人には優しく。友達を思いやる心を持つべし。


 それはキャロ・ル・ルシエが常日頃から心がけていることだったが、そういう精神を持って

いるからと言って、友達関係のあれやこれやがあっという間に解決する訳でもない。



 心の持ちようと人は良く言う。前向きな気持ち、自分にはできるという思い込みは大事だと

思う。心の持ちようで随分と助かったこともあるため、できることならそういう精神論を信じ

たいのであるが……悲しいかな、気持ちだけでは解決しないことも世の中にはあるのである。



 気持ちだけでは気落ちしている親友エリオにどんな言葉をかければ良いのか解らない。背中

からは黒いオーラが漂い、ともすればこのまま首でも吊るのではないかというくらい、エリオ

は暗い。



 親友の気持ちが解らない自分ではいけないと、キャロはずっとエリオの背中を見ながら頭を

悩ませて続けていたが、上手い言葉はどうしても浮かんでこない。こういう時に頼りになりそ

うな大人――身近な所で例を挙げるならば、パーソナルスペースに無遠慮に踏み込むことに関

して定評のある恭也・テスタロッサなどは、ホテル内での仕事が残っていると言って姿も見せ

ない。



 外で仕事をしている隊長達も同じだ。彼女らは新米である自分たちと異なり立場がある。地

上部隊と連携して行った今回の仕事は、思っているよりもずっと複雑な事情が絡み合っていて

まだ解放されていない。



 エリオがどういう経緯でこういうことになったのか。報告は行っているはずで、それに目を

通していないはずもないから、隊長たちは当然知っているはずなのだが……



 知らず、膨れていた頬をゆっくりと萎ませる。



 隊員のケアも仕事のうちではあるが、その優先順位が通常業務よりも低いことはキャロにも

解っていた。



 でも、こういう声をかけて欲しい時にこそ、かけてあげるべきではないだろうか。子供なが

らの考えを頑なに信じているからこそ、ここには現れない隊長達に不満だってあるし、背中を

見るだけで何もできない自分に腹が立ったりもする。



「キャロ、そっちはどう?」



 現れたのはティアナだ。こっちの仕事は良いから、とエリオを見ているように計らってくれ

たのは彼女である。ここに来たということは、割り当てられた分の仕事には一区切りがついた

のだろう。いつも一緒にいるスバルの姿は見えないが、ティアナはいつも通りのきりり、とし

た表情でそこにいた。



「リオくん、あのままです……」



 背中からは哀愁が漂っている。変わらないその背中に、ティアナははっきりと溜息をついた。



「気にするな、っていっても気にしちゃうものよね。あんたにとっちゃ歯痒いかもしれないけ

ど、時間が解決するのを待つってのも一つの手よ」

「でも、励ましてあげたいです。リオくんは私の親友ですから」

「それも分かるんだけどねぇ……」



 小さく呟いたティアナは、中空に視線を彷徨わせた。



「まぁ、エリオのことはキャロに任せるわ。私もスバルも、もちろん隊長たちもケアはするし

してくれると思うけど、一番近いのはあんただからね。でも、相談したくなったらいつでも来

なさい? 私もそんなに経験がある訳じゃないど、一応年上だし、何か助けになるかもしれな

いから」

「ありがとうございます、ティアさん」



 素直に礼を言うと、ティアナは軽く頬を染めて視線を逸らす。フォワード陣の中では大人に

見えるけれど、意外にも照れ屋なのだ。エリオほどにへそ曲がりでもないが、スバルのように

はっきりと感情を表すこともない。



 元気一杯なスバルとは対照的な人である。それで良く仲良くできるなぁ、というのがキャロ

の感想だが、無愛想な恭也がアルフやなのはと仲良くしているのを見るに、仲良くなることと

性格にはそれほど関係がないのだろうとは思う。



 いずれにせよ、全然違う性格でも仲良くなれるのというのは素敵なことだ。ティアナや恭也

の存在は、のろまな自分でもエリオともっと仲良くなれるという証明でもある。気持ちくらい

はせめて前向きに。エリオに笑顔を。友達としての使命を新たにし、キャロは小さく腕をあげ

て気合を入れた。



「ところでキャロ、実はあんたにお客さんよ。エリオのことで忙しいなら後にしてもらうけど、

どうする?」

「お客さん、ですか?」



 キャロは首を傾げる。仕事中に自分を訪ねてくるような人間がいるとは、想像できない。里

を出て施設を経由し管理局で働き始めたため、友達はも知り合いも少ない。



 まして、今日ここで仕事をしていることを知っている人間となると、皆無と言っても良いだ

ろう。客と聞いて誰も思い浮かべることの出来ないキャロはますます困惑の色を深くするが、



「ほらあの人よ。無限書庫司書長の――」

「ユーノ先生っ!!」



 ティアナの言葉を聞き終わるよりも先に、キャロは駆け出していた。やっぱり友情より愛情

よね、とティアナが小さく呟いたのも、聞こえるはずもない。どこにいるのかも聞かずに駆け

出してしまったが、運命的にもユーノは直ぐに見つかった。



 草色のスーツに身を包んだユーノは、キャロの姿を見つけると笑顔で手を振ってくる。一目

散に駆けたキャロは、ユーノの前で思い切り踏み切り、腕の中に飛び込む。そのまま、お話の

中のバカップルのようにくるくると回転する。



 周囲には事後調査のための局員がいたが、そんな視線は気にならなった。思わず他人のふり

をしているティアナも目に入らない。今キャロの目に映っているのは、ユーノだけだった。



「久し振りだね、キャロ。元気そうでなによりだ」

「お久し振りです、ユーノ先生。先生こそお代わりないようで嬉しいです」



 回転が終わると、ユーノはそっとキャロを降ろした。できればこのまま、というのが正直な

ところだったが、冷静になってみると局員だらけの中で抱き合ったままというのは流石に恥ず

かしい。



 それでユーノ・スクライアの彼女、という噂が広まるのならば我慢もできるが、自分がどれ

だけちんちくりんなのかは嫌というほど解っているキャロだ。並んで歩いていても、良いとこ

ろ兄妹と判断されるのがオチだろう。

 

