デバイス及び本人から逐一報告される状況を分析しながら、新たに指示を出す。それがシャ

マルの今の仕事だった。普段は六課の医療班で活躍するシャマルも、本職は守護騎士の参謀で

ある。



 ただ人の身体を守り、時には命を救う。そんな医療の仕事も嫌いではないが、こうして頭を

働かせ次の手、また次の手を考えていく慣れ親しんだこの作業は、シャマルを静かに、けれど

確実に興奮させていた。



 久しく味わっていなかった感触だ。



 はやてが管理局員になる決意を固めた頃には、自分の知りうる限りのことをと、戦術戦略に

ついてよく講義をしたものだが、医療室ではそれをする相手もいない。

 

 腕を錆びさせないようにと仕事の合間を縫って勉強や訓練もしていたが、やはり実戦は違う

と久し振りに『空気』に触れて実感した。ここで戦うために生み出されたのだと思う瞬間であ

る。



 状況は六課有利の状態で推移していた。戦場は全部で三つ。シャマルの陣取るホテルアグス

タを中心に、北西にスターズ分隊、東北東にライトニング分隊、南西にザフィーラとリインと

いう配分になっている。残った美由希とアルフはバックアップ要員だ。バックアップの二人に

は各部隊の状況を見て随時移動してもらっているが、今のところ彼女らの出番になるような事

態には陥っていない。



 このまま済めば良いが……と考えるも、そう簡単にはいかないだろう、という思いがシャマ

ルにはあった。



 ガジェットは確かに普通の魔導師にとっては脅威だが、六課の戦力に相対すると力不足は否

めない。経験不足の新人達ならばまだしも、なのはやフェイトにとっては雑魚も良い所だ。屋

内など状況を限定されでもしない限り、どれだけ数がいたとしてもあの二人ならばしくじると

いうことはない。



 これにはシャマルの身内贔屓も混じっているが、二人の過去のデータなどを見れば誰でも想

像できる範囲のことだった。



 つまりは、ガジェットを運用している相手にも解っているということである。



 ガジェットだってタダで製造できる訳ではない。製造するには金も場所も必要とする。質量

兵器を搭載したそれらを密造するのは当然違法であり、決して少なくないリスクを伴うのだ。

それを負けることが解っている戦いに投入するのは、経済的な面から見ても正気の沙汰とは思

えない。



 確かに高位魔導師との実戦データを取ることはできるだろう。なのはたち高位魔導師を相手

にどれだけやることができるのか解れば、今後の研究も捗るに違いない。研究者から見れば喉

から手が出るほどに欲しいデータであるが、多数のガジェットが破壊されることで得られるも

のと言えば、それくらいしかシャマルには思いつかない。



 データ以上のリターンがなければ可笑しい。少なくとも、自分がガジェットを操っているな

らばそう思う。ガジェットをけしかけるのは陽動で、本命は別にあるのだ。



 彼らの本命とは何か。



 考えるまでもない。守備の中心はホテルアグスタ。ロストロギアの集まるオークション会場

には、百台を超えるガジェットをスクラップにしてでも入手する価値のあるものがいくつもあ

る。



 管理局員の守る場所に襲撃をかければ指名手配は間違いないが、ガジェットの運用手は既に

リニアレールをジャックしている。同一犯ではない可能性もあるが、この際それは無視しても

良い。六課でも本局でも、現在がジェットを運用しているのは一つの組織、あるいは人物であ

