞こえる声は作戦が予定通りに進んでいることを教えてくれた。上手く行って、

と心中で祈りながら穴の空いた壁から飛んでいくガジェットを歓声をあげて眺めているリイン

を羽交い絞めにし、床に押し倒す。



 涙の浮かんだブルーのつぶらな瞳を真正面から見つめると、リインちゃんは女の子、私も女

の子と心の中で言い訳してもどうにかなってしまいそうだったが、今は役目が優先だ。



 すずかはリインに覆いかぶさると、自分も耳を塞いで地面に伏せる。



『発射ーっ!!』



 そんな暢気なはやての声と共に、閃光が走る。結果――



 リニアレールがひっくり返るのではないかという程の衝撃が、すずか達を襲った。手で耳を

覆っていても鼓膜が震えるほどの音が辺りを支配する。



(なのはちゃん達、大丈夫かな……)



 いまだに念話を上手く使うことができないために、通常通信で外にいるはずの仲間に呼びか

けてみるが、爆破の影響か何も反応がない。腕の中のリインは爆音に驚いて自分で耳を塞いで

蹲っているため聞くに聞けない状況だ。



 耳鳴りを堪えて立ち上がる。目を回しているリインの頬をぺちぺちと叩きながら、



「こちらブレイド03。ロングアーチ応答してください」

『――こちらロングアーチ02。通信の復旧は完了しました。すずかさん、リインちゃんに念

話が通じないって連絡があったんですけど、大丈夫ですか?』

「だ、だいじょうぶですよー」



 耳を押さえながら通信に割り込む形でリインが応える。耳を押さえ頭を振りながらの物言い

は無事とは言い切れないものの、爆発による影響はなさそうだった。



 だが、所謂雑魚敵扱いとは言え、あのガジェットは敵対組織が作ったものだ。ただの爆発だ

けでなく他にもっと、例えばデバイスに悪影響を及ぼすような仕掛けがあったとしても不思議

ではない。



 六課に帰ったらシャーリー辺りに精密検査を受けてもらう必要があるだろうが、現状、リイ

ンはいつものかわいいリインだった。



『ロングアーチ03。フォワードメンバー全員の無事を確認しました。加えて、目標物である

レリックの確保と、リニアレール内のガジェット全ての破壊を確認。ライトニング班の方でも

飛行型ガジェット全ての破壊に成功しました。これにより当座の作戦目標をクリアしたことを

ここに宣言します。なお、現場に部隊長が到着されたため、指揮権をそちらにお返しします。

僕らはこっちで関係各位との折衝は続けますので、現地局員への引継ぎはよろしくお願いしま

す』

『了解やー。ロングアーチのみんな、引き続きよろしくなー』

『もったいないお言葉です。通信を終わります』



 グリフィスの苦笑気味の言葉を最後に、ロングアーチとの通信は一旦途切れた。指揮権を返

されたはやては早速指揮を取り、スバルやティアナがそれに従っててきぱきと動いて行く。



 そこにはすずかがトスしたガジェットをアタックした影――はやてをここまで連れてきてく

れた聖王教会のシスター、シャッハ・ヌエラの姿だけが見当たらない。



 所属が違うとは言え一緒に仕事をした仲間だ。せめて一言くらいはお礼が言いたかったのだ

が、教会関係者がここにいては不味い、ということを一番気にしていたのはシャッハだ。今頃

は教会本部に向けて移動している最中だろう。



 いない人間をいつまでも気にしていてもしょうがない。



 教会関係者、それも六課の後見人であるカリム・グラシア直属の部下であるのなら、また会

う機会もあるだろう。



 そう思うことにして、すずかは当面の仕事に意識を向ける。



 一先ずは現地の局員が来るよりも先に、リニアレールの破損箇所を確認する必要があるとい

う。六課が到着した時から破損箇所は多々あったが、今現在見える大きな破損は全てすずか達

が拵えたものだ。



 現在すずかとリインがいる車両がちょうど真ん中であるため、外に避難していたスターズ班

が車両前方から、すずかとリインで車両真ん中から後方に向かってチェックするという作業が

割り振られた。屋根に出ていた美由希は車両後方から真ん中に向かってチェック。はやては外

から作業を監督しつつ、事務作業の準備をしている。



 そんな準備が外で出来るものか、と管理外世界出身のすずかは思ってしまうが、空間にさえ

キーボードとモニタを構築できるのが、この世界の技術の凄いところだ。なのはが魔法で壁に

空けた穴から外を見ると、バリアジャケット姿のはやてが空に浮きながらカタカタとキーボー

ドを操作し始めていた。



「すずかさん、リインたちも行くのですよ」



 仕事をしたくて仕方がない、といった様子のリインに手を引かれ、車両後方に繋がるドアを

操作する。リインはふよふよと車両内部を漂いながら、壁から床から入念にチェックしていた。



 けなげに頑張る姿が、やっぱりかわいい。恭也に褒められたいという一心なのだろうけれど、

頑張るリインの姿にはすずかも心動かされるものがあった。



(私も人から見たらこう見えるのかな……)



 想像してみる。リインのように仕事をして、よく笑い、楽しそうにしている自分。



 少しだけ考えて苦笑した。



 働く動機が同じでも、同じように見えるということは絶対にないだろう。リインのように可

愛く見えないというのは寂しくあったが、それを当然だと思う自分もいた。理由も勿論解って

いる。





「お父様、なんては呼べないもんね」

「何かいいましたかすずかさん」

「何でもないよ。さ、早く仕事を片付けて恭也さんに褒められようか」

「はいです!」