 一瞬、ユーノが本当に兄だったら……という妄想をして、キャロは幸せな気分になった。こ

れはこれでアリかもしれない、と思う自分が恨めしい。



 だが、実現が簡単そうなのも悪いと思うのだ。無意味に優しいところのあるユーノは、自分

がお兄ちゃんになってください! とお願いすれば二つ返事でOKすることだろう。それはそ

れで楽しく幸せな生活が始まるに違いない。何しろユーノがお兄ちゃんなのだ。幸せでないは

ずがない。妄想の範囲に留まらず、本気で実行に移しそうになる心を、何とか踏みとどまらせ

る。



 野望は大きく、志は高く。お兄ちゃんルートで諦めがつくのなら、出会った時にやっている。

それ以上を望むからこそ、ここまでやってこれたのだ。目先の美味しそうな餌に飛びついては

いけない。大きな獲物をゲットするならば、膝の上で丸くなる猫ではなく、狼の気持ちでなけ

ればならないのだ。



 キャロは静かに深呼吸をすると、心を落ち着かせた。ウルフな心を隠しながら、ユーノに相

対する。



「警護任務大変だったみたいだね。高性能なガジェットが出たって聞いたけど、怪我とかして

ないかい?」

「皆で頑張りましたから大丈夫です。小さな怪我はありましたけど、そんなのはしょっちゅう

ですから」



 むしろそういう時こそ、キャロの腕の見せ所だ。キャロの魔法技術は大部分が召喚魔法とそ

の制御に割かれているが、それだけではどうにもならないと防御、補助、回復の魔法も習得し

ている。



 うち、防御、補助の魔法に関して指導をしてくれたのが、何を隠そう無限書庫司書長のユー

ノ・スクライアだった。エースオブエースを指導したことで知られるユーノとキャロの師弟関

係を知る者は少ない。ユーノを先生と呼ぶと大抵の人間がと首を捻るのだが、とにもかくにも

先生なのだ。



 ユーノの指導の甲斐もあって召喚魔法を使わなくても、補助の役割として前線に出ることも

可能なくらいの力量を手に入れることはできた。歴戦の魔導師であるユーノと比べると防御も

バインドも児戯に等しいレベルではあったが、それでも、この技能はキャロが魔導師とやって

いく上での大きな自信となった。ユーノは本当に、キャロにとっての先生なのである。



「それは良かった。強敵が出たって聞いて、少し心配だったんだ。なのはもフェイトも外にい

たけど、キャロたちはあまり実戦には出てないって聞いたし」

「これくらいどうってことはありません。これならなのは隊長の訓練の方が100倍は厳しい

です」

「そりゃあそうだ」



 ははは、とユーノは声を挙げて笑った。なのは=厳しいというのは、彼女の知りあいの中で

も共通認識のようだった。とは言え、聞き様によっては悪口になってしまうため、なのはに聞

かれてはいまいかとキャロは周囲を探った。



 見える範囲にいるのは、地上の局員たちばかりだった。六課メンバーにいたってはキャロと、

絶賛落ち込み中のエリオしかいない。白い魔王の姿が何処にもないことを確認すると、キャロ

はそっと、安堵の溜息をついた。恭也と共に自分の保護責任者となってくれているなのはであ

るが、怒るととても怖いのだ。



 ユーノはなのはの幼馴染であるという。キャロの何倍もなのはの『怖さ』について知ってい

るはずだが、微笑むユーノになのはに遠慮している様子は見られない。突っ込みとして遠慮な

く頭を叩く恭也とはまた違った怖い物知らずである。



 それともこれが、幼馴染の距離感というものなのだろうか。十年しか生きていないキャロに

は良く解らない境地だった。



「ともあれ、キャロたちが無事なようで安心したよ」

「ユーノ先生はこれからどうするんですか?」

「大きなトラブルはキャロたちが解決してくれたけど、仕事が増えない訳にはいかないみたい

だからね。なのはとフェイトに顔を見せてから、仕事に戻ることにするよ」

「お仕事頑張ってくださいね」

「キャロもね。ティアナも、キャロのことよろしくね」

「心得ました」



 敬礼の仕草をするティアナに苦笑しつつ、ユーノは手を振りながら去っていく。その背中が

見えなくなるまで、キャロは見送った。



「……スクライア司書長と知り合いだったのね」

「私の自慢の先生です!」

「自慢かどうかはともかく、優秀な人よね。本局マガジンの表紙にも何回かなったことあるし」

「本局マガジンって、局内向けの広報誌ですよね。先生が表紙に?」

「公開意見陳述会とかの定例イベントがある時以外は、基本、有名人が表紙になるのよ。スク

ライア司書長はその点問題ないから、何度か表紙を飾ったことがあるわ」

「なんてことを……」



 そういうものがあるとは知っていたが、ユーノが表紙になっていたとは知らなかった。ユー