るとの結論に達している。



 その運用手に今更ホテル襲撃の容疑が一つ増えたところで、誤差のようなものだ。





 オークションが犯罪組織の隠れ蓑にされることは、管理世界では良くある話である。主催者

のお墨付きで盗品をオークションにかけたり、あるいは競売品という名目で禁制品を取り寄せ、

競売にかけずに別の人間の手に渡る、という手法が知られている。



 今回のオークション警備はユーノの口利きだ。考古学協会の上層部も彼の縁者ということで、

信用はしているが、オークションに関わっている人間全てが白という確証がある訳でもない。



 一応チェックだけはしたが、オークション品のチェックに関しては地上の監督部署が一度行

っている。そこで問題なしとされた物を、六課でもう一度チェックすること自体、信用してい

ませんと公言するようなもの。



 他所との関係悪化ははやての望む所ではない。納得いくまでオークション品を調べたくても、

できない事情があるのだ。





 正規のオークション品にしても禁制の品にしても、外部からこの警備を突破してそれらを盗

んでいくのは容易なことではない。六課、地上の部隊、民間の警備とシステムを抜けて、更に

逃げる時はこれをもう一度突破する必要がある。リスクが高すぎる上に、超人的な能力か幸運

を要する。この計画を採用するのは、現実的な判断ではない。



 仮にホテルの内部に最初から潜りこむことに成功していたとしても、一度はそれらを突破す

る必要がある。内通者がいるにしても、ホテルには無駄に勘の鋭い恭也がいる。彼は悪意や殺

意には非常に敏感だ。彼の守備範囲で悪事を働くのは一流の犯罪者でも難しい。並の人間なら

ば尚更だ。



 外からも内からも手詰まりだ。



 自分が計画立案者だったら、機会を見送る判断をするだろう。管理局の目の届かない場所な

どいくらでもあるし、ロストロギアも同様だ。何も好き好んで管理局が警備をしている日に盗

んだり襲撃したりする必要はない。



 しかし、現実問題としてガジェットはここにいて、六課メンバーと戦っている。シャマルに

は見出せないリターンと、それを実行に移すだけの勝算がガジェットの運用主にはあるという

ことだ。忌々しい限りであるが事実なのだから仕方がない。それに対応するのが、シャマルの、

引いては六課の仕事だ。



 空間モニタに投影された現在状況に目を走らせる。急造コンビのザフィーラとリインが心配

ではあったものの、はやてについて前線から遠ざかっていたとは言え流石に盾の守護獣。シグ

ナムやヴィータに比べて実力的に不安なリインと一緒でも、その実力を遺憾なく発揮している。

スターズとライトニングに至ってはむしろ逆で、戦線を押し込み過ぎないかを心配するほどだ。

この程度の量のガジェットに分隊まるごとを当てたのは、流石に戦力過多だったと見える。



 いざ敵の増援が現れた時には分散させることを前提に運用している。新人四人がネックだが、

そこは美由希とアルフでフォローするしかない。



 失敗できない。それを再認識したことで、シャマルの意識はまだまだ冴えていく。



 何者も、見逃さない。



 その目は医療室で朗らかに微笑う医者のそれではなく、闇の書時代の苦闘を陰ひなたに支え

た参謀としてのそれだった。



















 












(僕、いらない娘なんじゃないかな……)



