1、



「まずは応急処置だな。急を要する人間があいるようだったら、手当てを。俺も一応、最低限の研修は受けたから頭数に入れてくれて構わない」

 周囲の状況を確認した恭也は、前に出てガジェットを受け持っていた二人が無事なことを確認すると、廃屋の中の局員に向けて声を挙げた。スカリエッティの拠点潰しに区切りをつけて、飛び込みでの参加である。無論のこと、クラナガンで活動している管理局の戦力に、恭也は含まれていなかった。

 何しろ戦闘機人との戦闘により行方不明となっているのである。不明というのも死体が見つかっていないからという理由によるもので、常識的に考えれば殉職したものとして処理されていることだろう。関係機関にもそのように通達されているはずで、何も知らない局員にとっては今の状況は『死んだ人間が生き返った』ということになるはずなのだが、イズミやヒトミに慌てた様子は見えなかった。怪我こそしているものの、落ち着いた様子で部下に指示を出している。

 イズミの指示で廃屋に入り、怪我をしている局員の応急処置を手伝っていると、全体の被害状況が伝わってくる。幸いなことに、民間人まで含めて現在生命の危機に直面している人間はいなかったが、放っておくと大事になる人間はちらほら見られた。

 民間人の保護を優先するため機動六課に合流せず、どこか適当な部隊の指揮下に入るつもりだったが、イズミの部隊は士気こそ高いものの負傷の度合いも高く、このまま作戦を続行するのは不可能に見えた。医療局員のいる拠点まで、一度戻る必要があるだろう。

「シュターデン。できるだけ早く移動しよう」
「了解。恭也さんは、撤退の援護をお願いします」
「心得た。暫定的にではあるが、指揮下に入る。周囲の索敵、相当は俺たちが受け持とう。民間人、それから負傷者の安全を最優先に行動することを望む」
「言われるまでもなく。そちらの戦力は?」
「俺と、もう一人だ

 イズミの問いに、恭也は周囲の警戒に当たっているチンクを示した。見た目が実力に直結しないことは、管理世界では常識であるが、特にいかつい訳でもないのに強そうに見えることでは他の追随を許さない恭也と並んで行動していると考えると、チンクの可愛らしさは如何にも頼りない。

 それが態度に出ていたのを敏感に感じ取ったチンクがむっとした表情を浮かべるのを見て、恭也はすかさずフォローを入れた。見た目と違い責任感があり、実力も伴った人ではあるが、それだけに見た目が小さく幼いことを気にしているのだ。

「あの人は俺と同程度の能力という扱いで問題ない。文句なく、実力者だ」
「……慰めてくれるのはありがたいが、恭也。それは持ち上げすぎではないかな」
「そんなことはありませんよ。俺の目から見ても、貴女は十分に強い」
「あぁ、お前に言われると悪い気はしないな……」

 一転して、機嫌が良さそうになるチンクを見て、イズミは目を白黒とさせた。それも当然だろう。見覚えのない見た目幼女が死んだはずの人間と一緒に現れて、目の前でいちゃいちゃしているのである。平時であれば爆発しろとでも文句を言っただろうが、今重要なのはその人間が使えるか、使えないかである。

 恭也は同僚の美由希の評するところに寄れば割と嘘つきということであるが、実力評価については嘘も冗談も言わない。とりわけ、今は有事である。戦力の過大報告は人の命に関わる重要なことだ。管理局に所属する戦闘技能者の中で、こと対人戦闘については最強の一角とされる恭也が自分と同程度とするならば、にわかには信じがたいことであるが、本当のことなのだろう。

「ところで恭也さん、死んだと聞いてましたが、生き返ったんですか?」
「色々あって死に損なったよ。閻魔は俺のことが嫌いらしいが、お前はあまり驚かないな」
「先ほど、情報部と仰ってましたからね。奴らが絡むならば、何でもアリでしょう。私達も、奴らのことは秘密主義のクソ野郎共と認識しておりますので」
「人気がないな、情報部は」

 苦笑しながら、恭也も否定はしなかった。秘密主義でいけ好かないというのは、恭也にも共通する思いだったからだ。一緒に仕事をしたミオを悪く言うつもりはないが、業務内容のせいか全体的に謎が多すぎるのだ。命を預けて行動するのに、相手に秘密があるのはどうにも信用し難い。

「そんな訳でシュナウファー。いつかの警備以来となるが、よろしく頼む」
「――こちらこそ、よろしくお願いします」

 ヒトミが憎まれ口を叩くと思っていた恭也は、素直に頭を下げた彼女に首を傾げた。記憶が確かならば以前のヒトミは、もっとトゲトゲしていた。今になってこんなにしおらしくなる理由が、恭也には思い当たらない。そんな恭也に、部隊の編成を終えたイズミがにやにやと実にいやらしい笑みを浮かべて近づいてきた。人をからかう時、皆こういう顔になるのだな、とイヅミの顔を見てぼんやりと考えた。

「あれからこいつは、恭也さんのファンになったみたいですよ」
「気持ち悪いことを言わないでください、隊長。技術には見るべきところがあると、見直しただけです」

 しおらしくなったと思ったら、これである。実際、このヒトミの態度を見てファンになったと本気にする人間はいないだろう。ツンツンとしたその態度は、少なくとも恭也には以前とそれほど変わらないように見えた。言われてみれば少し柔らかくなったような気がしないでもないが、イヅミに言われて思うのがその程度であれば、誤差のようなものである。