ノとは局員になってからの付き合いであるし、局員になってからの大部分は管理局でも辺境の

部署で仕事をしていたため、局内向けの広報誌を目にする機会などなかったのだ。



「ティアさん、先生が表紙のバックナンバー、持ってませんか?」

「地上本局と合わせると月四冊出るのよ? 司書長が最後に表紙になったのは一年くらい前の

話だし、とっておくスペースがないから定期的に処分してるのよ」

「そうですかぁ……」

「でも、発行元の広報部に問い合わせれば、ストックがあるかもしれないわよ。隊舎に戻った

ら問い合わせてみると良いわ」

「あると思いますか? バックナンバー」

「……人気のある人が表紙の号は、即日完売になることもままあると聞くわね」



 あるともないともティアナは言ってくれなかった。反応は渋い。おそらくないだろう、と予

想しているのは、キャロにも解った。



「雑誌のことは後で考えましょうか。こっちの仕事は引き継ぎも含めて終わったわ。なのはさ

ん達の仕事が完了次第、ストームレイダーで帰還するわよ」

「中の恭也さんたちはどうするんですか?」

「せっかくだから別の仕事を片付けてくるそうよ。帰りは別になるって連絡があったわ」



 そう答えるティアナのは、少しだけ機嫌が悪そうだった。正装姿の恭也を眺めることを楽し

みにしていたことを、キャロは知っている。時間が取れればホテルの中まで恭也を見に行って

いたのだろうが、仕事が終わったら帰れといわれ、かつ恭也たちが残るのではそれもままなら

ない。機嫌が悪くなるのも納得だが、それを周囲に撒き散らすような真似をティアナはしなか

った。



「エリオのことは頼んだわよ」



 とだけ言い残して、ティアナは去っていった。仕事は終わったというが、これからスバルを

回収し、なのは達のフォローに行くのだろう。フォワードリーダーであるティアナは平隊員と

違って色色と大変なのだ。デキる女然とした後姿は、凄く頼もしく見える。



 さて、とキャロはユーノのことで逸った気持ちを落ち着けた。エリオは相変わらず陰気で暗

いオーラを出したままだ。少し離れてはいたものの、こちらの会話に興味を示した様子はまる

でない。自分の世界に閉じこもってしまった彼女にかける言葉を、やはりキャロは見つけるこ

とができなかった。



 こういう時、恭也ならばどうするのだろう。人間関係には不器用だと公言するような、自分

のことを解っているようでまるで解っていない彼ならば、エリオのことも立ち直らせてくれそ

うな気がするが、彼は人の気持ちが分かる以上に、よく言えば放任主義、悪く言えば意地悪で

ある。



 窮地に一緒に飛び込むのでもなく、窮地から引き上げるのでもなく、自らの力で窮地から這

い上がってくるのを、根気強くじっと待っている……恭也が好むのは、そういう方針だ。それ

は訓練メニューにも現れており、何かと手を回したがるフェイトなどと比べるととても対照的

になっている。



 好むからと言って、引き上げることも飛び込むこともできない訳ではない、助けようと思え

ば不器用なりに、助けられるはずなのだ。這い上がるのを待つのも良い。それが本人のために

なると言えばそうなのだろう。



 しかし、キャロは友達として、落ち込んでいるエリオを長々と見続ける、そんな苦行に耐え

るのは嫌だった。助けられるのならば、早く助けてほしい。それがキャロの偽らざる気持ちで

ある。



「リオくん、もうすぐ撤収だって」



 キャロの声に、エリオは声を発しない。ただ小さく、頷いただけだった。



 これは長引きそうだ……と、キャロはしばらく苦行が続くことを覚悟した。


























 細々とした仕事が全て片付いた時には、既に七時を回っていた。堅苦しいタキシードから地

上の茶色の制服に着替えた恭也は、ホテルのロビーで一人時間を潰していた。はやて達が戻り

次第六課に戻る予定だが、男と違って女性は着替えに時間がかかるらしい。普段着慣れないド

レスとなれば尚更だった。



『暇ですわねぇ、主様』

「俺も身繕いに時間をかければ良かったのかな」



 ぼやいてみるが、所謂お洒落に気を使う恭也・テスタロッサというのも、笑い話にしかなら

ない。外に出て恥ずかしくない程度に整っていれば、身だしなみというのはそれで良いのだ。

恭也からすれば、着飾るということは時間の無駄である。



 無論、それが必要な場面があるというのも分かるし、着飾ることが好きな人間を否定するつ

もりはないが、女性の集団の中に男が自分一人であると、今この時のように時間を持て余すこ

ともしばしばだった。



「待たせたな、キョウ」

「いや、それほどでもない」