 ライトニング分隊、任務地。ホテルアグスタから離れたその場所で、フェイトを分隊長とし

た面々は空を飛ぶガジェットと戦っていた。フリードの補助を受けたキャロを含めて、全員が

空を飛ぶことのできる面々での対応である。



 高度な空中戦の能力が要求される場所で縦横無尽に空を飛びまわっているのは、しかし、隊

長のフェイトただ一人だった。部下であるエリオとキャロ、ついでにフリードは、そんなフェ

イトをただ見守っているだけである。この場所に移動してから、彼女らはほとんど動いてすら

いなかった。



 それほどまでにフェイトの動きは凄まじい。教育の環境から高速戦闘を見慣れていて、自身

も高速戦闘を得意とするエリオであっても、たまに姿を見失うほどフェイトの動きにはキレが

あった。エリオの記憶にあるどのフェイトよりも、今のフェイトは速い。



 何がフェイトをそうさせているのか。それはフェイトの表情を見れば、考えるまでもなく疑

問は氷解する。一目見れば夢にまで出てきそうな凄絶な表情。何か嫌なことがあったのだろう

ことは想像に難くなく、また何が嫌だったのかを理解できる環境にあるエリオにとっては、そ

の表情を直視することは何だか憚られた。



 エリオにとってのフェイトは、綺麗な年上のお姉さんだ。あのいけ好かない男に拾われたば

かりの頃から勉学に鍛錬にと、何かと親身になってくれた良い人だ。自身も執務官で正義感が

強く、魔導師としても優秀。おまけに美人でスタイルが良いと、およそ女性としての欠点の見

当たらないフェイトであるが、男の趣味が最悪という無視できない欠点を持っていた。



 今日のキまったテンションも、その最悪な男が自分以外の女性にドレスをプレゼントしてエ

スコートまでするという暴挙に及んだことが原因だ。正直、エリオ自身も少しだけいらっとき

た。普段ツンツンしているヴィータが妙に嬉しそうだったのも、何となく気に障った。有事の

際にも態度を貫き通してこそだと思うのに、こういう時だけは何か軟弱だ。やっぱり気に入ら

ない。



 加えて心が悪い方にトリップしているのか、過去の嫌な出来事がフラッシュバックしている

ようで、一刀のもとにガジェットを叩き斬る度に、魂の篭った叫び声が聞こえてくる。その一

つが『ナカジマーっ!!!』だったことだけは、すぐさま忘れることにした。他人の人間関係

に首を突っ込むほど、暇でも物好きでもない。



 キャロが後衛、エリオがそのガード。 幾ら暇でも役目は役目として真っ当しているが、来

ない出番のために準備をし続けるというのは、それが必要なことであると解っていても、空し

さを覚えるものだ。



 何か自分にできることはないものか。



 それを自分から探し始めたことは、エリオの向上心と功名心に寄る物だった。戦うフェイト

に意識を向けたまま、周囲に目を走らせる。近くに敵でも居れば御の字だが、こんな前線にの

このこと姿を表すはずもない。いたらいいな、くらいの駄目もとな気持ちで視線を下げ、周囲

の森の中を探っていたエリオの目に、キラリと光るものが飛び込んできた。


 いや、飛び込んできたように思えた、と言った方が良いかもしれない。



 見間違えだろうかと、もう一度同じ場所に目を向けた時、そこには何もなかった。他の場所

と同じようにただ森が広がっているだけである。普段であれば即座に見間違えであると片付け、

すぐに意識に片隅に追いやっていただろうが、今は状況が違った。自分にもできることを見つ

けた気になったエリオの心は、華やいだ。ようやくすることが見つかったことに、一瞬、それ

以外のことが忘れ去られる。



 急ぎシャマルに念話を繋いだ時には、既に身体が動き始めていた。



 エリオが動くのを見たキャロがあ、と声を挙げる。それは無意識の行動で、普段のエリオで

あれば絶対にしないことだった。



 勝手な行動に対して、チームメイトは諌める義務がある。キャロはその義務を忠実に実行し

ようと声を挙げたが、エリオの行動を止めるにはその声は小さすぎた。

には、キャロの声は小さすぎた。