 だが、イヅミは自分の言葉を冗談として処理せず、ヒトミも決して彼女の言葉を否定しようとはしなかた。つまり二人の間にあるのは度合の差、その認識だけで方向性は一致しているのである。こいつがなぁ……と少しばかり感慨深い思いでヒトミを眺めていると、イヅミが苦笑を浮かべたまま言葉を結んだ。

「まぁ、こんな奴ですが、根は良い奴なんで、そちらで隊員を増やすなんてことがありましたら、末席にでも加えていただければと思っています」
「その時になったらな。まずは技術を教えても良いという許可が出なければ、俺にはどうにもならん」
「実績はそろそろ十分じゃないかと私たちも見ていますがね……まぁ、その時がきたら、よろしくお願いします」

 期待はしつつも、そこまではということなのだろう。事実、テスタ式を教導しても良いという許可は、まだ降りていない。しかし、今回の事件を乗り越えたならば管理局も戦力の強化は必要と考えることだろう。怪我の功名というには聊か被害が大きすぎるが、研究が前に進むというならば、関係者としてこれ以上のことはない。

「ところで恭也さん。貴方がいるなら機動六課とも連携ができるんですか? あちらはあちらで忙しいでしょうが、他の本局の部隊とは連携がしずらいですからね。今後のためにも、間に立って潤滑剤になってくれると嬉しいのですが」

 イヅミの当然と言えば当然の要望に、しかし、恭也が返したのは沈黙だった。普段から歯切れの良い恭也にしては珍しい反応にイヅミは首を傾げるが、

「……もしかして、まだ生きていることは秘密だったりするんですか?
「いや、もう隠しておく意味はないんだが……」

 単純に、実は生きていましたと自分で告白するのが恐ろしいだけである。美由希など一部の人間は恭也が生きていたことに気づいており、中には連絡を取り合っていた者もいるが、六課のメンバーの中ではそれは少数派だった。本気で死んだと思っている中でも、特になのはとヴィータが凄まじく荒れていると聞くが……それの言い訳に時間を割かなければいけないと思うと、自分のことだけに今から非常に憂鬱なのである。

「姉は知らせておいた方が良いと思うぞ。仲間だろう? お前が無事であるならば、きっと喜んでくれるに違いない」
「そこに疑いは持っていないのですが……」

 話に加わってきたチンクの発した姉という言葉に、イヅミ他、シュターデン隊の面々の頭上に、大きなハテナが浮かぶ。恭也・テスタロッサは管理局内においてはそれなりに有名人であり、機関紙で何度か特集が組まれたこともある。個人情報はそれなりに知られているが、戸籍上の妹や妹分は複数いても、姉貴分がいるという情報は、イヅミたちも聞いたことがなかった。

 小柄で、銀色の髪をしていることから血縁者ということはないだろう。97管理外的には東洋人的な風貌をしている恭也と、明らかに西洋人然としているチンクに見た目上の共通点は全くと言って良いほどない。この二人はどういう関係なんだろう。という疑問はシュターデン隊全体に広がっていたが、彼らの疑問に気づくこともなく、恭也は自分の『実は生きてました』という秘密を、仲間に暴露することに決めた。憂鬱そうな溜息を吐き、デバイスの通信設定を、六課メンバーに合わせる。

 これでアースラ他、活動上の隊員に通信が入るようになった。さて、誰が出てくるかと身構えていると、

『こちらロングアーチ02。所属と名前を』

 出てきたのはグリフィスだった。部隊長であるはやてが出ないということは、彼女は既にアースラから出撃しているのだろう。よりによってグリフィスとは、という気もするが、既にコンタクトは住んでいるので、間違いでしたでは済まない。

「ブレイド01、恭也・テスタロッサだ。これより、職務に復帰する」

 端的に、それだけを述べたが通信の向こうから帰ってきたのは痛い程の沈黙だった。生存を知っている人間がいれば良いのだが、今アースラにいるのはそうではな人間ばかりなのだろう事前に聞いた予定ではフェイトと美由希は須加りえってぃのアジト、リインフォースははやてと共にアースラ外に、シグナムは教会騎士団と連携、シャマルは医療スタッフとして救護活動に当たっている。残っているとすればティアナだが、フォワード部隊の彼女が六課の臨時本部であるアースラに残っているとも考え難い。

『恭也・テスタロッサは殉職しました』

 案の定、グリフィスから返ってきたのは固い声で、予想通りの内容だった。すぐに通信を切られなかっただけ、まだ温情があると考えても良いだろう。恭也からすれば面倒この上ない対応だが、普通、死んだと思われている人間から通信は入らない。グリフィスの対応は当然と言えた。

「その情報は誤りだ。死んだことにして情報部、監査部と共に作戦行動に当たっていた。詳細はハラオウン中将か、ロウラン准将に確認を」
『しかし――』

 中々に粘るが、今は時間が惜しい。恭也は小さく息を吐くと、通信機の向こうにいるグリフィスに言った。

「では俺とお前しか知らないことをそちらから質問してくれ。それで証明しよう」

 またも、グリフィスが押し黙る。彼と恭也の共通の話題と言えば彼の母であるレティのことだが、母と関係があると噂されている男と進んで話したいと思う人間もいない。事実、恭也はグリフィスと仕事以外の会話をしたことはほとんどなかった。

