公開意見陳述会は当初こそ中止しない意向だったが地上本部のシステムが完全にダウンするに至り、流石に方針の転換を余儀なくされた。会は中止され、その会場は作戦本部となった。地上本部に詰めていた局員が全力で現状把握を行っているが、敵対勢力の妨害工作及びシステムのハッキングが思いのほか強力であったらしく、外の状況は何とか主導権を奪い返すことのできたカメラでしか知ることはできなかった。

 内部警備は警戒を最大限にまで引き上げる通達が口頭でなされた。壁を破って進入してきたガジェットとの戦闘が方々で行われているが、内部には警備の中でも精鋭を配置している。幸いなことに、こちらは遅れを取ってはいない。

 機動六課襲撃される。はやてがその情報を受け取ったのは、そんな風に本部が混沌としていた時だった。地上本部ほどではないが、千を越えるガジェットが六課を襲撃しているという。残された面々が弱い訳では決してないが、本部の警備に回している面々に比べると質が劣ることは否めない。ましてあちらには非戦闘員もいる。それを守りながらの戦闘は相当に苦しい。戦闘機人までいるとなれば、今すぐにでも援軍に駆けつけなければならないのだが……地上本部の幹部たちは、六課の人間が本部を動くことを認めなかった。

 地上本部の戦力が薄くなるというのがその理由である。施設の重要度をつけるとしたら、六課施設が本部に劣るのは否めない。非戦闘員がいるのはこちらも同じであるし、本部が落ちるのと六課が落ちるのでは意味が全く違う。本部は何があっても、落とされる訳にはいかないのだ。そのためには警備の人間はいくらあっても構わない。増えることは許容しても、減ることを認められないのは組織を預かる人間として理解はできる。はやてだって彼らと同じ立場であったら同じことを考えるだろう。気持ちは解らなくもない。

 だが、ガジェットの大群に戦闘機人が相手では、六課に残った戦力だけで撃退することははできないだろう。援軍は本当の本当に急務なのだ。助けなられなければ、誰かが死ぬかもしれない。それ不吉な予想がはやての気持ちを急かせたが、幹部達は頑なにはやての申請を退けていた。

 もはやクビを覚悟で任務を放棄し、六課に向かうべきか。拳を握り締めたシグナムが今にも爆発しそうなのを背中に感じながら、はやてがその決断を下そうとした、その時である。

「良い。行け、八神二佐」

 許可を出したのはあろうことか、レジアス・ゲイズ中将だった。突然の彼の発言に、ヒートアップしていた幹部の熱が一気に冷めた。今自分が見たものが信じられないと言った顔だった。それも当然かもしれない。レジアスは本局嫌いの急先鋒として知られ、平時の発言にも本局を敵視する内容のものが散見されていた。それが緊急事態とは言え、本部の守りを薄くしてまで他所に救援を出すことを認めるとは、どうしても考えられなかったのだ。

「よ……よろしいのですか? 閣下」
「二度も言わせるな」

 威圧感漂うレジアスの言葉に、幹部は押し黙ってしまった。地上においてはレジアスの言が全てにおいて優先される。彼が良いと言えば、それは良いことなのだ。独裁については良く思っていなかったはやてであるが、こういう時にはありがたい。

「ありがとうございます!」

 その場で頭を下げて、シグナムを伴い外へ急ぐ。そうしてタイミングを見計らったように、システムの一部が復旧した。通信が回復したことを察知したリインが、大急ぎで六課の隊員達に指示を飛ばす。

 現状の任務を中断。六課隊員は、六課施設に急行されたし。

 だが、ストームレイダーが隊舎に戻ってしまったため、飛べない隊員には足がない。フリードに乗せるにも限度があるだろう。飛行魔法が使える人間は飛行魔法で急行してもらった方が良さそうだった。

『こちらフェイト・テスタロッサ。私はアルフと一足先に行かせてもらうよ!』

 隊長だけが先行することは残された隊員のことを考えると避けたいことだったが、今は一人でも多く、一刻も早く現場に到着させることが急務である。はやては一瞬の逡巡の後に、ゴーサインを出した。アルフが同道するということは、転移魔法で隊舎まで向かうということだろう。地上本部にも六課施設にもAMFは張り巡らされているが、上空に関してはその限りではない。飛行魔法で可能な限り高度まで飛び、そこから転移魔法を発動すれば六課施設に直接とはいかなくとも、その近辺まで転移することは可能である。飛行魔法で直行するよりは、大分時間が稼げるはずだ。

『こちら高町なのは。私はもう出れるけど、直接向かって良いのかな?』
「新人たちの指揮はヴィータとシグナムに任せるわ。なのはちゃんは、そのまま飛んでってOKやで」
『了解。最短距離で行って来るよ!』

 通信が途切れると、はやてはシグナムと顔を見合わせた。

「そんな訳やから、シグナムはヴィータと合流して六課に向かってな」
「主はやてはどうなされるのですか?」
「私は他の部署との調整をする。どっか人を回せるところがないか聞いて回ってみるわ」
「ならば、まずは騎士カリムに協力を仰ぐのがよろしいでしょう。教会騎士の手を借りるとなると地上本部の連中は良い顔をしないでしょうが、この際、背に腹は変えられません」
「解ったわ。シグナムも、気をつけてな。リインのことよろしく頼むで」

