隊舎を歩きながら、ギンガ・ナカジマは幸せをかみ締めていた。憧れの恭也と一緒の部隊で仕事をできるようになってしばらくが経ったが、今日始めて恭也とシフトがばっちり重なったのだ。おまけに不倶戴天の敵である元金髪ツインテールもいない。これで恭也と二人きりで仕事ができるのならば言うことはないのだが、それは欲張り過ぎというものだろう。

 だが、そんな幸せこそ長く続かないものだ。

 今日は公開意見陳述会が地上本部で開催される。地上本局問わず多くの管理局幹部が集まり、民間の人間も多く参加する。当然会場警備にも気合が入っており、機動六課も参加することになっていた。既に昼番フォワードの面々も先遣隊として出発している。元金髪ツインテールもこれに参加していた。おかげで六課のシフトは通常から大幅に変更され、人員の多い夜番から昼番のシフトに応援が入っている。補充要員であるギンガは昼番に固定されたまま、一緒に出向してきたラッド・カルタスは夜番の応援ということになっていた。

 恭也たちブレイド分隊は、後詰として地上本部に赴くことが決定していた。昼番フォワードが全員出ているのならば何も恭也たちまで全員出すことはないと思うのだが、恭也は本局に籍を置きながらレジアス・ゲイズに気に入られているという稀有な存在、ということが派遣の決め手となった。少しでも印象を良くするためにもその存在は不可欠なのである。そのせいか、部下である美由希とすずかは六課に居残りだ。眼前では恭也から美由希へ引継ぎの最終確認が行われていた。もっとも、仕事内容の確認というよりも私事の面が多いのだが……

「以上だ。細かなことはアイナさんに任せてあるが、お前も気を使ってやってくれ」
「了解。それより他の仕事は大丈夫なの? 溜まってるようだったら私とすずかでやっておくけど」
「幸か不幸かうちにそれほど仕事はないからな。六課は変則シフトとなったが、ブレイド分隊は通常営業のままだ」
「どうせなら私もそっちの方が良かったかな。地上本部付きの部隊の錬度がどうなのか、一度直接見てみたかったんだよね」
「代わりに俺が見てこよう。ついでにコネも作ってくる。六課が解散した後に、一緒に仕事をしないとも限らないからな」
「テスタロッサ研究室の浮沈は室長の営業力にかかってるからね。しっかり頑張ってきてよ」
「俺を室長と呼ぶな」

 閃光のように放たれたデコピンは、しかし空を切った。離れて見ていたギンガですら目で終えなかった攻撃を、美由希は余裕を持って回避している。相変わらず、どちらの腕も尋常ではない。

「ギンガ。お前もこれをよろしく頼むぞ。これで調子に乗るところがあるからな。大失敗をするようだったら、フォローしてやってくれ」
「おまかせください」
「ギンガも酷くない?」
「私は恭也さんの味方ですから」

 うぅ、と美由希がわざとらしく打ちひしがれる。二十も後半にさしかかったはずだが、その仕草は随分と幼い。それでいて痛々しさを感じさせないのは、若々しい雰囲気に寄るところが大きいのだろう。容姿だけを見ると十代というには無理がある感じなのに、振る舞いまで含めると同年代と言われても不思議ではない。老練な雰囲気を漂わせる恭也とは、真逆の特性だった。

「さて、俺はこれで行く。すずかは……あれのことだから起きていると思うが、お前の方からよろしく伝えておいてくれ」
「了解。頑張ってね、恭也」
「ご武運を恭也さん」
「ああ。それじゃあ――」
『主様、通信が入りました。本局、レティ・ロウラン少将からです』

 出発しようとした矢先に恭也の相棒プレシアの声が聞こえた。その内容に、恭也の眉根が寄る。ギンガの内心も穏やかではない。恭也に関しては色々と噂があるが、レティはその中でも数少ない、直接的な噂のある女性である。普段であればあの手この手を使って妨害していただろう。しかし、この日、この状況であの本局の魔女が連絡を寄越してくるとは、何かただならぬ気配を感じる。

「席を外しましょうか?」
「いや、このままでいい」

 恭也はその場で空間モニタを展開した。モニタに、レティの姿が映る。グリフィスの母というだけあって彼に良く似た容姿であるが、彼には存在しえない色香がモニタ越しにも伝わってくる。完成された女性の魅力とでも言うのだろうか。自分には備わっていないものを持つ女性の出現に、自然とギンガは拳を握り締めた。

「恭也・テスタロッサ准海尉です。急用でしょうか、閣下」
『まだ六課にいるようで安心したわ。申し訳ないけれど、今日の予定を変更してもらえないかしら」

 レティが言うには、恭也でなければ処理できない案件がやってきたらしく、今日はその処理に専念してほしいということだった。指示書も同時に送信されてきたので見せてもらったが、書類に不信な点はない。レティが直接というのが気になると言えば気になる点であるが、六課の成り立ちを考えればそれも不思議ではなかった。既にはやてにはその旨を伝えてあり、後は恭也が引き受けるだけという。お願いではなく、命令。管理局の上から下に来る案件として、正しい姿だった。

 しかし、それだけに腑に落ちないところではある。今日のイベントが管理局にとって重要なものであることはレティも知っていることだろう。地上と本局の円滑な橋渡しのために、恭也が重要な役割を果たすことは六課に関わる者皆が知っている。これを覆してまでの緊急の案件とは、ギンガにはどうしても思えなかった。別の意図があって恭也を六課施設に引き止めようとしているような、そんな気がしてならないのである。

 自分程度が察せられることだ。これくらいは恭也も理解しているだろう。横目で顔を見ていると、彼はいつも以上に神妙な顔をしていた。その横顔に惚れ直していると、恭也は迷いを打ち払うように、大きく溜息をついた。

「はやてに了解をもらっているのならば是非もありません。シフトはこちらで調整しておきましょう」
『悪いわね。この埋め合わせは今度するわ。一緒に食事でもどう?』
「良いですね。予定については、また今後」