『不審物を発見。これより確認に向かいます』



 条件反射的に口にしてしまったことに、エリオの身体は素直に従った。元より動くことは望

んでいたことでもある。一歩目を踏み出すことに迷いはない。



 そして、高速戦闘を得意としているエリオの初速は、他の魔導師に比べて幾らか速い。まだ

まだ半人前とは言え、エリオが踏み出した一歩は、キャロから――任務として守るべき存在か

ら距離を開けるには十分なものだった。



 その一歩が、戦局を大きく動かした。

































 話は僅かに遡る。



 エリオが不審物を認識したその場所には、彼女の期待通りに敵対勢力の者が二人いた。



「つまらないですわぁ……」



 その内の片方、栗色の髪をやるきのないみつあみにした眼鏡の女――ナンバーズの四番目、

クアットロは、自分の心中を隠すことなく悪態を吐き、これみよがしに溜息をついた。



 吐いた言葉が真実であることを裏付けるように、その顔にははっきりと『退屈』と書かれて

おり、今ここにいることに対する不満を同行者に見せ付けている。声と言い仕草と言い、一緒

にいる人間に不快感を与えるに十分な態度だったが、もう一人の人間、クアットロの連れであ

るところの魔導師はの神経は並のモノではなかった。



「これもお仕事、でしょう?」



 フードを目深に被った女の魔導師は、嫌がらせなど何処吹く風とクアットロに笑いかける。

邪気のない微笑みにクアットロは舌打ちで返し、視線を逸らした。



 フードの女の言うように、これがクアットロの仕事なのである。



 ホテルアグスタに保管されているロストロギアの奪取、というのがその内容だ。陽動のため

に少なくないガジェットを投入し、邪魔な存在である機動六課の面々を引き摺りだす。それが

第一段階。散発的にしかけるだけのつまらない作業も、今の段階では非常に上手くいっている。



 女の役割は、その次の段階を引き起こすことだ。ドクターの一味の中では彼女か、そうでな

ければあのアリシアにしか出来ない芸当である。クアットロの役目はその護衛兼、補佐だ。置

かれた環境に不満は多々あるが、これはドクター直々の指示であり、重要な作戦であると姉の

ウーノにきつく言われている。



 勝手にご破算にすることは容易いが、それは一味への反逆だ。自分勝手に生きていると自負

しているクアットロであるが、そこまで家族全てを敵に回して生きてけると思えるほど楽天的

ではない。



 世の人間は悪人を自由であると詰ることがあるがとんでもない。悪人ほど縦社会に縛られる

仕事というのは、世の中にないのだ。組織の中では姉の発現は絶対であり、ドクターの意思は

組織の方針である。



 ナンバーズでも若い番号を与えられているおかげで発言権はかなりの物がある。独自の裁量

で妹たちを動かすこともできる立場にいるが、翻ってそれは、上位の者には妹たちと同じよう

に使われることを意味する。



 そしてそれは、功績によって覆ることはない。何かの間違いで上の席が空かない限り、四番

は永久に四番なのだ。姉やドクターのことは尊敬しているが、頭を押さえつけられているとい

うのは気分の良いものではない。クアットロの気質は自由なものだ。本当の意味で好き勝手に

やるというのなら、彼女らは正直邪魔なのである。



 横にいる女も、邪魔な存在の一人だった。この女は客人であり、番号に縛られない。立場は

クアットロの気質以上に自由なものだ。それは組織のトップであるドクターの意思でどのよう

にでも変わるものだが、彼はこともあろうに彼女にクアットロと同等の権限を与えているので

ある。



 努めて仕事に関わらないようんしている女が外に出ること自体、クアットロが知る限り初め

てだ。アジトの外に出ないこの女を相手に、ドクターが与えた権限を意識するなど普段であれ

ばない。ないのだが……悪の組織の一員として、身体に刻み込まれた序列に対する行いが、女

に対するクアットロの態度をさらに悪化さていた。