 てっきりはやてと一緒に行動することになると思っていたらしいリインが、はやての物言いに驚きの声をあげた。説明している時間も惜しいと、ふよふよと漂うリインをシグナムの胸に押し付ける。

「主はやても、ご武運を」

 出入り口に向かって駆けていくシグナムと握りつぶされそうな握力で拘束されているリインを見送って、はやてはデバイスを操作した。地上職員の奮闘でシステムは大分回復している。施設内部に限定するならば、通信はほぼ復旧していた。

「こちら八神はやて。騎士カリム、ご無事ですか?」
『はやて? そちらの状況はどう?』
「地上に来てた面々は私以外、六課に向けて動きだしました。私はこっちでお仕事です」
『戦力の確保が目的ということね? さっき教皇庁に連絡して騎士の派遣を要請しておいたわ。街にも若干被害が出てるから対応に追われているらしいけど、少なくとも30人は騎士を回せるはずよ』
「助かります」
『本局の方にはロッサがかけあってくれているわ。そちらからも人員は回ってくるでしょうけど、到着まで時間がかかりそうなの』

 最終的に六課を襲撃した戦力は殲滅できるだろうが、隊員の安否については初動にかかっている。既に地上本部の六課付近の部隊は救援に向かっている上、カリムの手配で教会騎士まで導入された。この2チームについてはほどなく現場に到着するだろうが、ガジェットの数を考えると少々心もとない。六課に残っていた面々がどれだけ対応してくれているかにかかっているが……現場の状況については全く情報がない。強力な念話妨害と通信妨害のせいで、状況把握すら困難だった。

 救援を求める通信も一度は繋がったが、あれから応答はない。もしや既に陥落したのでは、とはやても気が気ではないが、ここで取り乱しては元も子もない。指揮官は常に冷静でなければならない。はやては大きく深呼吸をし、気持ちを落ち着かせた。冷えた頭で、この先どうするべきなのかを考える。

「騎士カリム。こっちにきてる本局のお偉いさん、集めてもらって良いですか?」
『そう言うと思って片っ端から声をかけておいたわ。20階の大会議室に来てもらえるかしら? そこで作戦会議をしましょう』
「準備がええですなー。そないにこそこそやってるん知られたら、地上の人たち良い顔しませんよ」
『仲間を助ける行為に水を差すような無粋な真似は、いくら何でもしないでしょう。後でちくちく突付いてくるかもしれないけど、その時はまたその時で頑張りましょう。そういう時に身体を張るのが、責任者の仕事なんだから』
「隊長っていうのも辛いですね」
『責任者っていうのはそういうものよ。さ、はやても早く」
「了解です。それじゃあ、会議室で」

 手を差し伸べてくれる仲間の暖かさに感謝しながら、はやては足を速めた。















「ティア、早く早く!」

 進路の先を行くスバルからの声に内心で毒づきながら、ティアナはそれでも足を緩めなかった。六課のメンバーに六課施設への救援許可が出たのが五分ほど前。共に戦っていた部隊が一息つくのをまって、集合場所として指示された場所にスバルと共に向かっている。途中、ガジェットの妨害もあったが、ティアナたちが六課の救援に向かうということが地上本部外周を守る部隊に周知されているらしく、彼らの様々な援護もあって集合場所まで後一息というところまで来ていた。

 息を切らせながら先を見ると、施設前の広場にフリードの白い背中が見えた。いつものチビ姿ではなく巨大化している。飛べない人員はあれにのって移動することになっていた。フリードの主であるキャロ、それに飛べない自分にスバル、美由希にすずかを運ぶのが今回の彼女の役目だ。それ以外の六課施設を救援に向かうメンバーは空を飛ぶことができる。既になのはとフェイトは施設に向けて先行しており、こちらの随行にはシグナムとヴィータが着くことになっていた。これだけの大事である。新人だけの作戦行動は不安であっただけに、副隊長たちが残ってくれたのは非常に心強い。

「スターズ03、04、到着しました!」
「乗れ。状況は芳しくない。全速力で行くぞ!」

 シグナムの号令にティアナはさらに気を引き締めて、フリードの背中に乗った。既に美由希とすずかは背中に乗っている。後方を警戒していたスバルが最後に乗り込むと、フリードは大きく吼えて離陸した。白く巨大な龍は非常に目立つ。咆哮に引き寄せられたガジェットが殺到するが、脇に控えるヴィータとシグナムがそれを瞬時に撃墜していく。彼女らの実力の高さは知っていたつもりだったが、鬼気迫る表情でデバイスを振るう二人の姿に、ティアナは高位魔導師の本当の実力を見たような気がした。

 邪魔しに出てきたガジェットを撃墜しながら、フリードはぐんぐんと高度と速度を上げていく。地上本部から離れると、ガジェットの妨害もひと段落した。奴らの目標はあくまで地上本部であるらしく、そこから離れた自分たちには用がないのかもしれない。最悪、ずっとガジェットと戦いながら六課施設まで行くことを考えていたティアナは、一先ず胸を撫で下ろした。状況は芳しくはないが、もう駄目だと絶望するほどでもない。ティアナの胸には仲間を助けるのだという使命感が燃えていた。