「…………僕の母について、知っていることを答えてください」

 グリフィスの声には苦悩がにじみ出ていたが、それは恭也が待っていた質問だった。脳裏に浮かんだレティの情報がすらすらと、恭也の口から出ていく。

「名前はレティ・ロウラン。階級は准将。本局運用部部長。『紫紺の女帝』や『本局の魔女』などと呼ばれるが、本人は女帝の方を好んでいる。血液型B型、右利き――」

 この辺りまでは一緒に仕事をしたことがある人間ならば知っている情報である。シュターデン隊の面々の視線を背中に感じながら、恭也は言葉を続けた。

「小食。酒には強い方だ。仕事中はメガネをかけているが、家では外している。本人曰く、それが仕事とプライベートを分けるスイッチであるらしい。長湯を好む。普段は三時間程しか寝ないが、惰眠を貪るのが何よりの贅沢と言っていたのを聞いたことがある。左肩の後ろにほくろが――」
『母の寝室には写真が飾ってあります。その写真立てはどんな形をしていますか?』
「我が家の敷居を跨いで良いのは私の家族と友人だけだと入れてもらったことがないが、写真はアルバムに入れてベッドの下に置いてあると聞いた。写真立てというのは、どうにも趣味ではないそうだ」

 他にも、レティに関する情報はいくらでも出てくるが、これ以上となると、息子だからこそ知らないことの方が多くなってくる。グリフィスは仕事と私情を切り離して考えることのできる優等生ではあるが、レティと関係を持っている男性の一人である恭也とは、明らかに距離を置きたがっていた。

 これ以上となると、そういう話になると確信を持ったのだろう。息子だからこそ知らないこともあれば、そうであるからこそ理解できることもある。グリフィス・ロウランは恭也・テスタロッサのことを好いていないが故に、通信機の向こうにいる人間が本物であると確信を持つに至った。
 
『……ご帰還、嬉しく思います。テスタロッサ准海尉』
「連絡が行き届かなくて済まなかった。詳細はロウラン准将に確認してくれ。俺はこのまま地上部隊の指揮下に入り、地上戦力の掃討と人命保護の任務に当たる」
『了解。フォワード各位には、こちらから知らせておきます』
「助かる。通信終わる』

 一仕事を終えた恭也は大きく溜息を吐いた後、実にすがすがしい笑みを浮かべて振り返った。

「これで安心だな」
「最低ですね。テスタロッサ准海尉」

 シュターデン隊を代表して、ヒトミが口を開く。その視線は極海の氷原のように寒々しいが、恭也にはどこ吹く風だった。見ればここまで冷たい反応をしているのはヒトミだけで、イヅミは苦笑、他の男性隊員たちに至ってはある種の尊敬の視線を恭也に向けていた。『紫紺の女帝』レティ・ロウランには、地上本局の垣根を超えてファンも多い。そんな女性と『仲良し』である恭也は、男性にとってはまさに竜殺しの英雄に等しい存在だった。

「準備は整いました。出発しましょう」
「了解。殿は俺と彼女が務める」

 イヅミの指示で整然と隊伍を組んで、シュターデン隊が移動を開始する。その最後尾に着いた恭也は、一度、背後の空を振り返った。

 クラナガンを見下ろすように、そこには聖王のゆりかごが浮上していた。




















2、



 薄もやのかかった司会の中に、打撃音が響く。連続したそれは切れ間なくアリシアを襲っている。その一撃一撃が、直撃をすれば一軒家を吹っ飛ばすほどの威力が込められていたが、そのどれもがアリシアに届いていなかった。

 確かに前回、すずかを降した時よりは確実に攻撃は重く、鋭くなっている。あの時体調が悪かったというのは本当なのだろう。だがそれでも、予測ができないという程ではなかった。それどころか、アリシアには防御だけでなく、一発、二発とすずかの攻撃に対抗する余裕さえ出てきた。

 すずかとは二度戦ったことがある。その時のデータが予知をより早く、そして正確なものにしていた。新デバイスのことは予想外だったがアリシアにとってのイレギュラーはそれだけだった。決め手にこそ欠けているが、無尽蔵に見えるすずかの体力も、いずれ尽きるだろう。すずかの体力とアリシアの魔力では、アリシアの方に分があった。

 それにしても、とアリシアは三重のシールドですずかの攻撃を防ぎながら、そのデバイスについて考える。

 恭也たちが扱う魔法は、既存のものとは全く異なった魔法体系である。恭也が世に出るよりも前にも似たような技術はあるにはあったが、まともに研究されるようになったのは恭也が管理局に籍を置くようになってからだ。十年である。たったそれだけの時間で、テスタロッサ式と名づけられた魔法体系、それを補助するためのデバイスが完成するに至ったのだ。

 デバイスの設計はある程度既存のものを流用するとしても、プログラムは一から組まなければならない。ミッドとベルカすらプログラムは全く異なるが、あの二つに一応、リンカーコアを使った魔法である、という共通点がある。アプローチの仕方が異なるだけで、あの二つは根本的には同じものだ。今更統合することは技術的にも利権的にも政治的にも難しいから別のものとして処理されているに過ぎない。

 しかし、テスタ式は魔力の取り込み方もその運用の仕方も、全く異なるのである。

 すずかのスノー・ホワイトはアームド・デバイスと言って良いだろう。彼女のバカ力にも良く耐えている。おまけに間慮奥の性質変換まで行っている。炎、雷と変換しやすい属性ではなく、今までは難しいとされていた氷結の属性だ。

 しかし、見るところと言えばそれくらいだ。速く強くなっただけですずかから新しいものは何も感じられない。戦力としてのアリシアをこの場に釘付けにしているのだから仕事をしているのだろうが……10分も続けて決め切れない辺りが、すずかの限界だろう。