 楽しみにしてるわ、と微笑みを残してレティは通信を切った。ギンガは怒りを通り越して感心してしまった。女の方から男を誘うのに、まるで卑しさが感じられない。それでいて脇で見ていたギンガにさえはっとするような色気を感じさせるのだから、女性としての経験値の高さをうかがわせる。普通の男ならばその微笑だけで恋に落ちただろうが、恭也にどれだけ効いたかは微妙なところだ。横目でちらりと恭也を見ても、その仏頂面は相変わらずである。少なくとも恋に落ちているようには見えない。

「予定変更だ。俺がここに残る。お前とすずかで地上本部に行ってくれ」
「了解。埋め合わせに今度一緒に食事でもどう?」
「お前のおごりで食堂ならな」

 恭也の冗談に笑いながら、美由希は足早に去っていった。

「美由希さん、大丈夫でしょうか」
「こういうこともあるかと思って準備だけはさせていたからな。あれなら問題ないだろう」
「そうですか……」

 恭也を見上げて、ギンガはぽつりと呟いた。振って沸いた恭也との時間であるが、あまり楽しめるような気がしない。恭也に新たな仕事が割り振られているから、思っている以上に時間を取れないだろうという予測はあるが、それ以上に嫌な物を感じていた。良くないことが起こるような、そんな予感である。

「さ、仕事だ。仕事を早く片付けることができたら、俺もお前達の訓練に参加しよう」
「大丈夫ですか?」
「体力だけは無駄にあるからな。それに、書類仕事よりは訓練をしていた方が落ちつく。いつ参加、というのは今の段階では言えないが、そのつもりでいるように皆にも伝えておいてくれ」
「了解しました」

 かしこまって敬礼を返すギンガに苦笑を浮かべると、恭也は足早にその場を去っていった。頼もしいその後姿を見ても、やはり嫌な予感は消えてくれない。

























「予定が変わった?」
『せや。恭也さんは六課に居残り。美由希さんとすずかちゃんがこっちに来ることになったわ。合流は一時間後くらいかなー」

 地上本部内部を歩いている時分、はやてから入った通信はフェイトにとって寝耳に水だった。恭也がこちらに来ないというのは、まだ良い。こういう仕事をしているのだから予定が変わることくらいあるだろう。恭也の立ち位置を考えれば、急な変更があってもおかしくはない。それがレティ主導ということも、珍しいことではあるがそれは過去にもあったことだ。

 だが、恭也が今日六課に残るということは、自分がいない環境であの不倶戴天の敵と一緒の空間にいることになる。目を光らせておかないと、あの女は何をするかわからない。もしかしたら暗がりに連れ込んでいかがわしいことでもするのではないか……相手が恭也である場合、それがありえないことは解っていたが、妙なところで妙なことをする恭也のことである。万が一にはなくても億が一にないとは言えなかった。何しろフェイト自身が、その億が一の逆転ホームランを期待している身であるから、それを否定することは自分の首を絞めるのと同義なのである。

「私達の警備シフトに変更はないの?」

 聞くのは、フェイトの隣にいたなのはだった。分隊の違うコンビであるが、現在の割り振りではこうなっている。本格的に会が始まれば、この編成は分隊ごとのものに変更されることになっていた。

『ないなー。恭也さんが担当することになってた枠には、二人に入ってもらうことで話はついたし』
「おねえちゃんとすずかちゃんで大丈夫?」
『その点は恭也さんがOK出したから大丈夫や。ただ、ゲイズ中将とのコンタクトはやめといた方がええやろなー」

 心底残念そうにはやては言う。六課としては地上との軋轢を少なくするためにも是非とも入れておきたいイベントだったが、アレは恭也個人のコネクションによるところが大きかった。美由希もすずかも、他の本局局員に比べれば覚えも良いだろうが、レジアス個人をその気にさせるには至らないだろう。

 はやてはそれから二三の事務連絡をすると、通信を打ち切った。後にはフェイトと、なのはが残される。地上本部の廊下を行きながら、先に口を開いたのはなのはだった。

「恭也くん。モテるよね」
「今更な発言だね、なのは」

 それはフェイトにとってはもはや、太陽は東から昇るのと同じくらい当然のことだった。十年前なら一々ムカついていたことも、最近ではそうでもなくなった。怒りが消えた訳では決してないが、一々怒っていたら身体が持たないことを学んだのだ。恭也が来るもの拒まずな姿勢だったらとっくの昔にキレていただろうが、幸いにも恭也は節度を持って女性と付き合っていた。特定の人物を作ったことは、フェイトが知る限りない。〇と×を区別できる程度に特別な人間はいるようだが、その特別がゴールに至っていないことは、フェイトだけでなく誰もが知るところだった。

「でもさ、いつかきっと恭也くんもお嫁さんを連れてくるよね……」
「何を言ってるのなのは。そんなことある訳ないじゃない」

 暗に『それ以上言ったらタダじゃおかない』という意味を込めて言うと、なのはは肩を竦めた。元より、世間話のつもりで始めたのだろう。あっさりと引き下がったなのはは、それきりその話題を口にしなかった。

 家族の危機が通り過ぎたことに大きく安堵の溜息を漏らしたフェイトは、投影モニタを広げて今日の予定を確認した。恭也が本部待機になったことで、本来こちらで恭也が行うはずだった枠に美由希とすずかが入ることになる。レジアスとの会談は正式に予定に組み込まれていたことではないから、彼が一人でやるはずだった仕事を美由希とすずか二人で分担する。仕事が楽になったと考えることもできるが、そう簡単にはいかないだろう。

 恭也がいないと地上の局員からの風当たりが強くなる。このイベントに恭也が参加することは向こうも予想していただろう。それが参加していないとなれば、彼らは自然と本局の関与を疑う。そういう意図で恭也が外されたのではないということは、フェイトであるからこそ解ることだ。恭也がいないことに落胆した地上の局員がこちらに反感を持たなければ良いが、流石にそれをゼロにすることはできない。これをやり過ごすのが、今日の一番の仕事になりそうだ。