 六課施設まではフリードで飛ばして20分少々の距離である。先に出発したなのははもう六課施設に着いたのだろうか。状況を知りたいが、それについての情報はいまだに入ってきていない。六課施設の通信はまだ回復していないし、地上本部にはこちらの作戦をフォローするだけの余裕はない。はやてが今司令部を作ろうと動いてくれているはずだが、こちらの報告がない以上、まだ構築には至っていないのだろう。

 作戦行動中の仲間の情報が入らないというのはティアナの不安を駆り立てたが、相手は当代でも最高の魔導師の一人。『管理局の白い魔王』を心配できるような魔導師は、管理世界でも数えるほどしかいない。あの人ならば大丈夫、と思い直すことにしてティアナはクロスミラージュに指を滑らせた。

 せめて状況を整理しておこうとの行動だったが、必要なデータを呼び出そうとしたまさにその時、美由希の声が意識を引き戻した。

 美由希の声に、フリードが停止する。前方の空間、そこに魔力反応があった。キャロが、転移の前兆だと解説してくれる。転移魔法を使えるような高位の魔導師が転移してくる……味方であるならこれ程心強いことはないが、この状況、この場所でやってくるのが味方であるとはティアナも考えなかった。

 転移してきたのはティアナにも覚えのある少女だった。両脇にラバースーツ姿の戦闘機人を従えたその少女は、あの日出会った時と同じように、いかにも魔法使いといった帽子を被りマントを羽織っていた。ファンタジー色漂うその装いには、以前には感じられなかった魔力反応があった。おそらくこれが、彼女のバリアジャケットなのだろう。

 だがティアナの目を引いたのは、その装いではなかった。夜の闇のような髪の色。以前はフェイトと見紛うばかりだったのに、今日はまるで別人だった。ウェーブのかかったその黒髪を自慢気に見せびらかしながら、その少女――アリシアは口を開いた。

「こんにちは。クアっトロにじゃんけん負けちゃったからこっちに来たよ。全員相手にしてあげても良いけど、クアットロにはムカついてるから通せんぼするのは三人だけにしてあげる。それ以外は行っていいよ。時間あげるから、誰が残るかは相談して――」

 笑顔で続けるアリシアに動いたのは、すずかだった。戦闘服のポケットの隠し持っていたらしい石を思い切り投げつける。人の頭蓋くらいは粉砕しそうなその剛速球は、アリシアの展開したバリアに阻まれた。粉となって散る石を見ながら、アリシアは首を傾げる。

「私の相手はすずかお姉さんってことで良いのかな?」
「よろしくね、アリシアちゃん」

 フリードの背を蹴り、すずかはアリシアに肉薄する。棍による一撃は、どれもガジェットを真っ二つにするような威力であるのだが、アリシアのやる気なく展開したバリアによって、一々阻まれる。先日、あの連撃を防いで見せた手腕は健在のようだ。すずか一人ではどう考えても厳しいはずだが、今は時間と人手が惜しい。通してやるという言葉に嘘はないのが、二人の機人もアリシアの援護に入ろうという気配はなかった。

 一人に付き一人。それが残るだけで、本当にこの場は通すつもりなのだろう。悪の組織としてそれはどうかと思うが、先方が良いと言っているのだからそれに乗らない手はない。すずかは既に戦いを始めている。問題は誰が残るかということであるが。

 ティアナの考えを他所に、機人の背の高い方――六課の記録ではトーレと呼称されている――が、美由希を指差した。そしてちょいちょい、とアピールする。かかってこいというその仕草に、美由希は苦笑を浮かべた。

「ご指名みたいだから行くね?」
「大丈夫ですか?」
「どうかな……でも、高速戦闘は恭也相手で慣れてるから、あっちの魔法少女よりはマシかな」

 あはは、と軽く笑って、美由希の姿は消える。気づけばトーレの姿も消えていた。高速戦闘を行うもの同士、お互いの仲間の邪魔にならないよう、場所を移したのだろう。敵同士のはずなのに息の合ったその動きに、戦場であることも忘れてティアナは感嘆の溜息を漏らした。

 残る機人は一人である。ピンク色の髪をした、これまた背の高い少女である。ころころと表情の変わるアリシアと異なり、言葉の通りの鉄面皮だ。機人という言葉に相応しい機械的な印象の機人を前に、ティアナは仲間を振り返った。

「行ってください」

 名乗り出たのは、エリオだった。それは不味い、とティアナが止めるよりも早く、彼女はフリードの背から飛び降り、機人の前に移動した。エリオが相手と認識したらしい機人は両手に得物を呼び出す。刃のついた巨大なブーメラン。癖のある取り回しにくそうな武器であるが、その巨大な刃は伊達でも酔狂でもない。負ければ死ぬ。今更ながらにそれを思い知ったティアナは、ならば自分が残ると言い出そうとして、ぐっと堪えた。空に足場も構築できない人間には、この場に残る資格はない。