 相変わらずすずかの攻撃力は衰えを見せないが、既にパターンは読みきっている。

 後、五手ですずかにトドメを刺せる。

 すずかのことは別に嫌いではないが、恭也についてはライバルが多い。自分の魅力について、アリシアは微塵も疑いを持っていない。胸については唯一の血縁と言えるフェイトがあんなにエロい身体をしているし、そもそも自分の祖体になったプレシア・テスタロッサも十二分にエロかった。自分もいずれああなるだろう。

 ライバルは少ないに越したことはなく、今ここで消せるのならばその方が良い。

 スノーホワイトの打撃を受け止めた瞬間、魔法が発動する。すずかは真紅の炎に包まれた。発動に用いた魔力が尽きるまで、何があっても燃え続けるだけの品の無い魔法だが、その執念深さがアリシアのお気に入りだった。

 悠久紅炎(エターナルブレイズ)と名づけた名前だけは仰々しい魔法だが、言ってしまえばただそれだけの魔法のため、解除もそんなに難しいことではない。その内の一つを、すずかは間髪入れずに実行した。慌てずに距離を取り、全身から魔力を放出。それで炎を吹き飛ばしが、当然、その間、すずかの打撃は中断される。

 その一瞬で、アリシアは攻勢に転じた。二手目。光剣が十五発。これをすずかはスノー・ホワイトで防ぎきり、アリシアの予想の通り下方に逃れた。誤差修正。三手目。すずかの前方に、アリシアは分身を設置した。ティアナが使ったクロスミラージュの応用だが、それとはまた一味も二味も違っている。

 気を扱うすずかには、眼前にある方が分身であるのはすぐに理解できただろう。その魔力量から、それが大した強敵でないことまで見て取れたはずだが、すずかは分身を打ち払うのではなく、距離を取ることを選んだ。中々の勘の良さだ。

 すずかが右方に舵を切った瞬間、分身を爆発させる。魔力の篭った霧の中にさらに爆煙が広がる。視界は決して明瞭とは言えないが、すずかの動きはきちんと補足できていた。予測した通りに逃げていくすずかにほくそ笑みながら、アリシアは次の手を打つ。

 150発の拘束弾は、すずかを空中に縫い付けていた。魔力でできた糸が、同性でも見とれるほどの悩ましい肢体に食い込んでいる様は、ただそれだけで金が取れそうな光景だった。すずかが怪力でもってそれに抵抗しているが、術式十個でドラゴンを拘束するための拘束弾である。いかにすずかでも、すぐには千切れない。

「王手。今度こそ本当にさよならだね、すずかお姉さん。おっとり巨乳キャラは、私からするとすっごい邪魔だから、ちゃんと成仏してね!」

 話ながらも、すずかの周囲に魔力弾を配置していく。千発を超えるそれは人間一人を殺すにはオーバーキルも良いところだったが、そもそもすずかは純粋な意味で人間ではない。念には念を。むしろこれでも足りないくらいだが、いかに規格外の頑丈さを誇っていたとしても、これだけ食らえば、いくら何でも死ぬだろう。

 せめて苦しまないように、というのはアリシア最後の慈悲だった。指を打ち鳴らすと、魔力弾が殺到する。その一発目が着弾する一瞬前――すずかはアリシアを見て、口の端を上げて笑った。すずかにしては下品な笑みにアリシアが疑問に思うと同時、すずかは魔力弾に貫かれ――薄い霧となって、文字通りに霧散した。

 バインドには魔法の発動を阻害する術式も組み込まれているが、それは魔法体系の異なるテスタ式には反応できない。対応するための術式があるのは、これを研究している特共研の中くらいだろう。

 元が獣であった使い魔を別とすると、自分の体を別の物に変質させるのは超のつく高等魔法である。転移魔法よりも使い手の少ないその術を、すずかが使ったとは考え難い。

 霧になる、という行為そのものに、アリシアはそういう種がいることを思い出した。同時に、その対応策も瞬時に引き出されるが、そのどれもが実行するには聊か時間がかかりすぎるものだった。

 相手のフィールドで戦うことの不利を悟ったアリシアは、さっさと空間転移をしようとした。眼下のクラナガン、そして浮上しゆりかごの周辺ではAMFが発生しているが、アリシアはそれをものともしない。

 だが、遅かった。

「つ、か、ま、え、た」

 すずかの声がしたのは、アリシアの耳元だった。驚きで、術式が中断する。

 もしこの時驚かずに術式を継続し、空間転移を強行していたら、勝負は仕切りなおされ、アリシアの勝ちだっただろう。

 それができなかったのは、自分は負けるはずがないという油断が常に心の中にあったからだ。明晰な頭脳を持ったアリシアは、今まで自分の想定外の状況に追い込まれたことがなかった。

 それも、考える時間さえあれば、切り抜けることができただろう。アリシアは正真正銘、最高の頭脳と最高の魔力をもったまさに現代最強の魔導師である。

 その最強の魔導師に足りなかったのは経験。一瞬の判断の遅滞が生死を分けるような状況で下手を打つことの危険性を、十分に理解していなかったことにある。恐る恐る首を動かしたアリシアが見たすずかの口には、鋭利な牙が見えた。

 吸血鬼という言葉は、管理世界にもある。実際にそういう種も、数こそ少ないが存在している。

 彼らは狼や霧に変化し、高い魔力と腕力、そして長大な寿命と高い再生能力を持つ。日の光に弱いという弱点こそあるが、人間サイズの生物の中では、強力な種であることは言うまでもない。