 対等であるのだから、無碍にはできない。あごで使っては失礼に当たる。そうした行為がウ

ーノの耳にでも入れば、厳しい叱責を受けるのは間違いない。有能で尊敬に値する姉ではある

が、少々口うるさく説教が長いのが玉に瑕である。



 もっとも、ある程度の自由が保障されているナンバーズは、行動の全てがモニターされてい

る訳ではない。その失礼な態度も、この女が告げ口とかしなければ、ウーノの耳に入るはずも

ないのだ。



 クアットロの悪い態度は、眼前の女が告げ口などするはずがないという確信によって生まれ、

その確信によって増長し、女の態度に寄って長引いている。



 それで気分を害したような顔の一つもしれくれば溜飲も下がった。気分が晴れはしないだろ

うが、これ以降会話をしなくても済んだだろう。



 だが、女は悪い意味で人間ができていた。その振る舞いはまるで『母親』だ。クアットロに

母がいた過去はないが、データなどから想像する母親像に、女は不気味なくらいに合致する。

十一番目の妹などは、ママリンとかふざけた呼び方をして調子に乗っている。



 組織の中の母親役。それが女の立ち位置だ。本来敵対すべき組織に所属してる女も、何故か

それを受け入れている。それがまた、クアットロを苛立たせていた。



 普段から積もりに積もった苛立ちが、この数時間をもって限界に達しつつある。何もしてい

ないと遠くない内に頭の血管が切れることを悟ったクアットロは、努めてフードの女を視界に

入れないように、視線を六課の面々へと移した。憎むべき味方よりも、憎むべき敵の方がまだ

マシだ。



 数百メートル離れた上空に、三人の魔導師と一匹の竜がいる。機動六課所属のライトニング

分隊……副隊長であるシグナムがいないから、そのマイナス一だ。二つある分隊の内、航空戦

力だけで構成されている部隊だ。



 その中で目を引いたのが、赤毛の魔導師だ。プロジェクトFの被検体の一人。男性ベースな

のに女性として作られた失敗作だ。研究材料としては、プレシア・テスタロッサ謹製クローン

であるフェイト・テスタロッサよりも価値がある、とドクターは判断している。



 男ベースで女が生まれることは、普通ならばありえないことだ。技術が未熟でなければ、何

かイレギュラーが起こったとしか考えられない。研究者としてはそのイレギュラーが見逃せな

いのだそうだ。機会があるようならば拉致してでも連れて来いとも。



 面倒臭い話である。人が増えればアジトがその分騒々しくなる。ただでさえ下の方の妹は五

月蝿い連中ばかりだと言うのに、ここで失敗作の小娘にまで居座られては堪らない。仮に機会

が訪れたとしても、あの娘は殺す。心中で密かに決意を新たにしていると、女がクアットロの

袖を引いた。



 反射的に銃に伸びかける手をどうにか堪える。ここで殺すのは不味いと自制しながら、女に

視線だけを向けた。





「……赤毛の娘がこっちを見たみたいですけど?」

「何となく、ということでしょう。見えるはずがありませんし、分かるはずもありませんわ」



 管理世界に普及している技術では、クアットロのIS及び装備の偽装を看破することは難し

い。専門の魔導師が専用の道具を持ち出しているなら別だが、あそこにいるのは索敵関係の技

術とは無縁の連中ばかりだ。



 可能性があるとすれば桃色の髪の小娘だが、気づいたのはその小娘ではなく赤毛のクローン。

繰り返すがあちらに見えているはずはない。こちらを向いたのは勘以上のものであるはずはな

いのだが、赤毛のクローンは今にもこちらに駆け出してきそうな雰囲気だ。



「勘に命を預けるなんて軽率なこと……」

「そういう男の人って素敵だと思いません?」

「あれは小娘ですわよ? それに、私は殿方には興味ありませんの」

「貴女が興味あるのはテスタロッサ二士だけだものね」



 今は准海尉だ、という突っ込みをする気にもならなかった。こういうタイプは悪乗りをする。

無視するのが一番賢い方法だ。



 付き合いきれないと無言でいると、フードの女は小さく肩をすくめて見せた。