「お姉ちゃんが中、すずかちゃんが外の配置になるって」
「了解。美由希さんとは連携しないよね」

 フェイトたち隊長、副隊長が中で警備に当たり、スバルたちが外という配置だ。はやてはリインと一緒に会に参加。アルフとザフィーラが警備とは関係なく周辺に隠れている。ちなみにこれはスバルたちにも知らされていない。知っているのははやて以下、副隊長までだ。六課本部にいる人間で知っているのは、グリフィスと恭也、シャマルにクイントだけである。これは何かが起こった時に自由に動かせる人材が欲しいということで、恭也の発案で導入された。故に、アルフたちは警備編成には含まれていない。あってほしくはないが、本当に何かが起きた時でも、彼女らを基点に対処することができる。

 何より転送魔法を使うことができるのが大きい。何かがある時にはAMFが使われている可能性がかなり高いが、その効果の及ばない場所から及ばない場所まで転移する分にはなんら問題はない。

「美由希さん、会が始まるまでには到着できるね」
「地上の警備と揉めなきゃいいけど……」

 地上の局員には本局を嫌っている人間も多い。そういう警備に当たったら、無駄な時間を費やす羽目になるだろう。どんな時でも足を引っ張ることを第一に考える人間はいるものだ。地上にも顔を売っている美由希ならば大丈夫だとは思うが、当たりかハズレかは運に寄る。今は美由希の幸運に期待するより他はない。

 会が始まるまで、まだ時間がある。フェイトはなのはと共に、会場の警備に努めた。

























 店内のテレビには、公開意見陳述会が中継されている。客の入りは少なかったが、その少ない客は全てテレビに釘付けになっていた。無理もない。今日のこのイベントによって管理局地上本部の方針は大きく決定される。クラナガンに住む人間にとってこれは人事ではなかった。クラナガンは大都市であるが、犯罪発生率は決して低い訳ではない。それを打開しようと地上本部は躍起になっている訳だが、その方針が本局と対立しているのである。

 質量兵器の導入に、新兵器の開発。地上が力を持つことを良く思わない本局から反感を買うだけでなく、民間の保守派にもこれは受けが悪い。結果を出しているから支持者も多いが、レジアス・ゲイズには敵が多い。質量兵器導入反対のデモが行われたのも、一度や二度ではなかった。

 強硬な姿勢は昔から変わっていない。しかし、それが支持されているというのも事実だった。昔は、強引な手法というだけでレジアスの案に嫌な物を感じていたが、こうして管理局から距離を置いたことで、彼の案にも一つの理があることが見えてきた。彼は彼で、地上の未来を考えているのだろう。強引でなければどうにもならない。それほどまでに平和は脅かされているのだ。

「調子はどうですか?」

 テレビを見ながらコーヒーを飲んでいると、向かいの席に女性が現れた。フリーのジャーナリストであるエイデン・ウィルソン。それが彼女の身分であることをメガーヌは知っていた。それがナンバーズの次女の擬態であることもだ。

「悪くないわ。貴女はどう? 仕事は順調?」
「今のところは。計画も、私の方も問題なく実行できることでしょう」
「それは何より」

 エイデンは注文をとりにきたウェイトレスに、コーヒーを注文した。テレビは背後にあるので、彼女には見ることができない。店内の客全てがテレビを注視している中で、彼女だけがそれに興味を払っていなかった。

「しかし、意外です。貴女はこういうことに抵抗があると思っていました」
「私も地上の状態には思うところがあるのよ。正しい方法とは言えないけれど、これで皆が正しい危機感を持ってくれるなら、これにも意味はあると思うの」
「正しくない行いと解った上で、それに加担するのですね」
「局員としては失格ね。現に隊長は協力を断固として拒否した訳だし」

 本部施設から動こうとしなかったかつての上司の仏頂面を思い浮かべて、メガーヌは苦笑する。色々と潔癖な彼は、趣旨が明確なこの計画に加担することを最後まで良しとしなかった。自分についても参加を思いとどまるように何度も説得してくれたが、メガーヌは結局自分の意思で参加を決めた。

 管理局員としては、許さない行動だ。後に加担が暴露されれば、スカリエッティの監視下にある状況を加味しても犯罪者として拘束されることは免れない。それを理解した上で尚、メガーヌを実行へと駆り立てたのは地上の平和を守るという崇高な意思……ではなかった。

 それがないとは言わない。腐ってもメガーヌは管理局員だ。この状況にあっても地上を良くしたいと思う気持ちはあったし、スカリエッティのすることが間違っているとも強く認識していた。以前にホテルアグスタを襲撃する時は、それが最後のつもりで行動した。あの時の気持ちに嘘はない。しかし、あの一度の行動がメガーヌの心にある種の連帯意識を生み出していた。

 仲間、と口にしたらクアットロには鼻で笑われてしまうだろう。逆にセインやウェンディは受け入れてくれるに違いない。彼女らのために何かしたい。そういう気持ちがメガーヌを動かしていた。大人としては、幼い彼女らを正しい道に引き戻してやるべきなのは解っていたが、今の自分にその力が欠けていることは多いに自覚していた。言葉で裏切らせることができるほど、スカリエッティの力が柔ではない。彼のぶち上げる話がたとえ世界制服であったとしても、その知識、技術力があれば達成できるのではないかと悪い夢を見せられる。ある程度世界を見てきたメガーヌでさえやれるかもしれないと思ってしまうのだ。生まれて間もない、偏った教育をされたナンバーズの少女達ならば、その方針に心酔しても不思議ではなかった。

 勝ち組にいると認識している人間は、そこから離れることを考えない。彼女らを引っ張りあげるには、スカリエッティが提供するものより、ずっと魅力的なものを提示しなければならないのだ。メガーヌにはそれがない。正義を語ることもできる。人道を説くこともできる。しかし、それではあの少女らを納得させることはできないだろう。

(恭也くんがいればねぇ……)