「私、初めてはお兄さんって心に決めてるんだけどなぁ」
「残念。私で我慢してね」
「ちょ――」

 アリシアの抗議を他所に、すずかの牙が突き立てられる。遠慮なく急所に突き立てられたそれはアリシアの血管を食い破り、血を吸い出す。急速に失われる血液に、アリシアの意識は一瞬で遠のいた。薄れていく意識の中、すずかの笑顔だけがアリシアの意識に残った。















3、





 ある程度の実力を持った人間は、いざこれから戦うという時、彼我の実力差を理解できる。無論、解ったところでどうしようもない時の方が現実には多いし、実力の高い者が順当に勝つという訳でもない。つまるところ、どれだけ強いかというのは勝負を決定付ける数ある指標の内の一つに過ぎないということである。

 戦闘機人トーレを前にした時、美由希が感じたのは彼女は好敵手となえりえるという予感だった。全身全霊を賭けて戦っても勝てるかどうか解らない。それくらいに、彼女と自分は実力が拮抗していると直感した。

 クラナガンの空で戦った時、果たしてそれは確信に変わった。眼前の相手は障害の好敵手になりうるという確信に、美由希の心は躍った。世界の命運を賭け、命の遣り取りをしちえるとは思えないほどに、その顔には爽やかな笑みが浮かんでいた。それは、トーレも同じである。トーレは生まれた時、機人よりも優れた人間などいないと本気で思っていた。

 それが恭也・テスタロッサに出し抜かれ、高町美由希を倒せないでいる。自らの全てを出し切って、それでもなお及ばない人間のいることの、何と心地良いことだろうか。できることなら、このままずっと戦っていたい。美由希もトーレも本気でそう思っていたが、同時に終わりが近いことも、予感していた。

 戦っているのは、人間と機人である。どれだけ美由希が鍛えていたとしても、ベースとなる体力が違う。事実、美由希の身体には徐々に傷が増えていた。いざとなれば痛みを消せる機人とは異なり、そんなことはできない人間はそれで集中力と体力を奪われる。

 息が上がっていく美由希を見ながら、トーレは自分と美由希の生まれの違いを嘆いていた。侵入者の中でなるべく生かせと命令が出ているのは、プロジェクトFの素体であるフェイトとエリオだけで、そこにただの人間である美由希は含まれていない。これだけ実力の拮抗している相手を殺さずに無力化するのは、不可能だった。納得のいかない勝利がすぐそこまで迫っている。このまま勝っても良いのか。

 良くないはずがない。これは任務であり、高町美由希は主であるスカリエッティの敵だ。トーレ個人としては名残惜しくて仕方がないが、彼女にはここで死んでもらう仕方ない。

 息が切れたその瞬間を見計らって、美由希を弾き飛ばす。平時ならば瞬時に対応しただろう美由希も、体力の尽きかけている今となっては、その動きは見る影もなかった。

 せめて、苦しまぬように。機械の身体でそう感じたのは、やはり美由希のことが気に入っているからだろう。環境が違えば友になれただろう相手を、自分は今、殺そうとしているのだ。

 手を緩めそうになる気持ちを叱咤し、トーレは更に苛烈な攻撃を仕掛けた。一息に、五度。体力の尽きかけた身体でそれを受けきった美由希は、達人と呼ぶに相応しい力量の持ち主である。

 トーレは右の光刃を振り下ろした。美由希は左の小太刀でカバーに入るが、それまでに比べるとその動きは非常に弱弱しい。そのまま押し切れる。そう判断したトーレは右腕の光刃に更に力を込め――その光刃は、美由希の小太刀を通り抜けた。

 断ち切った感触はない。文字通り、通り抜けたのである。トーレがその事実に理解が及ぶよりも先に、受け止められなかったトーレの光刃はそのまま直進した。人間の身体など容易く両断するはずの刃はしかし、美由希の肩口で魔力の塊によって阻まれた。ばちり、という耳障りな音。光刃は僅かに美由希の肩を抉ったが、致命傷には程遠い。

 視線が交錯する。これが美由希の作戦だったと理解できたのは、この瞬間だった。

 美由希の目は、まだ死んでいない。それどころか、勝負はこれからだと爛々と光輝いていた。トーレは息を吹き返した美由希から距離を取った。仕切りなおすことを選んだトーレに、美由希は全速で追い縋る。左腕は強弓の弦を引き絞るように大きく引かれ、走りながら上半身に力を貯めていた。美由希の母が得意とし、また美由希自身も得意とする御神、奥義の一つ――


『射抜』


 加速していた美由希が、更に加速するのに合わせて、トーレも機械の身体が悲鳴を挙げるのも構わず、ライトニングインパルスを重ねて発動した。それでも完全に回避はできない。美由希の小太刀が肩口を抉る――その瞬間、トーレは自分の目を疑った。自分の肩を貫いていたのは、美由希の持つ『太刀』だった。ありえない、と驚愕するトーレだったが、美由希の動きはそれだけでは終わらなかった。

 トーレの肩を貫いた太刀を力任せに振りぬき、右腕を根元から切断する。その勢いのままに美由希は『小太刀』を納刀。鋭く息を吐き――


『薙旋』


 技を続ける。恭也・テスタロッサの必殺技とも言える瞬速の四連撃は、いかに機人と言えども片腕で防げるものではなかった。

 戦闘続行は不可能である。システムの判断を聞くよりも先に、トーレはその場に崩れ落ちた。勝てたはずの勝負で負けた。悔しいはずなのに、笑いが止まらない。右腕を切断され、両足の機能を完全に失ってなお、トーレは笑い続けた。