 女を視界から排除して、大きく息を吐く。



 気づかれた可能性が出た。実際に姿を見られたのでは遅すぎる。行動は起こさなければなら

ない。今この時より、第二段階は開始される。



 クアットロは偽装の範囲、強度を一層強めた。そうしなければ隠せないほどの魔力光が、女

の周囲から溢れていた。



 地面に描かれた魔法陣が複雑に、周囲に広がっていく。そこから現れるのはガジェット。第

二陣として遠方に用意してあったものを、転送魔法を使ってここまで呼び寄せたのだ。転移門

はここだけではなく、他の六課隊員達の周辺、ホテル近辺にも出現している。数瞬の後に、管

理局員たちは泡を吹くだろう。それを直接みれないのが残念でならない。



「それを出したら脱出しますわよ。私達の転移魔法の準備はよろしくて?」

「インゼクトを投入してからですね。大丈夫、私は貴女のことを信用していますから」



 女が指を一振りすると、魔法陣から霧のようにインゼクトが出現する。それらはあっという

間に拡散し、ガジェットに取り付いた。ガジェットは一度、ぶるりと震えると、それまでとは

倍する速度で飛んでいく。



 第一陣よりも数は少ないが、性能は段違いだ。これでも六課の魔導師を落とすことはできな

いだろうが、苦戦を強いることはできる。視線をより外に向けることができれば、それだけロ

ストロギアも入手しやすくなるだろう。



 クアットロ達の仕事はここまでだ。女が陽動役しかやりたがらず、機人は他の仕事で手が塞

がっていて、気まぐれなお嬢様は遊ぶのに忙しいからと部屋から出てこない。管理局は人手不

足を嘆いているが、それはこちらも同じこと。本来ならば盗む役まで身内だけでこなさなけれ

ばならないのに、それは今回は外注だ。



 仕事の成否には若干の不安は残るが、あそこにあるロストロギアに関してはどうしても必要

という訳ではない。使えそうだから、取れるなら取る。ドクターからすればその程度の価値し

かない。失敗したら盗む役を狙撃でも爆破でもして証拠が残らないように処分すれば良い。



「それにしても、貴女、管理局員でしょう? 犯罪組織に手を貸して良いんですの?」



 精一杯の皮肉を込めたつもりだったが、女は笑いながら答えた。



「宿代くらいは払わないといけないでしょう? それくらいの融通は利くつもりですよ」

「かわいくない女ですこと……」

「貴女はかわいらしいですね、クアットロ」



 やはり、殺してやろうか。クアットロは本気でそれを考えたが、今ここで殺すと足がなくな

る。ガジェットに気を取られているとは言え、ここから一人でアジトまで撤収するのは骨だ。

歯軋りしながらクアットロは女に向けて手を差し出した。



 女は微笑みを浮かべながら、その手を握った。



「さぁ、帰りましょうか。貴女のかわいい妹たちも待っていますからね」



 風が流れてフードが取れる。転移魔法の光の中、女の紫色の髪が風に舞った。





























 最初に異変に気づいたのは、召喚魔導師であるキャロだった。



 エリオの動きを静止しようとしたその直後、慣れ親しんだ感覚を味わったのだ。自分が得意

とする魔法と近似した反応を感じ取ったキャロは、エリオを止めるよりも先に通信で叫んだ。



「召喚魔法です! 何か転移してきます! 気をつけ――」



 爆発的に、薄紫の魔力光が広がる。転移魔法の余波、何かを大量に召喚したのが目で見なく

ても感じ取ることができた。魔力の波は相当な広範囲に広がっている。ここだけでなく他の場

所にも転移したことは間違いない。



 もしかしたら、ホテル間近にもと、今回の仕事を思うに至りデバイスに叫ぼうとするのと同

時、眼前にガジェットが現れた。先ほどまでエリオが立っていたまさにその場所である。不審

物の方に踏み込んだエリオと入れ替わるようにして、それは現れた。



 どこから現れたのか知れない。ただそのガジェットはキャロの方を向いており、銃口もまた

キャロに狙いを定められていた。回避行動は間に合わない。防御魔法の展開もできない。フリ