「……行くぞ」

 シグナムの号令に、フリードは動かない。主であるキャロが、エリオを残して行くことに反対をしているためだ。そのキャロに視線を向ける。時間がないことはキャロだって解っている。自分の使命と感情の間で葛藤していることが、その小さな背中からも見て取れた。顔を見ることはできないが、仲間を残していかなければならない悔しさが滲んでいるのだろう。

「キャロ、行って」

 エリオが短く、親友を促す。優しい言葉ではないが、それがキャロの背中を押した。

「リオくん、負けないでね」

 親友と同じように短く答えると、キャロはフリードの背中を叩いた。主の命令を受けたフリードは一声吼えると急加速し、エリオたちを置いて六課隊舎へと急行する。

「勝たないとね……」

 誰にともなく呟いたスバルの言葉に、ティアナはこくりと頷いた。















 転移で急行するフェイトとほぼ同時に地上本部を出発したなのはは、飛行魔法で六課隊舎を目指していた。普通だったら許可の降りない最高速での飛行である。何事もなければ5分ほどで到着する道程だが、何の妨害もないとはなのはも考えていなかった。

 ガジェットや戦闘機人の影はないか、常にレイジングハートに索敵させながらの飛行であるが、今のところその気配はない。その何事もなさが逆に不気味だった。

『――発見、距離5000』

 レイジングハートが警告を発したのはそんな時だった。遠い距離ではないが、飛行速度は緩めない。今は一刻を争う事態である。妨害があるならば全力全開で叩き潰す。いつもはリミッターで魔力を制限されながらも、さらに意識して力をセーブして戦っているが、今日はそれもない。本当の本当に全力全開だ。敵を排除し、壊すことに意識を集中し、感覚を研ぎ澄ませて行く。レイジングハートのデータを下に、敵の姿を魔法で確認する。

 ガジェットがおよそ100体に、それを率いているらしい戦闘機人が一人。地上本部、六課を襲った部隊に比べれば小規模な部隊である。戦闘機人の力量が未知数ではあるものの、ガジェット100体ならば問題ないとなのはは判断した。

「初手で決めるよ、レイジングハート」
『了解』

 飛行速度を緩めないまま、レイジングハートを構え、魔力をチャージする。遠距離からのディバインバスターで纏めて吹っ飛ばす。AMFでいくらか減衰されるだろうがそれを防ぎきれるだけの防御能力はガジェットには不可能だ。機人に防御されたら、ということは考えない。全力全開だ。多少の防御、攻撃手段など、まとめて吹っ飛ばしてやれば良い。

 飛行進路を変えないまま、ガジェット軍団に狙いを定める。機人の少女が、銃を構えるのが見えた。身長よりも大きいそれはもはや砲だったが、その黒光りする銃口を見ても、なのはは速度を緩めなかった。機人の少女がディバインバスターの射程範囲に入る。その時、映像の中の少女の口元が僅かに動くのが見えた。

 何を言ったのか読み取れる距離でも、解像度でもなかったが、なのはには少女が何を言ったのか理解できた。

『かかった』

 確かに少女はそう言った。

 本能的な悪寒を感じたなのはは、飛行魔法の速度を上げたが遅かった。全身を強烈な痛みが支配した。全ての魔法の感覚が消え、レイジングハートもダウンする。バリアジャケットも消え、飛行魔法も消失したなのはの身体は重力に従って落下していった。何が原因なのか。それを考える間もなく身を切るような痛みの中、執念で飛行魔法を再び発動した。急速に地面が迫る中、落下速度は少しずつ落ちていき……ほとんど、地面に叩きつけられるような勢いで着地に成功した。

 盛大に咳き込みながら、今度は強引にバリアジャケットを展開。原因を作ったと思われる戦闘機人の少女を見上げた。

『システム、再起動』
「おはようレイジングハート。原因が何かわかる?」
『強力なAMF発生装置が使われている模様。この位置を中心に半径200Mの円周上に装置が設置されています。濃度は地上本部のおよそ100倍。この環境下で魔法が使えるのは奇跡ですね』
「その奇跡のおかげで助かったんだからよしとしようか……」

 苦笑を浮かべながらレイジングハートに答えるが、身を切るような身体の痛みは一向に収まる気配がない。魔法を使うための感覚全てに重大なダメージを追っている感がある。いつもよりも大きく行動は制限されるだろう。飛行魔法を使っての戦闘も、魔力を放出しての攻撃も諦めるより他はない。

 問題は、その状況下で戦闘機人を相手にしなければならないということだ。この状況を設定した彼女らにとって、満足に戦闘もできない高町なのはというのは格好の得物に違いない。

「援軍にきてくれそうな人は近くにいる?」
『六課への最短コースを選んだのが災いしました。ここから通信を出したとしても、救援到着までに最短で十分はかかるでしょう』

 絶望的な相棒の答えに、なのはは覚悟を決めた。仮に援軍が到着したとしても、状況を打破してくれるとは限らないのなら、もはや自分の力に頼るより他はなかった。魔法が使えないからと言って諦めていては、管理局員でいる意味もない。一番頼りとしている力が失われた時何ができるのか。いつもそれを追求してやまない同僚の黒ずくめの姿を脳裏に思い浮かべた。