 恭也ならメガーヌとは全く違ったアプローチでナンバーズの少女を引き込むことができたろう。男としての魅力も馬鹿にできたものではない。それだけで全員を裏切らせることはないだろうが、スカリエッティの計画に消極的にすることくらいは、彼ならばできるように思えた。心優しいディエチや感情の振れ幅が小さいオットー、ディードなどは彼の味方になってくれるかもしれない。恭也に寄り添う彼女らの姿を想像して、メガーヌは思わず噴出してしまった。荒唐無稽な話であるが、彼ならばやりそうな気がする。

「それではご武運を。決行は外をご覧になって決めてください」
「解ったわ。貴女も気をつけて」

 身を案じる言葉を意外に思ったのか、エイデンの眉が片方だけ上がる。苦笑を浮かべた彼女はそのまま伝票を持ち、店を出て行った。コーヒーを飲みながら、テレビを何の気なしに見る。


 外で爆発が起こった。轟音が店に響き、店内の人間全てが身を伏せる。何かあった時の一番簡単な対処法だ。全ての人間が即座にそうできた辺り、クラナガンの治安の悪さが伺える。反射的にそうしてしまうのを寸前で堪えたメガーヌは、窓から冷静に外の様子を伺う。近くに止めてあった管理局の車が爆発したようだ。爆発による怪我人はいないようだが、今日のイベントがイベントだけに集まった局員の様子も慌しい。

 ここに留まっていてはまずいと、店内の客も我先にと外へ出て行く。店員はやじうま根性を発揮して、外に出て行ってしまった。店内に残ったのはメガーヌだけ。せめて一人くらいは残ると思って、その対処法まで考えていたのだが、それが無駄に終わってしまったことにメガーヌは微笑を浮かべた。

 楽に仕事が済むのならば、それに越したことはない。

 流れるような動作で、足元に魔方陣を展開する。淡い紫色の魔力光が店内を照らすが、誰もメガーヌを注視していない。だが、油断はできなかった。魔法は規模が多きくなればなるほど、準備に時間がかかる。時間をかけるということは、それだけ敵方に探知され易いということだ。現に、車が爆破された直後だというのに魔法の準備を探知したらしい局員が辺りを警戒し始めるのが見える。

 中々に優秀だ。しかし、まだこちらを見つけてはいない。時間にすれば五秒ほどの猶予だが、それだけあればメガーヌには十分だった。あらかじめ決められた物を、決められた場所に。空間を歪めて道を作り、地上本部を強襲する。スカリエッティの計画に従って、次々とクラナガンの上空にガジェットが現れる。

 転送によって送り込まれるのは約500だが、これは第一陣だ。これに局員が対処している内に、今度は転移せずに地上と空の両方からガジェットが襲撃をかける。この準備に相当の時間をかけた。現在も、かなりの数のガジェットがクラナガンの内部に配置されているはずである。メガーヌが知らされているその隠し場所の、ほとんどが今回の計画に導入されたはずだ。

 その総数はおそらく五千に届くだろう。管理局を相手にするには決して十分とは言えない戦力だが、これにナンバーズが加われば話は変わってくる。AMFの状況下で十全に活動できる彼女らは、現在の環境では無類の強さを誇る。この攻撃で本当に地上本部を制圧する可能性もないではない。

(流石にそこまでやられると困っちゃうけど……)

 苦笑を浮かべながら、メガーヌは店を出る。大量に出現したガジェットにクラナガンは恐慌状態に陥っていた。襲撃を加えられているのはあくまで地上本部であるが、発生した混乱によって既に負傷者も出ているようだ。本部の方では既に戦闘も始まっている。

 今の管理局はこれにどう対応するのか。

 行きかう人々の間をすり抜けるようにして歩きながら、メガーヌは地上本部に背を向けた。コートの中からインゼクトが散っていく。本部機能はほどなく制圧できるだろう。本部につめていた頃に比べればプロテクトの強度は向上したが、それでもまだインゼクトの大群を相手にするには不足している。

 こちらの素性を隠しとおせるかは五分だ。インゼクトの痕跡を発見されたら、そこからメガーヌ・アルピーノに行き着くのにそれほど時間はかからない。管理局ではまだ行方不明扱いになっているらしいが、テロに加担しているとなったらそれが指名手配に変わるだろう。軟着陸するためには、上手く話を転がす必要がある。優秀な弁護士を雇用するための費用と、その勝算を計算しながら道を行く。一般人は地上本部から離れるように移動している。その中に紛れ込みながら、インゼクトを遠隔操作。バリアに取り付いて突破しようとしているガジェットの脇を抜けて、システムに侵入。クラックは五秒で終わった。次々とダウンしていくシステムを知覚しながら、通信でセインにゴーサインを出す。

 まるで指揮官のような自分の振る舞いに、乾いた笑みが漏れた。

 優秀な弁護士を雇ったくらいで、自分の未来はどうにかなるだろうか。























 降って沸き、地から沸いて出たガジェットに現場は大混乱だった。それでも、使命を忘れなかったのは日頃の訓練の賜物である。攻撃を受けながらも近場の局員で隊伍を組み、協力してガジェットを排除していく。言葉にすれば簡単だが、異なる部隊の人間が連携することは非常に難しい。それを可能にしていたのは、その場にいた指揮官の指揮がそれだけ冴えていたからだろう。

 前衛をやるべき人間は前衛に、後衛の人間はそれを盾に速やかに後ろに下がる。ティアナはその指示に従い、頑強なシールドで作られたバリケードの後ろに飛び込んだ。全ての後衛が後ろに入ったのを見ると、役割が入れ替わる。後衛の中から防御魔法の得意な者が防御を担当し、手の空いた前衛は遊撃でガジェットを撃破するべく、指揮官の指示に従い散っていく。

「各人、ターゲットに向かって一斉掃射! 3、2、1、撃てっ!!」

 号令に従い、一斉に魔力弾が飛んでいく。AMFの中、その威力は大きく減衰したが、固まって一斉に掃射された魔力弾は消滅しなかった。減衰し切れなかった魔力弾はガジェットを貫き、それを沈黙させる。自らの生み出した成果に歓声を上げる間もなく、次のターゲットへ。幸か不幸か、倒すべき敵には事欠かない。援護を必要としている味方も、また然りだ。分析を担当している局員が周囲から次々と情報を吸い上げ、援護すべき人間、倒すべき敵を効率良く導き出し、指揮官がそれを伝えていく。