 どれだけ待っていようとも、本音は隠すべし。女性に対する話術に自信のない身で編み出し

た知恵の一つだ。恭也の返事にそうか、と言うと、ヴィータは正面のソファに腰を降ろした。

管理局地上本部の制服姿である。



 恭也は周囲を見回した。はやてもシグナムも姿が見えない。



「……お前一人か?」

「はやてはシグナムの乳を揉んで喜んでるよ。あれはしばらく時間がかかるんじゃねーかな」

「更衣室で何をやってるのだあの人は……」

「まぁ、そのうち飽きるだろ。あたしは絡まれなかったから先に出てきたんだが、そんな訳

だからあの二人はもう少し時間がかかる」

「ならば、大人しくもうしばらく待つか」



 だな、とヴィータは答え、足を大きく伸ばした。大人がやるとはしたない仕草であるが、見

ため子供のヴィータがやると何処か微笑ましい。そう指摘するとヴィータが怒るだろうが、こ

れもまた、彼女が見た目で得をしていることの一つだった。



 強い態度にでても、どこか愛嬌があるように見えるのである。



 迫力がない、とヴィータは自分の幼い容姿に不満を持っているようだが、強面で有名な恭也

からすれば、羨ましいと思うこともある。この苦労はきっと、ただそこに立っていただけで子

供に泣かれたことのある人間にしか解らないだろう。



「キョウ、お前、あの報告聞いたか?」

「あのと言われても候補が複数思い浮かぶな。ガジェットの件か? それとも隊員の件か?」

「隊員の話をするつもりだったんだが、お前がそういうならガジェットの方から話すか。なの

はやシャーリーの話じゃ、いきなりパワーアップしたらしいけど、どう思う?」

「一体一体にパワーアップする機構が組み込まれているとは考え難いな。それができるのであ

れば、最初からやっているだろうし」

「改良が進んで最近できるようになったのかもしれねーぞ?」

「それならば脅威だな。もう分析はできたのか?」

「全部済んではいねーみてーだけど、今のところ今までのガジェットと目立った変化はないら

しいな」



 ふむ、と恭也は腕を組んで考えた。



 ただでさえAMFを搭載したガジェットは魔導師にとって脅威であるのに、飛躍的に性能を

上げる方法など編み出されては堪ったものではない。戦う側としては否定したいところではあ

るが、今日実際に六課のメンバーが戦い、性能が上がる場面を目撃している。証拠の記録映像

まで持ち出されては、否定のしようがない。



『僭越ながら申し上げますが』



 前置きして会話に割って入ってきたのは、プレシアだ。その声に、ヴィータがお、と小さく

呟いて片方の眉を上げる。恭也にとってプレシアとの会話は慣れたものだが、他人にとっては

そうではない。基本的にデバイスは意見を求められたりしない限り、人間同士の会話には参加

しないものなのだ。



 その常識を無視して、プレシアは会話に参加しようとしている。ヴィータも驚きはしたが、

それを不快に思うようなこともない。プレシアも発言を許してくれる、引いて言えば人格を認

めてくれる相手を選んで発言しているのだ。



『急激なパワーアップというのは真新しい技術ではありませんわ。使い捨てを前提にするのな

ら、大抵の機械に今すぐにでも導入できるものです。それがガジェットに機能として備わって

いることには、私は何も不思議には思いません』

「最近になって使い始めたのは?」

『より深いデータを採取する意味があるのではないかと。通常モードでどこまでやれるのか、

そういう基礎的なデータを採取し終わった、とも取れますわね』

「つまり、どういうことだ?」

『ガジェットの更なるバージョンアップが近いのでは、と愚考します』



 プレシアの予測に、恭也とヴィータは陰鬱な気分になった。



「忌々しいことではあるが、無視できない意見だな。次の会議辺りで、はやてに提言しておこ

う」

『お役に立てたのなら何よりですわ』

「後は対策が練れれば良いが、俺にはより訓練を強化、くらいしか思い浮かばん」

「ガジェットにすげー効くプログラムでも作れねーもんかな」

「それは俺たちの考えることではないな。駄目もとではあるが、リスティに頼んでおく」

「あたしも、シャーリーに言っておくよ」





「で、だ。うちのメンバーの件なんだが」

「……エリオのことだな」



 報告は報告はエリオ直近の上司であるフェイトからあがってきていた。エリオが指示にない

動きをし、その空いたスペースにガジェットが割り込んできたのだと言う。



 これで誰か怪我でもしていたら処分及び、失敗の公表は免れなかったろうが、美由希の援護

が間に合ったこともあり、幸いにも怪我人はなかった。この話もはやての所で止められている。