 あの男ならば諦めたりはしない。ならば、高町なのはだって諦めないのだ。






 こちらの作戦にはまった高町なのはを見て、ディエチは内心で安堵の溜息をついた。彼女がこちらの作戦にひっかかってくれるかは賭けだった。地上本部から六課までの進路を予想し、可能性の高い場所を二箇所まで絞り込んだものの、その二つ以外を通る可能性はウーノでも否定することはできなかった。特注のAMF発生装置の効果についてはスカリエッティ自らが太鼓判を押したが、なのはがきてくれなければそれを活かすこともできない。

 駄目だったらそれで良いとは言われていたが、自分に任された作戦である以上、何としても成功させたかった。なのはが本当に第一の可能性の場所に現れた時には内心で喝采を挙げた。後は作戦を成功させるだけだ。イノーメスカノンを握る手にも、力が篭る。

 率いているガジェットは全部で100体。地上本部や六課の襲撃犯に比べれば桁が一つ少ないが、全てが砲兵仕様にカスタマイズされており、ミサイルを始めとした実弾兵器が限界まで実装されている。実用一辺倒の無骨なフォルムがディエチのお気に入りである。

 去年の年間予算の実に二割を導入した設置型の広域AMF発生装置のおかげで、高町なのはは一時的に無力化されていた。。墜落死する可能性が二割というのがウーノの予想であったが、高町なのはは飛行魔法を強引に発動させて墜落死を免れ、バリアジャケットを展開してこちらの攻撃に備えている。平均的な力量の魔導師ならば即座にショック死するような濃度のAMFであるのにだ。管理局の白い魔王という二つ名は伊達ではないのだろう。

 油断せず、確実に。

 ディエチの号令で一斉にガジェットがミサイルを放った。廃墟が閃光と爆音に包まれ、熱風がディエチの頬を叩いた。どう考えても人間に対する攻撃ではないが、これでも物足りないくらいである。現にセンサーは今も高町なのはの生存を捕らえていた。ビルが軒並み吹き飛び、廃墟が更地になっても、その中央にまだ高町なのはは君臨していた。

(魔王め……)

 内心で毒づきながら、イノーメスカノンをなのはに向けて構える。手加減なしの砲撃。砲身が熱を持ち、機械で強化されているはずの身体が反応で流れるほどの衝撃がディエチを襲う。ここでカノンを使い潰す前提の、強力無比な砲撃だ。弾頭を排出し次弾を装填している間に、ガジェットが十機ずつ降下していく。砲兵仕様であるので近接用の武装は何一つ積んでいない。このような限定状況下とは言え、高町なのはを相手に何をできるでもなかったが、今はまとまった数をなのはの近くに降ろすことに意味があった。

 ガジェットがなのはを囲むように展開したのを待ってから、信号を送る。

 自爆攻撃。

 先ほどのミサイル攻撃に勝るとも劣らない轟音が、ディエチの耳を叩いた。第一陣が爆発するのを確認してから、第二陣が降下する。高町なのはは尚健在。本当に人間ではない。肉片も残さないつもりで、降下の継続を指示。その間にイノーメスカノンの砲身も冷えた。第九陣までは降下、爆散を終えた段階でディエチは再びイノーメスカノンを構える。煙と熱で揺らいだ光学的視界に高町なのはの姿など見えるはずもないが、人間の感覚よりも遥かに研ぎ澄まされたセンサーはなのはの生存を捕らえていた。

(今度こそ……)

 吹き飛べ! という願望を込めて、第二射が放たれた。光線がなのはの存在に直撃するに至り、ついにカノンが悲鳴を挙げた。相棒が重傷を負ったことに心を痛めたディエチであるが、同時に確かな手応えも感じていた。高町なのはの反応が、沈黙している。奇跡的に生存反応は残っているが、魔力反応は皆無だった。一度集中が途切れてしまったのならば、この環境下で再び立ち上がることはできないだろう。

 もはや人間としても虫の息だろうが、ディエチはそれでも油断しなかった。護衛のつもりで残りのガジェット全てを伴って降下。煙が晴れるのを待って、高町なのはの姿を捉えた。クレーターの中央になのはが倒れている。教導隊の制服はところどころが破れ、肌が露出していた。

 その陰惨な光景は管理局に籍を置く魔導師であるなら悪夢に違いない。魔導師は管理局の主戦力であり、武の象徴である。

 それが戦闘機人とAMFに負けた、という事実は世間の認識を塗り替えることになるだろう。AMFがあれば魔導師に勝てる。そういう認識が世間に広まれば、これからはより混沌とした時代になる。スカリエッティの狙いは正にそれだった。今回の計画も本腰を入れてはいるのだろうが、その認識さえ世間に根付かせることに成功すれば他はどうでも良いと考えている節さえあった。

 そして、それはもうほとんど成功していた。高町なのはの敗北は、それに多少の彩りを添えるに過ぎないだろう。自分の仕事が消化試合のように思えてディエチは空しさ感じたが、現場には現場の苦しみがあることを思い出した。何しろ相手は高町なのはだ。管理局の白い魔王として名高い、当代でも最高の魔導師の一人である。たとえ死んでいるように見えても、完全に無力化したことを確認するまでは安心することはできない。