 防衛線は、ここに構築された。敵の侵攻がこのレベルで落ち着くのであれば、この場は維持できるだろう。他の場所もここと同じ程度に上手く行っているのなら、問題なく地上本部を守ることができる。

 それが難しいことはティアナにも解ってしまった。ティアナたちが相手にしているのは主に地上を這っているガジェットであるが、ガジェットは空にもおり、それが既にバリアに取り付いるのが見えた。それに対処しているのは航空魔導師だ。今日のこの日に地上本部の警備を任されているくらいであるから、彼らとて歴戦の魔導師なのだろうが、AMFと質量兵器を惜しげもなく投入してくるガジェットの大群は、その歴戦の魔導師を相手にしても引けを取らないどころか、押し気味だった。

 後は時間との勝負である。内部の魔導師が外の援護に出てくるか、あるいは街の警備に当たっている魔導師が援軍に駆けつけてくれるか。そのどちらかがなければ、この防衛線はほどなく突破されるだろう。第一、既に内部に敵が侵入していないとも限らない。ここまで大掛かりな攻撃をしているのに、戦力がガジェットだけというのは片手落ちだ。

「他所と組むとロクなことにならないと思ってたが、中々やるじゃないか。流石に、恭也さんの薫陶を受けているだけのことはある」
「お褒めいただき光栄です」

 軽口を叩きながら、バリケードから出て魔力弾を打ち込む。お約束の貫通弾で一弾一殺。ガジェットをきっちりと破壊していく。対して指揮官――とりあえず知った顔であるイヅミ・シュターデンは、遠間から剣型のデバイスを振りぬく。アームドデバイスから収束された魔力を打ち出すという単純な技だが、高い密度で収束した魔力はAMFで拡散される前に対象を打ち抜いていく。真っ二つに立たれて爆発するがジェットを見ながら、イヅミはふぅ、と軽い溜息をついた。

 男性的な風貌をしているせいで、その仕草は女性に対しても色々と訴えかけるものがあった。妙な色気を感じるのである。思わず見とれてしまったティアナは、ちらと視線を向けてきたイヅミから、慌てて視線を逸らした。自分はノーマル、と心中で一度唱えて、一つ咳払い。切り替え完了だ。

「クリア!」

 バリケードの向こうから、スバルの声が聞こえる。前衛として、ティアナたちの援護を受けながらガジェットを掃討していた班が、その役目を終えて戻ってくる。軽い怪我をしている者はいるが、誰一人欠けてはいない。強襲、それもガジェットが相手だったが、頼もしい限りである。

「こちら、第八警備区、警備責任者のイヅミ・シュターデン。本部応答されたし」

 次にどうすればいいのか。確認のために本部にイヅミが問い合わせるが、反応がない。試しに他の局員もやってみたが、誰がやっても同じだった。嫌な予感に駆られたティアナは、他の場所への通信を試みるが、これも失敗。クロスミラージュの分析によれば、強力な電波妨害及び、念話の妨害が行われているらしい。

「各自、自分で判断せよってことか」
「徒歩で伺いを立てに行くのはどうでしょうか」
「向こうがこっちを把握してるならそれでもいいが、通信がこれなんだから外の状況すら確認できてないだろう。それならまだ、外の部隊だけで連携する方が現実的だ。一番近い部隊は……第七警備か。ブラウン、三人連れてこっちの状況を伝えてきてくれ。怪我するんじゃないぞ」

 イヅミから命令を受けた男性局員は敬礼し、第七警備のいるはずの方向に駆けて行く。ガジェットの襲撃の中、少人数で行動するのは得策ではないが、伝令だけ、それも近距離だけならば何とかなるという判断だろう。今は情報が少しでもほしい。

「さて。我々がこの位置を警備していたのは、ここに大きな出入り口があるからだ。普通の人間なら、こういう場所を使って建物に侵入するだろうが、生憎と今回の敵は普通じゃない。壁に穴をぶち開けてそこから進入されたら、外の私達にはどうしようもない。ならばどうするか。ヒトミ、どうする?」
「防衛線を施設内部にまで下げ、内部の局員と協力して防衛に当たるのはどうでしょう」
「私達の生存率は上がるだろうが、施設の中にまでガジェットを引き入れなければならないな。いや、今こうしている間にも破られている可能性はあるが、私としてはできることなら外で何とかしたい」
「カバーする範囲を広げるのはどうでしょうか? 1チームでより広範囲をカバーすることができれば、より多くのガジェットを倒せると思います」

 提案したのはティアナだが、その提案にイヅミは苦い顔をして首を横に振った。

「名案だが、人が何のためにチームを組んでるのか良く考えた方が良いな。私達が全員恭也さんくらい強ければそれもアリなんだが……現状そうも言ってられない。私達は局員だ。いざという時は世のため人のために死ぬのも仕事に含まれるが、無駄に命を危険にさらすのは人道にも職務規定にも反する」
「そうですか……失礼しました」

 しゅんとするティアナの頭を、イヅミがぽんぽんと撫でる。恭也のようなその仕草に、頬が熱くなった。照れているティアナをからかおうと下手糞な口笛を吹くスバルを肘で打って黙らせる。げほげほと咳き込みながら、スバルが言った。

「でもキョウ兄と同じくらいの人をこっちに呼べるかもしれないよ?」

 スバルが差し出したのはデバイスだ。内部警備には持ち込めないからと、なのは達から預かったデバイスである。レイジングハート、バルディッシュ、シュベルトクロイツ。あの三人なら恭也と同じくらいというのも頷ける。