「お前の武器は何だ?」
「伸びるし消せる、特別製だよ」

 面倒くさいからデバイスということで押し通してはいるが、美由希の小太刀はデバイスのような機械ではない。彼女ら本人の言葉を借りるなら妖の一種ということなのだが、管理局の魔法体系に合わせて考えると、刀の形をした使い魔というのが一番近い。美由希が習得している技術の都合上、普段は小太刀の形をしてもらっているが、人の形になれる彼女らなのだから、刃を伸ばして太刀になることも、刃そのものを消すことも、造作のないことだった。

「今までそんな気配はなかったではないか……」
「切り札っていうのは隠すものだからね。正直、これを使うことになるとは思わなかったよ」
「出す前に負けていたら、どうするつもりだったのだ?」
「私はそれまでってだけの話だよ。でも、機械と融合した程度で暴けるほど、人間の底は浅くないって、うちの隊長なら言うかな」
「――完敗だな、殺せ」
「嫌だよ。貴女には裁判を受けて更正してもらうよ? 私のためにも、貴女自身のためにもね」

 本局の方では既に、戦後の話が始まっている。上手くいけば多くの機人を管理局で引き受けることができるかもしれない。その手の利益の配分は美由希よりももっと上層部の人間がすることであるが、もし希望を差し挟む予余地があるのならば、美由希はこのトーレを推すつもりでいた。それくらいに、トーレとの勝負は心が躍った。

「管理局は、犯罪者を飼うというのか?」
「そこは自由過ぎる気がしないでもないけどね。スカリエッティ本人はともかく、彼に『作られた』貴女たちには、情状酌量の余地があるってことで押し通すみたいだよ」
「私に、ドクターを裏切って管理局につけというのか?」

 武人気質のトーレにそれは苦しい選択だろうが、それを口にしても激高していない時点で、提案にある程度の魅力を感じていることは解った。お互い全力を尽くし、死闘を演じた経緯で、トーレのことを理解したつもりになっていた美由希は、『押せば倒れる』と認識した。

「それくらいは、貴女の自由で良いんじゃないかな。そのドクターだって、何があっても貴女の面倒をみてくれるって訳じゃないんでしょう? それでも忠義を尽くすっていうなら個人の問題だし止めないけど、多少の不自由はあっても外で暮らす方が良いと思うよ。刑務所の中じゃ、私や恭也と戦えないしね」
「恭也・テスタロッサは死んだだろう?」
「ああ、まだ聞いてないんだね。うちの隊長、そっちのメガネさんを抱きこんでぴんぴんしてるよ」
「クアットロがドクターを裏切ったというのか!?」
「それ、そんなに意外? ヤンデレ気味だったし、正直いつかこっちに寝返るんじゃないかって、私やすずかは思ってたりもしたんだけどね」

 よいしょ、というおっさん臭い掛け声と共に、美由希はトーレの身体を担ぎ上げた。重量は人間とそれ程変わらない機人であるが、上背があり肉付きの良いトーレは純粋に大きく、そして重い。全身全霊をかけた戦闘の後に担ぐには文字通り荷が重い相手だったが、戦闘続行が不可能となった今、機人のトーレは要救助者であり、確保すべき重要参考人である。

「仲間の援護にはいかないのか? フェイトお嬢様一人では、ドクターの相手は危険だぞ」
「そうしたいのは山々なんだけどね。流石に小休止を入れないと、私も限界かな。一度外に出て、他の突入班やクラナガンの方の状況も整理しないといけないし……」

 建前上、今回の作戦の目的はスカリエッティ一味全員の逮捕であるが、現段階でスカリエッティは自分の予備を複数作成し、隠していることが判明している。内部情報に通じた内通者二人の裏切り者によってかなりの数の所在が判明したが、彼女らをもってしてもそれで全てであると確信を持つには至らなかった。

 全ての情報を握っているのは、秘書を務めるウーノという機人であるという。彼女を確保しない限り、スカリエッティの殲滅は不可能という結論を、上層部は打ち出していた。

 予備を全て回収破壊できない以上、今回の作戦の目的はより多くの情報を回収するということにシフトしている。拠点の一つである聖王のゆりかごについては、事前にクアットロから情報の提供があった。このアジトでもスカリエッティの確保そのものよりも、情報の回収が最上の目的とされている。目に見える成果として、ここにいるスカリエッティの逮捕、ないし抹殺は必要だろうが、後に沢山控えているのであればそれも、焼石に水だろう。

 スカリエッティの根絶は、今後長い時間をかけて解決するべき仕事に違いない。

 そして、機人である。

 現代科学の粋を集めていると言っても過言ではないその技術、それを体現した存在であるナンバーズの彼女らを欲しいという人間は多くいる。更生する意思があるという前提になるが、彼女ら本人が望めば管理局などに籍を置くことを条件に、ある程度の自由は保障されることになるだろう。

 その争奪戦は既に始まっており、突入前に聞いた最新の話ではハラオウン閥が、次いでカリムを筆頭とした教会勢力が優勢であると聞いている。管理局だけで機人全てを確保という訳にはいかないらしいが、教会相手にもかなり有利に交渉を運んでいるという。ここまで先手を取ることができたのは、クアットロの裏切りが発覚するよりも先に、リンディやレティが準備を始めていたことが大きい。彼女らは機人が世に出た時に不快な思いをしないよう、情報操作の準備まで始めていた。