 本来であればこのまま原型を留めなくなるまで攻撃して、そのままアジトに帰るのが正しいのだろうが、スカリエッティからは『できることなら捕獲せよ』という指示も受けている。既に死んでいることが確信できるならばまだしも、生態反応はいまだに健在だ。それならば、彼女を捕獲しなければならない。

 ガジェットの武装を全て使いつくし、イノーメスカノンが故障してしまったのが今は痛い。考えてみれば今はかなりのピンチだ。なのはの回収に成功しても、アジトに戻る前に管理局の魔導師に襲撃されたら、ディエチにはこれを撃退する手段がなかった。近場のガジェットを回してもらうことは可能だろうが、この乱戦である。通信を傍受されればガジェットよりも先に魔導師が到着することだって、考えられないことではない。

 時間をかければかけるほど、自分の身は危うくなっていくのだ。

(それなら、さっさと仕事を片付けないとね……)

 ディエチは意を決してなのはに歩み寄る。土の焼けた匂いを感じながら、それでもなのはが急に起き上がることを警戒して、イノーメスカノンを構えながらゆっくりと近寄っていった。つま先で蹴飛ばせるような位置によっても、なのはは反応を示さない。これだけの火力に焼かれたのだから、気絶でもしているのだろう。実際につま先で何度か軽く蹴飛ばしてみて、それでも反応がなかったことでようやく、ディエチはイノーメスカノンを下ろした。

 振り返り、ガジェットになのはを拘束するよう免じようとした正にその時、そのガジェットが何かに打ち抜かれ、その全てが沈黙した。高町なのはの攻撃であることを、ディエチは疑わなかった。もはやなりふり構ってはいられない。武器となるのは壊れたイノーメスカノンだけだ。人を撲殺するには十分な重量を持つそれを、戦闘機人の膂力で持って叩きつければ、いかに白い魔王と言えども息の根は止まる。

 ディエチは躊躇いなくイノーメスカノンを振りかぶりざまに振り向き――自分の目と鼻の先にデバイスが突きつけられているのを見た。その杖の先に、なのはの顔がある。頭から血を流した彼女は顔面を蒼白にしながらも、凄絶な笑みを浮かべていた。

 そのままイノーメスカノンを振り下ろしていれば、ディエチの勝ちだったろう。

 しかし、その笑みの迫力に押されたディエチは一瞬、行動することを忘れた。その一瞬が、勝敗を分けた。ディエチが自分の使命を思い出し、行動に移そうと思ったその瞬間、桃色の光がディエチの頭部に直撃した。

 薄れていく意識の中、デバイスを胸に抱きながら地面に倒れていく高町なのはの姿を見た。僅かに見えたその顔には、誇らしげな笑みが浮かんでいた。

 あれが勝者の笑みなのだと、ディエチは生まれて初めて理解した。

















「アルフ急いで」

 はやてからの指示を受けたフェイトはなのはと別れると、地上本部の展望フロアへと急いだ。飛行魔法で直接向かったなのはとは違い、転移魔法で六課を目指すのである。AMF影響下ではどこまで転移できるか、そもそも転移ができるのか確実ではないことから、本来ならばなのは込みで可能なはずの転移をフェイト単独での転移とした。それでもアルフは危険であると転移を渋ったが、フェイトが強行する形で押し切ったのだ。

 六課の現状はようとして知れない。地上本部に残ることとなったはやてが現在も情報収集を続けているが、念話を含めた通信が全て不調のため、交信すらままならないでいる。最後にグリフィスから入った通信ではまだ陥落こそしていないらしいが、戦闘機人やガジェットなどが大挙して押し寄せている状況は芳しいものではなかった。恭也をはじめ六課には腕の立つ人間が揃っているが、恭也以外の全ての人間は通常の魔導師である。クイントとその部下たちは管理局の部隊の中でも特別、AMF環境下での戦闘訓練を積んでいるが、それでも能力が制限されるのは否めない。

 数とは力である。仲間の力を信じていない訳ではないが、楽観的に考えても今現在六課に残っているだけの戦力で、敵対勢力を押し返せるとは思えなかった。何を置いても援軍に向かわなければならない。フェイトがアルフを押し切ったのには、そういう理由があった。

 展望台に出たフェイトは、躊躇いなく足を踏み切り空中に飛び出した。そのままバリアジャケットを展開し、上空へと向かう。フェイトの姿に気づいたガジェットがその進路を塞ぐが、ソニックムーブを展開したフェイトは交差する瞬間にそれら全てを両断、無力化した。

 AMFの影響は強いが、戦えないというほどではなかった。ソニックムーブの速度も、好調時の八割ほどである。これだけ出せればガジェット相手ならば問題ない。

 それよりも、とフェイトは飛行魔法の速度を上げた。地上本部に攻撃を加えるガジェットを無視して、ひたすら高度を上げていく。ガジェット群の生み出すAMFの影響から離れていくと、フェイトの身体を包んでいた圧迫感を次第に薄れていった。妨害波動は距離に影響する。地上本部から距離をとればその影響から離れるのも道理であり、そしてそれは横でなければならない道理もなかった。