「どう思うよ。お前」

「なのはとフェイトがもう口頭で注意したらしいな」

「答えになってねーぞ? まぁ、あの二人ならそうするだろうな。基本、甘いし」

「特にフェイトはな」



 生来の性格のせいか、基本的にフェイトは人を怒れない。人間的に見ればそれは長所である

と思うし、恭也はフェイトのそんな優しいところをとても気に入っている。



 だが、優しい性格も時と場合に寄る。本人を前にあまり言いたくないことではあるが、フェ

イトはあまり他人を指導することに向いていない。短所をはっきりと短所であると言い切れな

いところも、時には殴ってでも解らせなければならない時も、また、キツい言葉を浴びせなけ

ればならない時も指導者にはあるのだが、フェイトはそれをすることを極端に避ける傾向があ

り、可能な限り遅らせようとする。



 そういう指導が悪いとは言わない。フェイト流の教育が合う人間だっているのだろうが、前

線で戦う人間を育成する場には、あまり相応しくはないと恭也は思う。どちらかと言わずとも

キツい指導で知られるヴィータも同意見だろう。



 なのはもどちらかと言えば考え方は甘い方だが、教導隊出身ということもあり、指導は中々

に様になっている。駄目なところははっきりと駄目だと言えるようであるし、時には身体で解

らせるという直接的な指導もできる……と、教導隊での上司から聞いている。



 なのはとフェイト、ムチと飴で二人組み合わされば良いコンビになるかもしれない。



 もっとも、それにはフェイトが指導に多くの時間を割けることが必要だが、執務官としての

仕事もあるフェイトは、部隊を空けることが多い。必然的に指導はなのはやヴィータなどの鞭

組が行うことが多くなる。飴の活かし所というのも、難しい話だ。



「ちなみにあの二人からは、この件に関してはこれで終わりにするようにと言われている」

「……失敗したなら一度徹底的に叩いておいた方が良いと思うんだけどな、あたしは」

「俺もそう思う。今回は飴の部分が良くない形で出てきたな」



 口頭で注意としか報告されていないが、フェイトのような性格の少女に懇々と説教をされる

とそれはそれで堪えるのだ。何かと反発することの多いエリオでも、フェイトには従順である。

自分が殴って厳しい言葉で言うよりも、あるいは効果があるかもしれないが……



「人に物を教えるというのは、難しいものだな」

「そうだな。自分だけで強くなる方が、まだ簡単だ」

「最近、自分の訓練はできているのか? 時間が取れるようなら、俺たちの訓練に混ぜること

も可能だが」

「お前らの訓練基礎ばっかりじゃねーか」

「基礎は大事だぞ?」

「それは解ってるよ。でも、あたしは撃って、ぶっ叩いてってのをやらねーと身体が鈍るんだ」

「俺たちが相手にするとなると、刺激的な訓練になりそうだな」

「お前達に当てるってのは良い訓練になるだろうけどさ。当たっちまった場合、お前ら無事に

はすまねーだろ?」

「一応、Bランク魔導師程度のバリアジャケットと同等の防御力を持つスーツを戦闘服の下に

着ているが、お前の攻撃が直撃するのなら、気休め程度にしかならんだろうな」

「テスタ式でもバリアジャケット作れるようになれば良いんだけどな。研究はまだ進んでねー

のか?」

「この間リスティに話を聞いた限りでは、一月から二月の間には完成するとのことだ。本当な

らばもうできていたはずなのだが、急遽強度に関して仕様を変更することになったらしいので

な……」



 すずかが持ち込んだ金属棒のせいで、デバイスの強度について仕様が変更されることになっ

たのだが、 バリアジャケットの実装についてはもう問題ないらしい。試験段階ではあるが、

すずかに試させて成功したと聞いている。あくまで試作品であるから過信は禁物であるが、頭

部の防御がどうしても疎かになる戦闘服より格段に安全性は増す。



 その反面、バリアジャケットを前提とした回避行動をとるようになるため、安全に対する認

識が現在と大きく変わってしまう危険性はあるが、安全であるに越したことはないだろう。防

御訓練とは、相手にこちらの防御手段を突破できる方法があるという前提に立ってする物だ。

その時は訓練の内容を変更すれば良い。



「もう一度聞くが、エリオについてはどうする?」

「二人がこれで終わりと言ったのだ。俺はそれに従おう。もう一度問題を起こすのならその限

りではないが」

「起こすか? あいつ、結構真面目ですぐに反省するタイプだろう」

「お前は意外と、物を解ってないところがあるな……」



 苦笑を浮かべると、流石にヴィータはカチンときたようで身を乗り出してくる。ここが六課

の施設であれば、あるいはそのまま飛びついてきただろうが、そうできないことは計算済みだ。