「デバイスを持ち込まずに警備をしろというのも無理な話だよな……」
「でもそのおかげでコンタクトを持つ口実ができました」
「中のお偉方が自分達の警備を手薄にしてまで、外を守ろうとするとは思えないんだが」
「そこはうちの隊長たちの手腕に期待します。そんな訳で、うちのこの青いのにデバイスを届けに行かせたいんですが、構いませんか?」
「そういう事情なら仕方ないな。だがランスター、お前にはその青いのの分まで働いてもらうことになるが」
「それなら――」
「遅くなりました」

 土煙と共に、戦闘服姿のすずかが現れた。魔法を使わない高速移動は恭也たちテスタロッサ研の十八番である。気配もなく現れたすずかに、イヅミたちが目をむくが、とうのすずかは涼しい顔だった。

「第九警備から伝令です。こちらは順調。そちらも任務を完遂されたしとのことです」
「元気そうで何よりだ。こっちも今のところ問題ないと伝えてくれ」
「こちらは戦力的に余裕があるので、こちらが不足しているようだったら私はこちらに合流するようにとも」
「普段なら喧嘩売ってるのかと反論するところだが、助かった。その申し出ありがたく受け入れさせてもらう」
「了解しました。月村すずか、このままこちらの指揮下に入ります」

 敬礼するすずかに敬礼を返したイヅミが、スバルに視線を送る。

「そんな訳だから、デバイス運送よろしくな」
「了解です! じゃあティア、すずかさん、がんばってね!」
「あんたもヘマするんじゃないわよ」

 わかってるよー! とドップラー効果を実証しながら、ローラー音を響かせてスバルが激走していく。その背中を見送って部隊を見回すと、皆が意気消沈しているのが見えた。数だけを見れば変わらないが、Aランク魔導師であるスバルが欠けたことは、部隊にとって確かな痛手だった。入れ替わりで加入したすずかの力量が、さっぱり解らないのも原因である。月村すずかが恭也・テスタロッサの部下というのは少しアンテナを高くしていれば分かることだが、戦っているところを見たことがある人間は管理局の中でもごく少数である。この部隊の中では、ティアナただ一人だろう。

 自分が微妙に歓迎されていないことは、すずかにも分かったようだ。困ったように微笑みながら、ティアナの隣まで移動してくる。こういう時、顔見知りのところに集まるのは人間としての習性だった。すまし顔で佇むすずかを盗み見る。改めてみると、とんでもない美人だ。なのはもフェイトも美人だが、この人はあの二人と比べても何ら遜色はない。戦闘服という露出の全くない服であるが、男性とは絶対に誤解しようのない女性的なシルエットは、女のティアナの目から見ても非常に魅力的だ。

 ここまで走ってきたからか、僅かに汗の匂いもする。体力が売りのブレイド分隊でも、動けば汗くらいはかく。ティアナも訓練校時代、散々スバルとそういう関係なのではと疑われたが、自分の趣味は誓ってノーマルであると断言できる。だが、このすずかはヤバい。こうして近くにいると、まるで魂が吸い寄せられるような錯覚を覚える。匂いたつような色香とはこういうのを言うのだろう。

 熱心に見つめていたことがバレたのか、すずかがこちらを見て小首を傾げて微笑んでみせた。頬が熱くなるのを感じる。このまま見つめられていたら、何か良くないものに目覚めてしまいそうだ。 

「第二波きました!」

 ほっと、ティアナは全身の力を抜いた。とりあえず、新たな性癖に目覚めることは避けられたようだ。索敵に当たっていた局員のその声に、全員が意識を切り替える。前衛が前に、後衛が後ろに。すずかは当然の役割として前衛に身を投じたが、デバイスすら持たない人間が前衛に出てくることに他の局員達は面食らっている。イヅミすらすずかを止めようと声を上げかけたが、ガジェットがやってくる方が早かった。前衛の全員に緊張が走る――ーと同時に、すずかは一人で動き出していた。

 それを目で追うことができたのは、誰もいなかったろう。すずかが風のように動いた次の瞬間には、一番近くにあったガジェットが真っ二つに断たれていた。それが瞬きする間に何度も続く。ティアナはそれを何度も見たことがあったが、初見の人間には夢に見そうな光景である。これを目も覚めるような美人が素手と鉄棍で行っているというのだから、男性にとっては正に悪夢である。

 ガジェットたちも即座に、すずかが一番の難敵と判断した。照準を取る間を惜しんですずかに集中する質量兵器。弾丸が地面をえぐり土煙が舞うが、そこにはもうすずかの姿はない。風が吹く度に、ガジェットが一つ、完膚なきまでに破壊されていく。上半分が破砕されるもの、拳や蹴りで真っ二つになるもの。およそ人の形をした生物がやったとは思えない破壊が、美女の手によって速やかに行われている。今が戦闘中なのも忘れて、前衛も後衛も等しく全ての局員がすずかの戦いに見入っていた。

 ティアナの心に、僅かが優越感が生まれる。あれが私の同僚なのだと叫んでやりたい気持ちを抑えながら、すずかの一方的な戦いを見守る。

 すずかが戻ってきた頃には、接近していたガジェットは全て片付けられていた。局員は皆、唖然としている。驚き一色の局員の中を堂々と歩き、すずかはぺこりと頭を下げる。

「こんなところで、いかがでしょうか」

 どこかずれたその発言に、局員達は一斉に歓喜の声を上げた。強い人間ならば、大歓迎である。所属が違おうとこんな緊急時ならば関係ない。強い人間がいればそれだけ、自分たちが生き残る確率は上がるのだ。それを喜ばない人間は、現場には一人もいない。打って変わった大歓迎ムードに面食らうすずかを微笑ましく思っていると、神妙な顔をしたイヅミが寄ってきた。

「あの人は恭也さんの部下なんだよな?」
「そうですね。今年の春から管理局で働き始めたとききます」
「今年の春から修行を始めた訳じゃないよな?」
「恭也さんやなのはさんの昔からの知り合いみたいですよ」

 ティアナの言葉に、イヅミは素直に感嘆の溜息を漏らした。知り合いが揃いも揃って優秀なのは、一体どういうことなのだろか。頭をかきながらイヅミもそんなことを考えているのだろう。すずかを胴上げしそうな勢いの局員を見ながら、表現に困る顔をしている。その視線には多くの羨望と、僅かな恐怖が混じっていた。