 高度3000メートル。地上本部を真下に見ると、魔導師としての感覚も戻ってきた。既にAMFの影響はほとんどない。残滓のような倦怠感を精神力で無理やり追い出すと、使い魔たるアルフと感覚を共有させる

「捕らえたよ。六課上空まではいっきに飛べる。でも、そこからはどうするんだい?」
「多分、クイントさんの部隊が苦戦してるはずだから、アルフはそこの援護をお願いね」
「非戦闘員の救助は良いのかい?」
「全員纏めて転移できないでしょ? それなら、敵の撃破を優先だよ」

 フェイトの言葉にアルフは渋面を作った。人情家のアルフはどうにかして彼らを助けたいのだろう。その気持ちがフェイトには痛いほどわかったが、無理なものは無理なのだった。上空まで移動すれば転移魔法は使えるが、そのためには非戦闘員をそこまで連れなければならない。自分の身を守れない彼らをそこまで移送するのは大変な作業であるし、そもそも大人数を一度に運ぶような飛行魔法を、アルフは使えない。

 それならば優先順位をつけて一人か二人、ということになるが、その少数を危険に晒すことには変わりなかった。その間、アルフを戦力として使えなくなることを考えれば、防衛に専念することで彼らを守ることが、最も安全なように思えた。

「じゃあ行くよフェイト!」
「了解! やって、アルフ!」

 ゴーサインを出すと、アルフは転移魔法を発動。フェイトの視界は暗転し、身体の中身をかき混ぜられるような不快な感覚の後視界は開けた。眼下に炎が見える。その中央にあるのが六課隊舎であることを認識するよりも早く、フェイトは一気に下降した。着地するのとほぼ同時、サイズを振るう。今まさにシャマルに攻撃を加えようとしていた数体のガジェットを破壊する。

「フェイトちゃん!」
「遅れてごめんね、シャマル。フェイト・テスタロッサ、ただいま帰還しました」

 宣言し、バルディッシュを構える。着地したのは六課正面入り口。部隊の顔ということもあり広大なスペースのとられた空間は、今は激戦区と化していた。配置されている魔導師はシャマルとザフィーラ、入り口にバリケードを構築した交代部隊の魔導師が数名見える。数は少ないがこれで全員なのだろう。程なくして、バルディッシュがデータを受信した。差出人はクラールヴィント、シャマルからである。現状の簡単な情報がそこには記載されていた。

 主な交戦場所は三箇所。一番ガジェットが集中している正面玄関がここ。他にはヘリの発着場。そこには既にクイントをはじめとした交代部隊の人員のほとんどが集まっており、激戦を繰り広げている。後は機人の姿が一人か二人見えないらしい。それは内部に侵入した可能性が高いが、これにはギンガと手の空いた交代部隊が当たっているという。開戦時の大雑把な状況であるので現在は推移している可能性が高いと末尾に記されていたが、何もわからないよりは大分マシだった。

「つまり、目の前の敵を全力全開で撃破して、他の援護に行けば良いってことだもんね」
「大分なのはちゃんよりの思考だけど、概ね正解よ」
「ありがとう、シャマル。気になったんだけど、恭也は中? ギンガと一緒に動いてるとしたら、ちょっと忌々しいんだけど」
「恭也さんは別の場所にいるわ。機人の一人から一騎打ちの申し出があったの。交戦場所は――」

 送られてきた場所は、六課から大分離れた場所にあった。六課を守りつつ援護、というのは望めない距離である。

「一騎打ちって、一人?」
「恭也さんはね。あっちはガジェットを沢山連れているみたいだけど」
「そう。なら、安心だね」
「ガジェットが沢山いても?」
「もちろん。私は恭也を信じてる。ただ、もし恭也が負けて殺されるようなことがあったら……」

 フェイトはシャマルから視線を外し、眼前の機人に目を向けた。

「その時は、覚悟してもらうからね」

 気迫を伴ったフェイトの声に、機人の少女は一歩後退った。茶色の髪を腰まで伸ばした小柄な少女である。気おされながらも無表情を保ったその少女の両手には、刀身のない柄が握られていた。その事実が、フェイトの思考を鋭くさせる。ラバースーツに包まれた破壊力のある胸元も、今は気にならない。敵方にありながら、二刀を操る。その事実がフェイトの脳内に警鐘を鳴らしていた。

 恭也・テスタロッサの名が世に知られるようになってからも、二刀を扱う魔導師の数は少ないままだ。自分の同類を増やすために活動しているのではないと恭也は苦笑を浮かべるだろうが、自分がマイノリティに属しているという事実は、自分で理解していても寂しいものである。フェイトもどうにかして身に付けようとしたが、常時それを使うには至っていない。二つの武器を常に使い続けるというのは、それなりに特殊な才能と、たゆまぬ訓練が必要なのだ。

 それなのに、眼前の機人は二刀を武器としている。恭也がそれに目をつけない訳がない。美少女だ、巨乳だ、とにかく危険だ。どうにかして排除しておかないと、この少女はいずれ恭也の目に止まってしまう。無表情系っぽいのが更に良くない。家庭環境に問題のある影のある少女をゲットするのは、恭也の得意技だ。