ードによる迎撃も間に合わない。守護するべきエリオは離れた位置にいて、突然現れたガジェ

ットを迎撃しようと動き始めたばかりだ。



 彼女の槍はきっと、このガジェットを粉砕するだろうが、銃口が火を吹く方が僅かに早い。



 それを悟った瞬間、キャロは静かに死を覚悟した。恐怖はなかった。近くにいる先生に会え

なかったこと、エリオよりも先に死んでしまうこと、これ以上働けなること、後悔することを

挙げればきりがないが、死ぬことそのものに恐怖はなかった。



 必死の形相のエリオが見える。私のためにそんな顔しないで。ここで自分が死ねばエリオは

一生自分を責め続けるだろう。せめて声をかけてあげたいのに、その時間はなさそうだ。



 銃口に、閃光が走る。痛みは――こない。



 突風が遅れて、キャロの横を駆け抜けた。暗色の戦闘服を着た背中が見える。編みこまれた

黒髪が風に舞う。彼女が握った小太刀がガジェットを貫き、火花を散らしている。



 命は救われた。その事実に安堵する頃、ガジェットは機能を停止し、地上に落下していった。



「キャロ、大丈夫?」

「はい、助けてくれてありがとうございます」



 キャロの答えに美由希は安堵の溜息をつく。本当ならば抱き合って喜びたいが、戦闘はまだ

続いている。転移してきたのは先の一体だけではないようで、前に出て戦っていたフェイトの

周囲にもガジェットが新たに出現していた。



 しかも揃いも揃って動きが良い。新たに召喚されたものだけでなく、それまでいたがジェッ

トまで、数瞬前とは段違いの動きをしていた。フェイトがちらりとこちらを振り返る。数が増

え動きが良くなったガジェットにすら一人で対応しているのは流石だが、先ほどまでに比べて

随分と余裕がない。ボロが出るのは時間の問題だろう。



『こちらシャマル。状況は確認したわ。キャロちゃんは高高度まで上昇の後、ホテル近辺まで

後退。そこはフェイトちゃん達三人で迎撃して』

「ブレイド02了解。これより迎撃に移ります。キャロ、一人になっちゃうけど気をつけて」

「了解です。それと、リオくんは……」

「大丈夫。エリオのことは私が面倒を見ておくから」



 所在なさげにしているエリオに、美由希が視線を向ける。エリオが怯えたように、身体を振

るわせた。影になっていて美由希の顔は見えないが、怒っているんだな、ということはキャロ

にも解った。



 エリオに視線を送る。口に出すのも念話をするのも憚られるような、今にも泣きそうな顔を

していた。自分の行動を心底悔いている彼女の心の痛みを何とか救ってあげたくて、キャロは

声を出さずに、口だけを動かした。



『気にしないで』



 内容はきっと伝わっただろう。何の言葉を伝えてもエリオは傷付くかもしれないが、自分は

大丈夫だということだけはどうしても伝えたかった。強がってはいても、傷付きやすい娘だ。

こういう時にしっかりと支えられなくては、友達でいる意味がない。



 エリオのことは気になったが、今は仕事だ。人手は何処でも足りていない。ここは高速戦闘

を得意とする魔導師ばかりだからキャロの仕事は少ないが、援護を必要としている戦場は他に

もある。



 後ろ髪を引かれる思いでキャロはフリードに上昇をお願いする。フリードは一声吼えると、

一気に雲の上まで飛んだ。ガジェットは高高度を飛行できる固体が少なく、また速度において

フリードを越えることができない。包囲されたとしても、逃げを打つことさえ出来れば生き残

るだけならばさほど難しくはない。



 いきなりパワーアップしたガジェットの性能だけが心配ではあったが、追ってこないところ

を見ると、それほどまでには速度は出ないのだろう、と推察できる。



 命は助かった。そのことに一先ず、安堵の溜息を吐く。死んでいたかもしれない。今更その

恐怖がキャロを襲い、身体がガタガタと震えだす。涙も自然と溢れ、嗚咽が漏れる。声を挙げ

て泣きそうになるのを、どうにかして堪えた。



 自分の仕事は泣くことではない。涙を拭いてキャロは前を見据えた。