既にヴィータの視界には入っているだろう。はやてとシグナムの気配が、すぐそこまで来てい

るのだ。おてんば娘も、はやての前では大人しい。



 くそっ、と悪態をついてヴィータはソファに再び腰を落ち着けた。



「反省したところで、失敗する時は続けて失敗するものだ。特に、あれは思いつめやすいから

な、きっと視野狭窄になって自滅するだろう。俺にもそういう覚えがある」

「ならその前に教えてやればいいんじゃねーか」

「失敗は成功の母とも言う。訓練で失敗できる時に失敗しておく方があれのためにもなるだろ

う。失敗し、考え乗り越えたことはきっとあれの糧になる」

「乗り越えられなかったらどうするんだよ」

「それは大丈夫だろう。こういう時に助けてやらないほど、六課の仲間は薄情ではないさ」 
























 一頻り一人で落ち込んでも、気は晴れなかった。キャロ達フォワードメンバーの仲間は励ま

してくれたが、それでも一向に気持ちは回復してくれない。



 震える右手を左手で強引に押さえ込む。荒い息を深呼吸してゆっくりと整える。身体はいつ

の間にか汗に塗れていた。耳に痛いくらいに心臓の音が聞こえる。



 近年まれに見る不調である。原因は……考えるまでもない。任務中に失敗した。言葉にすれ

ばそれだけのことが、エリオの身体を蝕んでいた。



 今まで失敗とは、自分一人で何とかなるものだった。できなかったとしても、できるように

なれば良い。知らなかったことは、理解すれば良い。そういう意味では才能に恵まれていたと

思う。努力して、自分で望んだ成果が得られなかったことは、今まで一度もない。勉学で、戦

闘訓練で、エリオは常に最高の成果を出してきたし、そうするべく努力をしてきた。



 だが、今日の失敗はそうではない。今日の失敗は、後の行動で帳消しにはできないものだ。

怪我人が出なかったことが救いとキャロは言っていたが、それは運が良かっただけというのは

当のキャロを含め、全員が知っている。美由希が助けに入っていなければ、最悪キャロは死ん

でいたのだ。



 エリオット・モンディアルは、それだけのことをしたのだ。自分の行動が、他人にも影響を

及ぼす。訓練校でも耳にタコができるほどに聞かされた文句が、エリオの身に今更圧し掛かる。



 キャロは友達だ。こんな自分を好いていてくれる、本当に良い娘なのだ。そんな彼女が自分

のせいで死んでしまったら……自分はきっと、生きてはいけない。



 呼吸が落ち着くことで、ようやく周囲が見えるようになってきた。深夜、隊舎の裏手。訓練

場は許可を申請しないと使えない上に、うろうろすると夜番の隊員に見つかる――昼番の人間

は休むようにと指示が出されている。訓練は命令違反だ――から、隠れての自主訓練だ。



 素振りは既に左右合わせて千回を越えた。訓練着は既に汗でびしょぬれ、地面には沁みまで

できている。素振り用の薄汚れた棒を振りぬくと、汗の雫が夜の闇に散った。



 自分でも分かる。今日の鍛錬には身が入っていない。いつもは棒を振っていると無心になれ

るのに今日は雑念ばかりが浮かんできた。鍛錬をするようになって初めてのことだ。



 自分がどんどん悪い方向に向かっているような気がして、気分が滅入ってくる。



「エリオ、ちょっといい?」



 背後から、声。棒を掴んだのは反射行動だった。何をすると意識しないまま、身体を反転。

声の主に向かって棒を叩き込む。



 顔面に直撃コースだということは打ち込んでから気づいた。気づいた時にはもう遅い。止め

ようと思うよりも早く、棒は狙い違わず声の主に直撃し――



「……良い一撃ね」



 ――なかった。声の主――ティアナは、まるでそこに攻撃が来ることが解っていたように、

クロスミラージュで棒を受け止めていた。



「すいません、ぼーっとしてました」

「ぼーっとしてた割には鋭い一撃だったのは、頼もしいと思うべきなのかしら?」



 ティアナの皮肉にも答えることができない。とっさに放った攻撃が鋭いということはなるほ

ど確かに頼もしいことなのかもしれないが、相手がティアナであることを打ち込むまで判断が

つかなかったことは、明らかな失敗である。



 バリアジャケットを展開している任務中ならばまだしも、今は勤務時間外だ。ただの棒とは

言え当たり所によっては怪我をする。武器を振るう人間は、その覚悟を持つべし。訓練校に入

る前、まだ身体の動かし方も良く解っていなかった頃、恭也・テスタロッサから教えられたこ

とだ。



「お互い怪我しなかったから良いけど、次からはもっと気をつけなさい。今日、似たような失

敗したばかりでしょ?」