 美由希にできることは精々、戦うこととそれを教えることくらいだが、リンディたちはその手腕で世界を動かすことができる。力だけでは世界を変えることはできないという事実を、体言している人たちだ。

 今後の準備は整っている。後はこの戦いを終わらせるだけなのだが――

「さて、エリオはどうしてるかな」

 彼女は恭也が生きているということを知らない。思いつめたままで、どの程度の力を発揮できるのかは未知数だが、恭也が見出し鍛えた少女だ。いざという時、自分で立ち上がれるだけの強さを持っている。そう信じたいものだが、それも自分を支える芯があってこそだ。

 それも、恭也が死んでいては、と暗い思考になりつつある美由希の耳に、通信が入った。

『こちら、ロングアーチ02。新情報が入ったので、端的にお伝えします」

 美由希とトーレしかいない通路に、グリフィスの声はやけに響いた。フェイトと別れた場所まで歩きながら、二人で通信に耳を傾けると、グリフィスはたっぷり間を開けた後、それを口にした。

『恭也・テスタロッサ准海尉、生存を確認しました。現在、地上の部隊と共に地上戦力の掃討中』

 努めて冷静であろうとするグリフィスの声に、美由希は思わず吹き出していた。美由希は恭也が生きていると知っていた口であるが、彼の気持ちも良く解る。死んだと思っていた人間が生きていたのだから、普通は大いに驚き取り乱すものだろう。そう考えると、流石にグリフィスはレティの息子だ。冷静であろうと努力し、今も部隊長代理の仕事を続けている。中々できることではないと感心していると、美由希に肩を貸されたトーレが顔を押さえて笑っていた。嬉しくて仕方がない。そんな表情をしているトーレに、美由希は笑顔を向けた。

「ね? うちの恭也は、ちょっとやそっとじゃ死なないんだから」
「あぁ、そうだな。今後の楽しみもできたというものだ」
「管理局に降ること、前向きに考えてくれる?」
「奴が生きているのなら、悪い話ではないな。いずれにせよ、あのクアットロが裏切りを決意したのだ。一度じっくり、話をしてみたいと思う。身の振り方を決めるのは、それからだな」
「楽しみにしてるよ。さて、これでエリオも頑張れるね。勝って合流できると良いんだけど、貴女はどう思う?」
「エリオお嬢様の腕では、セッテに勝つのは厳しいのではないかな」
「そう思うよね? でも――」

 恭也が生きていることが皆に知れた。その時点で、美由希の見解は変わっていた。エリオを支える芯。その最も重要なパーツが恭也・テスタロッサという存在である。彼が死んだというから、エリオは気力を失った。だが、生きているとなれば……エリオは何があっても、勝利を諦めたりはしないだる。
 
 あの頑固さは、恭也にも通ずるものがある。恭也に教えを受けた人間は管理世界にも多くいるが、その精神性を最も強く引き継いでいるのがエリオかもしれない。何があっても勝利を掴む。その意思の強さが、発揮されるのであれば――生まれたばかりの機人など、ものの数ではあるまい。

「恋する乙女ってのは強いんだから。予言するよ。エリオは絶対に、勝って私たちの前に現れるから」

















4、

 エリオとセッテの戦いは、いつかの焼き直しになっていた。

 それは、美由希とトーレも似たようなものだったが、拮抗していた先の二人とは違い、こちらはエリオの敗色が濃かった。

 自暴自棄とも言えるエリオの動きは、なるほど、確かに前回クラナガンの空で戦った時よりも研ぎ澄まされていたが、データを元に機械の身体もシステムもバージョンアップしたセッテは、更にその上を行っていた。明確にあった実力差は、前回よりも更に開いている。目にも留まらぬ速さで動くエリオに対し、セッテは的確な予測でブーメランブレイドを打ち込んでいく。直撃こそもらっていなかったが、エリオは既に満身創痍だ。それでも戦闘を継続しているのは、これまで生きていたという意地一つが、エリオの心を支えているからだった。

「もう止めましょう、エリオお嬢様。これ以上の抵抗は無意味です」

 セッテは理を説いたが、エリオは感情で動き続けた。

 セッテはスカリエッティから、なるべくエリオは殺さないように、という命令を受けていた。だがこれは何があっても死なせてはならない、という意味ではない。プロジェクトFを元にしたクローニング及び、記憶継承の技術は、アリシアのロールアウトをもってほとんど完成している。学術的な価値はもう、エリオにもフェイトにも存在しない。

 それでもスカリエッティが『可能ならば』と命令を出したのは、あって困るものではない、という程度のものだった。なければないで構わないのだ。エリオ・モンディアルの命は今、とてつもなく軽い。吹けば消えてしまう程の儚い命を、そんなものは知らないとばかりに軽く扱い、エリオは戦い続けている。セッテはそんなエリオを見るのが、辛かった。合理的ではない、実に不合理な部分で、セッテはエリオのことを殺したくないと思っていた。

 だが、手を止めることはできない。セッテにとって、主命は絶対だ。主命とは、エリオと戦うこと。彼女に継続の意思がある限り、戦闘は終わらないのだ。

 セッテの声はもはや、エリオに届いてもいなかった。身に着けた技術をただ振るうだけのエリオは、今まで生きてきた中で最も鋭い動きをしていた。ここにいるのが下位のナンバーズであったら、それこそ一方的にエリオの勝利で勝負は決まっていただろうが、今エリオが相対しているのは、最後期形の中で最も念入りにメンテナンスを受けたセッテである。