 気持ちは良く分かる。天才の巣窟である六課にあって、何もコンプレックスを感じない訳ではない。思い悩むよりは努力をするべきという方針によって今は事なきを得ているが、もし自分の気の持ちようがもう少し弱かったら、おかしな具合に壊れていたことは想像に難くない。見るに、イヅミも努力の人なのだろう。その視線、その背中に自分に似たものを感じたティアナは、この少年のような女性のことが好きになりつつあった。

「六課最強だったりしないよな」
「恭也さんファンの私としては、最強は恭也さんであってほしいですねー」

 質問の答えにはなっていないが、その言葉はイヅミの心を満足させたようだった。彼女もどうやら、同行の士のようだ。






















 地上本部がガジェットに襲撃されているという情報は、六課にもすぐにもたらされた。地上本部周辺に広域の電波、念話妨害がかかっているため映像も望遠のものであるが、非常事態であることがその映像だけでも理解できた。どう見てもガジェットと思われる物体が地上本部のバリアに多数取り付いている光景はできれば悪い夢であってほしかったが、現実としてそこにある以上無視することもできない。

「こういう時の対処はどうなっているんだ?」
「本部と連絡が取れない場合は、各組織の長の判断に任せるということになっていますが、六課においては現状維持が望ましいかと」
「まぁ、そうだろうな」

 実際、現時点での地上本部は管理世界で最も警備が厚い。ガジェットの侵攻もかつてないものであるが、この世で最も堅牢な場所の援護に向かって他がおろそかになるようでは笑い話にもならない。現に、あちらの警備のために昼番フォワードを全員貸し出しているのだ。ここからさらに援軍を出したら、今度はこちらの施設の防衛ができなくなる。そういう意味では通信が遮断されているのは好都合だったかもしれない。地上本部が血迷って増援命令でも出そうものなら、こちらはそれに従わざるを得なくなるからだ。

「それにしても、敵は一体何を考えてるのかしら。地上本部を攻撃してどういう意味があるの?」

 疑問の声をあげたのはクイントだ。引き続き夜番フォワードの責任者をしている彼女であるが、緊急事態ということで司令室に呼び出されたのだ。

「戦力の示威行為ではないでしょうか。あれを商品とすれば、これ以上ないアピールになると思いますが」
「それはそうなんだけど……ここまでやったら地上も目の色を変えざるを得ないし、今までだってキツかった捜査の手がさらにキツくなるのよ? この技術を欲しいと思ってる悪人がいても、そうコンタクトを取れるとは思えないわ」
「では、何か別の意図があると?」
「そう考えるのが自然じゃないかしら」

 クイントの結論に、グリフィスの表情も険しいものになる。別の意図があるとしたら何か……考えを巡らせたグリフィスの出した結論は、

「陽動、でしょうか?」
「地上本部にこれだけの戦力を投入するなんて、随分豪快な陽動もあったものね」
「全くの同意見ですが、それだけに効果的とも言えます。ミッドチルダ、特にクラナガンでは通常よりも警備が手薄になっている施設が多いですから、そこを襲撃するつもりならこれは絶好の機会です」
「……うちがその対象ではないと考えるのは、楽観的に過ぎるだろうな」

 恭也の言葉に、司令室に重い空気が下りた。その落ち込んだ空気を見計らったかのように、情報収集に当たっていたシャーリーから凶報がもたらされる。

「ガジェットの軍団がこちらに向かっています! 距離はおよそ20キロ、機影約500!」

 冗談のような数に眩暈のした恭也だったが、実際に映像を出されると信じない訳にはいかなかった。

「他にもお客様がいるようね……」

 クイントの視線が、ガジェット群の先頭を示す。上に乗れるようにカスタマイズされたガジェットに乗った機人が確認できるだけで六人。首元の番号で管理されているらしい彼女らの番号は、5、8、9、11、12.都合五人の機人がガジェット500機を引き連れてこちらに向かっている。控え目に言っても、現在の戦力で迎え撃つには絶望的な数である。少なくとも施設が全壊するくらいの被害は、覚悟しなければなるまい。

「フェイトたちをこっちに戻せるか?」
「呼びかけ続けてもらっていますが、通信がつながりません。周辺の部隊には既に状況を伝えています」
「援軍が到着するまで持ちこたえられるかが勝負だな……」

 アルフとザフィーラがあちらのフォローに行っているから、六課に残っている戦力は恭也の他にはクイント、ギンガ、医療班のシャマルと夜番のフォワード部隊である。クイントの指示で全員が戦闘態勢に入っているが、相手の数が数だけにそれでも心許ない。

「非戦闘員の退避は?」
「完了しました。いざとなったら、司令室に全員で立てこもります」
「そうならないようにこちらは努力しよう。クイントさん、人員の振り分けとお願いしたいのですが――」
『あー、あー、こちら、戦闘機人のクアットロ。六課のみなさーん、きこえますかー?』

 底抜けに明るい場違いな声が、司令室に響く。メインモニタに映し出されるのは、眼鏡の戦闘機人だった。恭也にとっては、過去に右目を潰した因縁のある相手である。その因縁のある相手が、モニタの中で機嫌よさそうに微笑んでいた。何もなければ男を惹きつける笑顔となっていたのだろうが、やはり右目の傷がそれを台無しにしていた。凄みの生まれた笑顔は、見る者に不安感しか与えない。

 クアットロに応答しようとするグリフィスを、恭也は手で制した。名指しされた訳ではないが、彼女の目的が自分であるのが分かったからだ。

「こちら恭也・テスタロッサ。用件はなんだクアットロ」
『話が早くて助かりますわ。恭也・テスタロッサ、これからデートでもしません?』
「悪いがお前達のせいで忙しいんだ。お前に構っている暇はない」
『そう仰ると思って、プレゼントを用意しました。御覧なさい!』