「……ご用件は何でしょうか」



 険のある言い方になってしまったのは、仕方のないことだ……という言い訳が言った傍から

浮かんでくる辺り、自分の制御すらできない自分に幻滅するが、口から出した言葉はもう引っ

込めることはできない。



 上目にティアナの表情を伺う。無礼な態度に腹を立てているかと思えば、そうでもない。何

故だか彼女は興味深そうに自分を見下ろしていた。



「キャロから聞いた話じゃ、このまま自殺でもするんじゃないかってくらい落ち込んでたみた

いたけど、そうでもないみたいね。立ち直りは早い方?」

「いつまでも落ち込んでたって、問題は解決しませんから」



 部屋の片隅で燻っているだけの人生は、何の意味もない。恭也に出会うまで全てを拒絶して

生きていた無意味な時間を思い返せば、再びああはなるまいと、何かをしようという気にはな

るのだ。



 せめて前に進まなければ生きている意味もない。鍛錬は自分が、前に進んでいると実感する

ことができるから好きだ。



「それだけ言えるなら上等ね。で、物は相談なんだけど……」



 と、ティアナが声を潜めた。辺りに誰かがいないか警戒しているらしい。こんな時間に、こ

んな場所に誰がいるとも思えないが、実際エリオは背後に立たれるまでティアナに気づくこと

ができなかった。



 警戒したいという気持ちは解る。こいこい、と指を動かすティアナに素直に従い彼女の口元

に耳を寄せた。



「私達で力を合わせて、恭也さんをやっつけてみない?」

「……冗談だとしたらセンスがなさすぎますし、本気だとしたら正気を疑います」



 勿体振るからどれだけ必殺の冗談でも持ち出してくるのかと思えば、とんだ世迷言だった。

一気に興味をなくしたエリオは、また素振りでもしようと棒を持ってティアナから距離を取る。

一つ、二つ、と前よりも速度を上げて素振りを始めたエリオに、ティアナは大きく溜息をつい

て見せた。



「一応本気だから、私は正気じゃないってことになるのかしら」

「力を合わせた程度でどうにかなるような、そんな企画の生物ではありませんよアレは」

「そりゃあ本気の恭也さんに今の段階で勝てるとは思ってないわよ、流石に。私がやろうって

言ってるのは模擬戦の話」

「……詳しく聞かせてください」

「ようやく食いついてきたわね」



 ティアナは口の端をあげて、笑った。



「五日後に、私達と隊長の間で模擬戦をやるって話を聞いたの。今までよりもずっと実戦的で

私達は四人でそれに相対することになる」

「隊長なら、なのはさんやフェイトさんという可能性もあるじゃありませんか」



 シグナムやヴィータという可能性だってないではない。夜番に比重が偏っている恭也が参加

する可能性はむしろ低いと言える。仕事の忙しさ、昼番訓練の出現率を考えると一番可能性が

高いのはなのはで、次いでヴィータ、フェイトとなるだろう。昼間、あまり姿を見ないシグナ

ムはさらにその次だ。恭也そのシグナムの後に続く。



「そうだけど、その日は恭也さんも昼番のシフトになっているというのは間違いないの」

「アレのシフトなんてどうやって調べたんです?」



 同じフォワードであるなのはやフェイトのシフトは特に何もしなくても確認できるが、分類

上は内勤職員である恭也達ブレイド分隊のシフトは、エリオ達の階級では確認することはでき

ないのである。出動がない時は特に内勤の人間と連携しなければならないことはないため、別

にシフトを知らなくとも不都合はないのだが、とにかく、恭也のシフトを知るためには誰かの

協力を仰ぐが、システムを突破する必要があるのだ。



「すずかさんに聞いたのよ。同じブレイド分隊なら簡単にわかるでしょ?」

「あぁ、そういう手がありましたね」



 恭也のシフトをストレートに聞くなんて恥ずかしい行為、自分にできるとも思えないので考

えなかった手段だ。協力を仰ぐと言って思い浮かべたのは、もっとダーティな手段だったので

ある。例えば、リインを買収して使いっぱしりにするとか、そんな手段だ。



「でも、それだけでアレが模擬戦ででしゃばってくるとは――」

「思えない?」



 問われて、少しだけ考えた。



 あの男がそんなイベントに参加しないとも思えない。参加する権利が少しでもあれば、強引

にそれを?ぎ取ろうとするはずだ。恭也には正気を疑うくらい従順なフェイト以外のバトルマ

ニア達とは対立するだろうが、割と嘘つきなあの男は忌々しいことに、口先の技術も中々のも

のなのだ。



「いえ、かなり高い確率で一番手はアレになるかと」

「でしょ? だから、その時に合わせて、さらなるコンビネーションの練習でもどうかと考え

て、こうして相談に来たのよ」