 しかし事実として、この女の能動的な排除は難しい。命を奪うという選択肢がフェイト側にない以上、恭也がこの少女と巡り合うのは時間の問題だった。それならば、とフェイトは頭を捻って考えた。不倶戴天のあいつのように自己主張が強くなる前に、序列を叩き込んでおく必要がある。敵であるうちに、念入りに、はっきりと。バルディッシュを持つ手に力が篭った。

 今この瞬間、この二刀の機人は二重の意味でフェイトの敵となった。

「私はフェイト・テストロッサ。この子はバルディッシュ。君は?」
「ディードと申します。フェイトお嬢様」
「わかったよ、ディード。私のことは良く覚えておいてね?」
「……仰っている意味が良く解りませんが」
「そのままの意味だよ。忘れないようにね」
「仰せとあらばそのように」

 言葉少なにディードは答えた。それでフェイトは彼女の性格を幾らか察することができた。言葉よりも行動で語る。そういうタイプなのだろう。動かない表情と言い、恭也に近いものを感じた。義妹としては、益々気に入らない。

「私はお嬢様をお連れするように仰せつかっております。よろしければご足労願いませんでしょうか」
「私が君についていったら、ガジェットを引き上げてくれる?」
「それはできません。貴女をお連れするのは任務の一環であり、全てではありませんので」
「じゃあ、従えないかな。それに私の仕事は、君たちを逮捕することだ」

 バルディッシュを構えると、ディードもそれに応じた。ご足労と言った割りに、実力行使に抵抗はないらしい。

 先に動いたのはディードだった。機人らしい目にも留まらぬ速度で動きす彼女を追うように、フェイトも動き出す。右の一刀。バルディッシュで受けたフェイトは左の一刀が繰り出されるよりも早く、一歩踏み込む。バルディッシュの刃は引き戻された右の一刀で受けられた。体を反転させるようにして、ディードが動く。首筋を狙った、明らかに首を取る動きだった。ここでフェイトは初めてソニックムーブを発動。全速力で動き出し、ディードの背後を取る。そこでソニックムーブを解除したが、ディードは即座に対応してきた。高速戦闘に慣れた者の動きだった。

 今度は、フェイトから先に動き出す。ソニックムーブを使い、直前で解除。背後には回らず、側面からの攻撃。ディードの左刀が、バルディッシュの刃を受け止めた。左刀を引くと同時に、右刀を繰り出すディード――その動きに合わせて、フェイトは電撃を放った。それはディードの腹部に直撃したが、僅かに体勢を崩しただけで、ディードは攻撃を続けてくる。右、左、右、左。息も吐かせぬ攻撃を捌きながら、フェイトは機を伺う。

 何十度目かの右刀を受ける、その瞬間、フェイトはバルディッシュの刃を消した。攻撃は受けられるものだと思っていたディードは、体勢を崩した。完全に体を流さなかったのは、ディードが実力者であったからだろう。無表情なりに焦った様子で後退するディード。しかし、その時にはフェイトはバルディッシュを消し、無手でディードの懐に飛び込んでいた。

 拳一閃。

 雷を纏った拳がディードの顔面に直撃する。十分に力と速度の乗った拳は、ディードの意識を刈り取りその体を吹っ飛ばした。十分な手応えを感じたフェイトは残心を取り、次の標的を探す。中空にいるのは、ディードによく似た面差しの、少年とも少女ともつかない機人だった。いつもは無表情を貫き通しているだろうその顔は、今しがた吹っ飛ばされたディードを追っていた。これは、彼にとって十分過ぎるほどの隙だった。

 背後から忍び寄っていた狼形態のザフィーラが、その機人に襲い掛かった。大きな顎で喉元に食らいついたザフィーラは空中から、機人を引きずり落とす。機人は抵抗したが、ザフィーラも口を緩めない。機人はISを展開。光でザフィーラを狙うが、それを阻んだのはシャマルの魔法だった。展開された防御魔法が、ザフィーラを狙うはずだった光を全て打ち落としていく。

 やがて、機人は抵抗をしなくなった。脱力して動かなくなった機人をザフィーラは担ぎ上げ、六課の中に放り投げた。バリケードの向こう側にいた六課の職員が、慌ててその機人を拘束する。ディードをそうするのは、フェイトの役目だった。AMFの中においてバインドの効果は信用できない。物理的な手段でもってディードを拘束したフェイトは、ザフィーラと同じようにディードを六課の中に放り投げた。

 戦いはまだ終わっていない。指揮する機人が消えただけで、ガジェットはまだ残っていた。正門に殺到したガジェットの数は千を遥かに越えている。それを殲滅するのはいかにフェイトでも大仕事だったが、やるしかなかった。

 ガジェットの群れに向けて、一歩踏み出す。次の瞬間には、フェイトの姿は消えていた。





中書き

時間空いてしまった上に、途中で切れて申し訳ないです。
今回は戦闘が多いので、ぶつ切りになっていますが次回で一応地上本部六課戦は終了の予定です。