 トーレ程ではないにしても、高速戦闘を行うことができ、恭也やフェイトなどの高速戦闘を得意とする人間のデータを取り込んだセッテは、戦闘経験こそ少ないものの、ナンバーズの中でも有数の戦闘力を保持していた。経験の浅さで言えばエリオも似たようなものであるが、ここでもやはり地力の差が出ている。経験と技術をある程度データで埋めることのできる機人と人間の差である。

 渾身の力を込めたストラーダの一撃を、セッテが受け止める。動きにも、もう精細さがない。彼女らの代名詞ともいえるスピードも、予測システムに頼らなくても補足できるようになっていた。ここから戦況を打開させる手段はもう、エリオにはないはずである。戦闘を続けながら、セッテはそれを何度も説いたが、エリオはそれに耳を貸そうとしない。

 もはや、打ち破るより他はない。多少の手加減を加えていたセッテは、エリオの攻撃を受け止めた瞬間、待機させていたブーメランブレイドをエリオに殺到させた。万全の状態ならば、エリオもこれを回避できただろう。

 しかし、既に敵のセッテから見ても精細さを欠いていた動きでは、それを避けきることはできなかった。元々、満身創痍である。そこに攻撃を食らったエリオは、溜らず膝をつき、そのまま後ろに倒れこんだ。

 もはや指一本動かす力もない。多くの傷を負い、血も流しつくした。戦闘続行は不可能だと、ようやく理解した時、エリオの胸に去来したのは虚無感だった。

 これで死ぬのだと思っても、心には何の感慨も沸かない。残した友達のことが気がかりではあるものの、死に行く今となっても、それもどうでも良かった。戦うことの意味は既になくなってしまった。人らしく生きるようになってからの時間、その大部分を割いて身に着けた技術を、今無に帰ろうとしている。

 早鐘のように鳴っていた心臓の音も、ゆっくりと小さくなっていく。すぐそこにまでやってきている自分の死を、エリオはただ、ぼんやりと認識していた。

『エリオ、聞えますか? エリオ!』

 朦朧とした意識の中、ストラーダの声が聞こえた。

 どんな無茶も聞き入れてくれ、どんな苦しい時も一緒に戦ってくれた相棒。心残りなどないと思っていたが、一つだけ心残りがあった。彼をこんな所に残して、大丈夫だろうか。自分に付き合って、彼まで死ぬことはないのに。

 そう考えながらも、エリオの手はストラーダを握り締めて離さなかった。戦う力などもう残っていないのに、血の滲むような努力の末に身に着けた技術が、負けが確定するまで戦う意思は捨てまいと、ストラーダを離さなかった。

 そのエリオの耳に、ストラーダの声が、響く。

『恭也・テスタロッサは生きていました! アースラからの通達です。間違いはありません!』

 エリオとセッテしかいないその部屋に、デバイスの声が響いた。

 その瞬間、エリオの身体に僅かではあるが力が戻った。愛すべき相棒は今、聞き捨てならないことを口にした。それを理解するまで、絶対に死ぬことはできない。

『彼が生きている以上、我々の戦いは終わりません。矢尽き刃折れ、倒れて死ぬのも良いでしょう。ですがそれは、死力を尽くし、そして勝ってからでも遅くはありません』

 そうだ。負けて死ぬなんてありえない。

 エリオは他人に侮られることが大嫌いだ。あの男に負けて死んだ女なんて思われることは、死んでも許せない。

『貴女はまだ生きています。戦いは、これからです。私の名前はストラーダ。貴女が戦う志を失わない限り、私は全ての敵を打倒し、貴女の進むべき道を切り開いてご覧にいれます。我が担い手よ、貴女の夢は何ですか?」
「僕の夢は――そうだ、あの男に、認められること」

 あの苦境から救い出し、生きる術を教えてくれたあの男に『お前は凄いな』と頭を撫でてほしかった。出会った時、自分の遥か先を歩いていたあの男に少しでも追いつきたいと思った。だからエリオは、戦う技術を身につけたのだ。

『我が相棒、貴女の名前は何ですか?』
「僕の名前は、エリオット・モンディアル……テスタロッサ」

 家族にならないかと言われた時は、涙が出そうなほどに嬉しかった。恥ずかしくて突っぱねてしまったけれど、今なら言える。あの人の家族だと、胸を張って言える人間になりたい。それがエリオの夢で、目標だった。

『ならば我が友、エリオット・モンディアル・テスタロッサ。行き着く先が地獄でも、私が共に参ります。貴女は貴女の望みを果たされますよう』

 ストラーダの言葉に、エリオの身体に戦うための力が戻っていく。自分はこのまま死ぬだろうが、勝って死ぬならばそこに後悔はない。淀んでいた視界は、晴れていく。膿んでいた気持ちが、絶対に勝つという揺ぎない意思に燃えていた。

 エリオの気持ちにゆっくりと、身体が追いついてくる。止まり掛けていた心音が、ゆっくりとまた動き出した。

 でも、まだ足りない。眼前の敵を討ち果たして死ぬには、こんなものでは足りない。

 ここで負けたら、今まで生きてきた意味が消えてなくなる。最後に負けて死んだ女だと、あの男に思われてしまう。それだけは、死んでも嫌だった。

 どうせ死ぬなら、勝って死ぬ。デバイスを握るエリオの瞳に、もはや迷いはなかった。

 熱を取り戻していく小さな身体に、これで最後と願いを込めて、エリオは最後の命令を出した。













「よみがえれ、僕の鼓動」