「勝ちたいんですか? アレに」

「……あんたも訳の解らないこと聞くのね。勝ちたくない訳ないじゃない」

「ティアさんはアレを尊敬していると聞きますが」



 エリオには理解のできないことだがアレを尊敬、信望する人間は意外に多い。英雄扱いされ

ているベルカ世界は言うに及ばず、現場の人間を相手に地道に活動を続けたこともあり、管理

局の中にもアレを良く言う人間は大勢いる。



 それは地上、本局の分け隔てがない。本局所属の人間を地上の人間が手放しで持ち上げるこ

とは、極めて稀であることを考えると、アレの規格外さも理解できることだろう。



 ティアナはそんなアレを信望する人間の一人である。膝をついて教えを請うというのならば

まだしも、積極的に倒そうとするとは、エリオにとっては意外なことだった。



「良いところを見てもらいたいって思うのは普通のことでしょ? それが恭也さんとぶつかる

ことなら尚更ね。見事に撃破して『お前は凄いな』とか褒められたら、最高だと思わない?」



 思わない、と答えないだけの分別はエリオも持ち合わせていた。男の趣味は人それぞれだ。

例えどれだけ悪趣味だったとしても、それを非難したりする権利は誰にもないのである。



「ティアナさんはアレに褒められたいがために、僕に協力するんですか?」

「まぁね。でも、あんたに先輩らしいところを見せたいし、リーダーとしての役目も果たした

い。他にも色々と原因はあるけど、どれも同じくらい大切なことよ。でも、一番の理由は何か

と挙げるとしたら、あんたが昔のあたしに似てるから放っておけなかったってところかな」

「僕とティアさんは似てますか?」

「似てる似てる。何でも一人で解決しようとしてるところなんか、特にね。私が管理局員にな

ろうとしたのは兄さんの影響と、恭也さんに出会ったからだけど、訓練校でスバルに出会うま

でのあたしは、多分にあんたみたいなところがあったのよ」



 若かったわー、と遠い目をするティアナを見ても、それが本当のことなのか解らなかった。

自分を励ますための嘘、というのもないではない。エリオから見て、ティアナは随分と大人な

女性である。チームメイトである自分を助けるために、嘘の過去話をでっち上げるくらいのこ

とは平気ですると思われた。



 こういう時にも平気で嘘を吐くことができる。アレの得意技だ。信望しているから特技まで

似るということはないだろうが、無駄な気の回し方などはアレに通ずるものがある。



 アレがやっていたのなら迷わず殴りかかっていただろうけども、ティアナが相手ではそうも

いかない。チームメイトとしていつも世話になっているし、何より、アレを倒すというその提

案は魅力的だった。



 最終的な目標が自分一人で、ということに代わりはない。



 しかし、その前哨戦として多人数でアレを始末するというのも悪くない提案に思えた。普段

と違うことをすれば、得るものもあるだろう。それを弾みに修行をすれば、アレの背中へとま

た近付くはずである。



 断る理由は、何もなかった。



「解りました。その話お引受けします」

「自分で言っておいて何だけど、ちょっと意外よ。あんたは一人でやることに拘ると思ってた

わ」

「たまにはこういうのも良いかな、と思っただけです。いつかは自分一人でやるつもりでいま

すので、その時邪魔しないのなら、何も問題はありません」



 気づけば、ティアナは苦笑を浮かべていた。アレのような微笑に、エリオの心に苛立ちが募

る。



「経験者として忠告しておくけど、仲間って良いものよ? 自分一人じゃ何をやっても解決で

きないようなことも、すぐに解決しちゃうんだから」

「そんな便利なものでもないと思います」

「そうでもないー、って言っても信用できないかもね。まぁ、今度の恭也さん戦でそれを証明

しましょうか。恭也さんに一泡吹かせることができれば、あんたも仲間の価値ってもんを見直

すことでしょうし」

「仲間は大事だと思ってますよ」

「思ってるのと実感するのはまた違うのよ。とにかく、あんたには仲間のありがたさってのを

よーく理解してもらうから、そのつもりで覚悟しておきなさい」



 やっぱりこの人は鬱陶しい。人の領域に遠慮なしに突っ込んでくるのは、迷惑極まりない。



 ただ、その無神経さは嫌いではなかった。あの日のアレを思い起こさせて、心を奮い立たせ

るのである。僕はこんな所で終わる人間ではない。まだできる、まだやれる。そういう熱い気

持ちが湧き上がってくるのだ。



 心臓の鼓動が、はっきりと聞こえる。身体を巡る血の流れが意識できるくらいに、気力が充実

していた。



 落ち込んでいた気持ちは晴れ渡っている。今のエリオに、怖いものはなかった。