 カメラの視点が遠くなると、クアットロの背後に並ぶガジェット群が見えた。その瞬間、レーダーにも反応が出る。クアットロの力で隠蔽していたのか、それとも何か特殊な仕掛けがあのガジェットにあるのか分からないが、少なくとも、レーダーと映像という目に見える形で、敵はそこに現れた。

『貴方のためにガジェットを200体用意しました。貴方がデートしてくれるなら、これは貴方にプレゼント。この私を袖にするなら、これは六課の皆さん全員にプレゼントです。どちらにするか決めてくださいます? 私も予定がありますから30秒で。予め断っておきますが、一人で来てくださいね? もし誰か同伴してきたら、その時点で私も約束を破っちゃいますから』

 ふふふのふー、と愉快そうに笑うクアットロは、心底楽しそうだ。その顔に全力で拳を叩きつけたい衝動に駆られながら、恭也は気持ちを落ち着かせる。先のガジェット群と戦闘機人だけでも手に余るのに、これでクアットロ軍までこちらに来られては防衛線を維持できなくなる。恭也に選択肢は他に存在しなかった。

「その誘いを受けよう。そちらの場所を教えてもらえるか?」
『嬉しいです。場所はそちらに送りました。十分以内にきてくださいね。遅刻は許しませんんから』

 邪悪に笑ったクアットロは、それで通信を切った。司令室の重苦しさは、さらに濃度を増している。

「本当に行かれるのですか?」
「俺が行けば待ってくれるというのだから、そうするより他はない。俺も努力はするが、流石に一人では手に余るだろう。連絡がついたら隊長たちの中から誰か、こっちに援軍を寄越すように行ってくれ。六課とあちらの間の空間全てを使えば、奴らなら200体の対処も難しくはないはずだ」

 言いながら、恭也の心中に暗いものが落ちる。なのは達ならばまとめて相手にすることが可能でも、恭也にはそれはできないからだ。基本的に寄って斬ることしかできない恭也は、そもそも多人数相手は向かない。今まで対処できていたのは、戦闘能力と幸運でそれをカバーできたからだ。絶対的な物量に対しては、打つ手がない。

「もう行かれるのですか?」
「俺の脚でも急がないと間に合わない。ヴィヴィオにはお前の方からよろしく伝えておいてくれ」
「了解しました。ご武運を」
「頑張ってきなさい、恭也くん」

 挨拶をするのもそこそこに、司令室を飛び出す。全身に気を漲らせ、一番近いドアから外へ。ウィングロードを展開し、クアットロの指定したポイントまで走る。途中神速も挟みながら走れば、およそ三分ほどの距離だ。三分。文字にすればたったの二つで済むが、その間ほとんどトップスピードを維持しなければならないのは、日頃の鍛錬を疎かにしていない恭也でも、非常に疲れた。200体のガジェットを前に疲労するのは自殺行為も良いところだったが、忌々しいことに条件を出せる立場にはない。

『答えなくて良いのでそのまま聞いてください』

 走っている途中、シャーリーの声が聞こえた。

『なのはさんたちに連絡がつきました。状況は伝えましたが、向こうの警備体勢に組み込まれているため、すぐには移動できません。現在八神部隊長が交渉していますが、いずれにしても即応は難しいとのことです。なお、非戦闘員の非難が完了しました。ヴィヴィオもアイナさんと一緒に合流しています。そのヴィヴィオから伝言です』

 シャーリーの声が遠くなると、音声が切り替わった。録音したものを、そのまま流しているようだ。マイク特有の小さな雑音の中、愛する義娘の声が走る恭也の耳に聞こえた。

『パパ、頑張って!』

 以上です、ご武運を。シャーリーの通信はそれで終わった。

『あの娘にここまで励まされたら、頑張らない訳にはいきませんわね?』
「全くだ」

 萎えかけていた気持ちに、活が入った。速度を上げた恭也はほどなくして、クアットロの指定したポイントに到着する。開けた場所に、クアットロとガジェット群はいた。

「お待ちしてました。こうしてお会いするのはしばらくぶりですね」
「誘ってもらった身で申し訳ないが、さっさと始めよう。お前と違って、予定が詰まってるのだ」
「それなんですけど、最初にお伝えしないといけないことが。私、嘘をついてました」
「嘘?」

 クアットロが指を打ち鳴らすと同時に、周辺に爆音が響いた。センサーに多数の反応。それが全てガジェットであると、プレシアから報告が入る。土煙の中から現れたのは、ガジェットだ。十や二十ではきかない。全方位を全て埋め尽くしてもまだ足りないほどの数のガジェットが、現れていた。

「予め断っておきますが、幻影の類ではありませんわよ? 全て本物。最初の200体と合わせて合計2000体、貴方一人のために用意させてもらいました」

 先達の剣士と戦った時も、真竜と戦った時にさえこれほどに自分の死を実感することはなかった。

 本当の本当に、自分は今日ここで、死ぬかもしれない。恭也は改めて、自分の死を覚悟した。

「あの日からずっと、この日を待ち望んでいました。今日、この場所で、貴方を殺す。このためだけに、私は生きてきた!」

 クアットロが眼鏡を投げ捨てる。残った左目に、隠し切れない憎悪が浮かんでいた。

「絶対に逃がしませんわ! 貴方は必ず、ここで殺す!」

 その言葉が終わった瞬間、一息で間合いに踏み込んだ恭也の右の一刀が、クアットロの首を跳ね飛ばした。しかし、それは幻影である。血飛沫までリアルに再現された幻影が消失する中、恭也はガジェットに向かう足を止め、その場を飛びのいた。

 銃弾が、恭也がたった今まで存在した空間を通り過ぎ、地面を抉る。その射手――クアットロの気配は、今は感じない。銃を撃つ直前、抑え切れなかった殺気を感じ取ることができなかったら、確実に頭を貫いていただろう。あの女は気配を殺す術を見につけたのだ。認めがたいことではあるが、そうとしか考えられない。


『あっさりガジェットに殺されたりしないでくださいね? 私の銃が貴方を射抜くまで、精々生き延びてくださいな』